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2017年12月25日 (月)

員弁街道その2

県道と合流してすぐ、街道は県道を右折して別れ、山田橋方面に向かいます。
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地図で見ると何故県道から離れるのか不思議ですが、昔は直接山田橋へ向かう道があったようです。今は工場があり、なくなったようです。
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山田橋から見ているのは竜ヶ岳でしょうか。
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ここを左折して、すぐ狭い森の中へ入るのが旧街道です。
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7~8分山中を歩き、上笠田の北稲荷の赤い鳥居を過ぎるとまた県道に戻ります。
その県道を少し歩いて、員弁警察の手前で、不動さんの横を県道から左に入ります。
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案山子の群れが居ました。
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この橋で明智川を渡り、県道から国道421号線に変わった自動車道に並行して進む。
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切通を通り、橋から5分ほどで国道付近の地蔵堂に来た。13時45分です。
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ここですぐ国道を渡ったのが失敗でした。まだ国道に沿って進む、細い道があったようです。気が付いたのは楚原の駅の近くで、後の祭りでした。楚原駅前が14時です。
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石仏というのは、この近くに、美濃の国守護土岐氏の墓があるからのようです。
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鳥居の下を潜り、街道は続きます。
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大泉の駅付近が14時30分です。
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北勢線と別れ、茶屋橋らしき橋を渡ります。
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昔よく走った県道612号線を渡ったのが14時55分。
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鳥取塚と呼ばれる円丘は古墳でもないらしいが。
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東員交番前で県道14号線に入る。そのまま県道を歩き、神田変電所を越え、穴太西の交差点で県道を離れ、旧道に入る。
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こんな矢倉はまだ現役だろうか?
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この辺り穴太という地名だが、清水の次郎長物語で吉良仁吉に関連して、悪役で出てくる穴太徳が居たと聞くが、真偽は知らない。
15時36分、弁天橋を渡る。ここから桑名市に入るようです。
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15時48分、芳ケ崎のクロガネモチに着く。
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近くに七和駅があるので行こうかと思ったが、もう一駅歩くことにする。
なんとなく情緒のある街道が続く。
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地元ながらお参りしたこともない子安観音が丘の上に有る。通りかかったお婆さんに、この観音様は古くから有るんですか?と聞いたら、「ええ、古くからある有難い観音様で、遠くからお参りに来られるんですよ」ということでした。
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16時10分頃星川駅に着いたら、すぐ電車が来て、慌てて乗り込みました。
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この北勢線はつい10年前ほど、近鉄が廃線を決定し、三岐鉄道に買い取られたのでした。近鉄より線路幅が狭く、向かい合う座席の人の膝がぶつかるほどです。
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一旦終わり。三ツ矢橋までは後1時間ほどは掛かりますね。
 

員弁街道その1

2017年12月23日(土)
今日の予定は下図西藤原駅から巡見道を3キロほど歩いて藤原町山口で員弁街道に入り、桑名方面に引き返します。
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終点の三ツ矢橋まで歩くと32キロほどあるので、一寸無理なようです。日暮れも早いので25キロ辺りで止めようとおもっています。
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藤原岳登山口の西藤原駅は聖宝寺の紅葉も有名です。10分ほどでその分岐を過ぎます。聖宝寺からも藤原岳裏道があります。
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巡見道らしく立派な常夜灯もあります。
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国道306号線を9時35分に渡りました。ここには簡易パーキングがあり、よくお世話になりました。
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この辺りには織田信長に滅ぼされた玉垣城というのが有ったそうです。9時45分に員弁街道との合流点にきました。
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ここには道標があり、ここを右折して員弁街道に入りました。
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この辺りから見える藤原岳です。
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阿下喜からバスもあるようです。
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10時頃本郷の交差点を通過しましたが、その手前の本郷社。謂れは知りませんが立派な社殿です。
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本郷も一寸した集落です。山口、本郷、市場という3つの地区を併せて白瀬地区と言うようです。
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10時15分に員弁川を渡りました。藤原岳北部の山々です。
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長尾方面に入る道が一寸判り難い。左の薄暗い道です。
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右に猪名部神社、左に長尾廃寺の案内のある三叉路、つい右に行きそうですが、ここは左折です。
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猪名部神社は延喜式内の由緒ある神社だそうです。
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三叉路を左折してすぐ右折するのですが、そこに道標があります。左本郷右上相場と刻まれているそうです。10時半頃です。
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長尾から日内に入ると広い車道になるが、すぐにこんな鳥居がある。そこを左に入って行くのが街道です。
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左に徳円寺を見ながら下って行くと10時頃川合橋を渡った。
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そして車道にまた合流すると、前方にセメント会社のプラントが見える。
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10分ほどで国道を渡り、春日神社の傍を通る。獅子舞が町無形文化財とか案内がある。
11時20分頃、野尻橋を渡る。
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更に10分弱で猪毛利神社。この街道筋「猪」の付いた神社が多いなあ。余ほどイノシシが多かったのかなあ(笑)。
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鎌田橋を渡り、大きな交差点を斜めに渡って、阿下喜の街に入る。11時40分頃、大西神社の角を左折したが間違いだったようです。図の青線が正解のようです。まあ街中は、どこを通ってもいいでしょうが。
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空腹なので食堂を探しますがありません。阿下喜の町で忘年会をしたこともあるのですが。阿下喜駅付近です。
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この道標を信じて左折したのですが、間違いかもしれません。もう少し阿下喜駅の近くを通るはずだったけど、遠くへ行ってしまいました。
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取り敢えず、御旅所の前を通ったので、良いと思っていたのですが、御旅所が引っ越したかも。
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ともかく、北勢線のそばを楚原方面へ行くのが街道です。12時03分。
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振り返ると藤原岳がだいぶ遠ざかっていました。
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空腹になったので、国道沿いに以前有った、このみやという讃岐うどんの店を探しました。
でも残念ながら廃業していました。仕方ないので、近くのローソンで助六を買いました。
一寸道に迷いながら其原に来ると、大きな軍人さんの石碑があったので、そこでお昼休みにしました。
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12時45分~1時頃まで休憩しました。
1時10分頃、また県道に復帰しました。
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続きます。
 

員弁街道と巡見道

巡見道は江戸時代に幕府の巡見使が通った道を言う。なので全国にあるはずだが、三重県のように街道として残っているのは珍しいかもしれない。
三重県では下図のように東海道の亀山宿を出発点に北勢地方を縦断し、藤原町山口から岐阜県に入り、関ヶ原で中山道に合流している。
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その巡見道に桑名から合流しているのが濃州街道で、いなべ市を通ることから、桑名では員弁街道と呼ばれている。
この員弁街道ですが、その沿線に勤務先が有ったので、私にとってはしっかり地元です。
なので街道と名前がついても、私の街道歩きの対象にはなりませんでした。
でも退職して5年以上経ち、地元の街道も歩かねばと出かけました。
 
まず上図の三岐鉄道西藤原駅へ行き、そこから巡見道を3キロ歩いて、山口で員弁街道に入って、桑名方面に引き返すことにしました。
2017年12月23日(土)
8時頃近鉄富田駅で三岐鉄道に乗り換えます。あまり乗ったことの無い路線ですが、名前からすると岐阜県まで路線を伸ばす予定だったのでしょうね。
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線路幅は近鉄より広いみたいですね。
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車窓からは鈴鹿山脈が身近に眺められます。
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四日市JTから新名神に接続する工事もだいぶ進んでいるようです。この道路が早く完成してくれないと、東名阪の渋滞が収まりません。後1年一寸だと思うのですが、完成が待たれます。
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9時に西藤原駅に到着しました。
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トイレなど済ませて、9時05分に出発しました。西藤原駅は鈴鹿セブンマウンテンの一つ、藤原岳の登山口なので、何回か来たことがあります。50年位前は頂上付近にスキー場が有って、スキーの板を担いで登ったこともありました。
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ここから3キロほど巡見道を歩きます。
 

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