2020年7月 3日 (金)

釧路湿原 最終日

2020年6月28日(日)

今日は最終日ですが、午前中だけ観光します。まず、釧路の西隣、白糠町へ行き、私が57~58年前に1っか月余り実習させてもらった白糠営林署を訪ねてみます。

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国有林が営業しなくなって営林署は無くなったのですが、今はどうなっているか。当時、白糠町は人口3万人余り、漁業が主体の街だったと覚えています。人口の3分の一か二はアイヌの人達だったと。

営林署だから山の中と思っていたら、海岸にあるので、びっくりしました。イカそーめんが最高に美味しかった。ミス白糠やミス歓楽街のコンテストをやっていた。夏でもストーブがずっと点いていた。そんなことを漠然と覚えていました。

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探しましたが営林署らしい建物は無く、ここが森林事務所でした。森林管理署にもならなかったのですね。寂しい。

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看板だけ見て、今度は国道沿いの道の駅へ行きました。一寸お土産を買いました。恋問って珍しい。当て字ですよね。

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9時半頃出て、動物園に10時前に着きました。北海道のいろいろな動物に出会いましたが、最後にヒグマを見ておこうと思ったのです。

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動物園には北海道ゾーンがあり、そこへ行ってみます。ライオンや虎を見ても仕方ないので。シマフクロウ。

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ヒグマの檻に行くと、なんと居ないのです。

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昨年8月に29歳で死んだとか。ヒグマはアイヌから神(カムイ)として崇められています。知床ではバスの中から見たこともありますが。残念でした。白鳥の湖。

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森林のトレッキングも。

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丹頂鶴も居ます。

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動物園で満足しましたが、最後の〆にタンチョウツル自然公園に行きました。まあ特に特徴は無いので、動物園との違いを見出すのに苦労します。屋根が無いのに居ついているのは何故でしょう。

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昼前に釧路空港に帰ってきました。ここでAさんは関空へ、Kさんは釧路駅から帯広へ。我々3人は羽田へ向かいます。

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釧路空港の食堂は2軒。こことラーメン屋さんです。

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時間がたっぷりあったので、ゆっくり十勝ワインを楽しみました。

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楽しかったですね。また、どこかへ。

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2020年7月 2日 (木)

釧路湿原4日目 釧路川を下る

2020年6月27日(土)

今日はゴムボートで釧路川下りを予定しています。最寄りの塘路駅にショップの迎えが来ているはずです。なので今日はレンタカーを返してJRです。

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釧路湿原というと「ノロッコ号」が有名で、それに乗ろうと思ったのですが、この時期1日1往復で時間が合いません。JR北海道産も商売気が無いかな。このルパン三世が我々の列車です。

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ノロッコ号は別のホームに停まっていました。

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30分ほどで塘路駅に到着しました。一寸地図で位置を確認しましょう。昨日歩いた温根内とは湿原を挟んで反対側の北にあります。

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ここで塘路湖ネイチャーセンターへ行き受付を済ませ、ショップの車で更に北へ。標茶駅に近い五十石辺りで釧路川に入るよていです。Dscn0969jpgc

ホームの裏にはエゾシカが居ました。

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受付を済ませて、五十石の船着場へ10時頃到着。当初カヌーを考えましたが、両手が塞がると風景写真が撮れないので、ゴムボートに変更しました(笑)。

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いざ出発です。

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昨晩の雨で水かさも多く、流れもあるそうです。これなら楽ですね。オールは全員に渡されるので漕いでもいいんですけど(笑)。

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周辺には野生の生物が居るでしょうが、見当たりません。水辺に鴨の仲間が泳いでいる程度です。

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水中には幻の魚「イトー」が居るそうですが。急に飛び立つオジロワシとはいかず、アオサギかな?

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今度は鶴か鷲か、やっぱりサギかな。

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と言っているうちに1時間ほど経って、茅野辺りに上陸しました。

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センターへ帰って、エゾシカのハンバーグを食べました。料理は特に難しくないそうですが、匂いの気になる人が居るので、香料を多くするとか。味はまあまあです。

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塘路駅付近は食堂もなにも無い、長閑な駅です。冬はワカサギ釣りでもやるんでしょうか。

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13時40分頃釧路駅に帰ってきました。午後は一寸勉強しようと釧路市博物館にいきました。駅からバスで20分位かな。

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エントランスにマンモス。この辺に居たのかな。

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4階にアイヌの資料が詳しい。

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軽便鉄道や炭鉱関係の展示もあるが、動物の標本も充実している。

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湿原の下に居るイトーも

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釧路湿原ができた過程も解るかも。

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まあ、いろいろ遊びに行く前に、ここに来て勉強してから行けば、もっと身につくかも。

最後の夜は居酒屋で好きなものを食べて飲むことに。

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私はまだ食べてない、鮭のちゃんちゃん焼きやホッケの開きを。

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皆さん、思い思いに食べて、おやすみなさい。

 

 

 

2020年7月 1日 (水)

釧路湿原3日目 湿原を歩く

2020年6月26日(金)

ホテルを8時頃出て、空港からそう遠くない湿原展望台に8時半過ぎに到着しました。ここから路線バスで温根内ビジターセンターまで行き、そこから湿原内の木道や歩道を6~7キロ引き返して来るつもりです。

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釧路湿原展望台です。レストランや展示室、屋上展望台があります。

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480円払って屋上に登りましたが、雲か霧で何も見えません。300円ほど返してほしいですね(笑)。バスの時間まで館内を見学しました。

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そのバスも15分位遅れてきて、やきもきさせましたが、10時前には温根内ビジターセンターに着きました。

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予定した木道が工事で通行止めなので一寸ルートを変更して、10時丁度にセンターをでました。

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一寸地道を歩きます。久方振りの森林浴で気持ちが良いです。

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木道には動植物、昆虫、鳥など、湿原生物の案内が詳しいです。

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木道は尾瀬なんかと違い、広いので快適です。でも湿原の環境では維持管理が大変でしょうね。

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温根内の木道に1時間弱過ごして、自然歩道の地道に入りました。

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500m毎に標識はありますが、淡々と直線の道を歩きます。この道は、元簡易鉄道の軌道の跡だとか違うとか(笑)。

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35分ほどで当初予定した湿原展望台へ行く木道の入り口にきましたが、この木道も立入禁止でした。破損が厳しいようです。

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再度25分ほど直線歩道を歩いて12時前に木道に入りました。真新しい木道ですが、最後の登りに一汗掻きました。

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12時25分、出発から2時間半ほどで湿原展望台に帰ってきました。

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さて昼食です。ここのレストランには、そこそこメニューがあります。

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人気は牡蠣ラーメンですが、昨日・一昨日と牡蠣を食べ飽きたので、他を頼んだ人も。

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食後、再度屋上に登ってみました。今度は湿原から釧路市街まで見えました。これなら480円ですね。

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午後は再度レンタカーに戻って、標茶に向かいました。標茶には昔、京大の演習林が有ったのです。今、どうなっているか、一寸みたかったのです。標茶に入ると、田圃に鶴がいました。

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演習林事務所です。今は研究林とか自然研究センターとか。私は初めての訪問なので、昔と変わったかどうか同級生に尋ねてみましょう。

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コッタロ展望台に向かいましたが、橋が崩壊したとかで通行止めでした。それで細岡展望台に行きました。ここはなかなかの眺めですね。ついてから思ったのですが、一度前に来たことあるなあと(笑)。

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帰り道、キタキツネの子供が道路わきで餌を漁っていました。一度、人間が餌を与えると、道路わきから離れなくなるそうです。今回の旅行中、何回も車に引かれたキタキツネの死骸を、カラスが漁っているのを見ました。

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16時半頃釧路へ帰ってきました。駅前の和商市場を一寸予備調査しました。

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毛蟹は花咲ガニの2倍するんだ。

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時知らずの鮭は1本5000円か

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夜はフィッシャーマンズワーフMOOへ行きました。有名、観光施設ですね。

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岸壁炉端が有名ですが

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我々は屋内の屋台村へ

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そのうちの1軒に腰を据えました。

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帰りは釧路の繁華街を彷徨って

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誰かさんの奢りで、スナックでカラオケ。

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誰かさん、有難う。良い思い出が出来ました。明日は湿原の釧路川をボートでくだります。

 

 

2020年6月30日 (火)

釧路湿原2日目 アイヌのチャシ跡を観る

翌日は8時出発。旅館のご主人が、近くの霧多布岬の海岸にラッコが子育てしているというので見に行った。Kusiro11jpgc 

ラッコは見つからなかったが景勝地だった。

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ニッコウキスゲやあやめも咲いていた。

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8時15分頃出発し、一路納沙布岬を目指します。途中、道の駅根室44とかへ1時間位で到着、一寸休憩した。窓から湖が見え、季節により、いろいろな鳥や動物が見られるとか。今は何も居ない時期(笑)。

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9時30分頃出発し、根室駅前を経由して、太平洋側を通って、納沙布岬到着は10時頃でした。

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晴れていれば近くに歯舞諸島が見えるはずですが、今日は見えません。15分位居て、出発しました。すぐ近くに北方館という、付近の観光案内や北方四島の資料などが展示されている資料館があるので寄りました。

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ロシア人との交流の様子も写真に有ります。

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日本本土四極、最東端到達証明書を貰いました。

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日本本土四極って何だと思ったら、島を除く、本州・北海道・四国・九州での最東西南北だそうです。東がここ納沙布岬、北が宗谷岬、ミナミが鹿児島県佐多岬、西が長崎県佐世保の神崎鼻だそうです。

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そういえば、他の三極は行ってないなあ。ところで今回の北海道旅行の目的は釧路湿原の他にもう一つありました。それはアイヌのチャシ跡を見るということです。チャシとはアイヌ語で砦といった意味だそうです。私は沖縄が好きで、何十回も行っているし、沖縄の城(グスク)址は50ケ所以上行っていて、沖縄の人より詳しい位です。でも北海道のチャシ跡は、過去4回ほどの北海道旅行で一度も見たことが無く、存在さえ知りませんでした。

一昨年だったか、何かのきっかけでチャシ跡を知り、一度は訪ねなければとおもっていました。でも、沖縄の城跡が何カ所も世界遺産に指定され、本土の城より美しいのに対し、アイヌのチャシ跡は石垣も無い土塁なので、観光的価値はありません。

そのチャシ跡の場所を、ここ北方館で教わって、温根元チャシ跡に出かけました。納沙布岬のすぐ近くです。

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説明が無ければ判らない単なる草地です。チャシは13世紀から18世紀に北海道で500ケ所以上作られています。特に道東が多く、根室市内だけでも32ケ所確認され、いずれもオホーツク海に面した段丘に作られています。

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そのうち、ここ根室半島にある24ケ所が国の史跡になりました。またこの付近は、チャシより前、7~9世紀頃にオホーツク文化が栄え、その土器などが発掘されています。

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温根元から10分ほど走ると北方原生花園があり一寸歩いてみました。ハマナスやあやめ、その他いろいろあります(笑)。

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そのすぐ近くにノッカマフ1・2号チャシ跡があります。

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チャシの用途としては砦、見張り場、祭祀場、集会場などだったと考えられています。

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現在この地域で一般に公開されているチャシ跡は、この2ケ所だと、北方館の人は言っていました。アイヌと倭人の戦いや、ロシアとの交易の歴史など、私の知らない北海道の歴史が一杯残っているようでした。

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根室駅前に戻って昼食にしました。北海道の回転寿司は旨いですねえ。

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食後、すぐ近くにある北方四島交流館へまずでかけました。ここもいろいろ資料があります。

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多分ここで教わったと思いますが、ロシアとの国境線は納沙布岬のすぐ先の、貝殻島の手前だと。地図でみると本当に目の前です。

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そしてその貝殻島近海へ根室の漁師が昆布を採りに行く、そのため年間9千万円を支払っているそうです。北方四島を話し合いで返還させる。そんなうまい話は日本人だけが描く甘い夢でしょうね。戦争で奪った領土は戦争で負けた時以外に返すなんてあり得ない。それが世界の常識ですね。アメリカが沖縄を無血で返したので、日本人に間違った夢を見させてしまいましたね。

交流センターから10分ほど釧路寄りに、風蓮湖・春国岱という、汽水湖と砂州の公園があります。オオハクチョウなども冬には飛来し、行に寄った道の駅から見えます。そのネイチャーセンターへ一寸寄りました。

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ここから1時間ほどの散策路もありますが、時間切れで割愛しました。一路釧路へ帰って生ビールでも飲みたい所ですが、昨日厚岸を観光していたKさんが、厚岸湾に愛冠岬(アイカップ)があり絶景と言ったので行くことにしました。

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名前からして恋人岬的な感じですね。

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なかなかの絶景です。

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ここのエゾシカは逃げませんねえ。

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16時頃岬を出発、17時過ぎに釧路駅前のホテルに入りました。昨晩と今日の昼で、魚貝類をたっぷり食べたので、今日の夕食はジンギスカンにしました。

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ジンギスカンでビールは定番ですね。

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明日は釧路湿原を歩きます。

 

 

 

 

 

 

 

釧路湿原その1

県外への移動制限も解除された6月24日(水)、北海道の釧路へ向かいました。名古屋からの直行便は無いので、まず新幹線で羽田空港に向かい、羽田から釧路に飛びました。名古屋から千歳経由なら行けますが、時間・お金とも羽田経由が勝ります。

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羽田から1時間半ほど、たんちょう釧路空港に午後2時半頃着きました。JALも1日3便のうち2便は欠航しています。空港に機影は見えません。まだ一寸寂しいですね。まあこれから徐々に回復するでしょう。

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空港では関空からピーチで先着していたAさんと合流し、早速レンタカー屋さんへ。すぐ前です。今日は、明日観光する根室半島の先端、納沙布岬までの中ほど浜中町に1日目の宿を取っています。

15時一寸前に出発して、湿原道路を走って、65キロ程先の厚岸駅に16時前に到着しました。1時間一寸かなと思います。北海道は直線道路が多いですから。

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ここで名古屋港からフェリーで苫小牧に来て、昨日釧路に来ていたKさんと合流しました。これで羽田からの3人と合わせて5人が今回のメンバーです。釧路から根室に向かうJRは花咲線というようです。花咲ガニの花咲港が途中にあります。

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厚岸から2駅目の茶内駅付近で国道44号線とわかれて右折、北太平洋を目指します。途中、霧多布湿原を通ります。

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旅館には17時過ぎに到着しました。北海道最初の夜は花咲ガニです。

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浜中町は花咲港と牡蠣で有名な厚岸湾に挟まれているので、花咲ガニと牡蠣に恵まれています。

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仲居さんがカニの食べ方を教えてくれます。

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無事、完食しました。

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明日は納沙布岬です。

 

 

 

2020年5月16日 (土)

立田・祖父江ポタリング

2020年5月8日(金)

今日は立田大橋で木曽川を渡り、左折して北上、旧立田村を通って、祖父江町までポタリングした。帰りは、馬飼大橋を渡って、いつもの中堤を下ってきた。延々50キロで一寸疲れた。

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旧立田村(今は愛西市立田町かな)はレンコンの産地です。7月には蓮の花がきれいです。きょうはその蓮根畑の中をのんびり走りました。

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畑の中には蓮根が埋まっているようです。

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立田村から見ると養老山脈が堤防の上に見えて新鮮な感じです。

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立田大橋から1時間ほど畑の中を北上すると馬飼大橋付近に来ます。その辺に京道と書かれた道標がありました。

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その下の小さな字は読めないのですが、この辺りは東海道と中山道の丁度間で、京へはどちらを通っても遠いですね。おそらく関ヶ原方面への道でしょうが、名のある街道は通っていません。

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すぐに馬飼大橋です。

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祖父江町には昔、祖父江砂丘というのがあると聞いたことがありますが、今は木曽三川公園になっているとか。それを探しに行くのですが、堤防に登れば簡単ですが、下道で行くのは大変でした(笑)。

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25分ほど彷徨って、霊園に入ったりしながら、ようやくたどり着きました。

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ワイルドネイチャープラザとか。

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やはりここも休園中でした。

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外から見ても、昔の砂丘の面影らしい白砂の地面が広がっています。

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折角来たので、一寸砂を触りに行ってきました(笑)。きれいな細かい砂でした。砂の持ち出し禁止の看板がありました。

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12時40分位だったので持参の弁当を食べて、1時頃出発しました。木曽川に架かるのが馬飼大橋で、後方は養老山脈、右手は伊吹山です。

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馬飼大橋を渡ります。

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この下は堰になっていますが、魚を遡上させる魚道が作られています。そこを遡上する魚が相当居ると見えて、それを狙う鳥たちが集まっています。それにしても凄い数です。魚より多くないかな(笑)。

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アオサギです。

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ここは木曽川の河口から26キロ。我家までは22キロ。のんびりポタリングして帰りました。

 

2020年5月10日 (日)

明治天皇 焼田港御着船所

先日、木曽川対岸の愛西市から弥冨市を歩いていたら、表記の石碑を見つけました。

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要するに、明治元年9月に、明治天皇は初めて京都を出て、江戸へ行幸された。その際、東海道を桑名まで進み、尾張藩が準備した白鳥丸で水路佐屋の港へ向かった。一般に東海道は桑名から七里の渡しで熱田の宮へ渡ると言われているが、海は荒れるし危険なので、三里の渡しで佐屋へ向かう道も広く用いられていたようです。

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佐屋へは佐屋川を遡りますが、佐屋川は年々土砂が堆積し、この時も白鳥丸の船底がつかえ遡れなかったらしい。急遽4000人の人夫が集められ川底を浚った。しかし佐屋までは行けず、途中の焼田港で下船されたという。その記念碑でした。

自宅付近でも、こんな石碑は初めての発見で、自宅謹慎下のウオーキングも良いものですね。それでは、その日行程を書いてみます。

2020年5月8日(金)

9時45分頃、東名阪道近くの我家を出て、木曽川を上流に向けて歩き始めました。

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輪中ドームへは30分ほどです。輪中とは水防の堤防に囲まれた集落を言います。後方は多度山と養老山脈です。

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ここを過ぎるとすぐ愛知県に入ります。県を跨いだ外出は自粛ですが、徒歩圏内なら良いでしょう(笑)。写真の道は県境で、右は愛知県で左は三重県です。

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すぐに船頭平閘門です。閘門というのは、まあ小さな運河です。水位の違う木曽川と長良川を行き来する水門です。明治35年に完成した当時は、年間2万隻の通行が有ったそうですが、現在は200隻とか。それもレジャーボートで、係員2人の常駐は勿体ないですね。

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この辺りから先は愛知県愛西市です。昔は立田村の福原輪中でした。S59年に木曽川に立田大橋ができるまでは、愛知県側へは渡し船しか無く、子供たちは三重県側の学校に通っていました。

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逆の長良川には長良川大橋が架けられました。橋を渡ると岐阜県で、木曽三川公園センターがあります。その先はまた三重県で、多度山も三重県です。でも今は駐車場が閉鎖され、多度山へも登れなくなりました。

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1キロほどの立田大橋を渡って左岸の堤防に入ります。河川敷はグランドゴルフの公園になっていますが、今は閉鎖中です。

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昼近くになったので、公園の四阿で昼食休憩です。缶ビール持って来なかったなあ。

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12時前に出発しました。堤防道路は見晴らしが良く気持ちは良いですが、やはり生活感や歴史を感じられないので、堤防を降りて集落に入りました。12時半頃、排水機場のある池を越えると、お寺と神社が向かい合っていました。その神社側に「いかだ中継ぎ場跡」の碑がありました。

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木曽川を下ってきた筏を、ここで組み替えて、筏師も交代して、名古屋の白鳥貯木場や桑名・四日市などへ送られたそうです。更に20分ほど歩いて、弥冨市五ノ三付近へ来ると大きな石碑がありました。

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表題の明治天皇焼田港御着船所跡です。佐屋川は木曽川上流の馬飼大橋付近で分流され、佐屋やここ焼田を通って尾張大橋の上流付近で再度木曽川に合流していました。でも土砂の堆積で年々川底が上がり、現在は閉鎖されています。

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当時の佐屋の渡し場には三里渡し跡の石碑があります。先ほど渡った立田大橋の東2キロほどの所です。

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またその付近には代官所跡や船着場への道標があり、ここが佐屋街道の起点になっていました。

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さて、ここから2キロ程歩くと国道1号線にでます。木曽川に並行して水路がありますが、佐屋川の名残なのかな?

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この水路の1号線より一寸下に「ふたつやの渡址」の石碑があります。

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熱田から佐屋へ行き三里の渡で桑名へ行く東海道は、明治5年に廃止され、代って熱田から弥冨へ来る現在の国道コースに改められました。前ヶ須街道と呼ばれたとか。そしてここ「ふたつや」から渡し船で長島へ渡ることになったそうです。

そして1933年(昭和8年)尾張大橋が完成するまで利用されたそうです。

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尾張大橋を長島側に渡った所に東海道の石碑があります。明治25年4月1日の建立のようです。

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東海道としては、まだ長島から桑名の長良川や揖斐川の渡が残っていました。尾張大橋完成の翌年、昭和9年に伊勢大橋が完成し、ようやく陸路で尾張の国と伊勢の国が結ばれたのでした。

今日のウオーキングは17キロほど。楽しい1日でした。

なお、佐屋~熱田の佐屋街道に興味のある方は、ホームページをご覧ください。

 

 

 

 

 

 

2020年5月 2日 (土)

木曽・長良ポタリング

2020年5月1日(金)

今日はポタリングです。3密を避けて運動するのは自転車が最適のようです。

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我家から立田大橋西詰まで6キロほど、そこで長良川大橋を渡ると岐阜県海津市で、木曽三川公園センターがあります。

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そこを右折して長良川沿いに北上します。この辺りは南濃と言うのでしょうか、ずーっと何十キロも平坦で、サイクリングには最高です。

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途中、変な畑がありましたが、イチジクの栽培のようですね。地上30センチですか。

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この地域の農家も何回か水害に遇っているのでしょう、母屋も水屋も石垣の上です。

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長良川大橋から50分、11時15分頃に東海大橋からの道を横断しました。

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海津町大和田という辺りです。すぐに東大江川という小さな川に出るので、今度は川沿いを北上します。

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もうそろそろ、お千代保稲荷さんのはずだなと思いながら、集落にはいっていくと、小さなお寺と宝篋印塔がありました。

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蛇池宝篋印塔で岐阜県重要文化財だそうです。宝篋印塔というのは五輪塔と同じく先祖などの供養塔です。五輪塔は50年位前の人を供養するのに対し宝篋印塔はもっと前の人の供養だと聞いたことがあります。

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この蛇池宝篋印塔は鎌倉時代の作で、西濃地区最古のものだそうです。

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すぐ近くがお千代保稲荷さんでした。今日は参詣するつもりはありませんが、この緊急事態宣言下で、どの程度参詣客があるのかと、野次馬根性で参詣道を見に行きました。

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さすがに普段の休日に比べたら大幅に減っていますが、今日を平日と考えたら半分くらいでしょうか。もともと観光客は少なく、近隣の商売人や信仰する人の神社なので、ゼロにはならないと思っていましたが、思ったより多いですね。11時40分頃です。

南濃大橋の手前に、時々入るレストランがありますが、そこは休業中でした。南濃大橋を渡って右折、堤防道路を南下します。

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堤防には真っ赤な花が群落していましたが名前は不明です。

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堤防道路を15分位走ると左から木曽川が迫ってきます。江戸時代までは、この辺りで長良川は木曽川に合流して飲み込まれていたようです。そのためここから下流域は毎年洪水の被害で悩まされていました。江戸幕府も薩摩藩に治水工事を命じたりしていましたが解決せず、結局、明治に入ってオランダの技師デレーケの指揮で、三川分流を行って初めて解決しました。その碑がここにあります。

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その工事の成果、中堤がここから10キロに渡って、木曽川と長良川を隔てています。1キロ程下った所で昼食弁当です。ビールはありません(笑)。12時半です。

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10分ほどで昼食休憩を終えて、中堤を下ります。ここは一般車両通行禁止なので、自転車天国です。東海大橋の下を潜ります。

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ここは橋には入れません。日頃はグライダーの発着場も今日は無人です。

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この中堤もデレーケの設計で水流を緩和する障害物で守られています。木曽川。

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行きに渡った長良川大橋が近づいてきました。

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養老山脈が川面に映っています。

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堤防には紫の花も群落していますが、やっぱり名前は不明です。

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今日のポタリングは46キロ、4時間半でした。楽しいです。

 

 

 

 

 

 

2020年4月13日 (月)

熊野詣で その2

今日の熊野は朝から雨の予報。早朝、雨がやんでいたので花の窟神社に出かけました。七里御浜に居るのは釣り人でしょうか。

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花の窟神社は社殿が無く、岩そのものがご神体です。

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熊野古道伊勢路は、ここで右折して産田神社経由で本宮に向かう本宮道と、このまま七里御浜を進む浜街道に分れた。しかし浜街道は志原川の河口を渡ろうとして波に浚われ亡くなる巡礼者が多かった。なので、ここで右折しなさいという道標が置かれていた。

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近くにある獅子岩に寄ってみた。どうもおかしい。以前の獅子岩は大きく吼えていたが、今見るとそれが無い。最近、台風かなにかで岩が崩落したのじゃなかろうか。

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朝食後、雨も降っているので帰宅することに。尾鷲・熊野道路には入らず国道を新鹿方面へ。途中、鬼が城がよく見える。桜も今が盛りのようです。

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目的は私のダイビングのホームグランド井内浦を見ることです。かって熊野漁協が経営していた頃、ガイドも居なくてタンクを貸すだけだったので、ここでバディダイビングを覚えました。一般に日本のダイバーはガイドダイビングが主流なので、欧米のダイバーに比べるとひ弱い感じです。自分で潜って自分で帰ってくる、これがなかなか出来ないんですね(笑)。

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ここがエントリー場所です。懐かしい。

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新鹿へ向かう途中の波田須辺りです。熊野古道伊勢路はこの辺を通ります。下に見える鳥居は徐福宮です。

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丁度、桜も満開でした。

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しばらく走ると、日本一(?)水のきれいな海水浴場と宣伝する新鹿海岸です。

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ここから尾鷲・熊野道路に入り、途中でサザエとお刺身を買って帰りました。

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夜はこれで美味しくお酒を頂きました。

 

 

 

熊野詣で

外出規制の中で、熊野であるはずだったウオーキングイベントも中止になりました。私が熊野に通い始めて丁度20年、最近一寸ご無沙汰している熊野本宮大社へ単独でお参りに行こうと出かけてきました。

2020年4月11日(土)

朝7時半頃、マイカーで桑名の我家を出発しました。自家用車を運転して一人でお参りする分には、三密は避けられそうです。東名阪に入り、亀山で降りて名阪国道で針テラスを目指します。

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針で名阪国道を降りて、途中コンビニで弁当を買い、榛原の西峠を経由して、昔、和歌山街道を歩いた時、雪の小名峠で苦労した三茶屋で右折、吉野へ着いたのは10時頃です。

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下市の街中を通り、国道168号線に入ります。熊野川に架かる谷瀬の吊橋は観光名所です。11時半頃到着したので、吊り橋を見ながら弁当を食べました。

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桜もきれいな土曜日ですが、さすがに観光客は少ないようです。吊橋から十津川温泉までは30キロほどです。12時半頃通過しました。十津川温泉から熊野本宮は20キロ弱ですが、岸壁にそった、狭い曲がりくねった道で難所でした。当時から改良工事が行われていたので、どの程度改良されたか見るのも楽しみでした。

近づくと全貌が見えました。岸壁から離れて直線コースの道路が完成していました。快適です。

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13時過ぎに本宮に到着しました。ここも参詣客は少ないです。白人観光客が目立ちました。

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久しぶりに本殿に参拝し、ウイルス退散を祈願しました。

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大斎原は遥拝で済ませました。

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観光協会北館にある本宮参詣曼荼羅は解説を聞くと面白いです。

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過っての本宮社殿の有った大斎原を中心に、その周りに参詣道を描いています。右上から時計回りに、奥駈道・伊勢路の本宮道・川の参詣道熊野川・小雲取越え・大日越・中辺路・小辺路です。

13時45分頃出て、丸山千枚田へ向かいました。14時半頃到着して写真を撮りました。この時期、田植えの準備に地元の方が出て、1枚1枚耕し水を入れておられます。大変ですね。

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10分位居て、赤木城址へ向かいました。途中に田平子峠刑場跡というのがあり、ここも久しぶりによりました。10年ほど前、初めてここを訪れたときは北山一揆などには知識が無く、いろいろ新しい事実に驚いたものでした。

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赤木城跡は近くに有ります。北山一揆を鎮圧に来た藤堂高虎が築いたと思われるこの城は、10年前には殆ど無名でしたが、最近はメキメキ売り出しています(笑)。ここも観光客は皆無でした。

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桜は一寸盛りを過ぎていました。

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15時頃城跡を出て、今度は大丹倉に向かいます。1日の行程としては盛りだくさんですが、単独行なので可能です。尾川に入ると岸壁が見えまっした。多分表丹倉でしょう。

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狭い県道を赤倉へ向けて10分ほど走ると大丹倉の真下に出ます。岸壁が吼えていますね。

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そこから赤倉を経由して大丹倉の岸壁の上に行きました。16時頃の到着です。

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先ほど通った尾川の県道ははるか下です。

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引き返す途中に丹倉神社(あかくら)があります。熊野でも有数のパワースポットです。

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これで今日の予定は全て終わりました。順調に大きなトラブルも無く終わって感謝です。札立峠から下って行くと、七里御浜がきれいです。

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民宿に入って、その七里御浜の暮れなずむ浜を眺めながら、一寸一杯。至福のひと時を過ごしました。

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