2023年2月 2日 (木)

国道東海道の変遷

江戸時代以前、東海道を通る旅人は、木曽川、長良川、揖斐川の木曾三川をどこで超えるかが大問題でした。江戸時代に入ると、熱田の宮から船で海へ出て、直接桑名へ渡る七里の渡しが開設されました。およそ4時間で渡ったそうです。

ただ海路は天候に左右され、欠航もしばしば、また船酔いやトイレなど、問題も多く抱えていました。1626年、将軍家光が、上洛からの帰途、この渡しで船酔いしたとの記録もあるそうです。

そこで1634年、熱田から美濃路で北上し、尾頭で美濃路と分かれて、岩塚・万場・神守そして佐屋へ至る佐屋街道が開設されました。

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佐屋からは佐屋川を水路で下り、木曽川から長島の鰻江川の水路を通って桑名へ至る三里の渡しが開設されました。この街道は1666年には幕府道中奉行の管轄となり、五街道並みの扱いとなりました。

この佐屋路は幕末まで結構使われたようです。でも徐々に佐屋川の水量が減少し、船の運航が難しくなっていました。明治元年、明治天皇が1回目の東下りの際、この佐屋路を使われましたが、船が半分ほどの焼田港までしか上れず、そこから陸路を使われました。

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翌年の2回目の行幸では、更に悪化して、佐屋川入口の前ヶ須までしか船は入れませんでした。当時は江戸初期と異なり、現在の名古屋市港区周辺は、遠浅の海が干拓され新田になっていました。したがって、前ヶ須までは佐屋まで遠回りする必要もなく、熱田から直線的に来ることも可能でした。

そこで明治5年に新しく前ヶ須街道が完成し、明治9年に正式に佐屋路に換わって国道東海道となりました。図再掲。

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但し、前ヶ須から桑名へは、まだ陸路は無く、木曽川を「ふたつやの渡」で渡り、揖斐・長良川も渡しがありました。

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この国道東海道は、昭和8年に尾張大橋が完成し、翌9年に伊勢大橋が完成して、現在の国道1号線が東海道となるまで60年余り1級国道として国の幹線道路でした。ふたつやの渡を渡った長島側に明治25年建立の、東海道の石碑があります。

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現在この国道東海道は「東海通」という名前だけで残っています。熱田から庄内川の明徳橋までは旧道は消滅しているようですが、その先は前ヶ須まで、現在の東海通の南側に残っているようです。

近いうちに歩こうと思っています。

 

 

 

2023年1月30日 (月)

名古屋 百曲街道

名古屋に百曲街道というのがあるのを知った。とあることから、下記の本を入手し、読んでいるうちに見つけた。

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江戸時代、名古屋の港区や南区は干拓によってできたそうです。それら熱田新田の縁を通る道が自然にできて百曲街道となった。その新田は一番から三十三番に分けられ、各番には観音像が祀られたそうです。番割観音と言います。

明治に入ると、この百曲街道が名古屋の中心部、大須の門前町と東海道を経由して伊勢方面を結ぶ重要な街道となり、庄内川を渡る明徳橋で東海道に接続しました。

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一寸待ってくれ、そんな所に東海道が有ったか?と言われるのは尤もですが、その話は長くなるので、後日、項を改めます。ともかく今回は、その百曲街道を歩いてみました。

2023年1月28日(土)

まだ冬型の気圧配置で寒い日ですが、朝9時半には大須観音に入りました。Dscn3483jpgc

骨董市みたいなのが開かれていました。懐かしいですね。子供のころ、父に連れられて、東寺の弘法さんへ行ったことを思い出しました。

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9時40分頃、境内を出ました。

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本町通へ出て右折、六番町方面に向かいます。

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百曲街道は図の青線のように進むと本には書いてありますが、下街道と言われる本町通を南下する方が自然なので、そのまま直進しました。この付近は、西本願寺や東本願寺の別院があり、通りは仏壇屋さんで埋められています。

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10分ほど南下すると、古い看板の掛かった酒屋さんがあります。

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その傍に、橘町の大木戸跡の説明がありました。

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百曲街道も、この大木戸を潜って行ったと考えるのが自然ですよね。すぐに国道19号線です。ここを斜めに横断します。古渡稲荷の前を通って南下します。

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3分で正木公園があり、その角を右折しました。時代を思わせる家並があり、その前を行きます。

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10時13分、古渡橋で堀川を渡りました。

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道を間違えてすぐ左折しましたが、気が付いて引き返しました。名古屋高速の下を潜って左折します。尾頭橋駅のすぐ南側辺りの下を潜る道があり、それを潜って行くのが百曲街道街道です。

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低いトンネルを潜った先は、少し街道の面影が出てきます。この辺りからは、確かに百曲街道とグーグルマップにも記載があります。

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そうは言っても普通の街並みで、古い面影があるわけではありません。10時24分頃です。

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10分ほどで八熊通りの交差点を越え、更に10分ほど、左手に雷鳴座という芝居小屋らしい建物がありました。

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近くに出し物のポスターもありました。名古屋にも芝居が有るんだと、ほのぼのしました。

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さらに13分ほど、11時一寸前に、細い路地を斜めに入っていくのが百曲街道のようです。この辺り、街道の案内も何も無いので、地図と感だけが頼りです。

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ところでこの辺り、先に書いた熱田新田に入ってきて、番割観音様が祀られた辺りです。今もこの辺りの地名には、一番町から十一番町まで残っていますね。そのそれぞれに祀られた番割観音様が残っているというので、探してみることにしました。

なかなか見つからず苦労しましたが、街道沿いに一つ観音堂がありました。特に説明はありませんが、十番・十一番の観音が祀られているはずです。

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11時22分、十一番町の交差点に出ました。

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国道1号線です。中川運河を昭和橋で渡ります。

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渡ってすぐ左折し、一本目を右折します。するとここも、一寸街道らしい町並みです。

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この辺りにも番割観音堂が有りそうですが判りません。太平通りにぶつかって、横断できないので国道1号線に迂回します。この辺り、図の青線が旧街道らしいです。道を探して、うろうろしている内に12時近くのなったので、そこに有った喫茶店に入りました。

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焼きそばと御飯がサービス定食でした。栄養のバランスが悪いですね(笑)。まあ、お腹は膨れて、12時22分に店を出ました。

10分ほどであおなみ線を潜りますが、その手前の道を左折して、一本南側の通りで神明社を見つけました。その横に二十番の番割観音堂がありました。

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ここには初めて番割観音の説明がありました。

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12時35分に出て、他の観音堂を探したりしながら、12~13分で荒子川を渡った。

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地下鉄高畑駅に通ずる広い車道を渡り、少し行った右奥に、空雲寺という禅宗のお寺があり、一寸見に行った。ここには熱田新田を開拓した、豪農の鬼頭景義の墓があります。またクロマツが見事です。

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13時頃ここを出て、道は南西に斜めに続きます。自然にできた百曲街道が残っているのですね。

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13時15分、明正一丁目の広い交差点を斜めに横断しました。この辺りも、かすかに街道の面影です。

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交差点から3分で、左側の観音堂がありました。

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やはりここも隣には神明社があります。ここは二十九~三十三番まで五体の観音が祀られているそうです。また百曲街道の説明もありました。

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13時24分に出発しました。この辺り、百曲街道の名前のように、道は曲がりくねっています。

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今日初めて百曲街道の案内がありました。

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観音堂から10分ほどで庄内川の堤防に到着しました。

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堤防に登りました。明徳橋が見えます。

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13時40分、明徳橋に着きました。今は東海通、昔は東海道だったのです。バス停は、左へ5分ほど戻った所にあります。

右へは旧東海道が、弥富の前ヶ須まで続いています。そのうちに歩いてみましょう。

 

 

 

 

 

2023年1月 7日 (土)

竹田街道・京都

竹田街道は京の中心部と伏見港を結ぶ短い街道です。

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京と伏見を結ぶ街道は他にもありました。下図、竹田街道の右が奈良街道(伏見街道)、左が鳥羽街道です。今回は真ん中の竹田街道です。

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2023年1月6日(金)

ワンゲル仲間のOさんと、一寸歩いた後、お屠蘇でも頂きましょうと、10時半に京都駅で待ち合わせた。京都駅八条口の東側に竹田街道八条の交差点がある。まあこの辺りが京都御土居の竹田口が有ったことにして、ここから歩き始めることにした。

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この通りは国道24号線ですが、この辺りでは竹田街道と呼ばれています。

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歩き始めるとすぐに北向不動院があります。京都を守護するため不動明王が北向に祀られているため、そう呼ばれています。

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10時40分、九条通りを渡ります。大石橋と言う交差点で、右折して西へ向かえば、東寺や羅城門跡などがあります。

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5分ほどで札ノ辻という交差点を渡りますが、特に何も無いようです。

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また5分で十条です。向こうは洛南道路の入り口のようです。

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ここで鴨川を渡ります。鴨川は出町柳より北では賀茂川、南では鴨川と書きます。

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渡ってすぐ堤防沿いに右折し、すぐ細い道を左に入っていくのが旧道のようです。

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10分ほどで一旦国道に出ますが

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またすぐ右に入ります。

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10分一寸歩くと名神高速道路の下を潜ります。この右手に近鉄竹田駅があります。旧竹田村があり、竹田街道の名前の由来と思うのですが、特に街道の面影はありません。

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7から8分歩くと、道は川筋を離れて左に又国道へ向かいます。

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国道に合流するとすぐ右手に城南宮参詣道と言う大きな石碑があります。

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城南宮は平安京の厄除け神社です。鳥羽離宮の一部となったこともあります。

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この辺りで、歩き始めて1時間位です。すぐに深草加賀屋敷町の交差点があり、国道は近鉄の線路に沿って左にそれていきます。

ここで近鉄のガードを潜ります。潜るとすぐ、棒鼻という交差点があり、道は何叉路かに分かれますが直進します。

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棒鼻を過ぎると、街並みは街道の面影があります。丹波橋駅付近になると酒蔵の匂いも漂います。棒鼻から20分、12時ごろには玉乃光酒造のそばを通りました。

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街道はこのまま南下して寺田屋の方へ向かいますが、我々は初詣のため金札宮へ向かいました。道が判らず金札宮の周囲を一周しました。以前、大阪の京橋から秀吉が作った京街道を歩いたことがありますが、その時もここを通りました。大きな道標も見ました。

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すぐ傍が金札宮です。謂れは平安遷都の折、この地区に伊勢神宮の金のお札が降って、神社建立を促されたそうです。

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初詣も済ませたので、本来の目的である(笑)お屠蘇に向かいました。この辺りは鳥せい本店や黄桜、月の蔵人んど良い居酒屋がたくさんあります。目移りする所ですが、今回は大手筋から一寸入った伏水酒蔵小路へ。12時半頃です。

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酒を飲むカウンターといろいろな食べ物屋さんが入っています。

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どの席に座っても出前で各店の料理が食べられます。我々はカウンターへ。そこで十七蔵の利き酒セットを頼みました。

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飲んでいるうちに、何が何だか判らなくなるので、お勧めはしません(笑)。それと、総量は2合ぐらいとのことですが、小さな盃で飲んでいると、酔うのが早いですね(笑)。

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1時50分頃、店を出ました。竜馬小路を通って、

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寺田屋へ

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ここで竹田街道と合流して、十石舟が通る掘割へ。まあ竹田街道もこの辺まででしょう。向こうの建物は月桂冠の大倉記念館だったかな。絵になる風景ですね。

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もう一か所、御香宮へ初詣に行きました。確か、神功皇后をお祀りしていたと思います。

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京阪の伏見桃山駅の近くで、軽くビールを飲んで、今日の予定は終わりました。

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お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年1月 4日 (水)

岩倉街道後半

2023年1月3日

今年の歩き初めに、年末に歩いた岩倉街道の後半を歩いてきました。名鉄犬山線の布袋駅から犬山駅まで12キロほどです。

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正月の3日とあって電車も空いていて、布袋駅には9時頃到着しました。

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10分ほどで街道の県道157号線に復帰です。

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前回位置を間違えて、見つからなかった富士塚はすぐ近くでした。

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これは前方後円墳だそうです。徳川家康が小牧長久手の合戦の折、ここに登って作戦を立てたとか。9時25分頃街道に復帰、1キロ程歩くと、角に地蔵寺と言うお寺がありました。謂れは判りません。

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更に10分一寸歩くと若宮神社がありました。お正月でもありお参りすることにしました。

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10時10分頃、道の両側にオークマの工場とミサワホームの工場がありました。そこから7~8分、名鉄柏森駅の踏切を渡りました。

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5分ほど歩くと、今度は左手に柏森神社があり、ここもお参りしました。

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この辺りに高札場跡があるはずだがと探しながら歩いていると、右手に道標が見つかりました。

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説明には犬山と小折の中間の札ノ辻と書かれていました。近くには柳街道の文字もありました。

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柏森神社から10分ほど歩くと、街道は県道から分かれて左に入ります。旧道が残っているようです。

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柳街道の説明がありました。

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旧道とはいえ、特に街道の面影までは無いようです。5分ほどで旧道は終わり、県道に復帰するのですが、ふと左を見ると柳街道の石碑がありました。金網に囲まれて学校へ続いています。街道は学校の校庭になったようです。

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県道に戻り、少し歩くと、右手に児童公園があり、トイレも有るので小休止しました。

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10分ほど休憩して、10時55分頃出発しました。11時07分、扶桑駅の前を通りました。

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駅から6~7分、左手に楉埜神社(しもとの)という難しい名前の神社がありました。ここもお参りします。今回は初詣の旅になったようです。

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11時22分頃、街道は広い自動車道と合流しました。県道64号で、右手にイオンタウンがあります。通り過ぎると大師堂前と言う交差点があり、右手に大師堂がありました。

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11時35分、木津用水を渡ります。

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渡るとすぐ右に入る道が有り、それが街道です。入るとすぐ、広い公園のような道と交差します。地元の人に訊いたら、水道用水で名古屋まで続いているとのことでした。

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すぐに道路で遮られますが、回り込んで進みます。11時47分、斜めの道と交差しますが、そこに道標がありました。

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右岩倉、左小〇とか刻まれていました。そこから10分弱で街道は突き当り、三叉路になります。

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この道は稲置街道で名古屋から犬山の街道だそうです。稲置は犬山の旧称で稲置村と言ったそうです。左折すると犬山城下町です。10分弱歩くと城下町らしくなってきます。犬山城の城郭の外に作られた街で、外町と言うそうです。

犬山祭りの山車の保管庫や神社、寺院が多くあります。

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城下町に近づいたとみえて車も混んできました。

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12時10分頃、城下町に到着しました。これまでとはうって変わって大混雑しています。

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この辺で昼食を食べて、犬山城から犬山遊園駅へ行って帰ろうと思っていましたが、食べ物屋も混んでいて、入れそうにもありません。

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時節柄、こんな人込みでうろうろするのも考え物なので、犬山城は諦めることにしました。近くの熊野神社で最後のお参りをしました。

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昼食は駅前の吉野家にしました。

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ここもタッチパネルの注文方式になっていました。

初歩き、お疲れ様でした。

 

 

2022年12月20日 (火)

岩倉街道

近場でどこか歩こうかなと探して、見つけたのが岩倉街道です。名古屋城と犬山城を結ぶ街道の一つですが、美濃路の枇杷島で分かれて、岩倉を経由して犬山城までの25キロほどの街道です。

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2022年12月18日(日)

名鉄の西枇杷島駅から犬山遊園駅まで歩くと27キロほどです。1日で歩くのに丁度良い距離と言いたいのですが、それは若い頃の話で、最近ではチョット無理です(笑)。2回に分けることにしました。で、今日は西枇杷島から岩倉の一寸先、布袋駅まで歩きました。

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寄り道しなければ15キロほどです。

今日はこの冬一番の寒気が日本列島を覆っています。雨の心配は有りませんが、風が強い。北西の風に向かって歩くのは辛いですね。犬山から南下して、風を背中に受けようかとも考えましたが、そうすると逆光になり、写真が撮りにくい。で、諦めて西枇杷島出発にしました。

寒いけど快晴で、駅前の高層ビル群がきれいです。

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8時40分頃、西枇杷島駅に着きました。付近は大規模な工事中で、旧道も何も判らない状態でした。

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一応、庄内川まで南下します。以前、美濃路を歩いた時、ここの枇杷島橋を渡って名古屋駅方面に向かいました。道沿いに橋詰神社というのがあり、今日は何か氏子の人が準備をしていました。

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美濃路は、この枇杷島橋を渡らず、少し先で、渡し船かなにかで庄内川を渡ったようです。

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で、今回岩倉街道は、橋を渡らず手前で左折して庄内川沿いの道を行きます。

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その渡し辺りでしょうか、道端に美濃路の道標と石像がありました。前回は枇杷島橋を渡ってしまったので、この像には気が付きませんでした。

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枇杷島は江戸時代、大きな青果市場が有ったようで、この像は大きな大根を担いでいるように見えます。岩倉街道を通って、青果物が運ばれてきたようです。

名鉄の踏切を渡って、庄内川沿いに歩きます。像から20分ほどで国道22号線にぶつかりますが、渡れないので河原に降りて潜りました。この橋に併設して名古屋高速の橋もありますが、赤とんぼ橋と言うようです。

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庄内緑地で川から離れ、緑地の縁に沿って北東に向かいます。緑地公園の駐車場がありますが、この辺りで、左折する道が有るのですが、通り過ぎてしまいました。

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すぐに五所社という神社の石標があり、それに気が付いて、事なきを得ました。

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ここは中小田井の氏神さんだそうです。そのすぐ隣に、善光寺別院の願王寺というのがあります。

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この参道には一寸変わった石像が立っています。モアイ像みたいだったりします(笑)。

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中小田井のこの辺りは、街並み保存地区に指定されているようです。

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9時40分頃、名鉄の高架を潜りますが、ここが中小田井駅です。

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この先も街並み保存地区らしいのですが、もうその面影はありません。15分ほど歩くと新川の平田橋を渡ります。

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橋の袂に馬頭観音が祀られていました。

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橋から5~6分、今度は弘法大師の石仏がありました。珍しいですね。

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そこから15分、10時半ごろ、西春駅の近くに来ました。ここからは、県営名古屋空港にバスが出ています。セントレアができる前は、何度も通った駅です。一寸休憩しました。

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西春駅からの街道も、まっすぐ一直線に伸びています。

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20分ほど歩くと、今度は五条川を生田橋で渡ります。五条川は岩倉付近では桜の名所だそうです。

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大山寺駅付近でしょうか、立派な旧家の米屋さんがありました。

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名鉄の踏切を渡り、街道は岩倉市街へ入っていきます。下本町交差点の旧家です。

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交差点を右折すると岩倉城址の案内があります。

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岩倉城は、織田信長が尾張を統一する以前は、清須城とならんで、有力な尾張の城だったそうです。信長によって攻略されています。

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下本町の交差点を渡ると、岩倉街道の案内がありますが、()で柳街道とも書かれています。

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街道の両側に柳の木が植えられていたそうです。11時35分頃、岩倉駅の近くに来ました。神明生田神社というのが有り、入ってみました。

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山内一豊の生誕地とも書かれています。入ってみると桜が咲いていました。四季桜です。

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11時40分位だったので、どこかで昼食と、駅前を一周してみましたが、適当な食堂が無いので、サンドイッチで人気そうな喫茶店に入って、焼きそばを食べました(笑)。

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12時半ごろ店を出て街道に復帰しました。鍵型の道を越えると、すぐ中本町交差点で、左に神明太一宮があります。謂れは知りませんが立派な神社で一寸参拝しました。伊勢神宮にも関係深いようで、石橋に元伊勢と刻まれていました。

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神社の横に半纏屋さんがありました。近くにも1軒あったので、この辺は半纏や幟が特産でしょうか。

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神社の北側の道を左折すべきですが、ぼんやりして直進しました。幸い気が付いて、街道に復帰しました。道が一寸広くなりました。

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淡々と歩いて県道25号線や国道155号線を越えると石仏駅が近いはずです。でも通り過ぎて、13時過ぎ、名神高速の下を潜って左折、すぐ右折すると一宮市に入りました。

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更に10分一寸歩いていると柳街道の案内がありました。この辺では岩倉街道より柳街道なんですね。

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更に5分で小折の交差点です。左折した北側に道標と石仏があります。道標には右いぬやま左一宮と刻まれています。

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その少し先、南側に酒蔵が有るのを地図で見ていたので、覗きに行きました。

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酒小売いたしますの看板がありました。お酒と酒粕を買わせて頂きました。

交差点に戻って北上するのですが、この辺り左手にいろいろ史跡があるので、街道を離れて左に入っていきました。織田信長の側室がこの近辺の豪族生駒氏の娘で、その菩提寺の久昌寺跡。

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生駒氏の氏神で、信長の次男信雄の守護神である龍神社。

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その他にも、常観寺のお釜地蔵尊や御嶽神社、般若寺とか見て廻った。でも小折城址が見当たらなかった。どこに有ったのかな。また国道155号線を渡ります。その右手付近に、富士塚と言って、家康ゆかりの前方後円墳があるらしいが、一寸判らなかった。

まあこの辺で今日は止めることにしました。残りは12キロ程です。

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10分ほどで布袋駅です。14時31分でした。

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付近は何もないので、名古屋駅まで飲み物はお休みでした。

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家に帰ってお土産が楽しみです。

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冬は粕汁が一段と美味しくなるのですが、この日の粕汁は、これまで食べた中で、最高の美味しさでした。

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2022年11月13日 (日)

奈良街道2日目後半

地図再掲します。中央の万人講常夜灯を過ぎ、国道24号線の交差点に来ています。11時04分です。

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渡ると上り坂が続きます。市坂という辺りです。

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12~3分登ると、安養寺の石碑があり、その横に石仏のお堂があります。観音堂・役行者・念仏石が祀られています。

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一寸拝んで通り過ぎると、右に街道が分かれます。11時21分。

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5分ほどでまた元の道に合流します。11時半頃、高架の下を潜りました。そこから10分、11時40分に県道44号線と交わる大きな交差点にきました。

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ここにコンビニがあると調べていたので、ここのイートインでラーメンを食べました。

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12時13分、店を出ました。もう目的の転害門までは2~3キロでしょう。県道754号線です。

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10分ほどで街道は右に分かれます。旧道と呼ばれます。登りはここまでで、ここからは下りのようです。

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右に入るとすぐ右側に高札場跡がありました。

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その横が奈良豆比古神社です。謂れはよく解りません。

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境内には巨大な樟の巨木があります。

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12時35分頃、神社を出ました。5分ほどで般若寺の楼門があります。重文だそうです。入り口は現在、県道側になっています。

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少し南下し右に入ると、旧奈良監獄があります。現在は少年刑務所だそうです。

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旧道に戻って5分、レンガ造りの古い水道施設を越えると、もう奈良市街です。

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坂を下りきると、また県道と合流しますが、京街道の石橋があります。ここでは京街道と言うのですね。

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ここから5分で目的の転害門です。転害門は天平時代の東大寺の伽藍を想像させる唯一の建物だそうです。

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ここは平城京の一条通りに面するそうです。又は佐保通りとも言うようです。奈良に来るときは、JRや近鉄の駅から来るので、どうしても三条通りから来ます。北から来たのは初めてで、転害門も初めてでした。

JR奈良駅へどの道を行こうかと思いましたが、聖武天皇陵がある一条通をあるくことにしました。7~8分で佐保川に架かる蓬莱橋を渡ると、右手に聖武天皇陵の参道があります。

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13時15分に出て、少し西へ歩き、やすらぎの道を奈良女子大のほうへ左折しました。

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近鉄奈良駅の西側を通って三条通りへでました。

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奈良駅到着は13時50分でした。

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14時20分の列車に乗り、今日渡ってきた木津川の流れを見ながら

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ちびちび飲みながら帰りました。お疲れ様。

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2022年11月12日 (土)

奈良街道2日目

2022年11月8日(火)

朝は早く目覚めたので6時15分過ぎには宿を出た。どこかで朝飯と思ったが、結局コンビニでお握りを買って、6時45分のJRに乗り込んだ。

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7時10分過ぎには山城多賀駅に着いた。

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駅前ではお握りも食べにくいので、とりあえず出発した。

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5分ほど歩くと南部公園と言う小公園が有ったので、そこのベンチで朝食休憩とした。

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7時33分に出発、5分ほど歩くとJRの線路を渡る。渡らず、直進が良いんだが、道が無いらしい。

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線路沿いに10分弱歩くと、跨線橋があった。どうもこれで渡らないと駄目らしいので、坂を登って線路を越えた。

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和って少し行くと、線路沿いの道があったので、その道で玉水駅方面に行くことにした。

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8時頃玉水駅の近くを通過した。

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すると街道は玉川の土手にぶつかる。奈良時代末期、左大臣橘諸兄の別荘が、この辺りにあったそうです。

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15分ほど歩くと高架を潜りますが、これは渋川という小川で、天井川になっています。

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これを潜ると木津川市になります。すぐに以仁王御陵の案内があります。宇治川の合戦で源三位頼政とともに平家と戦い討ち死にしたと伝えられる、後白河法皇の第三皇子です。

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ここに御陵があるとはしりませんでした。隣に高倉神社がありますが、以仁王は京都の三条高倉にお住まいで、三条宮とか高倉宮と呼ばれたからと思われます。なお、以仁王は討ち死にせず、大内宿へ逃れたという説もあります。いずれにせよ、以仁王の平家追討の宣旨が諸国の源氏を決起させたことは事実のようです。

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8時25分頃街道に復帰、辺りに田んぼが広がりました。京を出て、初めての景色ではないでしょうか。

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すぐに天神川を渡ります。堤防を左折すると蟹満寺に行けるようです。今昔物語の蟹の恩返しの縁起で有名だそうです。広い道が南下しています。

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しばらく道なりです。

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8時40分頃、小公園があり、付近の地図など載っています。この辺りでは、奈良街道より山背古道がメインのようです。ここで右に分かれます。

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3分も歩くと不動川の低いトンネルを潜ります。ここも天井川です。潜って10分ほど道なりに歩くと、JRの線路に近づきますが、その一寸手前の細道に右折して入ります。すぐに踏切を渡ると、右手に棚倉駅が見えます。

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渡ってすぐ右折し、棚倉駅の前を通ると、すぐ右側に涌出宮という神社がありました。伊勢神宮に関係深そうですが、よく解りません。でも一寸興味惹かれたので、本殿まで行って参拝しました。

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神社を出て、少し歩くと、街道は右に線路を潜ります。9時10分頃です。

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道なりに5分ほど歩くと、不動川を渡ります。左、神童寺の案内があります。山岳仏教に関連する寺院のようで、愛染明王坐像などが有名だそうです。一寸離れているので行けませんが、別途、南山城のお寺を巡ってみたいものです。

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5分ほど歩くと、左手に春日神社があります。すぎると椿井北代の交差点です。9時25分。

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渡るとすぐ街道は府道70号線と分かれて左に登ります。

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登るとすぐ椿井大塚古墳の案内がありました。9時半頃です。

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古墳の縁を通って南下します。一寸間違ったりしながら細い道を南下します。10分ほどで一寸広い車道に出ました。山城中学の近くです。中学を通り過ぎた所に小公園があり、衣服調整もかねて小休止しました。

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10分ほど休憩して9時57分に出発しました。

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10分で上狛の交差点です。

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渡って5分歩くと、お茶の福寿園の建物がありました。サントリーと組んで伊右衛門を展開していますね。その傍に、山城茶業の碑というのがありました。

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宇治茶の歴史は平安時代に遡るが、江戸時代末期には、ここ上狛に木津川の水運を利用した、茶葉の集散地ができたようです。

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10時20分頃、木津川の堤防に登りました。過ってはここに渡しがあったのでしょう。今は泉大橋を渡ります。

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木津川は子供の頃、泳ぎに来たことがあります。海岸と同じように砂浜が有ったのを覚えています。

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10時32分、渡り終えると、すぐ右折して、堤防道路の下の道で、街道に引き返します。

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赤い鳥居のある交差点を左折します。10時40分です。

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街道らしい道です。

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嬉しいことに、奈良道と案内しています。

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左折して7分で小川の橋を渡りました。小川に沿った道を進みます。

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11時頃、国道163号線の下を潜りました。すると右手に大きな常夜灯がありました。万人講と刻まれていました。

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次に国道24号線との大きな交差点を越えます。超えると街道は、上り坂になります。

ここまでで前半を終えます。11時04分頃です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年11月11日 (金)

奈良街道1日目後半

12時半ごろ、公園をでました。

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向島駅のすぐ先で左折します。ここは団地じゃないので、街道の面影です。

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また戻って、今度は京滋バイパスの下を潜ると、団地になりました。

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そこを抜けて府道69号線を越え、街道は南下して、槙に入ってきます。左手に巨椋神社があり、一寸お参りしました。

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お茶屋さんが有ったりして、宇治だなあと思います。

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13時20分頃、井川という小川を渡りました。遊歩道もあります。

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13時27分、再度府道と合流しました。

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13時40分頃、伊勢田駅付近を通過。

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その一寸先で街道は左に分かれ、13時50分頃、新田郵便局に来ました。角に、平成になって建てられた、新しい道標がありました。

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その5分ほど先に皇大神宮社という神社があり、お参りして小休止しました。

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10分ほど休んで、歩き出しました。城陽市に入るちょっと手前に、下水道工事の看板があり、奈良街道と書かれているので、間違っていないと確信しました(笑)。

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14時11分に城陽市に入りました。5分ほど歩くと、右手に古墳らしきものがあり、見に行きました。芭蕉塚古墳でしたが、私有地と見えて、立ち入り禁止でした。

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すぐ先左手には、久津川車塚古墳があります。この地方最大の前方後円墳で5世紀頃らしい。

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この辺り、南山城地区は古墳が一杯です。また少し先の右手に、今度は平川廃寺跡があります。

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8世紀中ごろ、奈良時代中頃のお寺のようです。14時半ごろでした。

街道は久世神社や小学校の前を通って南下します。

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14時43分、城陽駅付近を通過しました。

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左手に水度神社の参道を見ながら、10分ほど歩くと、前方に大きな交差点が見えてきます。14時55分、街道は府道69号線に合流し、更に国道24号線に合流しました。

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10分ほど国道を歩くと、街道は左に離れます。府道70号線のようです。

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またここには昭和3年に建てられたという、長池の道標があります。京都と奈良のほぼ中間で、長池宿がありました。

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後ろの看板は、幕末に伊能忠敬が宿泊したそうです。また、この辺りは山背古道が通っていて、そこは道路がカラー舗装されています。

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ただ、奈良街道は右折しますが、その道はカラー舗装ではありません。下の写真のすぐ先で右折です。カラー舗装に惑わされてはいけません。

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右折して細い道を行くと常楽寺があります。これを見て、間違っていなかったと安心します。

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15時半ごろ、JRの踏切を渡りました。柿の木が秋を思わせます。

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南城陽中学の前を通って、しばらく歩きます。青谷小学校を過ぎると、市辺変電所がありますが、トランスなどは見えず、全体が建物で覆われています。15時42分。

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良い雰囲気の道を7~8分歩くと、青谷橋が見えてきます。

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渡ると城陽市から井手町に入ります。

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京は山城多賀駅までとしているので、もう少しです。今、15時53分、14時10分発に間に合いそうです。逃がすと次は14時40分です。16時に山城多賀駅の案内が有ったので右折しましたが、一寸早すぎたようです。まあいいか。

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山城多賀駅には5分で到着しました。今日は24キロ一寸でした。

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京の宿は奈良市内です。山城多賀から20分ほど。ウガヤゲストハウスというドミトリーです。でも今日は私だけしか客が居なくて独占でした。旅行支援の割引で1泊1500円。それに1000円のクーポンを貰いました。

なので、夕食はまずクーポンの使える居酒屋へ。奈良地酒の店ですが、熱燗は丹波の酒でした。しっかり2合入燗徳利で、しっかり酔いました。

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次に3年前行った居酒屋を探していきました。ここでは話がすっかりはずんで、10時の門限がぎりぎりでした。

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明日も元気で歩きましょう。

 

 

 

 

 

2022年11月10日 (木)

奈良街道1日目、その1

今回は京都から奈良です。京都側から言うと、伏見までは伏見街道とも言います。奈良側から言うと、京街道とも言うようです。まあ、古来、奈良道と呼んだようです。

京都の五条本町から、奈良の東大寺転害門まで約40キロです。昔の人なら1日コースですね。でも今の私には当然1泊2日のコースです。

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2022年11月7日(月)

四日市からの高速バスは9時頃五条京阪に到着しました。いまは清水五条と言うらしいですね。

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その一寸東より、多分、本町通りが奈良街道の起点ですね。

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ここを右折して、伏見へ南下していくのが伏見街道です。9時05分でした。

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今は普通の住宅街のような通りです。車は北行の一方通行なので、通行量は多いのですが、後ろからの車を気にしなくても良いので助かります。少し歩くと、左手に本町公園があり、お地蔵さんが並んでいました。

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ここのお地蔵さんは化粧していません。覚えておいてください(笑)。五条から5分ほどで、豊国神社の正面参道の広い道に出ます。一寸左折して南側に耳塚があります。

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秀吉の朝鮮戦争で、討ち取った敵の、首の代わりに耳を持ち帰ったそうで、その耳が供養されているとか。

すぐに七條通りを越えます。左折すれば国立博物館や三十三間堂ですが、今日は素通りです。9時25分頃、塩小路通りの五差路を通過。振り返っています。南下する道は、写真には逆光で不向きですね。

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すぐにJRの線路にぶつかりますが、陸橋で超えていきます。

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この辺りは、京都生まれの私も、来たことが無いのですが、街並みは街道の面影充分ですね。この辺りは本町10丁目でしょうか。

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東山から流れ下る川を伏見街道が渡りますが、その橋が一の橋から四の橋まであったそうです。この辺りに一の橋が有ったそうで、この辺りの地名に残っています。

常盤御前ゆかりの宝樹寺や大丸の創業家が再建した瀧尾神社など興味深い名所があります。写真は瀧尾神社。

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9時38分、東福寺駅を通過。府道143号線が上を横切りますが、その高架下に、さきほどの二の橋が残っています。

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昔は伏見街道を伏水街道と書いたのですね。紅葉で有名な東福寺は左奥です。この辺りの街道風景です。にしんそばが京都ですね。

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9時48分、三の橋が有りました。

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まだこの辺りの左側奥は東福寺の境内です。酒屋さんも東福寺御用達の看板を挙げています。

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太古の土器や土偶、その流れで生まれた土人形の元祖が伏見人形だそうです。その技術を伝える伏見人形の丹嘉が街道沿いにありました。」

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10時05分頃、伏見稲荷大社の前を通過しました。焼き鳥すずめで有名ですね(笑)。

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JRの稲荷駅の傍に、旧東海道線のランプ小屋があります。JR東海道線は当初、滋賀県の膳所から伏見を通るルートだったそうです。

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街道はJRの踏切を越えて、更に南下して伏見桃山を目指します。街道は五条からずっと両側住宅で、長閑な田園風景などは有りません。

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10時22分、左手に協会があり、聖母女学院がありました。

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前方には名神高速道路が見えます。

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名神高速を潜ると、右手に親鸞聖人ゆかりの西岸寺があります。

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そのすぐ南に最後の四の橋がありました。10時31分でした。

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3分ほどで藤森神社に来ました。勝運と馬の神様だそうです。つまり競馬の神様でしょうか(笑)。そういえば、淀の京都競馬場はすぐ近くですよね。

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墨染駅の先で右折して踏切を渡ります。10時42分。

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墨染寺の先で左折するのですが、一寸不安で、地元の方に、「この先に橦木町の廓入り口はありますか」と尋ねました。あるけど、そのまえに欣浄寺の大仏を見て行けと言われていってみました。本堂は閉まっていましたが、隙間から写真を写して、一寸休憩しました。

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廓入り口もすぐ先でした。

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一寸入ると、大石内蔵助遊興の地の石碑がありました。たしか山科に住んでいたはずなので、ここまで遊びに来るのは遠いのになあと思いました。

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それで思い出したのですが、秀吉が作った、大阪城からの京街道が、丁度ここを通って山科まで伸びています。その街道を、何年か前歩いたことを思い出しました。地図の薄青の線です。

廓跡にあった地蔵さんですが化粧をしています。これは廓だからという訳でなく、この地方の風習のようです。京都市内でも結構あります。

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11時過ぎに廓を後にしました。国道24号線を渡り、近鉄の下を潜って京阪の丹波橋駅の前を11時15分頃通過しました。その京阪の踏切を4分後に通過します。

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いよいよ伏見桃山地区で、京の酒どころです(笑)。中心の東西の通りが大手筋通りです。左に近鉄の桃山御陵前駅、右に京阪の伏見桃山駅です。写真は左を見ています。11時23分。

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街道の右手奥に月桂冠をはじめとする伏見の酒蔵が二十何軒あるはずです。街道筋にある立派な建物は、鳥羽伏見の戦いで被災して再建された斎藤酒造の建物だそうです。今は料理屋さんになっています。

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街道は宇治川の手前で左折して近鉄を潜り、観月橋へ向かいます。その道筋に有ったお地蔵さんです。

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11時40分頃、観月橋を渡り終えました。

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ここからはいわゆる宇治茶の産地になるのでしょう。

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渡り終えるとすぐ、斜めの道に入りますが、すぐ左手の立派な御茶屋さんの前に、太閤堤の案内がありました。

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巨椋池の東に築いた小倉堤だそうですが、秀吉は非常に多くの土木工事を、その短い天下の間にやっているなと感心します。大阪市内の下水道・京都の御土居・京街道・新大和街道等などです。

すぐ先に、明治天皇が来られた製鉄所跡の碑がありました。

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電気の無かった時代は、水力でモーターを回していたんだなあと思わせられます。この付近の街道風景です。

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11時50分頃、向島駅近くの団地に出てきました。街道の雰囲気はなくなりました。そこにコンビニが有ったので、お握りを買いました。駅前に中央公園が有るのを調べていたので、そこで弁当休憩しました。

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小午後の歩きは後半でご覧下さい。

 

 

 

 

 

 

2022年10月10日 (月)

伊勢別街道最終

今年2月に笠置から歩き始めた大和街道は前回関宿で終了し、伊勢別街道に入りました。その伊勢別街道も今回で江戸橋に到着し、今年の山歩会の街道歩きは無事終了しました。

今回は椋本宿から窪田宿を経て江戸橋まで12キロほどです。

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2022年10月8日(土)

亀山駅前を9時55分に出るバスに乗ります。亀山駅前は再開発がほぼ完成して、すっきりしました。でも我々旅人に必要な、飲食店やコンビニは無いみたいですね。

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椋本のバス停には10時17分の到着です。

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前回、椋本の大ムクを見てきたので、今日はここから出発です。

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バス停のすぐ近くに、「左さんぐう道」の石標があり、ここを左折します。

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突き当りが角屋という古い旅館です。

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現在営業されているかどうかは知りませんが、江戸時代の講札が軒に掛かっています。

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少し歩くと左手に延命地蔵堂があります。横に置かれた石の手水鉢も江戸時代のものです。

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県道10号線に合流する手前に、仁王経の石碑があります。椋本宿の東の入り口に作られたそうです。

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県道に合流し、10分一寸歩いて11時過ぎに伊勢道の下を潜りました。いつになく県道が混んでいますが、今日行われている、鈴鹿サーキットのF-1レースの影響かもしれない。

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さらに15分ほど歩いて、街道は県道から左に分かれます。

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5分ほど旧道を歩くと小さな地蔵堂がありました。

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柿がなっていたり、コスモスが咲いて居たり、秋祭りの旗や提灯が下がっていたり、旧道は情緒あふれて続いていきます。

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再度県道と合流する手前右手に銭掛けの松があり、お堂もあります。旅の途中で病気になり、伊勢まで行けない旅人が、ここの松に銭を掛けて拝むと、伊勢神宮に参拝したのと、同じご利益が有ったそうです。

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また、その銭を、他人が盗ろうとすると、蛇がでてきて守ったそうです。

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県道に合流して10分歩くと、また街道は左に分かれます。この交差点は大里〇〇とか名前があるのでしょうか?

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12時05分、一寸お腹も空いてきました。12時20分頃、お堂がありました。謂れはよく解りませんが、そろそろこの辺りから、窪田宿に入るのではないでしょうか。

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5分ほど歩くと、右手に大きな木がありますが、その下にあるのが、青木地蔵のようです。

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12時半頃、昼食予定地の石積神社へ向けて右折しました。地図で見て、この辺りで弁当と決めていました。

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石積神社の謂れは知りませんが、山の神を主神とし、窪田の獅子舞で有名だそうです。丁度、境内にベンチがいっぱいあり、助かりました。勿論お参りもしました。

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1時頃出発しました。3分で街道に復帰します。

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5分一寸で大きな交差点を渡ります。中勢バイパスです。

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バイパスから5分、JR紀勢本線の踏切の手前、仲福寺の前の小さな道を右折します。すると大きな常夜灯があります。滋賀県の商人が、伊勢神宮に寄進するため運んできたが、荷車も壊れ、疲労困憊したため、ここに建立したそうです。

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街道はすぐ左折してJRを渡ります。線路に沿って右折すると一身田の駅です。高校生が一杯居ました。

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駅前を直進するのが街道ですが、高田本山専修寺に参拝するため、駅前を左折しました。

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浄土真宗高田派の総本山で、伊勢の国では強大な勢力を誇ります。

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皆さんも、三重県に、こんな立派な寺が有ったとは知らなかったと、感心しきりでした。

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左から如来堂、通天橋、御影堂です。御影堂の内部も写真撮影が可能です。

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ここで記念撮影を行いました。今回は精鋭8人です。

Takada

ここで30分位見学したかな、14時前に出発しました。5~6分で、踏切手前で街道に合流しますが、そこに珍しく、伊勢別街道の案内がありました。

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案内から12~3分で伊勢鉄道の下を潜ります。

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潜ってすぐ右折するのが街道ですが、うっかり直進してしまいました。途中で気づいて街道に復帰しました。近鉄の踏切を渡ります。

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もうここは近鉄江戸橋駅の近くです。14時36分でした。5分ほど歩くと江戸橋で、伊勢街道との合流点です。大きな常夜灯と高田本山道という石標があります。

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ここで伊勢別街道は終点ですが、1キロ程伊勢街道を歩いて津駅へ向かいました。

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15時05分、津駅前に到着しました。幸い、1軒だけ開いている店がありました。

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皆さん、1年間お疲れ様でした。

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来年は初瀬街道でお会いしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

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