2020年9月10日 (木)

伊勢本街道 ならまち~桜井

伊勢本街道の2日目です。台風10号の雨は夜のうちに上がりました。暑くならなければ良いんですが。

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今日は三条通りを猿沢の池まで行き、右折して、ならまちを南下します。山辺の道というのが有名ですが、その道とは違います。山辺の道は上図の緑の線で、山裾を縫うように南下します。伊勢本街道は街中をJRの線路に沿って南下します。当時は上街道と呼んだそうです。

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猿沢の池の手前に奈良県の里程元標があります。

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また池の南側の川底に石仏群がありますが、謂れはわかりません。この辺りを8時18分に出発しました。

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ならまちを歩いていると古い街並みがよく残っていて、至る所有形文化財ばかりです。

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猿沢の池から1時間一寸、JR帯解駅の手前に有名な帯解寺があります。

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帯解寺は安産の寺で腹帯などを授かるようです。ここで10分ほど休憩しました。

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ここは前回来た時も参詣者が居ましたから常時お参りする女性があるようです。ここから5分も離れない場所に帯解子安地蔵さんがあるのですが、こちらは何故か参詣者を見ません。

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子安地蔵からしばらくは淡々と歩きます。30分ほどすると左手に神社がありました。楢大明神社というようです。

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JRの駅としては櫟本で、街並みも街道の雰囲気がでてきました。

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西名阪の下を10時25分に潜りました。街並みはまだ続き、石仏があちこちにあります。

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蔵が立ち並ぶ風景も壮観ですね。

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そう思っているうちに、右折マークの道標を見過ごして直進してしまいました。国道に出てから気付いて引き返しました。

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10時52分に右折点に引き返してきました。右折して5分ほどで天理の市街に入ってきます。各地方の信者さんの詰め所があちこちに建てられています。

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11時10分頃、天理駅付近の商店街を通過しました。昼食時間には、まだ一寸早いのです。

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10分ほど歩くと「うだつ」の街並みがありました。過っての市場跡とかの建物が道路を覆っています。珍しいですね。

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ここを通り過ぎてから左折して国道へ食堂を探しに行きました。

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昼食を終えて街道に復帰したのは12時頃でしょうか。20分ほど歩いて国道を渡りました。何故こんあ所で直角に曲がるのか、疑問がありましたが、渡って右折した辺りに立派なお地蔵さんが有ったので、やはりこの道は街道だったのだと思いました。

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再度国道を渡って、右側に古墳らしきものを見ながら10分ほど歩くと大和神社でした。本殿は奥の方ですが、地元のおじさんが熱心に勧めるので参拝することにしました。

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おおやまと神社と読み、日本最古の神社だそうです。戦艦大和も、ここを守護神としたそうです。参拝して休憩し、25分後の13時15分に出発しました。この辺りは右を向いても左を見ても古墳だらけのようです。

20分弱歩くと1本柱の変わったお堂がありました。長岳寺五智堂とかで重要文化財です。

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その後も左手山辺の道付近にいろいろ神社があるようで、イザナギ神社や穴師大明神などの案内があります。

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五智堂から30分ほどで巻向駅に着きました。ここは纏向遺跡で有名ですね。街道はここで線路を渡っています。

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駅のベンチで15分ほど休憩しました。目指すゴールはもうすぐですね。14時18分に出発。

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10分も歩くと箸墓古墳です。ここも有名ですね。邪馬台国がどこにあったのか興味はつきませんね。記念写真しました。

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箸墓古墳から25分ほどで大神神社の大鳥居があります。

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大鳥居を通り過ぎて左折するのが街道らしいので、そうしました。すぐに一の鳥居があります。

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少し歩くと、左奥に三輪駅があります。ここから先へ歩くと、段々桜井駅から離れてしますので、今日はここまでにして、三輪駅に向かいました。電車は1時間に2本です。

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桜井駅まで電車に乗り、駅前の居酒屋で反省会をしました。駅前の居酒屋はほとんど5時からですが、運よく店の女将さん?に出会って、開けてもらいました(笑)。お疲れ様でした。

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2020年9月 9日 (水)

伊勢本街道 枚岡から暗峠越

山歩会の仲間と伊勢本街道の2回目です。当初、3月末に予定していましたが、伸び伸びで9月になってしまいました。

2020年9月6日(日)

新幹線で大阪に向かいますが、コロナの影響で乗客は我々5人だけでした。

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新大阪で乗り換え、河内永和経由で近鉄の枚岡駅に着いたのは10時10分頃でした。現地集合のAさんを加えて6名が今日のメンバーです。

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今回はここから生駒山の近くの暗峠を越え、奈良市内で1泊、翌日は南下して天理を越え、桜井まで行く予定です。

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まずは駅前の石段を登って枚岡神社に参拝し、今回の旅の無事を祈願しました。現在超大型の台風10号が九州に接近中で、近畿地方もその影響が心配されています。

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枚岡神社から暗峠への道は、ハイキングコースがいろいろ有るようですが、伊勢本街道は枚岡神社の北を通る国道308号線がルートなので、とりあえず狭い道を通って国道に出ました。

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暗峠の標高は455m、神社は80m位なので370mほどの登りですね。国道にでると大阪方面の視界が開けます。

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でもこの308号線は国道とは思えない狭く急勾配の道です。10時23分に出発しました。

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景色を楽しむ余裕などなく、喘ぎながら登ります。芭蕉句碑など横目に見ながら10分ほど登ると、茶屋と道案内があります。この道は暗峠奈良街道となっています。

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途中、休憩もしながら「お玉大神」を過ぎ、1時間ほど掛かって弘法の水に到着しました。飲まないようにと但し書きがあり断念しました。

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ここからは一寸勾配も緩やかになり集落が現れたりします。峠に着いたのは15分後の11時34分です。17年前に一度歩いていますが、その時は丁度1時間で登っています。歳は確実に体力を奪っていますね。

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しかも峠の茶屋で一休みです。でもこの一杯はたまらないですね(笑)。

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20分ほど休憩して11時56分に出ました。すると下界の展望が開けます。手前の街並みは生駒市でしょう。そして矢田丘陵を越えた向こうが今日の目的の奈良市でしょう。実は暗峠を越えた嬉しさにビールを飲んでいますが、まだ矢田丘陵の登りが残っているのです(笑)。

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30分ほど下った辺りに横道があり、入ると阿弥陀さんがありました。すぐ元の道に帰ります。

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1時間ほどで南生駒駅近くの線路を渡ります。13時頃です。

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ここから住宅地に入りますが、それがまた急坂の登りです。矢田丘陵に入ってきたのですね。

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15分ほど登ると小瀬ふれあい公園があり、そこで昼食休憩しました。20分ほど休憩しました。13時35分の出発です。

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大瀬中学の前を通り過ぎ、次の変電所の角を左折して登ります。中学の角を曲がっても良いようです。登って行くと大きなタンクがあるのですが、その手前辺りで生駒方面の視界が開けます。

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その近くに何故か足湯があって、皆さん入っています。ふれあい公園から20分位です。

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この道も、ずっと国道308号線です。ここから更に急勾配の登りがあると見えて、冬季チェーン必携の看板があります。

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足湯から20分の登りで、ようやく今日の登りは終わりです。榁木峠というようです。案内では矢田丘陵一帯にいろいろトレッキングコースがあるようです。ともかく疲れました。

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14時14分に出発、12分で警察犬訓練所。さらに1分で二股ですが、左をとります。

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更に15分下ると立派な家屋がありますが、追分本陣とのことです。ここは大和郡山へ行く追分だそうです。

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5~6分下ると第二阪奈道路を渡る分岐点があります。上を陸橋で越えるか、下を潜るかです。我々は国道308号を辿って下を潜りましたが、街道としては上が近いようです。

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その後、一寸雰囲気のある集落の細い道を30分ほど歩きます。集落を抜けるあたりに常夜灯と道標があります。15時07分。

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富雄川を渡ると砂茶屋という交差点にでました。15時15分。

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再度第二阪奈道路の下を潜って、更に25分ほど歩くと、前方に古墳のような山が見えてきます。垂仁天皇陵です。垂仁天皇は11代天皇で、天照大神を従来の館から伊勢神宮でお祀りするようにした天皇です。お祀りにふさわしい土地を求めて各地を探し歩いた倭姫は垂仁天皇の娘です。

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古墳から6~7分で近鉄の尼ヶ辻駅です。

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ここで明日用事があるWさんが名古屋へ帰りました。雨が降り続いています。

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三条大路に入る手前に阿弥陀堂跡があります。20年前に道路拡張工事に伴い取り壊されたとか。

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お堂跡から10分ほど、雨の三条大路を歩くと、左手奥に平城宮跡公園が見えます。16時20分です。

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そこから黙々と雨の中を歩くこと40分。17時にJR奈良駅に着きました。ホテルはすぐ駅前です。お疲れ様でした。

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今回の反省会場は近鉄奈良駅近くのおばんざいの居酒屋です。

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奈良にもこんなお店があったんだと感心しました。これだけの料理を並べるのは大変ですね。とりあえず乾杯です。

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明日は桜井を目指します。

 

 

 

 

 

 

 

2020年7月19日 (日)

鹿深の道

滋賀県の甲賀市に鹿深(かふか)の道というのがある。壬申の乱(天智天皇の跡目をめぐって大海人皇子と大友皇子が争った)時代の道らしい。当時は鈴鹿峠越えの東海道は無くて、この土山から油日へ、そして柘植から関・亀山というのが伊勢方面へのルートだったらしい。

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2020年7月18日(土)

山仲間のHさんから、どこか一寸歩いて一杯飲もうと誘われたので、この鹿深の道を歩いてみた。近鉄四日市駅から京都行の高速バスに乗り、土山SAで降りたのは9時15分頃です。

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ここでお握りを買ったり、トイレに行ったりして、出発したのは9時40分頃か。

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土山SAは一般道からの出入り口があります。それを出て高速道路沿いに一寸あるきます。

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10分ほどで、国道1号線から油日へ通じる鹿深の道に合流します。

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この道をどうして鹿深の道と呼ぶのか、理由はよく解りません。鹿深という地名は無いそうなのですが、甲賀市の広い範囲を鹿深と呼んでいるようです。合流点から5~6分で神という集落に入ります。お堂は「北の川延命地蔵尊」です。

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集落を過ぎると登りになります。この登りは15分位続きます。この辺りはずっと歩道があります。車の通行は多くありませんが、それでも歩道があるというのは安心ですね。

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道が水平になると藤木というバス停がありました。ハローバスというようですが昼間の走行はありません。ごみ処理場への道を過ぎ、10時40分に大原ダムに到着し、一寸休憩しました。昭和30年に完成した農業用ダムだそうです。

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10分ほど休憩して出発しました。12~13分歩くと櫟野寺への道案内があり、その方向へ左折します。

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櫟野寺の櫟は「イチイ」という字ですが、お寺としては「らくやじ」と読みます。櫟野寺がある地域の地名は櫟野と書きますが、読み方は「いちの」だそうです。ややこしいですね。近くの道標がありました。右山道、左伊勢道と書いてあるようです。

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道案内に有る那須ヶ原岳は鈴鹿山脈の南端にあたり、鈴鹿峠から尾根伝いに高畑山・那須ヶ原岳・油日岳と続いて、鈴鹿山脈が終わりをつげるようです。私も2・3度登ったことがありますが、結構厳しいです。

11時15分櫟野の集落に入ってきました。

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でも櫟野寺はまだ先です。

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直進して田園の長閑な田舎道を進みます。

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15分ほどで櫟野公民館に来ました。この辺りの中心部でしょうか。一寸トイレ休憩させてもらいました。

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3分ほど歩くと阿弥陀寺の案内がありました。櫟野寺の近くらしいので、そこから廻ることにして、街道からは外れました。11時40分です。

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阿弥陀寺は平安初期に櫟野寺の七坊の一つとして創建されたが、途中で天台宗から浄土宗に改修されている。一木造りの仏像三体が祀られているそうです。

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近くにある智光山というお寺。

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櫟野寺到着は11時50分。

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櫟野寺は伝教大師が延暦寺建立の用材を求めてこの地に来たとき、霊感を感じて櫟の木に観音菩薩を彫って安置したのが始まりとされます。20体以上の平安期の仏像を保有します。ご本尊は11面観音で、国重文では日本最大の3.12mだそうです。

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12時5分頃出発しました。街道から変な道をたどってきたので、一寸方向感覚を失っています。慎重に地図を見て鹿深の道に復帰したのは12時13分でした。

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10分で油日岳登山道入り口です。正面の山が油日岳です。

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ここでお話した農家の小母さんは、「猿や鹿ばかりで」と嘆いていました。2分で油日神社参道です。右折すれば油日駅方面です。左折して神社をお参りすることにしました。12時半に正面鳥居から入りました。

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油日神社は、古くは油日岳をご神体とし、中世以降は甲賀武士の崇敬を集めた由緒ある神社です。

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参拝の後、一寸軒先をお借りして、昼食をとりました。12時50分頃出発しました。隣接する善応寺と神宮寺です。

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油日駅への参道はとらず、直進して五反田方面に向かうのが鹿深の道です・

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20分位歩くと左側に大きな鹿深の道の案内板があります。

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壬申の乱云々や付近の名所が説明されています。

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4分でJR草津線と並行する県道4号線にぶつかります。鹿深の道は一応ここで終わりなのですが、左折または直進して柘植方面への道があったと思われます。

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我々は右折して油日駅に向かいました。歩道の無い、嫌な道です。

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17分後、13時32分に油日の集落に入り、油日神社の一の鳥居の前に来ました。

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実は油日駅の柘植方面行は、毎時34分発の1時間に1本です。鳥居から駅までは3~4分ですが間に合いませんでした。幸い駅の近くに酒屋さんがあります。その前に地図には載っていない食料品店がありました。ラッキーです。これなら1時間の待ち時間も苦になりません(笑)。

酒屋さんに入ると、近頃珍しく座布団と灰皿が置いてありました。そう言うと、奥さんが笑って「田舎ですから、冬には火鉢をおきますよ」と。

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向かいのお店で宛てを買って、店の前のベンチで小宴を開きました。1時間はすぐでした。

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油日駅です。レンタサイクルがあり、近くの無数の城跡を廻れと言っています。

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なんか近いうちに、もう一度来そうな気がします(笑)

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帰る途中、四日市でもう一杯飲むことにしました。さすがに三重県一の都会です。人通りも多く、何よりうれしいのは、昼間から飲める店が何軒もあることです(笑)。

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そのうちの一軒の食堂に入ると、うれしいことに鱧のおとしがありました。ますます気に行ってしまいました。

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今日は一日有意義な日を過ごしました。

 

 

 

 

2020年4月 5日 (日)

岩村街道

3月始めの東高野街道以来、ほぼ1ヶ月振りに街道歩きに出かけました。場所は岐阜県恵那市にある岩村街道です。

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名古屋を7時45分発の中央線快速に乗り、恵那着は8時55分。明智鉄道の9時15分発に乗り換えて飯沼着は9時半頃でした。

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岩村街道は恵那が起点ですが、それだと岩村城址や城下町の見学時間が少ないので、2駅先の飯沼から歩くことにしました。8キロ2時間ほどの節約です(笑)。

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駅を出てすぐ踏切を渡り、少し登った辺りで恵那からの街道に合流します。ただ、この岩村街道ですが、道標や案内は全くありません。頼りは私が参考にした、どなたかの紀行文と地図だけです。

少し行くと禅林寺と子安寺の案内がありますが、右の子安寺方面をとります。9時40分に巨大な夫婦杉がある子安寺と神明神社の境内に到着しました。由来など知りませんが、夫婦杉の立派さからみて、相当古い神社と思われます。

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10分ほど境内に居て出発しました。5~6分で県道407号線に合流し、15分ほど歩くと「阿木城址」という案内がありました。地図にも観光案内にも載っていなかったのですが、興味をそそられたので行ってみました。

県道から5分ほど入ると阿木城の案内がありました。道なき道を登ってみると説明がありました。戦国末期の城で結構大規模な城です。遠山氏の城のようですが城主は不明とか。まだ石垣の技術はなく土塁です。

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25分位探索して10時37分に県道に復帰しました。15分位で阿木の街中に入ってきました。阿木橋という古い橋を渡りましたが、洪水で半分流されたのか、奇妙な形をしていました。

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国道365号線に合流する辺りで街道が消えてしまったので、一旦国道に出ました。再度、塞の神橋を渡って街道に復帰しました。塞神神社の前を通って行きます。11時17分頃です。

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直ぐに国道に出ますが、街道は国道を横断し50mほどの丘陵を越えていたらしいので登ってみました。道は有りませんが登れます。丘の上には乗馬クラブがありました。そこの方に農村景観日本一の場所を教えてもらいました。

5分で展望台に着きました。11時42分でした。ここで昼食休憩にしました。

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鐘がぶら下がっていたので、恋人の鐘かと思ったら、金の儲かる鐘でした(笑)。

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12時14分、展望台を後にしました。すぐ近くに立派な桜の木があり、その下に阿弥陀堂があります。

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街道はここから国道を行きますが、我々は岩村城址を目指して国道から離れました。道は徐々に上り坂になり、途中観音堂など見ながら、30分位で大円寺辺りに来ました。ここで初めて岩村城址の案内がありました。12時47分です。

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ここから城跡へ1本道で迷う心配はありませんが、車に寄る城跡への道です。登り坂も厳しくなってきて、息が切れる頃、トイレの有る駐車場に到着しました。13時24分です。そこから一寸登ると主閣跡ですが、この城の良さを味わうのは、やはり逆側の城下町から徒歩で登ってこないといけないでしょうね。そちらから登ると、この城の難攻不落の石垣がよく見えると思います。

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20分ほど居て、その城下町側へ下りました。25分ほどで太鼓櫓へ下ってきました。この近くには明治の女性教育に功績のあった下田歌子や岩村城資料館などがあります。

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櫓から5分で城下町に入ります。電線も地中化されて良い感じです。

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そこから10分弱で岩村醸造です。新型コロナの影響で、酒蔵見学は出来なかったので、試飲してお酒を買いました。

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酒蔵の前がカステラ屋さんでした。岩村がカステラの先駆者とは知りませんでした。25分ほどぶらぶら城下町を歩いて岩村駅に着きました。ここはNHKの朝ドラ「半分青い」のロケ地で「ふくろう商店街」でしたね。女城主の岩村城とふくろう商店街の二本柱ですね。

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岩村駅の両隣は恵那側が極楽駅、明智側が花白温泉駅です。今回、花白温泉に行こうと思っていたのですが、ここもコロナの影響でお休みでした。極楽駅は過って極楽寺というお寺も有った地域の名前ですが、極楽行きの記念切符も売っていました。

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30分以上待って15時36分の電車で恵那に向かいました。30分弱で着きます。一寸街を散策してから駅前のとんちゃん屋あんんでS反省会。なかなかお値打ちな価格でお勧めですね。

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終わって中央線に乗りましたが、外出自粛の関係か、乗客はまばらです。

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名古屋駅近くの千種あたりでも、この程度です。

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名古屋駅のコンコースも少ないですね。まだ7時なんです。

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私も早く帰りましょう。

 

 

 

 

 

 

2020年3月12日 (木)

東高野街道3日目安堂駅から河内長野

今日は安堂駅から古市、富田林を経て河内長野まで17キロほどの予定です。河内長野では1月に歩いた西高野街道と合流します。

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2020年3月7日(土)

もうお気づきでしょうか、本来は3日目のこのコースを、諸般の事情で1日目に歩いています。

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桑名を7時頃出て、安堂駅には9時15分頃に着き、9時半には大和川を渡ろうとしています。

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以前は水質最悪の川と言われてましたが、最近は良くなったとか。橋を渡って左折、堤防を歩いて、すぐに右に下ります。

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下って行くとすぐ辺りは古墳だらけです(笑)。世界遺産に登録された百舌鳥・古市古墳群の一帯です。街道も国府八幡宮にぶつかり、すぐ横に古墳が見えました。鍋塚古墳とか。

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その前の道を南下すれば良いのに、一寸勘違いして、1本引き返して南下しました。近鉄の線路にぶつかって間違いに気づきました。まあ、街道に復帰して南下します。東高野街道のサインを見つけて一安心です。

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すぐ道明寺があります。土師氏一族の菩提寺だそうです。土師氏は菅原道真を生んだ氏族で、付近一帯の古墳の造営に深くかかわった氏族だそうです。道明というのは道真の別名とか。

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弘法大師腰掛石とは小さなお堂に有りました。

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10時15分頃、西名阪自動車道を潜りました。小学校の前で応神天皇陵0.1キロの案内があったので、行ってみましたが、よく見えませんでした。

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応神天皇は実在すれば4世紀頃の15代天皇ですが、それをお祀りする誉田八幡宮がすぐです。

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古市駅の先に、竹内街道との交差点があります。昨年だったか竹内街道を歩いているのですが、その時は東高野街道を知らなかったので素通りでした。10時45分頃です。

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近鉄の踏切を渡ると、街道は一寸左に分かれます。小さな不動明王の祠があります。

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そして国道170号線に合流し、すぐまた左に分かれます。分かれるとすぐ高屋神社というのがあります。

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11時過ぎに高屋神社を出て、旧道を南下します。特に特筆すべきものも無く、15分頃南阪奈道路を潜りました。

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特に見る物はありませんが、東高野街道の案内はあります。

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11時40分頃、喜志駅近くで国道に合流しました。

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5分ほど国道を歩くと、美具久留御魂神社の鳥居がありました。大国主命を祀る、水を治める神社だそうです。富田林市に入っています。

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そしてすぐ左に街道は分かれます。旧道はやはり情緒がありますね(笑)。

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12時07分、目当てにしていた食堂がありました。営業しているようだったので入りました。中はテーブル一つで、弁当や出前で持っているようです。でも街道沿いに有るのは有難いですね。

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30分弱休憩して店を出ました。街道は富田林の市街に入ってきました。寺内町というのが地名のようですが、寺院の多い、江戸時代の雰囲気残る街並みです。日本の道百選にも選ばれているのか。

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杉山家住宅という素晴らしい建物があります。そこの長女孝子は石上露子という有名歌人だそうです。

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12時55分頃、寺内町の見学を終え、向田坂という細い坂を下りました。

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この辺までは良かったのですが、道を間違えたのか堤防に出てしまいました。堤防沿いにもサインは有ったので、間違いにも気づかず歩いていました。

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でもどうも可笑しいと地図を見なおして、川西駅のほうへ修正しました。河内長野方面から来た人のためのサインを見つけましたが、変な方向を案内していました。

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未だに正確な道が判っていませんが、ともかく川西駅近くの街道に復帰しました。

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13時25分、国道309号を高架で越えました。

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国道沿いに一寸歩いたあと左折し、滝谷不動駅方面に南下します。道の電柱には結構親切に案内があります。13時42分、滝谷不動駅の前を通過しました。

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10分ほどで踏切を渡ります。

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そして国道に合流しました。錦織の一里塚跡というのを探しながら歩きましたが、有りませんでした。こんな石仏がそうなのでしょうか?

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14時02分、河内長野市に入った所に線路を渡る道があり、それを渡りました。本来この辺りに一里塚跡があるはずなのですが。

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渡るとすぐ孝行地蔵があり、東高野街道沿いと説明しています。

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道は一寸登って高台を歩きます。アオサギが居ました。

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高台を降りて来た所にお地蔵さんがあり、地域のお婆さんが集まって喋っていました。

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団地のような道から左折して国道に出るのに一寸迷いました。河内長野の市街地に入った辺りの、工場の前で、右折します。

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登って近鉄の線路を三笑橋で越えます。名前の由来は何でしょうね。

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橋から3分ほどで、西高野街道との合流点に来ました。延命子育地蔵尊が祀られています。

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そこから河内長野駅前に行く道も間違えたようですが、ともかく14時52分に駅前広場に到着しました。ここからは単に高野街道と呼びます。Dscn9547jpgc

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今日は息子の家に泊まるので、お土産に天野酒を持っていくことにしました。蔵元はここから5分ほど高野街道沿いに歩いた所にあります。

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今晩はこれで一杯やって、明日は息子と一緒に歩く予定です。

 

 

 

 

 

2020年3月11日 (水)

東高野街道2日目四条畷から柏原市安堂

2020年3月9日(月)

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東高野街道が近鉄大阪線と交差するのが安堂駅です。今日は桑名へ帰る予定なので、帰宅に便利な安堂駅を目標にしました。17キロほどです。

奈良を6時過ぎに出て、早朝なのに混雑してくる通勤列車で7時15分には四条畷駅を出発しました。

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早朝の国道風景です。歩道が無いので車が来ると怖い。

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12~13分国道を歩くと街道は左に分かれますが、その手前のお寺に小楠公の墓があるようです。

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旧道に入ると安心してあるけますね。

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7時37分頃野崎参り公園があり、その横が野崎観音(慈眼寺)の参道でした。

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めのこ橋の欄干石というのが案内に有り、気にかけていたのですが、気が付かないまま通り過ぎてしまいました。8時頃、再度国道と合流すると、そこは大阪産業大学でした。

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ここからまたしばらく歩道の無い国道歩きが続きます。途中、常夜燈や一里塚跡、浜地蔵さんなど有りましたが、ゆっくり写真を撮ったり、説明を読んだりする余裕がありません。写真は善根寺町2丁目8時18分頃。

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8時32分頃、旧道に入ってほっとしました。

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旧道を5分ほど歩くと大峰山登山供養碑がありました。103回とか。

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8時45分頃、大木が2本並ぶ石切神社の参道を通過しました。

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5分ほどでけいはんな線の新石切駅です。石切藤地蔵尊が角にあります。一寸駅を見学しました。

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駅から10分ほど歩くと、箱殿東と言う大きな交差点にでます。ここは伊勢本街道との交差点です。つい先月、ここを枚岡神社まで歩いたばかりでした。

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9時15分、枚岡神社一の鳥居を通過。ここの案内では、東高野街道は京道とも紀伊道とも呼ばれ、京都の東寺から伏見を通って来る道だと書かれています。

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9時23分、街道はまた国道に合流しました。また歩道の無い国道歩きか、いやだなあと思っていたのですが、大きく違いました。そこはサンロード瓢箪山と言う、アーケード付きの商店街でした。車は勿論通行止めです。

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これって国道なんですかね?とにかく大喜びで商店街を楽しみました。途中のコンビニでコーヒーブレイクしたり、スーパーにトイレットペーパーが並んで居るのを見て安心したり、商店街を抜けると瓢箪山駅でした。

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線路を横断して、また商店街に入り、抜けると瓢箪山稲荷神社の鳥居でした。9時45分頃です。

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この後は国道歩きに戻るのですが、車は多くても、心なしか以前の国道よりのんびりしています。小楠公銅像の石碑を過ぎ、六万寺・楽音寺と進んでいきます。どこかに埋蔵文化財センターがあったのでしょうか。

40分ほど歩くと玉祖神社の鳥居がありました。

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鳥居から10分、近鉄信貴線のガードを潜りました。安堂までは後6キロほどかな。10時38分です。

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教興寺という地域に入ってきました。左の大きな屋根は天理教の教会で、その奥にお寺があるようですね。ガードから17分、法華塔という大きな石碑がありました。ここが一里塚跡だそうです。

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一里塚跡から15分、恩智神社の鳥居があります。ここは大阪から信貴山参りする人も多く通った恩智街道との交差点だそうです。東大阪市を過ぎて八尾市に入っています。安堂までは後30分位でしょうか。

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11時20分、柏原市に入りました。

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私には知識の無い市です。眺めているとブドウの産地みたいですね。ワインもあるみたいですね。

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11時55分、安堂駅に到着しました。ここから桑名へ帰ります。

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続きは3日目をご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年3月10日 (火)

東高野街道1日目石清水八幡宮から四条畷

東高野街道は京都府八幡市、石清水八幡宮から始まる。何故だろうと地図を見る。京都からは西国街道で淀川の対岸大山崎まで来て、そこから渡しを使って石清水八幡宮に詣でる。または、伏見から京街道で石清水八幡宮へ。いずれにしても良い出発点だったかもしれない。

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今回は八幡市に住む息子が一緒に歩くというので、前日に八幡市へやってきた。八幡市には石清水八幡宮の他にもいろいろ名所がある。

これは飛行神社。航空関係者はお参りを欠かさないとか。

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落書き寺と言うのも有る。本堂の壁に洛外が一杯。

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京阪電車の石清水八幡宮駅前には東高野街道の説明板があり、明日はここから出発しよう。

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2020年3月8日(日)

世間は新型コロナで騒がしいが、今日は息子と二人で街道歩きです。息子は12キロ先の郡津駅まで。私はもう少し歩いて21キロ先の四条畷駅までの予定です。

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折角息子が一緒に歩いてくれるというのに今日は朝から雨です。8時半に駅前を出発します。

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駅前には国宝石清水八幡宮です。本殿は山の上、ケーブルカーがありますが、今日はパス。

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少し歩いた所に相槌神社という小さな社殿があります。相槌とは刀鍛冶が鉄を鍛える様をさし、三条小鍛冶の守り神とか。それが最近の刀剣女子の増加で、月に何日かの御朱印やお札授与の日には、参列者が多すぎて、別の場所をしつらえて、授与するほどの人気だそうです。

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街の街道案内は有名寺院の案内だったようです。善法律寺や正法寺の前を歩いたのですが、街道はもう1本東の小道だったようです。

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9時20分頃、松花堂庭園の正門を通過。現在は南側から入ります。

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信号を渡って少し行くと、右手に小さなお寺があり、歌人吉井勇の寓居と書かれていました。

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この辺り地名が吉井だそうです。バス停を過ぎ、少しで右折するのですが、案内も無いので苦労しました。

右折して10分ほどで県道の下を潜ります。すると竹藪の道になり、右側は円福寺とかのようです。

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竹藪を抜けると団地になり、八幡市から枚方市にはいったようです。団地を抜けると大通りにでます。ここですぐ左折して国道1号線に出たのですが間違いでした。街道はもう右折して少し歩いてから国道に出るのでした。

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10時20分頃、ショッピングモールでトイレ休憩しました。モールから15分位歩いた所で街道は左に分かれます。

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一度折り返して国道に近づき、直前に左折して入る細い道が出屋敷の旧道で、情緒があります。

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旧道は10分ほどで終わって県道にでるが、そこに小公園があって、高野街道の説明をしている。一寸休んでから県道歩きを開始する。雨の中淡々と県道歩きが40分、長い村野浄水場を過ぎたら美味しいうどん屋さんがあるので、そこで昼食を楽しみにしていたら臨時休業でした(泣)。11時50分頃でした。

近くに回転寿司があったので、そこで昼食休憩にする。

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45分ほど休んで12時40分過ぎに店を出ました。街道はそこから県道を外れて旧道になります。20分ほどでまた県道に合流しますが、ここで息子と別れました。郡津駅の近くです。

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少し県道を歩いて左折、川沿いの道を歩いて行くと、茄子作東町と言う面白い名前の街にはいってきました。

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国道に出て、一寸右に入る場所を間違えたが、なんとか修正して、本尊掛松遺跡が13時26分。

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第二京阪の下を潜って県道を南下。JR片町線の手前で鋭角に後戻り、すぐまた左折して星田の駅へ向かいます。途中一里塚跡が有るはずでしたが、土地の区画整理中みたいで不明。亡くならなければ良いんですが。星田駅が13時57分でした。

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星田の駅前を通り、街道は一寸裏道のような道を行きます。途中よさそうな石仏群がありました。

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再度県道に出て、10分弱歩いて左折するのですが、そこは右手に「くら寿司」の大きな建物があります。左折したら1本目を右です。弘法井戸という小さな井戸があります。

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再度県道を横断し、少し行くと寝屋川公園駅ですが、手前に四ツ辻という説明があります。東高野街道と奈良伊勢道の交差点と説明されています。

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四ツ辻を右折し、すぐ地下線路を渡ってすぐ左折していきます。寝屋川公園駅は左下にあるようです。14時40分頃です。

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寝屋川市の歴史案内に助けられていますが、左手に石仏があります。打上古墳群と弘法大師像とあります。

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二月堂灯篭で県道を外れ、左の細道に入ります。

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再度県道に出て忍ケ丘駅を15時03分に通過。

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道は解りにくいのですが、何とか三徳稲荷にたどり着きます。

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四条畷市の市民センターの角を右折し、国道の下を潜ります。歴史民俗資料館の前を通れば正解です。

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国道170号線に出た所が和田賢秀公の墓です。楠木正成の子供正行と共に討死した勇者だそうです。四条畷は地名も楠公二丁目とかでした。

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四条畷神社の鳥居が15時37分。

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すぐの三叉路を右折して、四条畷学園の前を通って、駅到着は15時42分でした。

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今日は一寸奈良に用事があったので、奈良へ行きました。

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おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年2月17日 (月)

古座街道4日目(最終日)後半

地図を再掲します。今右中ほど、福井谷口を出て十五体石仏群方向へ歩いています。9時35分頃です。

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15分ほど歩いて集落を過ぎた頃、左手に急な狭い石段がありました。これを登ると石仏群があります。

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10時頃、美女湯温泉への出会いが見えてきました。ここを左折して3分で美女湯温泉です。

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営業は火木土日の14時から20時で、まだ開いて居ません。引き返して古座川を渡ります。どこまでが佐本川でどこからが古座川かしりませんが、この辺が境でしょう。7~8分歩いて、大きな橋で再度古座川を渡ります。

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渡って上の写真、左の坂道を登ります。登った集落の中に庚申さんがあり、一寸お参りしました。

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すぐ近くの国道371号線に松の前バス停があります。10時30分です。次のバスは13時40分、まだ2時間歩けます。

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次の三尾川橋に向けて歩きます。行き会う地元のお爺さんお婆さんが、珍しいのか話しかけてきて、なかなk進みません(笑)。

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道端の徳本上人碑。

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長い国道ですが歩道があるし、車も少ないので、快適な国道歩きです。

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10時58分に三尾川橋通過。

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11時04分、蔵土の多目的広場から旧道に入ります。国道はショートカットしています。

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10分ほどで旧道はトンネルを潜ります。潜った辺りで昼食休憩にしました。

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25分ほど休憩して11時40分出発して国道にでました。10分ほどで蔵土の山神宮、その先が蔵土バス停です。

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右手、川向うには天柱岩という巨岩が聳えています。

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12時08分、蔵土橋の袂に来ました。この橋を渡って一枚岩トンネルを潜れば、目的の一枚岩までは15分でしょう。街道はぐるっと遠回りするので40分位掛かるでしょう。でもまだまだ13時52分には余裕です。

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古座川沿いをゆっくり歩きます。カヌーや水遊びに良い川ですね。

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ぐるっと半周して、12時28分にかさがみさんという石仏に。もう洞尾(うつお)バス停は近いでしょう。

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12時30分、洞尾バス停です。

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7~8分歩くと矢倉神社を越え洞尾橋を渡ります。

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渡って5分で国道に合流します。左折すると目の前に一枚岩が聳えています。

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一枚岩バス停の到着は12時48分でした。でもこのコミュニティバスは全区間フリー乗降で、どこでも手を上げれば停まるそうです。まだ1時間余裕はありますが、もう歩くつもりはありません(笑)。

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河原に降りてみると一段とすごいですね。

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道の駅もすぐ近くにあります。

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でもビール売っていなかったので、泣く泣くカルピスウオーターで過ごしました(泣)。

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コミュニティバスの料金は100円でした。14時35分に古座駅に到着です。古座駅から一枚岩までの20キロは、すべてバス道なので、そのうち折りたたみ自転車でも持って、遊びに来ましょう。

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15時の電車まで時間があったので、近くのAコープへ行き、ようやく飲み物を手に入れました。

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那智勝浦へ向かう車中から海岸を見ます。何度見ても良い海岸ですね。

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那智勝浦で途中下車して特急の時間待ちをします。

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港のにぎわい市場にマグロのレプリカがぶら下がっていました。過去、勝浦で水揚げされた最大のマグロだそうです。450キロだとこんなに大きいのですね。

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足湯には白人のカップルがのんびりしていました。勝浦の港や商店街も一寸寂しい感じでしたね。

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一応、マグロの土産を一寸買って、後は飲みながら帰りました。

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古座街道4日目(最終日)

2020年2月13日(木)

ここ佐本中から一枚岩を経て古座駅までは40キロ一寸ある。これは一寸歩くのは無理。例え歩けたとしてもJRが無い。そこで一時は自転車を考えていました。宇津木坂や法師峠は400~500mだし、多少の坂道は自転車を担ごうかと。でもまあ辞めてよかったですね。昨日と一昨日の道では立ち往生していたでしょうね。

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いろいろ調べていると古座川町の町営バスが有ることが解りました。今日の行程でいうと、松の前13時40分というバスがあり、これに間に合えば帰れることが解りました。松の前までは13キロほど、これは余裕なので、23キロ先の1枚岩13時52分を目標にしました。

6時間として朝8時に出れば間に合いそうです。余裕を見て7時、一寸頑張って6時50分に出発しました。

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宿から20分ほど歩いた根倉にはトンネルがあり、街道はダンダカ道という名で上を越えています。ただ、ガイドマップには山道危険個所という注意書きがあり、昨夜来の雨がまだ残っている状態では、無理しない方が良いと思い、トンネルを潜ることにしました。

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7時11分にダンダカ道の入り口は解らないままトンネルを潜りました。

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トンネルを潜って、ダンダカ道と並行する車道の旧道を覗いて見たら、人も車も通行止めになっていて、止めたのは正解かなと思いました。

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気を取り直して街道に復帰します。下写真で左の坂道に入ります。

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ここから5キロほどは山道で、荒れ具合が心配でした。ただ宿のご主人にいろいろ話を伺って、手書きの絵地図など頂いて、大丈夫と確信しました。

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昨日と打って変わって今日は暑い。雨も上がってきたので合羽や上着を脱いで、弥五郎坂を登り始めました。7時半です。

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10分ほど、緩やかな登りが続きます。

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すると展望が広がり、測量点がありました。

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そこからは道も水平になり、楽だなと思いました。

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でもやはり、そうは問屋が卸してくれません。

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あちこちで一寸した土砂崩れ、倒木、崩壊があります。

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でもまあ大過なく、登り口から1時間弱で炭焼き跡。

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ぴったり1時間で三体仏に到着しました。一寸小休止。

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5分ほど休んで出発、まだ安心はできません。

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5分で町界三叉路です。

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役行者像を探しながら歩きますが、三叉路から10分経ってもありません。

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更に5分、下りに入った細い道に、石段があり、その上に小さな像がありました。8時59分です。

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役行者像から10分ほど下ると、苔むした石畳が出てきました。雨上がりで一寸滑ります。

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さらにその上を水が流れるようになり、道と沢の区別がつかなくて苦労しました。

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でもまあ、なんとか降りてきて、小さな橋を渡ると福井谷集落跡に来ました。9時23分です。

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そこから5分で福井谷口でした。

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左折して佐本川沿いに美女湯温泉を目指します。

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後半に続きます。

 

 

 

 

2020年2月16日 (日)

古座街道3日目後半

地図を再掲しましょう。今、右下、大附分岐へ来たところです。これから山道に入り、法師峠を越えます。

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ここからは古川谷というのを遡るようです。最初はまずまずの林道です。

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15分ほど歩くと金比羅宮です。11時です。

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ここから法師峠まで、ガイドマップでは2キロ65分となっています。あと2キロか、まあ30分ちょっとだなあ。法師峠は意外と楽だったなあ。と、何故65分なのかを考えず、峠で弁当を食べようと、さきを急ぎました。

少し歩くと道が荒れてきました。

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そしてここで右折しました。11時11分です。ガイドマップの右折して小川を渡るという説明が頭にあったからです。

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でも結局間違いで、一寸早すぎました。10分ロスしました。3分進むと土砂崩れで道が無くなってきました。さっきの道が正解だったのかなと辺りを見回すと、倒れた道案内が見つかり、ほっとしました。

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ここで小川を渡り、右側の尾根を登るのでした。よく見ると要所に道案内もありました。

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でもまだまだ楽はさせてくれません。険しく、細く、荒れた道を進みます。

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小川を渡ってから40分、険しい登りの末、ようやく峠に着きました。12時3分でした。2キロ65分はピッタリだったなと苦笑いです。

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ここで25分、昼食休憩しました。

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ところで、昼食後出発してすぐ、大きな失敗をしそうになりました。

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峠から10mほど下った所に上の写真のサインがありました。なにげなく踏み越えようとして、はっと気づきました。通行止め。

通常なら当然気付きますが、倒木ばかりの荒れた道を歩いていると見分けがつかなくなります。幸い気付いて右折し、事なきを得ました。通り過ぎていたら、道なき道を荒れているなあと思いながら悪戦苦闘していたでしょうね。

この後は良い道悪い道ありますが、大きな間違いも無く、出口まで降りて行きます。

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上の写真が法師峠出口でしょう。13時06分。40分弱の下りでした。 石仏地蔵まで20分一寸。

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大泉寺の前が丁度14時でした。

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ところで今日は夕方5時ごろから雨の予報でした。それも早く着きたい理由でした。それがどうも空模様が怪しい。左の道を登ります。

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登ると福田家住宅です。明治から大正期に建てられた山林家の住宅です。昔は林業は儲かったのですね。

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家の前で出会った地元の奥さんに話を聞くと、ここから見えている山は全てこの家の主のものだそうです。すぐ近くの役行者像。

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パラパラ降ってきました。14時30分に栗垣内口バス停です。

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ここのバスは周参見駅から来ています。この道を司馬遼太郎は登ってきたわけです。今晩の大雨が明日も続くようなら、バスで周参見へ出ようと思っていました。

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バス停から10分ほどで、佐本です。酒屋など商店はすべて廃業していて、唯一農協の店だけが開いて居ました。

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今夜の宿、COCOゲストハウスさんから、食料品店もなにも無いから自炊の食料は持ってくるようにと言われていたので準備はしてきました。でも少し心配はお酒が足るだろうかということでした(笑)。

それで、農協の店で聞いてみると、免許が無いので酒類は売っていませんと。免許制度なんて何の理由があるのかしら。近くの中山神社の参道の石橋です。

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道は県道38号線に変っています。その県道から右に入って、小中学校跡の前を通って臨泉寺というお寺を見に行きました。

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それから、こんな道が街道かとも思うが、畦道を通ります。

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お地蔵さんにぶつかって右折します。

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そして県道に出会ったところがCOCOゲストハウスさんでした。お父さんに、明日の行程に関し、いろいろ教えてもらい、手書きの地図までもらえたのは望外の幸せでした。

好物の焼きそばを作って食べましたが、冷蔵庫に缶ビールを準備して頂いたのは感激でした(笑)。

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明日は雨があがりますように。

 

 

 

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