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2023年1月30日 (月)

名古屋 百曲街道

名古屋に百曲街道というのがあるのを知った。とあることから、下記の本を入手し、読んでいるうちに見つけた。

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江戸時代、名古屋の港区や南区は干拓によってできたそうです。それら熱田新田の縁を通る道が自然にできて百曲街道となった。その新田は一番から三十三番に分けられ、各番には観音像が祀られたそうです。番割観音と言います。

明治に入ると、この百曲街道が名古屋の中心部、大須の門前町と東海道を経由して伊勢方面を結ぶ重要な街道となり、庄内川を渡る明徳橋で東海道に接続しました。

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一寸待ってくれ、そんな所に東海道が有ったか?と言われるのは尤もですが、その話は長くなるので、後日、項を改めます。ともかく今回は、その百曲街道を歩いてみました。

2023年1月28日(土)

まだ冬型の気圧配置で寒い日ですが、朝9時半には大須観音に入りました。Dscn3483jpgc

骨董市みたいなのが開かれていました。懐かしいですね。子供のころ、父に連れられて、東寺の弘法さんへ行ったことを思い出しました。

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9時40分頃、境内を出ました。

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本町通へ出て右折、六番町方面に向かいます。

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百曲街道は図の青線のように進むと本には書いてありますが、下街道と言われる本町通を南下する方が自然なので、そのまま直進しました。この付近は、西本願寺や東本願寺の別院があり、通りは仏壇屋さんで埋められています。

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10分ほど南下すると、古い看板の掛かった酒屋さんがあります。

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その傍に、橘町の大木戸跡の説明がありました。

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百曲街道も、この大木戸を潜って行ったと考えるのが自然ですよね。すぐに国道19号線です。ここを斜めに横断します。古渡稲荷の前を通って南下します。

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3分で正木公園があり、その角を右折しました。時代を思わせる家並があり、その前を行きます。

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10時13分、古渡橋で堀川を渡りました。

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道を間違えてすぐ左折しましたが、気が付いて引き返しました。名古屋高速の下を潜って左折します。尾頭橋駅のすぐ南側辺りの下を潜る道があり、それを潜って行くのが百曲街道街道です。

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低いトンネルを潜った先は、少し街道の面影が出てきます。この辺りからは、確かに百曲街道とグーグルマップにも記載があります。

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そうは言っても普通の街並みで、古い面影があるわけではありません。10時24分頃です。

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10分ほどで八熊通りの交差点を越え、更に10分ほど、左手に雷鳴座という芝居小屋らしい建物がありました。

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近くに出し物のポスターもありました。名古屋にも芝居が有るんだと、ほのぼのしました。

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さらに13分ほど、11時一寸前に、細い路地を斜めに入っていくのが百曲街道のようです。この辺り、街道の案内も何も無いので、地図と感だけが頼りです。

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ところでこの辺り、先に書いた熱田新田に入ってきて、番割観音様が祀られた辺りです。今もこの辺りの地名には、一番町から十一番町まで残っていますね。そのそれぞれに祀られた番割観音様が残っているというので、探してみることにしました。

なかなか見つからず苦労しましたが、街道沿いに一つ観音堂がありました。特に説明はありませんが、十番・十一番の観音が祀られているはずです。

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11時22分、十一番町の交差点に出ました。

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国道1号線です。中川運河を昭和橋で渡ります。

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渡ってすぐ左折し、一本目を右折します。するとここも、一寸街道らしい町並みです。

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この辺りにも番割観音堂が有りそうですが判りません。太平通りにぶつかって、横断できないので国道1号線に迂回します。この辺り、図の青線が旧街道らしいです。道を探して、うろうろしている内に12時近くのなったので、そこに有った喫茶店に入りました。

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焼きそばと御飯がサービス定食でした。栄養のバランスが悪いですね(笑)。まあ、お腹は膨れて、12時22分に店を出ました。

10分ほどであおなみ線を潜りますが、その手前の道を左折して、一本南側の通りで神明社を見つけました。その横に二十番の番割観音堂がありました。

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ここには初めて番割観音の説明がありました。

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12時35分に出て、他の観音堂を探したりしながら、12~13分で荒子川を渡った。

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地下鉄高畑駅に通ずる広い車道を渡り、少し行った右奥に、空雲寺という禅宗のお寺があり、一寸見に行った。ここには熱田新田を開拓した、豪農の鬼頭景義の墓があります。またクロマツが見事です。

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13時頃ここを出て、道は南西に斜めに続きます。自然にできた百曲街道が残っているのですね。

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13時15分、明正一丁目の広い交差点を斜めに横断しました。この辺りも、かすかに街道の面影です。

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交差点から3分で、左側の観音堂がありました。

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やはりここも隣には神明社があります。ここは二十九~三十三番まで五体の観音が祀られているそうです。また百曲街道の説明もありました。

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13時24分に出発しました。この辺り、百曲街道の名前のように、道は曲がりくねっています。

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今日初めて百曲街道の案内がありました。

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観音堂から10分ほどで庄内川の堤防に到着しました。

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堤防に登りました。明徳橋が見えます。

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13時40分、明徳橋に着きました。今は東海通、昔は東海道だったのです。バス停は、左へ5分ほど戻った所にあります。

右へは旧東海道が、弥富の前ヶ須まで続いています。そのうちに歩いてみましょう。

 

 

 

 

 

2023年1月 7日 (土)

竹田街道・京都

竹田街道は京の中心部と伏見港を結ぶ短い街道です。

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京と伏見を結ぶ街道は他にもありました。下図、竹田街道の右が奈良街道(伏見街道)、左が鳥羽街道です。今回は真ん中の竹田街道です。

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2023年1月6日(金)

ワンゲル仲間のOさんと、一寸歩いた後、お屠蘇でも頂きましょうと、10時半に京都駅で待ち合わせた。京都駅八条口の東側に竹田街道八条の交差点がある。まあこの辺りが京都御土居の竹田口が有ったことにして、ここから歩き始めることにした。

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この通りは国道24号線ですが、この辺りでは竹田街道と呼ばれています。

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歩き始めるとすぐに北向不動院があります。京都を守護するため不動明王が北向に祀られているため、そう呼ばれています。

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10時40分、九条通りを渡ります。大石橋と言う交差点で、右折して西へ向かえば、東寺や羅城門跡などがあります。

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5分ほどで札ノ辻という交差点を渡りますが、特に何も無いようです。

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また5分で十条です。向こうは洛南道路の入り口のようです。

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ここで鴨川を渡ります。鴨川は出町柳より北では賀茂川、南では鴨川と書きます。

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渡ってすぐ堤防沿いに右折し、すぐ細い道を左に入っていくのが旧道のようです。

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10分ほどで一旦国道に出ますが

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またすぐ右に入ります。

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10分一寸歩くと名神高速道路の下を潜ります。この右手に近鉄竹田駅があります。旧竹田村があり、竹田街道の名前の由来と思うのですが、特に街道の面影はありません。

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7から8分歩くと、道は川筋を離れて左に又国道へ向かいます。

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国道に合流するとすぐ右手に城南宮参詣道と言う大きな石碑があります。

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城南宮は平安京の厄除け神社です。鳥羽離宮の一部となったこともあります。

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この辺りで、歩き始めて1時間位です。すぐに深草加賀屋敷町の交差点があり、国道は近鉄の線路に沿って左にそれていきます。

ここで近鉄のガードを潜ります。潜るとすぐ、棒鼻という交差点があり、道は何叉路かに分かれますが直進します。

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棒鼻を過ぎると、街並みは街道の面影があります。丹波橋駅付近になると酒蔵の匂いも漂います。棒鼻から20分、12時ごろには玉乃光酒造のそばを通りました。

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街道はこのまま南下して寺田屋の方へ向かいますが、我々は初詣のため金札宮へ向かいました。道が判らず金札宮の周囲を一周しました。以前、大阪の京橋から秀吉が作った京街道を歩いたことがありますが、その時もここを通りました。大きな道標も見ました。

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すぐ傍が金札宮です。謂れは平安遷都の折、この地区に伊勢神宮の金のお札が降って、神社建立を促されたそうです。

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初詣も済ませたので、本来の目的である(笑)お屠蘇に向かいました。この辺りは鳥せい本店や黄桜、月の蔵人んど良い居酒屋がたくさんあります。目移りする所ですが、今回は大手筋から一寸入った伏水酒蔵小路へ。12時半頃です。

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酒を飲むカウンターといろいろな食べ物屋さんが入っています。

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どの席に座っても出前で各店の料理が食べられます。我々はカウンターへ。そこで十七蔵の利き酒セットを頼みました。

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飲んでいるうちに、何が何だか判らなくなるので、お勧めはしません(笑)。それと、総量は2合ぐらいとのことですが、小さな盃で飲んでいると、酔うのが早いですね(笑)。

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1時50分頃、店を出ました。竜馬小路を通って、

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寺田屋へ

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ここで竹田街道と合流して、十石舟が通る掘割へ。まあ竹田街道もこの辺まででしょう。向こうの建物は月桂冠の大倉記念館だったかな。絵になる風景ですね。

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もう一か所、御香宮へ初詣に行きました。確か、神功皇后をお祀りしていたと思います。

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京阪の伏見桃山駅の近くで、軽くビールを飲んで、今日の予定は終わりました。

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お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年1月 4日 (水)

岩倉街道後半

2023年1月3日

今年の歩き初めに、年末に歩いた岩倉街道の後半を歩いてきました。名鉄犬山線の布袋駅から犬山駅まで12キロほどです。

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正月の3日とあって電車も空いていて、布袋駅には9時頃到着しました。

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10分ほどで街道の県道157号線に復帰です。

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前回位置を間違えて、見つからなかった富士塚はすぐ近くでした。

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これは前方後円墳だそうです。徳川家康が小牧長久手の合戦の折、ここに登って作戦を立てたとか。9時25分頃街道に復帰、1キロ程歩くと、角に地蔵寺と言うお寺がありました。謂れは判りません。

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更に10分一寸歩くと若宮神社がありました。お正月でもありお参りすることにしました。

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10時10分頃、道の両側にオークマの工場とミサワホームの工場がありました。そこから7~8分、名鉄柏森駅の踏切を渡りました。

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5分ほど歩くと、今度は左手に柏森神社があり、ここもお参りしました。

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この辺りに高札場跡があるはずだがと探しながら歩いていると、右手に道標が見つかりました。

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説明には犬山と小折の中間の札ノ辻と書かれていました。近くには柳街道の文字もありました。

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柏森神社から10分ほど歩くと、街道は県道から分かれて左に入ります。旧道が残っているようです。

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柳街道の説明がありました。

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旧道とはいえ、特に街道の面影までは無いようです。5分ほどで旧道は終わり、県道に復帰するのですが、ふと左を見ると柳街道の石碑がありました。金網に囲まれて学校へ続いています。街道は学校の校庭になったようです。

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県道に戻り、少し歩くと、右手に児童公園があり、トイレも有るので小休止しました。

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10分ほど休憩して、10時55分頃出発しました。11時07分、扶桑駅の前を通りました。

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駅から6~7分、左手に楉埜神社(しもとの)という難しい名前の神社がありました。ここもお参りします。今回は初詣の旅になったようです。

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11時22分頃、街道は広い自動車道と合流しました。県道64号で、右手にイオンタウンがあります。通り過ぎると大師堂前と言う交差点があり、右手に大師堂がありました。

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11時35分、木津用水を渡ります。

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渡るとすぐ右に入る道が有り、それが街道です。入るとすぐ、広い公園のような道と交差します。地元の人に訊いたら、水道用水で名古屋まで続いているとのことでした。

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すぐに道路で遮られますが、回り込んで進みます。11時47分、斜めの道と交差しますが、そこに道標がありました。

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右岩倉、左小〇とか刻まれていました。そこから10分弱で街道は突き当り、三叉路になります。

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この道は稲置街道で名古屋から犬山の街道だそうです。稲置は犬山の旧称で稲置村と言ったそうです。左折すると犬山城下町です。10分弱歩くと城下町らしくなってきます。犬山城の城郭の外に作られた街で、外町と言うそうです。

犬山祭りの山車の保管庫や神社、寺院が多くあります。

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城下町に近づいたとみえて車も混んできました。

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12時10分頃、城下町に到着しました。これまでとはうって変わって大混雑しています。

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この辺で昼食を食べて、犬山城から犬山遊園駅へ行って帰ろうと思っていましたが、食べ物屋も混んでいて、入れそうにもありません。

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時節柄、こんな人込みでうろうろするのも考え物なので、犬山城は諦めることにしました。近くの熊野神社で最後のお参りをしました。

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昼食は駅前の吉野家にしました。

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ここもタッチパネルの注文方式になっていました。

初歩き、お疲れ様でした。

 

 

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