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2020年11月15日 (日)

甲州街道笹子峠越へ初日

前回10月に甲州街道ポタリングで、下諏訪から石和温泉まで自転車で走りました。今回その続きで、石和温泉から大月、そして上野原まで歩きました。前回は折り畳み自転車でしたが、今回は途中に1000mの笹子峠があるので、自転車では無理と、本来の歩きに帰りました。

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地図で見ると、前回の下諏訪から石和は今回より距離長そうですが1泊2日、今回は2泊3日です。

2020年11月12日(木)

朝7時のしなの1号で塩尻に向かいました。天気は上々で途中の寝覚ノ床も久しぶりに見ました。

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塩尻で特急あさまに乗り換え石和温泉駅到着は10時25分でした。前回はけがの治療でゆっくり駅も眺めませんでしたが、今回はじっくり見ました。

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今日は笹子峠の麓、駒飼宿にある大黒屋サンガムさんまで15キロほどなので、余裕はあります。

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ただ、標高は石和温泉が266m、駒飼宿が650mと、じわじわ登りです。駅前のコンビニで非常食のパンとウイスキーを買って10時45分には出発しました。

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街道の国道411号線に出て左折、すぐに石和八幡宮があります。すぐ南側には足湯があって何人か入っていました。さすが温泉町ですね。

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街道の面影は余り残っていません。本陣跡も説明板だけです。

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ただ甲斐の国の都はここ石和だったそうです。信玄が甲府に移るまで、ここ石和が青梅街道との合流点でもあり、交通の要衝でもありました。遠妙寺の角で国道と分かれ左折します。11時4分でした。道端に変わった道祖神がありました。

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左折して20分ほどで笛吹川の堤防にでます。そこに笛吹権三郎とかの像がありました。父を探して倒れる悲しい話があるようですが、詳しくは知りません。

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土手に沿って街道らしい松が残っていますが、私は堤防の上の国道を歩いてしまいました。

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5~6分で笛吹橋があり渡ります。渡ってすぐ左折します。更に6~7分、11時45分頃、国道は右に曲がって行きますが、街道はそのまま堤防沿いを進みます。そこに桃太郎街道と書いてありました。桃太郎は岡山と思っていたのですが、甲斐にも桃太郎伝説があるようですね。

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この角に笛吹と言う食堂があったので昼食にしました。700円の焼きそば定食を頼んだのですが、すごいボリュームで食べるのに苦労しました。

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12時25分に店を出ました。20分ほどの旧道あるきで、また国道に合流し、日川橋で笛吹川を渡ります。渡るとまた行動と別れ、右折して堤防道路を歩きます。遠くの山の境目を行くのでしょうか?

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15分位でまた国道に戻ります。大宮五社権現参道をすぎて、旧甲州街道の案内もあります。

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13時30分頃、笛吹市から甲州市に入ります。

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そうすると以前からちらほら有ったぶどう園が急に増えてきました。

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ここは勝沼宿、ぶどうの郷駅があります。去年か一昨年、駅前のぶどうの丘でワインの試飲を楽しみました。等々力の交差点で国道411号線は左折します。直進は県道34号線で、これが甲州街道です。

14時15分頃、旧田中銀行社屋を通過。明治に建てられた有形文化財。

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街道の面影としては本陣跡や問屋場跡などの案内があったかもしれませんが見過ごして、脇本陣跡の案内だけ見ました。14時40分頃、っぶどう寺・大善寺にさしかかり、一寸だけ寄り道しました。国宝の建物があります。道は国道20号線に合流しています。

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また近くには近代砂防工事の先駆けとなったコンクリート使用の堰堤があります。大正時代の初めだそうです。

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そしてすぐ近藤勇の像がありました。なんでこんなところに新選組がと思ったのですが、新政府軍にとられた甲府城を奪還するため、新選組の残党や旧幕府軍がここで合戦し、旧幕府軍が敗退したのだそうです。柏尾の古戦場です。ここで小休止しました。

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14時55分ごろ出て15分ほど国道を歩くと共和の洞門がありました。ここは広い歩道も有り、難なく通り抜けました。

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ところが出るとすぐトンネルがあり、今度は歩道がありません。

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困ったなと思っていると、手前を左折する道があり、旧甲州街道の案内がありました。

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早速左折すると、壊れかけた登り道がありましたが、特に甲州街道とは書いていません。

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行方を見ると、上の方はさらに壊れています。これは違うだろうと、もう少し行くと、武田不動尊の案内がありました。

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これも違うなと少し歩いて、どうも違うので引き返しました。かといって、あの壊れた坂道を登るのも嫌なので、短いトンネルだから歩道は無くてもトンネルを潜ることにしました。

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ところがトンネルの右手に回り込む道がありました。入ると芭蕉句碑もありました。

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なんだ、こちらが街道かと思いましたが、それならあの案内は何だろう。思いながらトンネルを抜けると、降りてくる道がありました。

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結局どうだったのか未だに疑問です。15時30分。20分弱国道を歩くと鶴瀬宿に入りました。

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ここは小さな宿場ですが、笹子峠を控えた要衝にあり、重要な関所が置かれていました。明治2年に廃止されたそうです。5分ほどで通り抜け、今夜の宿がある駒飼宿に向けて登りに入ります。下の写真の三叉路を右折です。

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右折してすぐ右に入る細道が旧甲州街道なのですが全く気づきませんでした。広い道を歩いて中央高速を潜ります。実は右上の道が街道なのです。

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駒飼橋を渡らず直進の筈ですが道がありません。ここへ来ておかしいなと思いましたが、直進の道が無いので仕方なく橋を渡りました。

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渡ってUターンするような道に駒飼宿の案内がありました。やっぱりこれで良いのかと登りました。

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登ってスポーツ公園の角に案内がありました。

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この道で駒飼宿へ行けるし問題は無さそうですが、旧甲州街道は別にあるようです。街道沿いにある大黒屋サンダムさんへはどう行けば良いのか。解らないので電話しました。すると女将さんが出て、車で迎えに来てくれました。そして私が間違えた、最初の三叉路まで送ってくれました。そこからまた歩き直しました(笑)。

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上の図の赤線が正解、茶色が最初に歩いた道です。茶色の道は、明治天皇が来られる際、赤線の道が狭いため、新規に作った道だそうです。甲府から来ると10中8・9人が間違えるそうです。正しい街道です。

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なんやかやで、大黒屋さん到着は16時40分になりました。築300年の古民家だそうです。

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女将さんは親切だし、料理も美味しいし、トイレは外だけどシャワー式だし、宿泊料も安くていい宿なんですが

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缶ビールが650円は高いですね。山小屋でも500円ですから。オーガニックビールだとしても。酒のみにはつらいですね。

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明日は難所の笹子峠越へ、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

駒飼宿の大黒屋・サンガムは閉店しました。御来店ありがとうございました。福島宿にて復活いたします。https://masala-sangam.on.omisenomikata.jp/

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