2019年2月15日 (金)

奈良街道

熊野古道で街道歩きに目覚めてほぼ20年、紀伊半島から出発して各地に足を延ばしています。地元三重県の街道はほぼ歩いたかなと調べてみたら、「奈良街道」というのが歩いていなかった。三重県の街道はこちら。
Nara06 伊勢の国から大和へ向かう街道は3本。東海道関宿の西の追分から分かれる大和街道、これは「かぶと越え奈良道」と呼ばれた。松阪の六軒で伊勢街道から分かれる奈良街道、これは「伊賀越え奈良道」と言われた。この2本は伊賀上野で合流して奈良へ向かった。
他に初瀬街道。これは大和の南側へ進み、長谷寺を経て桜井で伊勢本街道と結ばれる。
伊賀城主であった藤堂高虎が、大阪滅亡の頃、津城を改修して入場すると、伊賀と津の往来が激しくなり、奈良街道を凌ぐようになった。そして津から伊賀までの街道が伊賀街道となり、奈良街道は図の赤線部分16キロほどに名前が残るだけとなった。
2019年2月13日(水)
9時17分にJR六軒駅に降り立ちました。
Dscn8873 ここから月本追分までは2キロほど北です。六軒駅から南へ少し行くと、初瀬街道との追分があります。
Nara01 駅から東へ5分も歩くと伊勢街道に合流します。左折してすぐ常夜燈があります。
Dscn8875 この辺りを最初に歩いたのは2002年のことです。その後1回自転車で来たかな。
Dscn8876 最近、中勢バイパスが出来て、この辺りの風景も一変しました。
途中、所々、要所に道標が有ったりするのは、さすがに伊勢街道ですね。
Dscn8880 この辺りは北海道の名付け親「松浦武四郎」の生家があります。
Dscn8883 9時48分、月本追分に到着しました。ここを左折して、奈良街道に入ります。
Dscn8884 反対側の道標は伊勢街道でも随一の大きさだそうです。
Dscn8886 初瀬街道や奈良街道が分岐する六軒は、茶屋や煮売り屋などが立ち並び、往時は非常に賑やかだったそうです。
JRの月本踏切を9時55分頃渡りました。中勢バイパスを潜ったのが10時10分頃です。
木質バイオマス熱利用協同組合とかがありました。
Dscn8891 予想以上に車も走るので、一寸横道に入ったりして、再度街道に復帰したら神社があり、そこで服を1枚脱いで衣服調整しました。馬頭観音さまの前です。
Dscn8895 雲津川を大正橋で渡ると住友電装の工場でした。近鉄の車窓からはいつも見ています。
Dscn8899
Nara02
工場の周囲をぐるっと回り込むと物部神社があります。須佐之男命をお祀りしているようです。一寸お参りしました。10時50分頃です。
Dscn8902 近鉄に沿って歩いていると、付近はすべてキャベツ畑です。久居キャベツのブランドらしいです。
Dscn8906 線路を渡り、久居の街へ入って行きます。久居の街中の街道は、曲がりくねって、地図が無いと辿るのは無理ですが、所々道標はあります。
Dscn8912ただ近鉄桃園駅近くの道標は見当たりませんでした。
中心部に入ってきて、個人の家の庭に道標がありました。
Dscn8917 そこを左折して本町通りを右折しました。ここもバスが有るようでした。
Dscn8920 野辺野神社の近くに靴博物館とか下駄博物館があると、古い資料に書いてあったので、探してみましたが、今は単なる靴修理屋さんと下駄屋さんでした。
Dscn8922 時間も12時になり、昼食を食べようと、辺りをぐるりと一周しました。本町通りにレストランがあり入りました。
Dscn8927 伊勢屋定食600円を頼みましたが、ボリュームたっぷりのお得なメニューでした。
Dscn8926 ゆっくり休憩して12時40分に店を出ました。
近くに子午の鐘という文化財があるので探したが、見つかりませんでした。
でも少し歩くと、新しい道標に子午の鐘と案内されていたので、どこかに有ったのですね。
Dscn8930 伊勢自動車道の久居ICの近くに来ました。近くに久居藩陣屋跡があるらしいのですが、はっきりしないので探すのを止めました。
Dscn8932 そもそも久居藩というのは津藩32万石から藤堂高虎の孫の時代に5万石を分割してできたそうです。まあ、津藩の一部みたいな藩だったようです。
例の資料に味噌博物館と書かれた味噌屋さんがありました。立派な店ですが博物館とは書かれていませんでした。
Dscn8936 すぐ近くの集会所に、常夜燈や道標がありました。13時半頃です。
Dscn8942 道が二つに分かれて、街道は右で、国道165号線を渡ります。この辺りに久居藩博物館があるはずだったのですが、これも見当たりませんでした。今日の私は、一寸おかしいのかもしれません(笑)。
Nara03 道はまあ、なんとなく街道の面影があります。
Dscn8944 14時04分、山田池の傍を通過しました。この辺までは登りで、一寸疲れました。
Dscn8946 山田池から少しで下りになり、15分ほどで前方が開けました。川は雲出川の支流、伊賀街道の長野峠方面から来る長野川のようです。
Dscn8949 14時28分、長野川を渡ってくる稲初橋の袂に大きな道標がありました。
右七栗左久居と刻まれています。
Dscn8952 右折して10分ほど一寸登ると公民館が有り、そこにも常夜燈がありました。
Dscn8956 そこから10分、田圃の中の道を歩くと茶屋の道標がありました。14時47分です。
ここが過っての伊賀街道との合流点です。
Dscn8958 1786年に伊賀の油仲買人によって建立されたそうです。
Dscn8960 この辺りは五百野(いおの)と言うらしいのですが、旅籠もあって賑わったそうです。
古くは鎌倉時代に東大寺本堂再建の僧が、江戸時代には伊能忠敬が泊まったとの記録もあるそうです。
このすぐ近くの国道163号線が現代の伊が街道で、津駅からのバスがはしっています。
1時間に1本ですが助かります。近くのファミマで買った缶ビールでバスを待ちました。
Dscn8967 お疲れ様でした。
 

2019年1月27日 (日)

伊勢別街道の三重四国

伊勢別街道は過去2回歩いている。と言っても、新しい方で16年前の2003年2月なので、記憶は無くなっている。
下図を見てください。江戸から東海道を上ってきた旅人は、図の右上、四日市の日永追分で伊勢街道と東海道に分かれます。弥次さん喜多さんもここから伊勢街道で伊勢参りに行きました。
Isebetu05逆に京から下ってきた旅人は、日永追分まで行って伊勢街道に入ると遠回りなので、関宿の東の追分からショートカットして津へ向かったのです。伊勢街道とは江戸橋の袂で合流しました。この関宿から江戸橋まで20キロ一寸の道を伊勢別街道と呼んでいます。
途中は楠原、椋本、窪田の3ヶ所に宿場がありました。
その街道沿いに、三重四国のお寺が4ヶ所あるので、その参拝がてら街道を歩きました。
2019年1月25日(金)
9時14分にJR関駅に着きました。ここからJR西日本で無人駅です。
Dscn8072ここから国道1号線を横断して、200mほど北に歩けば旧東海道です。
Isebetu01そこを右折して東の追分に向かいます。
Dscn8076 関宿は電線も地中化され、宿場町の風情を残しています。東西2キロ弱の宿場町の半分ほど歩くと東の追分です。
Dscn8079 この鳥居は伊勢神宮の式年遷宮の際、宇治橋の鳥居を貰うのだそうです。もう一つは桑名の七里に渡しに来るそうです。ここからが伊勢別街道です。
鳥居を潜って街道に入りました。9時33分でした。
勧進橋で鈴鹿川を渡ると、すぐ県道10号線と別れて左折します。県道10号線は現代の伊勢別街道です。その角に「鈴鹿駅舎跡」というのがあります。「すずかのうまや」と読みます。大化改新後、全国に置かれた駅「うまや」だそうです。
Dscn8088 名阪国道の下を潜ると関ドライブインです。バス旅行の帰りには、必ず最後に寄るドライブインです。
Dscn8093鈴鹿カントリーや石山観音への道を右に見て、5~6分歩くと左手に荒神塚があります。
Dscn8097  そこで県道と右に分かれると楠原宿です。
Dscn8099 風情ある街なみです。
Dscn8102 15分弱歩くと再度県道に合流します。
Dscn8104 県道を2~3分歩くとすぐまた左に分かれるのが街道です。楠原から林という集落に入るようです。10時25分。
Dscn8110 10分ほど歩くと、旧明村役場庁舎という建物がありました。今は芸濃町資料館になっています。
Dscn8112 ここで右折して椋本へ向かうのですが、一寸間違えて直進しました。
普門寺という、これも真言宗の立派なお寺の辺で、おばさんに道を尋ねて引き換えしました。旧庁舎の角を曲がって南へ直進します。
県道を横切る所に石灯籠があります。
Dscn8117 横切って直進し、横山池と言う大きな貯水池にぶつかって左折します。11時です。
Isebetu02
池の周りを半周して椋本宿に入った所に60番の東日寺がありました。
Dscn8126 残念ながら、住職は御不在で、御朱印は自分で押しました。
Dscn8128 椋本はムクの巨木が有名です。一寸見に行きました。樹齢1500年以上と言う天然記念物です。
Dscn8136 近くの曲がり角に自然石の道標があり、左さんぐう道、右榊原と刻まれています。
Dscn8142 鍵の手の、もう一方の角に、今でも営業されているのか、旅館角屋さんがあります。
Dscn8145 角屋さんから25分ほど歩くと、芸濃ICの手前にイオンタウンや多くの店があります。
その内の1軒で中華食堂に入りました。12時10分過ぎです。
こういうお店は安くてボリュームが売り物ですね。すっかり満腹です。
Dscn8156 12時45分に店を出て、芸濃ICの前を通って、県道を15分ほど歩くと 高野尾で、街道は左に分かれます。
Dscn8159 次に県道と合流するまで30分ほど淡々と街道を歩きます。
Dscn8166 合流して10分一寸で街道はまた左に分かれます。
Isebetu03_2 街道はここから窪田宿へ入って行くのですが、61番の千福寺は街道から一寸離れているので、そちらへ向かいました。図の青線が街道です。
Dscn8172 ここも御朱印はご自由にと言うスタイルでした。三重県における真言宗のお寺は、檀家寺は少ないので、常時納経を受け付けているお寺は少ないですね。
Dscn8173 街道に復帰して少し歩くと明治天皇小休所がありました。明治天皇は本当に全国津々浦々を訪れていますね。
Dscn8178 62番仲福寺はすぐ近くの街道沿いです。
Dscn8182 ここは納経所はちゃんと表示してありましたが、係の方は不在でした。
Dscn8185 63番専蔵院は近くですが、一寸街道から離れて志登茂川の向こうです。
ここは地元の方に道を訊くと、申し訳なさそうに「住職が無くなって後継者が居ない。津の観音さんにお世話願っています。御朱印もそちらで受けてください。」と言われました。
Dscn8191 取り敢えず参詣して納経しました。
Dscn8192 街道に引き返して高田本山に来ました。
Dscn8197 ㎉おこは真宗のお寺で、伊勢の国では圧倒的な力を誇ります。八十八ヶ所のお寺の多くが檀家が無いのはここの信者が多い性です。実は我家も高田派です(笑)。
Dscn8200 伊勢別街道に戻りました。JRの線路手前を左折して、江戸橋方面に向かいます。
Dscn8205 高田本山から30分ほどで近鉄の踏切を渡ります。
Isebetu04_2 近鉄江戸橋駅を一寸通り過ぎた辺りで、伊勢街道と合流し、そこに大きな常夜灯があります。でも今、江戸橋は工事中で通行止めのようでした。
Dscn8215 15時57分の到着でした。お疲れ様。

2018年12月 9日 (日)

三重 八風街道

先日、巡見街道をポタリングしたとき、八風街道と巡見道の交差点というのが有った。そう言えば八風街道は地元なのに歩いていないなと思い、今回歩いてきた。
八風街道とは三重県の桑名と四日市の中間、富田を出て鈴鹿山脈の八風峠を越え、滋賀県の中山道武佐宿へ繋がる道らしい。
Happu00八風峠は街道歩きと言うより、山歩きとしては何年か前に行っている。亡くなった我家の愛犬みーちゃんを連れて登ったこともある。峠の鳥居とか麓の射撃場ぐらいしか記憶には無いが。
滋賀県側の道は歩いたことは無い。行くとすると単独では帰りの交通の便が無いので、一寸難しいかも。永源寺まで歩けばバスが有りそうですが。
ともかく今回は、富田から田光まで20キロほどを歩くことにした。
2018年12月7日(金)
JR関西線の富田駅に8時15分頃降りました。降りたのは初めてかもしれない。
Happu01 東口に出ると、目の前がイオンモールでした。
Dscn6880 東洋紡の赤レンガ倉庫の傍を通って、海運橋西詰に向かいました。
Dscn6882昔の運河に架かる平治郎橋の手前を左折、運河沿いに歩きます。運河は親水公園になっていました。
Dscn6888 8時36分、海運橋西詰に到着。何故かここが八風街道の起点だそうです。八風街道も正式には八風道と言うそうです。
Dscn6892 ここから北上を開始しました。
Dscn6893 3分も歩くと道は左に分かれます。
Dscn6894入ってすぐの公園は八風公園でした。一寸うれしくなります。
Dscn6895 突き当りを左折して、今度は阿弥陀堂の角を右折します。
Dscn6896 近鉄の踏切を渡ると田村寺というお寺が有りました。坂上田村麻呂ゆかりの寺とか。 
三重四国八十八箇所五番霊場だそうです。そう言えば、四国巡礼と知多四国は参ったけど、三重四国は廻ってないな。
Dscn6901そのすぐ先が旧東海道との交差点です。八風道は東海道と中山道を繋ぐ道なのですね。
Dscn6903すぐ渡るJRの踏切は八風踏切です。
Dscn6906 渡ってしばらく歩くと県道に出会い左折して斜め左の道に入ります。国道1号線の北勢バイパスを渡ると右手の一寸細道に入ります。
Dscn6910この辺り大矢知と言ってそーめんの産地です。
突き当たって左折し、すぐ右折する角に道標があります。
Dscn6911右折するとすぐ三岐鉄道の大矢知駅がありました。9時24分でした。
Dscn6915 道なりに20分一寸進むと、今度は平津駅です。
Dscn6921 駅にサイクリングマップがあり、八風街道も一応載っています。
Dscn6922 街道は東名阪の下を潜り、朝明川に沿って進みます。
しばらくすると暁学園前駅が見えてきます。
Dscn6928 街道は三岐鉄道に接し、朝明川と鉄道に挟まれて進みます。
Dscn6931 次の目印は山城駅です。
Happu02 10時37分、山城駅です。歩き始めて2時間ですね。
Dscn6935そのすぐ先に急な石段の桜神社がありました。

Dscn6938 街道はここで三岐鉄道の踏切を渡り、以後鉄道からは離れて行きます。
この踏切は仕事や遊びなどで数えきれないほど車では通っています。
でも歩いて渡るのは初めてです。
Dscn6940 街道はマックスバリューを左に見ながら、少し県道64号線を歩いた後、右に折れてあさけが丘団地に入って行きます。
Dscn6941 10分ほど団地の中を進むと神明社跡というのが有りました。
Dscn6942そのすぐ先の五差路に神崎の常夜灯があります。ここは江戸時代、結構重要な交通の要衝だったようです。
Dscn6946ここに八風道の説明がありました。
Dscn6945 右前方の細い道を入って行くと、CKDの工場前に出ます。旧街道は工場の中を通っていたようです。工場の外側を歩き左折すると旧道が出てきます。
Dscn6951 少し行くと新名神高速道路の工事現場でした。来年3月に間に合いそうです。
Dscn6953 下を潜って6~7分道なりに歩くと墓地になりました。この辺に北向き地蔵があり、信仰を集めていたと聞いていたのですが、見つかりませんでした。
Dscn6956 11時半頃、角に専照寺のある県道14号線を渡りました。
Dscn6957 ここからいばらくは適当なランドマークが無く、田圃の中を進むので、正しく街道を辿っているか不安でした。遠く八風峠を眺めながら歩きました。
Dscn6960 12時頃、上条公会所というのがありました。公民館みたいなものでしょうか。
Dscn6964そこのフェンスに八風道の案内があり、間違っていないと安堵します。
Dscn6965 そこから3分で道は県道626号線と合流しますが、そこに天然石の道標があります。
Dscn6967 街道はすぐ県道と分かれ右に進みます。時間も昼時ですが、適当な食事場所はありません。西信寺というお寺がありますが、一寸休憩には適さないようです。
Dscn6971街道からは外れますが、1キロ強西の方、竹成に五百羅漢があります。何度か車では訪れているので、そこまで歩いて行くことにしました。
Happu03
12時38分に到着しました。
Dscn6983 ここは正式には太平山松樹院という真言宗のお寺で、木造大日如来が祀られています。
しかし、その境内にある五百羅漢で有名です。
Dscn6974その裏側にベンチがあるので、そこで昼食にしました。
Dscn6980 1時過ぎに出発し、街道を目指します。
Dscn6987ところで、目指す田光は、ここから約4キロ、1時間ほどで着くでしょう。
交通の便は悪く、最寄りの鉄道の駅は三岐鉄道の梅戸井がちかいですが、6キロ1時間半は掛かります。三交バスが四日市に行っていますが、15時11分までありません。
歩くかバス待ちか考えて、バス待ちにしました。その待ち時間1時間用の飲み物をコンビニで買うことにしました(笑)。
Dscn6988 街道に復帰し、八風橋を渡ってすぐ右折します。
Dscn6989 朝明川の支流、田光川の手前に早川酒造という酒蔵がありました。直売所でもあれば買おうと思ったのですが、無いようでした。
Dscn6993川の手前を左折していくと朝明中学がありました。
Dscn6995国道306号線に出る直前に左の道と合流しますが、そこに道標がありました。
左くわな、右とみたと刻まれているようです。
Dscn6997 国道を渡り、次の道が、先生5日前に来た巡見道との交差点です。手前に呉服屋さんが兼業するカフェがありました。居酒屋なら入っていたのですが(笑)。
Dscn7002この田光は、桑名藩の領地であったり天領であったりしたそうです。天領の時は近江の信楽代官所の管轄だったそうです。なので八風峠は普通に役人や商人が往来したのでしょうね。
Dscn70042時04分の到着で、バスは1時間7分後です。先日は急いでいたので行けなかった多比鹿神社にお参りすることにしました。
Dscn7012 なかなか由緒ありそうな立派な神社でした。
Dscn7011その境内をお借りして、さきほどコンビニで買ったお神酒を頂くことにしました。
Dscn7016 お蔭で、ゆったりとした時間を過ごせ、無事元気に帰宅しました。































































































































































































































 

2018年12月 4日 (火)

三重県 巡見道後半

地図を再掲します。
Jun05_3 商店街が湯の山街道に出た所に、良さそうな中華食堂が有ったので、そこに入りました。
上海焼きそばを注文しました。
Dscn6833エビ、イカ、キクラゲなど具は豊富で美味しく、しかもボリュームたっぷりで、なかなか良い食堂でした。13時頃店を出ました。亀山駅まで後22~23キロといったところでしょうか。
湯の山街道を少し行って、宿野中という信号で右折しました。登り坂になり、306号に合流して、ゴルフ場に挟まれて進みます。
Dscn6836ゴルフ場を抜けた所で306を左に離れますが、これが旧306号線だったようです。
Jun06
今は車も滅多に通らない、静かなお猿の天国です。
Dscn6837 しばらく坂道が続き、自転車を押して歩きます。
Dscn6838 20分ほど掛かって、一旦国道に出ました。
Dscn6842桜町西の交差点を渡ると、すぐまた左に分かれました。そしてまた国道に復帰すると、そこはもう茶畑でした。水沢茶ですね。13時42分です。
Dscn6843 そこからしばらくは国道を走ります。
Jun07歩道が無い箇所が殆どで、付近をゆっくり眺める余裕も無く、30分ほど走りました。
ようやく鈴鹿インター近くの交差点に来ました。椿神社の案内があります。
Dscn6845ここからは過ってゴルフ場によく来た道なので覚えがあります。
すぐ右へ旧道に入ります。菅原神社の辺りは、なんとなく風情があります。
Dscn6849 この辺りは鈴峰、中日、鈴鹿の森など、ゴルフ場が密集しています。
Jun08
所々に常夜灯があり、かすかに街道の名残ですね。
Dscn6852 14時半頃、東名阪の下を潜りました。
Dscn6853 原四ツ辻の交差点を左折し、すぐ右の細道へ入って行くのが巡見道です。
Dscn6854 こういう細道には街道の面影が残っています。
Dscn6856一寸道に迷いながらも 安楽橋に向かいます。
Jun09一寸左に有る能褒野神社は日本武尊ゆかりの神社で、来たことがあります。
14時53分、安楽橋を渡ります。
Dscn6859このまま306号を進めば4キロほどで亀山市街に入ります。でも巡見道は渡るとすぐ右折して、みずがきが丘の裾を廻って行きます。
Dscn6862 ここで残念ながら道を見失ってしまいました。多分、細い山道で、舗装されていない道だったかもしれません。ともかくこの丘を越えないと亀山市街には着けないので、坂を登ることにしました。
Dscn6864坂を登り切ると一面の茶畑でした。亀山茶ですね。15時26分です。
Dscn6866 振り返ると鈴鹿の山々です。 
Dscn6869 15時36分、亀山バイパスの下を潜ります。
Dscn6870最後の坂を登れば亀山市街です。
Jun10 坂を登り切るとマックスバリューがあり、目安になります。
Dscn6871 15時45分、ようやく東海道へ到着しました。ここが巡見道の起点です。
Dscn6872 今日2番目の巡見道の史跡です。
Dscn6873 ここからは東海道を亀山駅方面に走りました。
Dscn6874 亀山駅到着は15時55分でした。5時間位で走れるかなと思っていたのですが、7時間近く掛かってしまいました。
Dscn6876お疲れ様。
Dscn6878    
 

2018年12月 3日 (月)

三重 巡見道前半

江戸時代、巡見使という制度が有った。三代将軍家光のとき始められ、以後将軍の代替わりごとに、諸国の政情や民情の査察を行った。
なので巡見道は全国各地にあるのでしょう。三重県では東海道亀山宿を出て、菰野、藤原を通って滋賀県へ、そして中山道へと繋がったそうです。
Kame 今回は三岐鉄道西藤原駅から亀山まで50キロ弱を自転車で辿ってみました。
2018年12月2日(日)
近鉄富田駅で三岐鉄道に乗り換えます。日曜日なので空いていて自転車も気兼ねせず持ち込めます。
Dscn67599時に終点の西藤原駅に到着しました。
Dscn6761 ここは鈴鹿山脈の藤原岳の登山口なので、10人ほどの登山者が降りて行きました。
でも巡見道を歩こうというような人は居ないようです(笑)。
Jun01調べてみると巡見道は非常に複雑で細かく曲がりくねって居ます。これは歩いても正確に辿ることは難しそうで、まして自転車では無理かなと思えます。
でも50キロ近くの距離は歩きでは無理なので、間違い覚悟で自転車にしました。
なお地図の赤線は私が辿った道、青線は正しそうな巡見道です。
駅を出るとすぐに、桜と紅葉の庭がありました。八幡神社です。
Dscn6765 西野尻駅を過ぎると、道は複雑に曲がります。先ほどの八幡神社参道の入り口があり、鳥居の間に藤原岳がきれいです。
Dscn6772 東海自然歩道にもなっているこの付近、なんとなく街道の面影もあります。
Dscn6774 9時53分、東藤原駅の踏切を渡りました。一寸スローペースですね。
Dscn6778 御厨神社、西教寺の前を通って明源寺にさしかかり、一寸境内に入って菩提樹の説明を見ていると、住職さんに呼び止められました。
本堂に入っていろいろ説明を受けました。昔ここに東禅寺という寺があり、織田信長に寄り焼き討ちされ滅びた。その後に信徒に寄り再建されたのが現在の明源寺だと。
Dscn6786その東禅寺がこの辺りの地名になっています。
菩提樹はブッダが悟りを開いた時、そばに有った樹ですが、明源寺の菩提樹は特に立派です。
Dscn6785 10時15分頃、明源寺を出ました。その後一寸道間違いもしながら北勢町東村へ入りました。
Jun02 10時半頃伊勢治田駅近くの踏切を渡りました。治田は「はった」と読みます。
Dscn6790 藤原岳と竜ヶ岳、その間に有るのが治田峠です。確か、秀吉の伊勢攻略の一軍は、治田峠を越えて伊勢に入りました。
Dscn6792 青川を越えると大安町丹生川です。丹生は水銀なので、この辺りも水銀が採れたのでしょう。鴨神社の楠は織田信長が馬を繋いだと言われています。
Dscn6793 この辺りで国道306号線を渡るのですが、道が判らず適当に渡りました。
そこになんと大きな道路元標がありました。何故、こんな所にこんなものがあるのでしょう。
Dscn6796ともかく街道に復帰し、国道421号線を渡って南下します。
Jun03 11時15分頃、大きなため池の堤防付近を通りました。兎上神社というのが奥にあるようです。
Dscn6799一寸国道に接してすぐまた右に離れます。すると西行庵という案内がありました。
西行、この辺も来たのでしょうか。
Dscn6800 11時20分頃、福王神社の近くでしょうか、福王山というバス停がある五叉路みたいな交差点にでましたが、上手く道を見つけました。
Dscn6803田光川を渡った所に多比鹿神社の鳥居が有りました。
Dscn6812そしてそこが、八風街道と巡見道の交差点で、田光の高札場跡でした。
今回の行程の中で、初めて見た巡見道の史跡ですね。11時35分頃です。
Dscn6813 道は一旦国道に出て、すぐまた離れます。
Jun04_2
すぐ熊野神社の案内がありました。熊野と言う字にはすぐ反応します。
Dscn6817
しばらく国道を走ると「草里野」という三叉路があり、大きな石灯籠があります。
ここで巡見道は国道から離れ、右に分かれます。
Dscn6821そして朝明川を六郷橋で渡ります。12時一寸前です。鈴鹿山脈の景色も、御在所山や鎌が岳に変わってきました。
Dscn6824 そのまましばらく走りますが、変な曲りが無いので安心して走れます。
空腹ですが、食堂も無いので、菰野まで我慢です。
Jun05_2 12時15分頃、工事中の新名神の下を潜りました。来年3月完成予定だそうですが、東名阪の渋滞解消のため、その日が待たれますね。
Dscn6826_3 国道306を渡り、今度は三滝川を渡ります。そして湯の山街道を渡って、菰野の商店街で左折しました。そろそろ食堂を探そうと思います。12時28分です。
Dscn6832 後半へ続きます。









































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































12時15分頃、工事中の新名神の下を潜りました。来年3月完成予想だそうで、東名阪の渋滞解消に、その日が待たれます。
Dscn6826国道306号を横断し、街道は潤田に入ります。変電所を越え、三滝川を渡ります。
御在所の麓に新名神が見えています。
Dscn6829
 

2018年11月25日 (日)

飛騨街道後半2日目

2018年11月21日(水)
今日は上麻生から美濃太田まで18キロの行程なので、朝食も7時半とゆっくりです。
Hida04 それと普通列車は7時8分の次は9時5分まで無いのです。と言うことで、8時半過ぎに宿を出ました。駅への吊り橋は土木遺産だそうです。
Dscn6590 9時17分に上麻生駅を出発しました。
Ota01 飛騨街道に入ります。
Dscn6594 すぐ国道41号線と合流します。9時40分頃、国道左側の道の駅ロックガーデンに着きました。休憩にはまだ早いので、一寸見学だけ。この辺りも飛水峡です。
Dscn6598隣の博物館に「日本最古の石発見」とありましたが、意味が良く解りません。
道の駅から10分ほどで左の旧道に入りました。
Dscn6601 すぐまた国道に出ますが、出口付近に珍しく道標がありました。
Dscn6605 そのまま国道を横断して旧道に入ります。 10分ほど歩くと川辺町に入りました。
Dscn6609 3分でまた国道を横断します。10時8分です。気持ちのいい道です。
Dscn6612 この辺りは飛騨川に沿っています。
Dscn6614 10時26分、下麻生の交差点で、また国道を渡ります。
Dscn6620 近くに蔵元があるらしく、試飲・酒蔵見学できますと書いてあります。心惹かれますが通り過ぎました。
Dscn6621 JRの踏切を渡り、10時40分頃、下麻生の駅前に着きました。ここで一寸休憩しました。
Dscn6626実は、駅を越えてから、一寸ややこしい道を先達の人が歩いているのです。
Ota02その道が旧飛騨街道かどうかの確証は無いのですが、私もその道をたどってみました。
Dscn6627 15分位辿ってまた元の街道に戻ってきました。そこに何やら石碑がありました。
Dscn6631 11時18分、神明社を通過。
Dscn6636 JR高山線を渡り、国道41号線の下を潜ります。すぐまた広い道路を横断しますが、県道371号線通称益田街道です。11時36分。
Dscn6642ここからも一寸ややこしい道をたどります。すぐに太部古天神社という謂れありそうな神社がありました。道も追分になっています。
Dscn6643 すぐ近くに酒蔵です。
Dscn6645 酒蔵から2・3回曲がって15分ほど歩いた所に栃井神社がありました。説明に木の根橋という面白い話が書かれていました。
Dscn6652Dscn6651 また神社の名前の栃は、飛騨街道に栃の大木が生えていたからという説明があるので、この道が旧飛騨街道なのは確かなようです。
街道は県道371号線につかず離れず進みます。
Dscn6654 常夜灯も街道の名残としましょうか。
Dscn6658 12時半頃、東海環状の下を潜って県道に合流しました。
Ota03県道は飛騨川に沿って南下します。
Dscn6661 12時40分、森山北の交差点です。街道はここから斜めに県道を離れますが、そちらへ行くと食堂も無さそうなので、予め調べていた県道沿いの食堂に向かいました。
Dscn6666台湾料理の店でランチです。
Dscn6671750円ですが、量が多くて食べられません(笑)。
Dscn6670 40分位休んで、13時25分頃出発しました。次の交差点で県道を渡って、街道に復帰しました。
Dscn6673
5分も歩くと古井駅前を通過する。「こび」と読むのかもしれない。
Dscn6675 10分一寸歩くと道が広くなって街道の面影が無くなってしまう。
Dscn6678この辺り先達は左に入ってくねくねと歩いている。私も入って見たが、確証も無くまた大通りへ戻ってきた。国道248号線の下を潜ると、古井(こび)神社への道がも右に分かれる。
Dscn6682旧飛騨街道は真っ直ぐ中山道との追分に向かったような気もするが、確証は無い。
Dscn6684
せっかくなので古井神社にお参りして、その参道を通って街道に復帰しました。
Dscn6693 復帰して3分、島町交差点は地下道で渡ります。次の大きな交差点に斜めに入ってきますが、ここは国道21号線で中山道です。14時20分です。
Dscn6696_3すなわちここが飛騨街道追分で、ここが飛騨街道の起点です。私の飛騨街道の旅も無事終わりました。国道を渡ると中山道です。
Dscn6698 美濃太田駅へ向かう道筋には、こんな案内もありました。
Dscn6700 途中のスーパーで買い物などして、15時頃美濃太田駅に到着しました。
Dscn6705おわり。































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































2018年11月24日 (土)

飛騨街道後半1日目

2018年11月20日(火)
飛騨金山から美濃太田までは48キロほどです。途中、白川までが18キロ、白川から美濃太田が30キロです。
Hida03 調べてみると白川口から12キロほどの上麻生付近に宿がありませんでした。
で、今日白川口まで18キロ、あす30キロにしても良かったのですが、最終日はのんびりしたいので、今日上麻生まで30キロ歩いて、JRで白川口まで引き返すことにしました。
なので、今日は一寸早く7時15分頃宿を出ました。

Sirakawa01 宿を出るとすぐ国道41号線ですが、ここは横断します。
Dscn6470朝歩きだしてすぐに車の往来頻繁な国道歩きは嫌なので、落ち着いた旧道歩きは助かります。でもすぐに国道歩きです。
Dscn6473 8時10風頃白川町に入りました。
Dscn6478 白川町に入って20分、対岸へ渡る橋があります。飛騨街道は川の右岸だったかもしれませんが、国道工事で面影は無く、危険な道を歩くより、対岸の静かな道を歩く方が楽しいので、橋を渡って左岸を歩くことにしました。
Dscn6479
10分ほどで下油井駅です。
Dscn6485下油井駅から少し行くと、また国道に帰る橋が有りますが、今度は渡らず、そのまま左岸を歩くことにしました。
Sirakawa02 実は左岸には地形図に野原城址と書かれていたので、城があったなら古くからの道だろうと思っていたのも左岸を選ぶ理由でした。
JRの線路に沿った静かな道です。街道歩きの醍醐味ですね。
Dscn6489 9時10分頃名倉ダムを通過。
Dscn6494 野原の集落に入り、農家の方に道を訊くと、ここはウオーキングコースになっていて、野原城址は見晴らしが良いので、是非行ってみてくださいと言うことでした。
Dscn6504坂を登り切った所に野原城址の案内がありました。9時半です。
Dscn6507 案内から2分で野原城址です。鎌倉時代の築城だそうです。
Dscn6511 眼下に飛騨川を望む絶景です。城の館そのものは、もう一寸麓にあったのでしょうね。
Dscn6516 城跡から10分一寸下ると茶畑になりました。白川茶ですかね。茶畑が飛騨川に落ち込んでいくのはなかなかの風景です。
Dscn6519 茶畑から30分、10時20分頃、JRの線路を渡りました。
Dscn6530そこに道の駅があり、10分ほど休憩しました。
Dscn6531_2
道の駅を出た後は、一寸国道に出ますが、飛騨川を渡る橋の手前で国道から離れ、そのまま左岸を歩くつもりでした。でも道が無くなっていて、結局橋を渡りました。
Dscn6533この辺りの飛騨街道は国道を離れて山の中腹に有ったようです。地図の赤い線です。
くねくねと七曲りと書いた辺りが、唯一心残りな旧道ですね。
国道を歩いていると「七曲」という喫茶店がありました。旧道の七曲りを採っていると思います。
Dscn6535 ぐるっと大回りして、再度左岸へ渡れる橋が出てきました。11時10分頃、橋を渡って再度左岸に来ました。
Dscn6539 ここから白川は1時間弱でしょう。
Sirakawa03でもなんと言うこと、また通行止めの看板です。
Dscn6543引き返して近所の農家の奥さんに状況を訊きました。
自分は通ったことないから解らないが、歩きなら行けるんじゃないかとのこと。
歩いてみると、多少の落石は有ったものの、楽しいウオーキングができました。
Dscn6548 40分ほどで白川側の通行止めを通過しました。
Dscn6549 12時4分に白川の河俣神社に着きました。
Dscn6555今夜の宿はすぐ近くのはずですが、取り敢えずバス停のベンチをお借りして、弁当を頂きました。
食後、宿の成田屋さんを探して、荷物を預けました。午後の12キロは空身で歩けるので助かります。
12時半頃に、橋を渡って左岸に入ってきた国道と合流しました。
Dscn6559また国道歩きになるのが嫌なので、逆に右岸に歩ける道は無いかと調べましたが無い様でした。ここから6キロほど先の橋までは国道歩きを覚悟しました。
Dscn6560 歩道の無い国道歩きが始まりました。
Sirakawa04 13時頃、ダムを通過。
Dscn6565 そのすぐ先、13時08分に、天心白菊の塔というのがありました。
Dscn6567 昭和43年の飛騨川バス事故の慰霊碑でした。100人以上の犠牲者を出した事故はこの付近だったのですね。
13時30分頃、トンネルがあり、ここを右に回り込めば、対岸へ渡る橋があります。
でもその道は封鎖されていました。
Dscn6575あきらめてトンネルを潜りました。潜ると引き返す道はありましたが、次の橋まで歩くことにしました。
Dscn6576すぐに旧道があり、左に入りました。
Dscn6577旧道の出口に良さそうな豆腐屋さんがあり、心惹かれましたが、まだ歩くのでやめました。
Dscn6579 そこから5分、13時55分に橋を渡りました。
Dscn6580 ここからは右岸の落ち着いた道になります。
P_20181120_140003 この辺りは飛水峡と言って景勝地です。
P_20181120_135437
橋から30分ほどで小さな集落。勝でしょうか。
P_20181120_142509
JRの線路が出てくると、目的の上麻生駅は近いはずです。14時54分。
P_20181120_145447 15時17分、上麻生の集落に入ってきましたが、橋が工事中。
幸い歩行者はOKでした。
P_20181120_151756 15時27分、上麻生の駅へ到着しました。55分の列車に充分間に合いました。
P_20181120_152739 駅前にSLの展示がありました。
P_20181120_154610 16時17分に白川口駅に帰ってきました。
P_20181120_161749 白川の街をぐるっと一回りして、16時45分に今夜の宿成田屋さんにもどってきました。
P_20181120_164519 成田屋さんの夕食は併設の居酒屋さんです。
Dscn6584 今日は30キロ歩いたので、明日はゆっくり9時の列車で出発です。
 

2018年11月23日 (金)

飛騨街道で中山道へ2

2018年11月19日(月)
今日の行程は26キロほどです。
Hida02 昨日コンビニで買った親子丼を食べて、7時27分、宿を出ました。
7時35分に六見橋から街道に入りました。
Kanayana01_2 雨を覚悟した天気予報でしたが、なんとか曇り位で済みそうな天気です。
Dscn6242 六見橋から30分、一寸興味惹かれる石標がありましたが、先を急ぐので通過。
Dscn6250すぐ先に 小ヶ野トンネルというのがありますが、近所の人に旧道を訊きましたが、無いという。それでトンネルを歩きましたが、一寸軽率でした。
Dscn6251Dscn6253探せばきっと有ったと思います。取り敢えず、トンネルを潜って しまいました。8時22分。
Dscn6254 そこから10分で三原橋、国道は川を渡ります。でもここは旧道だと右をとりました。
Dscn6259 本来こういう道は、危険なら通行止め案内がありますが、それも無いので大丈夫でしょう。
良い感じの道です。
Dscn6260途中、ゲートがありましたが開いていました。
Dscn6262 15分位歩くと、いろいろ土砂崩れなど出てきました。これは通行止め級だなと思いながら通りました。
Dscn6269 20分で反対側のバリケードに出ました。ここは閉まっています。
Dscn6270すぐ東屋の休憩所があり、5分ほど休憩しました。そこから2分で七里橋、再度国道に合流しました。9時03分です。
Dscn6276この辺り、中山七里と言って景勝地で紅葉もきれいです。でも国道に歩道が無く、街道歩きには難所です。
Dscn6277 道路工事も難所だったと見えて、○○洞門とか言って、崖淵の箇所があります。
Kanayama02でもその箇所は歩道が着けられ、景色も良くて、ほっとします。釣鐘洞門です。
Dscn6284 結局、1時間半は洞門以外歩道は無く、緊張のウオーキングになります。
対岸のJR高山線も厳しい線路を走っています。
Dscn6300 10時半過ぎ、中山七里の名所の一つ、屏風岩の下を通ります。
Dscn6312この辺りは明治大正に入っても断崖道路で、幅1.5mしかなく、車も通れない難所だったそうです。大正6年、ようやく篠田兄弟が手掘りで4.5mのトンネルを掘り、解消したのだそうです。門原トンネルです。今は使われていません。
Dscn6315 ここ保井戸宿は中山七里を街道に開いた小右衛門という人物が金森氏から与えられた問屋の役目を江戸時代を通じて務めた土地だそうです。10時43分。
Dscn6316 また国道に戻って、30分ほど歩くと、次の名勝地羅漢岩です。
Kanayama03十六羅漢さんが並んでいるように見えるのですね。
Dscn6334 羅漢岩からは歩道の有って助かりました。10分歩くと右手に瀬戸発電所があります。
その3分後に、これも中山七里の名所、孝子池があります。紅葉もきれいな公園です。
Dscn6338 時刻も11時23分、この辺でお握りを食べようかと思いましたが、近くに大きな猿が居たので、お握りを盗られるといけないのでやめました(笑)。
10分ほど歩くと瀬戸の集落で、焼石駅への橋が掛かっています。
Dscn6346飛騨街道は、このまま飛騨川の右岸を行くようですが、東山道飛騨支路は対岸の焼石へ下ってきます。興味も有ったので橋を渡りました。
11時45分にJR焼石駅。ここのベンチを借りて昼食休憩にしました。
Dscn6352 30分ほど休憩して出発、次の中原大橋でまた飛騨川を渡りました。
Dscn6356 10分弱で三渕洞門です。更に30分、淡々と国道を歩くと金山町中切に入ります。
Dscn6368 そこは下原ダムです。
Dscn6371 ここからも、中切洞門、地蔵野洞門と難所が続きます。
Kanayama04 Dscn6384地蔵野洞門は工事中で、堂々と車道を歩けました(笑)。
Dscn6386 地蔵野洞門を過ぎると、甌穴群という名所がありました。多分、小石が流れで回転して穴を穿つんだと思います。
Dscn6389 14時頃、左に旧道が分かれました。入って行くと、一寸左下の川近くに、何やら看板が見えます。街道ダイバー特有の勘で、降りて行きました。
Dscn6395やはりそうでした。でも遺跡は何もありません。当然ですが(笑)。
Dscn6396近くに番所跡もありました。
14時16分、再度国道にでました。すると益田街道以前の船橋、船を繋いで川を渡った、の跡がありました。
続いて、江戸時代の筏検査場跡もたいののがありました。14時半頃です。
いろいろありますね。
そしていよいよ金山の街に近づいてきます。14時38分、国道から左に分かれる旧道らしきものが現れました。
Dscn6415金山市街ももう近いでしょう。
Kanayama05 3分も歩くと小学校があり、そこが金森氏の陣屋跡だそうです。
Dscn6417街道の風情残る街並みを、また3分歩くと、加藤素毛記念館というのがありました。
知りませんでしたが、幕末の日米修好通商条約締結のためアメリカに渡り、そのままヨーロッパを廻って、日本人として初めて世界一周をした人だそうです。
Dscn6419 14時55分、最後のトンネルを左に巻きます。
Dscn6427そして大船渡ダムを越えて馬瀬川を渡ります。
Dscn6434するともうそこは金山宿です。 飛騨の地酒「奥飛騨」の酒蔵を左折します。
Dscn6436 ここにはまだ宿場の面影が残ります。
Dscn6440 馬瀬川から5分、15時09分に、街道筋の宿「清水屋」さんに到着しました。
Dscn6445夕食にはまだ早いので、金山宿の散策に出かけました。
最近、金山では「筋骨めぐり」というのを売り出しています。
Dscn6447 それは本当に道幅1mにも満たない路地裏を歩きまわるのです。
よくこんなものを観光の目玉にしたなと驚くばかりです。
Dscn6709まあそれでも、話の種に行ってみました。大雨の水害で、いろいろ破壊されていましたが。
Dscn6449水場が有ったり。
Dscn6455 石段が有ったり。
Dscn6458 頭もつかえます。
Dscn6459廻ると切りないので打ち切りました。
清水家さんは部屋食なので、気兼ねなくお酒も持ち込んで、明日に備えました(笑)。
Dscn6465明日は30キロ歩くつもりです。



 
 
 

飛騨街道で中山道へ

今年5月、日本海側の富山から越中街道で高山まで歩きました。いわゆる鰤街道です。
そして10月末、今度は高山から飛騨萩原まで、東山道飛騨支路を歩きました。
Zenこの道を延長すると、飛騨街道は美濃太田で中山道と合流します。そうすれば、北国街道と中山道が繋がるわけで、一寸満足です(笑)。
ということで出かけました。
2018年11月18日(日)
11時40分頃、飛騨萩原の駅に着きました。
今日は下呂までの12キロほどで、軽い行程です。
Hida01 萩原駅のすぐ近くに諏訪城址、諏訪神社があります。 諏訪神社の歴史は古く14世紀にさかのぼる。諏訪城は16世紀飛騨城主となった金森長近の城です。
飛騨街道を歩くとき、至る所で金森長近の名をききます。戦国大名ではなく、領内の交通や治山治水に苦労する領主の顔が見えてきます。
Dscn6081 飛騨街道に入って、そこからスタートです。12時です。
Gero01萩原宿の出口(入口)です。
Dscn6087 国道41号線に出て、すぐ旧道が左に分かれます。
Dscn6090 20分ほどで旧道は終わり、また国道歩きです。今回の行程は国道41号線に沿って歩きますが、国道に歩道が有るか無いかで、大きく違います。歩道の無い国道歩きは、危険だし避けたいものです。
Dscn6095 今回の楽しみの一つは禅昌寺です。何十年か前に行ったことがあるような無いような、その程度の記憶です。
禅昌寺駅下のバス停があったので、付近の細い道を適当に左折して登りました。そしてすぐ禅昌寺駅でした。
Dscn6098 禅昌寺到着は13時04分です。
Dscn6106禅昌寺は中国風の建築、金森氏が造った庭園、樹齢1200年の大杉などで有名です。
Dscn6114 10分ほどで慌ただしく見物して後にしました。
Gero02国道に出て1キロ弱歩くと東上田発電所があります。
Dscn6126ここを左折して登って行くのが街道だそうです。東上田というのは何か謂れもあるのでしょいか、こんなウオーキングマップが中ほどに有りました。
Dscn6135なかでも気になったのが、この益田街道跡です。国道に出る直前にありました。
Dscn6141 見に行きましたが、勿論何もないと言えば何もないです(笑)。
Dscn6145 下呂トンネル手前の国道に降りてきます。勿論街道歩きはトンネルに入らず、右へ巻いて行きます。14時10分頃です。
Dscn614914時25分、下呂の町に入ってきました。
Dscn6152
この辺りは本来、湯ノ島宿と呼ばれたそうです。
足湯があちこちにあります。
Dscn6158 この辺中心部でしょうか、下呂駅近くの下呂大橋に着いたのは14時48分でした。
飛騨萩原駅から3時間でした。
Dscn6166 そのまま進むと、古そうな道標が。
Dscn6168塚田の渡しとかで飛騨川を渡ったようですね。今は渡しの代わりに六見橋を渡って左折します。
Dscn6178今日の行程はここまでで、六見橋を渡って右折し、下呂駅近くのゲストハウスに泊まります。ゲローバル ホステルといいます。
Dscn6181_2宿の若いオーナーさんの薦めで、今日が最後と言う温泉寺の紅葉ライトアップを見に行きました。なかなか良かったですね。
Dscn6192
Dscn6209
Dscn6224宿に帰って一杯飲みました。今日は外人さんと二人だけのようです。
Dscn6235 明日は飛騨金山へ行きます。

2018年11月 4日 (日)

位山官道2日目

2018年11月1日(木)
早朝の高山駅です。真光さんの建物が霞んでいます。
Dscn5714 久々野駅からタクシーで2020円、昨日の分岐へ着きました。7時40分頃です。
Hida05 すぐに元民宿です。向かいの石塔は真光さんの施設です。
Dscn5716 すぐに位山峠通行止めの看板がありましたが、完全なバリケードではありません。
当然、歩行者は問題なく進みます。紅葉がきれいです。
Dscn5718 旧98号線が並行して走っていたようです。本来そちらが街道に近いですかね。
Dscn5722 歩くこと50分弱、アララギ湖(久々野防災ダム)が見えてきました。
Dscn5725 上に登ると、一寸した公園になっています。
Dscn5732その辺りが高山市と下呂市の境界になっていますが、そこに通行止めのバリケードがありました。知らん顔で通り抜けようとするとガードマンが出てきました。ここから先は通行止めですという。
Dscn5734jpgc「歩行者は良いと聞いて来たんですが」「駄目です全面通行禁止です」「私は石畳の旧道を行くので、工事個所は通りませんが」「今日は発破の作業車も入っていて、全面通行禁止です」てなことを言い合って「では位山峠まではせめて行きたいし、そこで工事関係者の人に聞いて、駄目なら引き返してきます」ということで、なんとか通してもらった。
Hida06 15分ほど歩くとミズバショウの群生地があった。当然季節外れですが。
Dscn5736  更に10分弱歩いて9時06分に位山峠です。
Dscn5740 高山市側の案内は位山道、下呂市側は位山官道と呼んでいるようですね。
Dscn5742特に工事関係の人も居なかったので、そのまま下り始めました。
Dscn5744平成19年に発掘されたと聞いていますが、その後のメンテが少ないのか、通る人も熊野古道などに比べると少ないのでしょう、一寸荒れた感じです。
Dscn5747 でも立派に残っていますね。
Dscn5751 下り始めて15分ほどで県道にでました。
Dscn5754すぐ傍に位山神社がありました。9時25分です。
Dscn5760 そこからしばらく県道を下ります。工事の気配は全く無いので、工事個所は過ぎたのかもしれません。
Dscn5763 紅葉はなかなかです。
Dscn5769 20分一寸県道を歩いて、9時42分、再度位山官道の案内です。
Dscn5772 ベンチなどもあります。一休みしました。
Dscn5774
倒木や土砂崩れもあります。
Dscn5782 でもまあ、石畳はよく残っています。メンテ頑張って欲しいですね。
Dscn5788 10時08分、県道と合流しました。
Hida07_2 四阿と位山官道の案内があります。
Dscn5794 県道を10分ほど下ると、ここにも通行止めのバリケードがあり、ガードマンが詰めていました。ここは何食わぬ顔で通り過ぎましたが、出ていく人間に検問はありませんでした(笑)。
Dscn5798 バリケードの先に左折道路があり、自然歩道の案内がそちらだったので入りましたが、街道は直進だったかもしれません。
Dscn5802ここから上呂駅までは12キロ程度だと思うので、後3時間、昼食休憩を入れても、午後2時頃には着きそうです。10時45分に位山自然の家付近を通過。
Dscn5804一旦県道を離れ、また県道に合流します。
Hida08 合流地点辺りから振り返っています。
Dscn5811 さて、そろそろ弁当の場所を探します。山中ならどこでもいいんですが、里に降りてくるとそうはいきません。神社の境内、公園のベンチなどお勧めですが、今回はコミュニティバスのバス停にしました。
Dscn5817昼間はほとんどバスが無いので貸し切りになります(笑)。11時20分~45分まで。
お握り弁当は10分もあれば終わりますが、最近は出来るだけ30分近くとるようにしています。足の疲労回復に必要なようです。
Hida08_3 道端には様々な石仏があります。特に馬頭観音は全国的に多いですね。
Dscn5821 振り返ると、越えて来た峠が見えません(笑)。
Dscn582512時20分頃、曲坂です。
Hida09 白山神社への道を12時35分に過ぎて、12時45分頃飛騨小坂への道が左に分かれます。
Dscn5837 分岐の手前には尾崎小学校や由緒ありそうな神社もありました。
Dscn5840分岐を越えると県道が狭くなり、商店街スピード落とせと書かれていますが、商店は無いみたいです(笑)。
Hida10代りにあさんづ橋の案内がありました。位山官道が使われていた頃は、ここで益田川を渡って宿駅の有った上留(上呂)へ渡っていたそうです。
Dscn5849 17世紀以降は廃止になったあさんづ橋の代わりに現在は吊り橋があるそうなので、それを渡ることにしました。
Dscn5850上呂の街並みです。13時03分。
Dscn5851 そこからは国道41号線を歩いて、上呂駅到着は 13時10分でした。
Dscn5855でも上呂駅の列車は11時09分から15時34分まで4時間半ほど一切無いのです。
でも今日は、朝タクシーを使ったので、ここまで20キロ強しか歩いていません。余裕があるので、次の飛騨萩原駅まで、4キロ1時間ほどを歩くことにしました。
上呂駅を13時18分頃出ました。一寸国道を歩いてすぐ街道は左にわかれます。
Dscn5860 5分も歩くと道は直線になりました。私はこういう道は苦手です。一寸曲がりくねって先が見えない方が好きです。
Dscn5863昔の人も同じだったようで、殆どの街道は曲がりくねっています。
だから真っ直ぐの道は珍しく、たまに真っ直ぐの道があると「畷」という名前を付けたようです。「四条畷」とか。北海道の道が真っ直ぐなのは、明治維新以後、政府に人材が不足したからだと思っています(笑)。
20分ほど掛かって真っ直ぐな道を歩き終えました。国道に出ます。
Dscn5868 国道を渡り、一寸旧道に入って、すぐまた国道に帰ります。
国道を少し歩くと、左手に久津八幡宮というのがあります。
Hida11_2 由緒ありそうな神社で、この旅の無事終了をお礼しました。
Dscn5872この神社の拝殿が結構変わっています。屋根の下の横木に、水を呼ぶ鯉と洪水を防ぐ矢が描かれています。村での言い伝えがあるようです。
Dscn5878 14時頃神社を出ました。そして10分弱で萩原の市街に入りました。
Dscn5883この通りは「ふれあい通り」と呼ばれていますが、旧飛騨街道だそうです。
Dscn5886 飛騨の酒天領の蔵元を過ぎた辺りで左折して、萩原諏訪城跡を右に見ながら登って行きます。
Dscn5892そして、14時28分飛騨萩原駅に到着しました。
Dscn5894 列車までにはまだ1時間以上ありますが、ここなら全然問題ありません。
さすがに居酒屋は開いて居ませんが、酒屋もスーパーも有るので、おつまみにも不自由しません(笑)。
ゆっくり英気を養って帰りました。
 
 
 

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