2022年5月27日 (金)

御浜町神木を歩く

2022年5月22日(日)

今日はおなじみの「紀伊半島みる観る探検隊」に参加です。「神々が宿る里・神木を歩く」というイベントです。神木は「こうのぎ」と読みます。内容は深く確かめもせず、参加しています(笑)。

朝起きて、目の前の七里御浜を一寸散歩しました。気持ちいいですね。

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獅子岩近くの牛丼屋さんで朝食。安くて早くて旨いですね。

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外に出て見るこの景色はいつ見ても良いなと思います。

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昨日、歩いた紀宝町のお隣が御浜町です。この神木歩きのイベントに参加するので、前日、紀宝町を歩いたというのが実情です。神木に最初に来たのは、多分20年以上前に、一人で熊野古道の本宮道を歩きに来たときです。

本宮道は熊野市の花の窟から生田神社、横垣峠、風伝峠を越え、紀和町の板屋・楊枝を経て熊野本宮大社へ向かう道です。

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その本宮道の横垣峠登り口が神木です。でも今は、大規模な土砂崩れで横垣峠は通れません。もう10年以上通行止めではないでしょうか。神木流紋岩という緑色の石畳が、滑って、怖かったのを思い出します。

今日は御浜町の、この辺りを歩きました。

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9時になかよしステーション近くに集合です。

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午前中は下半分の日与加久良へ行きます。国道311号線を一寸歩いて杉山地蔵さんへ。

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なんの変哲もない地蔵さんで、説明されなければ通り過ぎてしまいますね。でもこうして屋根付きの祠に安置されるのは、それなりの歴史と謂れと地元の人たちの信仰があるのですね。

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しばらく歩くと木和田の庚申さんです。

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庚申信仰の謂れは省きますが、つい最近まで庚申の日はメンバーが集まって夜通ししたそうです。信仰より飲み食いが楽しみで、集落の数少ない娯楽だったのかなと思いますが。最近は体力が衰え、8時か9時ごろには終わるとか(笑)。

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10時前に日与加久良への登り口です。

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一寸だけ山道です。

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付近の木は板根が目立ちます。板根は土壌の土が少ないとき、通常の根では自分を風雨から支えきれないと思った木が、根を板状にすると言われています。サンゴ礁の上にできた沖縄の島々で、サキシマスオウの木などに見られます。この付近も岩が多くて、土が少ないのでしょう。

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登り口から15分ほどで巨岩の下に着きました。

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やはりここも巨岩がご神体ですね。紀伊半島には巨岩のご神体が多いですね。花の窟しかり、昨日の神内神社しかり。この日与加久良もそうですか。やはり1400万年前の熊野巨大噴火の名残でしょうね。

裏に回ると信仰の日与加久良(ヒヨカクラ)です。ノアの箱舟みたいな伝説があるそうです。

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祠の上は、こんな感じです。花の窟・神内神社・日与加久良、皆似ていますね。

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10時40分頃下り始めました。10分ほどで集落にでました。少し歩きながら前方を見ると、神木集落の奥に聳える明見山が見えました。中央に3個並ぶギザギザの左側の岩が山頂で、やはり神社があるそうです。

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出発地点に帰る手前で写真のギャラリーを見ました。良い写真ばかりです。

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11時15分頃、今度は午後の部で歩く神木集落に向かいました。

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周囲を山に囲まれた風景は、この地方ではよく見ます。尾呂志なんかと似ていますね。

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この神木では、旧家の方々は皆、自分の家の守り神として小さな祠を祀っておられるようです。また道端や敷地内の石仏や石塔なども丁寧に守られているようです。

敷地内の八幡宮は見られませんでした。すこし先の道端の地蔵さんが、丁寧に屋根付きの祠で守られていました。

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12時一寸前にイヌマキの巨木へ来ました。「神木のイヌマキ」として有名です。全国で2番目の巨木だそうです。この根元で昼食休憩となりました。

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12時40分に出発しました。神木の集落の家は立派な厚さ1mほどの石垣に囲まれています。防風や狼よけには一寸高さが低いので、用途は何でしょうか。その石垣にも祠があります。

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これは「原の宮」。原家の祀るお宮さんです。

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これは家の外の八輪の塔ですが、多分、昔の人が付近に転がっていた石塔の部品を適当に積み重ねたものでしょう。

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大きなナギの巨木に来ました。速玉大社のナギの木は有名ですね。あのナギの木は平安時代に平重盛が植えたそうですが、この原地神社のナギの木も樹齢400年以上だそうです。

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原地神社です。神木は元々、平安時代に京都の三千院から原家一族が移ってきて住み着いたとか。その原七家と言われる一族の氏神がこの原地神社です。

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次に行った「宇城の宮」はその後にやってきた宇城家の守り神だそうです。今日の案内はその宇城家の方です。

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継が榎木家の墓碑群。鎌倉時代に産田神社の神官として熊野に来た榎木家一族の榎本家の屋敷跡にある。

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14時15分頃、神木集落の高台にある善昌寺に来た。禅宗のお寺です。そこからは、ずーっと下って「辻の宮」へ。ここも原家の後から住み着いた家の祠です。

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最後に訪れたのが原地の庚申様。日本各地の庚申様の代表例みたいな三体が祀られていました。

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14時半ごろには帰ってきました。いろいろ見て知恵熱がでてきました(笑)。

スタッフのFさんに送ってもらって尾鷲に帰ってきました。帰りのJRには時間もあるので、Fさんのお店で一寸一杯。

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JRに乗る前にいつも腹ごしらえする、おじさんの食堂へ一寸顔出して、いつもの焼きそばで〆て帰りました(笑)。

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お疲れさまでした。

 

 

 

 

 

 

2022年5月25日 (水)

紀宝町を歩く

紀宝町って何処?という人も居られるかもしれませんが、三重県の南の端、和歌山県との県境です。私が熊野古道を歩き始めた二十何年か前の三重県南牟婁郡はこんな感じでした。

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現在は合併により、紀和町は熊野市になり、鵜殿村は紀宝町になりました。なので郡部として残っているのは、御浜町と紀和町ですね。御浜町と紀宝町は熊野古道の浜街道が通っています。御浜町と紀和町には、やはり熊野古道の本宮道が通っています。

今回の紀宝町歩きは下図のように、浜街道沿いの神社や石仏を、街道にはとらわれずに歩いてみました。

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紀宝町のJRの駅としては、鵜殿と紀伊井田ですが、いずれも特急は停まらないので、和歌山県の新宮から引き返します。

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2022年5月21日(土)

南紀1号は11時34分に新宮到着です。もう1時間早い列車が有ると良いんですが。上図の青い太線は熊野古道です。とりあえず、駅前の徐福公園で徐福さんの顔を拝みに行きました。雨がパラついているので、合羽上下に傘をさして完全装備です。

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徐福は秦の始皇帝に不老不死の薬を探せと命じられ、一族郎党を連れて日本に渡ってきました。その上陸地点が、熊野の何処かだったとされています。

熊野川を渡って紀宝町に入るのですが、その前に阿須賀神社へ行きました。

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熊野権現は神倉山に降った後、この阿須賀神社の地に移り、その後現在の速玉大社へ移ったとか。熊野参詣道の阿須賀王子がここにあります。

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また、この手洗いの石が、二千年も前のものと聞いたことがあります。

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また境内に弥生時代の竪穴住居跡があります。参拝を済ませ、新宮城の前を通って熊野大橋に向かいます。

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最近では速玉大社は勿論、神倉神社もメジャーな観光地になってきました。今日は割愛して熊野川を渡りました。12時20分頃です。

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渡って左へ1キロほど行くと、牛鼻神社と言う5千年の歴史があるという神社がありますが、今日は右折しました。

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熊野川沿いに10分ほど歩くとJRの線路を潜ります。すぐに左に入っていくのが熊野古道です。最近は地面に案内が描かれていますね。

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今回は直進します。この付近、中村神社や貴祢谷社など謂れありそうな神社がありますが、私のお目当ては烏止野(うどの)神社です。熊野川の河口、紀州製紙の辺りに、高速道路ができると見えて、いま工事中です。

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その手前を左折すると烏止野神社はあります。雨はあがってきました。

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実は熊野権現が神倉山へ降った後、最初に移ったのはここだというのが現在の定説になりつつあります(笑)。その後、阿須賀神社とか速玉大社に移ったのではないかと。

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参拝を済ませ、鵜殿地区を歩いていると、道路工事の最中でした。勢和多気からの高速は、今、熊野市の大泊まで繋がりました。でもここまで来るには、まだだいぶ時間が掛かりそうですね。その間は熊野川を渡るだけでしょうか?

紀州製紙の煙が見えます。13時02分。

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熊野古道に合流して、13時10分頃、R42を渡りました。そして古道沿いに新宮方向へ歩くと、熊野古道の道標がありました。新宮まで2キロとあります。

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そして、そのすぐ傍が粥森様です。この粥森様が何なのか、以前から疑問に思っていますが、謂れは不明です。

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この地区は飯盛と言い、近くに飯森神社というのがありますが、関係あるのか?釈迦が苦行を中断して粥を食べたという逸話に関係あるのか?わかりません。もう一つ、御浜町の浜街道に「ビキシ様」というのが有るのですが、これも解りません。

こんどは熊野古道から離れて、神内神社を目指します。13時15分頃です。

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15分位歩いて神内へはいってきました。神内は「こうのうち」と読みます。

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右前方に見える小学校の建物で、現在位置を推測しながら歩いていきます。13時40分頃、鷹の巣倉の案内がありました。

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2分で善光寺参道、さらに2分で道祖神の案内です。信州では多いが、紀伊半島で道祖神は珍しい。また道祖神を守るようにトラの石像があった。

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その向かい側の道に入っていきます。

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道案内がいろいろ親切にあります。神内は観光に力を入れているようですね。5分で古神殿です。大岩があり、神内神社の元宮と言われています。

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13時55分に神内神社に到着しました。以前はそうでも無かったのですが、今はパワースポットとして大分有名になってきました。

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神内神社は子安神社とも呼ばれます。拝殿です。

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天照大御神など5神をお祭りしていますが、ご神体は巨岩です。

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ご神体は境内から出て、探すと見ることができます。

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14時20分に出発しました。今度は近くの子安延命地蔵さんを目指しました。道案内があるので迷わずに行けます。10分一寸で入り口に到着しました。一寸登ります。

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滝の近くにあり、滝の地蔵さんとも呼ばれるとか。苔や岩が滑るので、慎重に登り降りします。

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さて今度は熊野古道沿いにある横手延命地蔵を目指します。14時40分の出発です。お多福岩とかの傍を通って神内川を下ります。途中は川の狭い土手道も歩いて、近道します。

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神内小学校の裏手に登っていきます。

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坂の途中に堀尾の檜と庚申様がありました。この庚申様は探し物に霊験あらたかだそうです。15時です。

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坂を登り切って後ろを振り返っています。

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熊野灘に向かって5分も下ると三叉路ですが、そこはもう熊野古道です。左折して延命地蔵さんへ向かいます。地面にはやはり案内が描かれています。

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右手に熊野灘を見ながら少し歩くと導引地蔵がありました。15時13分。

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右手の熊野灘はなかなかきれいで癒されます。

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2分で横手延命地蔵です。

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さらに2分で一里塚跡

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また2分で狼煙場跡です。15時21分。

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15時40分発の紀伊井田発の列車に乗れそうなので、急ぐことにしました。4分歩くと、道の真ん中に大きな岩があります。

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道標と地面の道案内に従って、JRの踏切に35分頃到着し、熊野古道と別れて線路沿いに引き返して、38分に紀伊井田駅に着きました。無人駅です。

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ここに西国三十三札所巡りの方が居ました。名古屋から徒歩・テント泊でここまで来られたそうですが、1番の青岸渡寺に着く前に足を痛めたとかで、帰られるそうです。次回、頑張ってください。

私は次の阿田和駅で降りました。ここの道の駅は、串本へダイビングへの行き帰り、休憩や車中泊などでお世話になった、思い出深い道の駅です。今夜の夕食を買うことにしました。

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次の列車で熊野市に帰り、いつもの民宿に泊まりました。明日は紀伊半島みる観る探検隊に参加します。

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今日は地酒の太平洋を飲んで寝ましょう。おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年4月20日 (水)

熊野2日目 磯崎・猪ノ鼻の史跡を訪ねて

2022年4月17日(日)

今朝の散歩は贅沢にも七里御浜です。

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新宮方面に少し歩くと、日本最古の神社と言われる花の窟神社があります。

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ここで熊野街道伊勢路は浜街道と本宮道に分かれるのですが、神社の前の道標は、浜街道へ行かず本宮道へ行くよう勧めています。

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浜街道は波に攫われて命を落とす人もいて、危険なので本宮道を勧めたそうです。

さて今日は2年ぶりの紀伊半島みる観る探検隊で、「磯崎・猪ノ鼻の史跡を訪ねて」に参加します。

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熊野市駅の一つ尾鷲寄りの大泊駅が集合場所です。上の地図でお判りのように、ここは熊野街道伊勢路が通っています。波田須から大吹峠を越え大泊に下り、また松本峠を越えて木ノ本へ降るおなじみの熊野古道ルートです。

また磯崎港の反対側、井内浦は、私のダイビングのホームグラウンドだったので、よく通った場所です。今回行く猪ノ鼻は、どこかで聞いたことがあると思われたと思いますが、それは尾鷲の猪鼻水平道でしょう。馬越峠の巻き道です。今回は熊野の猪ノ鼻です。

9時に大泊駅に集合しました。

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今回は参加者21人、案内やスタッフの方が6人、27人で歩きます。このルートも昨日の赤倉街道と同じく、熊野あらけ隊の方が整備して頂いたそうです。

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案内役のMさんは、私と同じ年齢、長く大泊の区長を務められたとか、地域の生き字引みたいな人です。熊野参詣道で善根宿をやっていたとか言われていました。いろいろ手作りの資料で詳しく説明されます。

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この磯崎も過っては2500人ほど住民が居たそうですが、今は230人とか。時代の流れは凄いですね。9時半頃から歩き始めました。

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猪ノ鼻岬の方へ入っていくと、丁度対岸が鬼ヶ城で、日ごろは見ない、千畳敷が見えました。

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このときハプニングが。地元磯崎から参加されていたHさんが、参加者全員に「昆布寿司」を差し入れして頂きました。熊野はサンマ寿司が名物ですが、昆布寿司は初めてです。

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手間の掛かりそうな細い巻き寿司です。家に持って帰って、家内と食べましたが、美味でした。有難うございます。

道は岬を回る細い地道です。

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七里御浜を対岸から眺めながら歩きます。

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10時25分頃、炭焼窯の跡にきました。これは備長炭では無く黒炭だとか。窯の形状から判るそうです。

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10分後に猪ノ鼻灯台に到着しました。

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ここで有志だけ、50mほど下の磯へ降りすることになりました。私も急坂を下ってみました。写真の向こう側が、私のダイビングの井内浦です。懐かしい。

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25分ほどで登ってきました。さらに進むと、そこは猪ノ鼻城の城跡だそうです。ただ今は、第2次世界大戦のとき、陸軍の電波探知機が作られたそうで、城跡も破壊されたそうです。わずかに残った石積みの傍を歩きます。

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Mさんが、猪ノ鼻城の歴史を教えてくれます。1568年伊勢の北畠の軍が攻め込んで、猪ノ鼻城の合戦があったそうです。そのときの熊野川で猪ノ鼻城の城主であった方の子孫の方が、このツアーに参加されていたのには驚きました。

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11時45分に、七里御浜の見える絶景の広場に到着、昼食休憩となりました。ここでも「熊野あらけ隊」の女性お二人が、お菓子・果物・飲み物の接待をして頂きました。みんなが座るベンチも、手作りだそうです。

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ところで、ペリーの浦賀来航は1853年ですが、そのまえ、1791年にもアメリカの商船2隻がこの付近に現れていたそうで、そのときの記録が残っているそうで、その概要をMさんが説明してくれました。

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ゆっくり休憩して1時ごろ出発、すぐに戦時中に軍が作った道に入ります。この付近にも電波探知機が建設されたそうですが、ここのは空襲で破壊されたそうです。途中に防空壕の跡が残っていました。

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30分一寸で磯崎集落の近くに戻ってきました。

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坂を下って13時45分に海恵寺です。戦時中は小学校が軍に摂取され、ここで子供は勉強したとか。

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この後すぐ解散しました。この探検隊は、観光では判らない、地域の歴史や謂れを、深堀してくれるのでお気に入りです。そのあと私は、あらけ隊のOさんに、鬼ヶ城の入り口まで送ってもらいました。

今度は逆に、鬼ヶ城側から今日歩いた猪ノ鼻を見てみました。

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そしてそのまま、鬼ヶ城を1周することにしました。

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波が高いと、一寸怖そうな場所もありますね。

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30分ほどで1周してきました。

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そこから20分ほどで熊野市駅です。

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サザエを買って帰ろうと、熊野市駅近くのスーパーを探したのですが、無かったので、紀伊長島で途中下車して買うことにしました。帰りの列車の中は、いつものように小宴を開きます(笑)。

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お土産のサザエは翌日のご馳走です。

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お休みなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年4月 5日 (火)

比叡山麓 坂本歩き後半

13時一寸前に西教寺を出て、日吉大社へ向かいます。ここも有名ですが、私が知っているのは、猿が神様のお使いだ位でした。途中の道端に千体地蔵さんがあります。比叡山に登れない人たちが付近一帯に小さな石仏を建立したのだとか。それが田畑の耕作で出てきたそうです。

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15分ほどで日吉大社東本宮に着きました。

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でも空腹のため遥拝で済ませて昼食に向かいます。

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坂を下って10分弱で、お目当ての鶴喜そばに着きました。でも満員で並んでいます。人気なんですねえ。

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創業は1716年だそうで、建物も登録有形文化財です。近くに日吉そばという、ここも良さそうな蕎麦屋さんがあるんですが、ここはそんなに混んでいません。どこが違うか、一度食べ比べしたいものです(笑)。

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40分も待って、ようやく「おろし天ぷら蕎麦」にありつきました。その横は「そば前」です(笑)。

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満足して店を出ました。14時35分でした。午後は坂本ケーブルで比叡山に登り、無動寺や紀貫之の墓を見る予定でしたが、時間的にも体力的にも無理だろうということで、もう少し坂本を歩くことになりました。

付近の民家にはお地蔵さんのお堂が併設されています。これは全国的にも珍しいですね。

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天海大僧正の廟所である慈眼堂を見に行くことになりました。坂本、特に滋賀院の付近は穴太積みと言われる石垣が見事です。

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天海は家康・秀忠・家光の三代に仕え、信長の焼き討ちで荒廃した延暦寺の復興に力を尽くしました。

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庭には歴代の天台座主や桓武天皇・慈眼大師の墓碑や供養塔がありました。

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紫式部、和泉式部、清少納言などの供養塔もありました。ほかにもなにかあるかも。

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次に先ほど遥拝で済ませた日吉大社に向かいました。10分弱で着きます。西本宮の鳥居が珍しい形ですね。山王鳥居というそうです。

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先ほども書きましたが「猿がお使いです」。神猿と書いて「まさる」と読むそうです。魔が去る、勝る、ということで大事にされています。

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西本宮の楼門は重要文化財です。

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そして、その天井の四隅には神猿さんがおられます。

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ところで日吉大社には西本宮と東本宮があります。両本宮ともに本殿は国宝です。ご本尊ですが、東本宮が大山昨神で比叡山の山神様です。西本宮は大己貴神で奈良の三輪山の山神様です。

東本宮へ向かう風景

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東本宮の本殿、日吉造りといわれ国宝です。

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15時半ごろ日吉大社のお参りは終わりました。皆さん、お疲れでJR比叡坂本駅に向かいます。

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JRで京都駅に向かい、駅地下の居酒屋で反省会です。

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皆さんお疲れ様。次回は比叡山頂に向かいましょう。

 

 

2022年4月 4日 (月)

比叡山麓、坂本を歩く

山歩会のAさんの企画で坂本を歩いてきた。我々、京都生まれの人間は、比叡山や延暦寺は京都の山であり寺であると思っている。都の鬼門を守る山であり寺だから当然のことです。でも今回の里歩きで、比叡山や延暦寺は滋賀県だなあと、考えを変えた(笑)。

2022年4月2日(土)

9時半に京都駅に集合し、湖西線に乗った。昔、学生の頃、比良の山小屋に行くため、何回となく乗った線です。10時におごと温泉駅で下車。ここから安楽律院を目指します。総勢8名です。

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上半分を拡大します。おごと温泉駅を出て、線路沿いに引き返します。だらだらと上り坂です。

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15分ほど登りが続いたでしょうか、右折して湖西道路を高架で超えます。後方には懐かしい比良山脈南部の主峰、蓬莱山が見えます。まだ一寸雪が残っているようです。

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超えるとすぐ二股になり、左元三大師の文字が読めます。

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元三大師は延暦寺中興の祖と言われる。良源、慈恵大師とも呼ばれ、おみくじの元祖とも言われます。

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その良源ゆかりの地千野(乳野)を通ります。

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この辺りは中部北陸自然歩道になっているようで、時々その道標があります。道は山の中に入っていきます。

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駅から1時間弱、11時過ぎに安楽律院の入り口に来ました。

平安京の鬼門を延暦寺が守ると言いましたが、その延暦寺の鬼門を守るのが飯室谷不動堂です。その飯室谷の別院が安楽律院で、厳しい戒律を守る僧たちが、ここで生活しました。

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昭和24年、放火により殆どの建物が焼失しました。最近ではNHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国」や「るろうに剣心」のロケ地として有名になった。

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跡地は、今なお1300年前の霊気を漂わせ、叡山のパワースポットとして、最近は訪れる人も多い。

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また藤原定家の碑もある。

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11時23分に、ここを出た。山門の正面の階段を上ると、近道して飯室谷不動堂へ行けるが、Aさんは、その道はアップダウンがきついからと、元来た道を引き返して、車道で飯室谷へ向かった。11時40分に到着した。

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ここは叡山三魔所の一つと呼ばれるパワースポットです。横川中堂や元三大師堂へは、ここから登ります。魔所は魔物が出ると言う意味ではなく、清浄な地という意味だと、千日回峰をされた住職の大阿闍梨藤波源信さんが言われています。

ここから西教寺へ向かうのですが、Aさん今度は山道を選びました(笑)。

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一寸登って、切通しを超えていく、なかなか情緒のある道です。と思っていたら、荒れている部分もあって、一般観光客にはお勧めできない道ですね。

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15分ほどで車道に出てきました。

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西教寺入り口までは10分弱ですが、その間にもたくさんの石仏や地蔵さんがあります。宅地開発の際に出てきたようです。

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西教寺門前には12時11分でした。

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西教寺は聖徳太子の創建と伝わりますが、一旦荒廃します。平安時代には天台宗の寺院となり、室町時代に真盛上人が入寺され、天台真盛宗の総本山となり、全国に末寺を持つに至ったそうです。

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小堀遠州作の客殿庭園

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境内からは琵琶湖の景色も素晴らしい。

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信長の叡山焼き討ちで西教寺も焼失したが、その復興に力を尽くしたのが明智光秀であった。

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したがって、本能寺の変の後、光秀が秀吉に敗れた後も、明智一族の菩提寺として西教寺に祀られている。

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いままで知らなかったのですが、立派な寺院で、皆感心しきりでした。

13時一寸前に寺を出ました。皆さん、空腹を訴えています。

ここで前半を終わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年3月16日 (水)

信州上田2日目真田の郷

昨日の夕方、上田城公園に行きましたが、今日は上田城ができる前まで真田氏の居城であったと言われる真田氏本城跡へ行きたいと思っています。

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2022年3月13日(日)

今日は単独行動なので朝7時のバスに乗ることにして早起きしました。上田駅は六文銭一色です。

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今日行きたい真田氏本城跡はバス停からも遠く、交通の便が悪いところです。自家用車なら簡単ですが。バスの旅人は幸村の郷でバスを降りて、電動アシストのレンタサイクルを借りるのが良いそうです。ただ今はコロナでレンタサイクルは休みだそうです。

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本城跡は標高が890mらしく幸村の郷からだと200m以上登るみたいなので、考えた末、標高750m辺りの真田までバスに乗って、そこから歩くことにしました。7時35分に到着しました。

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真田バス停のすぐ上に山家神社があります。四阿山に奥宮があり、白山信仰の神社としても崇拝されたようです。

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また上田城の鬼門を守る神社として真田家代々の藩主に庇護されたようです。

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ここまでは良かったのですが、ここから真田家の菩提寺長谷寺への道が大変でした。急斜面なのです。

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真田氏本城は890mにあるので覚悟していたのですが、長谷寺はまだ平地だと勘違いしていました。実は870mに有るのでした。その途中の旗見石です。見晴らしが良く、攻めてくる敵の旗印を確かめたとか。

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15分ぐらいの登りで参道入り口にたどり着きました。車道に雪はありませんが、参道はこの有様です。滑るんです。

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入り口の石門が一寸変わっていますね。

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本堂の裏山に真田家の墓がありました。

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8時20分頃、長谷寺を後にしました。せっかく登ってきたのに、また下りますが仕方ありません。近道をすると、この有様です。

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県道4号線に入っても、どんどん下ります。結局100mも下ってしまいました。

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やっと半分来ました。

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30分一寸かかって本城への登り口に来ました。後500mです。

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100m登った所で道が二つに分かれます。

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とりあえず、展望コースへ。すぐに諏訪神社があります。昔は下の十林寺からこの諏訪神社へ登ってくるたて道という道が有ったようです。

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遠く上田駅方面でしょうか、眺めはなかなかです。

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登り口から13分で本城跡に着きました。ここまで乗用車なら入れます。

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ここが一応本城です。

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15分ぐらい、休憩したり、トイレに行ったりして、9時20分に出発しました。ちなみにトイレはシャワートイレでした(笑)。

一旦県道4号線に戻り、真田氏歴史館を目指します。9時40分頃県道を右折して、歴史館へ行きます。

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今日はここから2.5キロほど歩いて真田氏記念公園まで行き、近くの下原バス停で10時48分のバスに乗る予定です。歴史観到着が9時43分なので、まだ時間は充分余裕ありますが、万一を考えて歴史館や御屋敷公園はパスして、記念公園に直行することにしました。

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左のウオーキングコースを行きました。

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ウオーキングコースは田んぼの中の見晴らしの良い、気持ちの良い道です。

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でも街道歩きが好きな私としては一寸物足りない。やはり生活の匂いのする、集落の中を歩きたいので、一寸変更して、集落の中を歩きました。するとすぐ、信州特有の二人道祖神が。こういうのが無いと面白く無いですよね。

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途中で六角堂というのがあり一寸寄りました。

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中は見えませんでしたが、周囲にも良さそうな石仏が一杯。

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記念公園には10時20分に到着しました。

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でも思ったような公園ではありませんでした。真田氏発祥の地らしいのですが、ただ石碑があるだけで、ベンチも憩いの場もありませんでした。これなら御屋敷公園を見てきても良かったかも。

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近くに砥石城跡というのがあり、ここも真田氏ゆかりの城らしいのですが、勿論行く余裕はありません。一寸待って、48分のバスで上田駅へ戻りました。

昔、学生の頃、だから57~8年前かな、小諸の懐古園に行き、岸近き宿に登りて、濁り酒を飲んだ覚えがあります(笑)。せっかく上田まで来たので、もう一度懐古園へ行って、千曲川の眺めを見たくなったのです。

で、11時31分上田発のしなの鉄道で小諸に向かいました。小諸までは20分ほどで着きます。

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駅から懐古園は線路の下を潜ってすぐと覚えていたのですが、今は陸橋が架かっていました。5分で懐古園のシンボルの門です。

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庭園散策だけの200円券を買って入りました。1時間後の電車で篠ノ井へ向かう積もりです。今回、信州そばを食べそこなっているので、懐古園の手打ちそばは、のどから手が出る状態でしたが、諦めました(笑)。

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藤村記念館もパスです。

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水の手展望台までは5分ぐらいです。

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藤村の千曲川旅情の詩のレリーフもあります。

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展望台から見る千曲川の景色は懐かしさでいっぱいでした。

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これで満足して駅へ引き返しましたが、まだ少し時間がある。そこで小諸城の大手門と北国街道小諸宿の街並みを見ることにしました。

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大手門です。

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小諸宿の街並みです。

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小諸駅前の商店街です。

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歩いた軌跡はこんな風です。

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12時55分小諸発で篠ノ井着が13時48分。

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14時12分発の特急しなので名古屋着が17時06分。

信州そばも食べられなかったけど、社内で一杯飲みながら帰る時間は、いつやっても楽しいですね。

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次は北国街道も計画しないといけないですね。

 

2022年3月15日 (火)

信州上田1日目塩田平

山歩会の企画で塩田平散策があり参加した。日帰りの企画で行程がきついので、私は単独で上田に泊まることにして、翌日は真田の郷を訪ねることにした。

2022年3月12日(土)

朝7時発のJR中央線しなの1号に乗る。これで篠ノ井まで行き、しなの鉄道に乗り換え上田へ。上田で上田電鉄に乗り換え塩田町で下車する。到着は11時29分。私は6時過ぎに家を出るので、5時間半ほどの行程です。まあのんびり飲みながら行きましょう。

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途中、上松付近の名勝「寝覚ノ床」です。

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塩尻を過ぎると車窓に北アルプスの白い峰が見えてきます。写真は松本を過ぎて、常念岳付近だと思います。

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篠ノ井線は明科を過ぎるとトンネルに入り北アルプスからは離れていきますが、トンネルを出ると、ほんの少しの間、後立山連峰の鹿島槍ヶ岳の双耳峰が見えます。

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そして姥捨駅を過ぎると、日本三大車窓の一つで善光寺平に千曲川が流れる大展望があります。写真は一寸ぼけてますけど。

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そうこうしているうちに篠ノ井に到着しました。しなの鉄道に乗り換えです。10時頃です。

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30分弱で上田駅到着です。上田城は真田家の居城で有名ですね。ここで乗り換え時間を利用してコンビニ丼で昼食です。信州そばのはずだったのに(笑)。

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上田電鉄に乗り換えて20分、目的の塩田町に11時29分の到着です。ここから下図のコースは10キロほどのウオーキングコースです。歩くだけなら3時間ぐらいでしょうが、見学を考えると5時間から6時間は欲しいところです。その後、また5時間かけて帰るのはきついですよね。

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で、最初の目的地、無言館までの2.5キロはタクシーを利用しました。

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無言館というのは不勉強で知りませんでしたが、戦没画学生の作品を集めた美術館でした。

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美術学校における卒業証書や戦地からの手紙など遺作とともにいろいろな展示があり、見どころは充分な美術館でした。

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無言館は高台にあり、前山寺までの道からも含めて、塩田平を一望する眺めは雄大です。写真は無言館付近から、烏帽子岳から浅間山の山々を眺めています。

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信濃デッサン館は休館中で、次は前山寺です。前山寺の創建は不明ですが、鎌倉時代には北条氏、戦国時代には武田信玄の庇護を受けた名刹です。その参道のエノキがすごい。樹齢500年以上でしょうか。

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その三重塔は国の重要文化財で、室町時代前期の建物です。

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前山寺から7~8分の所に塩田城址があります。鎌倉時代に作られ、武田信玄・真田昌之と変転するが、上田城ができて廃城となった。

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次の龍光院へ進む道は、まだ日陰に雪が残っていた。

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龍光院は塩田城の塩田北条氏の菩提寺です。

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その隣に塩田の館というのがあり、そこで信州そばを食べるのを楽しみにしていましたが、やっていませんでした(泣)。13時半頃です。

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塩野池というため池のそばを通って塩野神社に向かいます。塩野神社は式内社です。

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すぐ隣が中禅寺です。薬師堂は重文で、平泉の金色堂と同じ作りだそうです。平安時代の建立か。

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この辺りで14時頃、ここから次の北向き観音までは5キロ弱、歩いていては温泉に入る時間が無いので、ここもタクシーを呼んだ。北向観音到着は14時30分頃です。北向観音は長野市の善光寺と向かい合うように本堂が北を向いています。

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別所温泉にあり地の利も良いことから参詣者は多数です。境内からの眺めも素晴らしい。

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塩田平札所巡りというのが有るそうです。四国八十八札所の仏様を塩田平の21の寺院にお招きして、その21か寺を巡ることにより四国巡礼の代わりをするものです。その21か寺には、今日廻ってきた前山寺・龍光院・中禅寺なども含まれています。これから行く安楽寺には八十八札所のうち9か所の仏様が祀られています。

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そしてこの八角三重塔は国宝です。ここも参詣者が多いですね。

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この安楽寺から次の常楽寺へ向かう道は展望が素晴らしい。上信越の山々が素晴らしいです。

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最後の常楽寺は天台宗のお寺ですね。境内の松が素晴らしい。

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ここで今日の観光は終わりました。15時20分です。別所温泉駅を16時39分の電車に乗って、名古屋駅到着が9時21分です。それまで一時間一寸あるので温泉に行きます。常楽寺から別所温泉駅まで10分です。

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そのすぐ先にあいぞめの湯という日帰り温泉があります。

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ここでゆっくり汗を流しました。そして湯上りの一杯はたまりません。

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16時39分の電車で上田着が17時10分。ここで私は皆さんと別れました。ホテルに向かおうかと思ったのですが、まだ時間も早いので、駅から近い上田城址公園を見に行くことにしました。

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上田市は真田幸村を観光資源にしています。だからどこへ行っても六文銭です。

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天神2丁目の交差点で、地元の若い女性に上田城へ行く道を尋ねました。二の丸通りを行くのが良いか、祝町大通りが良いか迷ったからです。彼女はしばらく考えて祝町を推薦したのでそっちへ向かいました。5分ぐらい歩いて駐車場が見えてきたころ、彼女が追いかけてきて、やっぱり二の丸が良いと言いに来ました。親切には感謝しましたが、もうここまで来たので、こっちから行くと断りました。女性は気の毒そうに去っていきました。

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駐車場からは急な階段を登らなければなりません。なので一寸敬遠されるのかな。

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5時半を過ぎ、そろそろ夕闇が迫ってくるなか、公園を一周しました。鬼門を意識して内堀の北東角を削っているのが珍しいですね。

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大手門です。

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大手門の中には真田神社があります。写真スポットです。

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西櫓から上田駅方面

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帰りは彼女お勧めの二の丸通りを通って駅へ帰ってきました。18時20分。1時間一寸かかっていますね。

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ホテルはすぐ目の前です。チェックインして、夕食を考えました。本来、上田辺りは千曲川の川魚や佐久の鯉が名物かと思いますが、一寸季節外れ。かといって信州そばは夕食には向かない。ふと思いついたのが「美味たれ焼き鳥」です(笑)。

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なんか最近の上田名物だそうです。で、ホテルの地下の飲み屋さんへ。真田十勇士です。

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そしてうまたれ焼き鳥。これは旨かった(笑)。

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部屋に帰って、もう一杯飲んで寝ました。

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明日は真田の郷へ行こうと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年2月 9日 (水)

蟹江街歩き

しばらく歩いてないので、どこか近場で探していたら、近鉄のあみま倶楽部の地図に蟹江があった。あみま倶楽部のてくてくまっぷでは唯一の愛知県です。我家のある長島と名古屋の中間ですが、近鉄蟹江駅は殆んど降りた記憶がありません。それで歩きにいってみました。マップのタイトルは「歴史と文学の息吹感じる水郷巡りコース」です。

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2022年2月8日(火)

今日は風もなくいい天気です。11時過ぎに近鉄蟹江駅に降り立ちました。どうも初めてでは無いかもしれませんが、記憶には全くありません。

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地下道を潜って線路の南側にでました。

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さびれた商店街みたいな通りを歩きます。親鸞聖人の腰掛石があるとまっぷに書かれていたので探しに行きましたが、見つかりませんでした。代わりにダイビングショップを見つけました(笑)。

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国道1号線を渡り、一寸右折してすぐ左折します。ここも過っての商店街の雰囲気です。お地蔵さんがありました。

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地名も船入とかで水郷に相応しいですね。

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右手の秋葉神社を過ぎて右折し、細い路地に入ります。何か大きな石碑が建っています。一つは忠魂碑、一つは河瀬佐太郎翁の碑でした。そばに地蔵堂がありました。

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蟹江川に出ました。水郷ですね。実際、蟹江には多くの川が流れ込んでいます。日光川、佐屋川、蟹江川、福田川、戸田川などです。公園になっているので弁当食べようかと思いましたが、まだ一寸早いので止めました。11時38分です。

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すぐ先の橋を渡って、すぐ堤防道路へ左折しました。まっぷの地図が橋を渡って、もう少し直進して左折に見えて、一寸迷いました。堤防を歩いて蟹江川を離れ、佐屋川に出た所を少し引き返すように右折すると、吉川英治句碑がありました。

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堤防の内側は海面下2m位かな。川の水面よりだいぶ下です。写真の左に見えるのは排水機場です。名古屋市の南側から蟹江・桑名にかけては、ずっと海面下の土地が続きます。過っては地盤沈下も多く、悩まされましたね。

水路に沿って歩きます。桜が植えられています。のんびりした良い道です。鵜が一杯いました。

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句碑から10分、12時04分頃、対岸にゴルフ練習場がありました。池の中へボールを打つのが珍しく、私もうちに来た覚えがあります。更に5分ほど歩くと鹿嶋神社がありました。ここの神社は参詣者が多いと見えて、境内も社務所も整備され、トイレもきれいに維持されています。

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お参りして境内で弁当休憩させてもらいました。弁当は例によってカップラーメンです。

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12時36分頃神社を出ました。すぐに国道1号線に出ますが、ここは下を潜ります。

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今度はまた蟹江川に出てさかのぼります。12時50分頃、近鉄の踏切を渡りました。手前には地蔵堂がありました。

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渡ってすぐ左折し、5分ほど歩くと、尾張中央道があります。手前右手に八幡神社があります。

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尾張中央道は下を潜りました。すると子供の森・文学遊歩道という公園があり、中に入りました。蟹江町というのは名古屋市に隣接し、でも影の薄い印象だったのですが、歩いてみると公園も多く、児童館が有ったり、子育てに力を入れているように感じました。

公園の中の太鼓橋を渡りました。

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渡って一寸迷いましたが、ともかく北の方角へ公園を出ました。

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道なりに歩いていくと、左手に尾張温泉病院があります。この辺り、大相撲ストリートと呼ぶらしく、歩道にお相撲さんの足型がたくさんあります。

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病院の前には足湯があり、何人か入っていました。無料のようですね。13時24分。

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もう少し北へ歩いて、尾張温泉の入り口道路を右折しました。尾張中央道の1本手前を右折してUターンのように戻ります。

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先ほどの足湯あたりまで南下し、尾張中央道を歩道橋で渡ります。渡ってすぐを左折すると学戸公園があり、通り抜けました。

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左折して、先ほどの尾張温泉口の通りまで戻って右折。すると、まちなか交流センターがありました。この辺で、何年か前、JRさわやかウオーキングか何かで、ここ歩いたなあと思い出しました。

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ここを左折、県道29号線をに出て右折し、また蟹江川を渡って川沿いを左折しました。13時57分に今度はJR関西線の踏切を渡りました。

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渡るとすぐ大きな蔵屋敷がありますが、これは山田酒造で、以前のウオーキングで見学・試飲しました。

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御葭橋という赤い橋があります。この橋は須成祭のときは中央部分が跳ね上がる設計だそうです。須成は地区名です。

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橋からすぐに須成祭りが行われる八剣社という神社がありました。お参りされていた地元のおばさんに、いろいろ教わりました。

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隣の常楽寺は重文十一面観音がご本尊で、木曾義仲・巴御前ゆかりの寺だそうです。

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14時25分頃、ここを出て、次の通りを右折して、JR蟹江駅方面に進みました。14時33分に踏切を渡りました。

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踏切の向こうに昭和食堂という居酒屋があり、一度来たことがあります(笑)。どんどん下って蟹江城址を目指します。その手前に、産業文化会館があり、この中に歴史資料館がありますが、前回来たこともあるので、今回はパスしました。

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そこから2~3分歩いた所に蟹江城址があります。室的時代に建てられ、戦国時代まであったそうです。14時45分。

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また蟹江川に出て南下します。蟹江神明社があります。

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そのまま川沿いを進むと、甘強酒造があります。みりんが有名です。その建物は有形文化財に指定されています。写真右の洋館です。

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少し下って、線路の手前を左折します。すると銭洗弁財天があります。富吉神社というそうですが、鎌倉の銭洗弁財天を勧請しているとか。硬貨を笊に入れて洗い、すぐに使うと効果が大きいそうです。蟹江城主の慰霊碑もありました。

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ここからは5分ほどで近鉄蟹江駅です。15時、7分に到着しました。特に大きな目玉があるわけでもありませんが、なにかと面白い1にちでした。

 

2021年10月17日 (日)

栂池自然園

2021年10月16日(土)

今日は栂池自然園に行きます。ここは標高1850mにある自然公園です。800m辺りの白馬村からゴンドラとロープウエーで登れます。これまで3~4回行っているかなという感じです。白馬岳からの下り、又は登りに利用するし、自然園単独でも楽しめます。

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長野駅辺りから白馬へは国道406号線があります。一寸山道で辛いですが、高速で安曇野まで帰ると距離が2倍の110キロになります。運転のSさんにはご苦労ですが、406号線で白馬に向かいました。出発は8時15分です。

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国道は裾花川を遡り、裾花ダムを越えて鬼無里という里を越えて行きます。

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鬼無里というのは奈良でそういう名前の居酒屋があり、珍しい名前なので憶えていました。1時間位で峠を越え、多分白馬村側に入りました。白馬駅近くのJRの線路を越えたのは9時25分、そこから15分で栂池のゴンドラ乗り場に着きました。

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9時50分頃のゴンドラに乗りました。6人乗りです。麓は紅葉が始まったばかりです。標高は800m位でしょう。

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20分で終点で、5分程先のロープウエーに乗り換えます。

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ロープウエーは20分間隔ですが70人乗りとか。5分で着きます。標高は1800mです。10分程歩くと栂池自然園で、栂池小屋、栂池ヒュッテ、ビジターセンターなどがあります。

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入園はロープウエーの乗車券を見せれば無料です。10時40分頃です。

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自然園は4つのゾーンからなっていて、第4まで行くと一周に3時間半~4時間掛かります。第4の展望台からは白馬岳の大雪渓が眼前に見えます。でも今日は時間も無いので第2ゾーンまで。

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晴れていれば白馬岳や北側の小蓮華山や乗鞍岳が見えるはずですが、今日は雲の中です。

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第2ゾーンのワタスゲ湿原もシーズンオフで、この有様です。

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小さな池塘のワタスゲを寫してみました。

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これで満足して帰りました(笑)。風穴です。

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1周して、一寸皆さんが返って来るまでお神酒を頂きました。

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12時のロープウエーに乗り、駐車場に着いたのは12時35分頃です。名古屋まではまだ4時間位かかるでしょうか。白馬三山が見えています。右端が杓子岳、次が白馬鑓ヶ岳、それと白馬岳を加えて白馬三山です。

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うその左、しばらくなだらかに続いて切れ落ちているのが不帰鹸です。そして唐松・五竜と後立山連邦が続きます。白馬駅の道路に温水パイプを埋めていました。観光客も安心して歩けますね。

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安曇野IC近くで昼食、かつ丼とラーメンのセットは一寸、食べ過ぎでした。

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安曇野ICから高速に乗ったのは14時45分位だったかな。駒ヶ根付近から南アルプスを見ています。

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恵那峡で小休止して、名古屋駅前に帰ってきたのは丁度6時でした。Sさん、本当にお疲れ様でした。

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戸隠神社

2021年10月15日(金)

山歩会の旅行で長野に行きました。1泊2日で戸隠と栂池を巡ります。栂池は何回も行っていますが、戸隠は初めてなので楽しみです。7時45分に名古屋駅に集合、レンタカーで中央自動車道に入りました。

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上は駒ヶ根辺りから見た中央アルプスの千畳敷カールと宝剣岳です。下は安曇野辺りから見た北アルプスの常念岳です。

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これも北アルプス後立山連邦の鹿島槍ヶ岳。

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多分12時頃長野ICを出て、戸隠へ向かいました。

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12時半頃戸隠神社の中社へ着き、戸隠そばの昼食の筈でしたが、蕎麦屋さんはどこも超満員です。平日だというのにコロナ明で高速のSAも満員でしたね。

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先に鏡池に行くことにしました。右が戸隠山、左が西岳です。初めてですが絶景ですね。

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風が無いと鏡のように映るんでしょうね。だから鏡池ですか。

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13時10分頃中社に戻ってきましたが、まだまだお店は一杯です。諦めて待つことにしました。

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せっかく戸隠へ来たら、戸隠蕎麦たべないとね。

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30分位待って、ようやく席に案内されました。作法に従ってそば前を注文しました。

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蕎麦が出て来るのに、更に30分位掛かりました。お客の割りに従業員が少なく、能力不足ですね。コロナで従業員を減らしているのかもしれませんね。

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お腹も空いていたし、そばは美味しかった。皆さんも満足そうでした。

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15時頃出て、奥社参道に着いたのは15時15分頃でした。

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地図によると、参道入口から中門の随神門までが1キロ15分、随神門から奥社までが1キロ25分とあります。随神門付近から杉並木になるようでしね。

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こんな参道が1キロ続きます。紅葉には少し早いけど見頃です。

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随神門に近ずくと杉並木が始まりました。

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随神門をくぐったのが15時37分、22分も掛かっていました。ここで半分引き返しました。

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見事な杉並木が続きます。日光に匹敵しますね。

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最後の10分程は登りになります。

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13時56分、奥社に到着しました。

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戸隠神社は江戸時代までは寺院で、平安時代の文献に現れる霊山だったそうです。修験者に振舞われた宿坊の蕎麦が戸隠蕎麦として伝わっています。五社巡りするのが正式らしいです。次回、ゆっくり来ても良い所ですね。

今夜の宿は、長野駅近くの裾花温泉うるおい館です。日帰り温泉を併設する立派な旅館でした。

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