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2020年10月12日 (月)

弥陀ヶ原トレッキング2日目後半

2020年10月9日(金)

11時45分に弘法を出て、称名滝が見える大観台に向かいました。

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12時20分に大観台到着です。木道の場合、コースタイムは1時間10分なので、バス道は半分の時間ですね。

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今回のトレッキングの目的は、弥陀ヶ原の紅葉と称名滝を見ることだったので一応の目的は果たしました。

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地図を見ていると、ここから滝見台まで、バス道は曲がりくねって居ますが歩道はほぼ直線です。一寸ショートカットしようかと歩道にはいりました。

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始めの内好調でしたがひどいアップダウンになりました。バス道は谷を迂回していたのです。美味い話はありません(笑)。コースタイムは50分ですが、1時間一寸かかって滝見台にきました。13時26分です。10分ほど休憩しました。

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やっぱりショートカットはそれなりの無理があると諦めて、以後バス道を歩くことにしました。少し歩くと辺りにブナの巨木が多くなります。

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この辺りはブナ平と呼ぶようです。標高は1200m辺りです。滝見台から30分ほどの道端に仙洞杉という巨木があります。この付近最大の杉だそうです。

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仙洞杉から40分で美女平駅に帰ってきました。近くの石仏に無事完歩のお礼をしています。

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14時50分到着で、予定より1時間近く早く着きました。バス道に変えた影響ですね。

帰りの電車からは、行きと違って剣岳がよく見えていました。

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富山駅前のホテルに泊まり、居酒屋で反省会を開きました。お疲れ様でした。

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〆に富山名物ブラックラーメンを食べてみたのですが、一寸今一でした(笑)

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2020年10月10日(土)

金沢観光に来ました。金沢と言えば兼六園ですが、皆何回か来ているので、今回は一寸趣向を変えました。まず訪れたのが安江金箔工芸館。これが当たりで、結構勉強になりました。特に紙の重要性を認識しました。

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もう1軒行きたい資料館が有ったのですが時間切れで近江町市場へ昼食に出かけました。

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我々も海の幸で昼食です。

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後はお土産をいろいろ買って帰りました。ますの寿司、かまぼこ、ホタルイカ、昆布まき、甘海老・・・です(笑)

皆さん、お疲れ様でした。

 

 

弥陀ヶ原トレッキング2日目前半

弥陀ヶ原を下るトレッキングは何十年も前から一度歩きたいと思っていました。でもあまり深く調べもせず、単なる下りと考えていました。ところが実施するに当たり調べてみると、天狗平から弥陀ヶ原には新道と旧道があり、新道は景色も良く人気だが厳しい鎖場も有るということが解ってきました。相談の結果、せっかくだから新道を行くことになり、膝を痛めているHさんだけが旧道で、追分で落ち合うことになりました。

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2020年10月9日(金)

7時半に出発しました。

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昨日と同じく木道が整備されています。弥陀ヶ原まで5キロ、2時間半の案内があります。

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この獅子ヶ鼻コースは湿原を歩きます。池塘らしきものが無数にあるのですが、現地ではガキ田と呼んでいます。

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30分ほど歩いて振り返っています。立山連峰が見送ってくれます。

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代りに左手に薬師岳が見えてきます。薬師岳がこんなに近いとは思いませんでした。森林限界を越えて紅葉の世界に入ってきました。ナナカマド、カエデ、ダケカンバなどです。

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出発から1時間半、天狗平から3キロ辺りが獅子ヶ鼻で、ここから急な鎖場の下りになります。Dscn2679jpgc

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雨上がりの鎖場は滑って危険です。

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途中に有るのが獅子ヶ鼻岩のようです。

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上って来る人との行き違いもあったりして、全員が下りるのに30分近く掛かりました。

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下った分は登り返さないといけません。もう一つ谷を越えて、休憩所に着いたのは25分後の9時40分でした。小休止です。

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弥陀ヶ原バス停まで1.6キロの案内がありますが、我々はバス停へは向かわず、直接追分に向かいます。15分ほどでバス停との分岐です。

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左折せず直進して、追分着は10分後の10時18分でした。

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車道を横断し、すぐ木道に入ります。途中でHさんと合流して弘法のバス停を目指します。

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標高は1700m程度でしょうか、木道も樹林帯に入ってきました。紅葉はきれいですが、遠くの風景は見えなくなってきました。

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ところでこの木道ですが、滑りやすくて全員が何度も転びました。慎重に足を運ぶためスピードがでません。時速2キロが良い所でしょうか。これでは美女平に着く頃には日が暮れてしまいます。少し距離は長くなるが、安全なバス道を降ることにしました。七曲りのあたりです。

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これでスピードも上がって11時20分過ぎに弘法のバス停に着きました。

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ここの広場で昼食休憩としました。天狗平山荘さんの弁当はなかなか豪華です。

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25分ほど休憩して、バス道で大観台を目指します。称名滝が見えるはずです。

後半へ続く。

 

 

 

 

弥陀ヶ原トレッキング

今回は立山の室堂2430mから美女平970mまで下りのトレッキングを計画しました。ざっと1500mの下りですが、槍ヶ岳から上高地への下りと同じですね。最近では珍しい長丁場の下りなので一寸心配です。

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初日は室堂までケーブルとバスを乗り継ぎ、天狗平まで40分ほど下って天狗平山荘で1泊。翌日、天狗平から美女平駅まで弥陀ヶ原を7時間~8時間下る予定です。膝と腰が心配ですね。

2020年10月8日(木)

台風14号が沖縄付近にあって、東海地区へは10日に最接近します。接近前から大雨に注意と盛んにテレビで言っています。でも日本海側の富山地区はなんとかなるんじゃないかと淡い期待です。名古屋を7時50分のしらさぎ1号で金沢へ、北陸新幹線に乗り換えて富山着が11時20分頃。富山駅で早速富山湾の海の幸を。

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12時12分の富山地鉄で立山駅へ向かいます。レトロな感じで1時間一寸。途中の岩峅寺は歩荷の里と聞きました。

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立山駅400mからはケーブルで美女平へ7分で登ります。

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美女平から室堂はバスで1時間ほど掛かります。標高2000mほどの弥陀ヶ原では濃いガスに覆われています。前途多難です。

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ところが室堂に着くと雲の上に出て視界良好です。早速、立山連邦をバックに記念写真です。

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室堂では登山者に登山計画書を出すように勧めています。我々も必要かと尋ねたら「美女平まで歩いて下るんですか? 23キロも有りますよ」と呆れられました。下山計画書は必要無いようです(笑)。

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15時5分頃出発しました。道は遊歩道で幸い雨はあがっています。でも濡れた木道はやっぱり滑るので気が抜けません。

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剣岳も雄姿を見せてくれました。

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ゆっくり歩いて50分ほどで天狗平山荘に到着しました。

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天狗平山荘は映画「剣岳・点の記」に登場し、ご主人も出たとか。

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部屋は個室でした。

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夕食前に外に出ると、真っ赤な夕焼けが最高でした。

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皆見とれています。

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食事も豪華で、明日の健闘を祈りました。

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2020年10月 4日 (日)

日本武尊は三重で亡くなった

亀山市の歴史博物館で日本武尊の企画展があると知ったので見に行くことにした。何故亀山市で?と思われるかもしれませんが、日本武尊は東征の帰途、伊吹山の荒ぶる神の毒気にあてられ三重の能褒野(亀山市)で亡くなったのです。その陵墓が現在能褒野神社として残っています。

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2020年10月3日(土)

その能褒野神社を見て、亀山まで歩き、歴史博物館の企画展を見ようと、9時頃井田川駅に降り立ちました。駅前には日本武尊の石像があります。

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またこの駅前は旧東海道も通っているので、私も何回か来たことがあります。この日も街道歩きらしいご夫婦が降り立ちました。

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駅前から2キロほどで安楽川に架かる能褒野橋を渡りました。左前方の森に前方後円墳と能褒野神社があります。

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結構、参詣者が多いらしく、駐車場や庭園が整備され、よく管理されています。

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池の北側が能褒野神社入口です。

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神社の本殿の造りからすると外宮系の神社みたいです。この日も何組か、また地元の人らしい姿もありました。

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陵墓は少し離れた場所にあります。

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古事記や日本書記に寄れば、日本武尊の父親である景行天皇が作らせたとか。

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参詣を終えて、亀山城にある歴史博物館へ向かうことにしました。先ほど渡ってきた能褒野橋を再度渡ります。安楽川の向こうに見えるのは鈴鹿山脈で、その向こうは日本武尊の故郷、大和の国です。ここ能褒野に頬むられた日本武尊は白鳥の姿になって飛び去ったという伝説がありますが、この景色が命の心を駆り立てたのでしょう。

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歴史博物館までは6キロ~7キロです。しばらくは見る物とてありません。道端のマンホールカバーには亀山城に残る多門櫓が描かれています。市の花は花しょうぶ、市の木はモミだそうです。

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途中で江戸時代に巡見使が通った巡見道が合流してきますが、特に案内もありません。1時間ほど掛かって11時に東海道に合流しました。

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この角は小公園になっていて、巡見道の案内があります。

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東海道亀山宿は藤堂藩(津)の支城ですが、交通の要衝で東海道46番目の宿場です。街道筋の民家には、それぞれ旧宿場時代の屋号を掲げています。

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東町はメインの商店街ですが、今は一寸寂しい。

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商店街を過ぎると、一寸昔の街道の面影も残る。

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街のサインも多門櫓です。

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11時半に亀山宿三叉路の来ました。亀山城の櫓も見えます。ここで昼食弁当を広げました。右奥が今歩いた東海道です。

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20分ほど休憩して、西町の問屋街に入りました。

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そのまま進むと、東海道野村の一里塚がありますが、今日は街道から離れて城跡の亀山公園にある歴史博物館に向かいます。12時7分に到着しました。

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常設展は有料ですが企画展は無料とか。まあいずれにせよ70歳以上は無料だそうです。

日本武尊は11代景行天皇の息子だそうです。元伊勢巡幸の倭姫は叔母さんにあたりますね。

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16歳で九州の熊襲征伐を行い、その際、熊襲の頭領から日本武尊の名を貰い、その後関東の蝦夷を征伐にでました。

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出発に際し、叔母の倭姫を伊勢に訪ね、草薙の剣を授かります。その後三浦半島から房総半島へ海路渡る際、荒海を鎮めるため妻のオトタチバナヒメが海に身を投げ、海を鎮めます。

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蝦夷を征服した日本武尊は、帰路、伊吹山の荒ぶる神を退治しようとしますが、逆に毒気に当てられ、能褒野で病死します。景行天皇はその死を悲しみ、能褒野に陵墓を建てます。能褒野の場所は一時不明でしたが、明治に入り宮内庁が現在の前方後円墳を能褒野と認定しました。

その他の資料が展示されていました。

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日本武尊は能褒野に頬むられたのですが、望郷の念断ちがたく、魂が白鳥の姿となって大和へ飛び去りました。その白鳥が降り立ったのが、古市と琴弾原だそうで、そこにも陵墓が築かれておます。

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まあいろいろ神話が残るわけですが、三重県という名前は、この神話からきているので、無視はできません。杖衝坂なども残っています。

なかなか勉強になった1日でした。

 

 

 

 

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