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2021年4月17日 (土)

奥州街道4日目 白河の関を越えて

2021年4月3日(土)

ホテルの朝食が8時からなので、自室で昨日買っておいたお握りと夕食時残して置いた総菜を食べる。

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支払いも昨夜済ませているし、朝早く目覚めていたので、6時5分には宿を出た。今日は白河の関を越えて、白河駅まで22キロだが、2キロ向こうの女石の追分まで往復するので、26キロの行程です。

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そんなに早く出なくてもま15時25分の列車には間に合うが、白河で白河ラーメンか白河そばが食べたいので、ぎりぎりはまずい(笑)。それで早出しました。芦野宿まで20分弱ですが、長閑な田園を歩きます。

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国道294号線が走っていますが、芦野宿は国道を横断して川を渡った旧道にあります。

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奈良川を芦野橋で渡ると大きなお地蔵さんがあります。川原町地蔵尊で、片足投げ出して座る「座り地蔵」と呼ばれているそうです。

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左折すると芦野宿です。6時25分頃です。家々の前には小さな常夜燈を模した屋号が飾られています。

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ゆっくり歩いても10分ほどで通り過ぎます。そして田園を5~6分歩くと、左手国道の向こうに桜が見えますが、それが有名な遊行柳です。Dscn6826jpgc

すぐに左手に1712年に作られたという新町地蔵尊があります。

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そこで左折して国道を横断します。街道は国道を北に向かいますが、国指定の名勝遊行柳を見に行かない訳には行かないでしょう。遊行柳は時宗開祖の一遍上人(遊行上人)の杖が芽吹いたものとされています。

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西行や芭蕉の句碑があります。

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その一寸奥に神社があり、立派なイチョウの古木がありました。

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15分ほど遊行柳の見学に使って、7時前に出発しました。白河の関まで11.7キロの道標がありました。3~4分で国道を離れます。そこに石碑がありますが、岩倉右大臣歌碑だそうです。明治天皇の巡幸に随行してきた岩倉具視の歌碑です。写真左端。

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集落に入ると石仏が多く、昔の生活が思いやられます。

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集落が終わるころ、べこ石の碑がありました。べことは牛のことです。牛のような大きな石に刻まれた碑ですね。

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街道はもう一度国道を小さく左に外れた後、7時17分に今度は右に国道から分かれました。ここもいろいろ道端に石仏が並んでいます。

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7時半頃、坂道の途中に板屋の一里塚がありました。道の両側高台に残っているそうですが、よくは見えません。

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小休止などしながら進みます。相変わらず、いろんな石仏・石塔・石碑が散在しています。

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白河の関まで8.9キロの道標を見ながら歩くと、7時54分お堂がありました。横にお地蔵さんもあります。高徳寺ですね。1567年の創建というから古いですね。

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高徳寺から10分ほどで街道はまた国道と合流します。

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その手前にも石仏が無数にありました。小さな仏様ですが馬頭観音と刻まれているのが多いようです。旅にも農耕にも馬は大事な存在だったのでしょうね。

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しばらくは国道歩きです。

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ときどき旧道が残っているようですが、国道を歩いても変わらないでしょう。20分ほど歩くと右側に旧道があり、その旧道と国道の間にまたべこ石がありました。この辺、べこ石が多い。

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べこ石から5分、石仏群を過ぎると、街道は国道から左に分かれます。県道166号線だそうです。

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県道に入りますが、県道は東北本線の豊原駅に向かうようで、街道は右に分れてまた国道に戻ります。国道に戻るとすぐ泉田の一里塚が国道沿いにあります。8時42分。

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一里塚を過ぎると旧道があったので右に入って見ました。古道と言う訳では無いので、情緒はありません。

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国道に戻り、すぐまた左に分かれます。ここは初花清水という歌舞伎の演目に出て来る清水があるそうです。その手前の石仏です。

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初花が化粧した清水はよく解らないまま通り過ぎて、また国道に帰ってくる所に瓢石という、その歌舞伎ゆかりの史跡があります。Dscn6930jpgc

5分ほど国道を歩いて、今度は右に国道を離れました。9時6分でした。

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3分も歩くと、右側邸内に明治天皇小休所の石碑があった。

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15分ほどで国道に戻った。一寸小休止して国道を歩くと、道は登りになった。

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道端で何やら摘んでいるご夫婦がおられたので一寸訊いてみた。セリを摘んでおられるとか。おひたしか天ぷらが美味しいと。

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9時40分頃、左高台に大きな石仏が見えた。明神の地蔵様です。ここまで来ると白河の関は近いです。

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9時48分、白河の関跡に到着しました。写真は玉津島神社です。

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関跡には境の明神と呼ばれる二つの神社があります。那須側が玉津島神社、白河川が住吉神社です。玉津島は女神、住吉は男神だそうです。

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境界には「従是北白川領」の石碑があります。

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白河側の住吉神社です。

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所で、白河の関は新旧二つあることはご存知でしょうか? 5世紀頃、蝦夷の南下を防ぐため作られたのが古関で、平安時代中頃まで続いたそうです。その所在地は不明でしたが、江戸時代、寛政の改革で有名な、白河藩主松平定信が調査して特定し、現在国の史跡になっています。

新関がいつ出来たか知りませんが、玉津島神社は1053年に紀州から勧請されたそうですから、その頃には有ったのでしょう。その関跡の碑が道路の反対側にあります。

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住吉神社の白坂側に最近ポケットパークが作られたようです。

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時刻も10時前、一寸空腹になったので、ここで例の残り物で昼食にしました。

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後半はここからスタートします。

 

 

 

 

 

 

 

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