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2018年11月25日 (日)

飛騨街道後半2日目

2018年11月21日(水)
今日は上麻生から美濃太田まで18キロの行程なので、朝食も7時半とゆっくりです。
Hida04 それと普通列車は7時8分の次は9時5分まで無いのです。と言うことで、8時半過ぎに宿を出ました。駅への吊り橋は土木遺産だそうです。
Dscn6590 9時17分に上麻生駅を出発しました。
Ota01 飛騨街道に入ります。
Dscn6594 すぐ国道41号線と合流します。9時40分頃、国道左側の道の駅ロックガーデンに着きました。休憩にはまだ早いので、一寸見学だけ。この辺りも飛水峡です。
Dscn6598隣の博物館に「日本最古の石発見」とありましたが、意味が良く解りません。
道の駅から10分ほどで左の旧道に入りました。
Dscn6601 すぐまた国道に出ますが、出口付近に珍しく道標がありました。
Dscn6605 そのまま国道を横断して旧道に入ります。 10分ほど歩くと川辺町に入りました。
Dscn6609 3分でまた国道を横断します。10時8分です。気持ちのいい道です。
Dscn6612 この辺りは飛騨川に沿っています。
Dscn6614 10時26分、下麻生の交差点で、また国道を渡ります。
Dscn6620 近くに蔵元があるらしく、試飲・酒蔵見学できますと書いてあります。心惹かれますが通り過ぎました。
Dscn6621 JRの踏切を渡り、10時40分頃、下麻生の駅前に着きました。ここで一寸休憩しました。
Dscn6626実は、駅を越えてから、一寸ややこしい道を先達の人が歩いているのです。
Ota02その道が旧飛騨街道かどうかの確証は無いのですが、私もその道をたどってみました。
Dscn6627 15分位辿ってまた元の街道に戻ってきました。そこに何やら石碑がありました。
Dscn6631 11時18分、神明社を通過。
Dscn6636 JR高山線を渡り、国道41号線の下を潜ります。すぐまた広い道路を横断しますが、県道371号線通称益田街道です。11時36分。
Dscn6642ここからも一寸ややこしい道をたどります。すぐに太部古天神社という謂れありそうな神社がありました。道も追分になっています。
Dscn6643 すぐ近くに酒蔵です。
Dscn6645 酒蔵から2・3回曲がって15分ほど歩いた所に栃井神社がありました。説明に木の根橋という面白い話が書かれていました。
Dscn6652Dscn6651 また神社の名前の栃は、飛騨街道に栃の大木が生えていたからという説明があるので、この道が旧飛騨街道なのは確かなようです。
街道は県道371号線につかず離れず進みます。
Dscn6654 常夜灯も街道の名残としましょうか。
Dscn6658 12時半頃、東海環状の下を潜って県道に合流しました。
Ota03県道は飛騨川に沿って南下します。
Dscn6661 12時40分、森山北の交差点です。街道はここから斜めに県道を離れますが、そちらへ行くと食堂も無さそうなので、予め調べていた県道沿いの食堂に向かいました。
Dscn6666台湾料理の店でランチです。
Dscn6671750円ですが、量が多くて食べられません(笑)。
Dscn6670 40分位休んで、13時25分頃出発しました。次の交差点で県道を渡って、街道に復帰しました。
Dscn6673
5分も歩くと古井駅前を通過する。「こび」と読むのかもしれない。
Dscn6675 10分一寸歩くと道が広くなって街道の面影が無くなってしまう。
Dscn6678この辺り先達は左に入ってくねくねと歩いている。私も入って見たが、確証も無くまた大通りへ戻ってきた。国道248号線の下を潜ると、古井(こび)神社への道がも右に分かれる。
Dscn6682旧飛騨街道は真っ直ぐ中山道との追分に向かったような気もするが、確証は無い。
Dscn6684
せっかくなので古井神社にお参りして、その参道を通って街道に復帰しました。
Dscn6693 復帰して3分、島町交差点は地下道で渡ります。次の大きな交差点に斜めに入ってきますが、ここは国道21号線で中山道です。14時20分です。
Dscn6696_3すなわちここが飛騨街道追分で、ここが飛騨街道の起点です。私の飛騨街道の旅も無事終わりました。国道を渡ると中山道です。
Dscn6698 美濃太田駅へ向かう道筋には、こんな案内もありました。
Dscn6700 途中のスーパーで買い物などして、15時頃美濃太田駅に到着しました。
Dscn6705おわり。































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































2018年11月24日 (土)

飛騨街道後半1日目

2018年11月20日(火)
飛騨金山から美濃太田までは48キロほどです。途中、白川までが18キロ、白川から美濃太田が30キロです。
Hida03 調べてみると白川口から12キロほどの上麻生付近に宿がありませんでした。
で、今日白川口まで18キロ、あす30キロにしても良かったのですが、最終日はのんびりしたいので、今日上麻生まで30キロ歩いて、JRで白川口まで引き返すことにしました。
なので、今日は一寸早く7時15分頃宿を出ました。

Sirakawa01 宿を出るとすぐ国道41号線ですが、ここは横断します。
Dscn6470朝歩きだしてすぐに車の往来頻繁な国道歩きは嫌なので、落ち着いた旧道歩きは助かります。でもすぐに国道歩きです。
Dscn6473 8時10風頃白川町に入りました。
Dscn6478 白川町に入って20分、対岸へ渡る橋があります。飛騨街道は川の右岸だったかもしれませんが、国道工事で面影は無く、危険な道を歩くより、対岸の静かな道を歩く方が楽しいので、橋を渡って左岸を歩くことにしました。
Dscn6479
10分ほどで下油井駅です。
Dscn6485下油井駅から少し行くと、また国道に帰る橋が有りますが、今度は渡らず、そのまま左岸を歩くことにしました。
Sirakawa02 実は左岸には地形図に野原城址と書かれていたので、城があったなら古くからの道だろうと思っていたのも左岸を選ぶ理由でした。
JRの線路に沿った静かな道です。街道歩きの醍醐味ですね。
Dscn6489 9時10分頃名倉ダムを通過。
Dscn6494 野原の集落に入り、農家の方に道を訊くと、ここはウオーキングコースになっていて、野原城址は見晴らしが良いので、是非行ってみてくださいと言うことでした。
Dscn6504坂を登り切った所に野原城址の案内がありました。9時半です。
Dscn6507 案内から2分で野原城址です。鎌倉時代の築城だそうです。
Dscn6511 眼下に飛騨川を望む絶景です。城の館そのものは、もう一寸麓にあったのでしょうね。
Dscn6516 城跡から10分一寸下ると茶畑になりました。白川茶ですかね。茶畑が飛騨川に落ち込んでいくのはなかなかの風景です。
Dscn6519 茶畑から30分、10時20分頃、JRの線路を渡りました。
Dscn6530そこに道の駅があり、10分ほど休憩しました。
Dscn6531_2
道の駅を出た後は、一寸国道に出ますが、飛騨川を渡る橋の手前で国道から離れ、そのまま左岸を歩くつもりでした。でも道が無くなっていて、結局橋を渡りました。
Dscn6533この辺りの飛騨街道は国道を離れて山の中腹に有ったようです。地図の赤い線です。
くねくねと七曲りと書いた辺りが、唯一心残りな旧道ですね。
国道を歩いていると「七曲」という喫茶店がありました。旧道の七曲りを採っていると思います。
Dscn6535 ぐるっと大回りして、再度左岸へ渡れる橋が出てきました。11時10分頃、橋を渡って再度左岸に来ました。
Dscn6539 ここから白川は1時間弱でしょう。
Sirakawa03でもなんと言うこと、また通行止めの看板です。
Dscn6543引き返して近所の農家の奥さんに状況を訊きました。
自分は通ったことないから解らないが、歩きなら行けるんじゃないかとのこと。
歩いてみると、多少の落石は有ったものの、楽しいウオーキングができました。
Dscn6548 40分ほどで白川側の通行止めを通過しました。
Dscn6549 12時4分に白川の河俣神社に着きました。
Dscn6555今夜の宿はすぐ近くのはずですが、取り敢えずバス停のベンチをお借りして、弁当を頂きました。
食後、宿の成田屋さんを探して、荷物を預けました。午後の12キロは空身で歩けるので助かります。
12時半頃に、橋を渡って左岸に入ってきた国道と合流しました。
Dscn6559また国道歩きになるのが嫌なので、逆に右岸に歩ける道は無いかと調べましたが無い様でした。ここから6キロほど先の橋までは国道歩きを覚悟しました。
Dscn6560 歩道の無い国道歩きが始まりました。
Sirakawa04 13時頃、ダムを通過。
Dscn6565 そのすぐ先、13時08分に、天心白菊の塔というのがありました。
Dscn6567 昭和43年の飛騨川バス事故の慰霊碑でした。100人以上の犠牲者を出した事故はこの付近だったのですね。
13時30分頃、トンネルがあり、ここを右に回り込めば、対岸へ渡る橋があります。
でもその道は封鎖されていました。
Dscn6575あきらめてトンネルを潜りました。潜ると引き返す道はありましたが、次の橋まで歩くことにしました。
Dscn6576すぐに旧道があり、左に入りました。
Dscn6577旧道の出口に良さそうな豆腐屋さんがあり、心惹かれましたが、まだ歩くのでやめました。
Dscn6579 そこから5分、13時55分に橋を渡りました。
Dscn6580 ここからは右岸の落ち着いた道になります。
P_20181120_140003 この辺りは飛水峡と言って景勝地です。
P_20181120_135437
橋から30分ほどで小さな集落。勝でしょうか。
P_20181120_142509
JRの線路が出てくると、目的の上麻生駅は近いはずです。14時54分。
P_20181120_145447 15時17分、上麻生の集落に入ってきましたが、橋が工事中。
幸い歩行者はOKでした。
P_20181120_151756 15時27分、上麻生の駅へ到着しました。55分の列車に充分間に合いました。
P_20181120_152739 駅前にSLの展示がありました。
P_20181120_154610 16時17分に白川口駅に帰ってきました。
P_20181120_161749 白川の街をぐるっと一回りして、16時45分に今夜の宿成田屋さんにもどってきました。
P_20181120_164519 成田屋さんの夕食は併設の居酒屋さんです。
Dscn6584 今日は30キロ歩いたので、明日はゆっくり9時の列車で出発です。
 

2018年11月23日 (金)

飛騨街道で中山道へ2

2018年11月19日(月)
今日の行程は26キロほどです。
Hida02 昨日コンビニで買った親子丼を食べて、7時27分、宿を出ました。
7時35分に六見橋から街道に入りました。
Kanayana01_2 雨を覚悟した天気予報でしたが、なんとか曇り位で済みそうな天気です。
Dscn6242 六見橋から30分、一寸興味惹かれる石標がありましたが、先を急ぐので通過。
Dscn6250すぐ先に 小ヶ野トンネルというのがありますが、近所の人に旧道を訊きましたが、無いという。それでトンネルを歩きましたが、一寸軽率でした。
Dscn6251Dscn6253探せばきっと有ったと思います。取り敢えず、トンネルを潜って しまいました。8時22分。
Dscn6254 そこから10分で三原橋、国道は川を渡ります。でもここは旧道だと右をとりました。
Dscn6259 本来こういう道は、危険なら通行止め案内がありますが、それも無いので大丈夫でしょう。
良い感じの道です。
Dscn6260途中、ゲートがありましたが開いていました。
Dscn6262 15分位歩くと、いろいろ土砂崩れなど出てきました。これは通行止め級だなと思いながら通りました。
Dscn6269 20分で反対側のバリケードに出ました。ここは閉まっています。
Dscn6270すぐ東屋の休憩所があり、5分ほど休憩しました。そこから2分で七里橋、再度国道に合流しました。9時03分です。
Dscn6276この辺り、中山七里と言って景勝地で紅葉もきれいです。でも国道に歩道が無く、街道歩きには難所です。
Dscn6277 道路工事も難所だったと見えて、○○洞門とか言って、崖淵の箇所があります。
Kanayama02でもその箇所は歩道が着けられ、景色も良くて、ほっとします。釣鐘洞門です。
Dscn6284 結局、1時間半は洞門以外歩道は無く、緊張のウオーキングになります。
対岸のJR高山線も厳しい線路を走っています。
Dscn6300 10時半過ぎ、中山七里の名所の一つ、屏風岩の下を通ります。
Dscn6312この辺りは明治大正に入っても断崖道路で、幅1.5mしかなく、車も通れない難所だったそうです。大正6年、ようやく篠田兄弟が手掘りで4.5mのトンネルを掘り、解消したのだそうです。門原トンネルです。今は使われていません。
Dscn6315 ここ保井戸宿は中山七里を街道に開いた小右衛門という人物が金森氏から与えられた問屋の役目を江戸時代を通じて務めた土地だそうです。10時43分。
Dscn6316 また国道に戻って、30分ほど歩くと、次の名勝地羅漢岩です。
Kanayama03十六羅漢さんが並んでいるように見えるのですね。
Dscn6334 羅漢岩からは歩道の有って助かりました。10分歩くと右手に瀬戸発電所があります。
その3分後に、これも中山七里の名所、孝子池があります。紅葉もきれいな公園です。
Dscn6338 時刻も11時23分、この辺でお握りを食べようかと思いましたが、近くに大きな猿が居たので、お握りを盗られるといけないのでやめました(笑)。
10分ほど歩くと瀬戸の集落で、焼石駅への橋が掛かっています。
Dscn6346飛騨街道は、このまま飛騨川の右岸を行くようですが、東山道飛騨支路は対岸の焼石へ下ってきます。興味も有ったので橋を渡りました。
11時45分にJR焼石駅。ここのベンチを借りて昼食休憩にしました。
Dscn6352 30分ほど休憩して出発、次の中原大橋でまた飛騨川を渡りました。
Dscn6356 10分弱で三渕洞門です。更に30分、淡々と国道を歩くと金山町中切に入ります。
Dscn6368 そこは下原ダムです。
Dscn6371 ここからも、中切洞門、地蔵野洞門と難所が続きます。
Kanayama04 Dscn6384地蔵野洞門は工事中で、堂々と車道を歩けました(笑)。
Dscn6386 地蔵野洞門を過ぎると、甌穴群という名所がありました。多分、小石が流れで回転して穴を穿つんだと思います。
Dscn6389 14時頃、左に旧道が分かれました。入って行くと、一寸左下の川近くに、何やら看板が見えます。街道ダイバー特有の勘で、降りて行きました。
Dscn6395やはりそうでした。でも遺跡は何もありません。当然ですが(笑)。
Dscn6396近くに番所跡もありました。
14時16分、再度国道にでました。すると益田街道以前の船橋、船を繋いで川を渡った、の跡がありました。
続いて、江戸時代の筏検査場跡もたいののがありました。14時半頃です。
いろいろありますね。
そしていよいよ金山の街に近づいてきます。14時38分、国道から左に分かれる旧道らしきものが現れました。
Dscn6415金山市街ももう近いでしょう。
Kanayama05 3分も歩くと小学校があり、そこが金森氏の陣屋跡だそうです。
Dscn6417街道の風情残る街並みを、また3分歩くと、加藤素毛記念館というのがありました。
知りませんでしたが、幕末の日米修好通商条約締結のためアメリカに渡り、そのままヨーロッパを廻って、日本人として初めて世界一周をした人だそうです。
Dscn6419 14時55分、最後のトンネルを左に巻きます。
Dscn6427そして大船渡ダムを越えて馬瀬川を渡ります。
Dscn6434するともうそこは金山宿です。 飛騨の地酒「奥飛騨」の酒蔵を左折します。
Dscn6436 ここにはまだ宿場の面影が残ります。
Dscn6440 馬瀬川から5分、15時09分に、街道筋の宿「清水屋」さんに到着しました。
Dscn6445夕食にはまだ早いので、金山宿の散策に出かけました。
最近、金山では「筋骨めぐり」というのを売り出しています。
Dscn6447 それは本当に道幅1mにも満たない路地裏を歩きまわるのです。
よくこんなものを観光の目玉にしたなと驚くばかりです。
Dscn6709まあそれでも、話の種に行ってみました。大雨の水害で、いろいろ破壊されていましたが。
Dscn6449水場が有ったり。
Dscn6455 石段が有ったり。
Dscn6458 頭もつかえます。
Dscn6459廻ると切りないので打ち切りました。
清水家さんは部屋食なので、気兼ねなくお酒も持ち込んで、明日に備えました(笑)。
Dscn6465明日は30キロ歩くつもりです。



 
 
 

飛騨街道で中山道へ

今年5月、日本海側の富山から越中街道で高山まで歩きました。いわゆる鰤街道です。
そして10月末、今度は高山から飛騨萩原まで、東山道飛騨支路を歩きました。
Zenこの道を延長すると、飛騨街道は美濃太田で中山道と合流します。そうすれば、北国街道と中山道が繋がるわけで、一寸満足です(笑)。
ということで出かけました。
2018年11月18日(日)
11時40分頃、飛騨萩原の駅に着きました。
今日は下呂までの12キロほどで、軽い行程です。
Hida01 萩原駅のすぐ近くに諏訪城址、諏訪神社があります。 諏訪神社の歴史は古く14世紀にさかのぼる。諏訪城は16世紀飛騨城主となった金森長近の城です。
飛騨街道を歩くとき、至る所で金森長近の名をききます。戦国大名ではなく、領内の交通や治山治水に苦労する領主の顔が見えてきます。
Dscn6081 飛騨街道に入って、そこからスタートです。12時です。
Gero01萩原宿の出口(入口)です。
Dscn6087 国道41号線に出て、すぐ旧道が左に分かれます。
Dscn6090 20分ほどで旧道は終わり、また国道歩きです。今回の行程は国道41号線に沿って歩きますが、国道に歩道が有るか無いかで、大きく違います。歩道の無い国道歩きは、危険だし避けたいものです。
Dscn6095 今回の楽しみの一つは禅昌寺です。何十年か前に行ったことがあるような無いような、その程度の記憶です。
禅昌寺駅下のバス停があったので、付近の細い道を適当に左折して登りました。そしてすぐ禅昌寺駅でした。
Dscn6098 禅昌寺到着は13時04分です。
Dscn6106禅昌寺は中国風の建築、金森氏が造った庭園、樹齢1200年の大杉などで有名です。
Dscn6114 10分ほどで慌ただしく見物して後にしました。
Gero02国道に出て1キロ弱歩くと東上田発電所があります。
Dscn6126ここを左折して登って行くのが街道だそうです。東上田というのは何か謂れもあるのでしょいか、こんなウオーキングマップが中ほどに有りました。
Dscn6135なかでも気になったのが、この益田街道跡です。国道に出る直前にありました。
Dscn6141 見に行きましたが、勿論何もないと言えば何もないです(笑)。
Dscn6145 下呂トンネル手前の国道に降りてきます。勿論街道歩きはトンネルに入らず、右へ巻いて行きます。14時10分頃です。
Dscn614914時25分、下呂の町に入ってきました。
Dscn6152
この辺りは本来、湯ノ島宿と呼ばれたそうです。
足湯があちこちにあります。
Dscn6158 この辺中心部でしょうか、下呂駅近くの下呂大橋に着いたのは14時48分でした。
飛騨萩原駅から3時間でした。
Dscn6166 そのまま進むと、古そうな道標が。
Dscn6168塚田の渡しとかで飛騨川を渡ったようですね。今は渡しの代わりに六見橋を渡って左折します。
Dscn6178今日の行程はここまでで、六見橋を渡って右折し、下呂駅近くのゲストハウスに泊まります。ゲローバル ホステルといいます。
Dscn6181_2宿の若いオーナーさんの薦めで、今日が最後と言う温泉寺の紅葉ライトアップを見に行きました。なかなか良かったですね。
Dscn6192
Dscn6209
Dscn6224宿に帰って一杯飲みました。今日は外人さんと二人だけのようです。
Dscn6235 明日は飛騨金山へ行きます。

2018年11月 4日 (日)

位山官道2日目

2018年11月1日(木)
早朝の高山駅です。真光さんの建物が霞んでいます。
Dscn5714 久々野駅からタクシーで2020円、昨日の分岐へ着きました。7時40分頃です。
Hida05 すぐに元民宿です。向かいの石塔は真光さんの施設です。
Dscn5716 すぐに位山峠通行止めの看板がありましたが、完全なバリケードではありません。
当然、歩行者は問題なく進みます。紅葉がきれいです。
Dscn5718 旧98号線が並行して走っていたようです。本来そちらが街道に近いですかね。
Dscn5722 歩くこと50分弱、アララギ湖(久々野防災ダム)が見えてきました。
Dscn5725 上に登ると、一寸した公園になっています。
Dscn5732その辺りが高山市と下呂市の境界になっていますが、そこに通行止めのバリケードがありました。知らん顔で通り抜けようとするとガードマンが出てきました。ここから先は通行止めですという。
Dscn5734jpgc「歩行者は良いと聞いて来たんですが」「駄目です全面通行禁止です」「私は石畳の旧道を行くので、工事個所は通りませんが」「今日は発破の作業車も入っていて、全面通行禁止です」てなことを言い合って「では位山峠まではせめて行きたいし、そこで工事関係者の人に聞いて、駄目なら引き返してきます」ということで、なんとか通してもらった。
Hida06 15分ほど歩くとミズバショウの群生地があった。当然季節外れですが。
Dscn5736  更に10分弱歩いて9時06分に位山峠です。
Dscn5740 高山市側の案内は位山道、下呂市側は位山官道と呼んでいるようですね。
Dscn5742特に工事関係の人も居なかったので、そのまま下り始めました。
Dscn5744平成19年に発掘されたと聞いていますが、その後のメンテが少ないのか、通る人も熊野古道などに比べると少ないのでしょう、一寸荒れた感じです。
Dscn5747 でも立派に残っていますね。
Dscn5751 下り始めて15分ほどで県道にでました。
Dscn5754すぐ傍に位山神社がありました。9時25分です。
Dscn5760 そこからしばらく県道を下ります。工事の気配は全く無いので、工事個所は過ぎたのかもしれません。
Dscn5763 紅葉はなかなかです。
Dscn5769 20分一寸県道を歩いて、9時42分、再度位山官道の案内です。
Dscn5772 ベンチなどもあります。一休みしました。
Dscn5774
倒木や土砂崩れもあります。
Dscn5782 でもまあ、石畳はよく残っています。メンテ頑張って欲しいですね。
Dscn5788 10時08分、県道と合流しました。
Hida07_2 四阿と位山官道の案内があります。
Dscn5794 県道を10分ほど下ると、ここにも通行止めのバリケードがあり、ガードマンが詰めていました。ここは何食わぬ顔で通り過ぎましたが、出ていく人間に検問はありませんでした(笑)。
Dscn5798 バリケードの先に左折道路があり、自然歩道の案内がそちらだったので入りましたが、街道は直進だったかもしれません。
Dscn5802ここから上呂駅までは12キロ程度だと思うので、後3時間、昼食休憩を入れても、午後2時頃には着きそうです。10時45分に位山自然の家付近を通過。
Dscn5804一旦県道を離れ、また県道に合流します。
Hida08 合流地点辺りから振り返っています。
Dscn5811 さて、そろそろ弁当の場所を探します。山中ならどこでもいいんですが、里に降りてくるとそうはいきません。神社の境内、公園のベンチなどお勧めですが、今回はコミュニティバスのバス停にしました。
Dscn5817昼間はほとんどバスが無いので貸し切りになります(笑)。11時20分~45分まで。
お握り弁当は10分もあれば終わりますが、最近は出来るだけ30分近くとるようにしています。足の疲労回復に必要なようです。
Hida08_3 道端には様々な石仏があります。特に馬頭観音は全国的に多いですね。
Dscn5821 振り返ると、越えて来た峠が見えません(笑)。
Dscn582512時20分頃、曲坂です。
Hida09 白山神社への道を12時35分に過ぎて、12時45分頃飛騨小坂への道が左に分かれます。
Dscn5837 分岐の手前には尾崎小学校や由緒ありそうな神社もありました。
Dscn5840分岐を越えると県道が狭くなり、商店街スピード落とせと書かれていますが、商店は無いみたいです(笑)。
Hida10代りにあさんづ橋の案内がありました。位山官道が使われていた頃は、ここで益田川を渡って宿駅の有った上留(上呂)へ渡っていたそうです。
Dscn5849 17世紀以降は廃止になったあさんづ橋の代わりに現在は吊り橋があるそうなので、それを渡ることにしました。
Dscn5850上呂の街並みです。13時03分。
Dscn5851 そこからは国道41号線を歩いて、上呂駅到着は 13時10分でした。
Dscn5855でも上呂駅の列車は11時09分から15時34分まで4時間半ほど一切無いのです。
でも今日は、朝タクシーを使ったので、ここまで20キロ強しか歩いていません。余裕があるので、次の飛騨萩原駅まで、4キロ1時間ほどを歩くことにしました。
上呂駅を13時18分頃出ました。一寸国道を歩いてすぐ街道は左にわかれます。
Dscn5860 5分も歩くと道は直線になりました。私はこういう道は苦手です。一寸曲がりくねって先が見えない方が好きです。
Dscn5863昔の人も同じだったようで、殆どの街道は曲がりくねっています。
だから真っ直ぐの道は珍しく、たまに真っ直ぐの道があると「畷」という名前を付けたようです。「四条畷」とか。北海道の道が真っ直ぐなのは、明治維新以後、政府に人材が不足したからだと思っています(笑)。
20分ほど掛かって真っ直ぐな道を歩き終えました。国道に出ます。
Dscn5868 国道を渡り、一寸旧道に入って、すぐまた国道に帰ります。
国道を少し歩くと、左手に久津八幡宮というのがあります。
Hida11_2 由緒ありそうな神社で、この旅の無事終了をお礼しました。
Dscn5872この神社の拝殿が結構変わっています。屋根の下の横木に、水を呼ぶ鯉と洪水を防ぐ矢が描かれています。村での言い伝えがあるようです。
Dscn5878 14時頃神社を出ました。そして10分弱で萩原の市街に入りました。
Dscn5883この通りは「ふれあい通り」と呼ばれていますが、旧飛騨街道だそうです。
Dscn5886 飛騨の酒天領の蔵元を過ぎた辺りで左折して、萩原諏訪城跡を右に見ながら登って行きます。
Dscn5892そして、14時28分飛騨萩原駅に到着しました。
Dscn5894 列車までにはまだ1時間以上ありますが、ここなら全然問題ありません。
さすがに居酒屋は開いて居ませんが、酒屋もスーパーも有るので、おつまみにも不自由しません(笑)。
ゆっくり英気を養って帰りました。
 
 
 

高山市街地の越中街道

位山官道の1日目を終えて、3時半前に高山に帰ってきました。
時間がまだ早いので、前回間違って歩いた越中街道の修正を歩くことにしました。
前回は高山市街に入って、下図の赤線で高山陣屋跡に着き、鰤街道を終了しました。
Ettyuこれを見た高山在住のSさんからクレームがあり、青線の二之町を歩くのが正しいと指摘されました。それで、今朝、位山道を歩くに当たり、上二之町を歩いたのでした。
これから、下二之町を歩こうというわけです。
連合橋です。 16時頃です。

Dscn5686 二之町は電線も地中化され、街道の面影を保っています。
Dscn5690越中街道の道標もあります。
Dscn5692 櫻山八幡宮の門前を通ります。
Dscn5694 外国人観光客がガイドの説明を聞きながら歩いています。昔から高山は白人観光客は多かったけど、最近はアジア系観光客も多いですね。
Dscn5696 日下部家住宅
Dscn5697国分寺通りまで来ました。 16時16分。これで一応終わりです。
Dscn5701一仕事終えて、ご褒美に居酒屋へ(笑)。
漬物ステーキは特に食べなくてもよかったな。
Dscn5705 けいちゃんの方が旨いね。
Dscn5707ホッケも食べて終了。
Dscn5709ホテルに帰って、一寸寝酒を飲んで寝ました。
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位山官道1日目

2018年10月31日(水)
ワンゲル同窓会の皆さんと別れて、朝9時半頃高山に帰ってきました。
国分寺通りの二之町から出発することにしました。上二之町に入ります。
電線も地中化された古い街並みです。
Dscn5588地図を掲載しましょう。古い街並みは国分寺通りを境に、南側は上三之町とか上が付きます。宮川の上流と言う意味でしょうね。
Hida01街道の基点を高山陣屋に置くとすれば、まだこの辺りは越中街道ですね。
突き当りが旧高山町役場です。
Dscn5592右折して赤い橋で宮川を渡ると高山陣屋跡です。朝市も開かれています。9時47分です。
Dscn5599 陣屋の前を北上するのが多分街道でしょう。もう1本宮川寄りの道かもしれません。
市街地に入った場合、どれが街道と特定するのは無意味かもしれませんが。
銅鉛貫目改所跡なんてのもありました。
高山市指定の黒松です。昔から街道沿いに有ったのでしょうか?
Dscn5602 10時頃、宮川沿いに出ました。高山市内を流れるこの小さな川も、富山に入って神通川になる頃には立派な大河になっています。
Dscn5603 10時25分頃、国道41号線に出ました。
Hida02この辺り石浦町と言って、東山道飛騨支路の最後の宿駅が置かれた所です。宿駅は16キロ毎に置かれたそうです。飛騨国府が何所に有ったか、高山市と飛騨国府町で争っているそうですが、宿駅の位置からすると高山までは4キロほど、一寸近すぎるような(笑)。
11時頃、一之宮町に入りました。
Dscn5611 位山らしい山が霞んでいます。今日は雨かな。
Dscn5613 11時15分頃ローソンが有り、一寸トイレをお借りしてから国道を左に分かれました。
すぐ巡礼供養塔がありました。
Dscn5615目指す飛騨一之宮水無神社です。
Hida03道沿いの宮川支流は梅花藻があるようです。
Dscn5617 11時半過ぎ、水無神社に到着しました。この旅の無事を祈って参拝しました。
Dscn5619 境内には様々な銘木があります。その境内の外に、今回初めて位山道の道標があり、それに従って右折します。
Dscn5622 国道を越え、県道98号線に入ります。98号線が位山峠を越えて上呂まで続いています。
でも通行止めです。歩きの人間は大丈夫だろうと行くわけです。
Dscn5624高山線の踏切を渡り、少し行くと、右手の 公民館に地域の案内図があり、そこに位山道が載っていました。初めての地図で目標がようやくはっきりしました。11時55分です。
Dscn5626 一寸遠回りしましたが、目標の位山道道標に12時20分到着しました。
Dscn5633 5分ほど登ると98号線に合流しますが、その直前を左折するのが街道のようです。
Dscn5637 入口にも道標があります。
Dscn5638これが1200年以上前に敷かれた石畳かと思うと感無量です。
Dscn5640 6~7分歩くと県道を横断します。そこに位山道の説明もあります。
Dscn5643 ここからしばらく石畳が続きます。
Dscn5651 よく残っていると感心します。16世紀後半に飛騨街道が開かれて、余り通られなくなったのが幸いしているのでしょうか。
Dscn5654 横断して10分歩いた頃、昔の休憩所がありました。
Dscn5656 更に10分一寸12時55分に県道に出ました。今日の旧道は終了です。
Dscn5659 そこから 12~13分歩くと苅安峠 900mです。
Hida04峠には何の案内もありませんが、その辺りは道の駅モンデウスです。位山も見えます。
冬はスキーリゾートです。でも今日は定休日でがらんとしています。ここで20分弱、昼食休憩しました。
Dscn5666 13時27分に出発し、紅葉の県道を下って行きます。
Dscn5669 途中に位山道の案内がありました。どこまで、どのように続いているか判らないので、今回は止めました。
Dscn5673 13時50分に455号線との分岐に着きました。この辺りの標高は800mほどのようです。
Dscn5675本来は、この先の民宿で泊まる予定でしたが、廃業なので今日は5キロ離れた久々野駅まで歩きます。この辺りリンゴの産地なんですね。
Dscn5681途中にタクシー会社が有ったので、明日朝7時半に久々野駅に来てくれるよう頼んで、3時5分に駅に着きました。3時10分の列車で高山へ帰りました。
 
 
 
 
 
 

2018年11月 2日 (金)

位山官道(東山道飛騨支路)

昔、大宝律令(701年)の時代に官道が整備されました。地方の国府と中央政府を結ぶためです。その一つに東山道(後の中山道)もできました。
さらにその東山道から岐阜で分かれて、飛騨国府へ行く道も整備されました。
それが東山道飛騨支路です。
地図を載せましょう。下部の茶色が東山道、赤線が近代の飛騨街道、青線が東山道飛騨支路です。
Hidazenzu
そして今回私が歩いたのは、図の上部、高山から 飛騨萩原までです。
この間の飛騨支路は位山官道と呼ばれ、急峻な位山峠1090mを越えるのが難点でした。
16世紀後半(秀吉の時代か)、飛騨の国主金森長近が今の飛騨街道を開いたため、位山官道はすたれました。
さて、下図を見てください。高山から歩き始めると飛騨一ノ宮で国道41号線と分れ、位山峠を越えます。そして上呂までで36キロ位です。それで1日では無理なので、当初は16キロ地点の旧民宿で1泊するつもりでした。でも廃業で困ってしまいました。周囲の宿泊施設をいろいろ当たりましたが、すべてその日は駄目でした。
Kuraiyamamiti結局、民宿近くの分岐から久々野駅まで5キロ歩いて、高山に引き返して宿泊、翌日また久々野駅からスタートすることにしました。10キロ余分ですね(泣)。

なおコースの見所は、苅安峠手前の旧道の石畳、そして位山峠を越えた所から2箇所の旧道の石畳です。

心配事はアララギ湖以南の下呂市側は全面通行止めと言うことです。
歩行者は大丈夫ということを信じて出かけることにしました。
さあ出発しましょう。
































































































































































































































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