2024年5月25日 (土)

奈良博 空海展

奈良国立博物館の空海展に行ってきました。我家のある桑名から、電車で奈良へ行くのは地図の3通りの方法があります。

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比較して私が選ぶのは当然真ん中の関西線です(笑)。安い上に、その道中の景色や雰囲気が結構楽しめるのです。

2024年5月24日(金)

8時の長島駅です。平日なので、通勤や通学客が結構居ます。

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JR関西線は旧東海道に沿って進みます。車窓に飛行機が見えると、すぐ亀山宿です。

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亀山から関までは東海道。関で東海道は琵琶湖の草津方面に進みますが、関西線は大和街道沿いに進んで奈良を目指します。伊賀上野の辺りで、持ってきた弁当を広げて、軽く楽しみます(笑)。

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次の駅「島ヶ原」を越えると京都府に入ります。列車が木津川を渡るとすぐ笠置です。

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笠置も京都府で、ここから柳生街道を歩いて奈良へ行くのが、良い街道歩きです。賀茂で乗り換え、木津から奈良に着きますが、木津までは京都府です。

奈良駅に11時前に着きました。奈良も外国人観光客で一杯です。奈良公園へのバスも7~8割は外国人ですね。

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奈良公園で弁当を食べようと思っていたのですが、混んでいるし、鹿に弁当を盗られそうな気もするので(笑)。某ビルの屋上へ行きました。

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ここは奈良盆地を見渡せる、絶好の展望台ですが、余り知られていないので助かります。

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奈良公園に戻りました。マレーシアの人でしょうか、鹿と遊んで楽しそうです。

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国立博物館に来ました。ここはさすがに日本人ですが、混んでますねえ。入るのに20分~30分掛かりそうです。

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空海展は入場料2000円です。空海の一生や真言密教に関わる、重要な古美術品が展示されています。両界曼荼羅や高尾曼荼羅など。

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でも撮影禁止なのでお見せできません。唯一、この文殊菩薩像だけでした。

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個人的には快慶の作と言われる孔雀明王が、ひどく気に入りました(笑)。展示会の図録が3000円で売られていたので買おうと思いましたが、ひどく分厚くて重いので、買いそびれました。

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2000円のチケットは仏像館にも入館できました。ここは展示物のうち、一部が撮影可になっていました。基準は解りません。

その一つ、吉野の金峯山寺の金剛力士像です。そう言えば、今年2月に吉野へ行ったとき、二王門が修理中でした。

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午後1時頃出てきました。帰りはバスも混んでいるので、三条通を歩いて奈良駅に向かうことにしました。鹿は相変わらず、外人さんに人気です。

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コロナ前は中国人観光客が鹿せんべいをやりすぎて、鹿が寝てばかりいましたが、その傾向が近づいていますね。

興福寺の五重塔が大修理に入っていました。

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このお餅やさんは、相変わらず、すごい行列ですね。

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2時ごろに奈良駅で一杯やろうと思ったのですが、目当ての居酒屋さんが昼休みで諦めました。関西線、亀山までは1両の車両で、ゆっくり飲む雰囲気ではないので、隅の方でひっそりと。

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亀山からは、ゆったりとしたシートで、ゆっくり楽しめました。

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ジョージアの中身は何でしょうねえ(笑)。楽しい1日でした。

 

2024年5月17日 (金)

石山寺と三井寺

老人会の旅行で大津の石山寺と三井寺に行った。どちらも大河ドラマ「光る君へ」がらみです。

2024年5月13日(月)

朝8時15分出発、雨模様です。新名神は今日から集中工事で、渋滞を覚悟したのですが、下りは混んでいませんでした。

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逆の上り線は既に渋滞が始まっていました。帰り、心配ですね。

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予定通り10時には石山寺に到着しました。

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お遍路さんの姿が見えます。今日行く石山寺と三井寺は共に西国三十三か所の札所になっています。私も御朱印を頂きに来ました。

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さて今回は大河ドラマからみです。石山寺には「大河ドラマ館」と「もののあわれ館」が設置されています。紫式部が石山寺で源氏物語を書いたという話は子供の頃からしっていました。小学校の遠足かなにかで石山寺へきているのでしょう。

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去年は「どうする家康」で岡崎城へ行きましたが、今回の大河ドラマ館は小ぶりのようで、10分もあれば見てしまいます。隣のもののあわれ館は更に小さく5分で終わりです(笑)。

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もののあわれ館は源氏物語を現代風にアレンジしたとか言ってましたが、よく解りませんでした(-_-;)。

ここから石山寺をお参りします。拝観料と入館料がセットで団体一人1000円でした。まずこの石段に老人会はたじろぎます(笑)。

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その上に石山寺の名にふさわしい岩山があります。

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横に本堂があり、入り口に紫式部の人形があります。これは私の子供の頃からありました。

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本堂の中は撮影禁止なので写していません。広い境内にいろいろ伽藍はありますが割愛します。ただもう一か所、追加300円必要な展示室があり、そこも見学しました。

それといつもは公開していない?光堂が春の無料公開中でした。見に行きました。一番上にあります。

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ここも撮影禁止ですが、秘仏のお前立が三体あり、きれいでした。ここから駐車場まで20分以上かかります。途中、紫式部の像がありました。

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あの石段のしたへ回り込む道です。天狗杉がありました。

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おおむね見て廻るのに1時間半で、11時35分位に出発しました。

三井寺に向け、瀬田川沿いを走ります。瀬田の唐橋が見えています。

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30分ほどで三井寺境内のレストランに到着しました。さっそくお待ちかねの昼食です。

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メニューは三井の晩鐘2500円です(笑)

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釣り鐘を開けると三段になっています。

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1時半ごろから三井寺の見学です。ここも紫式部縁の寺らしいです。

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紫式部のお父さんなんかが三井寺で出家しているそうです。ここの拝観料は600円です。

まず三井の晩鐘を見ます。この鐘楼の建物が珍しい。つまり格子があるからです。

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鐘撞は300円ですが、二人ほど撞きました。次に本堂です。

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中は撮影禁止なのでポスターを見てください。

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ここも広い境内、いろいろ在りますが、すべて割愛して観音堂へ。西国三十三札所の御朱印は本堂ではなく、ここで貰います。御朱印と言えば、納経料が四国遍路で300円から500円に4月から値上げされたそうですが、西国はどうでしょうか。今、私、伊勢西国を廻っているのですが、どうなったかな。

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ここから琵琶湖がよく見えます。琵琶湖大橋が見えていますね。

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降りてくると、「如意越起点」という道標を見つけました。

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ここから如意ヶ岳を越えて京都の鹿ケ谷(銀閣寺の近く)へ通じる古道だそうです。

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魅力あふれる道ですね。平安時代、俊寛僧都らが平氏を討つ密会をして、露見して云々という事件の舞台が鹿ケ谷です。若ければすぐ行くみちですけど(笑)。

ところで琵琶湖と京都の間に逢坂の関があり、その近くが大津絵発祥の地とか。大津絵は仏画から始まって、江戸時代末期には人物画などを描き、東海道の土産にもなったそうです。そんなせんべいが土産に有ったので買ってみました。

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帰りは渋滞を避けて、瀬田西ICで降りて下道を走り、信楽ICで再び新名神に乗りました。

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運転のKさん、好判断でしたね。おかげで、予定通り、5時前には帰宅できました。

 

 

 

2024年3月30日 (土)

伊勢西国10回目 菰野の2寺

2024年3月30日(土)

明日は団地の老人会で花見の予定ですが、今日も天気が良いので出かけることにした。菰野町に元25番尾高観音、元26番慈眼寺の2寺があるが交通の便が悪い。近鉄湯の山線の菰野駅から10キロ近く離れている。コミュニティバスの便も悪い。自転車でとも思ったが、この際女房と車で行くことにした。

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我家のある長島から、東名阪に乗り、四日市東インターで降りて、途中、竹成の五百羅漢に寄りながら行くコースにした。9時15分過ぎに家を出て、竹成到着は10時だった。

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ここは伊勢西国には関係ないが、五百羅漢が面白いので寄ってみた。この辺りはこの地方の交通の要衝のようで、立派な道標がありました。確か、巡見街道も近くを通っていたと思います。

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2体の大日如来の木像がご本尊です。

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この辺りは天台宗や真言宗が盛んだった土地柄だそうで、室町時代の作だそうです。

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その境内にある五百羅漢が有名です。

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19世紀中ごろ、江戸時代の後期に完成したそうです。いろんな仏像500体は珍しい。

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境内の桜は満開でした。

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ここから元26番の慈眼寺はそう遠くありません。

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ナビの案内で行ったので遠回りですが、15分位で着きました。ナビが無いと行けない、辺鄙な場所にあります。また、駐車場が無いのも困りものです。10時25分着。

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この辺りの寺々は、織田信長の伊賀攻めの際、北畠に着いて焼き討ちされた寺が多い。この慈眼寺もそうらしい。住職は居られるようですが、御朱印は各自です。

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ここで元25番の尾高観音の御朱印も頂きます。御朱印の価格で思い出したのですが、四国八十八ヶ所の御朱印代が、4月1日、明日から200円上がって500円になると新聞に出ていました。

ここで元25番尾高観音の御朱印も頂きましたが、やはりお参りしないといけません。15分ほど走って、尾高観音の駐車場に来ました。

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もう一寸、近づけるかと車で入りましたが、駄目で、引き返して駐車しました。ここは観光協会の駐車場で、尾高高原や釈迦が岳にも行けるのかな。5分で参道入り口です。

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なかなか趣のある参道ですね。現在無住ですが、往時は先ほどの慈眼寺なども含めて、地域を統括する寺院だったようです。ただ、過っての信仰寺院や藩主の菩提寺などは、一般の檀家が居ないため、時代と共に没落せざるを得ない運命になったようです。

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一寸寂しい気がしますね。特に、三重県は真宗高田派の力が強く、檀家も殆どが浄土真宗なので、そう感じますね。

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ただこの尾高観音は、我々が参拝している短い間にも、二組の参拝者がありました。他にも登山者も参拝していくので、結構参拝者は多いですね。これで今日の参拝を終えたので帰途に着きました。

11時20分頃出発し、今度は下道で、木曾三川公園センターに向かいました。チューリップ祭りをやっているので。途中スーパーで買い物等したりして、1時前に着きました。着いてびっくりしました。駐車場が満杯なのです。

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今日は土曜日、春休み、桜の季節、チューリップ祭りと重なっていたのです(笑)。いつもはウイークデイのイベントも無い日に来ているので、駐車場はがらがらです。こんな車は初詣以外、初めてみました。会場も大勢の人です。

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公園関係者も大満足でしょう。ここは環境省管轄の国立公園と違って、国交省管轄の国営公園です。チューリップきれいでした。

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桜も咲いてました。

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屋台も出てました。

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春ですねえ。家に帰って、運転で飲めなかったビールを、軽く頂きました。

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お疲れ様でした。

 

 

 

 

2024年3月20日 (水)

伊勢西国9回目 勅願院観音寺

今年は3月20日がお彼岸で、前日の19日に墓参りに行った。我家のお墓は四日市市の塩浜に有る。その塩浜霊園から2キロほどの場所に25番札所の勅願院観音寺があるというので、帰りに参拝してきた。

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地図の上部、JR南四日市駅の近くに観音寺がある。お墓は下部で、近鉄塩浜駅に近い。

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当寺は天台宗から浄土宗に転じ、ご本尊は阿弥陀如来です。また聖武天皇、後奈良天皇、後陽成天皇の三代の天皇の勅願所となっています。

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ですが、その右手に祀られる如意輪観音が有名です。6本の腕を持つ如意輪観音は各地で見られますが、4本の足、八つの頭を持つ霊鳥に乗った姿は、ここだけだそうです。

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残念ながら秘仏なので、パンフレットの写真を頂きました。

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今回で22寺お参りしました。番外・元を含めると39ヶ寺なので、半数は越えましたね。

 

2024年3月17日 (日)

日間賀島

山歩会の行事で日間賀島へ河豚を食べに行ってきました。日間賀島は愛知県、知多半島の先にあります。

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日間賀島と篠島、一寸右上に佐久島がありますが、佐久島は西尾市で地図上の一色港から航路があります。観光化されていなくて、素朴で良いとの話もありますが、行ったことありません。

日間賀島は知多四国八十八ヶ所巡りで行ったのが最初かな。その後、フグを食べにもう1回か2回行っています。隣の篠島は知多四国で1回だけです。

半島先端の師崎港から船というのが近いのですが、車じゃなく電車の場合は名鉄で河和へ行き、そこから高速船で20分というのが便利です。

2024年3月15日(金)

名鉄名古屋9時41分発の特急で河和着が10時32分。改札を出ると師崎行きのバスが停まっていました。

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高速船の出る河和港までは徒歩7分の案内がありました。

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乗り場は立派な建物で、結構混んでいます。

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11時05分の船に乗ります。120人位乗れます。

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日間賀島はタコとフグが売り物です。

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日間賀島は西港と東港がありますが、河和からの船は西港に着きます。

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民宿は歩いても5分ほどでした。さっそくフグ料理が並びます。

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日間賀島は昔タコが名物でした。フグは獲れても下関へ送っていたそうです。日間賀のフグと言っても安かったのでしょうね。下関へ送って売れば高値が付いたのでしょう。

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いろいろ付いて、最後はふぐちりですね。雑炊も美味しいですね。

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折角だからタコも食べました。私には一寸嚙み切れなくなってきましたが( ノД`)シクシク…

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今日は11人だったかな。

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食べ終わって、一寸散歩しようと一人で高台へ行くことにしました。島の中は細い道が迷路のようで、宿の人に道を訊かないと、目的地にはつけません。

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でもまあ狭い島なので、5分か6分で海が見えてきました。

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中学校の前辺りまで来ると、ピンクのドアがありました。ドラえもんの「どこでもドア」のようですね。

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学校帰りの女の子に訊くと、知らん間に出来ていたと笑っていました。

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帰りは別の道を下ってみました。長心寺というお寺にでましたが、ここは八十八ヶ所には入っていませんでした。東港の近くにある大光院というお寺がそうでした。

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街中にひもの屋さんがありました。タコは食べられないのでパスしました(笑)。

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湊付近の売店もタコとフグですね。

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楽しい1日でした。

 

 

 

2024年3月12日 (火)

伊勢西国 東海道富田宿2寺

旧東海道は桑名宿の七里の渡しを出ると、ほぼJR関西線に沿って四日市宿に向かいます。江戸から桑名が42番目、四日市が43番目の宿場です。ただ桑名・四日市間は15キロと長いので、中ほどの富田に間の宿が置かれ、休憩所(立場)などが置かれていた。

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富田宿は漁業の町で、焼き蛤などをふるまったらしい。東海道中膝栗毛を読んでみても、弥次さん喜多さんは桑名宿を出てから蛤を食べているようなので、桑名の蛤というのは富田かもしれない。

最近、寒いし風も強いので、伊勢西国巡りもできていなかったが、今日は天気も良かったので、午後から散歩がてら、旧東海道沿いに有る2寺をお参りすることにした。

2024年3月10日(日)

午後1時前に朝日駅に着いた。富田は四日市市ですが朝日駅は朝日町です。ここから一寸旧東海道を歩きながら、お参りしようと思ったのです。

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駅のすぐ東側が旧東海道です。この辺りは街道が南北に通っています。何年か前に東海道ルネッサンスという催しが有ったようで、そのとき、いろいろな案内が整備されました。でもこの朝日町はそれ以上に東海道を大切にしているようです。

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親切な案内に導かれながら10分ほど歩くと、両側に並木を植え、行燈のような常夜灯を整備してありました。そこに東海道の説明板がありました。

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旅人の息遣いが残る町 朝日町。この図の朝日駅から歩いています。

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5分ほどで伊勢湾岸道の下を潜り、朝明川を渡ります。御在所岳と鎌ヶ岳がきれいです。

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朝明橋を渡ると四日市市松寺のようです。小公園がありました。東海道を説明しています。

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力石が置かれていました。27貫目、約100キロだそうです。

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四日市市は三重県で最大の都市ですが、意外に東海道を大事にしています。隣の鈴鹿市はあまり力が入っていないように、歩いていて感じます。

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小公園から5分、13時28分、街道の左奥に酒蔵が見えました。

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その先に松寺の立場跡の案内がありました。

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その奥の碑は輝子という女性の碑で、3千人もの子弟の教育にあたったそうです。そこから7~8分、13時37分に28番宝性寺の前に来ました。御厨神明神社と同じ境内のようです。神仏習合ですね。

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江戸時代、富田は桑名藩の領地でした。なので宝性寺の本堂の再建は桑名藩主が寄贈したようです。現在、住職は不在で、地域住民がお世話しているとか。

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なので御朱印は自分で押します。

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神明社は天照大御神をお祀りします。御厨とは伊勢神宮に収めるお米の水田のことだそうです。

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13時52分にお寺を出ました。

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5~6分でJRの踏切がありますが、その上を三岐鉄道が通っています。

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富田の市街地に入ってきます。踏切から10分ほどで、今度は近鉄の下を潜ります。

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潜るとすぐ、富田の一里塚跡の石碑があります。

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さらに5分、14時10分に、八幡神社の前に来ました。応神天皇をお祀りし、源氏の守護神ですね。

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ここにも力石がおいてありました。

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すぐ近くに、行敬記念道路という石碑がありました。大正天皇が皇太子時代に富田中学を視察されたそうです。田舎の中学を視察なんて異例ですから、当時は大騒ぎだったでしょうね。

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少し先で東海道は右折します。判り難いのですが、電柱に案内がありました。

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右折して2分、近鉄富田駅の近くになりますが、ここを左折して東海道と分かれ、27番長興寺に向かいました。すぐです。

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東寺は真言宗から曹洞宗に変わって現在に至る。ご本尊は大日如来さま。近代的な建物です。

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ここも御朱印は自分で押しますが、本堂の中を覗けないのは寂しかった。また、鯨供養が行われる寺とかで、往時はこの浜でも捕鯨が行われていたのですね。紀州の大地だけじゃないんだ。

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14時26分に出て、12~3分でJR富田駅に着きました。無人駅です。

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今日は歩いた距離も4キロほど、長島までの乗車時間も15分もありませんが、ご褒美だけは欠かせませんね(笑)。

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お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

 

2024年2月25日 (日)

関ケ原古戦場

山歩会の仲間と関ケ原に行ってきました。関ケ原は古来交通の要衝です。また古くは壬申の乱の決戦地でもありました。江戸時代の街道としては、中山道が通り、北國街道や伊勢街道が分岐しています。また九里半街道も近くを通ります。なので私も20回位は訪れているかもしれません。でも正式に古戦場めぐりとして来たのは初めてかもしれません。

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私は知らなかったのですが、3年前に「岐阜関ケ原古戦場記念館」という立派な施設ができて、古戦場巡りもガイドさんが60人も居るそうです。武将に因んだ7つのコースが有って、今回はその一つ、徳川家康コースを歩きました。

2024年2月23日(金)

9時19分に関ケ原駅に着きました。ところが幹事のKさんが居ません。電話連絡が付き、乗り過ごしたとか、大物ですね(笑)。取り敢えず記念館へ行けとの指示を受けて出発しました。

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線路を渡って役場方向へ歩くと、立派な建物ができていました。初見参です。

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こんな立派な施設、関ケ原町もお金あるなあと思いましたが、どうも県営の施設らしいですね。最上階は展望所みたいです。

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入館は時間を区切ったバッチ方式です。事前予約者が優先のようです。500円です。

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まず巨大な床面映像で、関ケ原全体の地形や東西両軍の陣形、そして戦いの様子を理解します。

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これはなかなか良いアイデアでよくわかります。次にもう1回映画を観ますが、内容は忘れました(-_-;)。この辺りは撮影禁止なので、写真はありません。ここまでで30分位かかります。

その後は関連の展示がいろいろあり、ここは撮影できます。

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鉄砲や槍、刀などの重さを実感できたりもします。

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9時45分の入館で、10時半頃5階の展望所に行こうとしました。階段で登ったのが失敗でした。エレベーターで行くべきですね(笑)。

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ここはなかなかの場所で、関ケ原の戦場全体が俯瞰できます。説明板も完備しているし、映像で説明も受けているのでよく解ります。

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そうこうしているうちに幹事さんが合流してきました。そして予約していたガイドさんの説明が始まりました。

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11時20分頃、説明を終わって下へ降りてきましたが、まだお客が並んでいました。人気の施設なんですね。

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隣は土産物売り場や喫茶室も有るみたいでした。

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ここからガイドさんの案内で、徳川家康コースを歩きます。まずは駅方面に歩いて東の首塚へ。これは徳川家康の命により、東西を問わず戦死した兵の死体を弔った場所だそうです。中山道沿いに西の首塚があります。

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傍には、家康の四男松平忠吉と井伊直政の陣跡があります。記念館が出来て、説明板が充実しましたね。次に線路を渡って、本田忠勝の陣跡へ行きます。線路沿いにも合戦の概要が説明されています。

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国道21号線を横断し、旧伊勢街道に入ります。ここは桑名へ通じていますが、桑名側では美濃街道と呼んでいます。2021年の10月に、養老駅から関ケ原まで歩いています。そのときこの道を歩いて、本田忠勝の陣址をさがしたのですが見つかりませんでした。

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本田忠勝は秀忠に付いて中山道をいくはずでしたが、家康の命で本隊は息子に任せて、自分だけ手勢500人ほど連れて家康の参謀として、関ケ原に来たとか。我家の近くの桑名城址には本田忠勝の像があります。

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時刻は12時で空腹ですが、今日の昼食は午後2時だそうです。新幹線沿いの道を左折して、徳川家康最初の陣跡へ向かいます。右側に十九女池公園があります。いわれありそうな池ですね。

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30分ほど歩いてR21に合流して右折、すぐに徳川家康最初の陣跡があります。

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ここは桃配山と言って、壬申の乱のとき、大海人皇子が本陣を置き、兵の意気を上げるため、桃を配ったとか。

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一寸登ると、石碑があります。家康は当初ここに陣を張りますが、西軍の毛利などが、密約通り戦に加わらないことを確信し、膠着状態の戦線を鼓舞するため、陣を前線に進めたと言われています。

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この下、21号線の向こうが旧中山道ですが、街道をもう少し右に行くと、山内一豊の陣跡があります。

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12時37分、帰途に就きました。国道21号線は旧中山道でもあります。25分位で駅近くに帰ってきました。

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線路を渡り、東の首塚から今度は北国街道に入りました。ここは北国脇往還で、木ノ本へ行きます。本来の北国街道は、鳥居本で中山道と分かれて木ノ本に向かいます。いずれにせよ、この辺り、いろいろ街道が交錯して面白い地域です。

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記念館のすぐ近くに、田中吉政陣跡があります。吉政は長浜に潜んでいた石田三成を捕らえる、大手柄をたてています。

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そしてそのすぐ先に、家康最後の陣跡があります。石田三成の陣まで700mとか聞きました。ここまで陣を進めたのですね。

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ここでガイドさんの説明は終わりです。13時半です。記念館に戻った後、昼食会場へ向かいました。一寸判り難い場所に有るお寿司屋さんでした。お疲れ様。

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お寿司と天麩羅など菊正宗も美味しくて、お勧めのお店でした。

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関ケ原駅前のお土産屋さんに、こんなお菓子がありました。小早川秀秋も、ここまで祟るとは思っていなかったでしょうね(笑)。

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次回は4月です。

 

 

 

 

 

 

2024年2月18日 (日)

近江商人ひなまつり

近江商人発祥の地と言われる滋賀県東近江市の五箇荘で、ひなまつりが行われているので、見に行ってきました。五箇荘と我家の有る長島とはこんあ感じです。

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鈴鹿山脈を挟んで反対側ですね。若い頃なら当然車で国道421号線を走ります。今は石榑峠もトンネルができて走りやすいので、2時間位で行けるでしょう。でもまあ、雪が残っていてもいやなので、JRにしました。

関西線で亀山へ、ここからJR西日本なので乗り換えて柘植へ。ここで草津線に乗り換えて貴生川へ。ここからは近江鉄道で五箇荘へ。こんな感じで3時間以上かかります。

2024年2月17日(土)

8時に長島を出て、柘植に9時半ごろ、レールの保守をする車両でしょうか、立派な車両が停まっていました。

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近江鉄道に乗り換えて、のどかな車窓を走ります。

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11時20分に五箇荘駅に到着しました。

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この辺りは、御代参街道が中山道に合流する場所で、少なくとも3~4回は歩いているはずです。

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中山道を一寸歩いてから国道8号線に出て、丸亀製麺で腹ごしらえをしました。

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歩いて巡る五箇荘という案内が要所要所に建てられているので、それを頼りに、まず藤井彦四郎邸に向かいました。10年以上前に2回ほど来ていますが、その時は車だったので、距離感が一寸掴めません。12時25分頃到着しました。

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京都室町で呉服屋を営んでいた藤井家ですが4代目が繊維業に入り、毛糸で日本一になったとか、ここは迎賓館的な建物です。天秤棒の商人の像がありました。

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豪華なひな人形が、何体も室内に飾られています。何軒もの家のひな人形を集めているそうです。そのうちの一つ。

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庭園は琵琶湖を模して、一周できる回遊式です。

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次に25分位歩いて中江準五郎邸へ。中江家は朝鮮・中国に20店舗以上の三中井百貨店を経営していました。

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ここの清湖雛だったかは、初めて見た時から、その美しさに感嘆しきりでした。今年もきれいです。

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二階にも飾ってありますが、庭もなかなかの景色です。

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蔵のなかにもいろいろ。

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三軒目はすぐ近くの外村繁邸です。

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この周囲は花筏通りとかで、用水の中にもひな人形があります。

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庭に飾ってあるのも珍しいですね。

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他にも見る所はありそうですが、時間の関係で、五箇荘駅に引き返します。途中にある大城神社も立派で、由緒ありそうです。

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近江商人博物館にも寄りましたが、ひな人形以外は撮影禁止でお伝え出来ません。あまり大したこと無いかも(笑)。

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帰りは中山道を通るつもりでしたが、間違えて違う道を歩いてしまいました。途中でドクターヘリが降りてきました。演習かも。

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中山道と御代参街道の合流点には、御代参街道の道標があります。右京みち、左いせ・・と刻まれていますね。

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御代参街道の様子です。何十年か前に歩いているはずですが、記憶にはありません。

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五箇荘駅に帰ってきました。すぐ近くを東海道新幹線が、ひっきりなしに走っています。

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お疲れ様でした。1万3千歩くらい歩いたかな。

 

 

2024年2月 8日 (木)

吉野

ワンゲル仲間と吉野で猪鍋を食べるため出かけました。近鉄吉野駅に11時半集合でしたが、折角吉野まで行くので、少し歩いてみようと10時半に吉野に着く電車で向かいました。

私は何故か吉野の雰囲気が好きです。桜が好きなのではなく、街の雰囲気がなんとなく好きなのです。猪肉やシカ肉の匂いがしてきそうな町の雰囲気が肌に合うのでしょうか。

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写真は大和上市駅を過ぎ、吉野川を渡っているのですが、この右側に見えている街並みが好きなのです。でも今回は吉野山を歩きます。

吉野駅に到着しました。

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でも特急から降りたのは私一人みたいでした。土産物屋さんも寂しいでしょうね。

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吉野山へはこの七曲りを20分ほど登れば着けます。でもそれは嫌だとケーブル代行バスに乗りました。一旦吉野神宮駅まで下って、そこから登って行きます。それでも10分ほどで、ケーブル吉野山駅に着きました。450円です。

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ここから歩き始めます。10時48分でした。

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すぐに黒門があります。20年前に大峰奥駆を歩くため、この黒門を潜ったときは、これからの困難な道筋を想って、身震いがしたものでした。

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この黒門は吉野山全体の総門だとの説明がありました。潜るとこんな具合です。

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なんともいい感じの道ですね。5分ほどで銅の鳥居があります。お寺でも鳥居なんですね。奥に見えるのは神変大菩薩役行者のお堂です。

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さらに5分で国宝仁王門ですと言いたいところですが、大修理中です。11時です。

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右側の急坂を登って蔵王堂にお参りしました。

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蔵王堂の内部は撮影禁止なので、付近に貼ってあるポスターの画像で蔵王権現さまをご想像ください。

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蔵王堂の前の広場には大塔宮御陣地の石碑があります。南北朝時代にここに陣を張ったのですね。

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蔵王堂から石段を下りて進んでいくと、法具屋さんがあります。ほら貝とか、いろいろあります。20年前も珍しかったものです。そこから振り返っています。

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すぐに塔頭の東南院があり、その向かい側に吉水神社への入口があります。

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この吉水神社は南北朝時代南朝の御所が置かれた場所だそうです。4代に天皇がここで過ごされたとか。下って行きます。参道から右に小道が分かれるのですが、それを下ると元湯へ行けるはずです。

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11時半ごろですが、まだいいだろうと吉水神社に参拝に行きました。桜の頃には一目千本だそうです。

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11時32分に降り始めました。特に悪路ではないですが、遊歩道とは言えないかも。

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やがて元湯の屋根がみえてきました。

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10分で元湯の玄関付近に降りてきました。

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今回のメンバーが先に着いていました。お風呂に入って、さあ猪鍋です。

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なかなかお値打ちな料理だとおもいました。企画してくれたOさん、ありがとう。

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また近々集まりましょう。

 

 

 

2024年1月29日 (月)

伊勢西国7回目 佐奈の三古寺巡り

松阪の先、多気駅でJRは伊勢方面と熊野方面に分かれる。熊野方面へ二駅目に佐奈駅がある。8年前の1月に、表題の佐奈の三古寺巡りをしたことがあった。その当時のポスターがこれ。確か佐奈駅に貼ってあった。

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金剛座寺、普賢寺、近長谷寺です。このうち金剛座寺と近長谷寺が伊勢西国に入っています。近長谷寺は先日、丹生大師へ参詣したとき御朱印を一緒に貰ってきました。でもまあ、御朱印だけ貰って参詣しないのも本末転倒みたいなので行くことにして、また三古寺を巡ることにしました。普賢寺さんは名前の通り普賢菩薩がご本尊ですが、この像が結構有名だそうです。

2024年1月27日(土)

午前10時、佐奈駅に来ました。

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駅前に案内地図があります。

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駅前は和歌山別街道が通っています。現代の熊野街道、国道42号線もすぐ近くです。この付近は、伊勢本街道や熊野街道伊勢路など、いろいろな旧街道が通っている、興味尽きない地域です。

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さて、駅を出て左折、和歌山別街道を歩きます。多分10回近く歩いた道です。

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10分ほど歩くと、右手に馬頭観音があります。

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過ぎるとすぐ神坂を経て金剛座寺へ向かう道があります。ここは帰りに通る予定です。

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直進すると5分で和歌山別街道が右に曲がるので、右に入ります。

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曲がって2分で小さな橋があります。この橋を渡って左の道が「くまの道」だそうで、栃原で伊勢路と合流するそうです。

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右を直進するのが和歌山別街道です。橋の左に道標があり、「左くまの道・右こうや道」と刻まれています。

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10時28分に、ここを出ました。街道は山すそを行きます。

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街道の雰囲気満載です。

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くまの道道標から10分弱で弘法大師の小さな石仏があります。

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その先2分で車道と交差しますが、そこに道標地蔵さんがあります。

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少し車道を左に歩いて、すぐ右に旧道があります。

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旧道を10分ほど歩くと、視界が開け、大きな車道にぶつかります。ビーフロードと呼ぶそうです。

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横断して直進すると「観音の里」と書かれた看板があります。

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この右を入って行きます。ところで近長谷寺ですが、「きんちょうこくじ」と読みます。「はせでら」ではありません。この辺りの集落は「長谷」と書かれているのですが、どう読むのでしょう。やはり「はせ」かな。

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すぐに大きな道標と地蔵さんがあります。近長谷寺へは、ここを右折して登って行きますが、一寸先へ進んで「車田」を見に行きました。

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近長谷寺の十一面観音菩薩にちなんで直径11mの丸い田んぼです。

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引き返して近長谷寺へ向かいます。入り口の近くで地元の奥さんに、「近長谷寺から尾根伝いに金剛座寺へ行けますか」と尋ねると、草刈りもしてないから、戻って下道を行った方が良いとの返事でした。8年前には問題なく歩いたようですが、覚えていないので、一寸不安。

まあ冬だから、藪漕ぎになっても、夏程茂っていないだろうと思ってきたのですが。

11時04分に登り始めました。思ったより急こう配です。

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これでは持病の腰痛が再発しそうだと、持ってきた腰のサポーターを付けることにして、一寸休憩しました。休憩を除くと、登り口から10分弱だと思いますが、地蔵塚がありました。あと400mか。

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3分で山の神。あと300mです。

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4分で「おん婆滝」。あと200m。いや、坂がきついんです(笑)。

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おん婆滝から3分、11時28分に歴史の道の案内がありました。ここから金剛座寺へ行けます。

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11時半に「やれやれ石」。ほんとうに「やれやれ」です。

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2分で近長谷寺、地元の方は「きんちょうさん」に到着しました。

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当寺は平安時代の創建で、十一面観音菩薩が有名ですが、現在は無住です。伊勢西国のアプリでチェックインは出来ます。御朱印は丹生大師、神宮寺で貰うことになります。

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真言宗のお寺で、三重四国にも入っているので、そのときも来ました。

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10分ばかり、うろうろして、11時42分に出発しました。境内の歴史の道案内には、金剛座寺まで2キロ、天敬の里まで3.2キロとありました。11時44分に、歴史の道に入りました。

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あまり通る人も居ないのか、せっかく整備された道も、手すりは倒れ、荒れています。でも踏み跡は確かで、迷う心配はありません。

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10分一寸で三匹田林道へという三叉路がありました。伊勢本街道を歩くと、三匹田・四匹田とか、面白い地名が有ったなと思い出しました。

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三叉路から竹藪の中を10分弱歩いて、12時05分に茶臼山という場所にきました。

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ベンチも有ったので弁当休憩にしました。今日は手作り弁当です。

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15分ほど休憩して出発し、2~3分歩くと、三角点の案内がありました。

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256mの三角点ですね。

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この辺りから踏み跡が不明確になりますが、5分ほど歩くと倒れた道標があり、傍の説明に「金剛座寺まで7丁」とありました。

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更に5分で、天敬の里との分岐に来ました。天敬の里へは山を登っています。

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金剛座寺へは等高線を辿るようですが、藪がひどくて道がありません。でも矢印の方向へ進むしかないので藪漕ぎしました。

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矢印が無ければ、とても歩ける道ではないし、夏ならもっとひどいでしょうね。なんとか抜けると、今度は三叉路らしい道標が倒れていました。

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ここも明確な踏み跡は無いのですが、なんとか歩けるので、方角のみを頼りに歩きました。

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するとすぐに舗装道路に出て、道標もありました。12時43分です。

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やれやれと思ったのが間違いでした。この道をこのまま歩いたら、下へ降りてしまうのは解っていたので、どこかで左折する道を探しながら歩いていました。

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でもこんな景色に見とれているうちに通り過ごしたのか、道が見つからぬまま、結局下まで降りてしまいました。ビーフロードですね。

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すぐに金剛座寺への登り口です。変な像が出迎えています(笑)。

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ここから登ります。折角、近長谷寺で登っていたのに、また降りてしまったので、登り返さないといけません。

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徒歩10分と書かれていました。途中、石仏が並んでいました。もう少しです。

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13時13分に到着しました。門が倒壊の危険があるのか、止めていました。天台宗のお寺ですね。

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舗装道路出会いから5~6分で行けるはずだったのに、30分も掛かってしまいました。

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ここも無住のようで、庫裏へおじゃましましたが、みえませんでした。本堂横にご朱印処があり、ほっとしました。ここまで登ってきて、御朱印が貰えないと困りますからね。

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本堂の裏に、歴史の道の道標があったので、やはり道はあったのでしょうね。残念でした。

それはともかく、グーグルマップで佐奈駅までの距離を調べると2.6キロと出ました。現在時刻13時26分、佐奈駅の列車が14時01分、35分しかありません。

これを逃すと、次は17時台まで3時間以上無いのです。諦めて多気まで行けば、伊勢からの列車が来るので1時間に1本はありますが、6キロ余りあります。どっちにするか迷いまいたが、佐奈駅に急ぐことにしました。幸い登りは無く下り一方です。

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上の写真は普賢寺への入口です。時間が無いので遥拝ですませて、先を急ぎました。13時48分に行きに通った和歌山別街道に合流。

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3分前に佐奈駅に到着しました。

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お疲れさまでしたということで、松阪駅で途中下車しました。14時35分頃です。駅前をぶらぶら歩いて、昼飲みできる店を探しました。

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有りました(笑)。入って、今日の疲れを癒しました。

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お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

 

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