鰤街道
鰤街道とは富山湾で穫れたブリを高山へ運んだ道です。有名な鯖街道は若狭の鯖を京都へ運んだ道ですね。他に塩の道なんかが有名です。
さて鰤街道は富山側から見れば、飛騨高山へ向かう道なので飛騨街道と呼びます。逆に高山側から見れば越中富山へ向かう道なので越中街道です。
富山藩はブリを高山に送るに際し、自藩の領地である西街道を推奨したようです。東街道は加賀藩の領地だったそうです。また、西街道はJR高山線が走っているので、途中で歩きを止める場合安心です。
東街道は国道41号線で幹線ですが、鉄道が無いので歩き難いです。バスは有ると思いますが、時刻がはっきりせず、今回は西街道を歩くことにしました。
富山~高山間は国道を走れば80キロほどです。でも街道歩きとしてはトンネルを潜らず、できるだけ旧道を歩きます。その結果距離的には90キロほどになり、3泊4日で計画しました。
参考資料は松本市立博物館編の「鰤のきた道」、高山在住の友人Sさんに貰った高山市史の街道編のコピー、またネット上の歩きレポートなどです。
2018年5月6日(日)
朝7時10分名古屋発のバスで富山に向かいました。ゴールデンウイーク最終日でバスは満席で臨時便が出ていました。10時43分に富山城近くの総曲輪というバス停に到着しました。今日は20キロほど先の楡原駅の予定です。
飛騨街道の起点は大田口という場所がそうです。現在大田口商店街になっています。
そこから真っ直ぐ南下して笹津で神通川に出会います。
そのためしばらく高山本線とは離れ、風の盆で有名な越中八尾は通りません。
11時頃、大田口商店街に入りました。電柱に「ひ、ひっ、ひだ街道」「ぶ、ぶっ、ぶり街道」の幟が掛かっています。
富山市内はどこからでも立山連峰が真近に見られます。 中央左が剣岳、中央右が立山ですね。
北陸自動車道富山ICの裾を回り込んで、41号線を信号で渡ります。 合流から30分弱で
最勝寺のバス停に来ます。時刻は12時16分です。ここで国道に分かれます。
熊野川から分かれてすぐ、右手に 円教寺という本願寺派のお寺があったので、一寸本堂の前で休憩しました。13時05分です。
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