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2021年11月17日 (水)

越美南線と越美北線を繋ぐ その2

石徹白には白山中居神社(ちゅうきょ)という立派な神社がある。イザナギ、イザナミの命の他に白山の神を主神とする。古来、白山信仰が盛んで、昨日参詣した白山長瀧神社から、ここ白山中居神社を経て、石徹白の大杉、一、二、三の峰を経て別山・白山へ向かうのが白山禅定道です。

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銅板の鳥居も立派ですが、その参道や境内の杉の木が素晴らしい。

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本殿は石徹白川の支流宮川を渡る。

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そして石段を登った石徹白川左岸に素朴な社殿が並ぶ。

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本殿に菊のご紋章があるので、皇室とも関係があるのか。

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奈良時代に泰澄大師が白山に登り、白山信仰が広がると、ここ石徹白はその基地となり神仏混交の元ともなった。明治に入り、神仏分離令が出され、仏像などは中在所の大師堂に移された。

その大師堂へも行ってみた。というより、郡上街道はこの大師堂で終わると、例の歴史の道調査報告書には書かれている。

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ここのお堂も同じ菊のご門だった。

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2021年11月14日(日)

今日は越美北線の最終駅、九頭竜湖駅まで17キロほどを歩きます。ただ旅館の有る中在所から中居神社は片道2キロあります。

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午後2時半の電車に乗りたいので、神社を往復して参拝し、大師堂へもと思うと、一寸時間が足りなかった。そこで旅館のご主人と奥さんにお願いして朝7時頃、神社まで送ってもらった。帰りは朝靄の石徹白集落を楽しみながら歩いてきた。

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8時20分頃旅館に帰り、荷物を持って出発しました。

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昨日登ってきた下在所まで引き返し、そこから石徹白川に沿って下って行きます。

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石徹白は昭和33年まで福井県だったそうです。昭和の大合併で福井県大野郡石徹白村から岐阜県郡上郡白鳥町に編入された。なにか事情が有ったのでしょうね。一部は残って大野郡和泉村だそうです。

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振り返ると白い峰が見えます。白山への尾根道でしょうか。

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朝まだ早い性もあって、車も殆ど走らず、快適なウオーキングが続きます。出発して50分程で漁協の境界の看板がありました。ここが編入後の県境でしょうね。

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県境から20分、9時35分に小谷堂を通過しました。ここは縄文遺跡があるそうで、過っては石徹白村の一部集落だったそうです。

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10時に石徹白ダムに着きました。ここで小休止しました。

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5分で出発しました。付近の紅葉は素晴らしいですね。

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10時40分、家族旅行村に着きました。ここまでは福井側からバスが来ています。ただ、旅行村は7月~10月しか営業していないので、シーズンオフの今はバスが有るかどうか判りませんが。

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旅行村から45分ほど、淡々と歩くと天狗岩ファミリーパークがあります。

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ここはオートキャンプ場のようでした。どれが天狗岩か判らなかったのですが、川岸にこんな岩が有るようです。

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ここで昼食休憩としました。11時30分。藤屋旅館さんの弁当は、お握りが3個も有って、食べるのに苦労しました(笑)。

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11時55分頃出発しました。もう、九頭竜湖駅まで1時間ほどでしょう。車が一寸多くなってきたので、対岸の旧道へ避難しました。快適です。

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12時半頃、山原ダムを通過しました。

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また対岸に戻り、中部縦貫道の工事現場を過ぎると、九頭竜湖の鷲ダムが見えてきました。12時50分です。

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右折すると熊野神社があり、九頭竜湖駅まで600mとか。

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13時04分、道の駅九頭竜湖駅に到着しました。ティラノサウルスの親子がお出迎えです。

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すごい人出です。この人たちが電車に乗るのかと心配しましたが、杞憂でした。コンビニで缶ビールを買って、お疲れ様の乾杯をした後、1時間以上時間が有るので、土産を買ったり、資料館へ入ったりして時間を潰しました。資料館のティラノサウルスの模型です。

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九頭竜湖駅も越美北線の最終駅です。哀愁は同じですが、道の駅の人出は北濃に比べて段違いに多いです。

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但し、JRは廃止したがっているとか聞きます。

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1時間半掛かって4時7分に福井駅到着です。福井は戦国時代、柴田勝家の居城北ノ庄が有った所です。秀吉に攻められ、勝家とお市の方は自害しました。残る淀君など三姉妹は数奇な運命を辿ります。

その北ノ庄跡です。三姉妹と後方は勝家。

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勝家像

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近くの蕎麦屋さんで1年間の打ち上げに蕎麦会席を食べました。

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蕎麦は三種類。

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お疲れ様でした。

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2021年11月16日 (火)

越美南線と越美北線を繋ぐ

下図を見てください。越美北線は福井から九頭竜湖まで来ています。また越美南線は美濃太田から北濃まで来ています。越美線の全通は何時断念されたか知りませんが、国鉄民営化の際、越美北線はJR西日本に引き継がれましたが、越美南線は長良川鉄道に変わりました。

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今回我々は岐阜駅近くの加納宿から郡上街道を北上してきましたが、最終目的の一つが、越美南線の最終駅である北濃駅と越美北線の九頭竜湖駅の間30キロほどを石徹白を経由して徒歩で繋ぐことでした。

2021年11月13日(土)

今回は郡上街道の5回目、いよいよ1泊2日の最終回です。長良川鉄道の美濃白鳥駅から北濃、石徹白を経て九頭竜湖駅まで35キロほどを歩きますが、途中の檜峠越が心配の種です。

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というのも、北濃から石徹白は県道314号線が通っていますが、我々は旧檜峠への旧道を歩きます。この旧道の現状が解らないのです。地元の観光協会などへ訊いたのですが、現状把握されていませんでした。ネットで探すと数年前の記録が見つかりましたが、最近の異常気象で、ここ1年ほどゲリラ豪雨とかが多く、どうなっているのか心配でした。

10時過ぎに美濃白鳥駅に到着です。総勢6人、トイレ休憩を済ませて出発です。

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街道は国道を渡って一筋目を右折していくようでした。相変わらず郡上街道の案内は何もありません。岐阜県教育委員会の歴史の道調査報告書の地図が頼りです。それも40年以上前の調査なので、現状変更は止む得ません。

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サイド国道に出て、少し歩きます。そろそろ積雪が近いと見えて、雪かき用のショベルカーの準備が進んでいます。10時45分、道路わきに北条川原の石仏がありました。台座には越前道とか八幡道と刻まれています。

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街道はしばらく国道歩きですが、特に見る物も無さそうなので、国道と並行する農道を歩きました。車に煩わされないので快適です。

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11時10分過ぎ、八幡神社の辺りで国道に出ました。国道を20分程歩くと白山長滝駅があり、白山神社に到着しました。

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これまでも数多くの白山神社を見てきましたが、ここは特に立派です。長瀧寺というお寺も併設され、釈迦三尊像など重要文化財もあるようです。神仏分離令で苦労されたかもしれませんねえ。

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11時40分、ここで昼食休憩としました。

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12時頃出発しました。すぐ道の駅がありますが、素通りして北濃駅に向かいます。15分かそこらで北濃駅に到着します。

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ここで中途から参加のNさんが合流して7人になりました。終着駅と言うのは、なんとなく哀愁があり、多くの人が写真を写しにきているようです。

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我々はここが目的では無く、ここがスタートです。5分程で駅を出て、15分程歩くと、石徹白への県道が国道から左に分かれます。

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入るとすぐ石徹白まで14キロの案内がありますが、これは県道で、くねくね曲がった自動車道です。我々は檜峠まで旧道で直線的に登るので2キロ程少ないと思います。

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12時40分、ここからは登りになります。20分ほど県道を登ると前谷上切のバス停があります。

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その一寸先を左折して旧道に入ります。すぐまた県道に出ますが、またすぐ左に登る細道があります。特に案内はありませんが、これが旧街道のようです。

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登り始めるとすぐカモシカが居ました。我々の姿を見て一旦は逃げますが、遠くへは行かず、後ろを振り返ってじっと見ています。普通の鹿はすぐ逃げますが、カモシカは牛の仲間で、なかなか逃げません。

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ジグザグの道をしばらく登り、平坦で後が開けた場所を過ぎると白山禅定道の案内があります。13時28分でした。ここから先は地道になります。

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ここは十字路になっていて、右折して下って行くと県道にぶつかり、そこに白山信仰歴史街道の案内があるので、こちらが街道かもしれませんが、教育委員会の地図では我々が歩いた道です。かつ、この道のほうが自然だと思います。

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一寸休憩して出発しました。2分で床並社跡の案内があります。

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実はこの道は、私がワンゲルの頃、スキー合宿の下見や本番で何回か荷物を担いで登っています。でもなにせ60年前の話で、記憶は全くありません(笑)。なだらかな、良い感じの登り道です。国道からの分岐点は標高480m弱、旧檜峠が950mほどなので、500m弱の登りです。

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禅定道の案内から20分でアラクラの滝の案内があり、更に5分で茶屋峠です。標高は800mほどです。丁度2時です。

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道は険しくはありませんが、小さな沢を渡ったり、苔むした石畳があったりして古道を偲ばせます。

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道自体は人が歩いた形跡は少なく、周囲のブッシュや倒木も出てきているので、このままだと何年か先には通れなくなるかもしれませんね。14時40分に中の峠です。標高は930m位です。もう少しですね。

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でもここからも一寸てこずります。一旦下って沢を渡り、梯子を登ります。

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15時丁度にようやく旧檜峠に到着しました。ほっと一息です。午後2時半~3時を予定していたので、ほぼ計画通りでした。

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ここから先の古道は、県道やスキー場の工事で消えているので、辿るすべはなく、県道を歩くしかありません。10分程休んで出かけました。5分で県道に合流しました。ここが現在の檜峠でしょう。

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檜峠から25分でスキー場です。昨日がスキー場開きとかで、たくさんの車が来ていました。

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雪はまだですが、人工雪でゲレンデを作り、滑っていました。15時40分。

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ここから後は淡々と車道を下るのみです。幸いなことに車はぐんと少なくなりました。旧道は右手の山側を通っていたそうです。マタタビの水とか桂清水を見ながら4時半頃、石徹白の下在所に着きました。橋を渡って右折し、6分か7分登った郵便局の前が今日の宿藤屋旅館さんです。字は中在所ですね。

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皆さん、お疲れ様でした。

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料理は鮎やアマゴと山菜料理。すっかり満足しました。

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明日はいよいよ九頭竜湖です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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