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2020年1月14日 (火)

熊野古道 荷坂峠

熊野参詣道で伊勢の国から紀伊の国へ入る道筋としては、古来ツヅラト峠が有名です。伊勢神宮を参拝し、続いて熊野詣でや西国巡礼をする旅人は、この峠を越えます。ツヅラト峠に立って旅人は初めて熊野灘を見たわけです。江戸時代になるとツヅラト峠に代って荷坂峠がメインのルートになりました。荷坂峠は標高241mでツヅラト峠より100mほど低いのが好まれたのでしょう。

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2020年1月11日(土)

山仲間のIさんと、そのお仲間5人の女性と荷坂峠に出かけました。名古屋駅を7時46分の快速三重に乗り、多気乗り換えで梅ケ谷到着は10時50分、3時間も掛かります。梅ケ谷から紀伊長島駅は8キロ、3時間弱の行程なので、健脚の人には物足らないので、ツヅラト峠を下って荷坂峠を登ってくる人も居ます。梅ケ谷から紀伊長島は登りが少なく楽ですが、逆はしんどいですね。

まず、八柱神社にお参りしました。

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11時に出発して国道沿いの歩道を30分一寸歩くと、庚申さんなど3体の地蔵さんがあります。

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更に7分ほど、11時42分に旧道の入口です。ここには木工の趣味の店を開いて居る方が居ます。

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12~3分で国道を渡ります。国道は荷坂トンネルを潜って紀伊長島へ向かいます。

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国道から3分で荷坂峠です。登り坂は無かったも同然です。

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一応記念撮影しました。

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ここを下り始めたのが12時05分です。なだらかな道です。

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10分ほど下ると長島湾が見え、沖見平と勘違いしましたが違いました。

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右後方に国道42号線が見えます。

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今度は左前方下にJRの線路が見えます。

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トンネルが見えるとすぐ沖見平の登り口があります。沖見平まで50mです。12時25分です。

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ここも長島湾が見え、ベンチが2つあり、ここで昼食休憩にしました。

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20分ほどで昼食を終え、下り始めると、明治の道と江戸の道の標識が出てきます。簡単に言えば江戸の道は直登に近く、明治の道は緩やかなジグザグ道です。明治の道を降ります。

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沖見平から30分の下りで片山側登り口です。

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江戸の道が世界遺産の登り口になっていました。

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登り口から2分ほど歩くと立派な猪垣が残っています。ここまできれいなのは珍しいですね。

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田圃に出ると鹿よけの網が並んで居ます。振り返ると今降りて来た山並みがきれいでした。

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しし垣から7~8分で一里塚跡があります。

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更に3~4分で国道を潜ります。

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潜るとすぐ立派な公衆トイレが出来ていました。一寸休憩しました。

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トイレから10分一寸で道の駅まんぼうです。

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皆さんはここで買い物の後テラスで缶ビールなど飲み始めました。私は紀伊長島のスーパーで買い物がしたかったので、皆さんと別れました。紀伊長島からの列車は14時台と15時台は1本も無いのです。2時間ほど時間を潰す必要があります。

長島駅方向の道案内に従い、片上池の遊歩道で駅を目指しましたが、熊野古道に忠実に歩くなら、図の青線がそうです。

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紀伊長島駅へは道の駅から15分~20分、14時32分に到着しました。

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ここで一寸気が変わって、以前何回か歩いたことのある、紀伊長島港付近の魚まちを歩いてみることにしました。ここは紀伊長島から尾鷲に向かう熊野古道沿いで、一時期は熊野古道を歩くハイカーを呼び入れようと宣伝を結構していました。

14時45分頃、長島橋を渡りました。海を見ています。

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古びた街並みの熊野街道を半分ほど歩いてみました。一寸寂れていますね。全国共通の悩み、過疎でしょうね。

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魚まちの地図です。

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帰りにスーパーへ寄って、サザエとアワビを買いました。缶ビール、お酒、お惣菜を買って駅に帰ってくると、丁度皆さんも駅に到着しました。まだ時間は30分以上あり、16時20分まで駅のベンチで小宴を開きました(笑)。

お土産に買ったサザエとアワビは翌日の夜のご馳走になりました。

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アワビは1個は刺身、1個はステーキです(笑)。

 

 

 

 

 

 

2020年1月12日 (日)

高野街道2日目後半

2020年1月6日(月)

地図を再掲します。現在11時半。紀見峠から下ってきて、国道371号線の橋本バイパス入口、図の中央付近、不動堂の一寸下あたりに居ます。

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7分ほど歩くとお寺の旗がはためいていました。街道はこの辺に降りてくるのが正解でしょう。さらに7分、11時44分に五里石を見つけました。

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さらに5分、清恭寺というお寺の向こうで右折し、高架道路の下を潜ります。11時50分頃です。

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街道は少し登りながら御幸辻駅の方へ進んでいきます。

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御幸辻という場所があるならこの辺りだなという場所、駅の近くです。12時10分。

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すぐに牛頭天王がありますが、ここで一寸間違えました。

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牛頭天王の手前を左折してすぐ右折が正解で、すぐ国道に合流します。12時20分です。もう少し行けば食堂があったはずだと国道を歩きます。

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12時半過ぎ、自動車道の少し手前に目当てのラーメン屋さんがありました。人気の店みたいです。

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13時に店を出ました。自動車道の下を潜る道を探しましたが裏道は無く、引き返して国道を歩きました。20分ほど歩くとJR和歌山線の高架を潜ります。ここに高野街道の大きな看板があります。

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実は昨年4月、大和上市~和歌山城まで和歌山街道を歩きました。そのときここを通っています。潜るとすぐに分岐があり、高野街道の道標があります。

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ここは右へ行きましたが、必ずしも正解で無いかもしれません。ここに四里石があるとの情報でしたが見当たりませんでした。13時30分国道24号線に出ました。

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直進して紀ノ川の土手に出て、当時は渡しが有ったのでしょうが、今はありません。左折して橋本橋を渡るのが現代の高野街道です。一応直進してみましたが土手に登る道が無く、国道に戻りました。橋本橋の手前堤防に、東家渡し場大常夜燈がありました。

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四里石もここに移されていました。13時35分です。

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橋本橋の手前に高野七口の一つ黒河道の案内があり、平成28年に世界遺産になったと書かれていました。

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我々が進んでいる高野街道は学文路から不動坂道になるのですが、ここはまだ世界遺産ではないような。有吉佐和子の小説紀ノ川を思い出しながら紀ノ川を渡ります。

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渡ってすぐ右折し、紀ノ川から離れかけた所に三軒茶屋大常夜燈があります。

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そこから5分一寸、13時56分に西行庵とも言われる六地蔵堂があった。13時56分です。

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国道371号線の下を潜ると鎌不動明王のお堂があります。謂れは解りません。

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14時18分、左側に学文路天満宮の鳥居がありました。学文路天満宮は左手の山の中腹にあるようです。

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14時30分、かむろ地蔵尊がありました。聖徳太子ゆかりの学問の地蔵さんだそうです。

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その前に三里石があります。

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もう学文路駅はすぐです。14時40分に電車がありますが、無理しないことにしました。14時34分国道370号線を渡ります。郵便局の前に国境の碑がありました。紀州藩の領地と寺領の境だそうです。

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再度国道に帰ってきたのが14時37分。今回の我々の行程はここで終わりです。

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ここから高野七口の一つ不動坂の登りが始まります。右へ国道を200m進めば学文路駅です。

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走れば間に合いそうですがやめました。学文路駅に着いた時、丁度電車が出ていきました。

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13時15分の電車で難波に向かいました。橋本乗り換えです。途中、昨晩泊まった紀伊見荘がみえました。

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16時25分に難波について、お疲れ様と反省会は、いつものことです。

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2020年1月10日 (金)

高野街道2日目

2020年1月6日(月)

今日は昨日終了した三日市から紀見峠越で高野山麓の学文路(かむろ)駅まで22キロほどです。

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紀伊見荘を7時40分頃出て紀見峠駅に向かいます。途中、良さそうなお寺がありますが素通りです。

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8時10分頃、三日市町駅を出発しました。

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駅前のスーパーが7時半から開いていて、弁当を買うつもりでしたが、食堂まで歩けそうなのでやめました。

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街道に入るとすぐ左手に八里石があります。

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街道は10分ほどで国道に合流します。旧の371号ですね。8時半頃、その国道を右に分れ、旧街道が始まります。371号線のバイパスを陸橋で越えると石仏地区です。旧街道の雰囲気を残す立派な民家もあります。

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8時40分頃国道に下ってきますが、ここでバイパスが左に分かれます。高野街道は右の旧371号線です。

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ただ国道は車が多いので、両国道の間の下を流れる天見川沿いの道を前回は歩いたようです。今回は国道を歩きます。

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20分ほど国道を歩いて左に折れます。

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折れると郵便局があるのが目印です。

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すぐにお堂があり、角に道標があって、右こうやと刻まれています。左はすぐ千早口の駅でしょう。

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道は細く、街道の雰囲気があります。

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9時15分頃、右手に壊れかけたようなお堂があります。弘法大師のお松明と案内があります。

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すぐに旧国道と合流し左折します。

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国道を3~4分歩くと右側に七里石がありました。

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9時35分頃、左手に学校がありました。この付近に天見駅が有るんでしょうね。さらに10分歩くと、左からバイパスが合流してきました。

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右手に観世音菩薩の旗が並ぶお寺の付近で衣服調整の休憩をしました。これから峠に向けて登ると暑くなるだろうと思ったのです。20分ほど歩いた10時7分頃、旧国道との分岐に来ました。左は紀見トンネルに入って行きます。

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街道は旧国道で、曲がりくねりながら登って行きます。紀見峠の標高は400mなので、100mほどの登りでしょうか。

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25分ほどの登りでトイレがあり、ここが金剛山から下ってきたダイアモンドトレイルとの合流点でした。

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そこから5分で紀見峠です。街道は左を少し登ります。

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そこに六里石があります。並んで建っているのが、世界的に有名な数学者、岡潔先生の生誕地という石碑です。

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そう言えば先ほどから「情緒の道」岡潔と刻まれた石碑が所々にありましたね。ちらっと見える紀伊山地の山々を見ながら3分も歩くと大きな石碑もありました。

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紀の国が見えるから紀見峠かと思いながら紀見峠宿を下って行きます。

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細い急坂を下って行くと旧国道を横断しました。10時53分です。

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更に下って行きます。

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国道から10分弱で紀見峠駅への道が右に分れます。

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11時8分に国道へ下ってきました。柱谷という地名のようです。右折します。

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国道を15分ほど歩いて左折します。11時25分頃です。

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入るとすぐ不動堂があります。そろそろ空腹だなと思いながら歩いて、道を間違えました。二股で国道へ行く右を選んでしまいました。旧道は食堂が無さそうに思えたのかもしれません(笑)。11時30分、橋本バイパスの入り口に降りてきてしまいました。

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引き返すのも面倒なので、そのまま国道を歩くことにしました。

2日目後半に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年1月 8日 (水)

西高野街道初日後半

地図を再掲します。現在、十一里石下の分岐道標に居ます。13時35分です。

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ここから道は下り坂です。おわり坂と呼ぶようです。正面に見えるのは金剛山地で、左が葛城山、水越峠を挟んで右が金剛山だそうです。

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坂を下り切って三津屋川を渡りますが、その手前に牛滝地蔵があります。道が判らずうろうろしていましたが、牛滝橋の袂に案内がありました。

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この辺りが下高野街道との合流点という話もありますが説明はありません。地元の案内図には、下高野街道は中高野街道と合流するようにも描かれています。

橋を渡って右折、街道は一寸寂しい道を通って、茱萸木(くみのき)という難しい読み方の地域に入って行きます。

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14時10分頃、玄昌法師地蔵、通称さけかけ地蔵さんがありました。

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さらに10分ほど歩くと左側に十里石がありました。

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14時25分頃河内長野市に入りました。ここからは一寸小ぶりの石の街道案内に変わります。14時30分、道が二股に分れていて案内が無いので迷いました。地図を一生懸命読んで上に登りました。ここに案内が欲しいなあ。

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坂道から10分っ少々、道がX字に交わる交差点に出ました。ここが中高野街道との合流点です。

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合流点から20分ほど歩いて15時一寸過ぎ、右手に晴明塚がありました。陰陽師の阿倍野晴明に関係する塚でしょうね。

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ゆるやかに坂を下って15時10分、国道170号線の下を潜りました。

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もう河内長野駅も近いですね。潜るとすぐ旧阿弥陀寺石仏群というのがあります。

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街道はこの辺りで左折して1本東の道に移るという説もありますが、どうも直進が自然なので直進しました。国道371号線を渡った所に、近江膳所藩代官所跡というのがありました。この辺り、膳所藩の領地だったのですね。

そのすぐ隣に行者堂があり、そこに九里石もあります。なのでこの道が街道でいいのですが、このての道標は何かの理由で動かされるので、確証にはなりませんね。

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15時25分頃駅前の商店街に入ってきました。コンビニへ入ってトイレなどお借りしました。

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15時30分、駅前に来ました。ここまでのどこかで東高野街道との合流点が有るはずですが、説明はありませんでした。1本東の道にあるのかもしれません。ここからは西や東は無くなり単に高野街道になります。

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今日の宿は紀見峠の向こうの紀伊見荘に予約しています。時間もまだ早いので、もう一駅、三日市町まで歩くことにしました。高野街道の入り口には大きな案内のモニュメントが作られています。

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このモニュメントを見て思い出しました。実は3年前、高野山の大峰道を歩いたとき、その前日にここから天見駅まで歩いていたのです。Oさんも一緒だったのですが、彼もすっかり忘れています。お互い、歳なんですね(笑)。

5分ほど会歩くと酒蔵があります。西条合資会社だそうです。右側は店舗、左側は旧店舗と土蔵で有形文化財です。ここの天野酒は大阪が誇る銘酒だとOさんが言っていました。

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街道は国道371号線を横切り、登りになって行きます。別久坂と呼ぶそうです。15時40分です。

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10分ほど田舎道を歩くと右手に烏帽子形神社があります。山頂には烏帽子形城があったそうで、楠木正成が築いた城の一つとか。

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高札場跡を過ぎ、神社から7~8分で再度国道を陸橋で越えました。

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陸橋を降りて左折すると街道の面影です。

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天見川を渡った所に天誅組と三日市油屋の碑がありました。16時過ぎです。

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ここ三日市は高野街道の宿場町として栄え、油屋は本陣だったそうです。他にも旧家はあり宿場の雰囲気があります。八木家は酒屋で一政宗宇喰っていたとか、有形文化財です。

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16時8分には三日市町駅に到着しました。

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三日市町から紀見峠駅は15分ほどです。紀見峠駅から紀伊見荘は徒歩5~6分でしょうか。お風呂に入って楽しみの夕食です。まず乾杯。

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さっそく例の大阪が誇る銘酒と熊野古道のお酒を頂きました。

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その後も紀伊見荘焼酎を飲み、一寸飲みすぎたなあ。明日の紀見峠越に響かなければいいけど。

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おやすみなさい。

 

 

 

 

西高野街道

京・大坂から高野山の麓に至る道は4本あります。下の写真のように、京都からは石清水八幡宮からの東高野街道。大阪からは堺からの西高野街道です。中間に四天王寺からの下高野街道、平野の抗全神社からの中高野街道です。

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4本の道は河内長野では1本になり、そこからは単に高野街道と呼ばれて、紀ノ川を渡り、学文路(かむろ)に至ります。学文路からの登山道は高野七口の内、不動坂口と呼ばれ、山上の女人堂がゴールでした。

今回は、その内の西高野街道をたどり学文路までの42~43キロを一泊二日で歩きました。同行は大阪のOさんです。

2020年1月5日(日)

令和2年の初街道歩きです。朝9時25分頃、南海電車の堺駅に到着しました。初日の今日は18キロ先の河内長野か、出来れば、もう一駅か二駅まで歩きたいと思っていました。翌日は紀見峠越が有るので、すこしでも初日に稼いでおきたいところです。

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堺駅から東へ延びる大小路通りを進み、最初の大きな交差点に阪堺電車の大小路駅があります。この南北の通りは旧紀州街道です。

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この交差点が西高野街道と竹内街道の起点になっています。以前、竹内街道を古市から歩いて来たときは、ここがゴールでした。

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9時40分頃、ここを出発して東に向かいます。15分位で南海高野線の堺東駅にぶつかります。右は堺市役所です。この展望室からは仁徳天皇陵など古墳群が一望できます。交差点には仁徳天皇陵への道標があります。

ここを右折すると、すぐ左に分かれる細道がありますが、これが西高野・竹内街道です。

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入るとすぐ南海線を渡るのですが、その手前に、石仏がいろいろ祀られています。その中に高野街道の十三里石があります。

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高野山上の女人堂までの距離を表しています。踏切を渡り、少し行くと、竹内街道との分岐点があります。左が竹内街道です。10時10分です。

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すぐに国道310号線の陸橋を渡りますが、ここは熊野街道も合流して橋を渡ります。渡った所に仁徳天皇陵がありますが、熊野街道は御陵の右側へ、西高野街道は左側へ進みます。陸橋だけ一緒に渡るのです。

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街道は1キロほど国道を歩きます。

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1キロ程で左折して、1本東の道に入るのですが、案内が無いので通り過ぎて引き返したりしました。目印はファミマを過ぎた細道で、入ると梅北町になります。1本目を右折すると案内があり、ほっとします。10時42分でした。

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そこから10分位歩くと、右手住宅の裏手に表塚古墳があります。

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中百舌鳥駅の近くを通り、11時08分に再度国道に出ました。正面は大阪府立大学です。左折してすぐまた左折します。電柱に案内があります。

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入るとすぐ白鷺公園が有り西高野街道の説明があります。白鷺駅も近いのですね。公園を過ぎ、鋳物工場やため池を過ぎると街道らしい雰囲気の家が並びます。公園から12分ほどの左側に十二里石がありました。お堂もあります。関茶屋という辺りです。

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十二里石から13分ほどで阪和自動車道の下を潜ります。更に15分、12時丁度に分岐地蔵堂と道標がありました。右高野、左滝谷金剛とか刻まれています。

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当然右なのですが、何故か左に行きました(笑)。誰かの紀行文に左へ行ったと書かれていたのです。この辺りで昼になると予測していたので、食堂を調べていました。ここから少しで国道を渡りますが、その国道沿いの中華料理店に近い道を選んだのかもしれません。いずれにしてもこの道は街道に並行しています。

国道を一寸左折して食堂に行き、昼食休憩しました。12時10分です。

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12時50分頃店を出て、元の道に復帰しました。10分ほど、その道を歩いた後、右折して並行する街道に戻りました。そこには西高野街道の案内がありました。やはり街道は良いですね。

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道はしばらく変化なく、淡々と歩きます。

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25分ほど歩いた時、左から道が合流してくる場所に十一里石がありました。写真は振り返っています。

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直ぐに陸橋で県道を渡ります。

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渡るとすぐ左手に岩室郵便局跡など3個の新しい石碑があります。更に進むと、また道が二股に分れ、お堂と道標があります。今度は道標に従い、左こうやで左に入りました。13時35分です。右は天野街道というようです。

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長くなるので一旦終わります。続きは後半で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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