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2022年11月13日 (日)

奈良街道2日目後半

地図再掲します。中央の万人講常夜灯を過ぎ、国道24号線の交差点に来ています。11時04分です。

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渡ると上り坂が続きます。市坂という辺りです。

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12~3分登ると、安養寺の石碑があり、その横に石仏のお堂があります。観音堂・役行者・念仏石が祀られています。

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一寸拝んで通り過ぎると、右に街道が分かれます。11時21分。

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5分ほどでまた元の道に合流します。11時半頃、高架の下を潜りました。そこから10分、11時40分に県道44号線と交わる大きな交差点にきました。

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ここにコンビニがあると調べていたので、ここのイートインでラーメンを食べました。

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12時13分、店を出ました。もう目的の転害門までは2~3キロでしょう。県道754号線です。

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10分ほどで街道は右に分かれます。旧道と呼ばれます。登りはここまでで、ここからは下りのようです。

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右に入るとすぐ右側に高札場跡がありました。

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その横が奈良豆比古神社です。謂れはよく解りません。

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境内には巨大な樟の巨木があります。

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12時35分頃、神社を出ました。5分ほどで般若寺の楼門があります。重文だそうです。入り口は現在、県道側になっています。

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少し南下し右に入ると、旧奈良監獄があります。現在は少年刑務所だそうです。

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旧道に戻って5分、レンガ造りの古い水道施設を越えると、もう奈良市街です。

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坂を下りきると、また県道と合流しますが、京街道の石橋があります。ここでは京街道と言うのですね。

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ここから5分で目的の転害門です。転害門は天平時代の東大寺の伽藍を想像させる唯一の建物だそうです。

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ここは平城京の一条通りに面するそうです。又は佐保通りとも言うようです。奈良に来るときは、JRや近鉄の駅から来るので、どうしても三条通りから来ます。北から来たのは初めてで、転害門も初めてでした。

JR奈良駅へどの道を行こうかと思いましたが、聖武天皇陵がある一条通をあるくことにしました。7~8分で佐保川に架かる蓬莱橋を渡ると、右手に聖武天皇陵の参道があります。

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13時15分に出て、少し西へ歩き、やすらぎの道を奈良女子大のほうへ左折しました。

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近鉄奈良駅の西側を通って三条通りへでました。

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奈良駅到着は13時50分でした。

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14時20分の列車に乗り、今日渡ってきた木津川の流れを見ながら

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ちびちび飲みながら帰りました。お疲れ様。

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2022年11月12日 (土)

奈良街道2日目

2022年11月8日(火)

朝は早く目覚めたので6時15分過ぎには宿を出た。どこかで朝飯と思ったが、結局コンビニでお握りを買って、6時45分のJRに乗り込んだ。

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7時10分過ぎには山城多賀駅に着いた。

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駅前ではお握りも食べにくいので、とりあえず出発した。

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5分ほど歩くと南部公園と言う小公園が有ったので、そこのベンチで朝食休憩とした。

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7時33分に出発、5分ほど歩くとJRの線路を渡る。渡らず、直進が良いんだが、道が無いらしい。

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線路沿いに10分弱歩くと、跨線橋があった。どうもこれで渡らないと駄目らしいので、坂を登って線路を越えた。

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和って少し行くと、線路沿いの道があったので、その道で玉水駅方面に行くことにした。

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8時頃玉水駅の近くを通過した。

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すると街道は玉川の土手にぶつかる。奈良時代末期、左大臣橘諸兄の別荘が、この辺りにあったそうです。

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15分ほど歩くと高架を潜りますが、これは渋川という小川で、天井川になっています。

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これを潜ると木津川市になります。すぐに以仁王御陵の案内があります。宇治川の合戦で源三位頼政とともに平家と戦い討ち死にしたと伝えられる、後白河法皇の第三皇子です。

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ここに御陵があるとはしりませんでした。隣に高倉神社がありますが、以仁王は京都の三条高倉にお住まいで、三条宮とか高倉宮と呼ばれたからと思われます。なお、以仁王は討ち死にせず、大内宿へ逃れたという説もあります。いずれにせよ、以仁王の平家追討の宣旨が諸国の源氏を決起させたことは事実のようです。

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8時25分頃街道に復帰、辺りに田んぼが広がりました。京を出て、初めての景色ではないでしょうか。

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すぐに天神川を渡ります。堤防を左折すると蟹満寺に行けるようです。今昔物語の蟹の恩返しの縁起で有名だそうです。広い道が南下しています。

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しばらく道なりです。

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8時40分頃、小公園があり、付近の地図など載っています。この辺りでは、奈良街道より山背古道がメインのようです。ここで右に分かれます。

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3分も歩くと不動川の低いトンネルを潜ります。ここも天井川です。潜って10分ほど道なりに歩くと、JRの線路に近づきますが、その一寸手前の細道に右折して入ります。すぐに踏切を渡ると、右手に棚倉駅が見えます。

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渡ってすぐ右折し、棚倉駅の前を通ると、すぐ右側に涌出宮という神社がありました。伊勢神宮に関係深そうですが、よく解りません。でも一寸興味惹かれたので、本殿まで行って参拝しました。

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神社を出て、少し歩くと、街道は右に線路を潜ります。9時10分頃です。

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道なりに5分ほど歩くと、不動川を渡ります。左、神童寺の案内があります。山岳仏教に関連する寺院のようで、愛染明王坐像などが有名だそうです。一寸離れているので行けませんが、別途、南山城のお寺を巡ってみたいものです。

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5分ほど歩くと、左手に春日神社があります。すぎると椿井北代の交差点です。9時25分。

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渡るとすぐ街道は府道70号線と分かれて左に登ります。

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登るとすぐ椿井大塚古墳の案内がありました。9時半頃です。

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古墳の縁を通って南下します。一寸間違ったりしながら細い道を南下します。10分ほどで一寸広い車道に出ました。山城中学の近くです。中学を通り過ぎた所に小公園があり、衣服調整もかねて小休止しました。

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10分ほど休憩して9時57分に出発しました。

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10分で上狛の交差点です。

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渡って5分歩くと、お茶の福寿園の建物がありました。サントリーと組んで伊右衛門を展開していますね。その傍に、山城茶業の碑というのがありました。

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宇治茶の歴史は平安時代に遡るが、江戸時代末期には、ここ上狛に木津川の水運を利用した、茶葉の集散地ができたようです。

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10時20分頃、木津川の堤防に登りました。過ってはここに渡しがあったのでしょう。今は泉大橋を渡ります。

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木津川は子供の頃、泳ぎに来たことがあります。海岸と同じように砂浜が有ったのを覚えています。

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10時32分、渡り終えると、すぐ右折して、堤防道路の下の道で、街道に引き返します。

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赤い鳥居のある交差点を左折します。10時40分です。

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街道らしい道です。

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嬉しいことに、奈良道と案内しています。

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左折して7分で小川の橋を渡りました。小川に沿った道を進みます。

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11時頃、国道163号線の下を潜りました。すると右手に大きな常夜灯がありました。万人講と刻まれていました。

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次に国道24号線との大きな交差点を越えます。超えると街道は、上り坂になります。

ここまでで前半を終えます。11時04分頃です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年11月11日 (金)

奈良街道1日目後半

12時半ごろ、公園をでました。

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向島駅のすぐ先で左折します。ここは団地じゃないので、街道の面影です。

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また戻って、今度は京滋バイパスの下を潜ると、団地になりました。

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そこを抜けて府道69号線を越え、街道は南下して、槙に入ってきます。左手に巨椋神社があり、一寸お参りしました。

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お茶屋さんが有ったりして、宇治だなあと思います。

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13時20分頃、井川という小川を渡りました。遊歩道もあります。

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13時27分、再度府道と合流しました。

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13時40分頃、伊勢田駅付近を通過。

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その一寸先で街道は左に分かれ、13時50分頃、新田郵便局に来ました。角に、平成になって建てられた、新しい道標がありました。

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その5分ほど先に皇大神宮社という神社があり、お参りして小休止しました。

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10分ほど休んで、歩き出しました。城陽市に入るちょっと手前に、下水道工事の看板があり、奈良街道と書かれているので、間違っていないと確信しました(笑)。

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14時11分に城陽市に入りました。5分ほど歩くと、右手に古墳らしきものがあり、見に行きました。芭蕉塚古墳でしたが、私有地と見えて、立ち入り禁止でした。

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すぐ先左手には、久津川車塚古墳があります。この地方最大の前方後円墳で5世紀頃らしい。

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この辺り、南山城地区は古墳が一杯です。また少し先の右手に、今度は平川廃寺跡があります。

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8世紀中ごろ、奈良時代中頃のお寺のようです。14時半ごろでした。

街道は久世神社や小学校の前を通って南下します。

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14時43分、城陽駅付近を通過しました。

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左手に水度神社の参道を見ながら、10分ほど歩くと、前方に大きな交差点が見えてきます。14時55分、街道は府道69号線に合流し、更に国道24号線に合流しました。

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10分ほど国道を歩くと、街道は左に離れます。府道70号線のようです。

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またここには昭和3年に建てられたという、長池の道標があります。京都と奈良のほぼ中間で、長池宿がありました。

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後ろの看板は、幕末に伊能忠敬が宿泊したそうです。また、この辺りは山背古道が通っていて、そこは道路がカラー舗装されています。

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ただ、奈良街道は右折しますが、その道はカラー舗装ではありません。下の写真のすぐ先で右折です。カラー舗装に惑わされてはいけません。

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右折して細い道を行くと常楽寺があります。これを見て、間違っていなかったと安心します。

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15時半ごろ、JRの踏切を渡りました。柿の木が秋を思わせます。

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南城陽中学の前を通って、しばらく歩きます。青谷小学校を過ぎると、市辺変電所がありますが、トランスなどは見えず、全体が建物で覆われています。15時42分。

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良い雰囲気の道を7~8分歩くと、青谷橋が見えてきます。

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渡ると城陽市から井手町に入ります。

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京は山城多賀駅までとしているので、もう少しです。今、15時53分、14時10分発に間に合いそうです。逃がすと次は14時40分です。16時に山城多賀駅の案内が有ったので右折しましたが、一寸早すぎたようです。まあいいか。

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山城多賀駅には5分で到着しました。今日は24キロ一寸でした。

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京の宿は奈良市内です。山城多賀から20分ほど。ウガヤゲストハウスというドミトリーです。でも今日は私だけしか客が居なくて独占でした。旅行支援の割引で1泊1500円。それに1000円のクーポンを貰いました。

なので、夕食はまずクーポンの使える居酒屋へ。奈良地酒の店ですが、熱燗は丹波の酒でした。しっかり2合入燗徳利で、しっかり酔いました。

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次に3年前行った居酒屋を探していきました。ここでは話がすっかりはずんで、10時の門限がぎりぎりでした。

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明日も元気で歩きましょう。

 

 

 

 

 

2022年11月10日 (木)

奈良街道1日目、その1

今回は京都から奈良です。京都側から言うと、伏見までは伏見街道とも言います。奈良側から言うと、京街道とも言うようです。まあ、古来、奈良道と呼んだようです。

京都の五条本町から、奈良の東大寺転害門まで約40キロです。昔の人なら1日コースですね。でも今の私には当然1泊2日のコースです。

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2022年11月7日(月)

四日市からの高速バスは9時頃五条京阪に到着しました。いまは清水五条と言うらしいですね。

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その一寸東より、多分、本町通りが奈良街道の起点ですね。

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ここを右折して、伏見へ南下していくのが伏見街道です。9時05分でした。

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今は普通の住宅街のような通りです。車は北行の一方通行なので、通行量は多いのですが、後ろからの車を気にしなくても良いので助かります。少し歩くと、左手に本町公園があり、お地蔵さんが並んでいました。

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ここのお地蔵さんは化粧していません。覚えておいてください(笑)。五条から5分ほどで、豊国神社の正面参道の広い道に出ます。一寸左折して南側に耳塚があります。

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秀吉の朝鮮戦争で、討ち取った敵の、首の代わりに耳を持ち帰ったそうで、その耳が供養されているとか。

すぐに七條通りを越えます。左折すれば国立博物館や三十三間堂ですが、今日は素通りです。9時25分頃、塩小路通りの五差路を通過。振り返っています。南下する道は、写真には逆光で不向きですね。

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すぐにJRの線路にぶつかりますが、陸橋で超えていきます。

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この辺りは、京都生まれの私も、来たことが無いのですが、街並みは街道の面影充分ですね。この辺りは本町10丁目でしょうか。

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東山から流れ下る川を伏見街道が渡りますが、その橋が一の橋から四の橋まであったそうです。この辺りに一の橋が有ったそうで、この辺りの地名に残っています。

常盤御前ゆかりの宝樹寺や大丸の創業家が再建した瀧尾神社など興味深い名所があります。写真は瀧尾神社。

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9時38分、東福寺駅を通過。府道143号線が上を横切りますが、その高架下に、さきほどの二の橋が残っています。

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昔は伏見街道を伏水街道と書いたのですね。紅葉で有名な東福寺は左奥です。この辺りの街道風景です。にしんそばが京都ですね。

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9時48分、三の橋が有りました。

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まだこの辺りの左側奥は東福寺の境内です。酒屋さんも東福寺御用達の看板を挙げています。

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太古の土器や土偶、その流れで生まれた土人形の元祖が伏見人形だそうです。その技術を伝える伏見人形の丹嘉が街道沿いにありました。」

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10時05分頃、伏見稲荷大社の前を通過しました。焼き鳥すずめで有名ですね(笑)。

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JRの稲荷駅の傍に、旧東海道線のランプ小屋があります。JR東海道線は当初、滋賀県の膳所から伏見を通るルートだったそうです。

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街道はJRの踏切を越えて、更に南下して伏見桃山を目指します。街道は五条からずっと両側住宅で、長閑な田園風景などは有りません。

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10時22分、左手に協会があり、聖母女学院がありました。

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前方には名神高速道路が見えます。

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名神高速を潜ると、右手に親鸞聖人ゆかりの西岸寺があります。

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そのすぐ南に最後の四の橋がありました。10時31分でした。

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3分ほどで藤森神社に来ました。勝運と馬の神様だそうです。つまり競馬の神様でしょうか(笑)。そういえば、淀の京都競馬場はすぐ近くですよね。

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墨染駅の先で右折して踏切を渡ります。10時42分。

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墨染寺の先で左折するのですが、一寸不安で、地元の方に、「この先に橦木町の廓入り口はありますか」と尋ねました。あるけど、そのまえに欣浄寺の大仏を見て行けと言われていってみました。本堂は閉まっていましたが、隙間から写真を写して、一寸休憩しました。

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廓入り口もすぐ先でした。

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一寸入ると、大石内蔵助遊興の地の石碑がありました。たしか山科に住んでいたはずなので、ここまで遊びに来るのは遠いのになあと思いました。

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それで思い出したのですが、秀吉が作った、大阪城からの京街道が、丁度ここを通って山科まで伸びています。その街道を、何年か前歩いたことを思い出しました。地図の薄青の線です。

廓跡にあった地蔵さんですが化粧をしています。これは廓だからという訳でなく、この地方の風習のようです。京都市内でも結構あります。

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11時過ぎに廓を後にしました。国道24号線を渡り、近鉄の下を潜って京阪の丹波橋駅の前を11時15分頃通過しました。その京阪の踏切を4分後に通過します。

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いよいよ伏見桃山地区で、京の酒どころです(笑)。中心の東西の通りが大手筋通りです。左に近鉄の桃山御陵前駅、右に京阪の伏見桃山駅です。写真は左を見ています。11時23分。

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街道の右手奥に月桂冠をはじめとする伏見の酒蔵が二十何軒あるはずです。街道筋にある立派な建物は、鳥羽伏見の戦いで被災して再建された斎藤酒造の建物だそうです。今は料理屋さんになっています。

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街道は宇治川の手前で左折して近鉄を潜り、観月橋へ向かいます。その道筋に有ったお地蔵さんです。

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11時40分頃、観月橋を渡り終えました。

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ここからはいわゆる宇治茶の産地になるのでしょう。

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渡り終えるとすぐ、斜めの道に入りますが、すぐ左手の立派な御茶屋さんの前に、太閤堤の案内がありました。

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巨椋池の東に築いた小倉堤だそうですが、秀吉は非常に多くの土木工事を、その短い天下の間にやっているなと感心します。大阪市内の下水道・京都の御土居・京街道・新大和街道等などです。

すぐ先に、明治天皇が来られた製鉄所跡の碑がありました。

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電気の無かった時代は、水力でモーターを回していたんだなあと思わせられます。この付近の街道風景です。

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11時50分頃、向島駅近くの団地に出てきました。街道の雰囲気はなくなりました。そこにコンビニが有ったので、お握りを買いました。駅前に中央公園が有るのを調べていたので、そこで弁当休憩しました。

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小午後の歩きは後半でご覧下さい。

 

 

 

 

 

 

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