2017年11月17日 (金)

萩往還最終日

2017年11月11日(土)

今日は午後から広島でワンゲルの同期会があるので、午前中には街道歩きを終わって、広島に行く必要があります。

なので早起きして7時20分のバスに乗ることにしました。バス停には山頭火の句碑のある公園がありました。7時半頃勝坂に着いて歩き始めました。

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近くに勝坂の砲台跡があるはずですが見つかりませんでした。15分ほどで新幹線のガードを潜ると、剣神社がありました。街道に沿って流れる小川も剣川です。

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お寺の多い所を通り、山陽自動車道の下を潜って20分ほどで佐波川の堤防に登りました。当時はここに渡しが有ったのでしょう。今は無いので本橋を渡ります。

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橋を渡って右折、すぐに街道が見えています。8時14分です。

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5分で大通りに合流し、更に5分で旧山陽道に入って左折します。

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ここから防府八幡宮の前までは旧山陽道(西国街道)と重複します。西国街道は電線の地中化が行われ、景観整備の途中のようでした。

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15分ほど西国街道を歩くと防府八幡宮です。ここを直進するのが西国街道。右折するのが萩往還です。

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まだ時間も充分あるので参拝することにしました。8時40分です。

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参拝後一寸休憩して9時に出発しました。西国街道をそのまま少し進むと周防国分寺跡があり、さらに進むと毛利氏庭園があります。この先、なかなか来る機会も無さそうなので、せめてこの二つは見ることにしました。

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周防国分寺です。

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毛利氏庭園です。ここは明治維新後に建てられた毛利家本邸です。

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10時10分に元の八幡宮に帰って、萩往還に復帰しました。

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すぐに「らんかん橋」という赤い橋があります。八幡宮の参道なのですね。

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アーケードを潜ると花嫁行列に出会いました。八幡宮で挙式して人力車で披露宴会場へ向かうところのようでした。

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10時25分頃JRの線路を潜りました。この後2回ほど道が二股に分かれますが、右右と取れば正解のようです。

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10時40分、三田尻本町でお寺の塀に沿って左折していきます。

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3分で左側に石標があるので、そこを左折します。ややこしい道ですね。

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そしてまた3分ほど、道標は有りませんが、下の写真の場所で左折すると、前方に石垣が見えます。

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その石垣の内部の建物が御茶屋英雲荘で、ここが萩往還の終点です。藩主はここで旅装を解かれ一休みされたのでしょう。また幕末の政変で都から逃れた三条実美ら七卿もここに入っています。

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参勤交代は、ここから500mほど離れた御船蔵から軍艦で大阪へ向かったそうなので、そこへ行ってみました。道が判らず、一寸迷いました。

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萩往還歩きはここで終了です。11時15分でした。

急ぎ防府駅に戻って12時19分の列車で広島に向かいます。時間が無いのでお昼は駅の立ち食いそばです(笑)

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萩往還2日目

2017年11月10日(金)

今日は防府駅前のホテルが予約してあるので、そこまで歩きたいところですが、秋の日は暮れるのも早く、途中でバスに乗る予定です。

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日南瀬へ向かうバスが7時02分しか無いので、6時15分に朝食を準備してもらいました。林屋の女将さんは萩往還歩きに理解があるので、臨機応変に対応してくれます。有難いです。

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7時12分に日南瀬に着いて歩き始めます。県道62号線です。

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7時半に上長瀬の一里塚跡です。

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一里塚跡から県道を30分、夏木原キャンプ場です。萩往還の交流施設としても運営されているようですが、人影はありません。

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そこから13分の登りで国境の碑でした。長門の国と周防の国の境のようです。8時20分頃です。

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そこで道路工事で切り取られた向かい側へ行くため下って登ります。8時半頃板堂峠に着きました。ここで萩市から山口市に入ったわけですね。

10分ほど下ると、こんな案内図がありました。

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ここから一の坂の下りに入るようですね。

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15分ほど下ると一の坂一里塚跡です。更に15分ほど下って9時02分、一の坂御立場跡に着きました。ここは素晴らしい跡地で、私も初めて見ました。大名行列の休憩には、この程度の休憩施設は必要なんだなと納得です。

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ここはまた、六軒茶屋跡とも呼ばれています。私も15分ほど休憩して、9時17分に出発しました。

下って行くと山口市の天花(てんげ)という優雅な名前の地域になります。西京都と謳われた山内氏の栄華が偲ばれます。

その上天花登り口へ9時40分に降りてきました。前の断面図からいくと、これから厳しい登りは無いようですね。

10時に一の坂ダムに降りてきました。山口市が遠望できます。

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更に30分下ると毛利家墓所のある瑠璃光寺への入り口に来ました。

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萩市で毛利家墓所を2箇所見ています。奇数と偶数の藩主が祀られていました。ではここは何なんだと見学する必要があります。

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説明によると、ここには13代~15代の藩主とその家族が祀られているようでした。それと、ここの墓は土饅頭なの特徴です。

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時間は10時50分で早いのですが、朝も早かったので、ここで昼食にしました。持ってきた非常食をここで片づけました。

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11時10分に出発しました。11時半頃大内氏館跡の付近へ来ました。毛利氏の遺跡ばかりだったので、その前の大内氏の遺跡も見学しないと片手落ちでしょう。

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5分ほどで出てきました。この付近は哲学者の西田幾太郎が寄宿していた家もあります。12時に山口駅前を通過しました。

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鰐石の踏切を渡り、鰐石橋を渡って行くのが萩往還です。

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淡々と歩いて12時42分に氷上橋を渡りました。

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30分ほど歩くと中国自動車道の山口ICです。複雑な道ですが案内通りに越えて行きます。

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越えてすぐ柊神社というのがあり、一休みさせてもらいました。13時23分です。長州藩主の姫君が再興した神社で、婦人病に効くということで、お参りが多いそうです。

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13時40分に出発、長閑な里道を快適にあるきます。

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14時04分、泰雲寺入口です。

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30分歩いて14時35分禅昌寺入り口です。

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当初はこの辺りで今日の歩きを終わろうと思っていました。でも林家さんのお蔭で出発時間が早かった。

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もう少し歩けそうなので考えてみる。ホテルまでは後10キロ弱だけど、途中に佐波隧道を越える。標高は200m程度だが一寸嫌。その手前の洞道北口のバス停なら、2キロも無いので簡単に行けそう。後はバス停で考えようと。

国道沿いの街路樹が夕日に照らされて奇麗です。

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街道は洞道北口の手前で国道に出て、広い国道を渡って自転車道を少し歩いてバス停に出ました。これではここで止めるにしても、また交差点まで引き返して渡らねばなりません。

ここは隧道を越えることにしました。15時10分です。

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道は舗装されていて10分ほどの登りでした。郡境の石碑や明治天皇旧跡などがありました。

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そこから下りです。

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12分ほどで国道を陸橋で渡ると上勝坂のバス停です。さらに少し歩いて15時46分に勝坂のバス停に着き、今日はここまでとしました。

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夕食は駅付近のスーパーでお惣菜を買ってきて済ませました。

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2017年11月16日 (木)

萩往還初日

2017年11月9日~11日の2泊3日で萩往還を歩いてきました。

萩往還は山口県を萩から防府まで、つまり日本海側から瀬戸内海側へ縦断する街道です。

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長州藩のお殿様毛利氏が参勤交代などの場合、居城の有った萩から山口を通り、船着場のあった防府へ来て、そこから船で大阪へ向かったようです。

幕末には薩長連合を進めるため坂本龍馬や勤王の志士達も往来した道だったと思います。

萩の城跡公園から出発した場合、佐々並までが20キロ、山口駅付近までが37キロ、防府駅付近で56キロ、終点の三田尻御船蔵跡までで59キロといったところです。

初日は佐々並の林家旅館を予約しています。

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朝7時20分頃宿を出ました。

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参勤交代の行列は、まず中の総門を出て御成道を通り、札場で右折して萩往還に入ったでしょう。

中の総門です。

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御成道は現在商店街のアーケードを通ります。

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唐樋札場跡です。7時50分でした。

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20分ほど萩駅方面へ直進すると左手に金谷天満宮があります。筑前の太宰府天満宮を勧請しています。またここは城下町の出入り口である大木戸があったそうです。

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5分で萩駅で、ここを左折します。

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萩駅から10分弱で旧道に入ります。この辺が迷いますが、よく探すと道標があります。

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入ってしまえば一本道で、迷うことは有りません。10分ほど歩くと大屋の辺りで橋を渡ります。

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渡って10分ほどで涙松遺跡と吉田松陰の歌碑があります。ここを過ぎると城下が見えなくなるので涙した松があったそうです。8時47分です。

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9時頃枷坂(かせがさか)一里塚に着きました。東海道や中山道の一里塚は土盛りですが、ここは石積みなのが珍しいですね。

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更に10分ほどで石の地蔵さんがありますが、ここは昔刑場があったそうで、日本で初めて女性の死体を解剖した場所でもあり、その供養の地蔵さんだそうです。

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そこで車道に出ると、そこは道の駅萩往還です。地下道で反対側に渡ります。9時10分で15分ほど休憩しました。

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出て、ガサゴソと灌木を潜り、10分で枷坂の駕籠立場、更に5分で鹿背隧道を潜った所に出ます。

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石畳を歩き、烏帽子岩を見て、小さな小川を石橋で渡ると開けた場所に出ます。萩から8キロほど、明木川の堤防に入ります。9時53分でした。

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堤防を8分歩くとお地蔵さんがあります。

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すぐに道路の下を潜ると明木橋と吉田松陰の説明があります。

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10時20分頃、明木橋を渡って明木の集落に入りました。ここは明木市(いち)と言って、宿場町だったそうです。

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乳母の茶屋は現代の交流施設でした。10時半頃、案内に従って左折、一升谷に入ります。ここから4キロほど、だらだらと登りが続きます。元気をつけるため煎り豆を食べながら登ると、ちょう峠に着くまでに一升食べるからだそうです。

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案内から1時間、11時半頃8合目半辺りで街道は右に分かれます。ここから一寸上り坂が急になりました。

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10分一寸で峠です。標高は346mと読めます。

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2.3分下ると集落が見えたので、降る前に昼食にしました。20分ほどで昼食は終わって、12時08分出発しました。

道路の下を潜り25分ほど歩くと東屋があり、その傍に展望台がありました。

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12時40分に国道です。

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12時47分国道から離れます。落合の石畳の上を歩きます。13時また国道と合流、また7分で分かれます。また石畳があります。

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13時18分、石橋を渡り、千持峠に向かいます。
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峠と言っても小さな峠で、10分で着きます。ここを下ると佐々並です。10分一寸下ると佐々並の集落が見えてきました。

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佐々並川を渡って林家旅館に着いたのは13時50分でした。店も閉まっていたので、お向かいの交流施設に荷物を預け、もう少し歩いておくことにします。

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佐々並も佐々並市と言って宿場町で、街並み保存地区になっているようです。

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国道に向けて登って行くと一里塚跡がありました。
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14時に国道と合流し、しばらく国道を歩きます。14時20分に大迫口バス停を通過、23分に右に分かれました。でもすぐに国道に戻って中の作のバス停が14時35分でした。

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ここを左折して街道に入ります。5分で休憩所があり、その傍に日南瀬(ひなたせ)の首切り地蔵さんがあります。

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14時45分、県道にでました。

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ここより先は歩いてもバス停から遠ざかるばかりなので、ここで終わりました。国道に引き返して、バスで佐々並に帰りました。

林屋旅館さんは豆腐料理屋を兼ねていて、値段もリーズナブル、食事も美味しくて、お勧めの宿ですね。

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2017年10月21日 (土)

竹内街道後半

2017年10月20日(金)
前回8月7日に竹内街道を1泊2日で歩きに行きましたが、天候悪く1日で諦めました。
今回その後半を歩きに行きました。下図の古市から堺までの16~17キロです。
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ただ今回も秋雨前線の合間を縫って綱渡りです。
10時11分に古市駅で大阪のOさんと落ち合って出発しました。
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駅を出てすぐ大通りで左折、すぐ日本武尊陵の案内があるので、そこを入ります。
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この辺りの古墳群は世界遺産に申請しているそうですが、全く古墳というか天皇陵などが一杯ですね。日本武尊は三重県の能褒野で亡くなった後、魂が大鳳に乗って舞い上がり、何所かを経由してここ古市に来たという伝説がありますね。
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一寸道迷いなどしながら道案内にも助けられて、街道を辿っていきます。
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最後に県道31号線の手前で石灯籠と案内で左折してからは、道なりに進めばよくなりました。この辺で10時53分でした。
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そこから30分、羽曳野市の西の入り口に緑の一里塚がありました。
緑の一里塚は2013年が竹内街道開設1400年になるのを記念して整備されたとか。
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11時半過ぎで時間一寸早いですが、雨が降ってきたので、雨宿りかねて昼食にしました。
3日前に開店したばかりだったそうです。
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12時10分に店を出て、阪和自動車道の下を潜ります。街道は県道31号線になり、大阪中央環状線に並行して進みます。
所々に竹内街道の案内があるので、安心して歩けます。
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45分位あるくと左手に大きなため池があり環状線沿いの建物が見られます。
すぐに右手が大泉緑地公園になり、13時10分頃環状線を渡りました。
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渡って7~8分で金岡神社です。日本画の元祖、巨勢金岡を祀ります。
この付近に難波大道が難波宮から直線的に付けられ、ここから竹内街道で飛鳥京へ行ったと伝えられます。
上の図で金岡神社の上方に大和川今池遺跡とありますが、そこで大道の跡が見つかっています。
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神社から道を間違ったりしながら、40分ほどで中央環状線に入り、更に10分弱歩くと、左前方に仁徳天皇陵の緑が見えてきます。
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街道が環状線から離れて5分ほど歩くと、西高野街道との分岐があります。
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高野女人堂へ十三里の古そうな石標もあります。
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分岐から5分で南海高野線の踏切を渡ると、すぐに堺市役所があります。
この庁舎の最上階にある展望所に行くと、360度の大展望と聞いていたので行ってみました。
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結果的に大満足の眺望と施設でした。
仁徳天皇陵方面です。
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あべのハルカス方面です。
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喫茶室で休憩もして、45分ほど休憩して、出てきたのは15時10分でした。
阪神高速の下を潜って、大小路駅方面に進みます。
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15時30分に大小路駅に着きました。当初、もう少し歩いて南海電車の堺駅から難波に出るつもりでしたが、気が変わって、初めて乗る阪堺電車にしました。
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南海電車が15分で難波に着くのに対して、阪堺電車は30分以上掛かって天王寺です。
でもこの沿線は住吉大社など熊野参詣道の道筋なので懐かしいです。
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まあ、良い時間になって、難波で反省会は欠かせませんね(笑)。
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2017年10月13日 (金)

自転車で馬飼大橋へ

2017年10月12日(木)
明日から1週間、雨が降りそうということで、久しぶりに自転車に乗りました。尾張大橋を渡って左折、イオンで昼食のお握りを買います。
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9時50分にイオンを出発、なんとなく左折して、またなんとなく右折しました(笑)。
生け垣がきれいな緑の小道だったので。
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この道に入ったのは10時07分頃ですが、この後、ひたすら、この細道を北上しました。
この辺り、旧立田村と思いますが蓮根の産地です。
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出発して1時間、養老山脈の北側に伊吹山が見えてきました。雲の中ですが。
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11時15分頃、ずっと右手近くを流れていた木曾川用水にぶつかりました。
これに沿って行けば馬飼大橋の筈です。
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11時25分、馬飼大橋に出ました。
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大橋を渡って堤防を左折します。
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河川敷に公園ができていました。桜堤なんとか公園です。
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その近くに、木曽三川明治の回収説明があります。薩摩義士とも関連して、話は長くなるので止めましょう。
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公園で昼食にしました。11時55分。
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昼食後、木曽川と長良川の中堤に入ります。12時15分です。
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すぐ東海大橋の下を潜ります。ここまでを桜堤と言うようです。
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大橋から15分で、グライダーの飛行場があります。
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2分で渡し場跡です。
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すぐ傍が、今度は模型飛行機の飛行場です。
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この辺りの木曽川右岸にはケレップ水制群があります。要するに水の勢いを弱めて、堤防を守ります。
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この辺りは堤防を挟んで、東が木曽川、西が長良川です。
そして木曽川に無数の水鳥が居ますが、長良川には全く居ません。何故でしょう?
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やはり、ケレップ水制の性で流れが穏やかな性でしょうか?
木曽三川公園です。13時15分。
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船頭平閘門は小さな運河です。今日は小学生が一杯来ていました。
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今日は43キロほど走ったのですが、情けないことに、太もも内側の筋肉が、ぴくぴく痙攣しかかっていました。歳の性だし、日頃から使わないとだめですね。

2017年10月10日 (火)

中山道 木曽福島宿~塩尻その2

2017年10月8日(日)
中山道歩き2日目です。今日は奈良井宿から塩尻まで24~25キロの予定。もう峠は無いので、余裕はあります。
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7時50分に宿を出ました。午後3時頃には塩尻駅に着くでしょうか。
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湧水豊富なので水を汲んでいきます。
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5分で奈良井駅です。
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駅から20分で木曽平沢の街に入ります。漆器の街です。
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8時45分頃道の駅に着きました。でも開館は9時からです。トイレ休憩だけで出発しました。
コンビニを過ぎて、しばらく国道歩きです。5分ほどで渡って旧道に入ります。
黄色いフネツリソウがきれいでした。
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また国道に合流し、3分ほどで桃岡の信号があります。右に入ると一里塚跡です。
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そのまま進むと素戔嗚尊神社があり、すぐ地道の旧道です。 5分でまた国道に合流します。9時半です。
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その辺りから旧中山道は無くなっているので、10分ほど国道を歩いて、陸橋で線路を渡って贄川宿へ入ります。
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贄川宿を10分ほどで通り過ぎた辺りに、関所跡の資料館があります。
担当の小母さんが親切な人で、下の休憩所で休んでいけと言ってくれました。
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10分ほど休憩して国道に戻ります。その手前の橋はメロディ橋ですが、一寸壊れていました。
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5分で贄川駅ですが、足を痛めているKさんが、ここで一時リタイア。次の日出塩駅で再開することにしました。
10時17分頃、自然歩道の案内がありますが、それはパスして5~6分先の道を左に登って旧道に入ります。旧道は国道に並行して続いています。
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旧道は国道とつかず離れず30分ほど続きます。
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国道に戻って15分ほど、11時前には桜沢で、明治天皇旧跡があります。
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この辺りで国道を渡り、右に登って行く旧道があるはずですが、案内がありません。
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適当に見当をつけて山道に入りました。入口に馬頭観音があります。
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間違っていないようでした。
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10分弱でまた国道に降りてきます。
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降りた向かい側が是より南木曾路の碑です。この2回国道を横断するのが危ないので、国道沿いの歩道を歩かせる方針のようですね。
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石碑から3分少々歩くと初期中山道の分岐があります。中山道が出来た当時は、塩尻は通らず、ここから諏訪へ向かったそうです。
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11時41分、日出塩駅でKさんと再会しました。痛みも少し和らいだようです。
日出塩駅から15分ほど歩くと本山宿です。
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その本山宿の外れに 「そば切発祥の地」という案内があり、そこに本山そばの里という店があります。最近、えらい評判だそうで、この日も満員でした。
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30分ほど順番待ちして、ようやく店に入り、ビールが出てきたのは12時42分でした。
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それから、店員さんが我々のそばの注文を調理場に通していなかったトラブルもあり、食べ終わっって出発したのは1時間後の13時40分をまわっていました。
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蕎麦は美味かったけど、出発は1時間近く遅れました。
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蕎麦屋さんから50分近くで洗馬駅です。ここは日本海からの塩の道である仁科街道、善光寺道、中山道が合流する交通の要衝ですね。
写真は善光寺道との分去れです。
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一寸左に入ってから右に登るのが旧道です。
この辺りからは、いよいよ北アルプスの山々も見えてきそうです。
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この辺り、国道の両側もブドウ畑が多くなってきます。
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最北端の銅鐸が見つかった平出遺跡の案内があります。14時45分です。
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15分で平出遺跡方面に右折します。正面は美しヶ原ですね。
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平出遺跡にも一寸寄ってみました。15時15分頃です。
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大休止の後、平出遺跡の信号から、塩尻駅の西口に向かいました。20分ほどで着きます。
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駅の居酒屋さんで最後の宴会いや反省会を行いました(笑)。
お疲れ様でした。
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中山道 木曽福島宿~塩尻その1

2017年10月7日(土)
山歩会仲間との中山道歩き最終回です。
今回は1泊2日で木曽福島から塩尻まで45キロほどを歩きます。
この辺りからは木曽義仲が育った所で、巴御前などの史跡も多い所です。
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今回は木曽路フリー切符というグループ切符を使いました。
この切符にはタクシー券4千円分とお土産券2千円分が付いています。
車内で検討の結果、タクシーで宮ノ越駅まで8キロほどを行く。その節約した時間でいろいろな史跡や施設を見学しようと。
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木曽福島にはいろいろ見所はありますが、見学は関所跡にしました。
江戸時代の4大関所で、谷底の町と言われる木曽福島の地形を生かした重要な関所です。
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次い宮の越駅へ向かいました。途中、原野駅付近に義仲を養育した中原兼遠の墓がある林昌寺がありますが、パスしました。
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宮ノ越駅の近くに義仲館があります。義仲の生涯を描いた絵画や資料がいろいろ展示されています。
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倶利伽羅峠の合戦の図ですね。
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次にすぐ近くの義仲の菩提寺、徳音寺へ行きました。義仲の御霊屋と巴御前
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義仲の墓があります。巴御前や今井兼平などの墓も並んでいます。
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見学を終えて、中山道歩きをスタートしたのが10時50分でした。
21キロの予定が14キロになり、1時間ほど予定より早くなりました。
実は今日の行程が、最後に鳥居峠を越えて奈良井宿に着くので、短い秋の日で、暗くなると嫌だなと思っていました。でも1時間早くなったので、もう安心です。
20分ほどで巴淵に到着しました。巴御前は、ここに住む竜の化身だったと言われています。一寸早いですが昼食休憩にしました。
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11時40分に出発しました。10分ほどでコンビニがあり、その前が山吹トンネルです。
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トンネル歩きは嫌なので、通行止めの旧国道を歩きました。
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10分一寸で国道に戻り、15分ほど歩くと吉田の洞門の手前に来ました。
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自然歩道の道案内では洞門を避けて廻り道することになっています。
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でも皇女和宮の一行がここを通ったとき、洞門を高巻く道を、何日も何日も通るのが対岸の村から見えたと伝わっています。つまり、旧中山道は洞門の上を通っていたわけです。
その道を探すことにしました。
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でもその道は草に覆われ廃道のようでした。已む得ず諦めて、それでも旧道に近い洞門の横道を行くことにしました。 道探しで15分ほどロスしましたが、1時間短縮しているので余裕です(笑)。
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洞門から30分ほどの国道歩きで、藪原宿への入り口です。上高地方面の案内です。
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線路を潜るとすぐにD51の展示があります。一里塚跡です。
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藪原宿に入って行きます。ここはお六櫛の名産地です。結構高いそうです。
女の命ですから、細かくて強い良いものが必要なんですね。
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ここの酒屋さんでお土産券で地酒を買いました。
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その一寸先の 造り酒屋さんの前で右折して鳥居峠の登りに入ります。 13時30分を一寸過ぎていました。
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線路を潜って左折、線路に沿って歩いて行くと、自然に鳥居峠の道に導かれます。
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15分ほど町中の急坂を登ると車道と交差し、ここからは森の中の登りになります。
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10分ほど森の中を歩くと、熊避けの鐘があり、ここからは急な登りになります。14時。
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測候所経由は止めて20分ほど登ると、丸山公園への案内があります。
その道のすぐ上が東屋の展望台です。藪原宿を望む絶景です。
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さらにすぐ上が旧鳥居峠です。14時30分です。
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更に10分で御嶽神社です。
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そこから 現在の鳥居峠で峰の茶屋までは素晴らしいトチの木の群落です。
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14時52分、峰の茶屋跡に到着し、15分休憩しました。この辺りから雨が激しく降ってきました。
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雨は降っていますが、後は下り2キロで奈良井宿に着きます。全員、元気に峠道を降りました。
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15時48分、無事に奈良井宿入口の鎮神社に到着しました。
この季節、もう1時間遅いと薄暗くなるので、この時間到着は必要かもしれませんね。
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奈良井宿はやはり観光地で、他の宿場には見られない観光客が大勢います。
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16時過ぎ、宿の端のほうにある民宿に到着しました。お疲れ様でした。
藪原で買った地酒とEさんが持ってきてくれたワインが今夜の楽しみです。
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民宿には外人さんも泊まっていました。
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明日への英気を養うため、宴会は最良の薬ですね。
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明日も頑張りましょう。
 

2017年9月 4日 (月)

中山道 須原宿~木曽福島宿

2017年9月3日
山歩会の仲間と中山道を歩いてきました。須原駅から木曽福島駅まで、21キロほどです。
途中、浦島伝説で有名な寝覚ノ床を通ります。
Kiso1
須原駅到着は10時38分です。せめて後1時間早く着きたいのですが、そのためには7時の特急に乗る必要があります。中津川発の9時台の電車が無いのです。
Kiso2
駅前から国道に下った所に一里塚跡があります。10時48分です。
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ここから国道歩きと思っていましたが、右上の日陰のある歩道を10分ほど歩けて幸せでした。
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国道を20分ほど歩くと歩道は反対側に移ります。15分ほど歩くと上松町に入りました。
川向うには発電所があります。
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すぐに国道の右手にコンビニや食堂がありました。
その先に信号でまた国道を渡って右側に移ります。7~8分歩いて川を渡った所で、右に国道を離れて旧道に入りました。3分ほど歩くと左の細い道を引き返すように登りますが、道標を見落としやすい場所です。
Dscn4208
そこから庚申塔や空木岳への登山口の案内を見ながら10分ほどで線路を潜ると、倉本駅があります。
Kiso3
ここで12時を過ぎたので駅舎で昼食弁当にしました。
20分ほどで出発して、10分ほど歩くと、また歩道は反対に移り、少し旧道に入ります。
ここは立町で立場の有った所だそうです。民家に屋号が掛かっていました。
Dscn4220
信号でまた国道を横断し、 3分歩くと木曽古道入口です。今日は入りません。
そこから15分、萩原で右の脇道へ。すぐ国道に出た所が一里塚跡です。
Dscn4229 右折して10分ほど国道を登ると小野の滝です。ここは木曽八景の一つだそうです。
Dscn4232涼しい風に吹かれて一寸休憩。 13時20分頃出発しました。
すぐに右折して、街道は線路の下を潜って、向こう側に移ります。
Kiso4 線路を潜ってから12、3分川上へ登ると橋があります。欄干に国道19号線と刻まれていました。以前はこちらを通っていたのですね。
Dscn4235 渡ってすぐ街道は右に坂を登りますが、その付近に猿の群れが居ました。
Dscn4239 登って5分も歩くと右手に中央アルプスの稜線が見えます。木曽駒・宝剣の辺りでしょうか。
Dscn4243 13時45分、大きな桂の木があります。以前、木曽古道を歩いたときは、ここに下って来たと思います。
Dscn4247 すぐそば左側に古い民家が2軒有ります。その間の道を200m下ると寝覚ノ床の景勝があります。
Dscn4248先は急ぐのですが、折角なので見に行きました。200円の拝観料を臨川禅寺というお寺に払って、上から眺めるだけにしました。
Dscn4254一寸休憩もして、元の街道に復帰したのは14時05分でした。
今日の行程は、丁度この辺りで半分です。
関取御嶽海は上松町の出身だそうで、あちこちに幟があります。
Dscn4259 25分ほどで上松駅の前を通過しました。そして6分、上松宿北の入り口です。
Dscn4263ここからまた国道歩きが始まるのですが、現在は川向うに新しい19号ができていました。
Dscn4266それで以前は歩道が無くて困った国道歩きが、殆ど車も通らない快適な国道歩きになっていました。
Dscn4267 その国道を20分弱歩くと、木曽の桟があります。
Kiso5でも桟を見るには対岸からでないと見えません。
Dscn4269 桟から10分で坂を登りますが、その登り始めに沓掛の一里塚跡があります。
Dscn4274 さらに沓掛の馬頭観音と書かれた道標を過ぎ、道の駅を眼下に見ながら20分ほど歩くと御嶽遥拝所があります。でも今日は雲に隠れています。
Dscn4278 15時44分国道に出て、信号で国道を渡ります。
10分ほど歩くと木曽福島市街への道が左に分かれます。
Dscn4283これまでもこの道を歩いていたのですが、間違いのようです。
中山道の案内が判り難いのですが、次の青線が旧中山道のようです。
Kiso7 それでも今回は、割に近い道を歩いたので、新しい発見もありました。
Dscn4291 16時20分に木曽福島駅に到着、16時30分の特急で中津川に向かいました。
Dscn4292実は木曾福島で反省会の積りでしたが、帰りの特急がすべて満席でした。
それで中津川まで行けば、後は普通でも快速でも本数が多いということで、反省会場を中津川に移したのでした(笑)。
Dscn4293お疲れ様でした。

2017年8月31日 (木)

西穂山荘から上高地へ

2017年8月30日(水)
夜中1時半頃、すごい雨音で目が覚める。
6時の朝食後どうするか考える。独標までの道はそう悪くないが、直前の100mほどは岩場で要注意です。この雨では行くのは危険です。7時頃から回復の予想なので、1時間半後には止んでいると思われます。でも滑るし、景色も見えないだろうということで中止することに。
じっと山小屋に居てもしょうがないので、予定どうり7時に雨具を着けて上高地へ下ることに。
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標高差860mの下りで、コースタイムは2時間半です。
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10分一寸下ると焼岳への分岐です。
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今朝がたの豪雨で道はぬかるみ急斜面は滑って怖いです。
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黙々と下る急斜面のなぐさねは可憐な花だけです。
なんとかシャジンかな。
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9時17分にようやく登山口にたどり着きました。
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独標を往復して、山荘で中華そばを食べて、昼過ぎに上高地へ降りてくるつもりでしたが、
3時間も早く着いてしまいました。
4時半のバスまで、何をして過ごそうか悩むところです。
梓川の清流と六百山かな
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ウエストンのレリーフ
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平日ですが、やはり上高地、観光客は多いです。
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岳沢です。穂高の山頂は残念ながら見えません。
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そのうちに、小梨平のキャンプ場でBBQができることを思い出しました。お風呂もあります。早速受付でBBQセットを借り、売店で肉や焼きそばを買って調理することにしました。これで時間は相当潰せます(笑)。
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1時過ぎまで飲んで食べて、それから風呂に浸かりました。
2時頃には前穂の吊り尾根が見えてきました。
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ぼちぼち神輿をあげてバスターミナルに向かいました。
インフォメーションセンターでナイロンザイル事件の展示会をやっていました。
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4時半のバスは名古屋直通で便利ですね。9時前には到着しました。
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雨で景色は見えなかったけど、お蔭で上高地でBBQという新しい楽しみも体験できました。
皆さん、お疲れ様でした。

西穂独標ロープウエー登山

2017年8月29日(火)
山歩会の仲間3人と新穂高ロープウエーを利用して北アルプスの景色を見に行きました。
最近、麓から登るのは辛くなってきたので、今後は文明の利器を使いながら登ることにします。
朝7時45分、名古屋駅発のバスで高山へ、そこから新穂高温泉にまたバスに乗ります。
10時40分のバスに乗りました。外人さんが多いですね。
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12時25分頃到着、すぐロープウエーに乗ります。
ロープウエーは2台を乗り継いで 20分ほどで、西穂高口駅 2156mに着きます。
途中、右手後方の岩峰が錫杖岳2163mです。
Dscn4047
屋上展望台からは笠ヶ岳、抜戸岳が西側正面ですが、雲で見えません。
北側、はる遠くには槍ヶ岳も見えるそうですが、これも見えません。
東側の西穂高の稜線だけが見えました。右端に西穂山荘も見えます。
Dscn4053
今日は西穂山荘まで登って一泊。明日は西穂高岳手前の独標 2701mを往復して上高地へ下る予定です。
西穂高口駅から西穂山荘までは標高差で300mほどの登り、コースタイムで1時間半です。
Nisiho2
明日は山荘から独標まで往復しますが、その先西穂高岳までは中級の道で、岩場が連続します。最近、歳と共にバランスが悪くなっているし、粘りも利かないので、独標で引き返します。景色はたいして変わりませんから(笑)。
13時18分に出発しました。すぐに槍ヶ岳を開山した播隆上人の碑がありました。
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20分ほど歩くと前方右手に山荘が見えました。まだ先だなあ。
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この道は50年前に2回ほど来て、最近では10年以上前にスノーシューで来ています。
夏道の思い出は全く無くなっています。
 
歩きだして1時間15分、傾斜が緩やかになった頃、西穂山荘に到着しました。
14時32分でした。
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明日は天気が崩れそうで展望は望めそうにない。今日も良くないが少しは見える。
まだ時間も早いので、丸山辺りまで行ってみようかと、チェックインの後に出かけてみた。
最初がひどい急登です。
10分も登れば展望が開けます。でも雲に覆われかけていました。
大正池方面。
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徳本峠から大滝山方面の稜線だろうか?
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丸山の手前で雲に覆われ、寒くなってきたので、引き返すことにしました。
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山荘の食事は6時で、5時までは食堂を自由に使ってくださいというので、一寸一杯。
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今日はシーズンも終わりに近いし、ウイークデーなので、そんなに混んでいません。
布団も1枚に一人でゆったりしています。
夕食の献立も美味しいです。
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食後別館で熱燗を一杯飲んで、8時半には就寝しました。
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