2024年2月 5日 (月)

熊野古道伊勢路1回目 栃原から田丸

今年の山歩会の街道歩きは熊野古道伊勢路にしました。伊勢神宮(外宮)から新宮の速玉大社まで180キロが街道沿いに道標として整備されています。2~3年前、山歩会の仲間で伊勢本街道を歩いて、田丸~伊勢間を歩いているので、今回の伊勢路は田丸を出発点にしました。

最近の我々の年齢を考慮すると、以前のように1日20~25キロは辞めて、10~15キロ位に抑えるのが良いようです。その辺を考慮して、2月から11月、途中7月・8月は暑いので止めて8回とすると、田丸~尾鷲の100キロ位がコースとなりました。

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で、初回の今回は田丸スタートです。

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この間は野中から女鬼峠を越えて栃原まで公共交通機関がありません。仕方なく17キロほど歩くことにしました。ところが栃原駅のある紀勢線ですが、陸の孤島のような時刻表です。13時55分から17時13分まで列車が無いのです。

駅の付近に居酒屋でもあれば、反省会をしながら待てるのですが、適当なお店も見つからなかったので、今回は逆に栃原から田丸へ歩くことにしました。田丸駅のある参宮線は1時間に1本はあります。

昔の巡礼者も伊勢から熊野へ行くと、帰りは西国三十三札所を巡ったり、他の道を通るのが多く、同じ道を引き返す人は少なかったでしょうね。と言うことで、1回目は栃原から田丸です。

2024年2月3日(土)

10時に栃原駅に到着しました。今日の参加者は10名です。

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栃原駅を出て正面方向(東)に歩き、国道42号線の手前の道を右折します。

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途中に庚申さんなんかありますが、左折して10分ほどで三叉路にでます。ここが熊野街道です。右が新宮方面、左が伊勢方面です。今回はここを左折して田丸に向かいます。10時21分でした。

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すぐに国道42号線を渡り、柳原観音に向けて街道を歩きます。バイパスも出来ているので、静かな、しかも真直ぐな旧道です。

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お茶畑もあります。この辺は伊勢茶かな、大台茶かな。茶畑の向こうに、風力発電の風車がたくさん見えますが、どこの山でしょうか。

左折してから20分一寸、柳原橋を渡ります。

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渡ると左手に「お滝さん」という案内がありますが、滝は見当たりません。水量がすくないようです。右手には宮川が」みえてきます。10時48分柳原に入りました。まだ県道をあるきます。

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11時過ぎに左に入る道があり、県道に分かれました。熊野街道伊勢路の幟が立っていました。

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次の目標は元坂酒造です。茶畑とソーラー発電の間を5分ほど歩いて、集落が出てきた辺りを右折、すぐ左折すると元坂酒造がありました。この日はお休みのようでした。

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道なりに歩いて県道を横断すると、街道は柳原観音の前に到着します。11時14分でした。

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ここで小休止して、参拝や御朱印をもらったりしました。お寺の裏手には宮川が流れています。

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メンバーの一人が、一寸体調不良で、本人はまだ歩きたい意向でしたが、万一を考え、ここでリタイアしてもらうことにしました。タクシーを呼ぶなどしている内に、お昼も近づいてきたので、ここで昼食休憩としました。

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休憩を終え、11時52分に9人で出発しました。一旦県道に出て柳原から千代の集落に入ったあたりで右折して、また集落にはいります。この辺り、特に案内が無いので感が頼りです。田丸から来れば、入り口には案内が有るのですが、逆なので無いのです。

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四国巡礼のときも、逆打ちは三倍のご利益があると言われましたが、やはり逆コースは案内が少ないので難しいですね。

まんじゅう屋跡とかの案内を見ながら再度県道へ出ると、私の参考地図には無かった熊野古道の案内がありました。

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旧道に入ると深谷観音がありました。こういうのが嬉しいですよね。

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またすぐ県道に出て、少し歩くと、今度は左の上に五輪塔がありました。

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そこから街道は右に県道と別れます。12時16分です。

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この辺りから、ようこそ女鬼峠へとかの幟が迎えてくれます。紅梅をみながら5分ほど歩くと地蔵さんがありました。

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そこから6~7分、案内に従って2回ほど折れ曲がると、女鬼峠の入口です。15年ぐらい前に通ったときに比べると、随分親切に案内されています。

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12時30分に案内板を読み終えて出発しました。

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気持ちよく旧道を5分ほど歩くとため池があります。

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池から15分山道を登ると如意輪観音の祠があります。途中、江戸道がありますが、ここで合流するようです。

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お堂から1分で展望台への道が右にあります。

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急な登りで、いやですが、折角なので登りました(笑)。でも思ったほど景観は無く、木が茂って宮川も見えないので、皆さん不満そうでした。

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10分ほどで降りてきました。分岐から1分で女鬼峠の切通しです。

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午後1時3分に降り始めました。10分弱で麓の案内板です。

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すぐに伊勢自動車道の下を潜ります。

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次の目標は野中にある和歌山別街道道標と永昌寺です。

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潜って10分ほどのどかな道を歩くと、マメナシの木の案内があり、すぐ県道です。これを横断すると熊野古道の案内図がありますが、やはり逆コースなので、これまで歩いてきた道の図で、これから歩く道の図はありません。

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木を取り直して7分、今度は県道へ出ました。ここから野中の集落までは県道歩きですね。

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県道を10分一寸歩いて、野中の集落の手前を右折して県道と別れます。西外城田神社への道です。

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神社の手前を道なりに左折、大きな灯籠を見ながら進みます。

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県道から5分、13時46分に和歌山別街道の道標に来ました。

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和歌山別街道はここから丹生大師を通り、飯南町の粥見で和歌山街道と合流します。のどかな道で、何回でも歩いてみたい街道です。

道標から1分で永昌寺です。

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ここは紀州の殿様の行列で土下座した旅人が、そのまま眠ってしまい打ち首にされ、村人が祀った眠り地蔵があります。ここで小休止しました。

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13時55分に出発。郵便局を過ぎ、國束橋を渡ると、12~13分で國束寺の大きな道標があります。ここを左折します。

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この國束寺は伊勢西国9番なので近々参拝するつもりですが、交通の便が悪く弱っています。道標から5分、再度県道に出る手前左側に、巡礼導引観音の碑がありますが、道の反対側には多数の石仏が並んでいます。

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14時16分、ここを出て、しばらく県道歩きになります。

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東外城田神社、外城田小学校と過ぎて、大きな鳥居の不動院を14時40分頃通過。

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京セラの工場を過ぎ、野篠の交差点までが10分、その5分先の道路の左側に接待地蔵があります。

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往時はここで行き交う旅人を接待する場があったそうです。今はありません(笑)。

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左手奥、高台に田丸城址が見えてきました。そこに何か天守閣のような建物が見えます。そんなもの無かったはずと目をこらすと、なにか骨組みだけのような。

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建設中なのでしょうか。玉城町、お金あるんだなと思いました。15時12分、田丸の駅への左折地点に来ました。大きな道標があります。

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左折してすぐ橋を渡り、そこを川沿いに左折してすぐに小さなお地蔵さんの祠があります。そこにこの辺りがバンタ屋敷跡だとの説明がありました。バンタとは番田で番所のことだそうです。

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15時19分、参宮線の踏切を渡ります。

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田丸駅は右手になりますが、少し先に伊勢本街道と熊野街道が分かれる、紀州街道の道標があり、そこが今回の出発点なので、そこまでは行かないといけません。街中にも玉城町は「熊野古道伊勢路出立のまち」と宣伝しています。

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15時28分、分岐の道標に着きました。

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分岐はこんな風だそうです。この道標は10回以上見てそうです。

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お疲れさまでした。15時40分に田丸駅に着きました。駅舎や付近は工事中で新しいモニュメントがありました。

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松阪で途中下車して、軽く反省会を行いました。今年一年、無事に道中できますように。

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3月に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年1月 7日 (日)

奈良街道2回目

昨年12月の六軒から久居までに続き2回目です。2024年の初歩きです。

2024年1月5日(金)

朝8時40分に近鉄津新町駅に到着しました。

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前回は久居で終わっているので、今回は久居から五百野が普通ですが、前回久居駅の浪速のれんという居酒屋が気になっていたので、今回は逆にして、五百野から久居へ、そして久居で昼食がてら、お屠蘇でも飲もうかと思ったのです(笑)。

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上の図で、右上の津新町駅からバスで、青線の伊賀街道に沿って、津市美里町五百野の稲葉口まで行き、そこから右下の久居駅まで10キロ弱の行程です。

津市もいろいろ合併して拡大しているので、こんな所も津市なのという風景の中をバスは行きます。

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9時22分に稲葉口バス停に到着しました。2回来ているはずですが記憶にはありません。

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一寸詳しい地図を掲載します。

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上図中央の茶屋の道標で、江戸時代の街道は分岐していました。緑の伊賀街道は津へ、赤の奈良街道は六軒を経て伊勢方面に向かっていました。バス停は国道163号線沿いに有り、一寸戻って三叉路の交差点を南下します。そこに龍神神社があり、これは見覚えがありました。

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そこを右折して10mも行くと道標があります。これが旧伊賀街道の道標です。

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ここを直進すれば伊賀へ、左折すれば久居方面への街道です。でも、ここの旧道は消滅寸前ですね。

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まあそれでも歩ける所は歩くのが街道歩きでしょう。2分で自動車道に合流します。そこに、是より南一志領とかの石柱がありました。

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そこから4~5分で茶屋の道標です。ここも覚えがありました。津方面への旧道は消滅して田んぼになっています。

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9時32分にここを出て、南下します。10分ほど歩いて、多分、北出というバス停を過ぎると、常夜灯があります。

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ここで拡大図を載せます。

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常夜灯から10分で長野川にぶつかります。ここの稲初橋は渡らず、川沿いに歩きます。

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更に5分ほどで、立派な門があります。ゴルフ場の入口でした(笑)。

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ここを過ぎると道は山の中に入ります。2車線が1車線に変わり、登り道を注意しながら歩きます。車は結構多いのです。10分一寸で山道を抜け、ペットセンターとかの建物があります。10時10分頃です。

3~4分で道は下りになります。

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左手、木々の向こうに湖面がみえます。山田池です。

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池を過ぎると看護協会とかの建物があり、その先は塩見坂の桜とかで、名所らしいのですが、気が付きませんでした。

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10時35分頃、津市久居プールへの案内がある交差点を過ぎ、右手にオークワを過ぎると、国道165号線です。10時42分です。

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ここは伊勢道の久居ICで降りて、ゴルフ場へ向かう道筋なので、何回も通っているはずですが、ここが奈良街道なんて、気が付くはずもありません。渡って左折します。ここは一寸街道の面影あります。

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7~8分歩くと左手に常夜灯と地蔵さんがありました。地域の集会所みたいです。久しぶりに街道の印を見ました。

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3分先で道が二股に分かれ、右側の道は下っています。実は左が本来の街道らしいのですが、途中で消滅しているので、今回は右の道を行きます。

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一旦下って小川を渡り、登りながら久居の市街でしょうか、住宅街に入って行きます。戸木の公民館を過ぎ、11時6分頃味噌蔵がありました。辻岡醸造と言うそうです。

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すぐ左の奥に、蓮蔵寺の大きな屋根が見えます。その先で、何気なく振り返ったら、左奥にお堂が見えました。一寸寄ってみました。中の石造からして、庚申堂のようでした。

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庚申堂から5~6分、11時20分に伊勢自動車道を潜りました。

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潜って30mほど先を左折します。ここまでの道は往時の奈良街道に並行する道だそうです。左折して3分ほどで突き当り、一寸左に曲がりながら旧道になり、久居駅方面に進みますが、この辺の方が街道の面影はありません。

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この辺りの地図です。

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街道のすぐ傍に、木槿(むくげ)塚と子午(とき)の鐘があります。木槿塚は芭蕉句碑で、「道端の木槿は馬に喰われけり」という句だそうですが、この句は野ざらし紀行で、大井川の辺りで詠まれたと思っていたのですが?

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子午の鐘は戦時中の供出から生き延びて帰ってきた貴重な鐘です。

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11時45分頃ここを出ました。これなら丁度12時頃には久居駅へ着いて、お屠蘇が飲めそうだとニコニコでした(笑)。

5分で前回六軒から歩いてきた場所に着きました。これで奈良街道は繋がりました。

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今回も久居八幡宮にお参りしました。初詣の方も来ていました。

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12時03分に久居駅へ着きました。でもお店はシャッターが下りています。まだ正月休みでしょうか。

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前回はこうだったのです。

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泣く泣く他の店を探しました。屋台寿司も午後3時からで、他に開いてそうな店も見当たりません。

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諦めてコンビニ弁当かと思いましたが、正月早々それでは面白く無い。そこで天啓のごとく閃いたのが、以前行った、津駅前の激安焼き鳥やさんでした(笑)。すぐ電車に乗って津へ向かいました。開いていました。

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酒が怖くて伝串が喰えるかということで、お酒も頂き、満足しました。

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帰りの電車の中でもそっとお屠蘇を頂いて、良い歩き初めでした。

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お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

2023年12月26日 (火)

奈良街道1回目

先日、伊勢西国巡りで、近鉄の桃園駅から十三番賢明寺へ向かうとき、奈良街道が通っているのに気づきました。三重県の街道は殆ど歩いたつもりだけど、まだこんなの有ったのか。と、気になったので調べてみました。

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伊勢街道の松阪付近から大和へ向かう道は、六軒から青山峠を越えて阿保宿・名張を経由する初瀬街道と、月本追分から長野峠を越えて伊賀上野を経由する奈良道(伊賀越えならみち)の二つが古くから開けていました。

その奈良道ですが、江戸時代に入り、藤堂高虎が津に入ると、伊賀・伊勢二国を領したため、上野と津を結ぶ往来が激しくなり、伊賀街道として定着しました。その結果、奈良街道は月本から伊賀街道が分かれる五百野までの四里ほどが残るだけとなったようです。

で、伊賀街道の津新町から上野は歩いているので、月本から五百野までを歩いてみることにしました。

2023年12月23日(土)

10時過ぎに六軒駅に着きました。もっと早く出て、五百野まで歩くのも良いんですが、五百野からのバスが2時間に1本なので、今日は久居までの半分にして、次回、時間調整をしながら五百野まで行くことにしました。

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5分ほど歩くと伊勢街道に合流します。今年、初瀬街道の歩き始めは、ここを右折したのですが、今回は左折して月本追分を目指します。変わった常夜灯と道標があります。

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伊勢街道は何回か歩いています。所々に道標や石仏があります。

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形もいろいろですね。

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「右からす」と刻まれた道標です。香良洲道というのも有ったようです。

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ここからすぐ、合流点からだと20分一寸で月本追分に到着しました。10時34分です。Dscn9287jpgc

街道の向かって右に大きな常夜灯、左にこれも大きな道標があります。

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左折して、ここからが奈良街道になります。5分でJRの踏切を渡ります。

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伊勢街道沿いはずっと民家が続きますが、奈良街道に入ると、畑になり、道標や石仏もさびしくなります。左手に松阪の山々がみえます。写真の左側が多分、掘坂山や観音岳でしょう。右の方は台高になるのでしょうか。

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10時55分、中勢バイパスを潜ります。中勢バイパスはたまに走りますが、どこかで途切れているので困りものです。いま、どこまで行ったのかな。

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潜ると辻製油という工場があります。そこに珍しく石仏がありました。山の神ですね。

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通り過ぎて、少し左に入った所に称名寺というお寺があり、一寸休憩させてもらった。

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お寺から15分ほど、11時25分に雲出川を渡る。大正橋です。はるか彼方は青山高原で、風車が見られます。

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この辺りは街道が消えていますが、橋の少し下流に渡しがあったようです。

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橋を渡ると住友電装の工場ですが、街道はその工場の中を通っていたようです。

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工場を迂回しながら歩いて行くと、キャベツ畑が広がり、左手に物部神社があります。

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この辺で思い出したのですが、どうも一度歩いたような気がする。このときは奈良街道を歩いたのか、他の歩きで、たまたまここを通ったのか、はっきりしませんでした。とりあえず、物部神社へお参りしました。11時45分です。

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物部神社の境内にそって左折し、近鉄の線路沿いに北上します。

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線路の向こうにキャベツの郷の看板があります。この看板も見覚えがありました。

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帰って調べてみたのですが、2019年にこの奈良街道を歩いていました。すっかり忘れていました(-_-;)。すこし歩いて近鉄の踏切を渡ります。

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5分ほど田んぼの中を歩いて右折し、久居の市街へ入って行きます。前方の屋根は宝樹寺です。

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一寸登って宝樹寺を参拝しました。ご本尊ではありませんが、鎌倉時代作の石造地蔵菩薩があります。

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時間も12時15分、お寺の前の見晴らしの良い空き地で、昼食休憩しました。

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久居は津藩の藤堂家の支藩で5万石ほど。ただ築城は許されず、陣屋だったそうです。15分弱で休憩を終わり、久居市街に入って行きます。ここを右折です。

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すぐに先日、桃園駅から来た合流点に来ました。

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この道標が目印です。

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左折して久居駅方面に向かいます。5分ほどで、川方天満宮です。今回は境内に入って参拝しました。

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前回は、この近くで奈良街道を外れ、賢明寺へ向かいましたが、今回は当然ですが街道を歩きます。市街の街道は、判り難く折れ曲がっています。地図でご確認ください。

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本屋さんがありました。最近、私も本を読んでいないのですが、町の本屋さんも少なくなりましたね。よく頑張っておられると思います。

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この辺りは本町通りというようです。久居駅も近づいたころ、レストラン伊勢屋という食堂があります。前回はここでランチをしたようです。今日はお休みでした。

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ここから少し歩いて、久居駅に一番近そうな辺りで、今日の歩きを終わりにしました。駅に向かうと、久居八幡宮がありお参りしました。

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13時12分に八幡宮を出て、久居駅には25分頃に到着しました。

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ここは30分毎に電車の便があるので、うまく出発時間を調整して、残り半分を歩こうと思います。正月明けの楽しみですね。

 

 

 

 

2023年11月21日 (火)

初瀬街道最終回 榛原から長谷寺

今年2月、松阪近郊の六軒駅から歩き始めた初瀬街道の最終回です。ただ天気が心配でした。前日が全国的に大荒れの天気で、その余波がまだ残っているのです。影響が軽微なことを祈りながら、風雨覚悟で出かけました。

2023年11月18日(土)

名古屋は晴天ですが、電車が三重県から奈良県に入ると、やはり雨でした。天気予報通りです。写真は三本松の道の駅付近。

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10時に榛原駅に着くと、付近の山は白く覆われていました。初雪だそうです。雪が降るとは想像していませんでした。前途多難です。

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取り敢えず準備した雨具を付けて歩き始めました。幸い今日は山道がありません。10時22分、前回訪れた西峠に到着しました。ここからスタートですね。

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榛原駅からここまでは上り坂ですが、ここから初瀬までは長い下りです。今回はこの西峠から長谷寺を経て、大和朝倉駅位まで歩こうと思っていました。

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でも雨は小降りじゃなく本降りで、霙交じりの様相を呈してきました。雨具、再点検です。

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雨が降ると地図を見るのが、おっくうになりますが、出来るだけ旧初瀬街道を歩くつもりです。この写真の前に短い旧道があるようですが、見逃しています。仕方ないですね。

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最近では3年ほど前に、同じメンバーで大阪から伊勢への伊勢本街道を歩いて、この道を逆に初瀬から登っています。10時40分頃、国道の向こう側に庚申堂が有りました。

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この先に左へ入る旧道があるのですが、今度は見逃さず入れました(笑)。小さな沢まで下って、図の旧道1辺りです。

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少し登って見晴らしも良い旧道2辺り。

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一旦国道に接しますが、国道に出ずに旧道へ。旧道3付近です。

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その先に、吉隠(よなばり)の説明がありました。この辺りの地名で、万葉の時代から初瀬街道の名所として、知られていたそうです。また棚田も有名だったそうです。

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一旦国道に出ます。雨の165号線、交通量も多く、歩道のない国道は危険ですね。でも数十mでまた旧道に入りました。すると道標がありました。「右いせ」という文字ははっきり見えます。

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なかなか街道の面影有る立派な家もあります。旧道4辺り。

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国道に出て、10分弱歩いて、ちょっとした脇道に入ります。11時10分頃。

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再度国道に出る手前に、宝篋印塔みたいな石塔と石の覆いをした地蔵さんがあります。写真は地蔵さんを見ています。11時10分頃、雨も小康状態みたいですね。

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国道に出ると浄水場があります。

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この先少し国道を歩きます。浄水場が切れる手前左にポケットパークがありますが、荒れ果てています。初瀬東の交差点に来ました。11時18分です。

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ここで一寸考えました。前回、伊勢本街道を歩いた時は、国道沿いを登ってきました。でも今回はグーグルマップで国道の北側、山すそに旧初瀬街道を見つけました。奈良県のサイトにも載っていました。なので、それを歩こうと思ったわけです。図の青線がそうです。

でも道が消えているようで自信が無かったので、一寸国道を歩いて右折する、図の赤線を選びました。写真は右折したあぜ道です。

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突き当たると鹿よけの柵があり、扉を開けて入りました。

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すると捕らえた鹿の入った檻小屋があり、一頭入っていました。右から来るはずの道はやはり消えているようでした。

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そこからは舗装された道になり、ほっとしました。11時32分。

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すぐに街道らしい道になってきました。

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鹿小屋から5分で、左手に天満宮がありました。

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そしてその先で道が二つに分かれます。どちらを採っても長谷寺の参道へ出ますが、今回は右側の山道を選びました。興喜天満宮へ行く道ですが、道が荒れているので要注意との案内があります。

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でも、そんなに荒れていません。

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切通しの峠まで3分で来ます。

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5分で天満宮の鳥居に来ました。ここを登れば興喜天満宮へ。

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左に降れば長谷寺の参道です。

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せっかくだから天満宮にお参りしようということになり、急な石段を登りました。

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11時57分、無事にお参りしました。

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時間も時間なので、境内をお借りして、小雨の中、簡単に昼食を済ませました。

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社務所の横から、直接長谷寺へ行く道が有り、12時13分に降り始めました。雨で滑りやすい急こう配の石段を、慎重に下りました。5分で長谷寺を見渡す高台にきました。

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12時25分に仁王門の前でチケットを購入しました。本堂の特別拝観で1300円でした。

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ボタンの長谷寺が有名で、この回廊の周囲が名所のはずですが、その季節には来たことがありません。初瀬街道2回、伊勢本街道2回、西国三十三札所巡りなど、少なくても5回は来ているはずですが。

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でも今日は桜が咲いていました。彼岸桜?

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絶景の舞台ですが、今日は雨です。

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舞台から本堂の十一面観世音が拝めます。木像の観世音としては日本一の大きさだそうです。回廊で結婚式の記念写真を撮っていました。お幸せにどうぞ。

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本堂の特別拝観に行きました。さきほどの巨大観音像の足元を廻れます。足に触れながら願い事を唱えると叶うそうです。本堂を出て、境内をぐるっと見て廻りました。

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宝物殿が無料公開されているので見ようと思っていましたが、時間的に厳しくなったので、長谷寺駅に向かうことにしました。仁王門から1.5キロ、25分位掛かるかなと思います。13時22分です。

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興喜天満宮への参道入り口です。

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前回通った国道への近道です。

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往時は栄えただろうなと思わせる参道の雰囲気です。

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長谷寺駅へは国道の初瀬交差点を渡ります。ここまで15分です。

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ここから上り坂になって、最後は階段を結構登って、交差点から6~7分で長谷寺駅に到着です。仁王門から22分、13時45分の到着でした。

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14時01分の電車に乗るので、雨具などをかたずけて、ホームに登ったころには雨もあがり、天候は回復です。これも予報通りか(笑)。

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名古屋とは逆の大和八木に来ました。この時間に開いている居酒屋は、なかなか無いのです。2時半に予約して、駅前の居酒屋さんに入りました。

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奈良の酒蔵とコラボした居酒屋さんで、高級な日本酒が飲み放題で楽しめる、うれしいお店でした。

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皆さん、お疲れ様でした。また来年、熊野古道でお会いしましょう。

 

 

 

 

 

 

2023年10月30日 (月)

初瀬街道7回目 室生口大野から榛原

初瀬街道も残すところ今回を入れて2回です。今回は室生口大野駅から近鉄で1駅の榛原です。距離も10キロ弱と短いです。なので集合時間も11時とゆっくり室生口大野駅に来ました。

今日、10月28日は紅葉シーズンの始まりで、駅には臨時の観光案内所ができていました。そこのお姉さんにシャッターを切ってもらいました。

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11時20分頃、駅を後にしました。

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前回、反省会の帰りに通った線路沿いの道を歩いていたら、大神宮常夜灯を見つけました。前回は気が付きませんでした。

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10分弱で近鉄の線路を潜って北側に出ます。

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そのあと気持ちよく旧道を歩いていたのですが、ふと気が付きました。再度近鉄を潜って南側に出るはずだと。あわてて付近の風景と地図を見比べ、それらしき道を下りました。11時34分です。

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線路際の道を通るとトンネルがあり、そこを潜りました。また線路を右側に見ながら10分ほど歩いて、今度は陸橋で線路を渡りました。

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緑川半焼というバス停のある国道に出ました。橋は半焼橋というそうです。国道には、向かい側に四阿的な休憩所と街道地図があります。その向かい側に地蔵堂か祠がありました。

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そこから10分一寸、嫌な国道歩きです。狭いながらもガードレールと壁の間が歩道で助かりました。

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ここも判り難いのですが、歩行時間と右から降りてくる細道で判断して、国道を渡って旧道に入りました。

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近鉄の線路沿いに出て、少し歩くと右手に大きな欅の木が有ります。地図に大楠と書きましたが、ケヤキだそうです。

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すぐに近鉄を潜り、2分歩くと、間違えそうな三叉路にでます。直進しそうですが、右折が正解です。

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良く見ると、道標があります。榛原方面が正解です。12時26分です。

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心配要りません。3分で濡れ地蔵の案内があります。川向うにあります。

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山の向こうから水が引かれ、いつも濡れている地蔵さんだったからとか。

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12時35分、ここ榛原ふれあい公園でランチタイムです。20分弱で出発しました。

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6~7分で近鉄の踏切を渡ります。

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すぐ国道に出ますが、ここからは天満台団地の下を、しばらく国道歩きです。以前、この奥の額井岳に登った時、山部赤人の墓があったなと思い出しました。13時です。幸い国道には歩道が完備しています。

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13時27分、街道は右に国道から離れます。

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ここで地図を新しくします。縮尺を一つ上げて、拡大しました。「右へ」からです。13時27分。

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6~7分、気持ちよく旧道を歩くと、庚申堂の辻にぶつかります。道標もあります。

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右いせみち、左はやまみちとか刻まれています。ここを左折します。風情ある街道筋にはいっていくと、椋下神社がありました。神武天皇東征云々と書かれているので古いですね。

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この辺り、旧街道筋の面影残る街並みです。登録古民家奥田家住宅。

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その他も油問屋さんなど古民家が並びます。13時50分、自動車道を渡ると、あぶらやという古民家にぶつかります。

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この前の左右の道が旧伊勢本街道です。歩いてきた初瀬街道は、ここで伊勢本街道と合流します。

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右の大きな石標が目印です。あずまやは旅館で、本居宣長なんか幕末に泊まったとかききました。

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伊勢本街道は3~4年前に、このメンバーで歩いているので、ここから先は逆方向ですが2回目です。私自身はというと3回目か4回目です。なので、今回の初瀬街道歩きは、ここまでとも思いましたが、せっかく初瀬街道なので、ここから6キロほど先の初瀬まで歩いて、長谷寺にお参りするのが順当でしょう。

あぶらやから10分一寸、伊勢本街道を歩いて、急に左へ細い道を登ります。これは前回歩いて覚えていたので、近所の人に聞きながら、なんとかクリアーしました。

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ここから国道付近の旧道をたどりながら西峠に向かいます。

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国道に出て横断します。渡った先には、村道改修記念碑があります。

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14時18分、西峠に到着しました。今日はここがゴールです。

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榛原の駅に引き返して、近くの寿司屋さんに入りました。ここは前回、伊勢本街道のときも、反省会に使ったようです。

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刺身も酒も旨い、皆さんの評判も良い店です。

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お疲れさまでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年9月26日 (火)

初瀬街道6回目 名張から室生

松阪の近く、六軒から桜井まで90キロ余りを8回に分けて歩いている、初瀬街道の旅も6回目を迎えました。今回は三重県の名張から奈良県に入り、女人高野室生寺の最寄り駅、室生口大野まで12~13キロを歩きました。

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今日はゆっくり11時に近鉄名張駅に着きました。特急も停まるので朝ものんびり9時過ぎに家を出ました。Murou01jpgc

名張は古くからの宿場町で、街道筋は趣があります。10月8日に街道市が行われるとポスターが貼ってありました。秋祭りも行われるようです。

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大和屋さんという和菓子店が有形文化財で、初瀬街道沿いです。

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造り酒屋さんの建物も歴史を感じさせます。

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近くに江戸川乱歩先生生誕地の碑も立っていました。他にもいろいろ歴史的建物が残っています。藤堂家の屋敷跡もあるようです。駅から25分、11時33分に新町橋で名張川を渡りました。

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名張川は北上して京都の月ヶ瀬辺りで木津川となり、八幡市辺りで、宇治川・桂川と合流して淀川となり、大阪湾に注ぎます。橋を渡ると宇陀川にぶつかりますが、その袂に、大きな石の道標があります。

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この宇陀川は、ここで名張川に合流するのですが、初瀬街道は宇陀川の両岸どちらでも良いようです。我々はそのまま宇陀川を渡らず右岸を歩きました。川の右岸・左岸は上流から見て右を右岸、左を左岸と言います。下流側から見るのは、左股・右股という場合に限られます。

20分一寸歩くと、街道は川から一寸離れます。すると左手に阿弥陀寺跡があります。今は阿弥陀像が無いお堂だそうです。

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すぐそばに、大きな道標もありました。そこから3分、右側に丈六寺があります。真言宗のお寺で、三重四国などの巡礼で来たこともあります。

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ここの境内をお借りして、昼食休憩としました。12時半に出発し、3~4分歩くと街並みを抜け、滝川と言う小川を渡ります。そこに水神様の大きな石碑があります。この辺り、赤目口駅が近く、赤目四十八滝ハイキングの最寄り駅です。

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両側になだらかな丘陵地帯がみえる、私の大好きな名張の田んぼ道に入ると、すぐお地蔵さんが有ります。勝運生(しょうけ)地蔵尊と呼び、足の病に効くそうで、多くの草鞋が供えられています。腰にも効くかな(笑)。

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途中で右折して、12時55分に宇陀川を渡って左折しました。

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ここからしばらく宇陀川沿いを歩きますが、街道の雰囲気があります。

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すぐに右手に鹿高神社の参道があります。そこに菅笠日記の石碑もあります。

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左手下に小川が流れているのですが、よく見ると白い花があり、梅花藻のようでした。13時頃です。

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しばらく川沿いを歩きます。義民の石碑が有ったり、連格子の家があったり、雰囲気のある街道歩きです。10分一寸で国道を横断しますが、その手前右に庚申堂があります。

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横断して5分、今度は本格的に国道に合流しました。

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ここからはしばらく嫌な国道歩きです。

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12~3分歩くと奈良県に入りました。宇陀市です。13時30分頃です。

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すぐに近鉄の線路を潜りますが、その手前に六宝地蔵があります。

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近鉄を潜ってすぐ、国道の左裏側に石仏群が有ったはずですが、何も案内が無く、車の通行も半端なく多いので、確かめに行くのを止めました。13時40分、街道は左に分かれます。

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ほっとしながら旧道を3分も歩くと、左にお堂があり、その前に大きな石標があります。女人高野室生山と刻まれています。室生寺へ行く道のようです。一度歩いてみたいですね。

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5分ほどでまた国道を横断し、三本松駅への坂道を登ります。

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三本松駅前に付近の街道案内図があり、小休止しました。ここでは伊勢表街道と書かれていました。

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駅から旧道を10分ほど歩くと、近鉄の下を潜ります。

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街道は等高線に沿って、大きく山側へ迂回しますが、そこに白鳥神社があります。境内のイチョウの巨木が素晴らしいです。黄色く色づくころの眺めは格別で、近鉄の車窓からも、何回眺めたことでしょう。

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神社から10分弱、14時22分頃には三本松の旧宿場町に入ります。旧家がいろいろ残り、旧本陣の表示もありました。

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旧宿場を越え、少し登ると道路が立体交差します。下を潜って、すぐの細道を左折して室生口大野駅へ向かうのが街道になっています。

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初瀬へ向かうなら直進するのが自然ですが、これは多くの旅人が室生寺へも立ち寄ったと解釈しましょうか。下りはじめるとすぐに、北向地蔵がありました。

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最近は歩く人も少ないのか荒れています。

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7~8分で近鉄の線路を潜り、室生口大野駅の近くに出てきます。14時45分頃です。5分ほど歩いて大野寺の前に来ました。摩崖仏が有名ですね。

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線が彫られているだけなので見にくいです。光線の加減で見えます。

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近くの食堂へ3時に予約してあったので、丁度3時に到着しました。お疲れ様でした。

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2023年8月15日 (火)

明治・大正の東海道

地元老人会の会合で、表題の話をすることになったので、原稿をまとめてみました。

東海道と言っても、全体の話ではなく、名古屋の宮から桑名までの、七里の渡しに並行した陸路の話です。七里の渡しは熱田の宮から桑名まで海上を行くのですが、海が荒れると欠航したり、また通常4時間ですがトイレが無く、陸路を選ぶ人も多かったようです。

下図がその概要です。下手な図でごめんなさい(笑)。

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江戸から京へ上ってきた旅人で、陸路を好む人は、熱田の宮から茶色の佐屋街道を行き、佐屋から三里の渡で船に乗り、佐屋川を下って木曽川に出て、現在の長島も船で通り抜け、長良川と揖斐川を渡って桑名へ入りました。

その当時の長島はこんな感じで、充分船で渡れたそうです。

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ところで佐屋街道ですが、なぜそんな北へ遠回りしたかという疑問が残ります。江戸時代初期の地図があります。

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中央下部の赤い部分が七里の渡しで、海に面していました。つまり現在の国道1号線が通る名古屋南部は、この時代まだ海の底か浜辺だったようです。現在の地図に海岸線を入れると、こんな感じだったようです。

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現在の国道1号線は丁度青線の線上になりますね。それと三里の渡の佐屋川ですが、現在は有りません。江戸時代は木曽川を分流した人工の川だったようです。上流の馬飼大橋辺りで木曽川から流入し、津島・佐屋を通って弥富の五明、東名阪辺りで、再度木曽川に合流していました。

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ところが、この佐屋川ですが、木曽川から土砂が流入して、川底がどんどん浅くなり、江戸末期には船の通行は困難になっていました。現在の地図です。上部佐屋駅の近くに三里の渡跡の石碑があり、その下、木曽川近くの東名阪のすぐ上に、明治天皇着船碑があります。

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明治維新後、明治天皇が最初に東下りされるとき、船で佐屋川を上って三里の渡場へ向かわれました。でも川底浅く、五明の河口から1キロほどの焼田で船を降りざるを得なかったそうです。

佐屋付近の写真です。まず代官所跡

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三里の渡跡

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佐屋付近の海道碑、街道でなく海道です。

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明治天皇御着船の焼田湊の石碑です。

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そのころ、つまり江戸末期には、過って海だった名古屋南部は、埋め立てが進み、広く陸地で田んぼに変わっていました。そこで弥富の某氏は、明治政府に対し、佐屋街道より直線的に弥富のふたつやの渡しに行けるルートを東海道とするよう申請したそうです。

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上図で、現在の国道1号線より、少し南になります。前ヶ須街道とも呼ばれました。新政府もこれを承認し、明治5年、前ヶ須街道は晴れて東海道となりました。

調べてみると、弥富市では、この道を旧東海道散策コースとして、ホームページに載せていました。知りませんでした。

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さっそく歩いてみることにしました。

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我家のある長島から、尾張大橋で木曽川を渡り、ふたつやの渡跡がスタートです。尾張大橋は昭和8年完成なので、江戸末期から60年以上この渡しが使われたことになります。

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明治天皇も2回目の東下り(そのまま江戸城に住処を移された)では、佐屋川は使わず、この東海道を使われました。弥富は金魚が有名です。

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愛知こどもの国を過ぎ、宝川の子宝橋を渡ります。

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明治天皇の小休止された石碑がありました。こんな所、通られていたんだと、びっくりしました。

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川合小橋を渡ると弥富市を過ぎて蟹江から名古屋市港区に入ります。でも、もう少し旧東海道を歩きます。

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ここにも明治天皇の小休止跡がありました。地方の有力者の家を、軒並み訪問されたかのようですね。

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新川と庄内川に掛かる日の出橋を渡ると、後は広い東海通になり、旧道の面影も無いので、打ち切ることにしました。

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でも、東海通って、旧東海道の意味だったのですね。初めて知りました。さて、今度は、ふたつやの渡しで木曽川を渡った長島の東海道です。

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尾張大橋を渡った国道1号線沿いに、東海道の石碑があります。明治?五年四月一日と刻まれています。ふたつやの渡しで、ここへ着いたのでしょう。

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しばらく国道を歩き、押付交差点手前で右折していきます。

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直進して農協の前を通ります。一向一揆で通名な願正寺関連の、長島六坊の一つ善明寺の前を通ります。

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昭和の中頃まで、この辺りに遊郭があったとも聞きました。長島城の近くを通ります。写真は跡地に建つ長島中学で、天守閣をイメージしていますね。

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後半の地図です。

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長良川へ続く旧道です。アスファルト舗装の下に、明治時代の道が有ると言われています。

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長良川に来ました。この堤防の向こうに三重県営の渡船があったそうです。

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堤防に登ると、こんな感じです。ここに船着き場があったのですね。

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地元の人に聞くと、昭和30年頃まであったとか。また、ここで子供は泳いでいたそうです。でも昭和9年には伊勢大橋が完成しているので、そこで渡船の使命は終わったでしょうね。

ネットで、こんな写真を見つけました。完成直後の伊勢大橋と、それまで使われた渡船場です。貴重ですね。

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おわり。

 

 

 

 

 

 

 

2023年7月12日 (水)

北国街道最終日 川中島古戦場

2023年6月30日(金)

今日は11時発の特急しなのの切符を買っています。美味しい駅弁を買って、飲みながら名古屋までの3時間を過ごすのが楽しみです(笑)。で、それまでの時間ですが、川中島の古戦場跡を見にいくことにしました。

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川中島古戦場は前から一度行ってみたいと思っていましたが、機会がありませんでした。今回も北国街道からは、片道45分位掛かりそうなので諦めていました。それが今回、はからずも時間が出来たので、昨日案内所で行き方を訊いておきました。長野駅から古戦場経由松代行のバスに乗ればいいとのことでした。

朝起きると、予想通り雨。雨具を着て6時半にホテルを出ました。駅から7時15分発のバスに乗るつもりです。駅のコインロッカーに荷物を預けた後、コンビニでサンドイッチを買って、バス停で食べました。朝一のバスですが、学生さんやサラリーマンで結構混んでいます。でも座れました。時刻表では25分位で着くはずですが、朝は渋滞で10分位遅れたかな。川中島古戦場のバス停に7時50分頃着きました。

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殺風景なバス停ですが、左側一帯が公園になっています。古戦場の地図で見ると、こんな位置関係だそうです。

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広い駐車場や茶店がありますが、まだ早いので開いていません。八幡社の境内に合戦の像があります。

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有名な信玄と謙信の一騎打ちの像があります。これが見たかった(笑)。

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謙信が三太刀振り下ろし、信玄の軍配に七か所傷が有ったので、三太刀七太刀の跡と、この場所を呼ぶそうです。

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隣は博物館か何かで、開いていれば、なにか資料も展示されていたかもしれません。

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雨も降っているので長居せず、適当なバスで帰りました。9時頃に長野駅へ帰ってきました。まだ一寸時間があるので、長野駅付近の北国街道を歩いてみることにしました。

これも昨日、観光案内所で、この付近の北国街道の地図はあるかと尋ねたら、お嬢さんが、私の手書きの地図がありますと、くれました。若い女性で、旧街道に興味あるなんて、素晴らしいなと思いました。

駅の東口へ出ます。

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北国街道は、駅の南側から、ほぼ直線的に善光寺へ向かっていたようですね。でも鉄道や駅ができて寸断されてしまいました。

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東口からまず八幡宮へ行ってみました。

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この辺りは中御所公園で、源頼朝の宿所があったり、信濃の国の守護職の屋敷が有ったと思われています。

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少し歩いて北国街道にでました。

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駅の方へ歩いて観音寺へ寄ってみました。謂れは知りませんでしたが、帰って調べてみると、源頼朝の守仏であった「髻(もとどり)馬頭観世音菩薩」が本尊だそうです。

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小さいながら、置かれている石仏や宝篋印塔などからみて、古く謂れありそうなお寺だとは思っていました。

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観音寺を出るとすぐ広い車道が地下へ潜り、新幹線やJRの下を通過しています。陸橋も無いので直進は無理なようです。私もこの地下道を潜ることにしました。

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反対側にでましたが、道路が地上に出るまで渡ることはできません。結局、柳原神社のある交差点で右折しました。

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長野駅前の善光寺参道の入口辺りで、今回の北国街道散策は終わりにしました。9時45分頃です。

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さて、一寸お土産と駅弁でも買おうかと駅へ入り、発車時刻表を見て目を疑いました。11時発の特急しなのがキャンセルになっています。何が起こったのか駅員さんに訊いてみると、「大雨で中央線が不通です。」と言う。

切符持ってるんだけど、どうすれば良いの?と尋ねると、今日中に名古屋へ行きたいなら、北陸新幹線で東京へ行き、東海道新幹線で名古屋へ行くしかないとのこと。明日になっても中央線が何時に開通するかは不明ですとのこと。

諦めてみどりの窓口へ行くと、同じような人か、大混雑でした。

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幸い乗車券はそのままでいいそうで、特急券の差額4000円ほどの負担だけで振り替えました。でも1時間近くかかった。

気を取り直して駅前の食堂へ。何故か沖縄の焼きそばで一杯。すごく美味しかった。

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信州そばは高いし、近所のスーパーでも売っているので、お焼きにした。駅中に5軒ぐらいお焼きの店がある。その中でこの店が気に入った。中身の具が多いように思ったから(笑)。

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東京までの新幹線は結構混んでいたので、ゆっくりビールも飲めなかった。東海道新幹線のひかりは、なんとか雰囲気も良かったので、待望の時間が過ごせた。

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でも、やっぱり在来線特急のムードが一番良いなあ。次回もどこかへ行きたいけど、腰は大丈夫かなあ。

おわり。

 

 

 

 

 

 

2023年7月10日 (月)

北国街道3日目 上田・上山田温泉・善光寺

2023年6月29日(木)

今日は本来なら西上田辺りから篠ノ井まで25キロほどを歩く日です。でも昨日中断して、今日も腰の温泉治療に戸倉上山田温泉に行くつもりです。朝早く目が覚めたので、いつものように朝食前の散歩に出かけることにしました。5時45分頃、ホテルの部屋を出ました。上田駅前も、さすがに人は居ません。

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昨日歩くはずだった上田市内の北国街道を歩いてみようと思いました。荷物さえ担がなければ腰の負担も少ないでしょうから。地図を見て、科野大宮社(しなのおおみやしゃ)辺りから、歩こうと思いました。

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20分ほど歩いて6時08分に科野大宮社にやってきました。

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右側のこの道が北国街道で、ここを歩いてくるはずでした。

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そして大宮社の前を通って西のほうへ。

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科野大宮社は第10代崇神天皇の時代に創建された歴史ある神社で、信濃総社と考えられています。

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大宮社から3分ほどで毘沙門堂跡がありました。佐久間象山も学んだ寺子屋も有ったらしい。

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突き当りを右折し、次にこの横町を左折するつもりでしたが、現地の地図では、もう1本北を左折が北国街道になっていました。

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でもまあ、この横町の方がムードが有ったので、横町に入りました。映画館もあります。

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突き当りの大通りを右折します。本陣跡を探したのですが有りませんでした。6時42分、池波正太郎の真田太平記館のまえを通りました。勿論まだ開いていません。

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少し歩いて中央三丁目の交差点を左折して、柳町へ入って行くのが街道です。

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柳町は旅籠屋や商家が軒を並べたそうです。酒蔵もあり、ムードもあります。

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柳町を過ぎて左折すると、街道は長い直線で西へ向かいます。

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途中まで歩いて、上田城方面に左折して、北国街道に別れました。7時頃です。6~7分で上田城跡が見えてきました。

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大手門です。

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西の櫓の真田幸村像です。

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上田城から上田駅は徒歩12分です。7時40分頃駅前に帰ってきました。少し、賑わってきましたね。

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コンビニで朝食を買って、部屋に戻りました。朝から5キロ以上歩いて、すっかり疲れたので、缶ビールも許されるでしょう(笑)。

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今日の予定は戸倉上山田温泉です。しなの鉄道の戸倉駅が最寄駅です。

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戸倉温泉と上山田温泉があるみたいですが、一般には合わせて戸倉上山田温泉とPRしています。北国街道との位置関係は下図のようです。

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ネットで調べると、戸倉温泉の立ち寄り湯は、値段も安く、大衆浴場のようでした。今日は一寸、ゆっくり浸かろうと思っていたので、上山田温泉にしました。戸倉駅へは10時過ぎに到着しました。

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戸倉温泉なら歩いても15分ですが、上山田は千曲川の向こうで、30分位掛かりそうなので、腰の具合もあり、バスを待っていきました。10時45分頃到着しました。

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足湯もあります。

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瑞祥という日帰り温泉へ。食事もできる所を選びました。

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岩風呂みたいで、なかなかですね。

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でも私は、例によって外湯の寝湯に1時間ほど浸かります。

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でもまあ、そう長湯はできませんねえ。13時過ぎには駅に戻ってきました。14時頃長野駅に着き、駅の立ち食いそばで信州そばを食べました。

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駅の立ち食いそばで、信州そばって信用できるの?ということですが、こんな説明があったので、信用しました。きのこそば食べたのですが美味かったです。

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駅の観光案内所で、今から善光寺へ行って、その後、どこかお勧めはと尋ねたら、近くの県立美術館が良いと言われました。駅から10分ほどのホテルにチェックインして荷物を置き、空身になって出かけました。

フロントでくるりんバスの情報を貰って、バスで最寄り駅に着いたのが15時20分です。地図のバス停マークです。

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長野駅方面からの北国街道は、善光寺の参道と重なります。少し北上して、道路元票で右折していく青い線が北国街道です。バス停付近の写真です。

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道路元標のある善光寺交差点、ここで街道は右折していきます。

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仁王門を潜ると仲見世通りです。そうですね、善光寺は3回位は来てますが、北国街道がらみは初めてです。

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山門を潜ると本堂ですね。善光寺は無宗派とか聞きますね。それでよく経営できたもんですね。

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本堂の中は撮影禁止なのですが、盗難騒ぎの有った「びんづる」さんは撮影したかったですね(笑)。今回はしっかり腰のまわりをさすってきたので、きっとご利益あると思います。

県立美術館へ行きました。北斎展は7月1日からで残念でした。でも東山魁夷展をやってました。白い馬シリーズは感動しました。撮影は勿論できません。外国の美術館や博物館は、お金を払うと撮影できる場合が多いのですが、日本では少ないですね。

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45分ほどで出てきました。噴水で子供が遊んでいました。仲間に入りたかったですね(笑)。

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善光寺近くの北国街道を通ってみました。16時半ごろです。

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参道の道路元標です。

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参道を下りながら、お土産を物色しました。たまねぎの漬物が気に入りました(笑)。

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ホテルに宿泊するたびに貰った「信州割」のカードを、店員さん見せると、快く使い方を教えてくれました。1軒2000円で3件ですが、1枚行方不明だったので2枚で4000円。5000円以上だと送料無料なので、漬物を一杯買い込みました(笑)。

北野文芸座があり、お酒は諏訪の真澄が飾っていました。

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途中の焼き鳥やさんに、6時までのほろ酔いセットが有って、気に入ったので一寸入りました(笑)。

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ほろ酔いでホテルに帰ってくると、近くに良さそうな居酒屋を見つけました。入ると当たりで、常連さん、女将さん、大将、みんなが話好きで、入った時から喋りづめでした。

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途中で飲みすぎたか、女将さんに大徳利の注文を小徳利に変えられたのは覚えています。

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気が付いたら、翌朝のホテルのベッドの上でした。また長野へ行ったら、行きたいですね(笑)。

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明日に続きます。

 

 

2023年7月 7日 (金)

北国街道2日目後半

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図の興善寺のすぐ先で、海野宿は終わります。9時45分頃です。

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そこから15分ほどで街道は千曲川に出ました。

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道なりに7~8分歩くと仁王堂の案内で細道へ左折しました。川沿いに小さなお堂がありました。

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4~5分で大屋駅前に出てきました。

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ここで一寸悩みました。腰の調子がどうも良くないのです。朝から4時間で、13キロほど歩いていますが、無理は止そうかなという感じです。でも、もう少し歩いてみようと、出発しました。10時13分です。すぐに大屋神社の横を通ります。

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5分ほどで瀬沢川を渡ると、線路沿いの広い道に出ました。歩道の柵に写真と説明が並びます。

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読むと、この歩道には、昔立派な桜並木が有ったそうです。でも交通事故を無くすため、伐採して歩道を作ったとか。

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左折すると街道の面影です。

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すぐに明治天皇岩下御小休所の手作りのモニュメントがありました。

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10時43分に伊波保神社があり、夫婦道祖神などがありました。

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ここで休みながら、中断を決めました。無理を続けると、帰ってからの日常生活に差し支えても困ると。次の信濃国分寺駅で終わることにしました。

そう決めると、心も軽くなり、腰も軽くなったような気がします(笑)。10時55分に出発。すぐに川の中に大きな岩がありました。太鼓岩と言って、対岸の小牧山の噴火物だそうです。

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少し歩くと、旧北国街道の案内がありました。江戸時代の面影を残すようです。

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11時04分、神川を渡りました。その先の三叉路に馬頭観音の大きな石碑がありました。

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少し千曲川沿いを歩いて、北陸新幹線の鉄橋を見て、街道から離れて信濃国分寺駅を目指しました。10分ほどで信濃国分寺駅に到着しました。11時20分頃です。

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国分寺駅で考えました。街道歩きは辞めるので、予定の無かった信濃国分寺へ行ってみようと。駅前のコンビニで缶ビールを一杯飲んだ後、国分寺に出かけた。

奈良時代聖武天皇の発願で、全国に国分寺と国分尼寺が創建された。平安時代に衰退し、滅びた国分寺も多い。信濃では、推定、平安末期にすぐ近くに、再建された。現在、信濃国分寺跡とほぼ隣接して天台宗の信濃国分寺がある。

駅から5分で、新国分寺の山門がある。本堂は八日堂と呼ばれるらしい。

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山門を潜って3分で国分寺境内です。徳川秀忠が真田攻めにてこずって、関ケ原の合戦に間に合わなかった話は有名ですが、その際、ここ国分寺で話し合いが持たれたとか。

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なぜかおみくじの元祖、元三大師が関係しているようですね。

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しなの鉄道の線路の両側に国分寺跡があります。寄ってみました。まあ礎石だけですが。

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これで信濃国分寺の見学を終えて、しなの鉄道で上田市駅に来ました。12時半ごろだったかな。上田は昨年、塩田平・別所温泉・真田本城などを見に、1泊2日で来ています。そのとき泊まった駅前のホテルを今回も予約しています。

午後は熟慮の末、腰の温泉治療にあてることにしました。上田電鉄の「あいそめ湯ったり切符」1340円を購入しました。

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13時16分発で30分ほどで到着します。別所温泉駅です。

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駅から3分で、日帰り温泉のあいそめの湯があります。昨年も来ました。

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露天風呂からは塩田平が見えます。

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整形外科の先生からも言われているので、腰を暖めることにしました。寝湯に浸かって、1時間腰を暖めました。

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湯上りはやっぱりビールですね。

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ゆっくり浸かって、ビールを飲んで、5時前に上田に帰ってきました。上田名物は美味だれ焼き鳥なので、一休みしたら、ここに来ようと、駅の居酒屋さんをパチリ。

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ところが、なんということか、ホテルの部屋でそのまま眠ってしまいました。

明日、頑張ります(笑)。

 

 

 

 

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