2018年1月23日 (火)

ヘブンス園原

1月22日(月)~22日(火)は上高地へスノーシューに行く予定でした。
でも気象庁の予報が大雪で、道路公団も通行止めの予報が出て、諦めざるを得なくなった。
でも折角スノーシューの準備をしているので、日帰りで近場に行くことにした。
中央道の恵那山トンネルを出た園原インター近くにあるヘブンスそのはらスノーワールドです。
Sonohara
山歩会の仲間4人で木曽川駅を8時過ぎに出発しました。9時半頃には園原に着き、富士見台ロープウエーとリフトの1日券をシニア割引きで2400円で購入しました。通常では4150円です。
いろいろ準備をして9時50分頃にロープウエーに乗りました。山頂駅から一寸歩いて次のリフト乗り場へ行きました。
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リフトの上は標高が1600mほどで、その一寸上に展望台があります。午後から雪の予報なので、そう期待はしていませんでしたが、南アルプスの絶景が広がりました。
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山の名前を調べてみました。
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10時半頃スノーシューを付けて出発しました。と言いたいのですが、私のスノーシューの取り付けベルトが両足で8本のうち4本が切れてしまいました。ゴムが劣化していたのですね。事前確認が不足していました。Nさんが軽アイゼンを持っていたので、それを借りました。
ここは雪も少なく、締まっていたのでアイゼンは快適でした。でも上高地ではどうなっていたか解りません。幸運でしたね。
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途中、中央アルプスもちらっと見えました。
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富士見台1739mまで行くと良いんですが、一寸時間がかかり過ぎます。午後から雪の予報なので、途中の展望地で昼食にしました。
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Tさんがポタージュを作ってくれて、美味しい昼食でした。11時15分です。
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食べ終わる頃、一寸雪がチラつき、遠くの山も雲に覆われ始めました。
20分ほどの休憩で帰途に着きました。
12時10分頃、出発した展望台に帰りついた頃には、南アルプスは雲に覆われていました。
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12時50分頃下に降りてきました。1日リフト券の転売禁止の張り紙がありました。
なるほど。
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ここは月川温泉があり、付近は花桃の里と称しています。4月末から5月初旬ごろ、花桃は非常にきれいです。昨年5月の写真を載せます。
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今回はその月川温泉に入りました。600円ですが、割引きで500円でした。
露天風呂に入っていると雪が降ってきました。13時40分頃出てくると、こんな感じでした。
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富士見台へ行っていたら、えらいことになっていましたね。ここからは、恵那山トンネルがすぐなので、長い9キロのトンネルを出ると雪は雨に変わっていました。
1時間20分ほどで木曽川にあるTさんのお宅に到着。お酒をご馳走になりました。
誰が飲んだかしりませんが、こんなに飲んだそうです。Tさん、有難うございました。
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2018年1月15日 (月)

京都一周トレイル1回目後半

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粟田口方面に下りますが、4年前とはルートが変わっているようでした。
いずれにせよ30分ほどで粟田神社の門前に出てきました。
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蹴上駅へ行き、インクラインの下を潜ります。
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潜って右折、大神宮橋を渡ります。マウンテンバイクは凄いですね。
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13時15分、日向大神宮にお参りして、大文字山登山に入ります。
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天の岩戸を潜ったのが13時20分。ここから大文字山まで2時間の案内がありますが、まあ1時間半と見積もっています。
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25分位で山科方面の展望が開けます。
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14時13分頃、雪道を歩いています。
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14時30分、一寸開けた地形です。44-2の案内付近です。
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そこから10分一寸、あっけなく四辻に着きました。
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少し登ると大文字山でしょうが、誰も登ろうと言いません(笑)。下ることにしました。
この降りが大変でした。深い落葉の上に雪が積もって、よく滑るのです。
しかも私の靴は底がすり減ってつるつるです。滑って滑って10回ほども転んだり転びかけたりしました。
俊寛僧都の碑です。ここ鹿ケ谷で平家討伐の密儀をこらしたが発覚して、喜界島へ流された話は有名ですね。
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倒木も一杯あって、我々を苦しめました。
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40分ほどで舗装道路まで降りてきました。15時28分。
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更に10分一寸で水尾天皇云々とかの御陵へ来て、右折。法然院方向へ向かいます。
15時43分頃、法然院の門前に来ました。一寸入って見ました。
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15時52分頃、哲学の道に入りました。
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銀閣寺道辺りに来ると急に人が多くなります。観光客ですね。
地元の女性かどうか知りませんが、着物姿の女性も居て、目を楽しませてくれます。
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今日は白川通り今出川で終わり。次回は遠く見えている比叡山に登ります。
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京都駅に帰って、待望の反省会。誰が飲んだのでしょう(笑)。
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京都一周トレイル1回目

京都一周トレイルは伏見稲荷さんを出発点とし、東山・北山・西山を歩いて、阪急の嵐山駅を終点とするトレッキングコースです。4~5年前に山仲間のYさんと歩きましたが、今回山歩会の仲間を案内することになりました。
2018年1月14日(日)
名古屋を7時25分のひかりで京都に向かいました。伊吹山が雪化粧しています。
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びわ湖付近が雪で、5分ほど遅れて京都着。奈良線で稲荷へ。7時23分稲荷着です。
今日はここから銀閣寺まで歩く予定です。
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参加者は11名、京都という名前に釣られて、山歩きと知らずに参加した人も居ます(笑)。
まずは伏見稲荷大社に初詣です。
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伏見稲荷さんにお参りし、稲荷山方面に登って四ツ辻から本格的なトレイルにはいります。
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千本鳥居を潜って30分ほど登ります。この時点で相当苦しいです。
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四ツ辻で9時です。京都市街が一望できます。ここの茶店で地図をうっています。
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9時15分には出発、今熊野へ向かいます。途中、泉涌寺や今熊野観音の傍を通ります。
いろいろな御陵に囲まれた泉涌寺門前は9時40分頃です。
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参道の橋を潜って国道1号線を目指します。途中、京都タワーが見えます。
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住宅街を10分位歩くと、トレイルは京女鳥部の森に入ります。10時頃です。
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ここから30分ほど山歩きです。人里も近いはずですが、結構山深いです。
10時半頃、火葬場への道に出て左折、国道1号線に出ます。
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1号線が横断できないので、一寸京都方面に歩き、渋谷街道に入ってから横断、Uターンして国道の下を潜ります。
そして火葬場からの道の正面まで戻り、急な階段を登ります。
そこから清水寺への道に入って、少し歩くと、清水山への登山口があります。10時45分。
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20分ほどの登りで清水山山頂です。
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今回参加者は11名。京都という名前は人気ですね。将軍塚へ行く途中でハンターに会いました。イノシシ駆除だと言っていました。
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11時40分、東山山頂公園・将軍塚に着きました。ここで昼食です。
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食後、近くの展望台から京都市街を眺めました。
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12時15分、蹴上に向けて下り始めました。
午後へ続きます。
 
 

2018年1月 5日 (金)

津島街道で初詣

2018年1月4日(木)
今年の初歩きに津島街道を選んだ。津島街道は去年の1月に歩いた美濃路から、清須市の新川橋で分れ、名鉄津島線に沿って津島神社まで続く16キロほどの道です。
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お正月の身体を動かすには丁度良い距離なので、ここを歩いて津島神社に初詣することにしました。
朝9時40分頃、名鉄須ヶ口駅に来ました。ここから美濃路を一寸歩きます。
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駅から10分弱で新川橋です。途中須佐之男神社があったりします。
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ここにポケットパークがあり、津島街道の道標もあります。
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右折してすぐ、また右に入る細道があり、そこに「是よりつしま道」とあり、右折します。
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道なりに10分ほど歩くと、右奥に赤い山門が見えます。堀江の観音さんで親しまれる長谷院です。
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境内を抜けて街道に出ました。伊吹山の見える法界門橋を渡るとあま市に入りました。10時13分。
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10時半頃甚目寺駅の近くを通過する頃から、正面に甚目寺観音が見えてきます。
駅から3分ほどで到着し。お参りしました。多勢の初詣客で賑わっています。
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このお寺の境内に沿って西へ進むのが街道です。
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甚目寺観音から20分ほどで七宝駅付近を通過します。
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更に12~3分歩くと、木折弘法堂というお堂がありました。
ここの縁側をお借りして、小休止することにしました。ついでにお握りを食べました。
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10分ほど休憩して11時20分に出発しました。この辺り、しばらくは歩道の無い直線道路です。道端の石仏です。
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11時半頃蟹江川を渡ると、一寸ゆるやかなカーブを描く、街道らしい道になります。
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木田駅を過ぎ、20分ほど歩くと、西尾張中央道の下を潜りますが、その手前右手に「五八悪水治水記念碑」というのがあります。
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津島街道を挟んで、上八ヶ村と下五ヶ村の排水を巡る争いを治めた工事の碑だそうです。
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12時5分頃、源佐橋を渡ると旧三宅村とかの石碑がありました。
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スーパーのヨシズヤの傍を通り、勝幡を歩いて行くと、左つしま道の石碑があります。
これが目印で左折します。12時25分頃です。
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この付近は街道の面影残る街並みだそうです。
小津橋の手前に勝幡城址の案内がありますが、織田信長生誕地と書かれていました。
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小津橋を渡って直進しかけましたが、ふと地図を見て誤りに気付きました。右折して日光川沿いに歩くのが街道です。この辺りも、昔の街道らしく、小さなカーブが続きます。
12時52分、釜地蔵に着きました。珍しい鋳鉄の地蔵さんで、継子いじめの身代わりになったという、有名な逸話があるそうです。
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縦横の県道を渡りますが、横の県道7号線は中央に金網が貼られ渡れません。
付近の信号交差点に迂回しました。
迂回して街道に復帰すると、すぐ「是より西つしま」という石碑がありました。
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名鉄一宮線でしょうかを渡ると、兼平堤とありますが、謂れは消えていて不明です。
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この辺りになると、津島街道も終わりに近づいています。金刀比羅宮を過ぎたのが13時15分頃、街の入り口になる北町に入ったのが13時22分頃です。
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市神社、成信坊と神社仏閣が続きますが、成信坊は石臼の参道が面白い。
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13時30分に名鉄津島駅から津島神社へ延びる現在の参道を横断しました。
昔の参道は、ここから100mほど南を左折します。
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ここは橋詰三叉路と呼ばれ、今歩いてきた津島上街道、ここから佐屋街道の埋田追分に続く下街道そして津島神社へ参道が交わる場所です。
下街道を一寸歩いて引き返し、津島神社へ初詣に出かけました。
ここもしっかり多勢の人です。正月三が日だと凄かったでしょうね。
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津島駅方面に歩いていると、清正公社が見えたので行ってみました。
加藤清正を祀っているそうです。
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まだ昼ご飯を食べていなかったので、探しながら駅へ向かいましたが、適当な店がありません。途中で津島名物ふな味噌とかを買いました。
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駅前にも無かったので、仕方なくコンビニで、お酒とおつまみを買って、駅のベンチで済ませました。
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今年も良い年になりそうです(笑)。
 

2017年12月25日 (月)

員弁街道その2

県道と合流してすぐ、街道は県道を右折して別れ、山田橋方面に向かいます。
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地図で見ると何故県道から離れるのか不思議ですが、昔は直接山田橋へ向かう道があったようです。今は工場があり、なくなったようです。
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山田橋から見ているのは竜ヶ岳でしょうか。
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ここを左折して、すぐ狭い森の中へ入るのが旧街道です。
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7~8分山中を歩き、上笠田の北稲荷の赤い鳥居を過ぎるとまた県道に戻ります。
その県道を少し歩いて、員弁警察の手前で、不動さんの横を県道から左に入ります。
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案山子の群れが居ました。
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この橋で明智川を渡り、県道から国道421号線に変わった自動車道に並行して進む。
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切通を通り、橋から5分ほどで国道付近の地蔵堂に来た。13時45分です。
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ここですぐ国道を渡ったのが失敗でした。まだ国道に沿って進む、細い道があったようです。気が付いたのは楚原の駅の近くで、後の祭りでした。楚原駅前が14時です。
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石仏というのは、この近くに、美濃の国守護土岐氏の墓があるからのようです。
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鳥居の下を潜り、街道は続きます。
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大泉の駅付近が14時30分です。
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北勢線と別れ、茶屋橋らしき橋を渡ります。
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昔よく走った県道612号線を渡ったのが14時55分。
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鳥取塚と呼ばれる円丘は古墳でもないらしいが。
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東員交番前で県道14号線に入る。そのまま県道を歩き、神田変電所を越え、穴太西の交差点で県道を離れ、旧道に入る。
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こんな矢倉はまだ現役だろうか?
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この辺り穴太という地名だが、清水の次郎長物語で吉良仁吉に関連して、悪役で出てくる穴太徳が居たと聞くが、真偽は知らない。
15時36分、弁天橋を渡る。ここから桑名市に入るようです。
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15時48分、芳ケ崎のクロガネモチに着く。
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近くに七和駅があるので行こうかと思ったが、もう一駅歩くことにする。
なんとなく情緒のある街道が続く。
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地元ながらお参りしたこともない子安観音が丘の上に有る。通りかかったお婆さんに、この観音様は古くから有るんですか?と聞いたら、「ええ、古くからある有難い観音様で、遠くからお参りに来られるんですよ」ということでした。
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16時10分頃星川駅に着いたら、すぐ電車が来て、慌てて乗り込みました。
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この北勢線はつい10年前ほど、近鉄が廃線を決定し、三岐鉄道に買い取られたのでした。近鉄より線路幅が狭く、向かい合う座席の人の膝がぶつかるほどです。
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一旦終わり。三ツ矢橋までは後1時間ほどは掛かりますね。
 

員弁街道その1

2017年12月23日(土)
今日の予定は下図西藤原駅から巡見道を3キロほど歩いて藤原町山口で員弁街道に入り、桑名方面に引き返します。
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終点の三ツ矢橋まで歩くと32キロほどあるので、一寸無理なようです。日暮れも早いので25キロ辺りで止めようとおもっています。
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藤原岳登山口の西藤原駅は聖宝寺の紅葉も有名です。10分ほどでその分岐を過ぎます。聖宝寺からも藤原岳裏道があります。
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巡見道らしく立派な常夜灯もあります。
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国道306号線を9時35分に渡りました。ここには簡易パーキングがあり、よくお世話になりました。
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この辺りには織田信長に滅ぼされた玉垣城というのが有ったそうです。9時45分に員弁街道との合流点にきました。
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ここには道標があり、ここを右折して員弁街道に入りました。
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この辺りから見える藤原岳です。
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阿下喜からバスもあるようです。
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10時頃本郷の交差点を通過しましたが、その手前の本郷社。謂れは知りませんが立派な社殿です。
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本郷も一寸した集落です。山口、本郷、市場という3つの地区を併せて白瀬地区と言うようです。
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10時15分に員弁川を渡りました。藤原岳北部の山々です。
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長尾方面に入る道が一寸判り難い。左の薄暗い道です。
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右に猪名部神社、左に長尾廃寺の案内のある三叉路、つい右に行きそうですが、ここは左折です。
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猪名部神社は延喜式内の由緒ある神社だそうです。
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三叉路を左折してすぐ右折するのですが、そこに道標があります。左本郷右上相場と刻まれているそうです。10時半頃です。
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長尾から日内に入ると広い車道になるが、すぐにこんな鳥居がある。そこを左に入って行くのが街道です。
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左に徳円寺を見ながら下って行くと10時頃川合橋を渡った。
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そして車道にまた合流すると、前方にセメント会社のプラントが見える。
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10分ほどで国道を渡り、春日神社の傍を通る。獅子舞が町無形文化財とか案内がある。
11時20分頃、野尻橋を渡る。
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更に10分弱で猪毛利神社。この街道筋「猪」の付いた神社が多いなあ。余ほどイノシシが多かったのかなあ(笑)。
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鎌田橋を渡り、大きな交差点を斜めに渡って、阿下喜の街に入る。11時40分頃、大西神社の角を左折したが間違いだったようです。図の青線が正解のようです。まあ街中は、どこを通ってもいいでしょうが。
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空腹なので食堂を探しますがありません。阿下喜の町で忘年会をしたこともあるのですが。阿下喜駅付近です。
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この道標を信じて左折したのですが、間違いかもしれません。もう少し阿下喜駅の近くを通るはずだったけど、遠くへ行ってしまいました。
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取り敢えず、御旅所の前を通ったので、良いと思っていたのですが、御旅所が引っ越したかも。
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ともかく、北勢線のそばを楚原方面へ行くのが街道です。12時03分。
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振り返ると藤原岳がだいぶ遠ざかっていました。
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空腹になったので、国道沿いに以前有った、このみやという讃岐うどんの店を探しました。
でも残念ながら廃業していました。仕方ないので、近くのローソンで助六を買いました。
一寸道に迷いながら其原に来ると、大きな軍人さんの石碑があったので、そこでお昼休みにしました。
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12時45分~1時頃まで休憩しました。
1時10分頃、また県道に復帰しました。
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続きます。
 

員弁街道と巡見道

巡見道は江戸時代に幕府の巡見使が通った道を言う。なので全国にあるはずだが、三重県のように街道として残っているのは珍しいかもしれない。
三重県では下図のように東海道の亀山宿を出発点に北勢地方を縦断し、藤原町山口から岐阜県に入り、関ヶ原で中山道に合流している。
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その巡見道に桑名から合流しているのが濃州街道で、いなべ市を通ることから、桑名では員弁街道と呼ばれている。
この員弁街道ですが、その沿線に勤務先が有ったので、私にとってはしっかり地元です。
なので街道と名前がついても、私の街道歩きの対象にはなりませんでした。
でも退職して5年以上経ち、地元の街道も歩かねばと出かけました。
 
まず上図の三岐鉄道西藤原駅へ行き、そこから巡見道を3キロ歩いて、山口で員弁街道に入って、桑名方面に引き返すことにしました。
2017年12月23日(土)
8時頃近鉄富田駅で三岐鉄道に乗り換えます。あまり乗ったことの無い路線ですが、名前からすると岐阜県まで路線を伸ばす予定だったのでしょうね。
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線路幅は近鉄より広いみたいですね。
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車窓からは鈴鹿山脈が身近に眺められます。
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四日市JTから新名神に接続する工事もだいぶ進んでいるようです。この道路が早く完成してくれないと、東名阪の渋滞が収まりません。後1年一寸だと思うのですが、完成が待たれます。
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9時に西藤原駅に到着しました。
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トイレなど済ませて、9時05分に出発しました。西藤原駅は鈴鹿セブンマウンテンの一つ、藤原岳の登山口なので、何回か来たことがあります。50年位前は頂上付近にスキー場が有って、スキーの板を担いで登ったこともありました。
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ここから3キロほど巡見道を歩きます。
 

2017年11月17日 (金)

萩往還最終日

2017年11月11日(土)

今日は午後から広島でワンゲルの同期会があるので、午前中には街道歩きを終わって、広島に行く必要があります。

なので早起きして7時20分のバスに乗ることにしました。バス停には山頭火の句碑のある公園がありました。7時半頃勝坂に着いて歩き始めました。

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近くに勝坂の砲台跡があるはずですが見つかりませんでした。15分ほどで新幹線のガードを潜ると、剣神社がありました。街道に沿って流れる小川も剣川です。

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お寺の多い所を通り、山陽自動車道の下を潜って20分ほどで佐波川の堤防に登りました。当時はここに渡しが有ったのでしょう。今は無いので本橋を渡ります。

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橋を渡って右折、すぐに街道が見えています。8時14分です。

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5分で大通りに合流し、更に5分で旧山陽道に入って左折します。

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ここから防府八幡宮の前までは旧山陽道(西国街道)と重複します。西国街道は電線の地中化が行われ、景観整備の途中のようでした。

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15分ほど西国街道を歩くと防府八幡宮です。ここを直進するのが西国街道。右折するのが萩往還です。

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まだ時間も充分あるので参拝することにしました。8時40分です。

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参拝後一寸休憩して9時に出発しました。西国街道をそのまま少し進むと周防国分寺跡があり、さらに進むと毛利氏庭園があります。この先、なかなか来る機会も無さそうなので、せめてこの二つは見ることにしました。

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周防国分寺です。

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毛利氏庭園です。ここは明治維新後に建てられた毛利家本邸です。

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10時10分に元の八幡宮に帰って、萩往還に復帰しました。

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すぐに「らんかん橋」という赤い橋があります。八幡宮の参道なのですね。

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アーケードを潜ると花嫁行列に出会いました。八幡宮で挙式して人力車で披露宴会場へ向かうところのようでした。

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10時25分頃JRの線路を潜りました。この後2回ほど道が二股に分かれますが、右右と取れば正解のようです。

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10時40分、三田尻本町でお寺の塀に沿って左折していきます。

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3分で左側に石標があるので、そこを左折します。ややこしい道ですね。

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そしてまた3分ほど、道標は有りませんが、下の写真の場所で左折すると、前方に石垣が見えます。

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その石垣の内部の建物が御茶屋英雲荘で、ここが萩往還の終点です。藩主はここで旅装を解かれ一休みされたのでしょう。また幕末の政変で都から逃れた三条実美ら七卿もここに入っています。

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参勤交代は、ここから500mほど離れた御船蔵から軍艦で大阪へ向かったそうなので、そこへ行ってみました。道が判らず、一寸迷いました。

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萩往還歩きはここで終了です。11時15分でした。

急ぎ防府駅に戻って12時19分の列車で広島に向かいます。時間が無いのでお昼は駅の立ち食いそばです(笑)

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萩往還2日目

2017年11月10日(金)

今日は防府駅前のホテルが予約してあるので、そこまで歩きたいところですが、秋の日は暮れるのも早く、途中でバスに乗る予定です。

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日南瀬へ向かうバスが7時02分しか無いので、6時15分に朝食を準備してもらいました。林屋の女将さんは萩往還歩きに理解があるので、臨機応変に対応してくれます。有難いです。

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7時12分に日南瀬に着いて歩き始めます。県道62号線です。

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7時半に上長瀬の一里塚跡です。

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一里塚跡から県道を30分、夏木原キャンプ場です。萩往還の交流施設としても運営されているようですが、人影はありません。

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そこから13分の登りで国境の碑でした。長門の国と周防の国の境のようです。8時20分頃です。

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そこで道路工事で切り取られた向かい側へ行くため下って登ります。8時半頃板堂峠に着きました。ここで萩市から山口市に入ったわけですね。

10分ほど下ると、こんな案内図がありました。

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ここから一の坂の下りに入るようですね。

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15分ほど下ると一の坂一里塚跡です。更に15分ほど下って9時02分、一の坂御立場跡に着きました。ここは素晴らしい跡地で、私も初めて見ました。大名行列の休憩には、この程度の休憩施設は必要なんだなと納得です。

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ここはまた、六軒茶屋跡とも呼ばれています。私も15分ほど休憩して、9時17分に出発しました。

下って行くと山口市の天花(てんげ)という優雅な名前の地域になります。西京都と謳われた山内氏の栄華が偲ばれます。

その上天花登り口へ9時40分に降りてきました。前の断面図からいくと、これから厳しい登りは無いようですね。

10時に一の坂ダムに降りてきました。山口市が遠望できます。

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更に30分下ると毛利家墓所のある瑠璃光寺への入り口に来ました。

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萩市で毛利家墓所を2箇所見ています。奇数と偶数の藩主が祀られていました。ではここは何なんだと見学する必要があります。

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説明によると、ここには13代~15代の藩主とその家族が祀られているようでした。それと、ここの墓は土饅頭なの特徴です。

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時間は10時50分で早いのですが、朝も早かったので、ここで昼食にしました。持ってきた非常食をここで片づけました。

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11時10分に出発しました。11時半頃大内氏館跡の付近へ来ました。毛利氏の遺跡ばかりだったので、その前の大内氏の遺跡も見学しないと片手落ちでしょう。

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5分ほどで出てきました。この付近は哲学者の西田幾太郎が寄宿していた家もあります。12時に山口駅前を通過しました。

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鰐石の踏切を渡り、鰐石橋を渡って行くのが萩往還です。

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淡々と歩いて12時42分に氷上橋を渡りました。

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30分ほど歩くと中国自動車道の山口ICです。複雑な道ですが案内通りに越えて行きます。

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越えてすぐ柊神社というのがあり、一休みさせてもらいました。13時23分です。長州藩主の姫君が再興した神社で、婦人病に効くということで、お参りが多いそうです。

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13時40分に出発、長閑な里道を快適にあるきます。

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14時04分、泰雲寺入口です。

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30分歩いて14時35分禅昌寺入り口です。

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当初はこの辺りで今日の歩きを終わろうと思っていました。でも林家さんのお蔭で出発時間が早かった。

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もう少し歩けそうなので考えてみる。ホテルまでは後10キロ弱だけど、途中に佐波隧道を越える。標高は200m程度だが一寸嫌。その手前の洞道北口のバス停なら、2キロも無いので簡単に行けそう。後はバス停で考えようと。

国道沿いの街路樹が夕日に照らされて奇麗です。

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街道は洞道北口の手前で国道に出て、広い国道を渡って自転車道を少し歩いてバス停に出ました。これではここで止めるにしても、また交差点まで引き返して渡らねばなりません。

ここは隧道を越えることにしました。15時10分です。

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道は舗装されていて10分ほどの登りでした。郡境の石碑や明治天皇旧跡などがありました。

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そこから下りです。

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12分ほどで国道を陸橋で渡ると上勝坂のバス停です。さらに少し歩いて15時46分に勝坂のバス停に着き、今日はここまでとしました。

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夕食は駅付近のスーパーでお惣菜を買ってきて済ませました。

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2017年11月16日 (木)

萩往還初日

2017年11月9日~11日の2泊3日で萩往還を歩いてきました。

萩往還は山口県を萩から防府まで、つまり日本海側から瀬戸内海側へ縦断する街道です。

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長州藩のお殿様毛利氏が参勤交代などの場合、居城の有った萩から山口を通り、船着場のあった防府へ来て、そこから船で大阪へ向かったようです。

幕末には薩長連合を進めるため坂本龍馬や勤王の志士達も往来した道だったと思います。

萩の城跡公園から出発した場合、佐々並までが20キロ、山口駅付近までが37キロ、防府駅付近で56キロ、終点の三田尻御船蔵跡までで59キロといったところです。

初日は佐々並の林家旅館を予約しています。

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朝7時20分頃宿を出ました。

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参勤交代の行列は、まず中の総門を出て御成道を通り、札場で右折して萩往還に入ったでしょう。

中の総門です。

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御成道は現在商店街のアーケードを通ります。

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唐樋札場跡です。7時50分でした。

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20分ほど萩駅方面へ直進すると左手に金谷天満宮があります。筑前の太宰府天満宮を勧請しています。またここは城下町の出入り口である大木戸があったそうです。

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5分で萩駅で、ここを左折します。

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萩駅から10分弱で旧道に入ります。この辺が迷いますが、よく探すと道標があります。

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入ってしまえば一本道で、迷うことは有りません。10分ほど歩くと大屋の辺りで橋を渡ります。

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渡って10分ほどで涙松遺跡と吉田松陰の歌碑があります。ここを過ぎると城下が見えなくなるので涙した松があったそうです。8時47分です。

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9時頃枷坂(かせがさか)一里塚に着きました。東海道や中山道の一里塚は土盛りですが、ここは石積みなのが珍しいですね。

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更に10分ほどで石の地蔵さんがありますが、ここは昔刑場があったそうで、日本で初めて女性の死体を解剖した場所でもあり、その供養の地蔵さんだそうです。

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そこで車道に出ると、そこは道の駅萩往還です。地下道で反対側に渡ります。9時10分で15分ほど休憩しました。

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出て、ガサゴソと灌木を潜り、10分で枷坂の駕籠立場、更に5分で鹿背隧道を潜った所に出ます。

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石畳を歩き、烏帽子岩を見て、小さな小川を石橋で渡ると開けた場所に出ます。萩から8キロほど、明木川の堤防に入ります。9時53分でした。

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堤防を8分歩くとお地蔵さんがあります。

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すぐに道路の下を潜ると明木橋と吉田松陰の説明があります。

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10時20分頃、明木橋を渡って明木の集落に入りました。ここは明木市(いち)と言って、宿場町だったそうです。

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乳母の茶屋は現代の交流施設でした。10時半頃、案内に従って左折、一升谷に入ります。ここから4キロほど、だらだらと登りが続きます。元気をつけるため煎り豆を食べながら登ると、ちょう峠に着くまでに一升食べるからだそうです。

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案内から1時間、11時半頃8合目半辺りで街道は右に分かれます。ここから一寸上り坂が急になりました。

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10分一寸で峠です。標高は346mと読めます。

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2.3分下ると集落が見えたので、降る前に昼食にしました。20分ほどで昼食は終わって、12時08分出発しました。

道路の下を潜り25分ほど歩くと東屋があり、その傍に展望台がありました。

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12時40分に国道です。

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12時47分国道から離れます。落合の石畳の上を歩きます。13時また国道と合流、また7分で分かれます。また石畳があります。

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13時18分、石橋を渡り、千持峠に向かいます。
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峠と言っても小さな峠で、10分で着きます。ここを下ると佐々並です。10分一寸下ると佐々並の集落が見えてきました。

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佐々並川を渡って林家旅館に着いたのは13時50分でした。店も閉まっていたので、お向かいの交流施設に荷物を預け、もう少し歩いておくことにします。

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佐々並も佐々並市と言って宿場町で、街並み保存地区になっているようです。

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国道に向けて登って行くと一里塚跡がありました。
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14時に国道と合流し、しばらく国道を歩きます。14時20分に大迫口バス停を通過、23分に右に分かれました。でもすぐに国道に戻って中の作のバス停が14時35分でした。

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ここを左折して街道に入ります。5分で休憩所があり、その傍に日南瀬(ひなたせ)の首切り地蔵さんがあります。

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14時45分、県道にでました。

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ここより先は歩いてもバス停から遠ざかるばかりなので、ここで終わりました。国道に引き返して、バスで佐々並に帰りました。

林屋旅館さんは豆腐料理屋を兼ねていて、値段もリーズナブル、食事も美味しくて、お勧めの宿ですね。

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