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2019年11月 7日 (木)

北国街道ポタリング3日目 福井~加賀温泉その2

12時10分頃昼食を終えて出発すると、すぐ吉崎道分岐でした。

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左は吉崎御坊への道、右は旧北陸道です。右は親鸞聖人が辿った道、左は蓮如上人が辿った道です。

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右は当時急な坂道で「のこぎり坂」と呼ばれたそうです。

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10分弱のこぎり坂を登ると、一寸開けて太陽光発電があり、街道はさらに少し登ります。

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そこを登ると、旧北陸道の案内があり、ここから1.3キロ先の加賀境までが、旧北陸道の面影をそのまま残しているとあります。12時27分。

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平坦ですがガタガタ道なので自転車は押して行きました。すぐに往来安全の名号碑があります。

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更に10分ほどで「お国境名号碑」です。

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12時45分頃、右側が開けて、広大な果樹園がありました。

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2分も進むと左に国境一里塚跡があり、果樹園は終わってゴルフ場に入って行きます。

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道の両側がゴルフ場で、見とれているうちに道を間違えました。

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間違えた道が急な下り坂で、あっという間に国道まで降りてしまいました。13時前かな。そこでスマホの地図で現在位置を知りましたが、もう登り返す気力はありませんでした。街道が下ってくる位置まで走って合流しました。

そこから街道は高速道路を越えるのですが、道路工事で寸断され、本当にこの道で良いのか心配です。あまり変な所に迷い込むと列車に間に合わなくなっても困るので、地元の人に尋ねました。すると、「道はこれで良いが、陸橋は今、イノシシが来ないように、フェンスで閉じている。高速の反対側から登ってくれ」と言われました。

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そこで高速を潜り、反対側から登ると、確かにフェンスで閉じられていました。13時33分。

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街道はそこからまだ少し登ります。

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登った先からは、荒れた地道で、自転車は押して行きました。

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開けた場所には出たのですが、街道の面影が消えてしまいました。

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適当に下って中学校の前に出ましたが、やはり間違っていました。街道に復帰して、国道に出るまでの間に、大岩不動尊というお寺がありました。

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すぐに国道で、大聖寺藩関所跡です。丁度14時で、加賀温泉駅まで5キロほどなので、15時13分の列車には余裕でしょう。

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街道は鐘堂という建物の辺りを通っていきます。寺町というようですが。城跡も近く見たいですね。

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大聖寺川を渡ります。渡った所に菅生石部神社という立派な神社があります。

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14時20分で列車まで1時間近く有るので、近くのスーパーへ寄ることにしました。スマホで検索すると、加賀温泉駅の周辺には、お店が何もない様なのです。缶ビールとおつまみ位持って乗る必要があります。

最後は一寸頑張りましたが、15時前には駅に着きました。加賀温泉駅は北陸新幹線の工事でしょうか、改札口がホームから130mも離れた場所にできていました。泣く泣く自転車を担いであるきました。

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まあともかくお疲れ様でした。

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自転車旅もなかなか快適だったので、またどこか計画します。

 

 

 

 

 

 

北国街道ポタリング3日目 福井~加賀温泉その1

2019年11月2日(土)

今日は福井から加賀温泉の40キロほど、特にアップダウンは無い予定です。多分、14時頃には到着する予定で、15時13分発のしらさぎの切符を買っています。

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6時半からホテルの無料朝食がありましたが、質量共に満足できる朝食でした。エコノ福井さん、なかなか良いホテルです。7時頃出発して、昨日の松本交差点へ7時11分に到着しました。

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松本交差点の1本東を左折します。すぐ加賀口御門跡です。大国加賀藩に備える重要な御門だったそうです。

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10分ほど行くと、ひっそりと一里塚跡が左にありました。そこを左折しました。

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えちぜん鉄道の踏切を渡り、県道30号線へ進みます。事前調査どうり県道を出入りしながら高木2丁目辺りで再度県道に合流しました。そこにコンビニが有ったので、今日のお握りを購入しました。7時45分頃です。

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そのまま道なりに進むと九頭竜橋に着きました。7時52分です。

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この橋は柴田勝家が架けた舟橋が最初で、以降明治まで舟橋のままだったそうです。明治23年、明治天皇の巡行にあたり、本橋にかけけられたそうです。

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橋の向こう側にも、明治天皇や舟橋、宿場などの案内があります。

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8時に九頭竜橋を離れました。一応上森田町で左折すると注意しながら走っていたのですが、結局通り過ぎてしまいました。住所表示で間違いに気づき、引き返しましたが、適当に曲がって、なんとか街道に復帰しました。青線が正解です。

街道に復帰したかどうかは、この辺り道案内が無いので確信は持てませんが、古い街並みの雰囲気で感じ取りました。上森田町付近は新興住宅街で解りませんでした。8時35分頃、日吉神社がありました。

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順徳天皇御霊御駐レン所という石碑がありますが、承久の変で敗れ、佐渡島で没した順徳天皇の御霊を、明治になって京へ送り返す際に、ここで休憩したということだそうです。

県道30号線に出て、一寸行くと追分地蔵がありました。通りかかった奥さんに、ここを左に行くとどこへ行きますか?と聞くと、即座に吉崎道ですと答えてくれました。感心して左に入りました。

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地名としては春江町から丸岡町に入り、地図に従い走ったが、この辺り何か大掛かりな道路工事が行われていて、各所で通行止めがある。なんとかスポーツランドの前の街道に入る。そこに十郷用水とかの案内があった。9時4分です。

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この辺りから北国街道では無いが、蓮如道という新しい道標が見られるようになり、大いに助けられる。

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5分ほど走った舟寄に石柱道標があった。そしてすぐ地蔵堂も。

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そして道は丸岡駅に向かって1本道です。丸岡駅前には十郷橋という土木遺産があった。9時半です。

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駅付近の交差点を過ぎると、すぐ右に一里塚跡、反対側に「お早、良作慰霊地蔵」があった。

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お早・良作というのは越前では有名な悲恋物語だそうです。更に1本道を15分ほど進むと、振袖地蔵がありました。天保の大飢饉で、振袖姿の娘さんも多数餓死して、哀れを誘った慰霊碑だそうです。

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そして5分で石団子の碑です。これは親鸞聖人に団子のお布施を断った老婆の話です。

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更に7~8分進むと、田圃の中に一里塚跡があります。関の七曲りの一里塚と呼ばれたそうです。

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この辺りから、例の蓮如道の道標が短い間隔で建てられて、ますます助かります。

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街道はあわら市に入ってきました。あわら市役所が10時20分です。あわら市は江戸時代は金津宿と言う大きな宿場町だったのですよね。竹田川を渡る橋に近い商店街では「六日あきん道」という表示がありますが、どういう意味でしょうか。

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橋を渡って一寸右奥に金津神社があります。金津町内に1500戸の氏子を持つ立派な神社です。

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その神社の隣に近代的な建物の金津本陣があります。図書館や資料館などが入る文化センターで、トイレを借りました。旧本陣跡か何かでしょうか?

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街道に戻って西に進み、県道29号線(嶺北縦貫線)の手前を右折すると「坂の下宿場口跡」があります。説明によると、金津宿は江戸時代300年に渡って北陸街道の大宿場でした。もっと前は親鸞聖人や源義経、江戸時代には参勤交代の大名や松尾芭蕉も通りました。

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宿場口からは一寸坂を登ります。宿場口から10分ほどで千束の一里塚がありました。10時52分です。

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更に5分ほど進むと道が左右に分かれます。街道は左の登り坂で、すぐ県道29号線に合流します。

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広い県道は車の往来も多く、注意が必要です。

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県道を15分ほど走ると「嫁威しの谷跡」があります。嫁の信心を辞めさせようとした姑の伝説です。

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更に5分ほどで街道は県道から左に分かれますが、例の蓮如道の道標が教えてくれます。

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この道筋には結構この道標があって安心して進めます。

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道標に助けられながら細呂木の集落に入り、観音川の橋の袂に関所跡の碑がありました。この関所は、1日目に通った今庄の板取関所と共に福井藩の南と北を守るもので、入鉄砲と出女に厳しく、明治2年まで続いたそうです。

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時刻は11時40分。そろそろどこかで弁当と思いながら橋を渡ります。少し行くと、「トンボやメダカを育てよう」とか書かれた池がありました。昼食はここにしました。11時45分です。

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午後は後半に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年11月 5日 (火)

北国街道ポタリング2日目 今庄~福井その2

前の地図を再掲します。一番上の白鬼女橋を渡って鯖江市に入った所です。川向うは越前市です。

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渡って2筋目位の信号のある交差点を左折です。白壁の文化財の建物です。曲がって登って行くと鯖江高校の案内がありました。

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すぐ近くに天井絵の寺がありましたが、パスしました。

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鯖江駅前を過ぎて、少し行くと小公園がありました。鯖江藩陣屋跡です。西暦1720年に初めて鯖江藩ができることになったが、それまでは天領で陣屋があるだけ、人口も200人の寒村だったとか。

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そのすぐ先に誠照寺は浄土真宗十本山の一つで立派なお寺です。写真右側の御影堂は県内最大の木造建築です。

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またその山門の龍の彫り物は、左甚五郎の作と伝えられます。

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誠照寺から10分、水落駅の近くに水落宿跡があります。伝馬宿として馬10匹が常備されていたとか。

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時間も12時を過ぎ、この近くに越前そばの良い店があるはずだったのですが見当たりません。仕方なく後にしました。

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少し行って、二股を右にとると、旧北陸道のこのあたりの説明がありました。

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更に少し進むと、今度は兜山古墳があります。5世紀頃の首長の墓と推定される円墳だそうです。

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鳥羽中駅の有る踏切を渡ったのが12時22分、その先の鳥羽橋を渡ってしばらく行くと、白山神社がありました。その前にグランドと公民館があったので、昨日の食べ残しで一寸ミニ昼食にしました。

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12時55分に出発しました。5分も行くと泰澄大師生誕地というお寺がありました。近くの駅の名前も「泰澄の里」ですから有名な高僧です。奈良時代の人とか。

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また5分ほど進むと「あさむつ橋」という小さな橋があります。

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なんの変哲もない小さな橋ですが、清少納言の「枕草子」に載っているとかで、藤原定家や松尾芭蕉の歌にも詠まれているそうです。

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橋の向こう側には本陣跡もありました。この地域、浅水(あそうず)と言いますが、なかなかの地域だったかも。7~8分進むと左側に六地蔵が祀られていました。謂れは不明です。13時21分。

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また5分進むと、今度は親鸞聖人旧跡がありました。親鸞聖人が京都を追われ、越前へ来られたときの逸話は、この地方にいろいろ残っているようですね。

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また5分で神社の境内らしき所に三軒茶屋の石碑がありましたが、詳細は不明です。

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玉之江橋を渡り、街道は福井市街へ入ってきます。

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街道は一旦県道に合流しますが、すぐまた旧道にはいります。そして福井本山専照寺があります。ここは三門徒派の本山で立派なお寺です。

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新木田の交差点では右から福井鉄道の電車が入ってきます。

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交差点の嗣の道を左折して、藤島神社の前を通ります。藤島神社は後醍醐天皇の忠臣新田義貞を祀ります。新田義貞はこの付近で足利尊氏の軍に敗れ戦死したそうです。

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そのすぐ先の交差点を右折し、1本目を左折した所に西光寺というお寺が有り、そこに柴田勝家とお市の方の墓があります。資料館もありましたが締まっていました。

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墓所を出て5分ほどで九十九橋を渡ります。この橋は柴田勝家が架けたと言います。北ノ庄に城を構えた勝家は、信長の求めに応じて迅速に行動できるよう、近江への道を大幅に整備したのですね。14時32分。

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福井の中心部に入ってきました。呉服町に入ると「北国街道市」という看板も見つけました。

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今日は福井駅前のビジネスホテルなので、九十九橋を渡ってすぐ右折すれば福井駅です。でもまだ時間も早いので、福井城址をぐるっと半周して松本交差点まで行くことにしました。こも松並木の先が松本交差点です。

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松本交差点には14時50分に着きました。今日はこれまでにして、一寸観光することにしました。近くに浩養館庭園というのがあるので見に行きました。隣の歴史資料館も入れる共通券が700円でしたが、70歳以上は無料でした。ラッキー(笑)。

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建物も庭園もなかなか立派で見応えがあります。無料で入場できたので、庭カフェでコーヒーを頂きました。

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隣の資料館では何故か皇女和宮展をやっていました。松平春嶽公との関係でしょうかね。

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この福井では、柴田勝家や松平春嶽公の人気がすごいようですね。

16時頃福井駅に着き、ホテルに入りました。今日は自転車も一緒に泊まりました。

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一風呂浴びた後、夕食に出かけました。その前に、駅近くにある柴田神社(北ノ庄の城跡)に出かけました。勝家公とお市の方そして3姉妹の像があります。多分2回目か3回目です。

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さて夕食ですが、お昼に越前そばを食べ損ねたので、どうしても蕎麦をたべないといけません。駅前付近の名店?を検索してでかけました。

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まずまず満足でした。福井のもう一つの名物は「ソースかつ丼」です(笑)。

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それで、これはスーパーで買って帰って、部屋で食べることにしました。

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この日の話題は首里城の火災一色でした。私も言うべき言葉がありません。これまで何十回も行った場所ですから。早期の再建を祈るばかりです。

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明日は加賀温泉まで40キロを走ります。

 

 

 

 

 

 

2019年11月 4日 (月)

北国街道ポタリング2日目 今庄~福井 その1

2019年11月1日(金)

今日は福井まで40キロの長丁場だけど、ずっと平野が続くとと思っていた。

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朝、昨日の鯖江から来た方と朝食もご一緒させてもらって、7時10分頃宿を出た。植木にも雪囲いがしてあった。

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宿場の街並みを抜けると踏切に出た。渡ろうと思って地図を見ると、街道は渡らずに線路沿いの地道だった。

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そうか、湯尾峠という峠を越えるんだったなと思いだした。そう言えば昨晩あの人も、「峠は自転車では越えられませんよ」と言っていたな。軽く考えていたので、「押して行きますから、いいですよ」と答えていたっけ。

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まあこの程度なら、なんとかなると押していくと、登り口が有った。峠まで1.4キロとある。

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うーん、やっぱり登りかと諦めて登り始めた。先日らいの雨で地面は湿っていて柔らかい。タイヤがめり込むと押してもなかなか動かない。

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10分も登ると、すっかりバテてしまった。

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ようやく峠に辿り着いたのは20分後の7時45分でした。

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峠で10分ほど一休みして下りにはいった。折角の下りですが自転車に乗るわけにはいかない。マウンテンバイクならまだしも、私の自転車はこんなガタガタ道で乗ったら、すぐ壊れるでしょう。ブレーキ架けなが押すしかありません。血頭池とか見に行ったりしながら、15分ほどで湯尾側登り口に降りてきました。

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里に出ると道に迷いますが、湯尾神社の前を通って走って行くと「初音の小坂」がありました。ほっと一息です。芭蕉が通ったとか。

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国道に出て湯尾駅の前を通り、一寸旧道らしき道に入ったりしてみます。

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再度国道に出ると今庄町がさよならと言っていました。心残りは今庄そばを食べなかったことです。今日の昼は越前おろしそばがいいな。

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予定では鯖波トンネルを越えた辺りで線路を渡るはずでしたが、道が無くなっていたので、引き返して鯖波トンネルを潜りました。8時40分です。

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少し行くと明治天皇云々の石碑がある広場がありました。多分、鯖波宿本陣跡でしょう。

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そして関ヶ鼻という集落に「鶯の関跡」の石碑がありました。由来は解りません。

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9時に南条駅に着き、一寸トイレ休憩させてもらいました。

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駅を出て少し行くと、道端に南無妙法蓮華経の石碑が2基並んでいました。由来は不明ですが、福井と言うのはなかなか仏教に縁の深い土地ですね。真宗の本山が4つも有るというし、永平寺があるし、日蓮上人にも縁がありそうですね。

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少し行くと「脇本」という集落に入ります。

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どうも脇本陣があったので脇本という地名になったのですかね。そばに道元禅師の石碑もありました。

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熊野神社を過ぎ、近頃珍しい稼働中の製材工場を過ぎると、また一里塚跡があった。更に進んで王子保駅を過ぎた辺りで、多勢の地元の方がお寺の境内の清掃をしていた。あまり多勢なので有名なお寺かと一寸入って見た。今宿町の妙勤寺というお寺だった。

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順徳天皇云々の石碑もあり、境内に神社も残っていた。国道に出て、すぐまた旧道へ。

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武生大橋の下を潜って武生市街へ入って行きます。

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街道はすぐ左に旧道となり一里塚跡の看板があります。

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この後街道は国道の下を潜りすぐまた国道に合流します。(図の青い線)ところが何を考えていたのか、私はそのまま直進し、武生駅の辺りで訳が分からなくなりました。気を取り直して総社大神宮を見に行きました。

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ここでその前の国道を北へ進めば良いのですが、私の頭の中では、街道は神社の前でなく2本東側だと、何故か思い込んでいました。道を探しながら小学校にぶつかり、そこで地図と照らし合わせて、ようやく間違いに気づきました。10時半過ぎです。

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気を取り直して福井鉄道の北府駅を目指しました。10時37分に到着。

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なんだか疲れたので駅に入って小休止です。駅の中は鉄道マニアなら感激しそうなグッズが並んでいました。

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10時45分に駅を出て、北府不動明王を探しました。すぐ近くでしたが、ひっそりと祀られていて、近所の人も知りませんでした。

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そのまま進むと道の右側は信越化学の工場です。途中に南無妙法蓮華経の大きな石碑がありました。

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石碑から7~8分走ると、柳原の舟たまりがあった。ここ柳原は街道と水運が交差する、交通の要衝で、茶屋や料亭があって賑わっていたそうです。

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舟たまりから少し走ると、街道は日野川に向かって行きます。

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すると川向うに大きなドームが見えました。サンドーム福井と言うらしいですね。

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そしてその日野川を渡るのが白鬼女橋です。白鬼女の謂れは西暦500年頃まで遡るそうですが、船橋、渡し船、吊り橋など、いろんな時代があったようです。向こう岸には白鬼女観音も祀られていました。

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橋を渡ると鯖江宿に入りますが、長くなったので一旦ここで打ち切ります。ここまで20キロ、時刻は11時12分です。

後半に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年11月 3日 (日)

北国街道ポタリング1日目 椿坂~今庄

2019年10月31日(木)

朝9時前に木ノ本駅に着きました。ここから余呉町のコミュニティバスに乗ります。

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9時13分発で30分ほどで椿本に到着しました。

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自転車などの準備は10分ほどで終了し9時55分頃出発しました。一寸街道の雰囲気です。木ノ本から今庄は40キロと長く、1日では無理なので椿坂まで歩いておいたのです。

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それでも栃ノ木峠までの登りを含む25キロは長丁場です。

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ここは標高292m、栃ノ木峠は570mほどです。すぐに国道365号線です。

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1キロ一寸で旧道に入ります。現在の国道は椿坂トンネルに入るので、少しでも旧北国街道に近づこうということです。重い自転車を持っているとフェンスを越えるのも一苦労ですが、8キロなら簡単です。

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旧道はなかなか良い感じです。車も通らず安全ですしね。代りに熊が要るかも。

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椿坂峠に近づくと登りは急になります。でも舗装道路なら自転車もそう重くありません。

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出発して1時間ほどで、標高500mほどの椿坂峠に到着しました。

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峠の案内はありませんが、お地蔵さんが祀られていました。

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ここからは下りですが、今度はスピードの出過ぎに要注意です。かといってブレーキばかりかけているとブレーキシューがすぐ減ってしまいそうです。5分ほど下るとトンネルを出た国道に合流しました。

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ここからは基本下りです。快適です。

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中河内の手前で一寸登りますが、その頂上付近に、小吟の冷水という美味しい水があります。

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椿坂峠から中河内は3キロ程ですが、15分で到着しました。峠までの登りは4キロで標高差210m有ったのですが1時間で登っています。舗装道路だと登りのペースはそんなに落ちず、下りは3倍のスピードですね。

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中河内から栃ノ木峠は4キロ、標高差は100m位の登りでしょうか。

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50分ほどで到着しました。スキー場です。

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横に栃ノ木峠の案内があり、ここで昼食にしました。12時10分です。

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大きな栃ノ木がありましたが、かってはこんな大木が一杯あったそうです。

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峠からは国道を下るのですが、かっては沢沿いに旧道があったようです。探してみましたが見当たりませんでした。12時35分頃出発しました。福井県に入ります。

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下りはともかくスピードを抑えるだけです。それと道端の石仏や道標を見落とさないこと。板取の関跡まで5キロほどを30分ほどかけて下ってきました。

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古来、近江から越前への道は、敦賀から木の芽峠を越える西近江路のみだったそうです。戦国時代、柴田勝家が北之庄に入ると、信長の居る安土への最短距離として栃ノ木越えルートを大改修し、以後はこの東近江路が主流となったそうです。それ以来この板取に宿場や関所が設けられた。

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ここから木の芽峠に行く道が中部北陸自然歩道になっているようです。

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ここから1キロ弱下の下板取に蕎麦屋さんがある。でも今日はお休みでした。

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孫谷集落が13時38分。このままでは今庄に早く着きすぎるようです。

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大門の集落に来て、そば道場を一寸見に行きました。14時です。

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田圃の中を迂回して、再度国道を渡って合波の集落に入ると、雪囲いした家がありました。北陸なんだなと思いました。

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今庄宿が近寄ってきましたが、宿に入るのは一寸早いので、付近を散策することにしました。写真上から、国道沿いの今庄駅付近、街道沿いの今庄宿入口付近の文政の道しるべ。

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今庄宿の街並み、本陣跡、京藤甚五郎家、川端屋旅館付近

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浄土真宗出雲路派の西念寺というお寺に行った。福井県には真宗の10派のうち4宗派があるんだそうです。

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この額は松平春嶽公の筆によるもので、慈雲山でなく慈雲閣であるところも珍しい。

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川端屋さんは、なかなか良い宿です。ご飯も美味しく、値段もリーズナブルです。

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この日は鯖江から北国街道を歩いてこられた方が居て、いろいろ情報交換もできて有意義でした。明日は福井まで40キロ、頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北国街道ポタリング

北国街道と言うのは、中山道の鳥居本から分かれて、琵琶湖の東岸を北上し、福井・金沢・富山と日本海側を歩き、新潟県の上越市辺りで内陸へ入り、長野・上田を経て信濃追分でまた中山道に合流します。

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加賀藩は金沢から追分に出て、中山道で江戸へ参勤交代し、福井藩は関ヶ原・美濃路・東海道と進んだそうです。芭蕉も奥の細道で高田から北国街道を辿っています。

以前、私は関ヶ原から北国脇往還で椿坂へ、引き返して北国街道で鳥居本へ歩きました。(以前の記録)それで今回は椿坂から歩くことにしました。

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歩くと言いましたが、今回は自転車なんですが、それは後ほど。ともかく、JR木ノ本駅からバスで椿坂へ。そこをスタートして1日目は今庄まで25キロほど。2日目は武生・鯖江と進んで福井まで40キロ。3日目は丸岡・芦原温泉と進んで加賀温泉駅まで40キロほどという予定です。

自転車ですが、医者から「脊柱管狭窄症なので腰に負担をあまりかけるな」と言われたので、初めて街道歩きに自転車を使用してみました。これまで私は26インチと20インチの折りたたみを持っていました。重量は15キロと12キロ位です。過去、輪行には20インチの折りたたみを使っていましたが、最近重くなってきました。長いホームの移動や駅の階段、これに12キロが堪えるようなってきたのです。

それで今回14インチの変速無しの折りたたみを買いました。3万円一寸と安く、重量は8キロです。これなら持ち運びできそうです。

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こんな感じです。タイヤや車体の強度には不安があるし、スピードも出ませんが、三重八十八箇所巡りで使ってみて、なんとか使える目途もたちました。何より軽いのが一番です。

では出かけましょう。

 

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