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2020年9月28日 (月)

伊勢本街道 三輪~榛原

山歩会仲間と歩く伊勢本街道の3回目です。今回は三輪駅から榛原駅まで、途中、大神神社と長谷寺に参詣して15キロほどの、やや楽な行程です。というより、我々ロートルには丁度良い距離かも。

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今日は一寸朝ゆっくり出発して、三輪駅には10時43分の到着です。

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まず大神神社へお参りするつもりです。

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大神神社は古事記や日本書紀にも載っている日本最古の神社と言われます。なので参詣者も絶えることはありません。駅前を30mほど歩いて右折、この参道に入ります。

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そして大通りに出たら右折すると大神神社です。

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お参りして、本殿の前を右折していくのが山の辺の道であり、伊勢本街道でもありますが、詳しい地図を載せます。

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伊勢本街道の道標はありませんが、山辺の道の道標があります。11時07分。

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平等寺の門前を通る細い道がそうです。平等寺も良さそうなお寺ですが、今回は写真だけ撮りました。

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平等寺の先は、こんな薄暗い細い道です。

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でも道案内の海柘榴市(つばいち)とか長谷寺方向へ進めばいいです。すぐに石畳の道になりました。これは最近整備されたのだと思います。2003年に来たときは無かったような。

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すぐに金屋の石仏があります。釈迦と弥勒、2体の石仏が石板に彫られています。重文だそうです。

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11時24分、県道199号線を渡って大和川の堤防に出ます。左いせ・はせの石碑があります。

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堤防には仏教伝来の地の石碑があります。こんな内陸にどうしてと思いますが、当時、大和川は今の堺ではなく大阪湾に流れ込んでいたそうです。なので中国からの船も、難波の津から、ここまで登って来たとか。11時28分。

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当時この金屋地区は、山辺の道や初瀬街道・竹内街道などが集まる交通の要衝だったそうです。なのでここには海柘榴市という日本最古の市が立ったのだそうです。

大和川の堤防を歩きます。変な馬が居ました。

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県道に出てしばらく歩くと、こんどは県道105号線の高架を潜ります。そして5分、今度は国道165号線を渡ります。

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渡ると周囲は旧街道の面影を帯びてきます。近鉄の朝倉駅が近いはずです。

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朝倉台団地への高架道路を潜ります。12時頃です。付近の家の軒下に、米寿を祝うしゃもじが並んで居ます。一寸珍しいかな。

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国道に合流して、歩道の無い国道歩きです。すぐに左へ旧道があります。出雲という辺りです。十二柱神社がありました。一寸謂れ有りそうですが、詳細は不明です。12時19分。

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再度、国道を横断してまた国道に帰ってきます。長谷寺の参道も近いなと思う頃、国道沿いにラーメン屋さんが有ったので入りました。11人も居るので、ご主人の要望に従い、皆スタミナラーメンになりました(笑)。12時40分頃です。

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ご主人が、我々が街道歩きのグループと知って、この辺りに伝わる元伊勢の話を熱心にしてくれました。3年前に倭姫の跡を追って、阿紀神社や篠畑神社を探したことを思い出しました。

13時15分頃店を出ました。5分で長谷寺の参道入り口です。初瀬西交差点。

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ここから長谷寺に参詣します。

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牡丹の長谷寺も有名ですが、本命は西国三十三所、八番札所として有名です。参詣者はここも絶えないでしょう。なので参詣道は商店で一杯です。

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参詣道は1キロ一寸でしょうか、13時37分に門前に到着しました。

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500円だったかの拝観料を払って入場しました。長い登楼の両側には牡丹が植えられていますが、今はシーズンオフです。

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本堂の前は京都の清水寺と同じく舞台があります。

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本堂に祀られているご本尊は巨大な十一面観音菩薩です。高さ10m、日本最大の木造仏とか。

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西国三十三所の観音霊場をまわるのは長谷寺の開山徳道上人が始められた。その時は1番が長谷寺で京都の三室戸寺が三十三番であったとか。その徳道上人を祀るお堂があります。

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徳道上人の西国三十三所巡りは8世紀頃ですが、道も険阻なため一時はすたれます。二百数十年後に花山法皇が復活させました。それが現在の、那智山から始まる順番になっています。

徳道上人の墓所が近くの法起院にあり、番外札所になっています。

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長谷寺から伊勢本街道へ復帰にあたり、元の初瀬西交差点まで戻るのは、昔の旅人も嫌だったと見えて、ショートカットが用意されています。長谷寺から法起院を過ぎて引き返してくると、くさ餅屋さんの角に石標があります。逆から見て「右いせ」とかの大きい道標です。そこを左折します。14時18分です。

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細い車道で、一寸登りますが10分一寸で国道に出てきます。ここからは歩道の無い国道歩きで、西峠までの登りが1時間ほど続きます。

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所々旧道が残っているのが唯一の救いです。

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丁度、稲刈り前の季節で、稲穂の黄金色が素敵でした。日本は瑞穂の国ですね。

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一寸休憩も挟みながら、1時間で西峠に到着しました。15時25分です。

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ここからも一寸ややこしいので詳しい地図を載せます。

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交差点は五叉路ですが、左斜めの小道に入って行くのが旧村道で街道のようです。一寸回り込んで再度国道と交差する所に旧村道の石碑がありました。

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国道を渡り、再度回り込んで国道を渡ったのですが間違いでした。気が付いて引き返してきました。国道を渡らずUターンするように歩くのが街道でした。すぐに左下に降りる細い階段があります。それが本街道だそうです。石碑の案内があり助かりました。

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後は道なりに歩いて行くと昔のメイン商店街に出ます。伊勢本街道の案内もあります。

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近鉄のガードが近づいてくると、屋根に松を這わせた料亭の立派な建物があります。

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その隣が旅籠あぶらやで、確か本居宣長なんかも泊まったと聞いた覚えがあります。

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またここは伊勢本街道と「あお越街道(伊勢街道)」の交差点だそうです。

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すぐ先の近鉄のガードを潜って今日の行程は終わりです。右折すれば500mほどで榛原駅です。丁度16時頃です。

駅近くのお寿司屋さんで今日の打ち上げを行いました。皆さん、お疲れ様。

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次回は11月で御杖村へ入ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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