2023年1月21日 (土)

日間賀島のフグ

2023年1月20日(金)

山歩会仲間と日間賀島へフグを食べに出かけました。8時に名駅へ集合。Sさん運転の車で知多半島に向かいました。途中、半田の赤レンガ建物に9時ごろ到着。

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ここは明治時代のカブトビール工場の跡だそうです。そのカブトビールを復刻し、飲めるそうなのですが、ビアホールは10時開店で残念でした。

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半田はその他にも、童話作家の新美南吉で有名です。

次に野間の大御堂寺、通称野間大坊へ行きました。

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ここは源義朝が暗殺された場所としても有名で、義朝の墓があります。

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ここは知多八十八札所の一つでもあるので、以前来たこともあるのですが、その時は先を急いだため、じっくり見学していませんでした。今回は境内を見て歩きました。

義朝の首を洗った血の池

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愛染明王と弁財天のリアルな石のシンボル。

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ネパールから移された、チベット仏教の巨大なマニ車

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そして師崎港へ来ました。ここから日間賀島に渡ります。

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高台の民宿で、今日はフグのフルコースだとか。楽しみです。まず、先ほどの赤レンガの建物で買ってきた、2種類のカブトビールを少しづつ頂きました。後は勿論、ひれ酒に切り替えました。

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まずテッサです。これは4人前。

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隣のテーブルは鶴の盛り付けです。量は同じだそうです(笑)。

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料理は白子入り茶碗蒸し、白子の焼き物、フグの魚醤焼き、など

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伊勢エビやヒラガイの刺身なども出ました。

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てっちりは定番ですね。

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〆は雑炊ですが、アオサノリが美味い。

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日間賀島は昔オオアサリが名物でしたが、最近は採れないそうです。今はフグとタコが名物ですが、今日はタコが無かったので、帰りにタコカレーを買って帰りました。けっこう美味かったけど、これはタコが美味いのか、カレーの味が良いのか不明です。

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すっかり満足した1日でした。

 

2023年1月19日 (木)

伊勢神宮初詣

2023年1月18日(水)

女房と初詣に出かけました。

11時頃、外宮のある伊勢市駅に到着。

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参道は懐かしい風景。最近、来ていなかったような。

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伊勢神宮のお酒は灘の酒なんだ。

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正月も済んで、ウイークデイだけど、まずまずの人出。

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正宮にお参り。

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いくつかの別宮にもお参り。

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今日は女房も一緒なので、せんぐう館へも入ってみた。

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そして定番の伊勢うどんを食べる。よくかき混ぜてから食べてください。

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続いて内宮へ。結構人出は多い。

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いつ来ても、この松の手入れには感心する。

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五十鈴川で手を洗い、参道を進んで、正宮で参拝した。

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別宮へも行ったが、並んで参拝している人が多くなった。

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それと、最近多くなったのが、鳥居の出入りで丁寧にお辞儀する人。悪くはないけど。

三重県のお酒も奉納されていて、一寸安心(笑)。

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山の神さまにも参拝した。

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参拝を済ませてお祓い街へ。すごい人だなあ。参拝はしたのかしら。

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赤福食べようと思ったが止めた。

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おかげ横丁をちらっと見て、何も食べずに帰ることに。

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帰りの近鉄で、落ち着いて食べる。丸天のてんぷらは美味いなあ(笑)。

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家で食べるのが一番落ち着くか。

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お疲れ様。

 

 

2022年12月 8日 (木)

京都 御土居巡り

2022年12月6日(火)

太閤秀吉が作った、京都の御土居を見に行くことにしました。四日市からの高速バスは新名神に入ります。

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11月の京都は紅葉で、すごい人出でしたが、今日は12月、スムースに京都市街の五条にはいってきました。

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余り遅れず、10時20分頃、五条大橋に到着しました。この橋を渡った向こう側に京の七口の一つ「伏見口」が有ったはずです。でも五条大橋の位置は、昔とは一寸変わっているそうなので、伏見口も違うかも。

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秀吉の作った御土居ですが、京を囲む22~23キロの内、北半分が所々残って、遺跡に指定されているので、私の歩きも北半分になりました。

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五条から京阪電車に乗り、京都七口の一つ、粟田口のある三条を通り越して、神宮丸太町で降りました。北側に出ると、鴨川の東側、川端通にでます。

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ここから御土居巡りの始まりです。10時50分頃です。

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川端通を北上すると、1本目の橋が荒神橋です。

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荒神橋を渡って、御所の方へ入っていきます。鴨川には飛び石がありますね。左のビル群は京都府立医大病院です。

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河原町通りとの交差点は荒神口と名付けられています。七口の一つ、荒神口はこの辺りなのでしょう。前方の森は京都御所です。

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右折して少し北上します。すると河原町通りに面した左側に御土居がありました。史跡に指定されています。私も京都生まれで、何度もこの辺りはバスで通っていますが、これまで全く気が付きませんでした。

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医大病院のすぐ前に、こんな遺跡があるなんて、京都市民も殆ど知らないのではと思います。そんなこと無いか(笑)。1本西の寺町通りへ廻りました。御所の清和院御門があり、梨木神社があります。

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梨木神社は幕末の三条実美を祀っていると思います。向かい側に盧山寺があります。ここは紫式部縁の寺です。

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その隣は、良く知りませんが、菊の御門があります。清浄華院と言って、法然上人や天皇家に縁の寺だそうです。

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河原町通りに戻って、バスに乗りました。上賀茂神社近くの御園橋まで御土居の史跡は無いからです。途中、河原町今出川は京の七口の一つ、大原口が有ったと思われます。

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加茂川中学前で降りると、すぐ北に御土居があります。ここは堀川通という南北の通りですが、その両側に残っています。東側です。

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西側はこんな感じです。

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この御土居の南側を入っていきます。途中にしのぶ食堂と言う小さな食堂があり、昼食に入りました。前のお酒は飲んでいません

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12時45分に店を出ました。付近は住宅街です。懐かしい長屋もありました。過っての御土居に沿って歩いています。

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5~6分歩くと、交通公園があります。この中に御土居が残っているそうです。

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ここの御土居は、史跡に指定されていないので、自由に御土居の上に登ったりできます。

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公園を出て西へ歩くと、すぐまた御土居にぶつかります。ここは史跡に指定されています。13時です。

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ここは奥へ長く続いているようです。御土居に沿っては道は無く、一旦南へ下ってⅤ字状に引き返します。そこは公園になっていました。

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公園を通り抜け、左にある階段を登っていきます。御土居の先へ出たのですが、そこは「北旧土居町」とか記されていました。

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13時20分頃、また御土居にぶつかりました。ここも史跡で、フェンスで仕切られています。

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御土居の前には鷹峯名物御土居餅のお店がありました。ここはやはり七口の一つ、長坂口がありました。周山や若狭へ繋がっていました。

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南へ下っていくと、左側に石標があり、公儀薬草園跡と記されていました。

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その先を右折します。紙屋川(天神川)に掛かる鏡石橋へ下っていきますが、その手前を左折すると、御土居公園があります。

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ここも史跡ですが、上に登ることもできます。

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引き返して、鏡石橋を渡ります。工事中です。

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渡って左へ登っていくと一条・三条天皇の火葬塚があります。

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その角を右折すると「しょうざんリゾート」右の案内がありますが、その後ろに岩が鏡石かもしれません。右へは行かず、左に行きます。

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7~8分歩くと、今度は三条天皇陵があります。

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その角を左折して5分ほど歩くと階段があり、それを下って天神川を渡ります。渡って右折すると、すぐ上に北大路通りが通っています。

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下から見上げると御土居の高さが実感できる場所だそうです。

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児童公園があるので中に入り、階段を登って、次の道を右折します。14時頃です。

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一寸、曲がりくねりながら5分ほど歩くと、右手に御土居があります。住宅街の中にポツンとあります。

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それでも大切にされているようで、近くには御土居マンションもありました。

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一度天神川を渡り、また引き返して南下します。平野神社も近づくころ、左手に立派な御土居があります。お地蔵さんも祀られていて、写真に写すには絶好の御土居です。14時13分。

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突き当りを右折すると平野神社です。桜が有名で、思い出も数々ありますが、今日はパスします。

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左折するとすぐ北野天満宮の北門です。

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この辺りは生家から徒歩圏内なので、縁日にはよく来ました。一寸お参りしました。

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なぜ牛さんもお正月の衣装のようです。

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ここの天神川沿いの堤防が御土居だということは知っていました。行こうと思ったら、工事中で当分閉鎖すると書かれていました。仕方なく、端から写真を撮りました。

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近くに、天満宮の本地仏である、東向観音寺があります。

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北野神社の正門に出てきました。14時40分です。

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京都駅を15時50分発のバスを予約しているので、余り時間はありません。史跡には指定されていない御土居の跡が、北野中学・円町・西大路御池と3か所残っているのですが、今日は一寸無理なようです。

御前通りを一条まで下り、右折して西大路に出ました。途中、一条通の商店街です。

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西大路を左折して、大将軍のバス停から京都駅行きのバスに乗りました。途中、西大路七条辺りに、七口の一つ、丹波口が有ったと思います。

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京都駅の八条口東側の交差点は竹田街道の名前があるので、この辺りに「竹田口」が有ったと思います。

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バスも空いていたので、ちびちびやりながら帰りました。お疲れ様。

 

 

 

 

 

 

2022年11月23日 (水)

京の七口と御土居

豊臣秀吉が、戦乱で荒廃した都を復興し、賀茂川の反乱や夜盗の横行から都を守るため、建造した土塁が御土居と言われます。御土居は京の市街をぐるっと一周する、全長23キロほどの壮大なものでした。土木工事が得意な秀吉だからできたのかもしれません。

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その御土居に出入り口を設け、全国各地に繋がる街道の出入り口としたのが、京の七口だそうです。でも今、数えてみると九つあります。七口ではなく九口ですね(笑)。

御土居のできる以前、平安京の時代から、口はあったそうです。五畿・七道と言われる全国からの街道が、都へ入る個所を口と呼んだそうです。その口は時代により数も場所も違ったそうです。

なので、七口の七は、厳密な数ではなく諸国へという意味に解した方が良いらしいです。その街道を地図に書き入れてみます。

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青色は、私が歩いた道。緑色はまだ歩いていません。

私は京都に生まれて大学を出るまで住んでいましたが、街道歩きに興味を持ったのは60歳位からなので、京都周辺の街道も、あまり歩けていないのです。ぼちぼち歩いています。

その前に、秀吉が作った御土居が400年以上経った今も、京都に残っているそうです。生家の近くに有った北野天満宮に御土居があるのは知っていましたが、京都のあちこちに、何か所も残っているのは知りませんでした。

最近知ったので、近いうちに訪ねてみようかと思っています。

 

2022年10月27日 (木)

ワンゲル同窓会で湯の山温泉

2022年10月26日(水)

昔は秋合宿と称して、あちこちの低山へ登っていた同窓会も、年齢が80歳超えると、それも無理ということで、ロープウエー登山です。12時半に御在所ロープウエーの山麓駅前に集合。

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日光の猿が遠征してきていた。普段は空いているロープウエーも秋の行楽シーズンとあって、平日なのに、なかなかの人出です。

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山頂駅までは15分です。そこから朝陽台広場に出ました。ここからは伊勢湾方面が眺められます。

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さてここから御在所岳山頂は一旦少し下って少し登ります。歩くと40分位でしょうか。観光リフトが350円であります。

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とりあえず、近くの見晴らし台へ。

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ここからは伊勢湾方面もロープウエーの山頂駅の眺めも良いですね。

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もうちょっと下ると富士見岩が有りますが、また登るなら行かないという人も。半数ぐらいが富士見岩へ。富士山は年に何回かは見えるのでしょうか。

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この富士見岩へは御在所登山道の一つ、中道が登ってきています。それを辿れば、御在所山頂へ行けるので、引き返さずに半数は歩いて行くことに。残りの半数は当然リフトですね。

少し歩いて、スキーのゲレンデを下って登ると山頂です。

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富士見岩を13時15分に出発して、山頂へは13時50分頃到着しました。

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リフトの山頂駅から朝陽台を見ています。

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ここで記念写真を撮り、一寸離れた望湖台へ。ここが1212mみたいですね。琵琶湖が見えるんでしょうが、ちらっとですね。

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琵琶湖の向こうの比良山脈はしっかり見えます。山頂に戻り、階段を下ってロープウエー駅に向かいます。途中の詩碑です。

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14時50分頃、ロープウエーに乗りました。

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今夜は湯の山温泉の寿亭に泊まります。ここは昔仕事で何回か来た思い出のある宿です。

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総勢13名。

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夕食は豪華ですが、今回は全国旅行支援の割引もあり、割安で泊まれます。

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食後は各自が持ち寄った、海外や思い出の旅や山行のスライドで楽しみました。

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翌日の朝食はバイキング形式。けっこう美味しい朝食でした。

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旅行支援に付いていた3千円のクーポンで、宿の売店でお土産を買いました。

10時前に皆さん宿の車で近鉄湯の山温泉駅に向かいました。私はせっかくなので、朝の散歩代わりに歩いてみました。

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4キロ弱で、ずーっと下りです。

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50分ほどで到着しました。楽しい2日間でした。

 

 

 

 

2022年10月14日 (金)

秋晴れに誘われて多度山

相ばれに誘われて、久しぶりに多度山へ弁当食べに行ってきました。

気持ちいい秋晴れで、木曾三川公園の向こうに名古屋駅高層ビル群

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山頂からは御嶽が霞んでいました。

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今日は27度の最高気温なので、夏モードです。

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山上公園でゆっくり昼食休憩

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ヒマラヤシーダーの実が色づいている

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ギンナンも色づいています

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アセビかな

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猿の群れがいたけど逃げる様子は全くない

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2022年10月 3日 (月)

引作の大楠

引作と書いて「ひきづくり」と読むようです。

熊野に「引作の大楠」と言う、紀伊半島一の大木があります。高さ30m以上、幹回り16mほど、樹齢1500年とか。明治末期の神社統合の頃、伐採の危機にあったが、熊野の地方紙「牟婁新報」の記事を見た、南方熊楠が内務官僚でもあった柳田国男や東京朝日新聞の杉村楚人冠の協力を得て反対運動を展開し、伐採を免れた経緯があります。

そんな有名な大木ですが、長年熊野を歩いているのに、見たことが無いなあと思っていました。場所ですが、下図ご覧ください。

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熊野市と新宮市の間に御浜町阿田和があります。その阿田和から尾呂志街道が尾呂志に向かいますが、その途中、新柿原橋で尾呂志川を渡ると、引作地区に入ります。その引作神社の御神木が大楠です。

しばらく熊野も歩いてないし、見に行こうと思ったのですが、交通の便が悪い。今回立てた計画でも、朝8時前に長島駅を出て、帰りは21時の13時間計画です。その間、現地滞在時間は3時間20分。行き帰りに9時間40分でした。

2022年10月1日(土)

9時08分に多気に着きました。ここで35分待って新宮行きの普通列車に乗り換えます。

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多気は伊勢方面と熊野方面の分岐点です。熊野方面へは特急南紀1号が来ます。

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これに乗ると熊野市駅までは早く着きます。でもその先紀伊井田までの列車が無いのです。結局1時間以上待って、これから私が乗る普通列車に乗ることになります。陸の孤島ですね。

1時間半ほど乗って紀伊長島駅に着きました。伊勢の国から紀伊の国へ入った訳です。熊野灘の景色も楽しみです。でも列車は何故かここで30分停車します(笑)。乗客も殆ど居なくなったので、喉を潤すことにしました。

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11時半ごろ出発し、尾鷲に12時頃着きます。尾鷲も火力発電所が無くなり、景色も変わりましたね。後方は馬越峠や天狗倉岳です。

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ここから熊野までは伊勢路のハイライトですね。車窓も楽しみですね。九鬼、三木里、賀田と過ぎて二木島です。

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新鹿、波田須、大泊と過ぎて鬼ヶ城が見えると熊野市駅です。

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13時10分に紀伊井田駅到着です。先日、新宮から神内神社を見ながら、ここまで歩いてきたので、今日はここから引作の大楠を見ながら、阿田和まで歩くつもりです。

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ここから熊野街道の浜街道を進みながら、途中で海岸を離れて引作神社に行き、引き返して阿田和まで11キロほどです。

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1時15分に出発しました。帰りの阿田和発は4時半なので3時間15分あります。11キロならまあ大丈夫かなと。浜街道を逆に阿田和方向へ歩きます。

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10分弱歩いて、浜街道から外れて左折し、井田神社に向かいました。特に予備知識は有りませんが、井田という名前に惹かれました。

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引き返して浜街道に戻り、道の駅のウミガメ公園に寄りました。ここも何回となく来ていますが、今日はウミガメとの触れ合いができるようでした。

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1時45分頃浜街道に復帰しました。少し行くとモーテルがあり、その横にビキシ様があります。比丘石様と書くようですが、20年前に初めて見た時も、今も、謂れがよく解りません。先日歩いた紀宝町の粥森様も同じです。

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一寸拝んで国道42号線に出ました。ここが浜街道ですが、すぐ山地口というバス停があります。その先をUターンして引作神社へ向かいます。

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この辺りで自分の誤りに気づきました。11キロ3時間はアップダウンを含んでいなかったなと(-_-;)

地形図をよく見ると引作神社神社は標高100m辺りにあります。そこまでのアップダウンはどうなんだろうと。あまりのんびりも出来ないと、気合を入れて登りました。2時15分頃、山地採れとれ市場を過ぎました。

この辺からも、しばらく単調なアップダウンの舗装道路が続きます。

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2時40分頃、ゴルフパークに来ました。どうやら、この辺がピークのようです。

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一寸下っていくと「引作の大楠」案内がありました。

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左折して10分弱で引作神社です。聞きしに勝る巨木でした。

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幹回り15mはさすがに太い。肌に触って、樹齢1500年のパワーを頂きました。

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神社そのものは小さな祠が有るだけです。どこかへ統合されたのでしょうか?

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境内からは遠く熊野灘もちらっと見えていました。午後3時です。阿田和の駅までは5キロ弱、今度は下りでしょうから余裕があります。20分ほどで尾呂志川に架かる新柿原橋に来ました。上流は尾呂志方向です。

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何年か前、上流の尾呂志から阿田和まで歩いたことがあるのですが、その時は引作の大楠に気づきませんでした。県道62号線、通称尾呂志街道を下っていきます。紀南高校を過ぎた辺りに、光明寺というお寺がありました。雲揚館殉難者供養碑とかが有るようですが、そこにこんな看板が(笑)

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諸行無常と恋せよ乙女かと、一寸笑えました。丁度4時に駅前の道の駅に着きました。オークワも入っているので、ここで夜9時までの食料と飲み物を調達します。この道の駅は串本へダイビングに通う行き帰りに、よくお世話になりました。

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これから4時間半の楽しい列車の旅です。車窓には新宮行きの列車が止まっています。

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お疲れ様でした。

 

 

 

2022年9月27日 (火)

マレーシアの話その2

東南アジアの工場立地調査をやっていた頃から何十年か経って、私は他の業種の会社に移っていた。ところが、今から25年ぐらい前でしょうか、その会社がマレーシアに工場を建てることになり、担当することになった。

会社設立の申請から始まり、マレーシア政府の出先機関に行くと、マレー半島の東海岸に工場を作ってくれと強く要請された。東海岸側は日本の裏日本以上に過疎地なのです。そこに進出してくれれば税制など優遇措置はいろいろ有ると。

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でも結局、積出港に近いジョホールバルに進出した。そんあこんなで、マレーシアには行く機会が多く、何か所か観光もした。その中で気に入った場所を紹介します。

まず、上図下部の最南端。ここはユーラシア大陸の最南端です。あまり知られていないのでお勧めです(笑)。タンジュンピアイと言ったかと思います。

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次に、上図右端のティオマン島。ここはダイビングです。図のメルシンから連絡船で行ったのですが、一人で行ったので、一寸苦労しました。

魚はめちゃくちゃ居ました。

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島のムードも最高。

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でも回教徒の国では誰も酒を飲んでいない。私もこんな料理を酒無しで3日間食べました。頼めば飲める場所もあると知って、2回目からは飲みました(笑)。

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次は国立公園のエンダオラオピン。ここはお勧めです。最近は知りませんが、私が行ったときは、まったく未開発で、蛭やのみ・しらみの世界でした。一緒に行った友人は2度と行かないと言っていました(笑)。

ジョホールバルからメルシンへ向かう途中で左折して、がたがた道を相当走ります。

食事は自炊で。

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ガイド付きのジャングルトレッキングができます。

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象の糞なんかあります(笑)。

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次はマラッカ。ご存じマラッカ海峡の街ですが、昔の街並みや文化が残っています。観光ガイドに出ているので割愛して、ニョナ料理について。中国料理とマレーシア料理の融合だそうです。

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それから鄭和博物館。鄭和は中国明の永楽帝に仕え、コロンブスより1世紀も前に、大船団を率いて、東南アジアからアフリカまで航海した人だそうです。

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次はKLを越えて、マレー半島の北半分へ。

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ここでトップは国立公園のタマンネガラです。ここは先のエンダオラオピンと異なり、よく整備された国立公園です。

ここもジャングルトレッキングですが、白人の女の子も多数来ています。

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いろんな動物にも出会えます。

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川登の体験も

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でも食事はホテル並みです。

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次はキャメロンハイランド。ここは標高1500mの高原避暑地です。ジャングルトレッキングもありますが遊歩道です。

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お茶の産地で、紅茶や緑茶が有名です。レストランからの眺めが素晴らしい。

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最後にペナン。ここは有名なリゾート地です。

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ロブスターを食べに行きましたが、高いです。

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終わりです。また行きたくなりますねえ(笑)。

 

 

 

 

 

2022年9月24日 (土)

マレーシアの話

今回は思い出話。

今から50年以上前、私は合板会社に勤めていました。日本の合板会社は東南アジアからラワン材を輸入して合板に加工していました。ラワン材の輸出国は主としてフィリピン、マレーシア、インドネシアです。

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輸出3国は、原木のまま輸出するのでは自国に産業が育たないため、自国で合板に加工して、製品として輸出したいと思っていました。そのため原木の伐採権を持つ日本の商社に、自国に合板工場を作るよう要請しました。

商社には工場運営のノウハウが乏しいため、取引先の合板会社に現地工場の採算性調査を依頼しました。その調査に出かけたのがマレーシアでした。生まれて初めての海外旅行です。1ドルが360円の時代でした。

台北、バンコクを経由して、初めて外国の土を踏んだのがマレーシアの首都クアラランプール(KL)でした。1泊55ドルのホテル代が非常に高く感じたのを覚えています。

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実際の調査地はマレー半島の右上、タイ国境に近いコタバルの山奥でした。後で知ったのですが、太平洋戦争の初期、日本軍がコタバルに上陸し、自転車でマレー半島を南下、シンガポールを攻略しました。銀輪部隊と呼んだそうです。

現地の仕事のことは忘れましたが、コタバルの飛行場が、夜になるとキャバレーに変わるのは感心しました。日本では考えられませんが、1日2~3便しか来ないローカル空港なら、使わない時間を活用するのは合理的ですよね。

森林の蓄積量とか品質の調査、工場予定地の労働力、電力、水、補修部品の有無、積み出し港の有無や施設、などを調査して工場の採算性を判断します。このときは不適だったと思います。

帰りは車で東海岸を下りました。銀輪部隊も通った道でしょうね。クアラトレンガヌに1泊し、翌日KLに着きますが、カーブがひどく、腸がよじれる思いをしました。

翌日はまた車でシンガポールに入りました。シンガポールはマレーシアから分離した中国系民族の国ですね。当時からマレーシアで多数を占めるのはマレー系民族ですが、商売は華僑が牛耳っていました。これは他の東南アジアの国も同じです。それで、このままでは国を乗っ取られると思ったマレー政府が、中国系民族をシンガポールに移住させて?、分離したとか聞きました。

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ところでマレーシアには東と西があります。東は今書いたマレー半島、西はボルネオ島の北半分がマレーシアです。一部はブルネイ王国。南半分はインドネシアです。

シンガポールからボルネオ島のコタキナバルへ飛びました。近くのキナバル山は有名ですね。キナバル空港ではカメラなどのぜいたく品の海外からの持ち込みは税金が掛かります。でもKLのホテルの便せんを見せて、KLから来たと言ったら許してくれました。

コタキナバルからサンダカンへ飛び、ホテルに入り、一人でバーへ行きました。そこで値段表を見てびっくりしました。サントリーウイスキーのだるまとジョニーウオーカーの黒ラベルが同じ値段でした。

1ドル360円だった日本では、ジョニ黒なんて高嶺の花でだるまの5倍くらいしていたのではないでしょうか? ジョニ赤でも飲めませんでした。でも外国ではジョニ黒とオールドは同じ扱いなのです。初めて、為替というものを実感した日でした。

1度、こういう仕事をすると、話は伝わるものですね。この後いろんな商社からも依頼が来て、フィリピン、インドネシアも含めて10回近く現地調査をしたのではないでしょうか。

続く。

 

2022年8月19日 (金)

伊坂ダム

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三重県の北部、桑名と四日市の間に伊坂ダムがあります。四日市コンビナートなどの水需要に応えるため作られたようです。その貯水池を一周する3.6キロサイクリングロードが整備されています。

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でも今はウオーキング需要が上回っているようですね。管理事務所があり、自転車の貸し出しを行っています。二人乗りなど、様々な自転車があって、親子連れで楽しめるようです。

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2022年8月19日(金)

我家から下道で30分一寸で到着しました。実は初めてでした。10時過ぎに着いて、びっくりしました。車の数が多かったので。トイレを済ませて歩き始めました。

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鈴鹿山脈がきれいです。

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すぐに伊坂城址がありました。なかなか珍しい山城だそうですが、私には理解不明です。

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今日も女房と一緒です。新名神の傍を歩きます。

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自転車の家族も居ましたが、今日は95%が歩きでした。もっとも管理事務所が休みでしたね。金曜日が休みらしい。

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歩き出して15分、赤い橋を渡りました。

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渡るとすぐ神社があり、お参りしました。先日行った、川上村の丹生川上神社から分霊をお迎えした水源の守り神です。伊坂丹生水神と称します。

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コースは自転車が時計回り、歩行者は反時計回りで内側を歩きます。その距離が表示されています。

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伊坂ダムは水面利用はできませんが、桑名西高のボート部だけが使えるそうです。

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カワセミを狙っているカメラマンの方が3人いました。今日も1回来たそうです。

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コースはすべて舗装されています。

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歩き出して50分、一寸疲れたので休憩しました。このコースは平坦でなく、少しアップダウンが有るので、丁度いい疲れ具合です。

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ポプラ並木みたいな展望の開けた場所に来ると、ゴールは近いです。

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右手はゴーカート場のようです。過ぎるとダムの上を通ります。東名阪あたりから見える堰堤ですね。

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1時間15分ほどで1周してきました。健脚の方は1時間弱でしょう。喫茶店があるのですが、ここも金曜休みでした。

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持参の弁当を、ダム湖畔のベンチで食べました。

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なかなか良いウオーキングコースでした。

 

 

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