2017年9月30日 (土)

インドの旅最終日

2017年9月22日(金)
インドの高級ホテルでは時々、部屋から浴室が丸見えという部屋があります。
Dscn5358いくら親しい男性同士でも、これは一寸恥ずかしい。幸い、カーテンがありました。
今日はゆっくり8時出発です。早く行ってもマトゥラーの博物館が10時開館らしい。
マトゥラーはヒンズーの人気神様クリシュナーの生誕地でヒンズー教の聖地です。
10時半頃博物館到着。
P1200376ガンダーラと時を同じくして仏像が作られ始めたマトゥラーは、ガンダーラが西洋の影響を受けているのに対し、やや東洋的で髪の毛もパンチパーマでなく巻き髪です。素材は赤砂岩で良く解ります。
P1200385
P1200384
仏像の他ヒンズーの神様もいろいろ。写真はシヴァ神の息子ガネーシャです。
P1200420 ここは仏教の三大博物館の一つだそうです。
P1200429 マトゥラーから高速道路でデリーに向かいますが、そのサービスエリアで昼食です。
今回初めて見たフードコートです。
Dscn5387カレープレートです。
Dscn5391Dscn5393 ここは近代的な高速道路ですが、そこはインド、逆走してくる車や自転車、歩行者も入って来るので注意が肝要です。
Dscn5400デリーに入る頃、大雨になりました。遺跡観光が終わっていてよかった。今日はもう1軒博物館です。15時45分、デリー国立博物館到着。
Dscn5417
ここは、日本語ガイドもある近代的な博物館です。入館料は1200円ほど。しゃしんOKです。そうか、インドはインダス文明だったんだ。
P1200447
ここには様々な仏像や神様の像がありますが、傑作はこれでしょう。
謂れやなにかは、よく知りませんが、踊るシヴァ神のブロンズ像です。
躍動感に溢れたこの像はあちこちで姿をみます。
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牡牛に乗るシヴァ神
P1200499 本物の仏舎利
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ガンダーラの仏像
P1200512 ガヤー付近で発掘された仏像
P1200516 5時半に博物館を出て、デリー空港へ向かいます。でも大雨の性もあってか、大渋滞です。
何とか、7時40分頃着きましたが、出国検査も渋滞です。
Dscn5420時間切れで行列の前へ出させてもらって中へ入ると、飛行機は遅れていました。
サンドイッチと水を買って、一寸食べました。
Dscn5422 定刻より20分ほど遅れて離陸しました。
帰りは偏西風に乗って2時間ほど早く着けますね。余り眠れもしませんが、退屈もせず、
9時前には成田に到着しました。
Dscn5427成田からはJRの成田エクスプレスに乗り品川で下車、のぞみに乗り換えて名古屋に向かいました。
品川でいろいろ弁当を漁って、結局牡蠣飯と牡蠣フライにしました(笑)。
Dscn5430インドの旅も無事終わりました。
感謝です。

インドの旅11日目タージマハルへ

2017年9月21日(木)
インドにカースト制があることはよく知られています。
簡単では無いですが、簡単に言うと
➀バラモン    司祭、宗教指導者
②クシャトリヤ  王、武士、貴族
③ヴァイシャ   農民、商人、実業家=自営業や親方、富裕層も多い。
④シュードラ   上3者に仕える民=奴隷階級
そして
⑤不可触民   カーストの枠外、汚物処理や洗濯などを行う。
釈迦が生まれたBC500年ごろは、バラモン教によるカースト制度に、実質国を動かしていた、②③のカーストが飽きて不満を募らせていた時代だったようです。
従って、四民平等を説くブッダの教えは、その支配階級の人々に歓迎され、喜捨を受けました。ただそのことが、後のイスラム侵攻の祭、仏教は滅び、ヒンズー教は生き残った重要な点と思われますが、そこは難しい問題です。
7時にサーンカシャのホテルを出ました。
Dscn5252相変わらず牛は交通の妨げになっています(笑)。
Dscn5263 高速道路にも牛が居るのはどうしてでしょう。
Dscn5284 11時40分、アグラのジェイピーパレスホテル到着です。
ジェイピーグループはタタと同じくインドの財閥グループです。
明日はもうデリーからの飛行機の中なので、インドのホテルはここが最後です。
Dscn5286ツアー最後の夜は期待に違わず高級ホテルです(笑)。
昼食の後、多分インド随一の観光名所タージマハルへ観光に行きました。
手前のアプローチの林にはたくさんの猿が住んでいました。
Dscn5296タージマハルはその白い大理石を大事にしているため、筆記用具の持ち込みは禁止です。
それと大きなバッグはどこも持ち込み禁止です。
Dscn5301タージマハルは仏教遺跡ではありません。17世紀にイスラム王朝のムガル帝国5代目の王が、最愛の妻の遺言を守って作った墓です。
Dscn5314世界でも有数の壮大で美しい墓だと思いますが、そのために莫大な費用がかかり、最後には息子に幽閉されてしまいます。
Dscn5338晩年は河向こうのアグラ城からタージマハルを眺めながら亡くなったそうです。
Dscn5332 ここも人出はすごいですが、ブッダガヤも負けず劣らずすごかったように思います。
Dscn5341 Dscn4573働いている牛を初めて見ました(笑)。
Dscn5347 最後の夕食にはワインを飲んでみました。グラスワインが1500円位と高いけど、それは高級ホテルの性かな。
Dscn5356

2017年9月29日 (金)

インドの旅10日目サーンカシャへ移動

2017年9月20日(水)
お釈迦様は生前、自分が生まれて1週間後に亡くなった母親マーヤ夫人に説法を聞かせるため、天上界へ3か月赴いて説法をし、再び地上に帰ってきたという伝説があります。
今日はその地上に帰ってきた地点、サーンカシャまで600キロの移動の日です。
6時20分にホテルを出ました。
Dscn5152予定には無かったのですが、その天井界に登った地点が近くにあるとかで見に行きました。
Dscn5155早朝にもかかわらず芸人さんが来ていたので10ルピー喜捨しました。
Dscn5158近所に最近日本の企業が寄付したという、祇園精舎の鐘があるというので見に行きました。私も1回突かせてもらいました。
Dscn5164でも、祇園精舎の時代、インドの精舎に釣鐘というものは無かったそうですが(笑)。
さあ、移動です。牛はのんびりしていますねえ。働いている牛は見たことありません。
Dscn5172
道の両側はマンゴーの木です。お釈迦さまも行脚の最中は、よくマンゴーの木陰で休んだり泊まったりしています。
Dscn5196 昼食は弁当です。 インデカ米のご飯に、チキンフライ、卵、ジャガイモですか、充分なお弁当ですね。そうそう、世界で作られるお米の80%はインデカ米だそうです。
Dscn5201 ここは田舎のドライブインです。奥は水浴び場、手前の椅子は床屋さんです。
他にレストランもあります。
Dscn5203 順調に5時にはサーンカシャに着いたので、明日見学の予定を前倒ししました。
Dscn5224 お釈迦様が昇天した地オラジャールストウパです。
Dscn5227ここは頂上にヒンズーの神様が祀られていて、ヒンズー教徒と管理権で揉めているそうです。
Dscn5235他にアショーカ王の石柱と、 釈迦の像を祀るお堂があります。
そのお堂にヒンズーの婦人がお参りしていました。釈迦を尊敬しているとか。
Dscn5239これで、8大仏跡はすべて訪れました。感謝、感謝です。
夜はそれを祝って乾杯です(笑)。この頃は、私もすっかりベジタリアンになっています。
単にお腹の具合が悪いだけですが。どうも、刺激物ばかり食べるのが無理なようです。
Dscn5245
明日は、アグラでタージマハールを観光します。
 

インドの旅9日目祇園精舎へ

2017年9月19日(火)
早朝、日本食の朝食を食べて、6時40分に出発しました。
昨日と同じ道を引き返して、今度はインドへ入ります。
1時間ほどで国境に到着し、20分ほどで入国しました。
今回は入国係官がバスに入ってきましたが、見ただけで帰って行きました。
Dscn5049ネパールからインドへのトラックはほとんど居ません。並ぶのはインドからネパールへ物資を運ぶトラックだけのようです。今日も並んで居ますが、昨日と同じトラックかも。
Dscn5055 釈迦が育った城跡はここではないかとインド側が主張するカピラヴァスツの城跡にやってきました。広大な遺跡です。
Dscn5078Dscn5082 すぐ傍に宮殿跡も見つかり、インド側に力づけています。
Dscn5095昼食はこの地方の王様の別荘を使ったレストランです。
Dscn5099 居間には虎狩りの写真が写っていました。そう言えば、ベンガル虎は有名ですよね。
Dscn5101 インドの子供たちは皆バスに手を振ります。時には大人も。
Dscn5109 水牛は気持ちよさそうです。
Dscn5115 牛はいつでもマイペースです。
Dscn5136 17時30分、祇園精舎の跡へやってきました。
日本では祇園と言うと祇園祭で華やかな雰囲気を想像しますが、 関係ありません。
コーサラ国にお釈迦様を招くため、1000人の一行が停まれる精舎を作る必要があり、長者スダッタがジュータの林を買い取って寄進した。その漢訳が祇園だそうです。
いずれにせよ、ここが竹林精舎と並んで布教の拠点となり、釈迦は25年間雨期をここで過ごします。
P_20170919_172724 周囲にはタイ寺院など各国のお寺ができているようです。
P_20170919_175505そのスタッダ長者の屋敷跡と言われるストウパに登りました。向かい側は悪人で後にブッダに帰依したアングリマーラの屋敷跡と言われています。
P1200367祇園精舎跡をサヘト、屋敷跡をマヘトと呼ぶようです。
夕食時、添乗員さんが日本から持ってきてくれた「そうめん」が振舞われました。
私も「鮭のほぐし」をビールのつまみに出しました。
Dscn5145

インドの旅8日目生誕地ルンビニへ

2017年9月18日(月)
旅も終盤に入って、今日は隣国ネパールに入ります。
地理的条件とは言え、涅槃の地クシナガルを見てから生誕地ルンビニに行くのは判り難いですね。できれば生誕地をスタートにして、順に涅槃の地に至りたかった。
6時半に出発しました。国境まで4時間だそうです。
湖?の傍では、珍しく魚を売っていました。
Dscn4930国境の手前15キロ位からトラックの列ができていました。
Dscn4936この車は何時通関できるのか誰にも分らないそうです。ただ、生鮮食料品などは優先さえるそうですが。
国境の通過は簡単でした。添乗員とガイドが全員のパスポートと入国カードを持って事務所に行き、手続きが終わった。
インド・ネパール両国民は自由に往来できるとか。
Dscn4945国境そのものも簡便で、10mほど離れて二つの門が有るだけで、その門の間際まで焦点が営業しています。
Dscn4954 Dscn4957 10時20分頃国境に到着し、30分ほどでネパールに入国しました。
ネパールに入って最初に感じたのは、あれ、インドよりきれいだな。ということです。
ゴミの量が少ないのです。
Dscn4966インドの農村では道路にごみを皆捨てています。この習慣を直さない限り、道路はごみの山です。
ホテル笠井で昼食です。ここは完全な日系ホテルで、オーナーもマネージャーも日本人です。コックは長年日本大使館に勤めていたとか。
Dscn4970 昼食後、釈迦が育った城跡に出かけました。ティラウラコットという辺りです。
ここで何不自由なく育ち結婚したシッダールタは29歳で愛馬カンタカに乗って城を出ます。
Dscn4985 この遺跡の中にシヴァ神のリンガを祀るヒンズーの寺院があって、一寸違和感を覚えますが、仏教もヒンズーの一派と見なすインドの人には、不思議はないのでしょう。
Dscn4993 次にマーヤ夫人が釈迦を生んだとされるマヤデヴィ寺院へ行きます。
5年前に来たときからは大分整備が進み、駐車場やセキュリティが完備してきました。
その分、面倒になっています。
Dscn5000ここは日本の建築家丹下健三が基本デザインをしている公園です。
Dscn5002 マーヤ聖殿の中に生まれた場所があります。
Dscn5024傍にはアショカ王の石柱があります。
Dscn5013 夜は久しぶりに、日本食でビールが飲めました。ビールもネパールのエベレストビールです。
Dscn5032

インドの旅7日目パトナーからクシナガルへ

2017年9月17日(日)
朝7時にホテル出発、涅槃の地クシナガルに向かいます。
すぐに世界最長の橋と言われるガンジス河の橋を渡ります。全長7キロとか。
 
9時頃レリックストウパーへ到着。ここは釈迦の死後、8つに分けられた遺骨の一つが来た場所だそうです。
P1200318次にアーナンダストウパーへ。ここは釈迦の死を最後までみとったアーナンダ―の墓です。後にアショカ王が立派なストウパーを建てました。
P1200326 そこから1時間半ほどでケサリアストウパーに着きました。ここは1998年に発掘が開始された、インドネシアのボロブドールに勝る、世界最大規模のストウパーです。
ブッダ最後の旅に立ち寄った地として、アショカ王が建てたと言われています。
P1200333 ストウパには多くの仏像がありましたが、イスラム教徒により破壊されています。
P1200338 兵士が居ましたが、遺跡の監視をしているのでしょうか?
P1200346 近くのレストランで昼食です。珍しいと思ったのですが、ホテルを兼業していました。
Dscn4834ここもまだビハル州なのでビールは飲めません(笑)。
クシナガルに向かう途中、釈迦が最後の沐浴をしたというクッカルムッタ川を渡りました。
車窓からですが、写真を撮りました。川の水は結構きれいでした。岸辺は整備され、仏像があるようでした。
P120036115時30分、釈迦の涅槃像がある大涅槃寺にやってきました。
手前の建物が本堂で涅槃像が安置されています。奥のストウパは実際の涅槃の場所です。右端の木は沙羅双樹のサラの木です。
Dscn4852涅槃像は見る角度により、微笑み、瞑想、死者の顔になるそうです。
Dscn4858_2
Dscn4859 Dscn4860 近くにあるラマヴァールストウパを訪れました。
ここはお釈迦様が荼毘にふされた跡だそうです。
Dscn4889近くの川で水牛と少年が水浴びしていました。釈迦の涅槃像は1867年にこの川底から発見されたのだそうです。
Dscn4898 夕食では4日ぶりのビールが飲めました。
Dscn4904
 

2017年9月28日 (木)

インドの旅6日目パトナーへ

2017年9月16日(土)
法華ホテルの朝食です。これが朝食ですよね(笑)。
Dscn472877時半に出発しました。パトナーまでは100キロだそうです。
この辺まで走ってきて、ふと気が付きました。車窓の景色に工場が無いことです。
ずっと田畑ばかりで工場がありません。
農村地帯だから当たり前と言えば当たり前ですが、それにしても江戸時代みたいです。
有るのは煉瓦工場ぐらいです。それも日干し煉瓦。
Dscn4740インドのバスや自動車は定員が無いそうです。バスの屋根の上に乗っても運賃は同じだそうです。
Dscn4747 インドは原油は出ても不足らしく、輸入に頼っています。1リッター130円前後で日本と同じぐらいです。物価からいくと高いですね。
Dscn4759 アショカ王が使っていた会議場の跡へ来ました。柱が72本発見されたそうですが、現在は公園の中の野原です。
Dscn4781 パトナーは結構都会で交通戦争も激しい。
Dscn4801ホテルで昼食です。大体この辺りの農村部では、町中にもレストランは見かけない。
地元住民相手の屋台や1テーブル程度の店はあるが、観光客が入れるような店は無い。
Dscn4804インデカ米のライスに数種類のカレー味の具を少しずつ取って食べる。
これが定番ですかね。
ここパトナーでは、三大仏教博物館の一つ「パトナー博物館」見学の予定だった。
でも休館ということで変更になった。
2010年に開園した新しい公園「ブッダ スムリッティ パーク」に行くことに。
途中で電柱を見る。いつも思うんだが、東南アジアの国々も電線はごちゃごちゃ。
誰か管理してるのだろうか?
Dscn4806この公園の中に立派なブッダの博物館があった。でもカメラ持ち込み禁止だった。
開園式にはダライラマも来たとか。
Dscn4814次にこれも代替で、19世紀の穀物倉庫へ。屋上から市街が展望できるはずだったが、修理中でだめだった。
Dscn4817帰りにスーパーマーケットに立ち寄ってくれた。小さなスーパーだが警備がすこぶる厳しい。客が勝手に品物をかごにいれるような形態は万引きが心配でたまらないようで、持ち込みのバッグのファスナーは全て封印、店舗から外へ出るときは持ち物とレジの明細を一品一品チェックしていた。
Dscn4822 スーパーからホテルまでは20分ほど自転車のリキシャに乗った。二人乗りで50ルピーだった。
Dscn4828この日の夕食は、お酒も飲めないし、腹具合も良くないのでパスして、日本から持って行ったカップ麺を食べて済ました。結構旨い(笑)。
Dscn4830

インドの旅5日目ブッダガヤからラージギルへ

2017年9月15日(金)
朝食後、餓死寸前のゴータマに乳粥を与えた村娘スジャータの居たスジャータ村へ行きました。ここには立派なストウパがあります。
P1200217近くの大河は尼蓮禅河と言い、乳粥を食べた後、この川で沐浴し、ブッダガヤへ行ったと言われます。そのためか大勢の人が河原に見られました。
P1200228矢張り平野が続きます。
P1200250途中、タイからの旅人を泊めるために建設中と言うホテルがあり、そこに立派なトイレがあった。そこでトイレ休憩していると、近所の子供たちが集まってきた。
何かあげようかと思ったが、こんなに多くては一寸無理でした。
P1200254ラージキルはゴータマが出家後最初に訪れた土地で、ブッダとなった後も度々訪れて説法をしたり、霊鷲山で瞑想にふけったりしています。
その当時のマガタ王国の城壁が残っています。
P1200261近くに、シヴァ神の妃パールヴァティの像があり、通り過ぎる車の中からお賽銭を投げていました。
P1200265 10時50分頃霊鷲山の麓に到着。ここから徒歩で山に登ります。遊歩道を20分も登れば頂上ですが、ガイドのアローラさんは、太りすぎと高齢?で無理と見えて、途中で説明して降りてしまいました(笑)。確かに暑いんです。
P1200274
頂上にはブッダもここで瞑想し説法したという場所が煉瓦に囲われていました。
管理人が居て、お布施を要求しています。こんな場所に来られたことを感謝して、皆応分の喜捨ををしています。
P1200290 近くには病院や監獄の後があります。
ラージキルへ向かう途中、温泉がありました。
Dscn4666 カーリー女神を祀る寺院がありました。
Dscn4669 12時半、ラージキルのホテル法華で日本食の昼食です。やはりほっとしますね。
Dscn4672日本のホテルチェーン、法華クラブとは関係ないと聞きました。
ナーランダ仏教大学に行きました。
Dscn46795世紀頃作られ、13世紀にイスラム教徒により破壊されるまで、栄えたそうです。
最盛期には生徒数1万人、教師1500人の規模だったそうです。
Dscn4691 Dscn4696余談ですが、インドにはリスがあちこちに居ます。
Dscn4704 平家物語の一節に「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」というのがあります。
その精舎とは、僧坊とか宿坊の意味で、僧侶が寝起きする場所のようです。
 
さてラージキルのカランダ長者は仏教に帰依し、郊外の竹林を寄贈した。そしてビンビサーラ王が精舎を建て、最初の仏教寺院「竹林精舎」ができあがった。
現在は公園になっているが、そこを訪れた。
Dscn4712Dscn4715 そして長い1日が終わり、ホテル法華で夕食です。
そのメニューは美味しい日本食なのですが、ビールでなくコーラなのが悲しい。
盛り上がりません。
Dscn4725

インドの旅4日目後半ブッダガヤ

29歳で出家した釈迦族の王子ゴータマは各地で修行を続ける。
ガヤの近くの山林で苦行7年間、骨と皮ばかりになったゴータマは、苦行では悟りは開けぬと悟り、村娘スジャータの乳粥の供養を受けます。
元気を回復したゴータマはガヤ近くの菩提樹の下で7日間の瞑想を行い悟りを開き、ブッダとなります。
その地が、ブッダのガヤということでブッダガヤと呼ばれるようになりました。
8時半頃ベナレスをバスで出発し、7時間弱でブッダガヤに到着します。
Dscn4561その間景色はずっと畑です。山は見えません。インドは国土の75%が平地だそうです。
しかも、南インドでは3毛作もできるとか。
15時過ぎ、ホテルで昼食です。
Dscn4563 食後、近くのマハボーディ寺院に出かけました。ここは紀元前3世紀頃、前述のアショカ王が建立したと岩れています。
Dscn4574行ってみて驚きました。一大観光地なのです。ヒンズー世界のインドですから、13世紀に壊滅した仏教の遺跡は、寂しいひっそりとしていると思っていましたから。
Dscn4587インドの人も居ると思いますが、それ以上に東南アジア各地からの観光客やお坊さんが訪れるようです。この日は特にお祭りでもありませんが、夜8時まで開いているそうです。
Dscn4582寺院の裏側には釈迦が悟りを開いた菩提樹があります。その傍では白人の若いカップルが瞑想にふけっていました。
Dscn4591 この近くでは、各国の僧侶が五体投地の修行をするようで、その場所が準備されていました。
Dscn4601 皆さん、ご利益を受けておられます。
Dscn4600 それぞれの場所で瞑想にふける人々がいます。
Dscn4634 6時前に帰る頃になっても、参拝の行列はまだまだ続いていました。
Dscn4636 ホテルに帰って夕食ですが、ここは禁酒州です。3日間の酒無しデーの始まりです。
早く寝ましょう。
Dscn4645

インドの旅4日目ベナレスからブッダガヤ

2017年9月14日(木)
ガンジス河の川岸には階段状に川に降りる施設があります。それをガートと呼びます。
ベナレスのガートは60位有ると聞いています。
ここで沐浴する映像は世界に流れています。
P1200160ここで一寸ヒンズー教の神々について。
次の3神が神様の中心です。左から、ブラフナー、ヴィシュヌ、シヴァです。
Dscn5434ヒンズー教では主要な3神ですが、現在ではヴィシュヌとシヴァに人気が集中しています。
中でもシヴァは私でも知っている位人気の神様です。絵では女性に見えますが、皆男性で妃が居ます。
シヴァ神はヒマラヤ、カイラスに住む神様で、元来天空に有ったガンジス河を地上に下ろす際、地上のショックを和らげるため、頭上で受けて静かに下ろした神として厚い信仰を受けています。
Dscn5438今日は朝5時にホテルを出て、昨日と同じガンガーガートに来ました。
ここからボートに乗り、船から朝の沐浴シーンを見学します。
見学だけでなく自分も沐浴しないと、インドに来たことにならないよとは、よく言われます。
Dscn4503左がシヴァ、右はガンガーの神様です。多くの観光客が来ています。
P1200163川岸には様々な寺院や宿があります。日本人経営の宿もテレビで出ていましたね。
Dscn4504川の水はお世辞にもきれいとは言えませんが。
Dscn4515Dscn4518
河畔では死者の火葬が行われています。これはカトマンズでも見ました。灰はガンガーに流されます。これはヒンズー教徒にとって無上の喜びとか。
P1200195
帰り道です。牛が塔の上に祀られています。
Dscn4528
ホテルに帰って朝食、ブッダガヤ向かいます。
 
 
 

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