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2022年1月25日 (火)

杣街道

杣街道(そま街道)は最近知りました。しばらく歩いていないので、どこか近場で街道を探していて見つけました。

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上図のように東海道の三雲から、大和街道の柘植を結んでいます。全長で24キロほどの短い街道です。名前の由来は野洲川の支流、杣川沿いに歩くから付けられたそうです。別名、伊賀街道とも呼んでいるようです。

東海道の土山から油日、そして柘植へ、鹿深の道というのがあります。鈴鹿峠越の東海道が開かれる以前は、この道がメインだったそうです。事実、壬申の乱などでは、この道が行軍されています。この道は2回歩いています。でもその時は、この杣街道は知りませんでした。

杣街道は三雲から柘植で24キロほど、最後の油日から柘植は県道4号線ですが、歩道のない2車線道路で車も多い。鹿深の道を歩いて知っているので、今回は三雲から油日の17キロほどにしました。

2022年1月22日(土)

朝7時前のJR関西線に乗って三雲を目指します。亀山、柘植で乗り換えます。周囲は雪景色になってきて一寸予想以上です。駅のホームも凍っています。

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海道も舗装された道が大部分と思いますが、地道の部分があると心配ですね。9時に三雲に到着。まあまあです。

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北口から街道に入ります。

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駅前の通りが旧東海道です。左折すると京都方面です。何回かここへ来ています。

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今回は逆方向に歩きます。旧東海道は、ここから数百メートル上流で野洲川を渡っていました。横田の渡しと言います。

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現在東海道を歩くと、渡しは無いので、この道は通らず、直接三雲駅前へ出てしまいます。2~3分歩くと、横田の渡しの常夜灯がありました。これは後世、ここに移されたもので、当時はもう少し上流にありました。

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4~5分歩いて野洲川の対岸を見ると、水口側の横田の渡しの常夜灯が見えました。あそこから渡っています。

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更に4分歩いて9時19分、新海道という案内がありました。この杣街道を新海道と呼んだとあります。

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道は草津線の線路沿いを行きます。

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9時半ごろ、線路の向こうに園養寺への石段がありました。境内から渡しを渡る大名行列の装備を観察し、幕府へ伝える隠密寺だったとか。

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どれだけ上に本堂があるか判らないので、お参りはパスして遥拝だけ。10分一寸で甲賀市水口町に入りました。今までは湖南市でした。この辺りで杣川が野洲川に濯いでいるようで、街道は杣川の堤防になりました。

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杣川の看板から3分ほど歩くと十字路があり、街道は右折して線路を渡ります。

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踏切を渡るとすぐ左折します。

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するとすぐ岩坂の十三仏の案内があります。9時50分です。

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登ると立派な石仏です。

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詳細は不明ですが、江戸末期に近在の富豪が寄付したのではないかと言われている。5分ほど歩くと右最勝寺道の石碑があった。

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更に2分ほどで、今度は草津線の下を潜る。

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なんだか心配な道だが進んでいく。

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線路を潜ると杣川の堤防道路に出て、これを歩く。

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5~6分歩くと宇川橋があり、その先を右折する。

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一寸判りにくいが、笠山神社の案内がある。

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また草津線を潜る。

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集落端を歩いて行ったが、途中で集落の中に入るべきだったようです。瘡山神社というのがあったらしい。ともかくまた草津線の方に登ってきた。

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ここにも笠山神社の案内があった。笠と瘡の違いですね。

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また杣川堤防を歩きます。

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10時半ごろ、国道307号線を渡った。但しこれは旧国道らしい。

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街道はこんな雰囲気。

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5分ほど歩くと飯道山登山口があり、石碑に左山上庚申と彫られている。一寸気になった。

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10時40分頃、庚申口という大きな交差点に出た。ここが新国道ですね。そこにも山上庚申道の大きな石碑があった。

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ここから何キロか先の広徳寺というお寺にあるようだ。一度行ってみたいですね。交差点を渡り、今度は信楽高原鉄道の下を潜る。

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ここからしばらく県道4号線を歩きますが、歩道があるので助かります。

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振り返ると飯道山が見えます。12~3分歩くと水口から甲南に入りました。更に10分、11時06分に矢川橋で杣川を渡ります。

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渡った右手に、天保義民メモリアルパークというポケットパークがあり、大きな石塔が建っています。

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すぐそばに矢川神社という立派な神社があったので、一寸お参りしました。立派な太鼓橋と楼門がありました。

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11時20分に参拝を終え、戻ってきました。

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街道に戻って5分ほど歩くと天満宮があり、その境内で昼食休憩としました。

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長くなったので、ここで一旦終わります。後半へどうぞ。

 

 

 

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