2021年2月12日 (金)

荒神山観音と東海道石薬師宿

鈴鹿市歩き3回目です。今日は山仲間のHさんと、JR加佐登駅周辺を歩きました。個々には訪れたことがあるスポットなのですが、繋げて歩くとまた違った楽しみがありますね。

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11時一寸前に加佐登駅に降り立ちました。ここは東海道歩きで2回ほど通っていますが、JRで降りたのは初めてかもしれない。

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まず最初は白鳥湖のほとりにある荒神山観音を目指すのですが、駅前の道がややこしくて一寸判りません。近くの奥さんに浄安寺への道を訊いて歩き始めました。11時8分に到着。ここは木造釈迦如来像があるそうです。

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一寸お参りして先へ進みます。加佐登駐在所前の交差点が、ややこしい六叉路です。直進して県道に並行して進みます。

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六叉路から20分少々、11時40分頃、荒神山観音に到着しました。この観音様は眼病に効くとかで、春日局が深く信仰したとか。また、荒神山は浪曲「血煙荒神山」とかで吉良の仁吉などが出てきて有名です。三重四国八十八ヶ所にも入っているので、2年ほど前来て御朱印を頂きました。

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本堂の奥に吉良の仁吉の石碑があります。石碑の端が欠けているのは一部の参詣者が勝負事のお守りに盗っていったからだそうです。

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11時50分頃出発しました。5分も歩くと鈴鹿フラワーパークです。広い公園で、多くの家族連れや若者が来て、弁当を食べています。

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我々もここで弁当を広げることにしました。

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20分一寸休憩して出発しました。公園を抜けるのに5分以上掛かって12時半頃道に出ました。今度は白鳥湖の縁を歩いて、加佐登神社を目指します。

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10分ほどで神社の入り口に到着しました、神社の説明を見て初めて気が付きました。神社の裏手にある白鳥塚古墳は、日本武尊の墓所で、日本武尊の魂が死後白鳥となって故郷の大和方面に飛び去った故事にちなんで名づけられています。加佐登神社はその日本武尊をお祀りしているのですね。

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丁寧にお参りした後、白鳥古墳へも行ってみることにしました。神社の手前に古墳への道が有り、5分ほどで到着します。

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13時頃、古墳の前を辞しましたが、適当な出口が見つからず、一寸畑の中を通らしてもらって道に出ました。次に向かうのは佐々木信綱記念館です。佐々木信綱は歌人で国学者、また作詞家としても有名で「夏は来ぬ」は代表作です。2~3キロありますが、途中に上田の石段と言うのがあります。謂れはよく知りません。

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この辺り田圃道で、蒲川の向こうに鈴鹿山脈南部の山々が薄っすら眺められる長閑な道です。

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記念館と生家は旧東海道、石薬師宿に有ります。13時47分に到着しました。展示室が工事中とかで、生家だけを見学しました。

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10分ほど見学して、今度は東海道を歩きました。7~8分歩くと国道1号線の上を渡りますが、渡った所が石薬師寺です。弘法大師が岩に刻んだという石薬師がご本尊で、結構有名なお寺です。

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源頼朝の弟、蒲範頼が戦勝祈願したとかで神社もあります。

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薬師の薄サクラは天然記念物です。

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14時18分に出て東海道を歩きます。5分でJR関西線の手前に石薬師の一里塚跡があります。この常夜灯はJRの車内からよく見えるので、私は通るたびに東海道歩きを思い出しています。

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JRの線路を潜ってすぐ右折して、線路沿いに行くのが旧東海道ですが、この先が街道は消滅しているそうです。2キロ程先に庄野宿がありますが、その手前まで無くなっているそうです。なので適当に道を選んで、出発した加佐登駅へ14時53分に帰ってきました。

ここから再度庄野宿がある方向へ出発し、踏切を渡り、コンクリート電柱の工場横を通って、10分弱で宿場の入り口へ到着しました。庄野宿は45番目の宿場で、広重の庄野の白雨は傑作として有名です。

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海道にはこのような坂道は無く、平坦な道なので、広重は街道近くの坂道をイメージして描いたらしく、その場所は未定みたいです。

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入口から5分ほど入った所に庄野宿資料館があります。ここの屋根瓦が桐の紋章で一寸珍しいですね。

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ここで本日のウオーキングは終了し、加佐登駅へ引き返しました。15時36分の列車に間に合わせるため、最後は走りました。何年振りかで走ったので疲れました。〆は四日市の旧東海道に帰ってきました。

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昼間から開いている居酒屋は桑名には余り無いのです。Hさん、お疲れ様でした。

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2021年1月30日 (土)

伊勢型紙と大黒屋光太夫

鈴鹿市ウオーキングの2回目です。今回は鈴鹿市でも海岸沿いの白子駅から歩き始めました。

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2021年1月28日(木)

明日から日本中が強風に晒されそうなので、一寸曇り空ですが10時前に白子駅に降り立ちました。実はこの白子駅、降りるのは初めてかもしれません。珍しいので一寸駅表に行って観光案内所にはいってみたりしました。10時7分に駅裏(海側)に戻り歩き始めました。まずは駅から5分の伊勢型紙資料館へ来ました。

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資料館というので近代的な建物を想像していたので見落としそうになりました。江戸時代末期に建てられた寺尾家という伊勢型紙の製造から販売まで手掛けた屈指の型屋さんの家でした。

伊勢型紙は本来、着物の生地である反物を染めるための型紙です。貰ったパンフレットを一寸載せます。

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精巧に彫り抜かれた型紙を反物に当てて糊をおいて染めるわけです。小さな型紙なので1反を染め上げるのに何十回も繰り返す必要があります。まあ現在は着物を着る機会も亡くなったので、この型紙の需要も減り、繊細な技術の伝承が存亡の危機なのです。今はむしろ型紙という用途より、美術品の用途で生き残っていくのでしょうか。

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15分ほど見学して、今度は子安観音へ向かうことにしました。南に向かうとすぐに白子小学校があり、その校庭に白子代官所跡の案内がありました。紀州藩の代官所です。江戸時代白子は、伊勢街道の宿場であり、白子港も有って、重要な土地だったようです。

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すぐに神社があったので入ってみました。今歩いている道の1本海側が伊勢街道なので、そちらが正門のようでした。久留真神社という式内社です。説明に車総社とありましたが、語呂合わせでしょうか。

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そしてすぐ三叉路があり、海側から道が入りますが、その角に大きな石の道標があります。ここで伊勢街道が合流し、この先は伊勢街道になります。白子の伊勢街道は曲がり角が多く、旅人が迷うので建てられたそうです。

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道標から10分一寸歩いて右折すると子安観音があります。その手前のお寺の土塀に石臼が、いくつも埋め込まれているので眺めていると、近所の奥さんが謂れを説明してくれました。またこのお寺には高浜虚子の句碑が有るとも。

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子安観音は奈良時代の創建で真言宗のお寺です。伊勢街道にあり、三重四国八十八ヶ所にも入っているので何回か来ています。伊勢の浦に鼓の音がして網を打つと白衣の観音様が赤ん坊に背負われて現われた。その白衣観音がご本尊で、安産の神様として信仰されています。

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境内の不断桜は天然記念物です。近くの海岸は今も鼓ヶ浦と呼ばれ、近鉄の駅も鼓ヶ浦です。寺を出て、その鼓ヶ浦海水浴場にやってきました。今は静かな砂浜です。11時17分。

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海水浴場から12~3分歩くと白子港です。その一角に漁協直売所「魚魚鈴(ととりん)」があります。何か買おうと立ち寄ったのですが、めぼしいものは無くて買いませんでした。でも平日から、地元の人が買いに来ているので、お値打ちなのかも。

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11時37分、新紅屋橋で堀切川を渡り、伊勢街道へ復帰しました。

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今度は逆に神戸宿方向に伊勢街道を辿ります。すぐ右手に、白子東町児童公園があり、その中に「旧河芸郡役所跡」の案内があった。明治にできて30年間存続したとか。

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この辺りの奥さんに伊勢街道のことを訊くと、私達は「塩浜街道」と呼んでいると言っていました。この先で神戸方面と塩浜方面に分れるからでしょう。でも塩浜街道は戦後できた名前だと思いますが。

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12時06分、江島神社に着きました。海上守護の神様として有名で、白子の廻船業者が奉納した絵馬が1600年頃から残っている。

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お昼時なので一寸お参りして、近くの江島公園へ弁当を食べに出かけました。すぐ海岸沿いです。

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20分ほどで弁当を食べて、12時35分に出発し、伊勢街道に復帰しました。江島神社の前に乾物屋さんがあり、一寸覗いて店のご主人と話したりしました。5分も歩くと伊勢街道は近鉄の踏切を渡って神戸宿へ向かいます。その角に六体地蔵さんがあります。

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地蔵さんの台座に六体の菩薩が刻まれているので六体地蔵と呼ぶようです。12時54分に向かい側の役行者の祠を見て、伊勢街道と別れて岸岡山展望台へ向かいました。

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線路を渡り、岸岡台という団地の中を通って20分一寸で公園に着きました。デイキャンプもできる広場がある、標高50mほどの高台です。展望台があります。

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伊勢湾が見渡せる絶好の展望台です。市街地のすぐそばに、こんな絶景の展望台があるなんて素晴らしいですね。セントレアから伊良湖岬、神島から二見まで見えるのです。

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13時23分頃展望台を後にしました。千代崎駅方面に下りたいのですが、案内は無くて適当に下りました。一寸遠回りだったかもしれませんが大過なく、15分ほどで千代崎駅を通過しました。

金沢川に出て、県道6号線の千代崎橋で渡りました。渡ってすぐ右折して、大黒屋光太夫の慰霊碑を見に行きました。海岸の公園の防潮堤に光太夫漂流記の壁画が描かれていました。

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近くの墓地に光太夫以下、漂流した17人の慰霊碑がありました。

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外国屋光太夫は白子の廻船問屋の船頭で、1782年、江戸へ荷物を運ぶ途中で遭難し、アリュウシャン列島に流れ着いた。その後、サンクトペテルブルクに行き、ロシア皇帝エカテリーナⅡ世に拝謁し、帰国を許された。その後、日本との貿易を望むロシアの使節に伴われて帰国した。1792年。

慰霊碑から8分ほどの所に、一緒に帰国した小吉の菩提寺があった。

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菩提寺から更に5分、大黒屋光太夫記念館がある。

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ここに詳しく10年間の苦労が載っているが、帰国した光太夫は江戸城で将軍に拝謁し、そのご幕府お抱えとして江戸に住んだ。近くに開国曙光碑がある。

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ここで14時28分だった。ここから20分で伊勢若松駅です。そこにも光太夫の銅像があった。光太夫はここ若松村の生まれだったそうです。

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今日もなかなか面白い1日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年1月22日 (金)

鈴鹿市ウオーク

三重県に住んで40年以上になるが、地元の北勢地区をあまり歩いていない。三重の歴史街道や三重四国八十八ヶ所、神宮125社など歩いたりしているので、結構いろんな所へ行ってはいるが、例えば鈴鹿市を歩こうとか思ったことがない。むしろ尾鷲にいこうとか熊野に行こうとか、南勢の方が多いかもしれない。

今回コロナもあって、近場を探してみた。すると鈴鹿市観光協会のホームページに、鈴鹿市の23ウオーキングコースというのを見つけた。その中の一つを今回歩いてみました。

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地図はこれです。近鉄鈴鹿線の鈴鹿市駅発着のコースです。これを一寸アレンジして、JR関西線河曲(かわの)駅から逆回りで近鉄鈴鹿市駅までとしました。

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2021年1月21日(木)

9時50分過ぎに河曲駅に到着しました。快晴です。鈴鹿山脈の主峰が眼前です。

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線路を渡って鈴鹿市考古博物館を目指します。地元の人に道を訊きながら歩きます。

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歩きだして20分ほどで博物館が見えました。良さそうな建物です。

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入館料200円ですが70歳以上無料ということでタダでした(笑)。コロナでウイークデイということも有ってか、見学者は私一人でした。別室でお母さんたちが集まって、何かやっているようでしたが。

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土器・埴輪などいろいろ展示されています。

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驚いたのは鈴鹿市に何百かの遺跡があるということです。また古寺の瓦もいろいろ有るようです。

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屋上は展望台になっていて、隣の国分寺跡がよくみえます。

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20分位見学して、隣の国分寺跡へ行ってみました。ここは礎石だけで何もありません(-_-;)

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10時50分頃、公園を後にしました。ここでも散歩中のご夫婦に道を訊きながら、菅原神社に向かいました。15分ほどで到着しました。

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菅原道真をお祀りした天満宮です。今年は丑年ですねえ。

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梅園の整備が進んでいて、三重県でも有数の名所だそうです。見頃は2月下旬から3月上旬とか。

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11時15分頃、今度は高岡城跡に向かいました。20分弱で高岡台団地の公園に来ました。向こうの丘の上に高岡城が有ったようです。

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公園から10分ほどで高岡城址登り口です。11時43分。

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6分登ると城址公園の入り口でした。高岡城は北畠氏の一門、神戸友盛の家老山路弾正が城主であった。弾正は智勇兼備の名将で、織田信長の攻撃をよく防いだなどの歴史がある。

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城跡としては何も残っていない。

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ただ、ここからは、これから歩く予定の鈴鹿市街が一望できます。

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11時50分頃なので、休憩所で昼食としました。今日は珍しく自家製弁当持参です。

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30分ほど休憩して、12時20分に出発しました。7分で麓の高岡神社に到着しました。

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主神は京都の貴船神社と同じ高龗の神なので、水の神様でしょうか。式内神社です。

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下って行って、JR関西線の踏切を渡りますが、ここは十何年か前に歩いた伊勢街道です。

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四日市の日永追分で東海道と別れた伊勢街道は、ここから神戸宿を経て白子へ行き、伊勢神宮を目指します。今日はこれからその伊勢街道で神戸宿まで歩きます。踏切を渡り、鈴鹿川の堤防に出ます。そして、高岡城址から見下ろしていた高岡橋を渡ります。

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橋の途中で振り返ると城跡の展望台が見えます。

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堤防を右折し、常夜燈のある場所で堤防を降りるのが伊勢街道です。12時50分です。

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堤防を降りて道なりに神戸宿を目指します。しばらく田圃道です。

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10分ほどで街に入り、更に10分歩くと神戸の見附です。13時14分。

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見附とはまあ宿場の入り口で、関所ではないが、夜間は門を閉めて出入りを禁じた。梅が咲いていました。

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ここから神戸宿ですが、やはりその面影は残っているようです。

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10分ほど町中を歩くと、踏切があります。左折すると鈴鹿市駅で今日はここまでです。

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近くの焼肉やさんに、時短の案内が貼ってありました。早く、思う存分営業できる日が来ることを祈ります。

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13時25分頃、鈴鹿市駅に到着しました。

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駅のコンビニで買った氷結を飲んで、今日は良しとしました。

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今日歩いた軌跡です。

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以前、東海道を歩いた時、四日市市や亀山市は街道の案内が親切なのに、鈴鹿市に入ると全く不親切で、鈴鹿市はホンダと鈴鹿サーキットしか頭に無いのかと思いました。でも、今回調べてみて、23のコースマップが有ったり、考古博物館も充実していて、文化にも力を入れていることが解りました。

後、2~3コースは歩いてみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

2021年1月14日 (木)

亀山 下庄

近場で歩く場所を探していたら亀山ウオーキングマップが目についた。亀山は東海道の宿場町なので何回かは歩いている。

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写真は多分関宿ですね。亀山駅周辺での東海道は駅の北側を通っています。このマップがそうです。

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図の下側、鉄道沿いの道が東海道です。右上の能褒野神社は日本武尊を祀っていて、何回か行っています。私が目を付けたのは、もう1枚のマップ。亀山駅の南側の道です。

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南側は一度も歩いた事は無いし、中央の二つの神社に目がいきました。拡大します。

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右上の「江神社、えのじんじゃ」と左上の「石神社」です。なんだか謂れありそうということで、下庄駅から二つの神社を見ながら亀山駅まで歩いてみることにしました。

2021年1月13日(水)

11時半頃下庄駅に着き、駅のベンチでお握りを食べ、11時40分には出発しました。

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しばらくは線路沿いに歩きます。

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梅が咲いているのかな。

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下庄の集落に入ってきました。狭い集落の中の道を歩きます。

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小さな集落の中に3軒もお寺があるみたいですね。これはその中の一つ、栄仙寺。

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少し山手に入った所に江神社の鳥居がありました。

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西暦927年に書かれた延喜式に載っているので、少なくとも1100年以上前から存在していた神社です。

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その他の謂れはあまり解っていないようですが、雨水や農耕の神様が祀られているようです。

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参拝を終えて山を下り、12時半頃JRの踏切を渡って中庄町に入りました。

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ここにもお寺が2軒あります。昔はこれでお寺の経営が成り立っていたのでしょうか?

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中庄町を抜けて、今度は三寺町に向かいます。

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ここも鄙びた風情ですが、お寺は3軒あります。本当に過密ですね。しかも、真宗高田派の寺院は、各集落に必ずあります。

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石神社の遥拝所がありました。ここを右折です。

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石神社も山の中腹にあるようです。

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遥拝所から7分で入口まで登ってきました。

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石段が一旦谷に下って、また登っています。橋が架かっていないので雨水が心配ですね。

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ここも式内社なので1100年以上昔から存在するわけだが、石神社の名前の謂れは良く解らない。

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社殿の壁に、細かい字で詳しく書かれているのですが、読んでもよく解りませんでした(笑)。

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裏に廻って一寸本殿を写しました。

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13時20分頃下に降りてきました。

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ここから先は、特に見るべきものをマップには書いてありません。淡々と歩くのでしょう。歩道が無い道なのに車の往来が意外に激しく、中ノ川沿いの道に避難したりしながら、20分一寸歩いて県道28号線に出ました。角には田茂池がありました。

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ここからしばらくは意外にも登り坂でした。でも歩道が有ったので助かりました。

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途中には庚申塚が有った位で、ひたすら登りました。

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15分ほど登って14時頃、道はようやく下りになりました。

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14時18分に鈴鹿川を渡りました。

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渡るとすぐ踏切があります。これは亀山から津へ行く紀勢線の踏切。そしてすぐ四日市から亀山の関西線の踏切があります。14時22分です。24分に名古屋行が出るのですが、当然間に合いません。

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コンビニで缶ビールやおつまみを買ったりして、亀山駅到着は14時45分でした。

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亀山駅前は今、再開発の工事中です。完成は令和4年3月頃とか。楽しみですね。

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今日歩いた全体図です。

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2020年11月23日 (月)

室生古道

3連休の中日に室生古道を歩いてきました。近鉄榛原駅から曽爾村へ向かう途中の高井から、仏隆寺を経て室生寺へ向かう8キロほどの道です。

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2020年11月22日(日)

榛原駅発10時35分のバスに乗りました。曽爾村のコミュニティバスみたいですね。高井まで4キロ程、この間は先日伊勢本街道で歩きました。高井のバス停を10時50分に出発しました。

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すぐに伊勢本街道が右に分れます。先日は右の坂を登って高井の千本杉方面に歩きました。今日は左です。

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すぐに一丁と刻まれた丁石がありました。

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高井は標高350mほど、仏隆寺は480mほどなので、道は舗装道路ですが、じわじわ登りです。

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20分ほどで十丁石を過ぎます。

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3分ほどで道標があります。右千体仏とありますが、伊勢本街道方面ですね。仏隆寺まで500mです。11時14分。

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11時23分に仏隆寺直下の駐車場に来ました。茅葺の地蔵堂があります。仏隆寺は長い石段の上ですが、現在は地蔵堂の右から車道を登って行きます。逆方向に室生寺という案内がありますが、それは車道で、室生古道は仏隆寺方向へ登ります。

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室生古道へ入る手前を100mほど左に入ると仏隆寺です。11時28分。

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室生寺の末寺で、空海の高弟堅恵の開設とか。その堅恵の墓と伝わる石室が重要文化財です。

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石室の内部です。奥に堅恵が座っているとか。

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20分ほど仏隆寺に居て、11時50分に室生寺への山道に入りました。役行者像がある唐戸峠まで150mほどの登りかなと思います。

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20分一寸の登りで立派な切通に出ました。もう峠は近そうです。

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切通から5分、12時16分に峠に出ました。

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左上に役行者が祀られています。室生寺は役行者の開山だそうです。

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右上に休憩所があります。ここで昼食休憩としました。

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ここから車道を左折すると4.5キロで室生寺と案内されていますが、右に一寸行くと展望が開け、晴れた日は大台ケ原まで見えるそうです。今日は一寸霞んでいました。

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12時40分に出発しました。ここから先は車道です。10分下ると池がありました。カトラ新池とか。

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更に25分で、ようこそ室生寺へと書かれた、金網の獣避けの扉がありました。

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入るとすぐ地蔵堂がありました。腰折れ地蔵さん。腰から下の病に功徳が有ると聞き、脊柱管狭窄症の快癒をお願いしました。

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ここから先が結構素朴な田舎道で風景も楽しめます。

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腰折れ地蔵さんから10分一寸、13時32分に西光寺の枝垂桜、立派ですねえ。春は見頃でしょうねえ。

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まだまだ気持ちの良い下りが続きます。

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道標に従って車道と別れて左折しました。室生公園を通って行く道のようです。紅葉がきれいです。でもパワースポットの龍穴神社へ行くなら右ですね。

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14時丁度、峠から1時間20分に室生寺の門前に着きました。一気に観光客の中に入り、慌ててマスクを付けました。

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室生寺はシャクナゲが有名ですが紅葉もきれいですね。

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でも大変な人出で、金堂にお参りするのも順番待ちです。

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一寸小ぶりな五重塔も立派に再建されてもう何年になるのかな。あいかわらずきれいです。

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五重塔の上の奥之院へ行くのは一寸大変です。知ってか知らずか、多勢の人が奥ノ院に向かいます。この石段が大変なんです。

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もう少しです。

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五重塔から12~13分の登りで奥ノ院に到着しました。ご褒美の絶景も待っています。皆さん元気ですね。

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下りの石段は慎重に下りましょう。下ってきて1時間に1本のバスで室生口大野へ向かいます。その道筋の土産物店でよもぎ餅をうっていますが、どこも人気で並んでいますね。

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多勢の人が室生口大野から近鉄で帰りますが、皆さん、向かい側の大阪行ホームに行ってしまいました。大阪から近いですもんね。

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我々は名張で降りて反省会、楽しかったですねえ。

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また行きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年10月 4日 (日)

日本武尊は三重で亡くなった

亀山市の歴史博物館で日本武尊の企画展があると知ったので見に行くことにした。何故亀山市で?と思われるかもしれませんが、日本武尊は東征の帰途、伊吹山の荒ぶる神の毒気にあてられ三重の能褒野(亀山市)で亡くなったのです。その陵墓が現在能褒野神社として残っています。

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2020年10月3日(土)

その能褒野神社を見て、亀山まで歩き、歴史博物館の企画展を見ようと、9時頃井田川駅に降り立ちました。駅前には日本武尊の石像があります。

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またこの駅前は旧東海道も通っているので、私も何回か来たことがあります。この日も街道歩きらしいご夫婦が降り立ちました。

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駅前から2キロほどで安楽川に架かる能褒野橋を渡りました。左前方の森に前方後円墳と能褒野神社があります。

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結構、参詣者が多いらしく、駐車場や庭園が整備され、よく管理されています。

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池の北側が能褒野神社入口です。

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神社の本殿の造りからすると外宮系の神社みたいです。この日も何組か、また地元の人らしい姿もありました。

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陵墓は少し離れた場所にあります。

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古事記や日本書記に寄れば、日本武尊の父親である景行天皇が作らせたとか。

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参詣を終えて、亀山城にある歴史博物館へ向かうことにしました。先ほど渡ってきた能褒野橋を再度渡ります。安楽川の向こうに見えるのは鈴鹿山脈で、その向こうは日本武尊の故郷、大和の国です。ここ能褒野に頬むられた日本武尊は白鳥の姿になって飛び去ったという伝説がありますが、この景色が命の心を駆り立てたのでしょう。

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歴史博物館までは6キロ~7キロです。しばらくは見る物とてありません。道端のマンホールカバーには亀山城に残る多門櫓が描かれています。市の花は花しょうぶ、市の木はモミだそうです。

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途中で江戸時代に巡見使が通った巡見道が合流してきますが、特に案内もありません。1時間ほど掛かって11時に東海道に合流しました。

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この角は小公園になっていて、巡見道の案内があります。

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東海道亀山宿は藤堂藩(津)の支城ですが、交通の要衝で東海道46番目の宿場です。街道筋の民家には、それぞれ旧宿場時代の屋号を掲げています。

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東町はメインの商店街ですが、今は一寸寂しい。

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商店街を過ぎると、一寸昔の街道の面影も残る。

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街のサインも多門櫓です。

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11時半に亀山宿三叉路の来ました。亀山城の櫓も見えます。ここで昼食弁当を広げました。右奥が今歩いた東海道です。

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20分ほど休憩して、西町の問屋街に入りました。

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そのまま進むと、東海道野村の一里塚がありますが、今日は街道から離れて城跡の亀山公園にある歴史博物館に向かいます。12時7分に到着しました。

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常設展は有料ですが企画展は無料とか。まあいずれにせよ70歳以上は無料だそうです。

日本武尊は11代景行天皇の息子だそうです。元伊勢巡幸の倭姫は叔母さんにあたりますね。

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16歳で九州の熊襲征伐を行い、その際、熊襲の頭領から日本武尊の名を貰い、その後関東の蝦夷を征伐にでました。

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出発に際し、叔母の倭姫を伊勢に訪ね、草薙の剣を授かります。その後三浦半島から房総半島へ海路渡る際、荒海を鎮めるため妻のオトタチバナヒメが海に身を投げ、海を鎮めます。

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蝦夷を征服した日本武尊は、帰路、伊吹山の荒ぶる神を退治しようとしますが、逆に毒気に当てられ、能褒野で病死します。景行天皇はその死を悲しみ、能褒野に陵墓を建てます。能褒野の場所は一時不明でしたが、明治に入り宮内庁が現在の前方後円墳を能褒野と認定しました。

その他の資料が展示されていました。

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日本武尊は能褒野に頬むられたのですが、望郷の念断ちがたく、魂が白鳥の姿となって大和へ飛び去りました。その白鳥が降り立ったのが、古市と琴弾原だそうで、そこにも陵墓が築かれておます。

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まあいろいろ神話が残るわけですが、三重県という名前は、この神話からきているので、無視はできません。杖衝坂なども残っています。

なかなか勉強になった1日でした。

 

 

 

 

2020年9月13日 (日)

京都国立博物館

西国三十三所草創1300年記念「聖地をたずねて」- 西国三十三所の信仰と至宝 -

という特別展を見に京都へ行ってきました。ついでに東山南部にある今熊野観音・泉涌寺・東福寺を見てきました。

高速バスで京都の清水五条駅に10時頃着き、そこから徒歩で東山七条にある博物館へ向かいました。

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京都へ来たなあと思わせるのは、こんな食堂の暖簾を見るときです。にしんそば、鍋焼きうどん、京都ですねえ(笑)

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方広寺の大仏殿の近くに有る耳塚です。秀吉の朝鮮出兵の名残です。

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博物館へは、ここを曲がります。

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博物館の中は撮影禁止です。いつもの事ですが。でも外国の博物館へ行くと有料で撮影できます。今回のような借り物は別かもしれませんねえ。それと木と紙で作られた日本の展示物は劣化しやすいこともあるでしょうね。

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今回の展示物は仏像、地獄絵、各寺の縁起絵巻、曼陀羅図、寺宝など盛りだくさんでした。展示図鑑が無いのですぐ記憶から消えますが、一幅の掛け軸に2体の菩薩が描かれた図が、すごく印象に残りました。名前忘れました(笑)。

1時間半位見て疲れました。西国三十三所は5年ほど前に一応すべて廻って御朱印を頂きました。京都府には10ヶ所有って、そのうち半分はこの東山近辺と市街にあります。

そのうちの一つ十五番の今熊野観音寺を午後から訪ねてみることにしました。博物館から南へ三十三間堂の前を通ります。通し矢で有名ですね。

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三十三間堂の向かいには関ヶ原合戦ゆかりの血天井で有名な養源院があります。

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今熊野辺りの中華食堂に入って昼食。昼食と言えば、なんとかの一つ覚えで、かつ丼か牛丼・焼きそばのどれかですね(笑)。

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新熊野神社の前を通って、泉涌寺道を入って行きます。

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泉涌寺は皇室ゆかりの寺で、歴代天皇が即位の報告に来られていますね。この門から先はすべて境内で、塔頭が数多くあります。

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今熊野観音寺もその塔頭の一つです。

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5年前に御朱印を貰いに来ているはずなんですが、どうも記憶がぼやけています。

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それより、ここは地図の青線が京都一周トレイルなので、去年も通っているのが印象深いですね。

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泉涌寺は御寺と呼ばれる皇室ゆかりの真言宗の寺です。歴代天皇の葬儀も行われたそうです。この仏殿には運慶作の三如来が祀られ、探幽の天井絵などがあり見応え充分です。

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舎利殿と仏殿

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皇室縁の寺なので瓦や金具など至る所に菊のご紋章があります。

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近くには様々な御陵や墓所があります。

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勝手知ったトレイルの道を歩いて東福寺に向かいました。ここから東福寺の境内みたいです。

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東福寺は通天橋から見る紅葉で有名ですね。歩いていると明暗寺という塔頭を見つけました。虚無僧で「明暗」というのはここだったのですね。尺八の家元となっていました。

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東福寺へはこの橋を渡ります。趣ある木造建築のようです。臥雲橋だったかな?

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この橋から通天橋が見えます。紅葉の頃には素晴らしいでしょうね。

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東福寺は臨済宗の総本山ですが、その三門は国宝だそうです。

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三門の上には上がったことありませんが、こんな世界だそうです。

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そろそろバスの時間なので、JR東福寺駅に戻り、京都駅でお土産を買って帰りました。途中、東福寺駅の近くに伏見街道の橋げたという石がありました。

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今日の歩数は2万歩ぐらいでした。

 

 

2020年8月11日 (火)

上高地避暑最終日

2020年8月8日(土)

上高地最後の朝は梓川に朝霧が立ち込めていました。

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朝8時20分頃、宿を出発。

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河童橋も見納めです。今日は岳沢も吊尾根も見えない。

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8時半のバスに間に合って、30分でアカンダナ駐車場へ。車に乗り換えて、再度安房トンネルを潜って松本方面へ。沢渡を過ぎ、前川渡で右折すると乗鞍高原ですが、右折禁止なので一旦トンネルを潜り、Uターンして再度前川渡を左折します。

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前川渡から5キロ程で番所大滝駐車場があります。200円。トイレもあります。乗鞍高原三滝巡りの始まりです。

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そこから展望台まで下ります。ずっと下るように見えますが3分で展望台の東屋に着きます。

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落差40mの立派な滝です。

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10時過ぎに出発しました。10分ほどで今度は善五郎の滝駐車場です。10台位は停められます。今度は無料。

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滝までは600mほど、15分位掛かるかな。一寸アップダウンがあります。

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滝は水の浸食で後退を続けているそうで、手前の淵は昔の滝つぼだとか。10時45分頃に駐車場を出発しました。

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11時前にスキー場のレストハウスに着きました。三本滝はここから歩きます。

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乗鞍岳への登山道を歩きますが、三本滝の先は通行止めのようです。

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あんまり下らないでくれと祈りながら歩きます。

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でも大丈夫。あんな小さな女の子も歩いているんですから。

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20分ほどで到着しました。

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三滝の内では一番見応えがありますね。

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水源の異なる3本の滝が一カ所に集まっているのだそうです。日本の滝100選にも選ばれているとか。

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11時45分に帰ってきました。

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レストハウスのメニュは食欲をそそらなかったので、番所大滝付近まで引き返して、蕎麦屋さんに入りました。満員でした。

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帰りは奈川度ダムから野麦街道に入り、19号線で中津川まで中山道に沿って走りました。

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名古屋へは4時半頃帰ってきました。お疲れさんでした。

 

 

 

 

 

 

 

2020年8月10日 (月)

上高地避暑3日目

2020年8月7日(金)

朝起きてみてびっくり、今日は朝から雨です。昨日の予報とは大違いです。昨日足を痛めたNさんは雨のトレッキングは止めて寝ていると。残り二人は明神で岩魚の塩焼きを食べようと、9時45分頃宿を出ました。

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岳沢や吊尾根は雲の中です。

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でも雨の上高地も良いものです。

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岳沢への分岐が10時08分、宿から20分一寸ですね。

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木道があったり地道があったり、右岸の遊歩道は楽しいです。

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梓川の河原には大きな流木が無数に残っています。先日の豪雨は、この地方も相当降ったのですね。梓川も氾濫してバスターミナルが水に浸かったと聞きました。右岸のホテル側は地盤が高く、浸水しないんだそうです。

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遊歩道も土砂に覆われたようですね。

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写真を撮りながらゆっくり歩いて、1時間半かけて嘉門次小屋に着きました。

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でもまだ昼時には早いので明神池を見ることにしました。

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今回は拝観料払って中に入りました。一ノ池です。

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二ノ池もきれいですね。

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20分位で帰ってきました。

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岩魚は外の生簀から出して、〆て串刺しします。

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それを中で焼きます。

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メニューです。

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まあ取り敢えず、我々も塩焼きで一杯。酒は嘉門次です。

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塩焼きは頭からしっぽまで残さず食べられます。

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嘉門次そばには岩魚の燻製が入っています。

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すっかり良い気持ちになって、明神橋を渡り、明神館へ来たのは12時35分でした。

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それから左岸を50分、小梨平キャンプ場です。

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近くのビジターセンターにこんな張り紙が。ここにも出るんだ。

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センターの中

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河童橋近くの支流の流れは、水がきれいなので有名ですね。

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ホテルに戻って、足の直ったNさんと一緒にインフォメーションセンターへ。河童橋の様子です。

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センターでは青野恭典写真展が開かれていました。

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また土砂降りの中、歩いてホテルに帰りました。お風呂に何回も入って暖まり、今回最後の夕食です。連泊の我々も飽きささない、ご馳走でした。

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明日は乗鞍高原へ行く予定です。

 

 

 

 

上高地避暑2日目

2020年8月6日(木)

朝起きて、朝焼けの穂高の岩峰を見ようかと河童橋に出かけました。朝の河童橋地金はお猿の天国でした。

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河童橋から見る穂高はいつ見ても感動します。

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さて今日は焼岳方面へ行こうとしています。河童橋を拠点に上高地の散策ルートを考えると、まず浮かぶのが明神や徳沢への梓川を上るコース。次は逆に田代池や大正池に下るコース。3番目は一寸登るので登山の領域に入りますが、明神から徳本峠に登って穂高を眺めるコース。最後が焼岳コース。これも登山ですね。

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上記1.2.3は何回か歩いているので、今回は焼岳方面に登って、上高地の景色を上から撮影したいと思いました。勿論、今回は避暑なので、焼岳のピークを踏むつもりはありません。下界が見下ろせる場所まで行ければいいと8時半に宿を出ました。快晴の焼岳です。

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梓川沿いに15分ほど下るとウエストン碑がありますが、その付近にも猿がのんびりくつろいでいました。

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そこから7~8分で田代橋、そこには西穂山荘への登山口があります。

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更に林道を下ります。

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山荘から36分、9時06分に焼岳登山口に着きました。ここで車道と別れます。コースタイムでは、ここから焼岳小屋まで2時間半、更に1時間で焼岳山頂です。

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山道にはなりますが、しばらく傾斜は緩やかです。

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30分弱歩くと、先日の豪雨で小さな橋が流されていて、一寸巻道しますが、何事もありません。

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1時間弱で小さな梯子がありました。これからだんだん傾斜がきつくなるにつれて梯子が多くなるそうです。

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10時43分、橋があって、後ろを振り返ると田代池辺りが見えていました。

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その橋です。岸壁に掛かっています。

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橋を渡ると梯子が何回も掛かっています。

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梯子を登り終えると大正池ホテルが遠望されます。10時57分です。

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5分ほど休憩しました。焼岳山頂も見えています。

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そろそろ引き返そうかと思いながら25分ほど登りました。標高も1950m位でしょうか、最後の長い梯子がありました。

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これを登れば笹原になって、焼岳小屋も近いですと、経験者のKさんが言います。でもNさんは足が痛いから、ここで待っていると。小屋の先の展望台まで行く選択肢もありましたが、稜線はガスで覆われていました。ということで、ここから先は登山の領域。我々は避暑だから、ここで帰ろうということにしました。

その付近からの景色です。河童橋は尾根に遮られて見えませんが、なかなかの景色で満足しました。

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ズームで拡大すると帝国ホテルも見えています。

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一寸下って12時前に弁当を広げました。大きなお握り二つは食べるのに大変でした。20分の休憩です。

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13時55分、登り口に帰ってきました。行は2時間弱、帰りは2時間強、疲れているのかな(笑)。

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ホテルに帰って一風呂浴びて、部屋で飲みながらくつろぎました。

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談話室の本です。

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この日の穂高連峰です。

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夕食はやはり豪華です。明日は徳沢方面でも行くかな。

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