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2020年11月20日 (金)

甲州街道笹子峠越へ3日目後半

地図を再掲します。

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今地図の右側、萩野一里塚跡を過ぎ、街道分岐で左折して、中央自動車道を渡る手前で昼食休憩しています。時刻は12時です。今日は一昨日買った非常食用のアンパン1個と途中で買った野菜ジュースが昼食です。10分で済ませて出発しました。高速の上を渡り、西光寺を目指します。

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渡って下って行くと西光禅寺に出ました。この先が野田尻宿ですね。

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ここも他の宿場と同じく宿場を示す石碑と明治天皇の史跡が残るのみです。12時18分。

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史跡から3分ほど歩くと、宿場の案内図で確認しておいた右折する分岐になります。案内が何も無いので解りにくいです。

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そこから中央道を越えるまで10分ほどきつい登りです。ようやく越えて左折します。高速に沿って10分ほど歩くと、長峰砦跡というのがあります。12時40分。

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更に10分ほど歩いて高速から離れると吾妻神社があります。

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近くに大椚宿発祥の地という案内と石碑がありました。12時56分。

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すぐにリサーチパークへの道が右に分れます。それを過ぎると右手に大門一里塚跡です。ここで一寸休憩しました。13時04分。

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出発するとすぐまた中央道を渡ります。中央道は現代の甲州街道ですね。

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渡って右折、すぐに街道は左に分かれます。13時15分、鶴川宿への道です。

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ここから道を間違えて鶴川宿の真ん中へ降りて行ったのですが、拡大図を見てください。青線が正解で、正しいと書いている辺りが鶴川宿です。

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高台から見ていますが、左上辺りの橋を渡って行きます。

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宿場へ下りて来た所の道標です。

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橋と橋を渡る手前の案内です。東京から来る人には親切ですね。四国遍路でも逆打ちは3倍のご利益があると言いますが、甲州街道も同じですね。13時34分。

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橋を渡ってからがまた難しい。もう一度拡大です。旧道は川沿いに高速の手前まで進み、Uターンして上野原へ行くと思っていたので、最初は川沿いの車道に入って間違いに気づき引き返しました。

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引き返してきてもそれらしい道が無いので付近の修理工場の人に訊きました。すると旧道はこれだと明確に教えてくれました。だが道は無くなっているとも。で、ともかくその道に入って、強引に道なき道をかきわけて行ったのが赤い軌跡です。

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なんやかやで時間を喰いましたが旧甲州街道に復帰しました。14時11分。

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上の写真で私は左から来たのですが、東京から来た人には右の道が案内されています。それが拡大図の青線で、現在の推奨と書いている道です。旧甲州街道と一致するかどうかは別にして、私の辿った道があの状態では推奨できないですからねえ。

上野原駅へ向かいます。

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国道20号線に合流しました。14時21分。

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上野原宿の本陣跡は見ないまま、国道を10分ほど歩くと上野原駅への分岐に着きました。ここから駅までは1キロ以上ありそうなので、もう少しすすんでから駅にいくことにしました。14時30分。

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5分ほどで国道から右に分れます。

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別れてまた5分ほどで神社があり、その奥に塚場一里塚があります。私有地なので神社から見ます。

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すぐまた中央道を越えます。

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この辺りから駅へ行けると良いんですが、よい道が無いようです。更に10分ほど歩くと諏訪神社がありました。

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これを過ぎて、グーグルマップで駅までの道を確かめ、上野原駅へ戻りました。上野原駅は変わった駅ですね。エレベーターで5階まで上った所が改札口でした。

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さすがにここまで来ると、もう名古屋へは、塩尻経由より八王子から新横浜経由のようです。新幹線に乗って初めて落ち着いて小宴が開けました。

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お疲れ様でした。

 

 

 

 

甲州街道笹子峠越へ3日目前半

2020年11月14日(土)

今日は最終日です。当初計画では相模湖駅まで行きたかったのですが、昨日鳥沢まで行けず大月で終わったので、今日は上野原までになりました。

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朝7時過ぎに宿を出ました。7時25分の電車で大月に行くのですが、その点大和屋さんは駅前なので便利です。

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7時35分には大月駅を出て、駅前の街道に入りました。街道はネオン街で夜に来たい所ですね。

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10分ほどで国道に出ます。宿場の雰囲気が残っていますね。

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すぐに左に分かれます。

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厄王大権現という神社があり駒橋宿の案内がありました。7時55分です。

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直ぐに国道に出て、すぐまた細い道で左に入ります。

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JRの踏切を渡り、下の車道に降りてきます。

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10分ほど車道を歩くと再度国道に合流します。

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8時15分頃、猿橋駅前を通過しました。三嶋大明神がありました。駅前から更に15分ほど、名勝猿橋への案内が見えてきました。猿橋を渡るのが甲州街道です。

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左折するとすぐ猿橋です。やはり名所と見えて、何人かの観光客が居ました。写真を撮っている人も居ます。5台ほどの駐車場とトイレがあります。

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ここで小休止しました。8時50分に出発。上鳥沢宿を目指します。すぐに国道に合流して、しばらくは国道歩きです。20分ほど国道歩きして、小向のバス停を過ぎると、左に街道は分かれます。

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登って国道へ下ると上鳥沢宿です。

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ここも明治天皇の史跡が残るのみです。9時27分。

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鳥沢駅前を9時半に通過しました。ここまではJR中央線に沿っていますが、ここから20キロほどはJRから離れます。次のJRの駅は上野原で、そこまでは、どうしても歩く必要があります。10分ほどで分岐です。野田尻となっています。

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この辺りの標高は300mほどですが、ここから犬目宿へは300mほど登る必要があります。この道筋にゴルフ場が二つ有るので、車は時々通ります。中野という集落を越えて、分岐から20分ほど喘ぎながら登って、道端に馬頭観音の石仏が有ったので、一寸休憩しました。振り返ると思いがけず富士山の頭が見えたので、一寸感動しました。

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更に25分、標高も550mを越えたかなと思う辺りの富士山です。

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10時40分頃、そろそろ最高地点かなと思う頃、上野原市に入りました。

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もうじき一里塚かなと思う頃、赤い鳥居の神社があって、そこに脇道がありました。逆から来た人が地図を見ながらその道に入りました。どうも少しですが旧街道があったらしい。

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すぐに恋塚一里塚がありました。10時50分です。

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右下にゴルフ場をちらちら見ながら15分ほど歩きました。消えかかっていますが、これから歩く旧甲州街道の案内図がありました。

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すぐに犬目宿に入りました。静かな山の宿場です。天保の甲州一揆で有名な、犬目宿の兵助という人物が居たそうです。今はやはり明治天皇の史跡が残るのみです。11時10分。

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犬目宿の石碑から7~8分歩くと街道は左に分かれます。右の道はやはり明治天皇行幸の際造られた新道のようです。

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登るとすぐ尾張の殿様定宿という米山家があります。参勤交代の大名は、宿が重ならないよう、東海道や中山道だけでなく甲州街道も使ったようです。ここ犬目宿は富士山の眺望が良く、尾張の殿さまのお気に入りだったそうです。

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すぐに宿場は終わり、道も地道になり、山道に入ります。

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山道は15分ほど続き、例の新道へ降りてきます。

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そしてそこは中央高速に橋が架かっていて、それを渡ります。渡って振り返っています。

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渡って右折すれば談合坂SAはすぐです。歩いて入れるので食事もできますね。私は道を急ぐので左折して高速沿いに歩きました。11時40分頃です。10分一寸歩くと萩野の一里塚跡です。

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一里塚から5分ほどで街道は左に分れます。案内が見にくいのですが、気を付けていれば解ります。

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入って2分でまた高速を渡ります。丁度12時だったので、ここで昼食休憩にしました。

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ここで前半を終わります。後半へ続きます。

 

 

 

 

 

 

 

2020年11月17日 (火)

甲州街道笹子峠越へ2日目後半

現在、下図の左端、笹子峠から下ってきて国道20号線に合流した所です。時刻は11時半。笹子駅に向かいます。

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国道を一寸歩くと良さそうな脇道があったので、そっちを歩きました。街道は国道です。再度国道に出ると、追分と言うバス停がありました。富士急バスです。食堂もありました。

11時50分頃、電柱に笹子トンネル事故慰霊碑の案内がありました。この近くに有るらしい。さらに5分、国道沿いのお寺の門前に、日本橋から25里の石碑がありました。

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笹子川を黒野田橋で渡ります。黒野田宿へ入ったのですね。橋から3分で本陣跡です。

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すぐ傍に笠懸地蔵と言う奇妙な石像があった。謂れもよく解らないらしい。

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15分位歩いてJRのガードを潜ると笹子駅でした。峠の道標で2時間でしたが15分遅れで12時14分です。ここでトイレをお借りして、近くのベンチで昼食休憩しました。

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25分ほどの休憩で出発しました。今度は初狩駅を目指します。国道の両側に笹子餅の看板があっります。名物らしいですね。

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でも私には、こっちの方が(笑)。

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駅から15~6分で笹子川を古い橋で渡りました。

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渡って10分一寸歩くと吉久保口と言うバス停があり、ここで左折してJRの線路を潜ります。

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潜って右折、吉久保の集落を歩きます。白野宿に入っているようです。甲州街道は随分短距離に細かく宿場があるのですね。

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稲村神社という吉久保の氏神さんの近くに、親鸞上人の念仏塚があった。

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13時15分頃再度JRを潜って国道に出る。子神社という案内があったが謂れは不明。すぐに白野宿へ入り、すぐまた国道に戻る。13時30分頃です。

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10分後に船石橋で笹子川を渡ります。神戸(ごうど)宿に入ったようです。全国あちこちに神戸があり、大体ごうどと読みます。何か意味がありそうですね。

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橋から12分ほど、本陣跡があります。この辺りの宿場の本陣跡は、ほとんど存続せず、ただ明治天皇小休止跡とかの石碑のみ残るのが多いですね。13時54分。

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中初狩宿の案内も有りました。

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本陣から15分、初狩駅の入り口に来ました。今日は駅前の大和屋さんが宿です。

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勿論まだ時間が早いので、このまま沈没するわけではありません(笑)。ただ荷物を預けて、空身でもう少し歩く積りです。宿は国道から100mほどかな、荷物を預けて、入口のローソンで一寸休憩しました。14時25分に大月駅に向けて出発しました。荷物が無いのは良いですねえ(笑)

すぐに山本周五郎生誕地の石碑がありました。

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国道から右に分れ、JRの踏切を渡ります。第7甲州街道踏切だそうです。手前に下初狩宿と聖護院道誉歌碑がありました。14時31分です。

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踏切から17分、14時47分に立派な橋を渡ってJRと笹子川を越え、国道20号再度合流しました。ここからしばらく国道歩きです。でもまあ歩道もあるし気楽です。食堂がありました。

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食堂から6分ほどで真木橋を渡ります。更に10分歩くと警察です。更に5分、三軒屋というバス停を過ぎました。中央高速の大月JCTの手前です。

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JCTのバス停のベンチで一寸休憩、上花咲のバス停が15時半です。大月IC入口を15時36分に通過しました。

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5分で花咲宿本陣跡です。ここも明治天皇小休止跡の立派な石碑があります。ここの本陣は、まだ立派に現役みたいで、きれいなのがいいですね。15時42分。

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この辺り、この時間は、国道はえらい渋滞です。多分、毎日のことでしょうね。桂川の大月橋の手前で、街道は左に分かれます。その街道が渡る橋が新大月橋というのは一寸納得がいかない。逆じゃないの(笑)。

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渡ってまた国道に復帰します。国道はこんな感じ。都留高前のバス停があります。大月駅は近いです。16時04分。

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市役所がありました。大月市大きいのに意外と庁舎は立派じゃありません。きっと市長が偉いのですね。全国の市町村が競って庁舎を新築したのに我慢したのは凄いですね。駅に向かって国道から分かれます。

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駅前に大月宿の案内が。

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駅到着は16時11分でした。お疲れ様。

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ここからJRで初狩駅へ引き返して、大和屋さんに泊まります。今日は歩数も4万歩を越えています。ご褒美にサッポロ黒ラベルの新製品で労をねぎらいました(笑)。

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初狩までは一駅です。入口とホームの間に線路が何本もある、変わった駅です。

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大和屋さんの晩酌には昼間見た酒蔵の笹一が出てきました。こういうのは嬉しいですね。全国ブランドの酒じゃなく地元の酒を出す。旅人にはこれですよね。月桂冠に叱られるかな(笑)。

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大和屋さんは良い旅館です。設備も新しくきれいだし、値段も安いです。一押しです。

明日は上野原までは歩きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年11月16日 (月)

甲州街道笹子峠越へ2日目前半

大黒屋さんのある駒飼宿の標高は640mほど、笹子峠は1074mそして笹子駅付近で600mほど。なので今日は430mほど登って下ることになる。その道ですが、徒歩の旧道と車道がある。当初自転車を考えていた時、こんな図を書いていた。

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青線が徒歩、赤線が自転車です。青の実線は舗装道路、点線は地道です。本陣跡の下90k地点から徒歩で峠越をして下って来ると96k、すなわち6キロの道程です。一方自転車は102kで12キロ、倍になるというものでした。

さて実際はどうなったか、今日1日の実績です。

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当初は図の右端、鳥沢駅まで歩こうと計画していましたが、峠越に思ったより時間がかかり、二駅手前の大月駅まででした。

2020年11月13日(金)

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朝食を意外に早く作って貰えたので7時10分に宿を出ました。ラッキーです。

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すぐに昨日間違って歩いた道と合流し、本陣跡がありました。

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出発して6分で旧道の入口に来ました。旧甲州街道とかの案内もないので、辺りを探しましたが、ここを入る以外ないようです。

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扉を開けて中に入ると荒れています。まったく手入れはされていないようです。

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一寸心配だなと思いながら7~8分進むと、駒飼一里塚跡の案内があり、間違っていないと気を強くしました。

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ところが、その先に堰堤があり、そこから先の道が消えてしまいました。上に登ったりして15分ばかり、あちこち探しましたが見当たりません。諦めて引き返すことにしました。結局30分のロスで、元の入り口に戻ってきました。

その後通りかかった地元の人に訊きましたが、やはりこの道は無くなっているそうです。とぼとぼと車道を登り始めました。笹子峠まで6キロの案内がありました。予定では3キロだったのに。7時52分。

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6キロの案内から50分ほど歩くと甲州街道峠道の案内がありました。笹子峠まで3.4キロの地点です。8時45分。

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広々とした道で手入れもされています。これで時間も短縮できると喜んで入りました。でもやはり、そうは問屋がおろしませんね(笑)。道がだんだん荒れてきました。

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でもまあ踏み跡はしっかりしてるし、道標も有るんだからと気持ちは明るいです。

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40分弱で伐採工事現場があり、索道の下を潜りました。

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もうすぐ峠だと思うのですが、この時期、落葉が地面全体を覆って道を消しています。慎重に進みます。

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6キロ地点から1時間48分、9時40分にようやく峠のトンネルに出てきました。実質宿から2時間ですね。

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トンネルはまあ短いようです。

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登り口は、先ほど車道に出た反対側にあります。

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トンネルのすぐ傍を通ります。

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7~8分ほどで峠です。

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笹子駅まで2時間とあります。9時53分。

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尾根道を縦走してる人が居て、一寸話しました。すごい道を歩いていますね。10分で反対側へ降りてきました。

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下りの道を案内図で慎重に確認します。また引き返すのは嫌ですから(笑)。どうやら車道を少し下るようです。

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10分ほど車道を下ると「矢立の杉」への道標がありました。ここからまた旧道に入ります。

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最初に一寸登ると、後は一貫して尾根道の下りです。

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調子に乗って下って、進入禁止サインを見落として一寸下ったりしました。

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取り敢えず20分の下りで矢立の杉に着きました。10時36分です。

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胸高直径9mの巨木です。

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一寸休憩して出発しました。矢立の杉から15分ほどで車道に出ました。11時です。

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5分ほど車道を歩いて、また旧道に入ります。河原の道です。

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そして20分、再度車道に合流しました。11時26分、峠から1時間半です。笹子駅まで、あと30分で行けるのかな?

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11時半に国道20号線に合流しました。

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前半はここで終わって、後半に引き継ぎます。

 

 

 

 

 

2020年11月15日 (日)

甲州街道笹子峠越へ初日

前回10月に甲州街道ポタリングで、下諏訪から石和温泉まで自転車で走りました。今回その続きで、石和温泉から大月、そして上野原まで歩きました。前回は折り畳み自転車でしたが、今回は途中に1000mの笹子峠があるので、自転車では無理と、本来の歩きに帰りました。

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地図で見ると、前回の下諏訪から石和は今回より距離長そうですが1泊2日、今回は2泊3日です。

2020年11月12日(木)

朝7時のしなの1号で塩尻に向かいました。天気は上々で途中の寝覚ノ床も久しぶりに見ました。

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塩尻で特急あさまに乗り換え石和温泉駅到着は10時25分でした。前回はけがの治療でゆっくり駅も眺めませんでしたが、今回はじっくり見ました。

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今日は笹子峠の麓、駒飼宿にある大黒屋サンガムさんまで15キロほどなので、余裕はあります。

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ただ、標高は石和温泉が266m、駒飼宿が650mと、じわじわ登りです。駅前のコンビニで非常食のパンとウイスキーを買って10時45分には出発しました。

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街道の国道411号線に出て左折、すぐに石和八幡宮があります。すぐ南側には足湯があって何人か入っていました。さすが温泉町ですね。

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街道の面影は余り残っていません。本陣跡も説明板だけです。

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ただ甲斐の国の都はここ石和だったそうです。信玄が甲府に移るまで、ここ石和が青梅街道との合流点でもあり、交通の要衝でもありました。遠妙寺の角で国道と分かれ左折します。11時4分でした。道端に変わった道祖神がありました。

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左折して20分ほどで笛吹川の堤防にでます。そこに笛吹権三郎とかの像がありました。父を探して倒れる悲しい話があるようですが、詳しくは知りません。

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土手に沿って街道らしい松が残っていますが、私は堤防の上の国道を歩いてしまいました。

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5~6分で笛吹橋があり渡ります。渡ってすぐ左折します。更に6~7分、11時45分頃、国道は右に曲がって行きますが、街道はそのまま堤防沿いを進みます。そこに桃太郎街道と書いてありました。桃太郎は岡山と思っていたのですが、甲斐にも桃太郎伝説があるようですね。

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この角に笛吹と言う食堂があったので昼食にしました。700円の焼きそば定食を頼んだのですが、すごいボリュームで食べるのに苦労しました。

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12時25分に店を出ました。20分ほどの旧道あるきで、また国道に合流し、日川橋で笛吹川を渡ります。渡るとまた行動と別れ、右折して堤防道路を歩きます。遠くの山の境目を行くのでしょうか?

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15分位でまた国道に戻ります。大宮五社権現参道をすぎて、旧甲州街道の案内もあります。

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13時30分頃、笛吹市から甲州市に入ります。

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そうすると以前からちらほら有ったぶどう園が急に増えてきました。

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ここは勝沼宿、ぶどうの郷駅があります。去年か一昨年、駅前のぶどうの丘でワインの試飲を楽しみました。等々力の交差点で国道411号線は左折します。直進は県道34号線で、これが甲州街道です。

14時15分頃、旧田中銀行社屋を通過。明治に建てられた有形文化財。

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街道の面影としては本陣跡や問屋場跡などの案内があったかもしれませんが見過ごして、脇本陣跡の案内だけ見ました。14時40分頃、っぶどう寺・大善寺にさしかかり、一寸だけ寄り道しました。国宝の建物があります。道は国道20号線に合流しています。

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また近くには近代砂防工事の先駆けとなったコンクリート使用の堰堤があります。大正時代の初めだそうです。

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そしてすぐ近藤勇の像がありました。なんでこんなところに新選組がと思ったのですが、新政府軍にとられた甲府城を奪還するため、新選組の残党や旧幕府軍がここで合戦し、旧幕府軍が敗退したのだそうです。柏尾の古戦場です。ここで小休止しました。

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14時55分ごろ出て15分ほど国道を歩くと共和の洞門がありました。ここは広い歩道も有り、難なく通り抜けました。

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ところが出るとすぐトンネルがあり、今度は歩道がありません。

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困ったなと思っていると、手前を左折する道があり、旧甲州街道の案内がありました。

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早速左折すると、壊れかけた登り道がありましたが、特に甲州街道とは書いていません。

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行方を見ると、上の方はさらに壊れています。これは違うだろうと、もう少し行くと、武田不動尊の案内がありました。

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これも違うなと少し歩いて、どうも違うので引き返しました。かといって、あの壊れた坂道を登るのも嫌なので、短いトンネルだから歩道は無くてもトンネルを潜ることにしました。

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ところがトンネルの右手に回り込む道がありました。入ると芭蕉句碑もありました。

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なんだ、こちらが街道かと思いましたが、それならあの案内は何だろう。思いながらトンネルを抜けると、降りてくる道がありました。

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結局どうだったのか未だに疑問です。15時30分。20分弱国道を歩くと鶴瀬宿に入りました。

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ここは小さな宿場ですが、笹子峠を控えた要衝にあり、重要な関所が置かれていました。明治2年に廃止されたそうです。5分ほどで通り抜け、今夜の宿がある駒飼宿に向けて登りに入ります。下の写真の三叉路を右折です。

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右折してすぐ右に入る細道が旧甲州街道なのですが全く気づきませんでした。広い道を歩いて中央高速を潜ります。実は右上の道が街道なのです。

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駒飼橋を渡らず直進の筈ですが道がありません。ここへ来ておかしいなと思いましたが、直進の道が無いので仕方なく橋を渡りました。

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渡ってUターンするような道に駒飼宿の案内がありました。やっぱりこれで良いのかと登りました。

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登ってスポーツ公園の角に案内がありました。

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この道で駒飼宿へ行けるし問題は無さそうですが、旧甲州街道は別にあるようです。街道沿いにある大黒屋サンダムさんへはどう行けば良いのか。解らないので電話しました。すると女将さんが出て、車で迎えに来てくれました。そして私が間違えた、最初の三叉路まで送ってくれました。そこからまた歩き直しました(笑)。

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上の図の赤線が正解、茶色が最初に歩いた道です。茶色の道は、明治天皇が来られる際、赤線の道が狭いため、新規に作った道だそうです。甲府から来ると10中8・9人が間違えるそうです。正しい街道です。

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なんやかやで、大黒屋さん到着は16時40分になりました。築300年の古民家だそうです。

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女将さんは親切だし、料理も美味しいし、トイレは外だけどシャワー式だし、宿泊料も安くていい宿なんですが

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缶ビールが650円は高いですね。山小屋でも500円ですから。オーガニックビールだとしても。酒のみにはつらいですね。

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明日は難所の笹子峠越へ、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

2020年11月 9日 (月)

伊勢本街道榛原~伊勢奥津2日目

2020年11月7日(土)

今朝は8時に三季館を出発、小雨の降る中桃俣まで街道へ引き返しました。今日は伊勢奥津駅まで18キロほどで、昨日よりは楽な行程です。

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8時12~13分頃、桃俣宿へ帰ってきました。

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傘は要らない程度の降りです。

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土屋原地区の民家にお侍さんが居ました。

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この御杖村は村内14キロ程を伊勢本街道が横断しているだけあって、観光の主軸に伊勢本街道を置いていますね。道案内も親切です。

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街道を歩いていると三季館の女将さんから電話があり、バッテリーの忘れ物が有ったので、今から届けると。女将さんにはお世話になりっぱなしですね。感謝。国道に合流し、9時20分頃、桜峠への山道に入りました。

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この道は10分も掛からず峠を越えますが、最初の踏み跡が無くて一瞬迷いました。ともかく踏み込めばすぐ峠で、小学校の白いドーム屋根がみえてきます。9時27分。

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学校の縁をぐるっと廻って国道にでます。国道を出入りしながら10分一寸歩くと御杖村の役場に近づきます。そこに伊勢本街道の案内があり、そこから本格的に旧道に入ります。

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入って5分で役場からの道に突き当たります。そこに菅野宿の案内があり、久しぶりに常夜燈もありました。左折です。9時50分。

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ここから少しの間、街道の雰囲気有る街並みが続きます。

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街並みを抜けると菅野川に沿って歩きますが、ここも良い感じです。

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10時16分、牛峠を目指して菅野川を渡りました。

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さあ登りかと身構えましたが、ここは広い車道を15分ほど登るともう牛峠でした。何かの大きな石碑の先の国道との合流点が牛峠でした。10時33分でした。左折するとすぐ大きな三叉路ですが、そこに小公園があり大休止しました。

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15分ほど休憩して出発しました。

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下って行くとお地蔵さんがあります。

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下り切った付近も雰囲気のある集落で、道案内の通りに歩けば自然に川沿いの道になります。

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道が突き当たると街道は右折です。逆に左折して川を渡って、また川沿いに歩くと、昨日行った道の駅へ2キロ程でしょうか。右折して10分ほど歩くと佐田峠で、首切地蔵さんがあります。

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この辺り、正面に大洞山が見える所ですが、今日は雲の中です。峠から少し行くと、道が二つに分かれますが、右に田圃の中へ降りて行きます。

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この辺り敷津という集落ですが、次の目標は姫石明神や丸山公園です。ただ参宮街道・俳句という催しがあるらしく、その案内や倭姫の元伊勢伝説もあるようです。

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11時45分頃、丸山公園に着きました。ここで昼食休憩としました。トイレもあります。

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30分ほど休憩して姫石明神に向かいました。階段を少し下った所にあります。倭姫が婦人病の全快を祈願したとか。

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ところで、ここから下ればいいんですが、案内地図にここは本街道ではないと書いてあったので、一寸本街道を探してみました。

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だけど結局見つからず、再度、姫石明神の前を下りました。15分ほどロスしたかな。下る途中にいろいろ石碑があります。これは六部の墓。

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悪路ですが10分一寸で国道へ降りてきました。丁度、三重県境です。12時45分。

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この小公園で小休止して、出発しました。ここから国道歩きで三重県夷入るなら簡単ですが、街道は国道の右下に降りて行きます。そこから案内が無くて困りました。国道を潜っても駄目、潜らず林へ登っても駄目。10分位うろうろして、諦めて国道を歩こうと決めた時、はっとひらめいたのが国道沿いの溝蓋のうえ(笑)。そこが街道でした。

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そこからは順調で、10分も掛からず国道(368号線)に出ました。手前に太一の常夜灯があります。太一の常夜灯は独特な形で、この地方に多いですね。13時03分。

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ここは三重県津市美杉町杉平、旧美杉村です。津市とは思えませんね。ここから大洞山へ少し登った辺りが、有名な三多気の桜です。右折して伊勢奥津駅に向かいます。国道を7~8分歩くと道標がありました。右伊賀名張、左大和初瀬だそうです。正面は伊勢道。

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太一の常夜灯は街道沿いに4つあります。二番目がこれ。

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石名原に入って街道は左に分かれます。そこに3番目の常夜灯。13時30分。

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3分でまた街道は左に分かれます。その細道に下垣内庚申堂があります。

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そしてすぐ先ほどの道に合流しますが、その街道が国道に出る手前で右折します。

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そして上の写真の奥にけもの防止の金網があり、その扉を開けて田圃道に入ります。そこまでは良いんですが、次に扉を開けて出た後道が無くなっています。一瞬戸惑いますが、強引に進んで民家の庇の下を通るとすぐ街道に出ます。出た所です。

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そのすぐ先に3番目の常夜灯があります。13時45分。

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そこから5分で国道に出て、また5分で旧道は右に分れます。いよいよ奥津宿です。興津宿は飼坂峠の難所を控えた宿場として、また若宮八幡宮の参詣口として栄えたそうです。

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入口から5~6分で伊勢奥津駅の入り口です。駅まで94mだそうです。

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伊勢奥津駅は鉄道マニア垂涎の駅だそうです。2時間に1本の名松線の終点駅で、効率が悪くてなかなか行けない駅だそうです。この日も何人かのマニアがただ乗りに来てすぐ引き返していました。

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午後2時6分に着きましたが、列車は3時8分です。1時間待って松阪着が4時39分、なんとも時間のかかる駅です。それはともかく松阪でのお楽しむは当然焼肉ですね。駅前の焼肉店で反省会を行いました。

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次回は伊勢奥津からスタートします。

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年11月 8日 (日)

伊勢本街道榛原~伊勢奥津1日目

山歩会仲間との伊勢本街道歩きの4回目です。今回は近鉄榛原駅から石割峠を越えて御杖村の三季館で1泊、翌日は御杖村を横断して名松線の伊勢奥津駅まで1泊2日の旅です。

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2020年11月6日(金)

9時20分に近鉄榛原駅に集合しました。

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線路に沿って前回西峠から下ってきた地点まで戻ってスタートします。角には登録古民家「池田家」があります。

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宇陀川に出ると対岸に日本最古の健康の神様と言う墨坂神社があります。赤い橋を渡って、今回の旅の安全を祈願しました。

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9時40分過ぎに神社を出て、ここからはしばらく国道369号線を歩きます。弘法大師の美味しい水(有料)など見ながら25分ほど歩くと県内最古の道標というのがありました。1661年の建立だそうです。

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御井神社を右に見ながら20分ほど歩くと自明の不動尊があります。弘法大師の爪書き不動尊とかも。

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ここで10時半から6~7分トイレ休憩しました。街道はここで国道を離れ、上の写真の左端の旧道に入ります。農家の庭先を通り、雑草を掻き分ける山道になります。

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分岐から10分ほどでまた国道に降りてきます。そこから5分も歩けば高井の集落に入り、ここで街道は国道と分かれて左に入ります。仏隆寺左の案内があり、室生古道・伊勢本街道の案内になっています。

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入って3分歩くと、再度街道は左に分かれます。案内や石碑があるので迷うことはありません。

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今日のメンバーは私を入れて7人です。ここから2分、再度道が2つに分かれます。左は室生古道で仏隆寺を経て室生へ向かいます。伊勢本街道は右を登ります。10時57分です。

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次の目標は千本杉です。杉林の中を12~13分登るとありました。立派な巨木です。

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千本杉から3分ほどで道案内の看板があります。左千体仏・右公衆トイレですが、右へ行きます。11時15分。

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道なりに気持ち良く歩いていて間違えそうですが、ここは左の細道に入ります。ここから林道に入り諸木野の関所跡を目指します。11時33分。

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7分林道を歩くと案内があり右の地道に入ります。そして5分、関所跡に着き、ここで昼食休憩としました。

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30分ほど休憩して出発しました。5分も歩くと諸木野の集落が散在していますが、あちこちに仏隆寺への分岐があります。

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かって諸木野には数軒の旅籠があったそうですが、今は面影もありません。

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諸木野を過ぎると街道は本日一番の難所石割峠への登りになります。多分200mほどの登りだと思います。先の道標から25分ほどで三郎岳との分岐の案内がありました。

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ここから10分弱登ると石割峠です。12時57分。

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石割峠は標高695m。伊勢本街道の最高地点です。でも展望も無いのでそのまま下ります。15分も下ると車道に出ます。車道を15分ほど歩くと田口の集落になります。この辺りは田口宿として多くの旅籠があったとか。

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この辺りで右に入る道が有ったらしいのですが、話に夢中になっていたのか、通り過ぎて血原橋に来てしまいました。

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それでも気付かず橋を渡って直進して室生の方へ少し歩いて引き返しました。15分位ロスしたかな。県道を逆に黒岩方向に歩きます。少し歩くと伊勢本街道の案内が出てきました。街道とここで合流しました。13時55分。

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5分で黒岩口で、街道は左に分かれて登ります。5分登ると不動の滝です。更に10分で黒岩集落です。地滑り防止事業の看板が目につきます。14時16分。

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ここから20分ほどは道なりに歩きます。左前方に住塚山が紅葉に染まって見えてきます。

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その辺りに山粕峠への道が右に分れます。14時38分。

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10分ほど休憩して登り始めました。とは言っても、大した登りがある訳ではありません。杉林や畑を歩いて、最後に一寸登ると山粕峠でした。20分弱で到着しました。

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一寸した悪路を15分ほど下ると佐田神氏跡、そして10分一寸で山粕宿の入り口です。問屋場跡の石碑があります。15時36分です。

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山粕宿からは本日最後の峠、鞍取峠に向かいます。

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山粕内の街道は本来上図の青線らしいのですが、めだか街道と言う案内に釣られて歩いてしまいました。

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まあこれでも良いでしょう。本来の街道に戻って10分ほど歩き、国道沿いの公衆トイレに来ました。

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鞍取峠へは、このトイレの裏から道があります。15時55分に出発しました。三季館さんには16時半頃着くと言ってあったのですが、一寸遅れそうです。20分ほどで鞍取峠に到着しました。

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休憩もそこそこに下りますが、道は悪路で、速くは歩けません。20分掛かって御杖村の桃俣へ下ってきました。

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今日の街道歩きはここまでです。ここから県道を1キロ程歩いた所に今日の宿三季館さんはあります。

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三季館到着は16時50分。20分遅れでした。

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三季館は春夏秋の3シーズンだけ営業するので三季館だそうで、11月は本来休みだそうです。10人以上の団体だけ予約制で開けるそうです。今回我々は予定したメンバーが減って7人になり、無理をお願いしました。

夕食は道の駅の姫石の湯に送迎してもらい、三季館さんは朝食だけお願いしました。帰ってきて、食堂で夜は歓談しました。

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明日は伊勢奥津まで18キロ程です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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