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2018年4月 5日 (木)

京街道2日目後半

10時20分頃、京阪電車の踏切を渡り、宇治川の堤防に出ました。
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これからしばらく堤防歩きです。
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15分ほどで国道1号線の宇治川大橋の下を土手を降りて潜りました。横断の道は無いようです。
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阪神高速の下も潜って、伏見港公園に着いたのは10時50分頃です。
幸いお腹も空いてきたので、ここで昼食休憩することにしました。
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伏見の酒蔵付近から出る観光船もよく通ります。
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20分ほど休憩して、11時10分頃出発しました。高瀬川沿いの遊歩道で京阪の下を潜り、その先で土手に登って右折します。
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中所島の駅近くに来たのは11時17分でした。
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5分も北上すると京橋があります。
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近くに有名な寺田屋があるので一寸見に行きました。
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その後、一寸ややこしい、何度も折れ曲がる道を、間違えながらもなんとか歩きます。
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伏見総合庁舎の北に有る金札宮
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伏見中学の角に有る道標、11時40分頃
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丹波橋駅付近で両替通りに入り、近鉄の高架を潜ります。
国道24号線を越えた辺りに、橦木町廓入口の石柱がありました。江戸時代の遊郭ですね。
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そして右折して、墨染駅の南側を通ります。
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すぐに藤森神社の前を通ります。勝負の神様、馬の神様と書いてあったような。12時15分です。
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京都教育大学が隣にあり、過ぎるとJR藤森駅です。
左折して、線路の上を越え、10分ほどで県道35号線を右折します。府道ですか。
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10分ほど歩くと、先日歩いた京都一周トレイルの道標がありました。こんな所歩いてないなと思いながら近づくと、新しい?深草コースという道でした。
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ここで一寸休憩して、12時50分頃出発しました。しばらくは名神高速の傍を歩きます。
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30分ほど歩いて、ようやく名神を離れました。勧修寺に沿って左折し、その門前をまた右折します。13時25分です。
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地下鉄小野駅を過ぎ、大きな御神木の傍を通ります。
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36号線の交点で左折したのが13時35分。この辺りからは奈良街道と呼ばれています。
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名神高速を潜ったところが大宅一里塚跡です。
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その近くのコンビニで10分ほど休憩しました。14時に出発、すぐ岩屋神社の鳥居があります。
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北大塚で新幹線の高架を潜ったのが14時20分です。
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五条通りを2回地下道で渡ります。大きな病院の傍を通り、京都東ICの下を潜ったのが14時40分。街道の面影残る道を5分歩くと、東海道の追分に到着です。
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ここから京阪の追分駅は、民家の間の細い坂道を下って、国道を地下道でくぐります。
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5分で到着します。駅には大津絵の広告があり、なつかしい限りです。
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お疲れ様でした。
 

京街道2日目

2018年4月2日(月)
昨晩一寸飲みすぎたか、朝は食欲が無かったので、コンビニでお握りを買い、6時25分頃牧野駅に着いた。駅の近くの公園でお握りを食べて、6時40分には歩き始めた。
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すぐに県道13号線に出る。
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先ずは樟葉駅に向かいます。
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早朝の県道を淡々と歩きます。7時頃には淀川が左に現れました。
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一帯はくずはゴルフ場です。
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7時10分頃、樟葉駅を通過しました。ここは以前面白い経験があります。駅前に大規模な団地がありますが、駅と団地はどちらかが京都で、どちらかが大阪です。団地に住む友人を訪ねた時、電話が掛からなくて困ったのです。
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駅を過ぎると右折して旧道に入ります。一寸街道の風情です。
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駅から30分ほど、浄水場の縁を曲がりながら歩くと、砲台場跡に出ました。
幕末に勤王浪士の動きを抑えるために作ったと言われています。
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一寸休憩した後、台場跡を突き切り、行基の創建と伝わる久修園院に来ました。7時55分です。
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ここから線路を渡って行くはずですが工事中で見当たらず、やむなく回り込んで踏切を渡りました。
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8時05分、橋本駅のそばの細道を通りました。
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8時15分頃、大谷川を渡り、淀川の堤防沿いの道に入りました。いや、ここでは木津川でしょうか。この辺りで、桂川、宇治川、木津川の三川が合流して淀川となります。
 
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15分ほど堤防に沿って歩くと、ようやく八幡市街にはいってきました。もう完全に京都府ですね。5分ほどで八幡市駅付近に着き、左折して木津川を渡ります。一寸登って振り返ると、岩清水八幡宮のある男山が見えます。
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ところが今日は駅から木津川方向へ歩いてくる人が多勢います。昨日、息子が言っていた花見客だと気付きました。
木津川と宇治川の背割り堤の上が1キロ以上桜の名所になっているのです。
今日は月曜日なので、それほどでもありませんが、昨日は多かったでしょうね。
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8時50分頃、宇治川も渡って、淀方面に入ってきました。
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京阪の線路を潜り、病院の駐車場で一寸休憩しました。9時10分頃には淀の街中に入ってきました。淀と言うと競馬場しか思い浮かばなかったのですが、宿場町だったのですね。
もっとも、伏見と枚方という大きな宿場に挟まれていたため、淀には本陣も無かったそうですが。
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淀宿では文相寺の角で街道が鍵型に曲がるのですが、通り過ぎたため、引き返して探したりして、15分位ロスしました。9時50分頃、淀駅を通過しました。
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一旦、県道13号線の納所という交差点に来てVターンしますが。その交差点に唐人雁木旧跡というのがあります。朝鮮使節団が船を降りた船着場だそうです。
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ところで、この石碑のある通りが千本通だそうで、私が生まれた西陣の辺りにある千本通が、ここまで続いているとは驚きですね。
ところで、淀には淀城があり、幕末の鳥羽伏見の戦いでは幕府側の重要拠点でした。
ところが淀城は敗れた幕府軍の入場を拒み、官軍に開城した。当時の情勢に大きな影響を与えた事件でした。
淀小橋の遺跡をちらっと見て、淀競馬場の建物の脇を歩きます。
10時07分、戊辰の役東軍西軍激戦の地という碑がありました。
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後半に続く
 

2018年4月 4日 (水)

京街道1日目後半

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12時に昼食を終え、息子と二人で出発しました。すぐ、高札場が作られていました。守口宿を意識していますね。
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街道の風情残る文禄堤の上を歩いて行きます。10分ほどで蓮如上人ゆかりの難宗寺があります。西御坊と呼ばれるそうです。
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東御坊と呼ばれる盛泉寺も近くです。東海道五十七次の旗もありました。
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1号線を渡り、一里塚跡は看板だけでした。県道155号線を歩きますが、すぐまた左に分かれます。12時30分です。
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12時45分頃、淀川の堤防に登ってきました。
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ここから6キロほどは堤防歩きです。大阪モノレールを潜った辺りです。12時54分。
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13時15分頃、佐太天満宮らしき鳥居が右下に見えました。
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仁和寺大橋のたもとで一寸休憩して、14時10分頃石碑がありました。
茨田(まんだ)堤と言って、日本書記に登場する日本最初の堤だそうです。
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そこから10分ほどの鉄塔の付近で堤防を降りました。
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街道の風情ある細道を歩きます。
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堤から15分ほど、14時43分に蓮如上人腰掛石の遺跡に来て、小休止しました。
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50分に出るとすぐ光前寺です。ここも蓮如上人が開基とされる、駅名にもなっている名刹だそうです。
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14時57分に出て20分で国道170号線を渡ると、いよいよ枚方宿です。
15時30分に西見附に来ました。
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近くに枚方宿鍵屋資料館もあります。
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本陣も残念ながら残っていないようです。
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15時46分頃、枚方市駅の近くで、息子と別れました。
私は明日のことを考えて、もう1時間ほどあるくことにしました。
今夜はここで、一緒に夕食の予定です。
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15時55分、天野川の堤防にぶつかりました。ここに東の見附があったようです。
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県道のかささぎ橋で川を渡りました。
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渡って10分ほどは旧道を歩きます。
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そして県道へでます。
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16時15分に御殿山駅です。
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駅から10分、三栗の交差点で旧道へ右折、京阪の踏切を渡って、公園の桜を見ながら歩きます。
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16時46分に牧野駅に到着しました。27キロ位かな、お疲れ様でした。
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夜は息子夫婦と嫁さんのお父様まで加わって、楽しい宴会になりました。
ありがとうございました。
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京街道1日目

2018年4月1日(日)
朝8時40分頃京阪電車の北浜駅に到着しました。今日は枚方まで歩く予定です。
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京街道の全行程は約56キロ、枚方までは24キロなので、もう少し歩きたい所ではあります。
さて起点の高麗橋が判りません。天満橋と北浜の間にあるのは解っていましたが、駅の近くで聞いても知らない人が多かった。ようやく探し当ててスタートしました。
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高麗橋を8時52分に出発し天満橋に向かいます。途中にあるのが八軒屋浜という船着場です。京都を出発して熊野へ向かう旅人は、伏見港から船で淀川を下り、ここに着きます。
そして熊野街道を歩き始めたのです。
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天満橋を過ぎると京橋があり、そこは川魚市場だったそうです。
右手に大阪城の天守閣が見えるので堀端の道を少し歩きました。
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京橋駅の辺りで道を間違え、通り過ごしたので引き返し、アーケードのある商店街の街道に入りました。
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すぐに「京かいどう」の案内がありました。9時45分頃です。
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アーケードを抜け、少し歩くと野江水神社があります。この付近は低地で水害も多かったことから、水の神様が祀られたとか。10時過ぎです。
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水神社から広い都島通りを10分一寸で、今度は関目神社です。一寸休憩しました。
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関目神社を出てすぐ国道1号線を斜めに渡ります。するとすぐ阪神高速の下を潜りますが、城北川を古市橋で渡っています。この辺りは一寸街道の面影が残ります。
森小路商店会、千林商店街と続きます。10時40分。
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10時48分、京阪国道(1号線)に合流、8分ほどで右折しました。守口宿へ入ってきたようです。国道から3本目の商店街で左折、守口市駅に向かいます。商店街の人通りは一寸少ないです。
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11時15分、守口市駅前に到着しました。実はここで11時半に次男と落ち合う約束です。
ここで昼食の後、枚方まで一緒に歩くそうです。
 
駅前を通っている京街道を確認しようとしたのですが、なかなか見つかりません。
下の写真の位置に来て、はっと気付きました。文禄堤というんだから、この上が街道だと。
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階段を登ってみると、やはりそうでした。
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午後に続きます。
 

京街道

大阪と京都を結ぶ京街道を歩いてきました。
京街道に関する正確な地図や情報は下記大阪府のサイトをご覧ください。
私の記述も大部分、このサイトの受け売りですから。
 
 
さて京街道ですが、大阪と伏見に城を築いた秀吉は、その二つの城を結ぶ道を淀川沿いに堤を築いて作りました。文禄5年(1596年)だったので文禄堤と呼ばれ、守口市に残っています。
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伏見から京都へは伏見街道や竹田街道・奈良街道がすでに整備されていました。
後を継いだ家康は、天下の台所大阪との交通を重視し、伏見、淀、枚方、守口に宿場を整備しました。また、西国大名の参勤交代は洛中を通ることを禁止し、伏見から直接山科の追分に至る街道を整備しました。
東海道は京都の三条大橋を終点とせず、大阪まで57次となった訳です。
大阪の起点は大阪城の京橋口と思いますが、現在では高麗橋です。
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私も知らなかったのですが、東京の日本橋と同じく、西日本の道路の里程はここが起点だそうです。
では京街道歩きを始めます。
 
 

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