比叡山麓、坂本を歩く
山歩会のAさんの企画で坂本を歩いてきた。我々、京都生まれの人間は、比叡山や延暦寺は京都の山であり寺であると思っている。都の鬼門を守る山であり寺だから当然のことです。でも今回の里歩きで、比叡山や延暦寺は滋賀県だなあと、考えを変えた(笑)。
2022年4月2日(土)
9時半に京都駅に集合し、湖西線に乗った。昔、学生の頃、比良の山小屋に行くため、何回となく乗った線です。10時におごと温泉駅で下車。ここから安楽律院を目指します。総勢8名です。
上半分を拡大します。おごと温泉駅を出て、線路沿いに引き返します。だらだらと上り坂です。
15分ほど登りが続いたでしょうか、右折して湖西道路を高架で超えます。後方には懐かしい比良山脈南部の主峰、蓬莱山が見えます。まだ一寸雪が残っているようです。
超えるとすぐ二股になり、左元三大師の文字が読めます。
元三大師は延暦寺中興の祖と言われる。良源、慈恵大師とも呼ばれ、おみくじの元祖とも言われます。
その良源ゆかりの地千野(乳野)を通ります。
この辺りは中部北陸自然歩道になっているようで、時々その道標があります。道は山の中に入っていきます。
駅から1時間弱、11時過ぎに安楽律院の入り口に来ました。
平安京の鬼門を延暦寺が守ると言いましたが、その延暦寺の鬼門を守るのが飯室谷不動堂です。その飯室谷の別院が安楽律院で、厳しい戒律を守る僧たちが、ここで生活しました。
昭和24年、放火により殆どの建物が焼失しました。最近ではNHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国」や「るろうに剣心」のロケ地として有名になった。
跡地は、今なお1300年前の霊気を漂わせ、叡山のパワースポットとして、最近は訪れる人も多い。
また藤原定家の碑もある。
11時23分に、ここを出た。山門の正面の階段を上ると、近道して飯室谷不動堂へ行けるが、Aさんは、その道はアップダウンがきついからと、元来た道を引き返して、車道で飯室谷へ向かった。11時40分に到着した。
ここは叡山三魔所の一つと呼ばれるパワースポットです。横川中堂や元三大師堂へは、ここから登ります。魔所は魔物が出ると言う意味ではなく、清浄な地という意味だと、千日回峰をされた住職の大阿闍梨藤波源信さんが言われています。
ここから西教寺へ向かうのですが、Aさん今度は山道を選びました(笑)。
一寸登って、切通しを超えていく、なかなか情緒のある道です。と思っていたら、荒れている部分もあって、一般観光客にはお勧めできない道ですね。
15分ほどで車道に出てきました。
西教寺入り口までは10分弱ですが、その間にもたくさんの石仏や地蔵さんがあります。宅地開発の際に出てきたようです。
西教寺門前には12時11分でした。
西教寺は聖徳太子の創建と伝わりますが、一旦荒廃します。平安時代には天台宗の寺院となり、室町時代に真盛上人が入寺され、天台真盛宗の総本山となり、全国に末寺を持つに至ったそうです。
小堀遠州作の客殿庭園
境内からは琵琶湖の景色も素晴らしい。
信長の叡山焼き討ちで西教寺も焼失したが、その復興に力を尽くしたのが明智光秀であった。
したがって、本能寺の変の後、光秀が秀吉に敗れた後も、明智一族の菩提寺として西教寺に祀られている。
いままで知らなかったのですが、立派な寺院で、皆感心しきりでした。
13時一寸前に寺を出ました。皆さん、空腹を訴えています。
ここで前半を終わります。
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