大和街道2回目 月ケ瀬口から伊賀上野
山歩会の大和街道歩き2回目です。今回も前回と同じく12キロ程ですが、難所で知られた与右衛門坂などアップダウンが相当あるようです。また目的の上野市にある鍵屋の辻は、天下三大仇討の一つに数えられ、荒木又右エ門で有名です。
当初予定日の26日が雨で27日(日)に順延して実施しました。また私は右足動脈のカテーテル手術の4日目なので一寸心配しながらの実施でした。
2022年3月27日(日)
10時12分にJR関西線月ヶ瀬口到着です。無人駅です。
月ヶ瀬は梅林で有名ですが、ここは月ヶ瀬口、梅林ははるか南で、7~8キロはあるのかな。ここはまだ京都府山城村です。
駅から一寸下って線路沿いに引き返します。なかなかいい感じの街道です。
少し歩くと、珍しく大和街道の案内がありました。前回、笠置から月ケ瀬口までは大和街道の案内がほとんどありませんでした。京都府は観光資源が多いから、大和街道なんて目じゃないんだなと思っていました。
駅から15分、登坂の途中に、10時35分県境に着きました。山城の国から伊賀の国へ入ります。
10分ほど先には関所跡の碑がありました。三重県に入ると急に親切な案内になりますね。
すぐ近くには北向不動の祠があります。
この辺り、山菅という集落のようですが、今も街道の面影残す町並みです。
11時5分頃、国道が下に見えてきます。町の交差点で国道を横断するのですが、実は手前に右に入る道があり、行者堂の案内がありました。無視して下へ降りたのですが、間違いでした。その行者堂への道を行くと、歩道橋で国道を横断する。それが大和街道なのでした。
下まで降りても横断歩道もありませんでした。ともかく国道を渡りました。渡ってすぐ右折します。3本の道の真ん中を行くのが街道です。11時10分頃です。10分ほど歩くと、左側に大きな石灯籠がある公民館がありますが、その隣が島ヶ原宿の本陣だったそうです。
そこから5分で木津川に出ます。その辺りに過っては渡しがあったようですが、今は一寸上流の島ヶ原大橋を渡って引き返します。
橋を渡り終えたのが11時30分頃、引き返して川筋から左へ曲がっていくと、大和街道・与右衛門坂の案内があり、そこを左折して、細い道を山側に入っていきます。11時36分です。街道は山へ入っていきます。
ここからが与右衛門坂と言われる難所みたいです。名前の謂れは藤堂高虎の幼名が与右衛門だったからとか。
この与右衛門の石碑が11時45分。少し行くと大和街道の説明板があり、それを読みながら林に入る。11時53分頃、左に地道が分かれる。それが旧大和街道ですが、先頭がすでに先へ進んでいたので、そのまま進んで、途中で左折して旧街道に復帰した。
12時6分に旧街道に復帰し、3分歩くと3本松池だった。ここで昼食休憩とする。
15分ほどの休憩で出発した。感じの良い林間コースです。
この先私は「みえ歴史街道」のマップを辿っているのですが、現場の案内は違っていました。いつの間にか地形図に載っていない道に入って、芭蕉句碑の先で合流しました。その間も決して悪路ではありませんが、昨日の雨や倒木で一寸苦労しました。
12時42分に合流したのですが、どちらも街道だったようですね。
12時50分頃、三軒家の自動車道に出ました。歩道が無いので嫌な道です。
10分弱で国道163号線との交差点に着きました。大和街道の石標があります。角にファミマもあります。
行程は残り4キロ~5キロだと思います。
国道には歩道があり、やれやれと思ったのですが、少しだけでした。すぐ無くなってしまいました。2車線の歩道のない国道は嫌ですね。
笠地蔵等見ながら15分ぐらい国道を歩くと、右側に勧請縄がありました。勧請縄というのは、村と村の境界などに張られ、疫病などが入らないようにしたものです。京都府南部や伊賀・大和地方に多く残っている風習だそうです。
13時20分頃、島田の付近で街道は国道から右に分かれます。ほっと一息です。
島田橋の手前で街道は左に曲がります。曲がるとすぐ道標があります。
木津川の堤防の向こうに上野城の天守閣がちらっと見えます。往時はここから川を渡ったようですが、今は島田橋を渡ります。13時35分頃です。
渡って10分ほど道なりに歩くと鍵屋の辻です。大きな石の道標があります。
ここは日本三大仇討の一つとしても有名ですね。暁の三十六人切りとか、映画にもなっています。ここで一寸休憩しました。
鍵屋の辻を出ると、一寸坂を上りながら上野市街へ入っていきます。登り切って国道368号線を横断して本町通へ入っていくのが大和街道です。写真は国道から本町通を見ています。14時06分。
街道筋の面影が残る街並みですね。
10分弱国道から歩くと上野市駅前のアーケード街があり、左折して駅前広場に出ました。14時17分でした。
駅前で反省会なのですが、この時間帯は殆どの店が休憩に入っています。1軒だけ開いている店は満席でした。30分近く待って、ようやく入れました。忍者の店で、椅子にも百地三太夫や藤林長門守と伊賀流や甲賀流の忍者がでてきます。
伊賀上野の名物なので久しぶりに田楽を頼みました。
15時半ごろ店を出ました。広場には芭蕉の像があります。芭蕉の生誕地です。
伊賀鉄道は上野市駅を忍者市駅に名称変更しました(笑)。
どこもかも忍者で一杯です。
帰りの列車では、コーヒーのボトルに入れた〇〇を飲みながら帰りました。
お疲れさまでした。
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