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2017年6月

天城越え②

河津七滝の入り口バス停は水垂です。ここから下って釜滝へ行き、上から順に滝を見て行きます。
全ての滝を見なくて良い人は、もっと下って、ループ橋の下の河津七滝駐車場で降りて、3つほど滝を見るのが良いそうです。

但し、そこから一番上の釜滝まで登るのはしんどいです。

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13時56分に水垂から河津七滝への道に入ります。
ここでは滝は「たき」と発音せず「だる」と発音します。岩を「ぐら」と発音するようなものでしょう。

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ここで、七滝の上流にある猿田淵が分かれるので、一応見に行きました。

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なかなかの雰囲気です。

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この辺りは、さっき見た二階滝の下流で、流れは河津川です。猿田淵は猿田彦命に由来するそうです。
引き返して、鎌滝を見ます。なかなかの滝ですねえ。

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七滝の内でも一二を争うと思います。

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すぐ下が「エビ滝」

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そして蛇滝です。

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3分で初景滝です。ここまで水垂のバス停から30分ほど、14時27分です。

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ここに伊豆の踊子の銅像があります。下流の河津七滝駐車場にバスを停めた観光客は、ここまで登ってきて記念写真を撮り、引き返すのでしょうね。

ここから上は一寸登りだし、お年寄りには向かないかも。
ここまでは道幅も広く、傾斜も無い遊歩道です。

下って行くと大願成就ならぬ大岩成就の小石投げがあります。難しそう。

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伊豆の踊子は6回も映画化されているのですね。でも最近40年以上は無いのですね。

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次のカニ滝は規模が小さい。上流にはもっと大きい無名の滝が有ったような。

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14時40分頃、茶店のある滝見物入口に出てきました。

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でもここまでは5つしか滝を見ていません。残り2つは出会滝と大滝です。
この2つは、すぐ下流に有るのですが、道が狭く急で、観光客を積極的に案内していないようです。
また、大滝は完全に道を閉鎖して見られません。

出会滝は二つの川が出合う場所にあります。この滝と

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この滝です。

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出会滝の下流にこんな滝がありますが、これは大滝では無いようです。

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その下が大滝のようですが、上から少し見えるだけです。

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14時55分。すべての滝を見て駐車場にたどり着きました。

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15時03分発のバスに乗り、ループ橋の下を通って25分ほど、河津駅到着は15時27分です。

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伊東駅までは普通列車で1時間ほどかかります。到着は16時40分頃です。

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駅から5分の海岸沿いの旅館でした。6階の窓から眺めは抜群です。

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沖合には海上保安庁の潜水艦救助船が停泊していました。後方は初島でしょう。

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6時半頃縦走組が帰ってきました。雨の中ご苦労様。
夕食は豪華絢爛、お互いの話で話題は尽きませんでした。

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2017年6月26日(月)
翌日は帰るだけなのでフリーです。朝は海岸を散歩しました。なぎさ公園かな。

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朝食後、皆さんと別れて、大室山に行きました。

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一寸伊豆半島の地図を見ましょう。伊東温泉の南、伊豆高原の近くにある580mほどの山で、伊東からバスで40分ほどでした。

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ついでに、昨日歩いた修善寺から河津の下田街道は、半島の中央、地図の左端です。
縦走チームは図の茶色い線を歩いたようです。

リフトで5~6分で山上です。火山の噴火口があり、周囲一周が1キロ20分ほどです。
頂上は火口の向かい側です。

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一周の途中、何かの撮影をしていました。

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山頂から、こんなに見えるそうですが、今日は一寸ガスって居て、遠くは見えません。

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逆の内陸側もこんな風だそうです。

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富士山も見えるそうですが、今日はだめです。でもまあ、そこそこ見えて満足して帰ってきました。

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伊東駅に帰り、お土産に干物を買って帰りました。
干物の中ではトロアジより鯖の干物が質量値段ともに良くてお勧めですね。

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天城越え➀

2017年6月25日(日)
雨の下田街道、天城越えを歩いてきました。

と言っても、本来は山歩会の天城山脈縦走に参加の予定でした。
でも最近腰痛が再発してきたので、山道の健脚コースは無理と判断して、単独で下田街道歩きに切り替えたのでした。

下田街道というのは三島から下田まで70キロほどですが、すべて自動車道に変わっています。
でも浄蓮の滝から河津七滝までの16キロは、踊り子歩道として整備されているとかで、それを歩こうと出かけました。

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当日の参加者は7名、縦走コース5名、街道コース2名です。
この日は雨で、縦走コースは苦労するなと思いました。縦走コースは修善寺駅からタクシーで旧天城トンネルに向かい、そこから天城峠に登り最高峰の万三郎岳1406mを経て天城高原ゴルフ場まで17キロ7時間の健脚コースです。

朝6時45分のこだまで三島を経て伊豆箱根鉄道で修善寺に向かいます。
伊豆箱根鉄道の車両には変な絵が描かれていて、若者がしきりと写真を撮っていました。

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9時22分に修善寺に着き、健脚組はタクシーで天城トンネルに向かいました。
我々はバスで2.5キロほど離れた修善寺温泉に向かいました。独鈷の湯と修禅寺を見学しました。

独鈷の湯は現在入浴できず、足湯になっていました。

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次のバスで浄蓮の滝に向かいます。12キロほどあります。石川さゆりの歌で有名になりましたね。
今日も中国人観光客を含めて、なかなかの盛況です。雨は一寸止んでいます。

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20分弱で浄蓮の滝の見学を終わり、バス停の横から踊り子歩道に入ったのが10時52分頃です。
ここから道の駅まで2.8キロだそうです。

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15分ほどで島崎藤村の碑があります。車道から一寸離れた林間の登り坂です。

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更に10分で車道が途切れ地道になります。国道に出て、50mほど歩いて反対側の歩道に入ると、すぐ道の駅です。11時34分の到着でした。

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ここのベンチでお握り弁当を食べました。バス停としては昭和の森会館と言います。
昭和の森会館は食堂、土産物、ジオパーク資料館になっています。他にも飲食店があります。

ここから旧天城トンネルへの入り口である水生地下バス停までは4キロ65分の表示がありますが、雨も降ってきたしバスに乗りました・。12時13分発で5分で着きます。

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下図の茶色の点線を歩きます。

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ここは時々車で通行する人が居ます。

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川端康成の伊豆の踊子の碑です。歩きだして10分、12時34分です。

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12時40分頃、八丁池との分岐点を通過。

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12時57分に旧天城トンネル入口に到着しました。

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トンネルの右横が天城峠への登り口です。縦走組はここから歩き始めたのでしょう。
トンネルの中は舗装されています。車のすれ違いは一寸厳しいですね。
5分ほどで通り抜けます。13時06分です。

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雨の中を20分弱下ると寒天橋です。これも石川さゆりの歌に出てきますね。

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すぐ下に二階滝があります。13時25分です。

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13時32分、河津七滝への踊り子歩道の案内が出てきました。直進すると国道です。
踊り子歩道へ入り、すぐ二階滝駐車場への道があります。

河津七滝へはここから5.2キロ、1時間半ほどですが、時間の都合もあり、バスにしました。

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10分後の13時46分にバスがありました。
後半に続きます。

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中山道 馬籠から妻籠

2017年6月18日(日)
山歩会仲間との中山道あるきです。今回は6名。木曽路随一の人気コースです。

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このコースは街道歩きに目覚める前も含めると、5回か6回歩いています。
でも何回歩いても楽しいし、新しい発見もあります。

中津川から馬籠はバスです。白人外国人が結構多く歩いています。

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10時10分に馬籠に着きました。

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見慣れた光景ですが、日曜日にしては一寸観光客が少ないような。

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ゆっくり歩いて宿外れの展望広場が10時半です。恵那山がきれいです。

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11時頃十返舎一九の歌碑に着いて一休みしました。曇り空で最高のウオーキング日和ですが、それでも汗がでます。

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歩き始めるとすぐ峠集落です。これほどの集落にお寺が一軒も無いのは珍しいと誰かが言いました。
確かに、気が付きませんでした。熊野神社だけですね。

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峠到着は11時25分。峠の茶屋は開いているようないないような。

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峠は素通りして、一石栃茶屋まで下ってきました。11時40分です。

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ここの番所跡で昼食にしました。

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12時18分に出発、5~6分歩くと立派な大木があります。樹齢300年のサワラだそうです。
両側に伸びた枝は山の神の椅子だそうで、神居木(かもいぎ)というそうです。

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20分ほど下ると男滝・女滝の案内があり、5分ほど歩いて見に行きました。

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ここへ直接降りてくる道があるようですが、確認していません。10分ほどで帰ってきました。
15分ほどで大妻籠の入り口に下ってきます。庚申塚というバス停があります。

さらに7分ほど、13時18分に大妻籠です。

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10分ほどで飯田街道との追分である橋場へ着くが、その石柱道標は道の奥の家の近くで探しにくい。

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13時40分頃、妻籠宿の古い街並みに入ってきた。中ほどの神社の前で、少し休憩した。

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10分ほど休憩して歩き始める。本陣横でトイレを済ませ、14時に出発した。

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14時17分に妻籠城址の登り口に着き、城址到着は14時25分。

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14時40分に登り口に帰ってきた。
下り始めるとササユリが有った。きれい。

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14時52分、上久保の一里塚。

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15時05分頃かぶと観音の前を通り、南木曽岳を右に見ながら歩いて行く。
15時15分、南木曽駅への分岐に到着、今回は忠実に中山道で駅の裏側を通って三留野宿方面に向かう。

10分ほどで駅の裏を通過すると、桃介橋が絶景でした。

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15時33分、駅からの道と合流したので、今日はここで引き返すことにする。

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5分で桃介橋です。一寸渡ってみる。

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近くのレストランで反省会。お疲れ様でした。
このコースは何回歩いても面白いですね。

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日光街道その7最終日今市から東照宮へ

2017年5月31日(水)
今日は日光駅までが8キロ、そこから東照宮までが2キロ、計10キロほどです。

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それでも朝は7時半にはホテルを出ました。

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ホテルは朝食もバイキング形式で美味しかった。

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上今市に向かうと、すぐ二宮尊徳の神社がありました。遥拝ですませて先へ進みます。

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道の駅を過ぎて、15分ほどで、上今市の交差点です。

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そこからまた杉並木が始まります。

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はいってすぐ右に小公園がありました。覗くと、朝鮮通信使今市客館跡でした。
朝鮮通信使も東照宮にお参りしたのですかね。

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ここの杉並木はなかなか立派ですね。

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右側に一寸出てみると、真名子山でしょうか、山並みがみえました。7時55分頃です。

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杉並木道は途切れたりしますが、すぐ杉並木になります。
杉並木は片側1300本位あるようですが、1本1本オーナー制になって面倒みているようです。

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8時15分頃、道端に日光彫の工房がありました。

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明治維新、戊辰戦争で官軍の砲弾が当たったという砲弾杉がありました。8時25分。

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砲弾杉で一寸休んで、1キロほど歩くと、薬師堂がありました。8時47分。

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9時頃から10分ほど車道を歩きました。

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すると並木太郎という、並木一の大木がありました。

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更に10分で明治天皇七里御小休所。この辺りで男体山が見えました。

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9時半頃、国道が左に分かれます。右へとると10分ほどでJR日光駅です。

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20分ほど休憩したり、帰りの切符を買ったりして、10時過ぎに出発しました。
5分で東部日光駅です。

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この付近には土産物屋食堂があります。

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10時8分頃出発しました。世界遺産の社寺までは2キロほどです。

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10時半に神橋へきました。左の土産屋さんの建物も文化財らしいです。

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昔参詣者が渡った神橋は、今は観光地です。有料で橋を渡れますが、東照宮にはつながりません。
引き返して通常の道で参詣します。

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境内の地図を見て、まず赤線のように二荒山神社へお参りし、それから東照宮、輪王寺と引き返すことにしました。

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輪王寺の前を通り

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東照宮の前で左折して、

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15分で二荒山神社に着きました。10時50分です。
途中の道で、昨日歩いていた一人旅の男性が「見ざる聞かざる言わざる」って、何所へ行けば見られますかと聞いてきた。準備不足ですね(笑)。

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参詣して境内を東照宮の方へ引き返します。

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東照宮は1300円の入場料を払って、この山門を入らないと何も見られません。
修学旅行生や中国人観光客で一杯の人です。

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門を入ってすぐ左に神馬の厩舎があり、その庇の下に猿の彫り物の物語があります。
そのうちの一枚が三猿です。

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そして陽明門を潜ります。修復が終わったばかりで輝いています。

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本殿にお参りして、右手奥の家康公墓所へ行きます。
その入り口の上に、左甚五郎の眠り猫があります。

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その裏側には雀の彫り物があり、強者、弱者が共存する姿と言われています。
家康公の墓所は都合で割愛しました。

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輪王寺の巨大な本堂も修復中でした。

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11時35分に神橋へ戻ってきました。丁度1時間でした。
天海僧正と板垣退助の銅像があります。

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帰りはバスで駅まで戻りました。
駅前の食堂に入りました。3時半に東京駅で友人と待ち合わせることになったので、昼食は軽く済ませることにしました。でもちょっと食べ過ぎたかな。湯葉は日光名物ですね。

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お土産は刺身湯葉とたまり漬けにしました。13時にJRに乗ります。
修学旅行が続々入ってきます。

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宇都宮からは東北新幹線で、2時間45分で東京駅です。行くときは6日もかかったのにね。

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お疲れ様でした。

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日光街道その6宇都宮から今市

2017年5月30日(火)
宇都宮から今市までは27キロほどですが、途中の徳次郎宿経由の街道は鉄道から離れます。
徳次郎にも民宿やホテルは無さそうなので、どうしても今市までは1日で歩く必要があります。

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ただ歩いていて判ったのですが、バスが1時間に1本程度は走っているので、緊急時はなんとかなりそうです。
6時54分にホテルを出ました。

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昨日通った追分が7時です。

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すぐ一里塚跡がありますが看板だけです。まあ、町中ですから。

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街道はこんな雰囲気です。

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追分から25分で国道119号線と合流します。

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宇都宮は大谷石の産地で家の壁や塀に多く使われています。断熱性良さそうですね。

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追分から1時間ほどで松原三丁目、ここから日光街道の面影期待です。

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並木道も始まりますが、杉並木ではありません。

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桜、松、欅などいろいろな樹が植えられています。日陰も有り側道もあり、有難いです。

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文星芸術大学の前を通り、並木道を15分ほど歩くと、また一里塚跡がありました。
今度は少し面影があります。

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このままずっと日陰を歩けるのかと期待していましたが違いました。
これからも並木道は何回も途切れます。

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大杉屋のバス停です。この辺りは結構バスがあります。9時頃です。

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バイパスの下を潜り、徳次郎ICを潜ったのが9時半頃です。

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すぐが下徳次郎のバス停です。

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徳次郎城址というのもあるみたいですね。

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上徳次郎の交差点は9時53分でした。

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二荒山神社の摂社でしょうか、智賀都神社というのがあります。入口の2本の欅が大木で、樹齢700年とか。

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一寸お参りして、10時15分に街道に復帰しました。

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これまでは街道歩きの人には会いませんでしたが、ここで一人見つけました。宇都宮から歩くとか、今市から歩くという人は居るようです。

10時40分頃、一里という交差点を過ぎます。近くに一里塚跡がありました。

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拾九夜塔がありました。二十三夜塔とか雰囲気がありますねえ。

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10時50分頃、二宮尊徳先生遺跡、石那田堰と書かれた案内がありました。
二宮尊徳はこの辺りの人かもしれませんね。

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りんご園を過ぎると並木が途絶え、川向うに石那田八坂神社がありました。天王祭があるようです。

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また並木道に入って、空腹になったので道端でお握りを食べました。15分位休憩したでしょうか。
12時頃、赤い布を巻いたお地蔵さんのお堂がありました。お願い地蔵と言うそうです。

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また並木が途切れ、再び並木道に入って、12時12分、日光市に入りました。

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私は日光市というのは東照宮近くの日光駅辺りと思っていましたが違いました。日光市というのは今市が中心なのですね。国道の距離表示も今市までなのです。なので8キロほど私の感覚と合わないのでした。

12時20分、山口で蕎麦屋さん発見。入りませんけどね。

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12時37分、国道が左に分かれます。気を付けないと、そちらへ行ってしまいます。

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幸い私は右の側道を歩いていたので、そのまま直進でOKでした。

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ただし、この並木寄進碑は道の左側道にあるので、右を歩いていると見落とします。

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街道は大沢付近で国道と合流したり、すぐ分かれたりします。

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なかなか良い雰囲気です。

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13時25分、水無一里塚跡がありました。

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5分で水無交差点です。そこにコンビニがあり、今市も近いだろうと、一寸一杯喉を潤しました。

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15分ほど休憩して、13時50分に出発しました。側道はこんな感じです。

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車道を歩く人も勿論います。車は国道へ行くので、この道を走る車はまれです。

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14時30分頃、下森友辺りです。

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14時38分、上森友でまた杉並木道です。

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14時55分、桜杉です。サクラの木とスギの木が一体化しています。

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東武日光線の下を潜れば、今市までは1キロでしょう。

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15時28分に追分地蔵のある下今市の交差点に到着しました。お疲れ様でした。

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今日は、この角のホテル村上です。

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なんだか疲れたので、風呂に入って缶ビールを飲んで一休みしました。
休憩後、外に出て追分を見に行きました。

追分地蔵を挟んで、左が今歩いてきた日光街道、右が例幣使街道です。

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お地蔵さんも立派ですね。

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例幣使街道も杉並木が立派みたいですね。

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今夜の宿ホテル村上は2年前にリニューアルしたとかで部屋はきれいで設備も良いです。
また朝夕の食事もボリュームたっぷりで美味しく、2食付7千円台の宿としては最高ですね。

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明日はいよいよゴールですね。

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日光街道その5小金井から宇都宮

2017年5月29日(月)
昨日小金井まで足を延ばしたので、今日は小金井から宇都宮の22キロです。

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それで朝もゆっくりして小金井駅出発は7時43分でした。

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駅のすぐ近くに黄金井の一里塚があります。

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この地域にしては珍しく完全な形に2基残っています。街道は現在の4号線の一寸西に並行してあったようです。
そう思って、いろいろ道を探ったのですが、良さそうな道はありませんでした。

8時半頃、自治医大の付属建物の辺りで旧道に入りました。建物と駐車場で地形図の道は変わっています。

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ようやく旧道に入りました。

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麦畑を過ぎて、木陰を探して9時前に小休止しました。

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9時頃にまた4号線に合流しました。

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下石橋の交差点が9時08分、丸大ハムの工場がありました。

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9時20分過ぎに国道352号線の下を潜り、愛宕神社の前が9時38分です。

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石橋駅入口が10時02分。

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25分ほど歩いて下古山の交差点です。ずっと国道歩きが続きます。

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10時45分頃星宮神社にさしかかると、前方には北関東自動車道が見えてきます。

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10時50分頃、高速道の下を潜りました。
11時05分、宇都宮市に入りました。そろそろ昼食場所を探します。

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11時20分頃、自衛隊駐屯地の前を通りました。

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11時35分過ぎに東屋さんという食事処がありました。ホテルまで後10キロほどと思うので、一寸ビールを注文しました。
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ご主人も旅は好きとかですが、商売柄休めないので、どこも行けないと嘆いておられました。
日光街道を歩くグループは、この店に寄るのが年間20組位と言っていました。
宇都宮宿の前の雀宮宿にここは有るのですが、意外と少ないイメージです。

1時間位休憩とおしゃべりして出発しました。雀宮駅を越え、店から20分位に雀宮神社がありました。

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その後1時間、淡々と国道を歩きます。14時5分頃、一里という踏切の近くに来ました。
一里塚跡があると思うのですが、見つかりませんでした。

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一里から1キロほどで国道は二つに分かれます。
右へ大きくそれていくのは今までの国道4号線で福島・仙台へ向かいます。
直進するのは国道119号線で日光街道です。

14時20分過ぎ、日光街道に入ると、左側は富士重工です。スバルの販売店や工場があります。

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JR日光線の上を渡り、不動前という交差点に来ます。ここを左に分かれて行くのが、旧日光街道です。

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ここに不動堂があります。江戸初期に本田正純が街道を付け替えて云々という説明がありますが、良く解りません。

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交差点から500mほどに蒲生君平の碑があります。超有名人らしのですが、よく知りません。
説明では、古墳の調査をして、歴代天皇の墓を発見保存したようなことが書かれています。
吉田松陰が憧れたとありますから、相当な人物だったようです。

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疲れたので、ここで最後の休憩をしました。14時40分頃です。

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ここから2キロほど歩くと国道119号線にぶつかります。
そこを右折、100mほど行った所が、奥州街道との追分です。

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直進が奥州街道、日光街道は左折します。

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今日の行程はここまでです。奥州街道沿いに少し行った、東部宇都宮駅が見えるあたりのホテルを予約しています。15時25分の到着です。

お風呂に浸かって、足の手当てをして、明日の行程を一寸調べておきます。
ここから今市までの26キロほどは、宿や鉄道の駅も無いので、日光街道を歩く場合、どうしても宇都宮で一泊する計画を組む必要があります。

宇都宮は餃子とカクテルの街だそうです。

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カクテルの街と言うのは初めてですが、全国コンクールで上位のバーテンダーさんの多くは宇都宮に居るそうです。カクテルを飲む文化が有るのですね。

心惹かれますが、今日は22キロでバテたので、ホテルの居酒屋から出ませんでした。

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女将さんとも話が合って、栃木の地酒を明日の活力にと振舞ってくれたりしました。

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日光街道その4栗橋から小山

2017年5月28日(日)

今日の宿は小山駅前のホテルを予約しています。
栗橋からは利根川を渡って古河、野木、小山で24キロほどです。
関西人の私は関東の地理は疎いのですが、栗橋は埼玉県、古河市は茨城県、野木からは栃木県のようです。

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朝食は昨日買っておいたラーメンで済ませました。

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6時37分、宿を出ました。

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八坂神社の前の工事現場をよく見ると、それは古墳の発掘現場でした。
栗橋宿西の本陣跡の発掘と書いてありました。

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堤防に登り利根川を越えます。この川、見たのも初めてかもしれない。

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茨城県古河市に入りました。橋を渡ると左折して4号線と別れます。
街道の風情は無いですが旧道です。

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源頼朝が鶴岡八幡宮の神を勧請して建立したという鶴峯八幡宮があります。
江戸時代には日光街道の鎮守として所領3千石を与えられたとか。

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歩きながら思ったことですが、この辺りの真宗のお寺は東本願寺の末寺が多いようです。
やはり徳川幕府がそうしたのでしょうか。

7時26分、日光街道踏切を渡りました。

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渡ると、広い道路の両側に松が植樹されていました。珍しいなと思ったら、この辺りは中田の松原と言って、江戸時代は4キロも続いた名勝だったそうです。

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踏切から30分ほどは淡々と歩きます。354号線を渡ったのが8時です。

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そこから5分ほどに高校があり、その前辺りに一里塚跡があると探しましたが見当たりませんでした。
写真は振り返っています。

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8時18分、古河宿に入りました。

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今回初めて、それも日光街道から帰ってきて、足利時代の永享の乱や享徳の乱を調べました。
ややこしくて理解できていませんが、古河公方の成り立ちだけは解りました。

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江戸時代初期には大老土井利勝の居城だったのですね。駅前が8時半過ぎです。

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宿場道はやはり鍵型に曲がります。

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この辺りに本陣跡があるはずですが見当たりませんでした。
今度は右折して、なかなかの街並みを歩きます。コンビニでお握りを買い今日のお昼に。

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そこから25分ほど歩くと、再度4号線に合流します。

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その手前左に野木神社の入り口です。

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合流点の立て看板に、野木町煉瓦窯の案内がありました。
重要文化財だなと思い、一寸見たいなと思いながら道を急ぎました。

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合流から20分ほど国道を歩くと、左手に何か道標がありました。
例幣使街道へ通じる道だそうです。

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10時前ですが、お山まで12キロの案内がありました。半分ですね。

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疲れたので、近くの閉店したホームセンターのような建物の陰で大休止して、お握りを一つ食べました。
今日は食堂は止めて、こんな休憩を2回とるつもりです。

10時20分に野木駅を通過しました。

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そこから30分で小山市に入り、更に30分11時17分に間々田駅前です。

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この辺りで地元のおじさんに話しかけられました。
この小山市で見るべき遺跡は近くの逢いの欅と小山評定所跡だと。

逢いの欅は日光街道の中間点、評定所は上杉征伐途上の家康が石田三成挙兵を聞き、福島正則をはじめとする豊臣恩顧の大名と善後策を打ち合わせた歴史の転換点の場所です。

あいの欅は間の欅がいつの間にか縁結びの神に変わったものです。11時半から小休止しました。

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そこから3つ目の信号、粟宮南は12時20分の到着ですが、

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地酒の酒屋さんが交差点にありました。門外不出がその酒の銘柄のようです。

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更に10分で粟宮の交差点です。ここで街道は直進、4号線は左に分かれます。
地元のおじさんは、ここを左にとって、市役所の一角にある評定所跡を見なさいと推薦していました。

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そこは一寸問題もあるので、ルートは直進の日光街道をとります。
その前に安房神社入口で大休止、残りのお握り一個を食べました。12時半頃です。

街道は小山駅前の方に進みます。須賀神社が13時28分。

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すぐに脇本陣跡です。

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小山駅前付近は12時35分の到着です。

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ここで一寸思案して、今日のホテルに立ち寄って、荷物を預かってもらって、もう少し歩くことにしました。
足の豆が治ったわけではありません。痛みを押しての決断です(笑)。

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15分位寄り道したでしょうか、13時50分頃には街道に復帰しました。
両毛線の踏切を14時15分に渡りました。

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例え6キロに満たない荷物でも、空身になると心も軽くなります。
日枝神社が14時15分です。

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4号線に合流して街道はすぐ右折します。すぐに左折して線路に並行しますが、その森の中に一里塚跡がありました。でも看板も何もありません。小山市はここをどうするつもりなのでしょうか?
このまま荒れさせて宅地にでもするのでしょうか?

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15時02分、喜沢付近です。街道は新幹線の下を歩いています。

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県道33号線が街道の下を潜って行きます。すると、すぐに街道は左に新幹線から離れます。
案内はありません。

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15時18分、4号線に出てきました。

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この辺からしばらく新田宿と言うそうですが、正式の宿場には無いような。

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羽川を過ぎて国道の左の側道に入ります。昔の街道は残っていないのですが、国道の一寸左を通っていたらしい。

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そのうち道が無くなってきました。15時44分。

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そこから5分ほど歩いて右折、4号線を渡って小金井駅に着きました。15時57分でした。

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小山駅へ16時20分に帰ってきました。今日は32キロ歩いたようです。

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ここで地元のおじさん推薦の評定所跡を見に行きました。

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関ヶ原の合戦の家康勝利を決めさせた歴史的な評定が行われたのはここだったのかと、一寸感無量でした。
ホテルに入って一休み、お風呂も入って32キロを休めました。

夜はご褒美に地酒をたっぷり飲みました。途中で見た門外不出も飲んでみました。

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お疲れ様でした。

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日光街道その3 せんげん台から栗橋

2017年5月27日(土)

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今日の宿は栗橋駅です。せんげん台駅からは春日部、幸手、栗橋でざっと28キロと見ています。
雨は上がりましたが、昨日の豆は全く治っていないので、その悪化が心配です。

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今日も5時半頃起きて越谷からせんげん台に610分頃着きました。
昨日見ておいた牛丼屋さんで朝食をとり、街道に復帰したのは6時37分でした。
すぐ、春日部市に入りました。

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今日も国道4号線歩きが長そうですね。10分ほど歩くと大枝香取神社と歓喜院が並んで居ます。
明治の神仏分離令までは一つだったのですね。

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7時20分頃、備後の一里塚跡があります。一ノ割駅はすぐです。

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東武野田線のガードを潜ると三叉路が見えてきます。

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左へ入って行くのが粕壁宿です。7時52分です。

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大きな道標がありますが、一寸読めません。

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春日部駅の入り口付近で8時を過ぎ、一寸足の具合を調べました。
痛みは有りますが歩けない痛みではありません。

小休止の後出発して、大落古利根川という読めない川を新町橋で渡りました。

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渡って5~6分で小渕の一里塚跡があります。

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更にすぐ近くの二股に立派な道標があり「左日光道」と刻まれています。

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8時半、4号線に入りました。

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するとすぐ観音院という謂れ有りそうなお寺がありました。

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一寸荒れていますが、立派な楼門、芭蕉句碑、役行者堂、本堂などがあります。
神仏習合の寺院だそうで、お参りの仕方も独特で二拍します。

お参りを済ませて、10分一寸歩くと杉戸町に入ります。

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北緯36度線が通る街だそうで地球儀のモニュメントがあります。

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この辺りまで来ると、国道の両脇も時々建物が途絶えて畑などが目に入ってほっとさせます。
40分近く国道を歩くと街道は東部動物公園駅へ左に分かれます。

分れるとすぐポケットパークがあり一休みしました。
ここから街道に並行して遊歩道が作られているので一寸歩いて見ました。

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街道に戻り、杉戸町役場前が9時50分頃です。

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近くに高札場も作られていました。

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なんとなく街道の雰囲気を残す町並みでもあります。

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10時27分、また国道4号線に合流しました。ぼちぼちお昼にしても良いなと思いながら歩きます。

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15分ほど歩くと左手の食堂の一角に一里塚跡の案内が寂しくありました。

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そしてすぐに幸手市に入りました。

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ここで昼食をとれば良かったのですが、まだちょっと早いかなと思って通り過ぎたのが失敗でした。
10分ほどで街道は国道と分かれました。

東武鉄道の線路を越え20分ほど歩くと、スーパーにぶつかります。

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ここが日光御成街道との合流点です。

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スーパーの中にも食堂は有りませんでした。11時20分頃です。
志手橋を越え11時40分頃、幸手駅付近の商店街に入ってきましたが食堂はありません。
食堂は皆国道沿いにあるのでしょうね。

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ここにも小公園があり、トイレも有ったので小休止しました。

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本陣跡など見ながら商店街を抜け、国道と交差するとファミレスが有ったので昼食にしました。

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40分ほど休憩して12時45分頃店を出ました。
直ぐに熊野神社があります。熊野街道が好きな私は、熊野神社と言うと気になります。

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神社から5分ほどで街道は広い道になりますが、右手が権現堂川の権現堤です。登ってみました。

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巡礼碑などもあるので、街道はこの堤を通っていたかもしれませんね。

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峠の茶屋という休憩所も堤の上にあります。

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1キロほど堤の上を歩くと、国道に降りて、行幸橋で中川を渡ります。

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渡るとすぐ国道に分かれて左の旧道に入ります。
入って10分弱、筑波道への道標がありました。13時半頃です。

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更に5分。こんどは雷電社という神社があります。街道はその左側を通りますが、一寸お参りしました。

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そのうち街道は国道4号線にぶつかりますが、国道の下の側道を歩きます。

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14時一寸前、一里塚跡がありました。塚の上には弁財天堂がありました。

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20分ほどで新幹線の下を潜ります。

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そして一旦国道に登りますが、すぐ左に下ります。珍しい劇場があります。ライブシアターと書かれていました。

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30分弱歩いて、14時50分頃、栗橋駅の入り口に来ました。

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もう少し歩いて利根川の橋の手前に有る八坂神社まで来ました。

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ここでUターンして今夜の宿王将旅館さんに着いたのは15時06分でした。

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一風呂浴びて一休みした後、駅前に有る静御前の墓を見に行きました。

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奥州の義経を訪ねようとした静御前はここで病に倒れたそうです。
適当な居酒屋がなかったので、コンビニで食料を買って、部屋で夕食にしました。

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今日も28キロほど歩いて、全行程150キロのうち60キロを歩きました。


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日光街道その2浅草から越谷

2017年5月26日(金)
朝は5時半には起きて地下鉄銀座線で浅草へ。近くの牛丼屋さんで朝食です。
今日は越谷の宿を予約しているので、下図、浅草を出発して千住、草加、越谷と23キロ位の予定です。

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昨日浅草まで4キロを歩いたので短くなっています。
6時10分には歩き始めましたが、今日は朝から雨です。スカイツリーも霞んでいます。

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浅草を出てすぐ言問橋で隅田川と別れて南千住に向かいます。

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左右に少し入れば何かありそうですが、雨も降っているのでただ歩きます。
東浅草辺りには吉原遊郭の大門跡があると聞いていましたが、案内も無いので素通りです。

浅草から40分ほどで南千住の歩道橋を渡ります。

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渡った所に回向院があります。この辺りは小塚原刑場も有った所で、その供養も行われたとか。

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すぐ近くにスサノオ神社がありますが、ここに芭蕉の句碑があります。
「行く春や 鳥啼き魚の 目は涙」有名な奥の細道の矢立初めの句です。

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芭蕉は隅田川を船で遡って、ここ千住の千住大橋付近に上陸して歩き始めました。
そのとき詠んだ句だそうです。

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7時15分、千住大橋を渡り終えると、中央卸売市場がありますが、その一角に奥の細道のプチテラスがあります。その先は、江戸時代「やっちゃ場」言われた、多くの問屋の競り市が開かれた場所だそうです。

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道は北千住から荒川を渡ります。

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北千住の駅前付近も宿場町通りと銘打ってにぎやかです。

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7時50分に荒川に架けられた千住新橋を渡ります。

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渡って堤防下の道路を左折しますが、次どこで右折するか解りません。
適当に車が堤防を下ってくる交差点で右折すると、旧日光街道の案内がありました。

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東武スカイツリーラインの梅島駅付近を8時35分です。雨は降り続いています。

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8時45分頃環状7号線を渡って北上を続けます。

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鷲神社とかの前を通り、竹の塚駅の入り口が9時10分です。

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更に北上して9時40分頃「けなが川」という川を渡ると草加市に入りました。
7~8分で谷塚駅付近ですが浅間神社があります。

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草加と言えば草加せんべいかと思いながら歩きます。

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10時頃街道は左に分かれ、草加市役所の前のお堂が10時5分頃です。草加宿は本陣が二つ有ったそうです。

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草加駅前が10時25分頃、そろそろ昼食にしようかなと思いながら歩きます。

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10時半過ぎには綾瀬川に出ました。川辺に札場河岸公園というのがあり入って見ました。
芭蕉の像がありました。奥の細道にも記された草加の松原だそうです。

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10時40分ですが、空腹になってきたので、綾瀬川を渡って300mほど、牛丼屋さんで昼食にしました。

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11時23分、街道に復帰しました。街道は草加松原の遊歩道になっています。

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遊歩道は1.5キロ続きます。

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11時50分頃、綾瀬川を渡ります。越谷の領域に入ってきたようです。
川沿いに蒲生一里塚跡があります。

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不動への道標がありますが、立派な道標です。

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その先の清蔵院の山門の龍の彫り物は左甚五郎の作とかですが、どうでしょうか。
12時20分頃、蒲生駅入口付近に来ました。

雨も小止みの状態ですが、足の裏に豆ができているようです。
浅草から20キロほどですが、本来なら豆が出来る距離ではありません。

でも今日はずっと雨で、靴の中はびしょ濡れでした。防水スプレーも効果なしでした。
びしょ濡れの状態で歩いたので足の皮がふやけて、10円玉二つ位のマメが両足裏にできていました。

足裏にテープを貼って応急処置しました。
12時35分に南越谷駅付近を通過しました。

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13時07分、越谷駅入口に到着しました。

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すぐ近くには今日のホテルがあります。でも雨も止んできたし、チェックインの時間にも早いので、もう少し歩くことにしました。でもこれが足のマメには良くなかったかも。

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この辺りは一寸宿場の雰囲気があります。

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北越谷駅付近が13時半頃です。

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宮内庁の鴨場が左手に有るのですが気が付きませんでした。

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大袋駅付近にダルマ屋さんが2軒?ほど有ったような。
この付近の地場産業なのかな?

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せんげん台到着は14時30分でした。越谷から6キロほど歩きました。

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今日は30キロ近く歩いたので、越谷駅近くのファミレスで栄養を付けることにしました。

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日光街道その1浅草

日光街道を歩こうと少し調べました。
すると日光と名の付く街道がいろいろ出てきました。

うすうす知っていたのですが、まとめてみました。

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私が歩いたのは上図右端の赤線です。一般に日光街道と言えばここです。
その左の濃い青線の日光御成街道は将軍が江戸城を出て歩いた道だそうです。
幸手の手前で通常の日光街道に合流します。

その上に、薄い青色の日光例幣使街道というのがあります。
これは朝廷の使者が毎年日光東照宮に幣帛(へいはく)を奉納する際通った街道です。
行きは京都から中山道を通り、高崎市の倉賀野で分かれます。
途中、楡崎辺りで壬生街道(日光西街道)と合流して今市へ向かいます。
帰りは日光街道で江戸へ行き、東海道で京都へ帰ったそうです。

2017年5月25日(木)
東京で前泊して明日から歩こうと東京へ出てきました。午後4時半頃神田のカプセルホテルに着きましたが、まだ日も明るいので、明日の分を1時間ほど歩いておくことにしました。

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取り敢えず日本橋に来ました。ここは中山道や東海道のとき終着点でした。今回はスタート地点です。

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図の赤線が私の歩いた軌跡ですが、正しい旧道は緑の線が近いかもしれません。
いずれにせよ馬喰町の繊維街を抜けて行くようです。

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日本橋から40分ほどで両国橋の近くで隅田川に流れ込む神田川を渡ります。
柳橋と言うようですが、この付近は船宿などが残っています。

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「春の夜や、女見返る、柳橋」は正岡子規の句だそうです。
柳橋から神田川沿いに江戸通りに戻り、17時45分頃、駒形橋に来ました。
手前に「駒形どぜう」があります。何十年か前に一度食べたような気がします。

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右手にはスカイツリーが見えます。

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浅草寺の雷門はすぐそこです。ここは相変わらず大変な人出です。
外人さんも結構多いです。

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今日はここまで、居酒屋で一杯飲んで明日に備えました。

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