伊勢街道1回目 日永追分~鈴鹿駅
2025年2月22日(土)
今日も寒波が来て雪が心配でしたが、なんとか歩けました。今日は下図、あすなろう鉄道追分駅から伊勢鉄道鈴鹿駅まで8キロ一寸です。
近鉄四日市駅に10時20分に集合し、10時半のあすなろう鉄道に乗りました。追分駅に10時42分到着。旧東海道を5分も歩けば日永追分に着きます。
伊勢街道は、ここ日永追分で東海道と分かれて伊勢に向かいます。
大きな道標が立っています。
また、大きな鳥居も立っていて、桑名の七里の渡しの鳥居が一の鳥居とすれば、これは二の鳥居でしょうか。その鳥居の下で記念撮影です。
ここには湧水があって、地元の人がよく汲みに来ています。10時55分に出発、しばらく県道を歩きます。
20分一寸で県道と分かれ、内部川の堤防にぶつかります。ここはまた県道に戻って橋を渡ります。
渡って右折すると、旧道らしき入口があります。
ここからは街道の風情です。
街道に入ると、旧河原田村里程標がありました。大正初期のものだそうです。
11時35分頃、河原田神社の前に来ました。
一寸早いですが、ここで昼食休憩にします。実は神社の上に、忘帰処という展望所があるからです。
一寸木が大きくなりすぎてますが、伊勢湾や知多半島が見えます。雲が無ければ御嶽山も見えるでしょう。ここで昼食休憩です。
私は久しぶりにカップラーメンを持ってきました(笑)。
食後、河原田神社を皆でお参りしました。今年の伊勢街道の無事完歩を祈りました。
神社の近くの道端に、庚申塚群があります。
12時15分、街道に復帰しました。6~7分で県道を横断し、すぐ関西線の踏切を渡ります。
渡ってまた県道の鈴鹿橋の下を潜ります。高岡神社の案内があります。この辺りはもう四日市市から鈴鹿市になっています。
潜ったところです。
鈴鹿川の堤防に登り、高岡橋を渡ります。
渡って右折、一寸堤防道路を歩くと、常夜灯があります。そこで堤防を降ります。
梯子が付けられているのが、珍しいと思ったのですが、平成の作でした。下って、神戸宿へはいるまでの田んぼの中の道は、縄手道と呼ばれる、真直ぐな道です。写真は振り返っています。
13時頃、常夜灯を見ながら市街に入ってきました。7~8分で、神戸宿の入口、「神戸の見附」に着きました。
道の両側に石垣があり、その間に大木戸があって、時間に閉められたようです。ここで一寸小休止。桜はまだですが、紅梅が咲いていました。
13時17分、出発しました。神戸宿に入って行きます。宿場の雰囲気は残っています。6~7分で、踏切があります。近鉄、鈴鹿市駅近くの踏切です。
渡って大橋という古そうな橋を渡りました。神戸城の堀だったのでしょうか。そのまま少し行くと、古そうな旅館がありました。
ここを左折するのが街道だそうです。途中、街道から外れて、神戸城址を見に行きました。古くから、名門北畠氏の居城ですが、織田信長の三男だったか織田信孝を養子に迎えて和睦しましたが、豊臣秀吉に滅ぼされました。
鈴鹿駅に近づくと大きな常夜灯があります。
次の交差点を右折して、今日の反省会「さがみ」へ行きました。鈴鹿駅はもうすぐのはずです。
2時間ほど、ゆっくり反省して、鈴鹿駅に向かいました。皆さんリラックスして、このありさま。道一杯に広がって歩いています。ご迷惑かけたかたあれば、ごめんなさいm(__)m。
無事、伊勢鉄道の鈴鹿駅に到着しました。
お疲れ様でした。久しぶりに歩いて、楽しかったです。
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