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2022年9月27日 (火)

マレーシアの話その2

東南アジアの工場立地調査をやっていた頃から何十年か経って、私は他の業種の会社に移っていた。ところが、今から25年ぐらい前でしょうか、その会社がマレーシアに工場を建てることになり、担当することになった。

会社設立の申請から始まり、マレーシア政府の出先機関に行くと、マレー半島の東海岸に工場を作ってくれと強く要請された。東海岸側は日本の裏日本以上に過疎地なのです。そこに進出してくれれば税制など優遇措置はいろいろ有ると。

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でも結局、積出港に近いジョホールバルに進出した。そんあこんなで、マレーシアには行く機会が多く、何か所か観光もした。その中で気に入った場所を紹介します。

まず、上図下部の最南端。ここはユーラシア大陸の最南端です。あまり知られていないのでお勧めです(笑)。タンジュンピアイと言ったかと思います。

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次に、上図右端のティオマン島。ここはダイビングです。図のメルシンから連絡船で行ったのですが、一人で行ったので、一寸苦労しました。

魚はめちゃくちゃ居ました。

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島のムードも最高。

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でも回教徒の国では誰も酒を飲んでいない。私もこんな料理を酒無しで3日間食べました。頼めば飲める場所もあると知って、2回目からは飲みました(笑)。

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次は国立公園のエンダオラオピン。ここはお勧めです。最近は知りませんが、私が行ったときは、まったく未開発で、蛭やのみ・しらみの世界でした。一緒に行った友人は2度と行かないと言っていました(笑)。

ジョホールバルからメルシンへ向かう途中で左折して、がたがた道を相当走ります。

食事は自炊で。

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ガイド付きのジャングルトレッキングができます。

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象の糞なんかあります(笑)。

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次はマラッカ。ご存じマラッカ海峡の街ですが、昔の街並みや文化が残っています。観光ガイドに出ているので割愛して、ニョナ料理について。中国料理とマレーシア料理の融合だそうです。

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それから鄭和博物館。鄭和は中国明の永楽帝に仕え、コロンブスより1世紀も前に、大船団を率いて、東南アジアからアフリカまで航海した人だそうです。

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次はKLを越えて、マレー半島の北半分へ。

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ここでトップは国立公園のタマンネガラです。ここは先のエンダオラオピンと異なり、よく整備された国立公園です。

ここもジャングルトレッキングですが、白人の女の子も多数来ています。

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いろんな動物にも出会えます。

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川登の体験も

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でも食事はホテル並みです。

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次はキャメロンハイランド。ここは標高1500mの高原避暑地です。ジャングルトレッキングもありますが遊歩道です。

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お茶の産地で、紅茶や緑茶が有名です。レストランからの眺めが素晴らしい。

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最後にペナン。ここは有名なリゾート地です。

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ロブスターを食べに行きましたが、高いです。

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終わりです。また行きたくなりますねえ(笑)。

 

 

 

 

 

2022年9月24日 (土)

マレーシアの話

今回は思い出話。

今から50年以上前、私は合板会社に勤めていました。日本の合板会社は東南アジアからラワン材を輸入して合板に加工していました。ラワン材の輸出国は主としてフィリピン、マレーシア、インドネシアです。

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輸出3国は、原木のまま輸出するのでは自国に産業が育たないため、自国で合板に加工して、製品として輸出したいと思っていました。そのため原木の伐採権を持つ日本の商社に、自国に合板工場を作るよう要請しました。

商社には工場運営のノウハウが乏しいため、取引先の合板会社に現地工場の採算性調査を依頼しました。その調査に出かけたのがマレーシアでした。生まれて初めての海外旅行です。1ドルが360円の時代でした。

台北、バンコクを経由して、初めて外国の土を踏んだのがマレーシアの首都クアラランプール(KL)でした。1泊55ドルのホテル代が非常に高く感じたのを覚えています。

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実際の調査地はマレー半島の右上、タイ国境に近いコタバルの山奥でした。後で知ったのですが、太平洋戦争の初期、日本軍がコタバルに上陸し、自転車でマレー半島を南下、シンガポールを攻略しました。銀輪部隊と呼んだそうです。

現地の仕事のことは忘れましたが、コタバルの飛行場が、夜になるとキャバレーに変わるのは感心しました。日本では考えられませんが、1日2~3便しか来ないローカル空港なら、使わない時間を活用するのは合理的ですよね。

森林の蓄積量とか品質の調査、工場予定地の労働力、電力、水、補修部品の有無、積み出し港の有無や施設、などを調査して工場の採算性を判断します。このときは不適だったと思います。

帰りは車で東海岸を下りました。銀輪部隊も通った道でしょうね。クアラトレンガヌに1泊し、翌日KLに着きますが、カーブがひどく、腸がよじれる思いをしました。

翌日はまた車でシンガポールに入りました。シンガポールはマレーシアから分離した中国系民族の国ですね。当時からマレーシアで多数を占めるのはマレー系民族ですが、商売は華僑が牛耳っていました。これは他の東南アジアの国も同じです。それで、このままでは国を乗っ取られると思ったマレー政府が、中国系民族をシンガポールに移住させて?、分離したとか聞きました。

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ところでマレーシアには東と西があります。東は今書いたマレー半島、西はボルネオ島の北半分がマレーシアです。一部はブルネイ王国。南半分はインドネシアです。

シンガポールからボルネオ島のコタキナバルへ飛びました。近くのキナバル山は有名ですね。キナバル空港ではカメラなどのぜいたく品の海外からの持ち込みは税金が掛かります。でもKLのホテルの便せんを見せて、KLから来たと言ったら許してくれました。

コタキナバルからサンダカンへ飛び、ホテルに入り、一人でバーへ行きました。そこで値段表を見てびっくりしました。サントリーウイスキーのだるまとジョニーウオーカーの黒ラベルが同じ値段でした。

1ドル360円だった日本では、ジョニ黒なんて高嶺の花でだるまの5倍くらいしていたのではないでしょうか? ジョニ赤でも飲めませんでした。でも外国ではジョニ黒とオールドは同じ扱いなのです。初めて、為替というものを実感した日でした。

1度、こういう仕事をすると、話は伝わるものですね。この後いろんな商社からも依頼が来て、フィリピン、インドネシアも含めて10回近く現地調査をしたのではないでしょうか。

続く。

 

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