伊勢街道4回目 津から高茶屋
4回目の今回は、丁度真ん中辺ですね
後4回で伊勢市の内宮まで行くつもりです。次回が松阪、その次が斎宮、そして伊勢市。最後に外宮から内宮まで歩いて完成です。
2025年5月12日(土)
家を出る時まで降っていた雨は、10時半に集合した津では止んでいました。今回は11人参加。津駅前から伊勢街道に入った辺りです。路面はまだ濡れています。
津駅出発は10時35分頃だったと思います。街道は国道の一つ手前です。
10時48分、塔世橋手前の四天王寺を見に来ました。中には入らず、聖徳太子建立の話だけして、街道に戻りました。
一寸趣のある塔世橋を渡ります。
国道を5分ほど歩くと、松阪牛の販売で有名な朝日屋のビルがありますが、その手前の歩道橋を渡ると良いでしょう。
我々は一寸手前の信号で広い国道を渡りましたが。歩道橋の先の小路を左折して津観音へ向かいます。右折左折して、津観音の一寸先の参道へ出ると、大きな石の道標があります。
この辺りは大門といって、当時は賑やかな花街だったと思います。左折すると津観音の入口が見えます。
中に入ると鳩に豆をやっているご家族が居ました。豆を貰ってやってみました。
津観音は浅草観音、大須観音と並んで日本三観音の一つだそうです。
11時18分、津観音を出て津城址に向かいました。津城址は国道の向かいに有り、津市役所が建てられています。
歩道橋を渡ると百貨店の松菱や百五銀行本店が見えています。国道から少し入ると城跡が見えます。
城跡としては何も残っていません。お堀と石垣だけです。ここは本丸跡。
藤堂高虎の銅像があります。
珍しく伊勢街道の案内がありました。
ここで昼食休憩にしました。11時40分頃です。
12時05分、城跡を出て街道に復帰しました。途中、分部町に「唐人の街」と書かれていました。
江戸時代の朝鮮通信使にかかわる唐人踊りを伝承している街だそうです。津祭りに行われているそうです。岩田川を渡りました。
百五銀行本店の前を通り、しばらく国道を歩きます。岩田橋から10分ほど歩いて、斜めの道に入り、更に10分ほど歩くと閻魔堂があります。藤堂家が町の守護神として建立したとか。
立派な閻魔大王が祀られています。
隣には北畠家の守護神だった市杵島姫神社があります。
12時38分にここを離れました。街道は真直ぐ伸びて、遠くまで見通せます。
閻魔堂から10分ほどで地蔵堂があります。
この辺り八幡町と言って、2代目藩主高次が八幡神社を設置し、藩祖高虎公をお祀りし、当時海岸付近を通っていた伊勢街道を付け替えて、この付近を通し、八幡町を作ったという。
明治天皇の小休所もある。
八幡神社の石柱を過ぎ、国道に出る一寸手前の三叉路が、香良洲道追分だそうです。
13時頃国道を渡り、JR紀勢線の踏切を渡ります。その先が近頃珍しい交互通行の道になり、信号機があります。
その一寸先、多分、成就寺と言うお寺の門前だと思うのですが、内地には珍しい「石敢當」の魔除けがありました。
これは中国の風水を由来に、魔鬼・邪鬼を防ぐ魔除けですが、沖縄ではどこにでも見られますが、内地では珍しい。西国街道の大阪府辺りで見た記憶がある程度です。
高茶屋に入り、銅製の常夜灯を見たのが13時17分。
もうゴールも近いでしょう。薬師堂の前を通り、高茶屋神社の前に来たのが13時36分。14時8分の列車で津に帰ろうと思っていたので、神社にお参りする時間がありました。恵比寿さんが祀られているような。
予定通り津に帰ってきて、駅前の大衆居酒屋に入りました。お客の割に店員さんが少なく、大変なようでした。
いろいろ食べて飲んで、また来月。



































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