« 2022年5月 | トップページ

2022年6月14日 (火)

矢倉沢往還 足柄峠越その4

2022年6月9日(木)

旅館の部屋から見下ろすと、目の前に数個の石碑がある。五百円とか刻まれている。宿の女将さんに訊くと「最乗寺さんに参詣者が寄付した証だ」とか。

Dscn2110jpgc

今日は昨年歩いた伊勢原まで歩きたいところです。でも30キロほど有るし、アップダウンや道の状況も定かでは無い。でもまあ前半の渋沢駅まで15キロほど歩けば、後半は小田急の線路沿いなので、時間切れ時点で切り上げられるので気は楽です。

Sibusawa00jpgc

でもまあ、できるだけ歩こうと、朝食を6時半にお願いして7時に宿を出た。昨日終わった龍福寺交差点に向かいます。大雄山駅には金太郎が居ました。

Dscn2117jpgc_20220614111201

7時20分頃、交差点に到着、街道に復帰しました。

Sibusawa01jpgc

交差点から西は2車線の車道ですが、東はこんな街道らしい道になります。

Dscn2121jpgc

10分弱歩くと向田の石仏です。右へ降ると富士フイルム前の駅があります。

Dscn2126jpgc

石仏から5分で車道にぶつかりますが、これは小田原からの甲州道だそうです。すぐ右にある福田寺へ行く道が矢倉沢往還です。福田寺と刻まれた大きな石碑の横にある、小さな石が貴重な道標だそうです。

Dscn2129jpgc

「右おおやま、左ふじ」と刻まれているそうです。福田寺に一寸寄って、藪通りと呼ばれる道を下りました。石仏が有ったりして趣のある道を2回ほど左折右折します。橋場橋を渡ってから5分ほど車道を歩いて細道を右折します。すぐ水路が有るので、渡らずに左折しますが、その水路の向こうに道祖神など石仏が何体か並んでいました。

Dscn2140jpgc_20220614111201

すぐに2車線の車道に出るので、そこを右折します。3~4分歩いて交差点があり、左を見ると道の駅の看板がみえました。この辺りで南足柄市から開成町へ入るようです。

Dscn2144jpgc

交差点から3分ほど、左手に宮台の地蔵さんがあります。小さなお堂が作られ、中に、立派な厨子があり、その中に収められていました。7時56分です。

Dscn2148jpgc_20220614111201

8時頃要定川を渡り、5分で牛島交差点ですが、その手前右手の自治会館に矢倉沢往還の説明がありました。

Dscn2154jpgc

そこから5分ほど歩くと、大きな石碑、庚申塔だそうです、が4基建っていました。

Dscn2157jpgc

3分ほど歩くと、前方に踏切が見えてきます。小田急です。その手前の整備された歩道へ左折するのが往還だそうです。

Dscn2163jpgc_20220614134401

県道78号線の下を潜りながら、余り街道の雰囲気が無い道を10分ほど北上すると大きな建物が見えてきます。新築された大長寺の納骨堂だそうです。徳川家の帰依も受けた曹洞宗のお寺です。境内で一寸休憩しました。8時半頃。

Dscn2165jpgc

大長寺の横には多くの石仏が並んでいました。

Dscn2170jpgc

石仏から5分で交差点が有り右折します。20mほどで左手に大きな道祖神の石碑があり、そこを右折します。

Dscn2175jpgc

変な道ですが酒匂川の堤防に登ります。この辺りに当時渡しがあったようです。

Dscn2177jpgc

今は十文字橋を渡ります。8時44分でした。

Dscn2182jpgc

渡り切って左手に郵便局がありますが、その向こうの細い斜めの道を登るのが往還だそうです。

Dscn2190jpgc

この辺りは小田急の新松田駅とJR御殿場線の松田駅が隣接するところです。住所も松田町です。

Sibusawa02jpgc

小学校の前を通りながら5分ほど登るとJRの線路に阻まれます。お堂のような建物の前に、往時の往還のルートが説明されていました。

Dscn2191jpgc

現在は右折して踏切を渡ります。この踏切の名前は矢倉沢踏切だそうです。

Dscn2199jpgc

踏切を渡って県道72号線に合流します。9時07分でした。この辺りで一寸足に違和感を覚えました。左足、膝頭の裏側の筋が一寸傷んだのです。まだ歩き出して2時間ですが、昨日の下りで痛めていたのかもしれません。最近ではチョットしたことで、あちこちが痛くなり、情けないことです。

延命寺の前に来ました。前途の安全を祈りに参拝しました。

Dscn2201jpgc

鎌倉時代の仏像がある立派なお寺のようです。ここまで8キロ弱。ここを出ると渋沢駅まで7~8キロは交通手段がありません。一寸悩みましたが、昼までならなんとか持つだろうと出かけることにしました。お昼には冷たいビールを飲ませるからと、励ましました(笑)。

籠場橋で酒匂川支流の川音川を渡って、すぐに東名高速道路の下を潜ります。この少し南に大井町があり、大井松田インターがありますね。

Dscn2207jpgc

江戸時代の矢倉沢往還は、この川音川沿いに北上し、途中で右折して渋沢に至るルートだったそうです。でも今は道が無くなって辿れないそうなので、ここから渋沢までは鎌倉・平安時代の道を辿ります。

東名高速の下を潜ってすぐ、県道77号線は右折します。その県道に入ってすぐ、県道が再度高速を潜る手前で往還は左に分かれます。それらしき石碑のある道が有ったので、左に入りかけましたが違いました。

Dscn2211jpgc

往還はその先の、東名のすぐ手前でした。そこは神山神社の入り口であり、矢倉沢往還の説明もありました。

Dscn2214jpgc

ここを左折して往還に入り、やれやれと油断したのが失敗です。入ってすぐ細い道を左折しなければいけないのですが、直進してしまいました。

Dscn2220jpgc

一寸おかしいとすぐ気が付いたので、事なきを得ました。すぐ引き返して往還に入りました。薄暗い道を5分ほど登ると視界が開けました。

Dscn2225jpgc

道はミカン畑の中を行きます。

Dscn2227jpgc

神山神社から15分、一寸下りになった所で三叉路になり、道案内がありました。この道は、鎌倉・平安の古い道ですが、近年ハイキングコースとして整備されたようですね。助かります。富士見塚を目指します。

Dscn2229jpgc

道標から10分弱で古道の案内がありました。

Dscn2230jpgc

古道の雰囲気がありますねえ。

Dscn2233jpgc

道案内から18分掛かって富士見塚に到着しました。ここは一応、名所と見えて、車で来ている方が一人居ました。10時08分です。

Dscn2238jpgc

この辺りは矢倉沢往還の一里塚であり、源頼朝が富士の巻狩りを行う際、ここから富士を眺めたと伝わるそうです。

Dscn2242jpgc

この少し上に展望広場があります。一寸、休憩しました。

Dscn2243jpgc_20220614150801

残念ながら富士山は雲の中でした。でも相模湾から伊豆半島が、うっすらと見えていました。

Dscn2246jpgc_20220614150801

15分ほど休憩して出発しました。5~6分下ると、大きな椎の木があります。三嶋神社です。

Dscn2253jpgc_20220614150801

この辺りから篠窪という集落に入ります。住所も大井町です。

Dscn2258jpgc

篠窪には地福寺というお寺があり、一寸参拝しました。

Dscn2262jpgc

地福寺を出て登っていくと小さな道祖神がありました。

Dscn2266jpgc

道祖神から5分登って、小さな案内のある往還へ左折します。

Dscn2269jpgc

ここは古道ですが舗装されています。10分登ると車道に合流し、展望も開けました。

Dscn2274jpgc

そこから4分、11時02分に弘法の硯水という、全国どこにもある弘法伝説の湧水がありました。

Dscn2276jpgc

そこから7分、11時10分頃、道標のある二股にでました。どちらへ行っても渋沢駅まで3キロほどと案内されています。ハイキングコースの案内のようです。往還は右です。

Dscn2279jpgc

2分も歩くと、多分渋沢方面でしょう、市街地が見えてきました。

Dscn2282jpgc

途中にいろいろ道案内があります。ハイキングコースとしての案内や、矢倉沢往還の案内もあります。

Dscn2287jpgc

平安・鎌倉時代の幹道と案内していますね。二又から15分、11時24分頃、市街地に降りてきました。

Dscn2292jpgc

3分でバス通りに降りてきました。

Dscn2294jpgc

バス通りを15分下って、國栄稲荷神社の交差点に来ました。ここも矢倉沢往還と甲州道の交差点です。江戸時代の往還は、この交差点を左右に通っていました。私が歩いてきた道は甲州道とされていたようです。

Dscn2296jpgc

膝の痛みは治っていましたが、ビールがちらついているので、ここで辞めることにしました。11時45分です。続けるなら、この交差点を右折です。交差点のすぐ北に國栄稲荷神社があり、その前に矢倉沢往還の説明がありました。

Dscn2300jpgc_20220614182801

古道解説では、今歩いてきた道を逆に辿ると小田原へ出ると説明しています。

Dscn2301jpgc_20220614182801

渋沢駅に向かいながら食堂を探しました。昼は食堂の居酒屋さんが駅前にありました。

Dscn2306jpgc

約束通りビールを一杯飲んで労をねぎらいました(笑)。渋沢から小田急で小田原に出て、小田原土産を購入しました。

Dscn2315jpgc_20220614185501

帰りの新幹線の中は、いつもの楽しみがあります。小田原産の竹輪ではありません(笑)。

Dscn2316jpgc

富士山は最後まで顔を見せてくれませんでした。

Dscn2318jpgc

お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年6月11日 (土)

矢倉沢往還 足柄峠越 その3

13時頃、昼食を終えて広場から降りてきました。足柄城址の石碑と足柄峠の説明板がありました。標高は759mと書かれていました。

Dscn1929jpgc_20220611090301

足柄峠には、いろいろ史跡がある。八幡太郎義家の弟、新羅三郎義光が兄の奥州征伐の応援に駆け付ける際、ここで露営し笛を吹いた。

Dscn1930jpgc_20220611090301

足柄聖天堂は、年をとっても下(しも)の世話にならなくても良くなるそうです。

Dscn1934jpgc_20220611090301

足柄峠の関所は平安時代に作られ、鎌倉時代に箱根道が開かれるまで、東海道の要衝であったそうです。

Dscn1938jpgc_20220611090301

さて、そろそろ峠を下ろうと思います。

Asigara01jpgc_20220611090401

関所跡のすぐ下に足柄古道の入り口があるので、それを下ります。

Dscn1946jpgc_20220611090301

すぐに足柄明神跡への道が左に分かれるので見に行きました。足柄明神は倭建命伝説に出てきますが、麓の足柄神社の元になった神社です。

Dscn1949jpgc_20220611090301

天気が良ければ矢倉岳など見えそうですが、今日は雲の中でした。引き返して足柄道を下ります。13時15分頃です。石畳などは近年改修されたものでしょう。

Dscn1954jpgc

自動車道を何回か横断しながら15分ほど下ると、見晴らし台へ来ました。バス停もあります。

Dscn1961jpgc_20220611093201

さらに古道で下ります。

Dscn1965jpgc

車道を何回か横断します。

Dscn1967jpgc

13時45分。いったんここで古道は終わり、車道を歩きます。

Dscn1975jpgc

ヘアピンカーブのような車道を7~8分下ると相の川橋のバス停があります。その先、右に登っているのが足柄道です。前方の山は矢倉岳です。

Dscn1982jpgc

この足柄道は古道ではなく、舗装された車道で、県道に並行して進みます。10分ほど歩くと地蔵堂に着きました。ここからは文明社会みたいで、バスの本数も増えます(笑)。

Dscn1988jpgc

鎌倉時代の作と言われる足柄地蔵尊が祀られています。ここで一寸休憩しました。10分ほど休憩して14時15分に出発しました。ここからも、県道は進まず、足柄道を進みます。4~5分歩くと、金太郎の遊び石がありました。金太郎広場とか。

Dscn1996jpgc

すぐ近くには金太郎の生家跡もあります。ここで足柄道は左折します。直進は夕陽の滝とか。この足柄道も古道ではなく、しっかり舗装された自動車道です。

Dscn2007jpgc

14時40分頃、矢倉沢定山城跡の案内がありました。古道の名残としては、これくらいですか。

Dscn2012jpgc_20220611093201

ハイキングコースなのに車がよく通るなと思ったら、自動車道として作られたようでした。

Dscn2014jpgc

まだ少し金太郎ラインを歩きます。

Asigara02jpgc

14時55分、県道に合流しました。逆に登ってきた場合、こんな感じです。足柄古道入口とは言って欲しくないなあ(笑)。

Dscn2027jpgc

すぐに県道の左側に足柄道と書いてあったので入りました。でもおかしいと気が付いて引き返しました。紛らわしいですね。

Dscn2028jpgc

そこから5分先に足柄古道の入り口がありました。道は舗装されていますが、雰囲気のある良い道です。

Dscn2034jpgc

獣よけの扉を開け閉めしたりしながら10分ほどでまた県道に出ますが、すぐ横断して矢倉沢の集落に入っていきます。15時15分です。入って3~4分すると、道は二つに分かれますが、右下へ降りていきます。

Dscn2043jpgc

この辺りに関所跡が有るはずと注意しながら歩いたのですが、通り過ごしました。地元のおばさんに尋ねて、ようやく解りました。小さな案内だけなのです。

Dscn2048jpgc

矢倉沢にはこの表関所の他に裏関所が有ったそうです。すぐに県道に合流します。その向かい側に坂を登る道がありますが、それが足柄みちだそうです。でも、ウオーキングガイドには県道が矢倉沢往還だと記されているので、県道を歩きます。

合流するとすぐ石仏群や芭蕉句碑があります。その上のガードレールの道が足柄道です。15時32分。

Dscn2050jpgc

10分ほど歩くと日蓮上人縁のマンダラ石があります。

Dscn2057jpgc_20220611102101

謂れはよく解りませんが、道端にはいろんな石碑が建っています。

Dscn2061jpgc

マンダラ石から20分、足柄神社の入り口を通過しました。

Dscn2065jpgc

入口から5分ほどで足柄道が県道に合流してきます。そこから1分で、白地地蔵とか化粧地蔵とか言われるお地蔵さんがあります。安産と授乳のご利益があり、お礼に小麦粉を塗る風習があるそうです。

Dscn2069jpgc_20220611102101

弘済寺の入り口を過ぎ、日蓮上人ゆかりの弘行寺に一寸寄りました。16時25分。

Dscn2079jpgc

もう目的の大雄山は近いでしょう。この辺りは関本というのが地名らしく、関本地蔵さんもありました。

Dscn2083jpgc_20220611105801

16時45分に竜福寺の交差点に着きました。矢倉沢往還は直進ですが、今日はここまでです。

Dscn2088jpgc

交差点の名前にもなっている竜福寺へ一寸お参りしました。

Dscn2079jpgc

交差点から4分で伊豆箱根鉄道の大雄山駅です。

Dscn2096jpgc

この大雄山駅から3キロほど南西に大雄山最乗寺があります。天狗伝説もある曹洞宗のお寺です。参詣客も多く、過っては相当賑わったみちのようです。その途中に今夜の宿があります。

Dscn2101jpgc_20220611105801

この付近に旅館が何軒かあるよなので、過っては最乗寺さんの参詣客が目当てだったのでしょうか。

Dscn2107jpgc

今日の疲れをゆっくり癒させてもらいました。

明日へ続きます。

 

 

 

 

2022年6月10日 (金)

矢倉沢往還 足柄峠越その2

矢倉沢往還は沼津から伊勢原まで75キロほどありますが、今回はそのさわりの部分、足柄峠を歩こうと、JR御殿場線の足柄駅から歩くことにしました。1日目は足柄駅から足柄峠を越え、伊豆箱根鉄道の大雄山駅まで18キロほどの行程です。

Asigara00jpgc

2022年6月8日(水)

足柄駅までは4時間ほど掛かるので、朝は6時半頃家を出ました。雨が心配でしたが名古屋付近は晴れています。これなら富士山も見られるかもと期待が膨らみます。

Dscn1810jpgc

でも関東に近づくにつれ雲が多くなり、御殿場線の車窓からは富士山は無く、雨の心配になってきました。

Dscn1819jpgc

10時34分に足柄駅に到着しました。

Dscn1828jpgc

ここは静岡県小山町です。駅舎に役場の支所があったので、一寸入って足柄峠への道筋や宝鏡寺さんへの道を尋ねました。

Asigara01jpgc

宝鏡寺は聖徳太子作のお地蔵さんを本尊とし、今日の目的地大雄山にある最乗寺と縁深く、大雄山宝鏡寺と称しています。

Dscn1838jpgc

引き返して足柄駅近くの馬喰坂から足柄峠へ登り始めました。10時55分です。

Dscn1839jpgc_20220610155901

急坂を5分登ると嶽之下神社です。源頼光はこの地で坂田金時を召し抱え、向かい側の富士浅間神社の木花開耶姫命を迎えられた?

Dscn1843jpgc

金太郎伝説は、ここ小山町、峠の向こうの南足柄市のほかに滋賀県、新潟県など、いろいろあるようですね。ここからさらに登っていきますが、道はすべて舗装されています。

Dscn1855jpgc

神社から20分弱登った自動車道との合流点に竹之下一里塚が残っていました。

Dscn1861jpgc_20220610161301

この辺り標高は458mと出ていますが、足柄駅が350m位なので100m登ってきたことになります。足柄峠までは後300mの登りですね。一里塚から更に20分弱登ると大きな石碑があります。唯念上人の銘号碑です。

Dscn1871jpgc_20220610184301

そのすぐ先が赤い欄干の伊勢宇橋です。11時44分です。

Dscn1879jpgc_20220610184301

伊勢宇橋から10分一寸で赤坂古道の入り口に来ました。矢倉沢往還というのは平安時代頃の足柄道を元にしているそうです。その道は近畿と関東を結ぶ道だったそうですが、相模の国から駿河湾の海産物を甲州へ送るのにも使われたとか。その中で、この辺りでは陶磁器用の赤土が取れたので赤坂道とも言われたとか。

Dscn1885jpgc

このまま車道を進んでも足柄峠に着くのですが、出来れば古道を歩きたいと思っていたら、通行止めの案内です。一寸がっかりしながら、すぐ目の前の馬頭観音を見に古道へ入りました。11時56分。

Dscn1886jpgc_20220610184301

古道を見ているうちに、どこが危険で歩けないのか見に行くことにしました。まあ荒れてはいるものの、危険と言う箇所が無く登っていきました。

Dscn1892jpgc

20分弱登ると林道の工事現場に来ました。これが通行止めの原因だったのですね。

Dscn1897jpgc

完全に削られているため、古道の痕跡も全くありません。地形図を見て方向を定め、一寸登って古道を発見しました。それを辿るとすぐ自動車道でした。12時19分。

Dscn1902jpgc_20220610184301

車道を渡って、次の古道に入ります。7分で次の車道に出ました。12時26分です。

Dscn1906jpgc_20220610184301

目の前に芭蕉句碑があります。

Dscn1907jpgc

すぐ上に八体の地蔵さん。

Dscn1910jpgc

そのまたすぐ上に上の六地蔵があります。そんなに古そうにも見えませんでしたが。

Dscn1912jpgc

もう峠は近いでしょう。峠近くにはいろいろ石碑が立っています。

Dscn1918jpgc_20220610192401

12時36分。石段が有ったので登ってみました。

Dscn1919jpgc

上は広場になっていて石碑や東屋がありました。ガスの中に入ったようで展望はありません。

Dscn1921jpgc

この広場で静岡県小山町と神奈川県南足柄市が、年1回綱引きをして、勝った方が来年まで、この広場を領有すると書いてありました。前回は足柄市が勝ったようで、相模の国になっていました。駿河の国は残念でしょうね(笑)。

Dscn1922jpgc_20220610192401

ここの東屋で昼食休憩することにしました。

後半へ続きます。

 

 

矢倉沢往還 足柄峠越 その1

矢倉沢往還とは沼津から江戸までの東海道のバイパス(脇往還)です。東海道が箱根峠を超えるのに対し、矢倉沢往還は沼津から北へ40キロほどの足柄峠を越えました。標高は箱根が850m、足柄が750mほどです。共に峠に関所がありました。矢倉沢の名前の由来は足柄峠を神奈川県側に降っていくと矢倉沢という集落があるからでしょうか?矢倉沢には関所が二つあったそうです。一つは街道沿いに、裏関所は山越えの道に。

Yakura00jpgc_20220610150101

東海道は大名行列などが通る表街道だったのに対し、矢倉沢往還は商人や旅人が多く使ったようです。なので、街道の宿場に見られる本陣や脇本陣の跡などは、余り見かけません。

昨年12月に矢倉沢往還の北半分、伊勢原から東京の赤坂まで歩きました。この間は大山街道の一つで、江戸時代は頻繁に庶民が歩きました。江戸庶民の信仰というか楽しみというか、伊勢講、富士講などが人気で、伊勢参り、富士山登山などが行われました。

でも、伊勢参りには最低でも1っか月、富士登山も相当日数が必要でした。もう少し簡単に楽しめたのが大山詣でで、行は矢倉沢往還で伊勢原へ、そこから大山の阿夫利神社を往復し、帰りは江の島・鎌倉・金沢八景などを巡って東海道で帰る5~6日の行程が人気だったようです。

なのでその大山街道は資料も豊富でしたが、南半分の沼津~伊勢原間は資料も乏しかったですね。でも昨年暮れ、南足柄市の文化スポーツ課から下のガイドブックを送ってもらいました。

Dscn2332jpgc

これでルートの解明も一気に運んで、コロナも下火になって、今回の歩きとなったわけです。

歩きの実際は、次の「矢倉沢往還 足柄峠越その2」でご覧ください。

 

 

« 2022年5月 | トップページ

最近の写真

  • Dscn2129jpgc
  • Dscn2126jpgc
  • Dscn2121jpgc
  • Dscn2110jpgc
  • Dscn2140jpgc_20220614111201
  • Dscn2117jpgc_20220614111201
  • Dscn2144jpgc
  • Dscn2148jpgc_20220614111201
  • Sibusawa00jpgc
  • Sibusawa01jpgc
  • Dscn2154jpgc
  • Dscn2175jpgc