高須街道その3
今日は昨日の続き、八開郵便局から東海大橋で木曽川と長良川を渡り、高須城址まで8キロほどを歩きます。
2026年1月9日(金)
9時59分発のコミュニティバスに乗るべく、名鉄藤浪駅にやってきました。この駅前にも信長関連の小公園があります。
10時35分頃八開郵便局に到着しました。
小学校の傍から郵便局の裏を通って高須街道が残っています。細道ですが、ここから入ります。
入ってもまだ細道ですね(笑)。
2分も歩くと街道は消えます。ここを左折して、すぐ右折していきます。
白百合保育園の辺りでまた街道が現れます。
保育園から5分弱でお地蔵さんがあり
すぐにお地蔵さんと道標があります。「左 京 今尾 高須 道」と彫られているそうです。
すぐ先に神明社があります。
そして、その裏には2軒のお堂が並んでいます。詳細は不明です。
この辺りで11時です。ここから木曽川の堤防へ上がります。東海大橋の赤い鉄骨が見えています。
この東海大橋は車では何回も渡っていますが、歩いて渡るのは初めてです。木曽川と長良川を渡るので1キロ以上あると思います。
11時7分に渡り始めました。雪をかぶった伊吹山を見ながら渡ります。中央付近に木曽川と長良川を隔てる中提があります。昔は、木曽川と長良川は、もう少し上流で合流していたそうで、両河川の水位が違うため度々氾濫して困っていたそうです。その治水事業に薩摩藩が当たり、多くの犠牲者を出しています。
上の写真が木曽川と長良川を隔てる中提ですが、これは明治に入ってから、オランダの技師デレーケの指示により作られました。この分流に寄り、ようやく河川の氾濫は収まったそうです。この道路は一般車両通行止めなので、自転車乗りさんの天下です。私も時々、お千代保稲荷さんまでツーリングしていました。
橋を渡るのに18分掛かって11時25分でした。この先の信号で折り返して8号線の下を潜りました。
江戸時代、この木曾・長良をどうやって渡っていたのでしょうか。ともかく、ここから高須街道だそうです。
しばらく直進します。前方、養老山脈の右は雪をかぶった伊吹山です。
一旦ここで高須街道が途切れます。少し先の春日神社の横の50mほどが高須街道だそうです。
これがそうです。
その後は地図左端の高須城址の近くまで、街道は消えているようなので、適当に田んぼの中を歩きます。
12時頃八幡神社の傍にきました。
一寸お参りして
境内で昼食休憩させてもらいました。
15分ほどで出発して、20分ほど適当に歩いて、8号線から分かれる、高須街道にたどり着きました。
写真前方の分岐がそうです。街道に入るとすぐ大江川を渡る「渡橋」があります。この欄干を見て、ここは普通の道じゃ無いなと思ったのが、この高須街道を調べるきっかけでした。12時40分頃です。
高須の街に入ると、昔の雰囲気が残っています。提灯やさんも珍しいですよね。
12時53分、高須城址に到着しました。小公園になっています。
主水橋という赤い欄干の橋が残っていました。そこから見るとこんなふうです。
13時15分に、市役所からコミュニティバスに乗ります。引き返す途中、高須別院の大きな屋根が見えました。
私の近所の人に高須出身の人がいて、この別院の誘致に先祖が尽力していたとの話を聞きました。世間は狭いですね。13時10分に市役所に到着しました。お疲れ様。
コミュニティバスは養老鉄道の石津駅に着きます。ここには前述の薩摩義士を祀るお寺があります。
お稲荷さんと並んであります。
薩摩義士を祀るお寺は桑名市内にもあります。また、愛知・岐阜・三重の県境に有る木曾三川公園センターの隣に、薩摩義士を祀る治水神社があり、そこは毎年初詣に行っています。
石津も古い街です。
おわり。

















































































































































































































































































































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