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2020年5月16日 (土)

立田・祖父江ポタリング

2020年5月8日(金)

今日は立田大橋で木曽川を渡り、左折して北上、旧立田村を通って、祖父江町までポタリングした。帰りは、馬飼大橋を渡って、いつもの中堤を下ってきた。延々50キロで一寸疲れた。

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旧立田村(今は愛西市立田町かな)はレンコンの産地です。7月には蓮の花がきれいです。きょうはその蓮根畑の中をのんびり走りました。

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畑の中には蓮根が埋まっているようです。

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立田村から見ると養老山脈が堤防の上に見えて新鮮な感じです。

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立田大橋から1時間ほど畑の中を北上すると馬飼大橋付近に来ます。その辺に京道と書かれた道標がありました。

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その下の小さな字は読めないのですが、この辺りは東海道と中山道の丁度間で、京へはどちらを通っても遠いですね。おそらく関ヶ原方面への道でしょうが、名のある街道は通っていません。

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すぐに馬飼大橋です。

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祖父江町には昔、祖父江砂丘というのがあると聞いたことがありますが、今は木曽三川公園になっているとか。それを探しに行くのですが、堤防に登れば簡単ですが、下道で行くのは大変でした(笑)。

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25分ほど彷徨って、霊園に入ったりしながら、ようやくたどり着きました。

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ワイルドネイチャープラザとか。

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やはりここも休園中でした。

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外から見ても、昔の砂丘の面影らしい白砂の地面が広がっています。

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折角来たので、一寸砂を触りに行ってきました(笑)。きれいな細かい砂でした。砂の持ち出し禁止の看板がありました。

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12時40分位だったので持参の弁当を食べて、1時頃出発しました。木曽川に架かるのが馬飼大橋で、後方は養老山脈、右手は伊吹山です。

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馬飼大橋を渡ります。

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この下は堰になっていますが、魚を遡上させる魚道が作られています。そこを遡上する魚が相当居ると見えて、それを狙う鳥たちが集まっています。それにしても凄い数です。魚より多くないかな(笑)。

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アオサギです。

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ここは木曽川の河口から26キロ。我家までは22キロ。のんびりポタリングして帰りました。

 

2020年5月10日 (日)

明治天皇 焼田港御着船所

先日、木曽川対岸の愛西市から弥冨市を歩いていたら、表記の石碑を見つけました。

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要するに、明治元年9月に、明治天皇は初めて京都を出て、江戸へ行幸された。その際、東海道を桑名まで進み、尾張藩が準備した白鳥丸で水路佐屋の港へ向かった。一般に東海道は桑名から七里の渡しで熱田の宮へ渡ると言われているが、海は荒れるし危険なので、三里の渡しで佐屋へ向かう道も広く用いられていたようです。

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佐屋へは佐屋川を遡りますが、佐屋川は年々土砂が堆積し、この時も白鳥丸の船底がつかえ遡れなかったらしい。急遽4000人の人夫が集められ川底を浚った。しかし佐屋までは行けず、途中の焼田港で下船されたという。その記念碑でした。

自宅付近でも、こんな石碑は初めての発見で、自宅謹慎下のウオーキングも良いものですね。それでは、その日行程を書いてみます。

2020年5月8日(金)

9時45分頃、東名阪道近くの我家を出て、木曽川を上流に向けて歩き始めました。

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輪中ドームへは30分ほどです。輪中とは水防の堤防に囲まれた集落を言います。後方は多度山と養老山脈です。

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ここを過ぎるとすぐ愛知県に入ります。県を跨いだ外出は自粛ですが、徒歩圏内なら良いでしょう(笑)。写真の道は県境で、右は愛知県で左は三重県です。

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すぐに船頭平閘門です。閘門というのは、まあ小さな運河です。水位の違う木曽川と長良川を行き来する水門です。明治35年に完成した当時は、年間2万隻の通行が有ったそうですが、現在は200隻とか。それもレジャーボートで、係員2人の常駐は勿体ないですね。

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この辺りから先は愛知県愛西市です。昔は立田村の福原輪中でした。S59年に木曽川に立田大橋ができるまでは、愛知県側へは渡し船しか無く、子供たちは三重県側の学校に通っていました。

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逆の長良川には長良川大橋が架けられました。橋を渡ると岐阜県で、木曽三川公園センターがあります。その先はまた三重県で、多度山も三重県です。でも今は駐車場が閉鎖され、多度山へも登れなくなりました。

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1キロほどの立田大橋を渡って左岸の堤防に入ります。河川敷はグランドゴルフの公園になっていますが、今は閉鎖中です。

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昼近くになったので、公園の四阿で昼食休憩です。缶ビール持って来なかったなあ。

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12時前に出発しました。堤防道路は見晴らしが良く気持ちは良いですが、やはり生活感や歴史を感じられないので、堤防を降りて集落に入りました。12時半頃、排水機場のある池を越えると、お寺と神社が向かい合っていました。その神社側に「いかだ中継ぎ場跡」の碑がありました。

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木曽川を下ってきた筏を、ここで組み替えて、筏師も交代して、名古屋の白鳥貯木場や桑名・四日市などへ送られたそうです。更に20分ほど歩いて、弥冨市五ノ三付近へ来ると大きな石碑がありました。

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表題の明治天皇焼田港御着船所跡です。佐屋川は木曽川上流の馬飼大橋付近で分流され、佐屋やここ焼田を通って尾張大橋の上流付近で再度木曽川に合流していました。でも土砂の堆積で年々川底が上がり、現在は閉鎖されています。

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当時の佐屋の渡し場には三里渡し跡の石碑があります。先ほど渡った立田大橋の東2キロほどの所です。

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またその付近には代官所跡や船着場への道標があり、ここが佐屋街道の起点になっていました。

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さて、ここから2キロ程歩くと国道1号線にでます。木曽川に並行して水路がありますが、佐屋川の名残なのかな?

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この水路の1号線より一寸下に「ふたつやの渡址」の石碑があります。

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熱田から佐屋へ行き三里の渡で桑名へ行く東海道は、明治5年に廃止され、代って熱田から弥冨へ来る現在の国道コースに改められました。前ヶ須街道と呼ばれたとか。そしてここ「ふたつや」から渡し船で長島へ渡ることになったそうです。

そして1933年(昭和8年)尾張大橋が完成するまで利用されたそうです。

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尾張大橋を長島側に渡った所に東海道の石碑があります。明治25年4月1日の建立のようです。

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東海道としては、まだ長島から桑名の長良川や揖斐川の渡が残っていました。尾張大橋完成の翌年、昭和9年に伊勢大橋が完成し、ようやく陸路で尾張の国と伊勢の国が結ばれたのでした。

今日のウオーキングは17キロほど。楽しい1日でした。

なお、佐屋~熱田の佐屋街道に興味のある方は、ホームページをご覧ください。

 

 

 

 

 

 

2020年5月 2日 (土)

木曽・長良ポタリング

2020年5月1日(金)

今日はポタリングです。3密を避けて運動するのは自転車が最適のようです。

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我家から立田大橋西詰まで6キロほど、そこで長良川大橋を渡ると岐阜県海津市で、木曽三川公園センターがあります。

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そこを右折して長良川沿いに北上します。この辺りは南濃と言うのでしょうか、ずーっと何十キロも平坦で、サイクリングには最高です。

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途中、変な畑がありましたが、イチジクの栽培のようですね。地上30センチですか。

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この地域の農家も何回か水害に遇っているのでしょう、母屋も水屋も石垣の上です。

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長良川大橋から50分、11時15分頃に東海大橋からの道を横断しました。

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海津町大和田という辺りです。すぐに東大江川という小さな川に出るので、今度は川沿いを北上します。

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もうそろそろ、お千代保稲荷さんのはずだなと思いながら、集落にはいっていくと、小さなお寺と宝篋印塔がありました。

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蛇池宝篋印塔で岐阜県重要文化財だそうです。宝篋印塔というのは五輪塔と同じく先祖などの供養塔です。五輪塔は50年位前の人を供養するのに対し宝篋印塔はもっと前の人の供養だと聞いたことがあります。

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この蛇池宝篋印塔は鎌倉時代の作で、西濃地区最古のものだそうです。

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すぐ近くがお千代保稲荷さんでした。今日は参詣するつもりはありませんが、この緊急事態宣言下で、どの程度参詣客があるのかと、野次馬根性で参詣道を見に行きました。

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さすがに普段の休日に比べたら大幅に減っていますが、今日を平日と考えたら半分くらいでしょうか。もともと観光客は少なく、近隣の商売人や信仰する人の神社なので、ゼロにはならないと思っていましたが、思ったより多いですね。11時40分頃です。

南濃大橋の手前に、時々入るレストランがありますが、そこは休業中でした。南濃大橋を渡って右折、堤防道路を南下します。

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堤防には真っ赤な花が群落していましたが名前は不明です。

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堤防道路を15分位走ると左から木曽川が迫ってきます。江戸時代までは、この辺りで長良川は木曽川に合流して飲み込まれていたようです。そのためここから下流域は毎年洪水の被害で悩まされていました。江戸幕府も薩摩藩に治水工事を命じたりしていましたが解決せず、結局、明治に入ってオランダの技師デレーケの指揮で、三川分流を行って初めて解決しました。その碑がここにあります。

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その工事の成果、中堤がここから10キロに渡って、木曽川と長良川を隔てています。1キロ程下った所で昼食弁当です。ビールはありません(笑)。12時半です。

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10分ほどで昼食休憩を終えて、中堤を下ります。ここは一般車両通行禁止なので、自転車天国です。東海大橋の下を潜ります。

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ここは橋には入れません。日頃はグライダーの発着場も今日は無人です。

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この中堤もデレーケの設計で水流を緩和する障害物で守られています。木曽川。

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行きに渡った長良川大橋が近づいてきました。

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養老山脈が川面に映っています。

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堤防には紫の花も群落していますが、やっぱり名前は不明です。

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今日のポタリングは46キロ、4時間半でした。楽しいです。

 

 

 

 

 

 

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