岩倉街道
近場でどこか歩こうかなと探して、見つけたのが岩倉街道です。名古屋城と犬山城を結ぶ街道の一つですが、美濃路の枇杷島で分かれて、岩倉を経由して犬山城までの25キロほどの街道です。
2022年12月18日(日)
名鉄の西枇杷島駅から犬山遊園駅まで歩くと27キロほどです。1日で歩くのに丁度良い距離と言いたいのですが、それは若い頃の話で、最近ではチョット無理です(笑)。2回に分けることにしました。で、今日は西枇杷島から岩倉の一寸先、布袋駅まで歩きました。
寄り道しなければ15キロほどです。
今日はこの冬一番の寒気が日本列島を覆っています。雨の心配は有りませんが、風が強い。北西の風に向かって歩くのは辛いですね。犬山から南下して、風を背中に受けようかとも考えましたが、そうすると逆光になり、写真が撮りにくい。で、諦めて西枇杷島出発にしました。
寒いけど快晴で、駅前の高層ビル群がきれいです。
8時40分頃、西枇杷島駅に着きました。付近は大規模な工事中で、旧道も何も判らない状態でした。
一応、庄内川まで南下します。以前、美濃路を歩いた時、ここの枇杷島橋を渡って名古屋駅方面に向かいました。道沿いに橋詰神社というのがあり、今日は何か氏子の人が準備をしていました。
美濃路は、この枇杷島橋を渡らず、少し先で、渡し船かなにかで庄内川を渡ったようです。
で、今回岩倉街道は、橋を渡らず手前で左折して庄内川沿いの道を行きます。
その渡し辺りでしょうか、道端に美濃路の道標と石像がありました。前回は枇杷島橋を渡ってしまったので、この像には気が付きませんでした。
枇杷島は江戸時代、大きな青果市場が有ったようで、この像は大きな大根を担いでいるように見えます。岩倉街道を通って、青果物が運ばれてきたようです。
名鉄の踏切を渡って、庄内川沿いに歩きます。像から20分ほどで国道22号線にぶつかりますが、渡れないので河原に降りて潜りました。この橋に併設して名古屋高速の橋もありますが、赤とんぼ橋と言うようです。
庄内緑地で川から離れ、緑地の縁に沿って北東に向かいます。緑地公園の駐車場がありますが、この辺りで、左折する道が有るのですが、通り過ぎてしまいました。
すぐに五所社という神社の石標があり、それに気が付いて、事なきを得ました。
ここは中小田井の氏神さんだそうです。そのすぐ隣に、善光寺別院の願王寺というのがあります。
この参道には一寸変わった石像が立っています。モアイ像みたいだったりします(笑)。
中小田井のこの辺りは、街並み保存地区に指定されているようです。
9時40分頃、名鉄の高架を潜りますが、ここが中小田井駅です。
この先も街並み保存地区らしいのですが、もうその面影はありません。15分ほど歩くと新川の平田橋を渡ります。
橋の袂に馬頭観音が祀られていました。
橋から5~6分、今度は弘法大師の石仏がありました。珍しいですね。
そこから15分、10時半ごろ、西春駅の近くに来ました。ここからは、県営名古屋空港にバスが出ています。セントレアができる前は、何度も通った駅です。一寸休憩しました。
西春駅からの街道も、まっすぐ一直線に伸びています。
20分ほど歩くと、今度は五条川を生田橋で渡ります。五条川は岩倉付近では桜の名所だそうです。
大山寺駅付近でしょうか、立派な旧家の米屋さんがありました。
名鉄の踏切を渡り、街道は岩倉市街へ入っていきます。下本町交差点の旧家です。
交差点を右折すると岩倉城址の案内があります。
岩倉城は、織田信長が尾張を統一する以前は、清須城とならんで、有力な尾張の城だったそうです。信長によって攻略されています。
下本町の交差点を渡ると、岩倉街道の案内がありますが、()で柳街道とも書かれています。
街道の両側に柳の木が植えられていたそうです。11時35分頃、岩倉駅の近くに来ました。神明生田神社というのが有り、入ってみました。
山内一豊の生誕地とも書かれています。入ってみると桜が咲いていました。四季桜です。
11時40分位だったので、どこかで昼食と、駅前を一周してみましたが、適当な食堂が無いので、サンドイッチで人気そうな喫茶店に入って、焼きそばを食べました(笑)。
12時半ごろ店を出て街道に復帰しました。鍵型の道を越えると、すぐ中本町交差点で、左に神明太一宮があります。謂れは知りませんが立派な神社で一寸参拝しました。伊勢神宮にも関係深いようで、石橋に元伊勢と刻まれていました。
神社の横に半纏屋さんがありました。近くにも1軒あったので、この辺は半纏や幟が特産でしょうか。
神社の北側の道を左折すべきですが、ぼんやりして直進しました。幸い気が付いて、街道に復帰しました。道が一寸広くなりました。
淡々と歩いて県道25号線や国道155号線を越えると石仏駅が近いはずです。でも通り過ぎて、13時過ぎ、名神高速の下を潜って左折、すぐ右折すると一宮市に入りました。
更に10分一寸歩いていると柳街道の案内がありました。この辺では岩倉街道より柳街道なんですね。
更に5分で小折の交差点です。左折した北側に道標と石仏があります。道標には右いぬやま左一宮と刻まれています。
その少し先、南側に酒蔵が有るのを地図で見ていたので、覗きに行きました。
酒小売いたしますの看板がありました。お酒と酒粕を買わせて頂きました。
交差点に戻って北上するのですが、この辺り左手にいろいろ史跡があるので、街道を離れて左に入っていきました。織田信長の側室がこの近辺の豪族生駒氏の娘で、その菩提寺の久昌寺跡。
生駒氏の氏神で、信長の次男信雄の守護神である龍神社。
その他にも、常観寺のお釜地蔵尊や御嶽神社、般若寺とか見て廻った。でも小折城址が見当たらなかった。どこに有ったのかな。また国道155号線を渡ります。その右手付近に、富士塚と言って、家康ゆかりの前方後円墳があるらしいが、一寸判らなかった。
まあこの辺で今日は止めることにしました。残りは12キロ程です。
10分ほどで布袋駅です。14時31分でした。
付近は何もないので、名古屋駅まで飲み物はお休みでした。
家に帰ってお土産が楽しみです。
冬は粕汁が一段と美味しくなるのですが、この日の粕汁は、これまで食べた中で、最高の美味しさでした。
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面白い碑を見つけられましたね。
大根を担いだ農夫の碑ですが、これは宮重大根です。
この碑がある清須市の旧春日村(もう少し北)の特産です。大根の品種としてはもっともポピュラーな青首大根のルーツです。宮重大根は今でも沢山作られており、私も作っています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E9%87%8D%E5%A4%A7%E6%A0%B9
投稿: 渡邊一平 | 2022年12月23日 (金) 14時30分