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2018年4月29日 (日)

八百津町五宝滝

先日タケノコ掘りに連れて貰ったとき、八百津町の街並みと五宝滝というのに心惹かれました。それで今回、一寸歩きにいってきました。
私は過って若い頃、愛知県の江南市に3年ほど住んでいました。その頃名鉄犬山線で通勤していましたが、帰りに乗り過ごして御嵩まで行くことがありました。
Yaotsu02_2その頃は広見線の明智駅から支線が出ていて八百津駅がありました。
現在は広見駅が新可児駅と名前が変わり、八百津線は廃線となりました。
2018年4月28日(土)
朝7時40分頃、名鉄名古屋駅から御嵩行きの準急に乗りました。
新可児駅で乗り換えますが、その際ICカードは、行先を告げて精算されます。
明智駅に8時49分に着くとバスが待っていました。八百津のファミリーセンターまで30分弱で結んでいます。旧八百津線の線路跡に沿って走っているようです。
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9時20分頃、ファミリーセンターに着きました。旧八百津駅は木曽川の対岸に有ったのですが、バスは八百津の中心部まで乗り入れています。
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9時18分頃、ファミリーセンターを出発して役場方向へ。役場の手前を右折して北へ向かいます。国道418号線を横断して少し行くと大仙寺にぶつかります。
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大仙寺は鎌倉時代創建の禅宗のお寺で、剣聖宮本武蔵が修行したとも伝えられています。
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一寸お寺を拝見して、その手前を左折していくのが五宝滝への道です。9時32分頃です。
5分ほど歩くと、トンネルがありました。この上に大船神社があるようですが、パスしてトンネルを潜りました。
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この道は中部北陸自然歩道になっているようです。
15分ほど歩くと、県道83号線に合流して右折しますが、すぐまた左折して別れます。
五宝滝まで2キロの案内です。
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この辺り、先日タケノコ掘りの祭、車で通ったことを思い出しました。
5分ほどで、コミュニティバスの五宝滝入口のバス停がありますが、直進します。
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更に3分、9時55分に五宝滝の案内があり右折します。
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竹藪を抜けて5分ほど歩くと、先日きた五宝平自然園の入り口でした。
ここは素通りして直進します。
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10分ほど歩くと、五宝滝公園まで500mの案内です。
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更に5~6分、10時10分頃に五宝滝公園駐車場に到着しました。歩き始めて50分強でしょうか。公園や滝は、もう少し先のようです。
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近くに民宿があり、食堂もやっていました。ジビエ料理やまったけ料理などもメニューにありました。
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駐車場から10分ほどで、五宝滝めぐりの入り口に着きました。10時23分です。
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入って3分で案内があります。5箇所の滝を巡るようです。
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三の滝は小さかったのか目に入りませんでした。
これが目に入ってしまうのです。上が一の滝、下が二の滝でした。
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登途中に東屋があり、足の悪い人でも、ここまでなら、なんとか来られそうです。
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ここで弁当食べて引き返そうかと思いましたが、せっかくなので登ることにしました。
こんな感じです。
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滝つぼから見た二の滝と一の滝です。
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一の滝の上まで登ったのは10時45分頃です。赤い手すりの間から東屋が見えています。
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6~7分下って、武蔵が修行した円明の滝です。
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その一寸したが二天の滝です。武蔵の剣法は円明流とか二天一流とか言いますからね。
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滝巡りはここまでで、ここからは遊歩道で元に帰ります。
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11時08分に入口に戻ってきました。滝巡りに要した時間は45分ということになります。
もう少し時間がかかるかなと思っていたので、時間が余りました。
とりあえず公園のあづまやで休憩してお握りを食べました。
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でも10分ほどで出発して帰途に着きました。
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30分ほどで県道との分岐に帰ってきましたが、帰りはそのまま県道を歩いて八百津に向かうことにしました。
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県道沿いの味噌・醤油屋さんです。入口から奥まで線路が敷かれていました。
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この県道も昔は○○街道とか呼ばれたのでしょうね。一寸ネットで調べたのですが、八百津を通る街道というのは見当たりませんでした。八百津の黒瀬港は木曽川の海運では重要な港だったそうです。
川の街道は有っても、陸の街道には繋がっていないのかな(笑)。
12時ちょっと前、大船神社の県道側入口に帰ってきました。
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今度はお賽銭もあげて、きちんとお参りしました。
写真は神殿の前から参道側を見ています。
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八百津の街中に入ってきました。道端の不動明王です。
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造り酒屋さんは2軒あるようです。
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栗きんとんのお店は10軒近くあるようです。でも、季節外れかなと思って入りませんでした。
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港町のほうへ来てみました。神社と灯台があるようでした。蘇水峡は、もう少し上流らしい。
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もう一軒の造り酒屋さんで、濁り酒を買いました。
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大黒屋という食堂で一寸一休み。
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そうそう、八百津町はユダヤ人をナチスの迫害から守った有名な外交官、杉原千畝の生誕地だそうです。人道の町として宣伝しています。
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今回行きませんでしたが人道の丘という場所に記念館もあるようです。
またバスに乗って帰りました。今回のウオーキングは17000歩ほどでした。
楽しかったです。
 
 

2018年4月20日 (金)

上高地

2018年4月19日(木)
上高地は4月17日に中の湯のゲートが開かれ、バスやタクシーが入れるようになりました。
でも山開きは確か28日で、それを目標に各施設はオープン準備をしています。
なので、食堂やホテルもほとんど開いていません。でも、観光客が少ない今が良いかと来たわけです。タクシーで8時50分頃、大正池に着きました。
雲一つ無いとは今日のような天気を言うんでしょう、こんな日は1年に何回有るかと思えるような快晴でした。
焼岳がきれいです。
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穂高連邦も凄いです。私も記念写真撮ってもらいました。
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散策路はまだ雪が残っている所もあり滑ります。
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田代池
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梓川沿いの道を行きます。
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田代橋を渡ってウエストン碑の方へ
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川向うは六百山と霞沢岳です。
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開山式はここで行われます。
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10時20分頃、河童橋に到着しました。観光客はまばらで、それも中国からの団体客だけみたいでした。
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定番の景色ですが、これほど見えるのもまた珍しいです。
岳沢を中心に、左から西穂、間の岳、天狗のコル、ジャンダルム、ロバの耳、奥穂、吊尾根、前穂、明神です。
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ロバの耳の右二つ目に少し見えるのが奥穂高岳です。
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10時35分に明神に向けて出発しました。
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観光客もまばらになり、静寂の世界です。
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振り返れば焼岳も鮮やかです。
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考えて見れば、上高地はスイスアルプスのツェルマットやグリンデルワルトに匹敵するなと思います。
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11時40分、明神池に到着しました。嘉門次小屋はまだ開いていません。
穂高神社の奥宮にお参りしました。
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しばらく休憩して12時5分頃、梓川の左岸を河童橋に向かうことにしました。
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はるか遠くに見える白い峰は、蝶ヶ岳から常念に続く稜線でしょうか。
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40分弱で小梨平付近まで帰ってきました。林の合間から穂高が見えるのは、今の季節の特権でしょうね。
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この間に出会ったのは白人の観光客ばかり、アジア系の観光客は河童橋止まりですかね。
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水もきれいですね。
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唯一開いている上高地食堂でランチ
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今日は本当に最後まで晴れ渡っていました。
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帰り道です。高山は今が桜の盛りでした。
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今日は乗鞍岳もくっきり見えていました。
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おわり
 

乗鞍高原

2018年4月18日(水)
山歩会仲間と山開き前の上高地へ行こうと出かけました。
この日は乗鞍高原を散策して沢渡に泊り、明日は上高地を散策する予定です。
Norikura
東海北陸自動車道から中部縦貫道で高山を越え、平湯トンネルも通って、前川渡から乗鞍高原に入ります。
一宮から3時間、11時頃到着して、まず蕎麦屋さんでランチです。
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で、乗鞍高原に入りましたが、殆どの店やトイレも閉まっています。
ゴールデンウイーク直前位に開店するのでしょうね。人気のない遊歩道を歩きました。
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白樺の林がきれいです。
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キャンプ場もまだ開いていません。
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一ノ瀬のミズバショウ鑑賞コースに入りました。蕎麦屋さんの情報ではまだ咲いていないとのことでしたが、少し咲いていました。
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Tさんが、野立ての茶をたててくれました。風流ですね。
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乗鞍がちらっと見えます。
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ヤドリギが多いですね。
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善五郎の滝を見に行きました。
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上からも見られます。
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蕎麦屋さんで教わった、今盛りというミズバショウの群生地に行きました。
タヌキが居ました。老衰?で倒れました。
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ミズバショウは最高でした。
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今夜の宿はペンションしるふれいさん。家族経営でアットホーム、上高地行のバス停も近く、良い宿でした。
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夕食も美味しかった。
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おやすみなさい。
 

2018年4月17日 (火)

相賀の浅間さん

2018年4月16日(月)
昨日は熊野で一泊して、今日は一寸寄り道してから帰ります。
寄り道とは、熊野体験企画の内山さんに教わった相賀の浅間さんです。
 
朝起きて付近を一寸散歩。朝日を浴びる獅子岩と七里御浜です。
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7時40分頃、道の駅海山にやってきました。ここに駐車して相賀の浅間さんに行きました。
Binnoyama
交差点で便ノ山へ下ります。銚子川の橋を渡ると馬越峠方面がきれいです。
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種まき権兵衛の里方向へ一寸歩いて脇道に入り、林道に入ります。8時です。
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5分ものぼると「あたごさん」と書いてあったので見に行きました。
みる観る探検隊と違って案内人が居ないので、謂れやエピソードが無いのが残念です。
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そこからは50分ほど林道を歩きます。標高も200mを越える頃、視界が開けます。
馬越峠方面、右は便石
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尾鷲湾、小山浦方面
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1分で、浅間さんへ徒歩8分と書かれた案内があり、ここで林道と分かれて山道に入ります。山道と言っても下りです。
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案内の通り10分で浅間さんに着きました。
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大日如来が祀られています。また絶景です。
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地元の人が登ってこられ、遠い所から有難うございますと礼を言われました。
自分たちの浅間さんにお参りしてくれてということでしょうね。
 
20分ほど下ると、今度は愛宕さんがありました。ここも立派です。
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そこから5分で国道42号線に降りてきました。
道の駅に帰り、津インターまで下道を走りました。
今晩の楽しみに、サザエを買って帰りました(笑)。
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熊野の国総鎮守 大馬神社

2018年4月15日(日)
熊野体験企画の紀伊半島みる観る探検隊に参加した後、一人で大馬神社に行きました。
Ooma
大馬神社は熊野の国総鎮守だそうで、また有名なパワースポットとも言われます。
熊野灘に面する獅子岩と隣の神仙洞が大馬神社の狛犬とも言われます。
小坂で42号線と別れ、県道156号線に入りました。簡単に行けると思っていましたが大間違いで苦労しました。前は井戸町から入ったので簡単に行けたのですが。
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前回は水害で流されていた橋が立派に復元されていました。
参道の右手に清滝があります。
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本殿です。
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謂れです。
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熊野に帰ってきました。七里御浜の神仙洞です。
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一人寂しく七里御浜で夕食をとりました。
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辺りは徐々に夕闇に包まれていきます。このゆったり流れる静寂の時間が、なんともたまらなくて、熊野へ来ると、つい、ここへ来てしまいます。
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お休みなさい。
 

奥熊野、後南朝と北山一揆の世界

2018年4月15日(日)
熊野体験企画の紀伊半島みる観る探検隊、今回は大又川流域の流れ谷、熊野市五郷町付近の散策です。こんな山里は、気になっていても、こういう企画が無いと訪れることはまず出来ないでしょう。今回は熊野学会の中田重顕さんの案内で数々の話が聞けました。
話は、下の図の○で囲んだ辺りの話です。
Isato
朝9時半に五郷ふれあい公園に集合して、最初に向かったのはまるの下の方、飛鳥町神山の光福寺。後醍醐天皇の末裔の墓があると伝えられる寺です。
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後醍醐天皇の建武の中興は失敗に終わり、一旦分かれた南北朝は1392年に和解し統合する。しかし、南北交代に天皇を建てる約束は守られず、南朝の後亀山天皇は再び吉野に籠ることとなる。これを後南朝とよぶ。
その後、後南朝は北朝の攻撃に会い、吉野熊野の山中を彷徨し、最後の尊雅親王がこの地で入水して果てたと伝えられる。
その墓がある光福寺は瓦にも菊のご紋章がある。
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ただ、後南朝は正史には無視され、地元の言い伝えだけが唯一の資料だそうです。
その墓も、明治維新の頃、菊のご紋章を削って、密かに守ってきたとか。
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尊雅親王が入水した不動の滝を見に行ったが、一寸小さいので死ぬのは無理かと思われます。でも600年前は、もっと違った姿であったかも。
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その南朝の遺児を追跡し滅ぼしたのが赤松党と言われています。その赤松屋敷もここにあり、現在五輪塔だけが残っていますが、保存が充分でなく、荒れ果てています。
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後南朝の悲劇から200年後、奥熊野最大の悲劇がこの地方で起こる。それが北山一揆です。太閤検地に反発する北山の農民が一揆を起こす。北山とは、当時のこの地域の中心地であった和歌山県新宮市からみて北山で、現在の北山村や奥熊野一帯を指すようです。
1回目が天正16年(1588年)、2回目が慶長19年(1614年)です。その最初の天正の北山一揆がこの地方で起こった。百姓3千人が付近の山に立て籠ったが、羽柴秀長の軍に攻められ、この大又川の和田堤で多くが戦死しました。
農民が処刑された田平子峠の刑場跡は近年慰霊碑も建てられ整備されていますが、その数倍の農民が死んだであろうこの地は、近年まで放置され、怪奇現象が絶えなかったそうです。今は地元の人々が毎年供養して、収まっているとか。
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この地域は石垣が多く、その美しさで知られますが、これはその石垣をメンテする足場を備えた石垣です。
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次は江戸時代、油屋お紺の話です。
寛政8年(1796年)5月4日、日本三大遊郭の一つと言われた伊勢の古市で刃傷沙汰がありました。古市は外宮と内宮の間に有り、妓楼70軒遊女1000人を有し、江戸の吉原、京の島原と並ぶ一大歓楽街でした。
「伊勢参り、皇大宮には一寸寄り」という川柳があります。
その古市遊郭の代表的な妓楼油屋で、お紺という16歳の遊女を巡ってお客が刃傷に及び死傷者が出ました。この話は歌舞伎にもなっています。
その、油屋お紺の生まれ故郷が五郷だそうです。お紺の慰霊碑。
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お紺は年貢が払えない村の犠牲となって100両で油屋に売られたのだそうです。
その話は有吉佐和子が毎日新聞に連載しましたが、4か月ほどで筆を折って、未完成になっているそうです。
光明寺というお寺では、明治時代の住職が創立した私塾明徳館に近隣の秀才が集まった話を聞き、お釈迦様に甘茶をかけて、甘茶を頂きました。
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最後に熊野石倉美術館へ行きました。この建物は明治元年頃、田垣内家の先祖が建立した有形文化財です。
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現在はいろいろ整備されて、古民具や絵画などを展示する美術館になっています。
文化勲章受章の画家中川一政に師事した友吉の縁で、中川一政の絵も保存され、現館長は3度もお宝鑑定団に出演したとか。
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などなど、盛りだくさんの内容で、時間の経つのも忘れました。
写真下は田垣内家付近の石垣
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北山一揆で3000人が立てこもったと言われる御筍嵓?右から2番目のピーク
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16時過ぎに解散となりました。
 
 
 

2018年4月12日 (木)

お千代保稲荷ポタリング

2018年4月12日(木)
穏やかな天気になったので、久しぶりに自転車を引っ張り出して、お千代保さんまで50キロほどポタってきました。
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我家から木曽三川の橋まで北上し、長良川大橋を渡ります。
ここは愛知岐阜三重の県境です。
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渡ると木曽三川公園の展望タワーがありますが、丁度今チューリップ祭をやっていました。
公園の人に聞くと、桜の開花は全国的に早かったけど、ここ1週間ほど寒かったので、チューリップは例年並みに長持ちしていますとか。
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9時25分ごろ近くの用水を見ると、カメが並んで甲羅干ししていました。
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20分ほど走ると、アクアワールドです。ここも木曽三川公園の一つです。
ここは水郷の雰囲気が楽しめます。
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ここはカツラの木が多いです。珍しいですね。
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10時頃出て、大江川という池のような川沿いに走りました。
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10時半頃、海津(かいづ)市の中心部にきました。市役所、図書館、歴史資料館などがあります。写真は歴史資料館。お城のようですね。
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11時20分頃、お千代保さんの参道に来ました。ウイークデーなのに賑わっています。
ここは地元で人気の商売繫盛の神様なのですね。
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お参りしました。ここはお稲荷さんですが、参道の名物はナマズと串カツです。
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私も昼食は串カツにしました。串カツはここ玉屋さんが有名です。
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串カツは味噌とソースがあります。私はソースを食べて、味噌をお土産に持って帰りました。
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なまずは、見た目グロテスクですが、味は白身で淡白です。そのため、濃い味付けにはなっています。昔、飲酒運転が厳しくない頃、よく食べました(笑)。
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時価というと高いようですが、私が食べていたころは、2000円位でコース料理でした。
12時頃お千代保さんを出て、南濃大橋で長良川を渡ります。
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渡ってすぐ地下道で道路を潜ります。そのまま下流へ走り、木曽川と長良川の中堤を走るつもりです。この背割り中堤は、デレーケによる明治の改修で、木曽三川の分流によって出来上がったものです。それまでは、この地域一帯、毎年洪水に悩まされたようです。
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ここからは私の運動場です。東海大橋の下を潜り、12キロほど安全な自転車道路です。
グライダーの飛行場では菜の花が盛りでした。
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木曽川ケレップ水制群というのが土木遺産になっています。
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お千代保さんで買ったたい焼きをおやつに食べました。何十年振りでしょう(笑)。
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13時30分頃、元の木曽三川公園に帰ってきました。
楽しかったですね。
 

2018年4月 8日 (日)

多度山周遊とイヌナシ自生地

2018年4月7日(土)
小雨降る中、多度山に登り、イヌナシの自生地へ行ってきました。
9時半頃、多度峡駐車場を出発しました。
Yadoyama001
中道は地図には乗っていませんが、知る人は知る、静かな山道です。
登山口付近。
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登山口から15分位、唯一鈴鹿山脈が見える場所ですが、今日は駄目。
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今日は雨なので傘と椅子を持ってきました。椅子は便利です。
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登り始めて1時間。傾斜も水平になってくる。
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すると、横に林道が現れる。いつもは山道を歩くが、今日は傘をさすので、広い林道を歩いて見た。
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途中でまた山道に戻り、10時55分に瀬音の森コースに合流した。
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雨の多度山も新緑とヤマザクラなどで美しい。
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10分で海の見える展望台です。
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今日の小宴のメニューは、寒いのでポットで持ってきた○○のお湯割り、沖縄なら定番のポークサンド、やわらかチキンそしてカップラーメンです(笑)。
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マウンテンバイクの人が登ってきました。
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食後のコーヒーも作りました。
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11時40分頃出発しました。ヤマザクラもそろそろ終わりですね。
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ゆっくり歩いて、1時間半ほどで下ってきました。写真は滝の手前の石仏群です。
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桜が終わるころ、イヌナシが咲き始めます。多度はイヌナシ(マメナシ)の自生地でゆうめいだそうです。今日はそれも楽しみの一つです。多度峡の手前に登り口があります。
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10分ほど登ると池があります。
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イヌナシの自生地は、その奥、5分にあります。
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丁度咲いていました。
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満足して帰りました。
 
 

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