2018年6月27日 (水)

東山道飛騨支路

先日、鰤街道を歩いた時、飲み会に付き合ってくれた高山在住のSさんに、この後日程は未定だが、飛騨路を美濃太田まで歩いて中山道と繋げたいと話していた。
その後Sさんから、それも良いが、もっと古い道で東山道飛騨支路を歩いたらどうかと紹介された。
その時は、東山道飛騨支路について知識が無かったので、一寸勉強すると言って時間稼ぎした。
最近、そろそろ調べないとと調べ始めた。ネットや下の本などから、ようやく概要がつかめてきたので、ここに記録しておこうと思う。
Dscn3063
東山道飛騨支路は下図の青線です。すなわち図の下、岐阜市長良付近に有った古代の駅(まあ宿場か)方県(かたがた)で東山道と分れ、飛騨国府のあった高山(確定していないそうですが)へ向かう110キロほどの道です。
Hidazennzu
東山道と中山道はほぼ一致していますが、岐阜辺りでは少し違ったようです。
近代の飛騨路は中山道の太田宿から国道41号線に沿って高山に向かっていました。
また、JR高山本線にも沿っています。
従って、歩く場合も、交通の便が良く、宿泊先にも困らないようです。
でも飛騨支路の場合はどうか。その辺りをこれから調べて、秋ごろには歩きたいと思っています。
情報を頂けると嬉しいですね。

2018年5月13日 (日)

鰤街道最終日

2018年5月9日(水)
昨日は頑張って古川まで歩いたので、今日は高山まで15キロほどを残すのみです。
なので今日はゆっくり7時40分の列車にして、8時頃飛騨古川の駅に着きました。
Takayama02_3
まあ急ぐ旅でもないので、飛騨古川の古い街並みを観光することにしました。
ただ、予報に反して今日は朝から雨です。飛騨古川駅前。殿町の街並みを通って園光寺に行きました。
Dscn1427
飛騨古川の三寺参りというのがあって、1月15日にここ園光寺と真宗寺、本光寺の本願寺派三寺をお参りするのが近在の人々の慣わしだそうです。その日は夜を徹してお参りやお説教が行われるため、長時間燃え続ける大和蝋燭がお供えされるようになったそうです。
まつり会館に行きましたが、9時開館でまだ開いていません。
Dscn1430_2
その隣の匠文化館もまだです。
Dscn1431それで近くの「瀬戸川と白壁土蔵街」へ行きました。いつ見てもいい感じです。
Dscn1435相変わらず鯉が居ます。
Dscn1436 その辺をぶらぶらした後、本光寺に戻り、街道に復帰しました。8時40分頃です。
Dscn1448袂に野麦峠文学碑があります。
Dscn1447橋を渡ると野麦峠ゆかえいの宿「八ッ三旅館」があります。
Dscn1449 少し歩くと貴船神社です。ただこの県道は歩道が無い2車線なので危険です。
Dscn1451 20分ほど歩いて県道と分かれたのでほっとしました。なかなか風情のある民家が並びます。
Dscn1453 9時10分頃栗原神社を通過しました。
Dscn1455 次に県道と合流した時は歩道が有ってまたほっとしました。
Dscn1457 郵便局の角をまた右に入ります。西念寺というお寺の前を通って、15分ほどで県道に戻ってきます。飛騨国府の駅は通り越したようです。
歴史の街飛騨国府と謳っていますが、飛騨国府がここに有ったとは確定していないとSさんが昨夜言っていたような。
Dscn1466 10時頃、桜公園だったかを通過しました。金桶橋で街道は471号線に合流して、すぐ右に県道を離れます。
Takayama03
Dscn1472右に入った街道は田圃の中を宮川に沿って進みます。 何故かぽつんとベンチが有り、雨も上がってきたので休憩しました。10時18分です。
Dscn1474 小休止してから10分弱歩くと、県指定の木造鳥居がありました。
Dscn1475 更に10分で県道とJRを渡りました。
Dscn1478その奥が 加茂神社で、手前右に洞ノ口一号古墳とかがありました。
Dscn1482拝殿の前を右折するのが街道です。 10時50分、神社を出て5分ほど歩くと木の新しい道標が建っていました。左折すると今村峠となっています。ここが越中東街道と西街道の追分だったのですね。
Dscn1491 すぐ3分の所にも同じ木の道標があり、そこを右に下ると、県道の追分バス停です。
そこに石碑の道標があります。左古川、右ふなつと刻まれているようです。
Dscn1498ここからは宮川に沿って高山を目指します。 11時3分、残り7.5キロといった辺りでしょうか。
Dscn1500 20分ほど歩いて、平湯方面から来た県道89号線と合流したころ、丁度ラーメン屋さんが有ったので、軽く食べることにしました。醬油ラーメンです。
Dscn1507 11時53分に店を出ました。25分ほど歩くと洞門がありました。ここは洞門の外に歩道があったので気楽でした。
Dscn151312時20分頃、街道は左に分かれて県道460号線になります。
Takayama04
分かれて10分弱、右手に小さな鎮守様がありました。また加茂神社だなあと幟を見ていると、盗人神様とも書かれています。
Dscn1518珍しいなと見に行きました。 たしか、よくお参りして、お賽銭もあげたと思います。
Dscn1523 盗人神様から5分、松本橋で宮川を渡り、すぐ左折して細い街道に入ります。
Dscn1528 10分ほど歩くと庚申堂があります。
Dscn1529その先は更に細い露地に入ります。
Dscn1532 露地に入って2分、 万人橋の袂に出ます。そこに万人講の石碑があります。
1675年、数万の餓死者をここに埋めた。昔は万人抗と書かれていたが、後に万人講に改められたとか。
Dscn1537街道はそのまま宮川の土手に出ます。10分ほど歩くと桜山八幡宮の宮前橋を通過します。13時03分でした。
Dscn1545 突き当りを右折して本町通りに入ります。街道はこのまま高山陣屋の前を通り、飛騨街道として下呂、美濃太田へと続きます。今回は一応高山陣屋を終着点としています。
高山は修学旅行生と外国人観光客ですね。修学旅行生の人気はみたらし団子みたいですね。
Dscn1552 13時23分、高山陣屋に到着しました。
Dscn1566今日は16時のバスを予約しているので、しばらく高山市街を観光しましょう。
陣屋の前の赤い橋を渡って、上三之町の古い街並みを見に行きました。
Dscn1574 すごい人出ですね。この写真の中で、何人が日本人かな。
Dscn1579 飛騨国分寺の鐘楼です。
Dscn1587 4日間頑張って歩いた自分へのご褒美は、前から一度食べて見たかった、「ちとせ」の焼きそばです(笑)。
Dscn1601 イカ、肉、卵入りのスペシャル焼きそばです。生ビールと合わせて絶品です(笑)。
Dscn1598大満足で帰りました。
いつの日か、高山から美濃太田を目指して、中山道と結びましょう。
 

鰤街道3日目

2018年5月8日(火)
今日は打保駅から飛騨細江駅の26キロ程を予定しています。
高山を7時40分の列車に乗ると打保駅着が8時33分です。
26キロを7時間程度と仮定すると、飛騨細江着は15時40分頃となります。
飛騨細江の時刻表は15時53分でぎりぎり間に合か否か、際どいですね。
今日は友人のSさんと待ち合わせているので、次の列車では間に合わない。悩むところです。
Hurukawa01迷った末、安全のため1本早い5時31分に乗り、6時11分に打保駅に到着しました。
Hurukawa02_2  駅を出るとすぐ発電所がありました。この宮川沿い、小さな発電所が多いですね。
Dscn1239
しばらくは歩道の無い国道歩きですが、交通量も少ないので助かります。
Dscn1242  歩き始めて37分、6時57分に最初のトンネルです。成手トンネルというそうです。
Dscn1246ここは左手の旧道を行く予定ですが、しぶとく通行止めです。 でも気にせず進みます。
Dscn1247 特に問題は無く、20分ほどで通り抜けました。
Dscn1256 7時25分頃、続いて大瀬トンネルです。勿論ここも旧道です。
Dscn1259 ここも特に問題なく、尾根を回り込むと、JRと国道の上を通ります。
新緑が鮮やかで、気分も上々です。
Dscn1263Dscn1265 国道が、もう一つ短いトンネルを潜った所で合流しました。7時53分でした。
Dscn1269 25分ほど歩道の無い国道を歩くと、次の集落です。
Hurukawa03 ここは種蔵と言って、棚田と板倉が有名で、人気の民宿が有ると後で知りました。
Dscn1272 更に30分、人通りは勿論、車もまばらな国道を歩くと、国道は宮川新大橋とかで対岸へ渡ります。旧道はその橋の下を潜りますが、ここも例によって通行止めです。
Dscn1277Dscn1278しばらく川沿いにあるくと、こんな立派な橋もできていました。何故、通行止めなのか理解に苦しみます。
Dscn1283 20分一寸で牧戸の集落に入りました。直前に冬季通行止めの看板がありました。冬季?
牧戸の集落ものどかな佇まいです。
Dscn1290 六地蔵のお堂から25分ほどで坂上駅です。駅周辺には洞泉寺などがある数十戸の静かな集落です。15分ほど休憩しました。
Dscn1307 9時55分頃駅を出て、また発電所があるなと思いながら20分ほど歩くと、何か説明板がありました。読むと、この辺り「嫁ヶ淵」と言って、大蛇伝説があるとか。
Dscn1317 10時半頃長い洞門に来ました。
Hurukawa04
しかも工事中片側通行です。監視員に付き添われて抜けました。
Dscn1320ようやく洞門を抜けると、今度は岸奥トンネルです。これは珍しくトンネルを入ってから、旧道への出口がありました。10時38分。
Dscn1322   20分ほどで旧道は終わりました。終わって10分ほど歩くと、平成16年台風23号の実績浸水線がありました。凄いですね。
Dscn1327 11時15分に橋を渡り角川駅に向かいました。ここにも大門旅館、そら旅館と二軒も旅館がありました。こんな寒村に二軒も営業できるのでしょうか。
Dscn1334玉屋食堂というのが有ることも知っていましたが、開いているか不明なので、弁当を持ってきました。 11時20分、角川駅に到着です。
Dscn1337_2駅の線路の向かい側に角川神社というのがあります。駅の待合室をお借りして昼食休憩しました。
Dscn133912時までのんびり休憩して出発しました。すぐ橋を渡って国道に合流します。
20分ほど歩くとサワグルミの大木がありました。
Dscn1346 更に20分ほど歩くと、檜ヶ淵という弘法大師伝説の淵がありました。またこの付近の難所を私財を投げうって改修工事した打保村久右エ門の話もあります。
Dscn1351
檜ヶ淵から12・3分は新緑を楽しみながら国道歩きです。
Hurukawa05
次のトンネルは野口トンネルですが、ここの旧道は珍しく通行止めではありません。
Dscn1357関西電力角川ダムという小さなダムを越えて、25分ほどで国道です。
更に15分ほどで、今度は国道41号線が合流してきます。
13時40分に41号線に入りました。
Dscn1372 合流から15分、13時55分に飛騨細駅に着きました。歩き始めて7時間半です。
次の高山行列車は15時53分ですが、電車を1本遅らせていると、到着が16時10分頃になっていて間に合っていない、早朝出発は正解だったなと思いました。
Dscn1378それにしてもまだ2時間あるので、次の杉崎まで歩くことにしました。杉崎までは2キロほどです。 25分ほど歩くと、国道は右に分れて行きます。
Dscn1380 10分ほど旧道を歩くと、細江歌塚というのがあり、そのすぐ近くが杉崎駅です。
Dscn1382Dscn1384近くに酒屋も無いし、 時間もまだ1時間一寸あるので、3キロほど先の飛騨古川まで歩くことにしました(笑)。
Hurukawa06最近では30キロを越えて歩くようなことはしないようにしていますが、今日は特別です。
すぐに大歳神社というのがあります。
Dscn1385 駅から10分ほどで街道は右に分かれます。
Dscn1387 行真という辺りを通って、飛騨古川の古い街並みに入ってきます。
Dscn1395 駅から35分、15時20分頃本光寺に突き当たります。本堂は飛騨で最大の木造建築だそうです。
Dscn1401 街道はここを右折ですが、今日はここまでとして、左折して飛騨古川駅に向かいます。
15時25分には駅に着きました。
Dscn140616時1分が高山行なので、一寸一杯と思ってコンビニか酒屋さんを探しましたがありません。駅に売店も無いのです。必死で探したら、Aコープ古川店が見つかりました(笑)。
そこで缶ビールを調達して、なんとかしのぎました。
夜は高山在住のSさんと歓談しました。
Dscn1409高山ラーメンは有名ですが、やはりそばより中華そばが子供の頃から風習だったそうです。〆はやっぱりラーメン屋さんにいきました。
Dscn1417 ホステルに返ったらバーがありました。折角なので一寸一杯飲んで寝ました。
Dscn1421

2018年5月11日 (金)

鰤街道2日目

2018年5月7日(月)
今日は昨日歩き終えた楡原駅から24キロ先の打保(うつぼ)駅まで7時間ほどの予定です。
富山を7時21分発で楡原駅が8時11分、と当初は考えていました。
Utubo01 でも今日の行程は旧道が多く、通行止め表示を無視して自己責任で歩くつもりなので、時間に余裕を持たないと怖い。それで1本早めて5時38分の猪谷行に乗ることにした(泣)
朝食は駅のベンチです。
Dscn10216時20分頃、笹津橋を渡ります。今日は一日雨の予報です。
Dscn1026  6時半に楡原駅を出発しました。
Utubo02_2
すぐに国道41号線の下を潜ります。Dscn1030
雨に濡れる神通川を左に見ながら歩きます。
Dscn1034
6時54分、再度国道の下を潜り庵谷の集落に入って行きます。再度国道とJRの下を潜り、庵谷トンネルの上を行く旧道に登って行くのですが、道を間違えました。でもすぐ気付いて修正し、地元の人に道を教わりました。
Dscn1041 ここにも日枝神社があります。
Dscn1043 神社から7分、7時23分に旧飛騨街道登り口がありました。心は動きますが、先が見えない山道なので止めました。
Dscn1046 安全な車道を歩くこと27分、7時50分に視界が開け、朝歩いてきた神通川が一望です。
Dscn1053 そこから3分で庵谷峠です。
Dscn1056 ここからも淡々とした下りです。
Utubo03 新緑の山にフジの紫、サワウツギのピンクがきれいです。
Dscn1065所々片掛銀山の抗口跡があります。この辺、銀がでたんだ。
Dscn1068 8時20分に大淵寺という曹洞宗のお寺に下ってきました。
Dscn1072 そのすぐ下に旧飛騨街道登り口がありました。1時間前に見た登り口と多分通じているのでしょう。
Dscn1077 そこから2分ほどで片掛の集落に入り10分弱で道の駅の近くを通過しました。
Dscn1080 そこで41号線に合流し、しばらくは国道歩きです。
Dscn1084 洞門をくぐったりしながら25分の国道歩きで猪谷(いのたに)の集落に入ってきました。
Dscn1089 ここも交通の要衝で関所がありました。見学しようと思いましたが休館日でした。
Dscn1092 すぐ近くが猪谷駅で9時7分から15分ほど休憩しました。富山からここまではJR西日本でここからはJR東海の管轄となり、普通列車は乗り換えとなります。
Dscn1094 駅を出て15分ほど歩いた辺りで国道は二つに分かれます。左は41号線で神岡へ。これは越中東街道です。右は360号線で私の進む越中西街道です。
Dscn1102 41号線はすぐトンネルに入り、トンネルを出ると神通川を渡ります。その辺りは、江戸時代籠の渡しが有ったと言われています。蟹寺から谷へ渡っていたそうです。
Utubo04_2 360号線も小さなトンネルに入るので、旧道と思いましたが荒れ果てていそうなので止めました。
Dscn1109 トンネルを抜けて5分、今度は本格的な3キロほどのトンネルです。ここの旧道は荒れているものの通れるとの情報を得ています。でもその情報も去年の話なので、現在は?です。
ここが本日のキーポイントです。
Dscn1111 入口に軽く立て看板。この程度は驚きません。9時50分です。
Dscn1112 入口から5分。今度はしっかりガードしています。一寸思案しましたが、そのために朝早く出てきたのだからと前に進みます。
Dscn1116 入って5分、ぬかるみに足をとられて、なかなか抜けません。ここが一番の難所でした。
Dscn1119 土砂崩れも有りますが、慎重に進みます。雨の日は嫌ですねえ。
Dscn1122 その後は何事も無く順調に進みます。
Dscn1125 10時20分頃、小さなトンネルを抜けると、ここにもバリケードがありました。
Dscn1131と言うことは通行止め区間は終わったのでしょう。踏切がありました。
Dscn1134トンネルから15分、国道との合流点が見えてきました。
Dscn1136 10時40分、国道に合流して、ほっと一息です。
Dscn1141 合流から5分、次の飛越トンネルの入り口が見えてきました。ここも旧道と行きたい所ですが、ここは本当に通れないそうです。徒歩、自転車、バイク、様々な人が挑戦して引き返しています。多くの先達がだめなものを、私の実力では無理でしょう。
Dscn1143ここは2キロ弱のトンネルですが、歩道も広いので快適です。
Dscn1154 11時16分にトンネルを抜け、宮川町小豆沢に出てきました。
Utubo05
Dscn1156ここと対岸の鮎飛の間も籠の渡しが有ったそうです。説明板がありました。
Dscn1159 ここで国道は右岸に渡りますが、旧道は左岸でJR杉原駅へ行きます。ところが旧道は全面通行止めの看板です。
Dscn1163これにはひるむことなく、旧道を進み25分ほどで杉原駅に着きました。 11時50分です。
Dscn1172 ここでお握りを二つ食べて、12時5分に出発しました。この駅の近くに、民宿そらと飛騨漫画王国がありました。漫画王国はしっていましたが民宿そらは知りませんでした。知っていれば行程が変わったかもしれません。
Dscn1174 ここでまた360号線が合流してきますが、旧道は逆に右岸へ渡ります。12時15分。
Dscn1176 ところが対岸を15分ほど歩くとまた通行止めの案内です。これは無視せざるを得ません。
Dscn1181 特に何事も無く12時40分頃中沢上の集落に着きました。
Dscn1184
Utubo06
大山祇神社を右に見ながら、 13時10分頃、打保の集落に入ってきました。
Dscn1193先ほどから気になっていたのですが、2階の屋根の上に更に屋根を作っている家が時々あります。あれは何かと後日訊いたのですが、雪対策だそうです。道路側に雪下ろしせず、逆側に自然落下させるためだそうです。
13時14分、打保駅に到着です。次の坂上駅までは13キロあるので、今日はここまでと決めています。
Dscn1196でも次は15時23分まで列車が無いので、2時間一寸待ち時間があります。
朝は2時間早く出たので覚悟の待ち時間です。準備もしています(笑)。
Dscn1199 雨の中、無人の駅待合室で小宴をはるのも乙なもんです(笑)。
高山駅到着は16時20分頃。駅舎がきれいになっていました。
Dscn1209今夜は駅前のドミトリーホテルを予約しています。こんな感じです。
Dscn1212 居酒屋さんへ飲みに出ました。
Dscn1221高山は小京都と言われますが、京都と同様、外国人観光客が多いですね。
私のホステルでも外国人が7割から8割と言っていました。
居酒屋で隣有った外国人はベルギー人だそうです。国の位置や形が浮かばなくて困りました(笑)。家族を家に於いて一人で日本を観光しているとか。
Dscn1227明日も早立ちします。

鰤街道

鰤街道とは富山湾で穫れたブリを高山へ運んだ道です。有名な鯖街道は若狭の鯖を京都へ運んだ道ですね。他に塩の道なんかが有名です。
さて鰤街道は富山側から見れば、飛騨高山へ向かう道なので飛騨街道と呼びます。逆に高山側から見れば越中富山へ向かう道なので越中街道です。
Ettyu越中街道は大きく分けて東街道と西街道に分れ、東街道は途中船津で高原川の両岸に分れて中街道・東街道となったようです。
富山藩はブリを高山に送るに際し、自藩の領地である西街道を推奨したようです。東街道は加賀藩の領地だったそうです。また、西街道はJR高山線が走っているので、途中で歩きを止める場合安心です。
東街道は国道41号線で幹線ですが、鉄道が無いので歩き難いです。バスは有ると思いますが、時刻がはっきりせず、今回は西街道を歩くことにしました。
富山~高山間は国道を走れば80キロほどです。でも街道歩きとしてはトンネルを潜らず、できるだけ旧道を歩きます。その結果距離的には90キロほどになり、3泊4日で計画しました。
参考資料は松本市立博物館編の「鰤のきた道」、高山在住の友人Sさんに貰った高山市史の街道編のコピー、またネット上の歩きレポートなどです。
2018年5月6日(日)
朝7時10分名古屋発のバスで富山に向かいました。ゴールデンウイーク最終日でバスは満席で臨時便が出ていました。10時43分に富山城近くの総曲輪というバス停に到着しました。今日は20キロほど先の楡原駅の予定です。
Toyama01
飛騨街道の起点は大田口という場所がそうです。現在大田口商店街になっています。
そこから真っ直ぐ南下して笹津で神通川に出会います。
そのためしばらく高山本線とは離れ、風の盆で有名な越中八尾は通りません。
Toyama02
11時頃、大田口商店街に入りました。電柱に「ひ、ひっ、ひだ街道」「ぶ、ぶっ、ぶり街道」の幟が掛かっています。
Dscn0872 歩き始めてすぐ右手に日枝神社があります。謂れはよく知りませんが、この鰤街道のあちこちに日枝神社がありました。
Dscn0874 10分弱で電車通りと合流しますが、そこに飛騨街道起点の案内がありました。
Dscn0879 15分ほど電車通りを歩き、堀川小泉という停留所の手前を右折します。
Dscn0888 富山高校の傍を通ったりしながら25分ほど歩くと、国道41号線に合流します。
Dscn0893
Toyama03_2
富山市内はどこからでも立山連峰が真近に見られます。 中央左が剣岳、中央右が立山ですね。
Dscn0898
北陸自動車道富山ICの裾を回り込んで、41号線を信号で渡ります。 合流から30分弱で
最勝寺のバス停に来ます。時刻は12時16分です。ここで国道に分かれます。
Dscn0899 国道から10分弱で川にぶつかりますが熊野川です。私は熊野川と言えば紀伊半島の熊野を思い浮かべるのですが、富山にも熊野川なんですね。
Dscn0903筏橋という小さな橋で熊野川を左岸に渡ります。 渡ると筏橋碑があります。
Dscn0914 そこから一寸複雑なルートで熊野川左岸に戻ります。
Dscn0916 近くに「ますのすしミュージアム」というのが見えました。一度行ってみたいですね。
Dscn0917
Toyama04
熊野川から分かれてすぐ、右手に 円教寺という本願寺派のお寺があったので、一寸本堂の前で休憩しました。13時05分です。
Dscn0924バスの中で昼食は済ませているので、ここでは休憩だけです。 小休止を終えて出てくると、珍しい形のお堂がありました。三界萬霊と刻まれています。
Dscn0926 ここから街道はまっすぐに南下します。41号線のそばを並行していますが、特に特徴も無く、自分の現在位置を確認するのも困難です。
Toyama05 休憩から1時間10分弱、14時20分に公園が右手にありました。
Dscn0942 14時40分、ようやく国道を渡って笹津に入って行きます。
Dscn0947 笹津駅前が14時46分
Dscn0948笹津の街並みは街道の面影があります。過っては交通の要衝だったでしょう。
Dscn0950 14時55分、笹津橋を渡ります。新旧二つの橋があり、歩行者は旧笹津橋です。
Dscn0956旧笹津橋は趣があります。
Dscn0960 笹津橋を渡ると小公園があり休憩しました。
Dscn0962 15時に出発、今日の目的、楡原までは後1時間でしょう。
Toyama06 歩き出した国道41号線は、しばらく歩道が無く、嫌な感じです。すぐ神通川第二ダムです。
Dscn0968 20分ほどでダムを過ぎると歩道ができ、ほっと一息です。
Dscn0973 15時半頃、富山県漕艇場があり、その隣が立派な道の駅みたいな施設で、宿泊もできるみたいでした。ここに泊まると良かったかも。
Dscn0976 15時50分頃、楡原の町に入り、国道はここでバイパスとなって右折していきました。
Dscn0981 16時5分、楡原の駅に到着しました。今日はここまでです。ここからJRで富山へ帰り、今日は駅前のビジネスホテルに泊まる予定です。でも富山行の列車は17時27分まで1時間以上ありません。
Dscn0988でも心配いりません。先ほど酒屋さんで飲み物を買ってきました。おつまみも持っています(笑)。
Dscn0992富山駅着は 18時20分頃、
Dscn1008明日朝は早朝出発を予定しているので、今日はコンビニで買い物して、部屋でテレビ見ながら食べて寝ることにしました。
Dscn1010おやすみなさい。

2018年4月 5日 (木)

京街道2日目後半

10時20分頃、京阪電車の踏切を渡り、宇治川の堤防に出ました。
Dscn0322
これからしばらく堤防歩きです。
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15分ほどで国道1号線の宇治川大橋の下を土手を降りて潜りました。横断の道は無いようです。
Dscn0326
阪神高速の下も潜って、伏見港公園に着いたのは10時50分頃です。
幸いお腹も空いてきたので、ここで昼食休憩することにしました。
Dscn0335
伏見の酒蔵付近から出る観光船もよく通ります。
Dscn0336
20分ほど休憩して、11時10分頃出発しました。高瀬川沿いの遊歩道で京阪の下を潜り、その先で土手に登って右折します。
Dscn0344
中所島の駅近くに来たのは11時17分でした。
Dscn0347
5分も北上すると京橋があります。
Dscn0349_2
近くに有名な寺田屋があるので一寸見に行きました。
Dscn0354
その後、一寸ややこしい、何度も折れ曲がる道を、間違えながらもなんとか歩きます。
Dscn0359
伏見総合庁舎の北に有る金札宮
Dscn0362
伏見中学の角に有る道標、11時40分頃
Dscn0366
丹波橋駅付近で両替通りに入り、近鉄の高架を潜ります。
国道24号線を越えた辺りに、橦木町廓入口の石柱がありました。江戸時代の遊郭ですね。
Dscn0372
そして右折して、墨染駅の南側を通ります。
Oiwake05
すぐに藤森神社の前を通ります。勝負の神様、馬の神様と書いてあったような。12時15分です。
Dscn0380
京都教育大学が隣にあり、過ぎるとJR藤森駅です。
左折して、線路の上を越え、10分ほどで県道35号線を右折します。府道ですか。
Dscn0384
10分ほど歩くと、先日歩いた京都一周トレイルの道標がありました。こんな所歩いてないなと思いながら近づくと、新しい?深草コースという道でした。
Dscn0385
Dscn0386
ここで一寸休憩して、12時50分頃出発しました。しばらくは名神高速の傍を歩きます。
Dscn0389
30分ほど歩いて、ようやく名神を離れました。勧修寺に沿って左折し、その門前をまた右折します。13時25分です。
Dscn0391
地下鉄小野駅を過ぎ、大きな御神木の傍を通ります。
Dscn0395
36号線の交点で左折したのが13時35分。この辺りからは奈良街道と呼ばれています。
Dscn0398
名神高速を潜ったところが大宅一里塚跡です。
Dscn0400
Dscn0401
その近くのコンビニで10分ほど休憩しました。14時に出発、すぐ岩屋神社の鳥居があります。
Dscn0403
北大塚で新幹線の高架を潜ったのが14時20分です。
Oiwake06
五条通りを2回地下道で渡ります。大きな病院の傍を通り、京都東ICの下を潜ったのが14時40分。街道の面影残る道を5分歩くと、東海道の追分に到着です。
Dscn0416
Dscn0420
Dscn0421
ここから京阪の追分駅は、民家の間の細い坂道を下って、国道を地下道でくぐります。
Dscn0422
5分で到着します。駅には大津絵の広告があり、なつかしい限りです。
Dscn0426
お疲れ様でした。
 

京街道2日目

2018年4月2日(月)
昨晩一寸飲みすぎたか、朝は食欲が無かったので、コンビニでお握りを買い、6時25分頃牧野駅に着いた。駅の近くの公園でお握りを食べて、6時40分には歩き始めた。
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すぐに県道13号線に出る。
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先ずは樟葉駅に向かいます。
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早朝の県道を淡々と歩きます。7時頃には淀川が左に現れました。
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一帯はくずはゴルフ場です。
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7時10分頃、樟葉駅を通過しました。ここは以前面白い経験があります。駅前に大規模な団地がありますが、駅と団地はどちらかが京都で、どちらかが大阪です。団地に住む友人を訪ねた時、電話が掛からなくて困ったのです。
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駅を過ぎると右折して旧道に入ります。一寸街道の風情です。
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駅から30分ほど、浄水場の縁を曲がりながら歩くと、砲台場跡に出ました。
幕末に勤王浪士の動きを抑えるために作ったと言われています。
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一寸休憩した後、台場跡を突き切り、行基の創建と伝わる久修園院に来ました。7時55分です。
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ここから線路を渡って行くはずですが工事中で見当たらず、やむなく回り込んで踏切を渡りました。
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8時05分、橋本駅のそばの細道を通りました。
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8時15分頃、大谷川を渡り、淀川の堤防沿いの道に入りました。いや、ここでは木津川でしょうか。この辺りで、桂川、宇治川、木津川の三川が合流して淀川となります。
 
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15分ほど堤防に沿って歩くと、ようやく八幡市街にはいってきました。もう完全に京都府ですね。5分ほどで八幡市駅付近に着き、左折して木津川を渡ります。一寸登って振り返ると、岩清水八幡宮のある男山が見えます。
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ところが今日は駅から木津川方向へ歩いてくる人が多勢います。昨日、息子が言っていた花見客だと気付きました。
木津川と宇治川の背割り堤の上が1キロ以上桜の名所になっているのです。
今日は月曜日なので、それほどでもありませんが、昨日は多かったでしょうね。
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8時50分頃、宇治川も渡って、淀方面に入ってきました。
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京阪の線路を潜り、病院の駐車場で一寸休憩しました。9時10分頃には淀の街中に入ってきました。淀と言うと競馬場しか思い浮かばなかったのですが、宿場町だったのですね。
もっとも、伏見と枚方という大きな宿場に挟まれていたため、淀には本陣も無かったそうですが。
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淀宿では文相寺の角で街道が鍵型に曲がるのですが、通り過ぎたため、引き返して探したりして、15分位ロスしました。9時50分頃、淀駅を通過しました。
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一旦、県道13号線の納所という交差点に来てVターンしますが。その交差点に唐人雁木旧跡というのがあります。朝鮮使節団が船を降りた船着場だそうです。
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ところで、この石碑のある通りが千本通だそうで、私が生まれた西陣の辺りにある千本通が、ここまで続いているとは驚きですね。
ところで、淀には淀城があり、幕末の鳥羽伏見の戦いでは幕府側の重要拠点でした。
ところが淀城は敗れた幕府軍の入場を拒み、官軍に開城した。当時の情勢に大きな影響を与えた事件でした。
淀小橋の遺跡をちらっと見て、淀競馬場の建物の脇を歩きます。
10時07分、戊辰の役東軍西軍激戦の地という碑がありました。
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後半に続く
 

2018年4月 4日 (水)

京街道1日目後半

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12時に昼食を終え、息子と二人で出発しました。すぐ、高札場が作られていました。守口宿を意識していますね。
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街道の風情残る文禄堤の上を歩いて行きます。10分ほどで蓮如上人ゆかりの難宗寺があります。西御坊と呼ばれるそうです。
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東御坊と呼ばれる盛泉寺も近くです。東海道五十七次の旗もありました。
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1号線を渡り、一里塚跡は看板だけでした。県道155号線を歩きますが、すぐまた左に分かれます。12時30分です。
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12時45分頃、淀川の堤防に登ってきました。
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ここから6キロほどは堤防歩きです。大阪モノレールを潜った辺りです。12時54分。
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13時15分頃、佐太天満宮らしき鳥居が右下に見えました。
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仁和寺大橋のたもとで一寸休憩して、14時10分頃石碑がありました。
茨田(まんだ)堤と言って、日本書記に登場する日本最初の堤だそうです。
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そこから10分ほどの鉄塔の付近で堤防を降りました。
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街道の風情ある細道を歩きます。
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堤から15分ほど、14時43分に蓮如上人腰掛石の遺跡に来て、小休止しました。
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50分に出るとすぐ光前寺です。ここも蓮如上人が開基とされる、駅名にもなっている名刹だそうです。
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14時57分に出て20分で国道170号線を渡ると、いよいよ枚方宿です。
15時30分に西見附に来ました。
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近くに枚方宿鍵屋資料館もあります。
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本陣も残念ながら残っていないようです。
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15時46分頃、枚方市駅の近くで、息子と別れました。
私は明日のことを考えて、もう1時間ほどあるくことにしました。
今夜はここで、一緒に夕食の予定です。
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15時55分、天野川の堤防にぶつかりました。ここに東の見附があったようです。
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県道のかささぎ橋で川を渡りました。
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渡って10分ほどは旧道を歩きます。
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そして県道へでます。
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16時15分に御殿山駅です。
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駅から10分、三栗の交差点で旧道へ右折、京阪の踏切を渡って、公園の桜を見ながら歩きます。
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16時46分に牧野駅に到着しました。27キロ位かな、お疲れ様でした。
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夜は息子夫婦と嫁さんのお父様まで加わって、楽しい宴会になりました。
ありがとうございました。
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京街道1日目

2018年4月1日(日)
朝8時40分頃京阪電車の北浜駅に到着しました。今日は枚方まで歩く予定です。
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京街道の全行程は約56キロ、枚方までは24キロなので、もう少し歩きたい所ではあります。
さて起点の高麗橋が判りません。天満橋と北浜の間にあるのは解っていましたが、駅の近くで聞いても知らない人が多かった。ようやく探し当ててスタートしました。
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高麗橋を8時52分に出発し天満橋に向かいます。途中にあるのが八軒屋浜という船着場です。京都を出発して熊野へ向かう旅人は、伏見港から船で淀川を下り、ここに着きます。
そして熊野街道を歩き始めたのです。
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天満橋を過ぎると京橋があり、そこは川魚市場だったそうです。
右手に大阪城の天守閣が見えるので堀端の道を少し歩きました。
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京橋駅の辺りで道を間違え、通り過ごしたので引き返し、アーケードのある商店街の街道に入りました。
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すぐに「京かいどう」の案内がありました。9時45分頃です。
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アーケードを抜け、少し歩くと野江水神社があります。この付近は低地で水害も多かったことから、水の神様が祀られたとか。10時過ぎです。
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水神社から広い都島通りを10分一寸で、今度は関目神社です。一寸休憩しました。
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関目神社を出てすぐ国道1号線を斜めに渡ります。するとすぐ阪神高速の下を潜りますが、城北川を古市橋で渡っています。この辺りは一寸街道の面影が残ります。
森小路商店会、千林商店街と続きます。10時40分。
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10時48分、京阪国道(1号線)に合流、8分ほどで右折しました。守口宿へ入ってきたようです。国道から3本目の商店街で左折、守口市駅に向かいます。商店街の人通りは一寸少ないです。
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11時15分、守口市駅前に到着しました。実はここで11時半に次男と落ち合う約束です。
ここで昼食の後、枚方まで一緒に歩くそうです。
 
駅前を通っている京街道を確認しようとしたのですが、なかなか見つかりません。
下の写真の位置に来て、はっと気付きました。文禄堤というんだから、この上が街道だと。
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階段を登ってみると、やはりそうでした。
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午後に続きます。
 

京街道

大阪と京都を結ぶ京街道を歩いてきました。
京街道に関する正確な地図や情報は下記大阪府のサイトをご覧ください。
私の記述も大部分、このサイトの受け売りですから。
 
 
さて京街道ですが、大阪と伏見に城を築いた秀吉は、その二つの城を結ぶ道を淀川沿いに堤を築いて作りました。文禄5年(1596年)だったので文禄堤と呼ばれ、守口市に残っています。
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伏見から京都へは伏見街道や竹田街道・奈良街道がすでに整備されていました。
後を継いだ家康は、天下の台所大阪との交通を重視し、伏見、淀、枚方、守口に宿場を整備しました。また、西国大名の参勤交代は洛中を通ることを禁止し、伏見から直接山科の追分に至る街道を整備しました。
東海道は京都の三条大橋を終点とせず、大阪まで57次となった訳です。
大阪の起点は大阪城の京橋口と思いますが、現在では高麗橋です。
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私も知らなかったのですが、東京の日本橋と同じく、西日本の道路の里程はここが起点だそうです。
では京街道歩きを始めます。
 
 

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