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2017年4月

しまなみ海道サイクリングその4

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朝8時に宿を出発しました。宿の近くは岩城港です。今日も好天です。

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昨日の坂道に懲りて、小漕港まで送ってもらえないかと頼んだが無理と言われて、出発です。
昨日とは逆のコースで島を巡ります。これ正解でした。30分で小漕港に到着しました。

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洲江港から右回りに瀬戸田へ向かいました。瀬戸田は平山郁夫の生家があるそうですが、思いもかけぬ立派な集落でした。しまなみ海道の島の中で最大の集落ではないでしょうか。

洲江港から1時間ほどで平山郁夫美術館に到着しました。

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平山郁夫は私の好きなシルクロードを描いた数々の名作で有名ですね。

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40分ほど見学して10時15分に出てきました。隣に耕三寺があります。
ここは入場料が1400円と高いし、一寸諦めて外観だけ見ました。

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近くにある平山郁夫の生家を見て、生口橋へ引き返しました。
途中の海岸道路がいい雰囲気です。

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11時17分、生口橋に登ってきました。

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因島は本因坊秀策の生家があります。でも囲碁を打たない人にとっては興味の無い話です。
私はその他に映画「悪名」で因島が舞台の作品があったと思っていました。

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取り敢えず、島に入り、因島水軍城へ行くことにしましたが、国道317号線は坂道のようなので止めて、海岸道路を走りました。すぐラーメン屋さんがあり、昼食としました。

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その後水軍城へ向かいますが、メンバーの内囲碁に興味の無い二人が、お尻も痛いし、直接因島大橋に向かうということで分かれました。

因島水軍城は高台にあり、二人は来なくて良かったかもしれません。

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村上水軍と因島水軍とどんな関係だろうと思っていましたが、能島、来島、因島に本拠を置いた村上海賊の三家なのだそうです。互いに連携と離反を繰り返しつつも同族意識を強く持っていた関係だそうです。

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そこから20分ほどで本因坊秀策記念館がありました。

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本因坊秀策は江戸時代の碁聖ですが、34歳でコレラで亡くなったそうです。
彼が打った秀策流の布石や定石は今も立派に通用しています。

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記念館から因島大橋に向かいます。これが最後の橋になります。

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記念館から30分ほどで因島大橋に登ってきました。
この橋は、これまでの橋と違って、車道の下に自転車道がつくられています。

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二人には大分待たせてしまいましたが14時15分に到着しました。

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最後の向島は特に見学場所を予定せず、心は尾道での反省会に飛んでいます。
14時30分頃海岸に下りて来た時、メンバーの一人が背負っていたザックを因島大橋の向こうに忘れて来たことに気づきました。

全財産が入っているので、捨ておくわけにはいきません。誰も付いて行く元気はないので、彼一人歩いて取りに行くことになりました。気の毒ですがしょうがありません。

彼が帰って来るまで1時間、丁度降り口に有った立花食堂の庭で過ごしました。
私は知らなかったけど有名なお店だそうですね。

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3時40分頃出発、フェリー乗り場に向かいます。因島大橋大橋をバックに今回のメンバーです。

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4時10分頃フェリー乗り場に到着、フェリーで尾道駅に向かいます。一杯の人です。

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尾道では港まつりが開かれているとかで、大変な人出でした。

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それに恐れをなして尾道を離れ、福山で反省会を行いました。
接客の素晴らしい女性がいる居酒屋で、メンバーの皆さん絶賛していました。

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いろいろあったけど楽しかった。今度はびわ湖一周でもやろうかと、皆さん意気軒高でした(笑)。

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しまなみ海道サイクリングその3

13時45分に大三島橋に登ってきました。
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大三島に入った所に島内案内図があり、今後の作戦を練りました。

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メンバーの内、私ともう一人は時々自転車に乗っているので、この程度では大丈夫ですが、残りの3人は、そろそろお尻が痛くなってきたようです。ママチャリのようにサドルを低くして、どっしり座っている性ではないかなと思います。

ともかく大山祇神社は諦めて、民宿へ直行しようということになりました。
途中の素晴らしい風景です。

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古城島と言う、やはり村上海賊の拠点の島もありました。

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14時40分頃、多々羅大橋に登ってきました。

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多々羅大橋の真ん中に県境があります。愛媛県と別れて広島県です。

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生口島には平山郁夫美術館や耕三寺など見所はありますが、それは明日に廻して、今日は民宿に直行することにしました。

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民宿へは島の南側の洲江港からフェリーに乗り、小漕港で降りて島を半周する民宿よしまさです。
15時45分の船で岩城島に渡りました。5分です。

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皆は島に渡ればすぐ民宿と思っていますが、実はまだ山越えで6キロ、30分近く有るのです。
まあ、ともかく皆さん、文句も言わずに走って4時半頃には民宿に到着しました。

お風呂に入って、ゆっくりして、豪華海鮮料理を食べる頃には、例の体調不良のメンバーも回復してきました。
幻の魚?キジハタの刺身など新鮮な海の幸を食べて、遠くまで走ってきた皆さんの評価も良かったのでほっとしました。

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明日もまた頑張りましょう。


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しまなみ海道サイクリングその2

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サンライズ糸山を出るとすぐ来島海峡大橋大橋を渡るが、橋までは数十mの登りになる。
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眺めは素晴らしいが、皆この登りで息が上がってしまう。

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10分の登りで橋にたどり着いた。ここからは水平な道です。

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来るまで知らなかったのですが、自転車道は島に入ると必ず一般道に降りないといけない。
私は疲れたら降りずに、そのまま水平な道も走れると思っていました。
現実は島の高速道路には自転車道は付いていないので、必ず一旦降りて、次の橋まで一般道を走らないといけなかった。

大島に入るとすぐ道の駅があった。一寸覗いてみるとBBQレストランがあり、店員さんが準備をしていた。

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ぐっと我慢で出発する。亀老山展望公園は知っていたが、とても300mは登る気力なく素通りする。
宮窪峠までの30分の登りが辛かった。皆、ぐったりです。

そこからは快適に下って海岸へ。右折して村上水軍博物館へ。10時50分に到着。見学する。

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最近、村上海賊の娘という本が本屋大賞とかに選ばれていましたね。

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ここでメンバーの一人が体調不良を訴えるが、どうしょうもないので走ってもらう。
カレイ山展望公園220mも当然諦める(-_-;)

次の伯方・大島大橋に向かう途中の海岸沿いは、速い流れの海流が流れていました。

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11時45分に橋に登りました。

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伯方島は「伯方の塩」で有名ですね。島に入って、次の橋は近いのですが、逆方向に「舟折瀬戸」という船が折れるほど急流の海峡があるというので見に行きました。

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引き返して道の駅に行き、昼食にしました。
しまなみ海道最初の昼食なので、豪華にしらすかき揚げ丼です(笑)。

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13時10分頃出発しました。まだ体調不良は続いているようです。
午後に続きます。

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しまなみ海道サイクリングその1

大阪を歩いた翌日はしまなみ海道を自転車で走る予定です。
4月21日(金)夜10時発のオレンジフェリーで大阪南港から愛媛県の東予港に向かいます。

夜8時に山歩会のメンバー4人とフェリーターミナルで集合、乗船すると早速食堂で前途を祝しました。
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10時には就寝して、翌朝6時には東予港に到着です。
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送迎バスで今治駅に7時に到着、朝食にしました。
皆さんは喫茶店でモーニングですが、私はパン食は苦手なのでコンビニラーメンです(笑)。

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今治駅から1駅JRに乗って、波止浜駅でサンライズ糸山の送迎バスに乗ります。
サンライズ糸山でクロスバイクをレンタルします。1日1000円、2日間と乗り捨て料1000円で3000円です。
ヘルメットは付いています。

サドルの高さを調整してもらって、いざ出発が8時40分頃です。

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ここでしまなみ海道全体の地図を見ましょう。

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図の左下、レンタサイクルターミナル、サンライズ糸山を出発して、大島、伯方島、大三島、生口島、因島、向島と6つの島を渡って尾道で自転車を返します。

全長70キロほどで、体力のある人は1日でも走破可能だそうです。でも我々ロートルは無理せず、途中生口島の右下岩城島に有る民宿で1泊します。海鮮料理が楽しみです。

では出発しましょう。

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大阪市内の熊野古道

大阪市内の熊野古道紀伊路を歩いてきました。
ビルの谷間で何も面影は残っていないと思われがちですが、意外と見所は有ります。

詳しくはホームページでご覧ください。

現在の八軒屋浜です。熊野古道の出発点です。

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江戸時代の船着場の雰囲気

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近松門左衛門の墓

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井原西鶴の墓

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四天王寺とあべのハルカス

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陰陽師 阿倍野晴明神社

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熊野 志原川の自然散策

七里御浜に注ぐ川の一つに志原川がある。
下図は三重県の河川整備計画書からコピーしたが、長尾山を水源に、河口近くで産田川を併せて熊野灘に注いでいる。

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この川は河口近くにヨシ原が広がり、志原池も有って、野鳥観察の宝庫であり豊かな自然に恵まれているそうです。

ただ、熊野灘の高波が砂利を動かし河口を閉塞するため、水が流れにくい状況にあり、大雨の度に流域が浸水しまた高波の度に塩害が起こっていた。この問題は志原川に限らず七里御浜に流れ込む多くの川に共通する問題のようです。

そこでいろいろな河川整備計画が立案されたり実施されたりするわけですが、河川流域の自然保護と両立させながら河川改修を行って欲しいと25年来活動している「あつまろらい」というグループが地元にあります。

その「あつまろらい」の皆さんの案内で志原川の自然散策をしようというのが、今回の「みる観る探検隊」の企画でした。

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上図のように志原川を船で遡り、船着き場で降りて、里山を散策するという計画です。
下の写真は左3人があつまろらいのメンバー、右は熊野体験企画のスタッフの方です。

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旧志原橋は水門と一体化して、高波時は自動的に波の力で水門が閉まり、塩水の遡上を防ぐ構造だそうです。
動力が要らないのが良いですね。

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これまで何回か渡った志原橋ですが、初めてその構造に気付きました。
今朝見た志原川の河口ですが、その沖合何十メートルかの海底に人工岩礁が埋められていて、波の強さを弱めているのでそうです。これも訊かないとわかりませんねえ。

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次に竜神塔へ行くという。今朝見てきたけど行きました。
この竜神塔は、前述の度重なる水害を治める神様として竜神が祀られているのだそうです。

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そう言えば、昨晩お参りした松原の竜宮塔の説明に、塩害を鎮める竜神は木本から新宮まで、七里御浜一帯に12箇所あると書いてありました。

10時50分頃、昔の渡し場から船に乗り込み、上流に向かいました。

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葭原の広がる川をゆっくり竿一本で上って行きます。前方は長尾山です。

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付近は270種の野鳥観測の実績があるそうです。川にはウナギや鯰も居るとか。
40分ほど遡りましたが、今の時期、水田に水を引くためか水量が少なく、途中で降りることになりました。

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昔はこの先の船着場まで農家の人達がお米を担いできて、そこで船に積み込み新宮まで運んだのだそうです。
そこから一寸里山歩きです。

写真の道はインド哲学の著名な学者が晩年10年ほど過ごされた家の近所で、志原の村人が野菜を売りに木本へ通ったメイン道路だそうです。

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この近くで昼食休憩。今日は牛丼です(笑)。

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昼食後、そのメイン道路を歩きます。

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大堤池で引き返しました。

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四国もため池が多かったのですが、この地方も多いそうです。雨が多い土地なのに不思議ですね。
例の塩害が関係するのでしょうか。

木本方面への道です。こんな道が続くなら歩いてみたいですね。

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近くに、江戸時代に木本の富豪が築いたという水路跡がありました。
木本までは6~7キロ有ると思うのですが、大したものですね。

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船着場に帰り船に乗り込みました。
途中、鯰の仕掛けやウナギの仕掛けを見たりしました。

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2時15分頃渡し場に帰ってきました。
車で通りすぎると何も気づかない小さな川ですが、いろいろ有るものですね。

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いろいろ勉強になりました。熊野体験企画の催しは、いつも楽しいです。
一寸時間が予定より早く終わったので、予定の列車に大分時間が余りました。
内山さんが、近くの見どころに連れて行ってくれました。

御浜町の稚子塚です。謂れはいろいろ(笑)。

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最近、内山さんらが発見して、これから教育委員会が調査するという狼煙場跡

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熊野市方面が絶景でした。

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尾鷲の駅前で、何時もの焼きそばを食べて帰りました。

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熊野参詣道 浜街道

今日は10時集合で紀伊半島みる観る探検隊の志原川散策がある。
熊野YHに泊まっているので時間は充分。それで久しぶりに浜街道を歩くことにした。

朝6時頃起きて外に出ると獅子岩が朝日に吠えていた。

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そのまま近くの牛丼屋さんで朝食、弁当用に牛丼をテイクアウト。こういう店は本当にありがたい。

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一旦部屋に帰って準備して、6時40分には宿を出た。

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七里御浜は朝日に輝いていた。

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10分ほどで花の窟神社。素通りするわけにはいかないので参詣する。

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神社の前に古い道標がある。熊野参詣道はここを曲がれとある。ものの本によっては、ここで浜街道と本宮道が分かれるとあるが違うようだ。もう少し先で分かれるみたい。

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ここから産田神社方面に10分ほど歩くと歴史民俗資料館があり、そこを右折すると産田神社経由の本宮道。
直進すれば浜街道で、ここが分かれ道のようですね。

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分岐から7分ほど、立石の道標があります。左巡礼道、右本宮道と刻まれている。
浜街道は西国巡礼の道だったようですね。那智山の青岸渡寺へ行く道だったか。

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ここで斜めに国道42号線に出て、国道を越えて浜辺に出ます。
途中防風林の中にも遊歩道が作られているので、堤防道路が暑くて苦手な人はこの道が良いですね。

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今はまだ7時20分、暑くもないので気持ちの良い堤防に登りました。

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ここからは淡々と堤防を歩きます。地元の朝の散歩の人と時々すれ違います。
8時頃堤防が途切れる場所があり、堤防を降ります。

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防風林の中に入ると国道沿いにサークルKが有ったので一寸飲み物を買いに行きました。

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再び戻って防風林の道を行きます。8時5分です。

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そこから25分ほどで志原川に出ました。堤防はここまでです。

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一寸休憩して近くの竜神塔を見に行きました。

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その後国道の新志原橋の下を潜り、旧志原橋を渡ります。

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ここは江戸時代には志原尻の渡しがあった場所です。
渡って国道にでると巡礼碑があります。以前は少し離れた場所にあり、小さい石碑が少し大きい石碑の方に傾いているのが巡礼の親子の雰囲気があって人気がありました。
でも今は移設されて真っ直ぐ立っているので風情がありません(笑)。

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現在8時50分。神志山の駅で一休みして、探検隊の集合を待ちました。


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尾呂志から阿田和後半

歩き始めて2時間15分、14時15分に引作のバス停に着き、右折して尾呂志川を渡りました。

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橋の上から振り返ると、10キロ先に尾呂志の山々が見えます。

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ここから1キロほど先に、引作の大クスという三重県一のクスの巨木があるそうで、見に行くことにしました。
この巨木は明治44年に伐採されそうになりましたが、南方熊楠が柳田国男と協力して伐採から守ったそうです。

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45分ほどでまた引作のバス停に帰ってきました。そこから20分弱で阿田和の市街です。入口に阿田和神社がありお参りしました。

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尾呂志川はここから大きく右に蛇行して、波の穏やかな海岸で海に注ぎます。
さらに12分、七里御浜の阿田和交差点に到着です。

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左折して10分で道の駅です。この道の駅も、熊野古道や串本行き帰りに何十回お世話になったことでしょう。

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飲み物とおつまみをスーパーで買って、駅のベンチで一休みです。お疲れ様。

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明日は熊野体験企画の見る観る探検隊があるので、今日は熊野市に一泊します。
熊野YHの近くには有名な獅子岩と竜神様があります。

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近くのスーパーで再び飲み物と宛を買って、今度は七里御浜で、暮れなずむ海を見ながらのんびりしました。

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明日は浜街道を一寸歩いてから、みるみる探検隊に参加します。


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熊野 尾呂志から阿田和へ

下の図を見てください。尾呂志は中央、風伝峠近くにあります。
そこから右下、斜めの青い線を歩いてきました。

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何故、そんな所を歩くかですが、熊野古道の浜街道と本宮道を結ぶ道とも言えますね。
それと図の中央を貫く緑の線は北山街道と言うか、筏師の道です。
北山村を含む北山郷で伐採された木材は筏で新宮に送られました。
その筏を運んできた筏師が北山郷へ帰って行った道が筏師の道です。

ただ筏師の道は1本とは限らず、青い線の道も使われたのではないかと言われています。
まあ、そんなこんなで、周囲の茶色や緑の道は全て歩いているので、青い道も歩いてみようとおもったのです。

熊野市駅からバスで風伝峠の登り口である「いっぽいっぽ」という変なバス停に12時頃降り立ちました。

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ここがスタートで尾呂志の集落を通り、尾呂志川に沿って南下していきます。

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ここ尾呂志は本宮道や北山街道を歩いた時、何回か来ています。
その内2回はここの舟木屋さんで泊まっています。今も営業しておられるのでしょうか。

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20分ほど歩いて振り返っています。鞍部が風伝峠でしょう。その周囲の山から、冬場、雲が雪崩のように麓に降りてくる現象が有名で「風伝下ろし」と言われます。
その「下ろし」が「尾呂志」になったとか。

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この道は県道62号線、阿田和から北山村への街道だったようですね。

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13時20分頃、特に往時の名残も無く、淡々と歩きます。牛糞200円で売ってました。

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歩き始めて2時間弱、一本松付近でしょうか、一寸休憩です。

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後半に続きます。


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多度山黒石尾根

一寸久し振りに多度山へ。いつものように中道から登ろうと思ったが。イヌナシが咲いているかもとコース変更。
まずイヌナシの自生地へ行ってみた。

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多度峡駐車場から赤い線が行きのコースです。多度峡へは向かわず直接イヌナシ自生地へ向かっています。
9時半に出て30分ほどで自生地近くのミドリ池だったかに到着。

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すぐ近くがイヌナシの自生地です。一寸まだ早いけど咲いていました。

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10分ほどイヌナシを見て、今度は多度峡の先のせおとの森コースに降りてきました。
ヤマザクラが満開です。10時20分。

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10分ほど歩いて黒石尾根登り口に着き、黒石尾根に入りました。図のA地点です。
黒石尾根は一寸急登ですがせおとの森コースに比べると大分ショートカットしています。

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地図のB地点に40分弱で合流しました。20分以上早いと思います。

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3~4分歩いてC地点でまたコースを外れました。30番鉄塔へ近道と案内されています。

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15分ほど登ると林道になります。この辺り標高は500m弱です。

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更に13分、11時39分に別の林道に交差します。左折すると30番鉄塔へ近道です。

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私は海の見える展望台で昼食と思っているので、3分直進して縦走路に出て右折しました。D地点です。
縦走路も人には会いません。

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D地点から12分、11時54分に瀬音の森コースに帰ってきました。E地点です。

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2分で海の見える展望台です。今日は誰も居ません。

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まあ、一寸一息入れて待望の昼食です。

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12時半に出発、帰りはせおとの森コースを忠実に辿ります。2万5千の地形図には、図のF地点からG地点への道が描かれています。

以前から気になっていたので、一寸入って見ました。
でも、沢は荒れ果てていて踏み跡も見つかりません。

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相当覚悟して入らないと無理なようですね。
黒石尾根登り口は13時56分、1時間20分位かな。

雲切不動尊の滝

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新緑がきれい。

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ティオマン島の海

ティオマン島の海は世界的にも有名なダイビングスポットらしい。
前回来たときは、あまり余裕がなく海を評価できなかったが、今回ゆっくり潜ってみると、良い海だなあと思います。

ブルーヘブンさんの地図です。

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青色は前回潜ったポイント、赤線は今回潜ったポイントです。
今回ガイドのセドリックは、フランス人ですがウミウシが好きです。
それどころか、名前忘れましたが○○ムシとかも、しきりに見せます。

それはさておき、水中写真です。

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ティオマン島ABC村

私が泊まったABC村です。
ABC村というのは勿論通称で正式にはKampongAirBatangとか言うようですが、皆ABCと言っています。

4番目に船が停まる桟橋で降ります。
皆、その前のテケッで降りているので、ここで降りる人は少ないです。
でも、その分、テケッより物価が安いとか。

私がお世話になったダイビングショップ「ブルーヘブン」さんのパンフレットから地図を載せます。

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ご覧のように集落の中央に桟橋(ジェッティ)があり、南北に1キロほど幅1mほどの通りがあり、その両側に建物があります。4輪車は無く、2輪車の横に幅の狭い荷台をつけた車が唯一の乗り物です。

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建物は皆、売店かホテルか食堂になっています。山側の奥に住居があるかもしれませんね。
ダイビングショップが4軒か5軒あります。

日本人経営のショップは私が潜ったブルーヘブンさん1軒だけです。
ブルーヘブンは日本人経営ですがフランスの国旗を掲げて、フランス人のガイドが3人で、日本人ガイドはオーナーのアキさんだけです。
私もフランス人ガイドでゲストも皆フランス人で潜りました。

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勿論、普段は日本人ゲストにはアキさんがガイドすると思いますが。

ABC村の風景です。

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次はダイビングです。

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マレーシア ティオマン島

2017年3月つまり先月行ったティオマン島です。

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マレー半島の東海岸メルシンの沖合56キロにある南北39キロ東西12キロの大きな島です。
島南部にある山の峰が尖って異様な形をしているため、ティオマンというのは龍の耳とか背中とか言う意味だそうです。

ティオマン島は前に書いた東海岸振興のため免税のリゾート地になっています。
マレーシアは元来イスラム教なのでお酒は買いにくいし高いです。
例えば缶ビールはコンビニで買っても200円~400円します。
マレーシアの平均月収を考えれば500円~1000円、いやもっとかもしれません。
それがティオマン島では半額になります。

ジョホールバルやシンガポールからバスでメルシンまで行き、高速艇で1時間半ほどで渡るのが一般的です。
ジョホールバルからメルシンは700円位で2時間です。

メルシンからの船の時間は満潮の時間に合わせて毎日変わります。
2週間で元に戻ってきます。

私が泊まったホテルのパンフレットの地図です。

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メルシンから来た船は、最初ゲンティン村に泊まります、そしてパヤ、テケッ、ABC最後にサランです。
この中ではテケッが最大の村で学校やリゾート、ゴルフ場、飛行場があります。

マレー半島西海岸のジョホールバル~マラッカ~クアラランプールは全体では人口の25%の中国系が多く住んでいます。なので豚も牛もお酒もOKの店が多く、我々日本人も不自由しません。

でも東海岸は、殆どがマレー系住民なので、お酒も豚も無いわけです。
このティオマン島はリゾートなのですが、私が泊まったABC村ではレストランでビールを出す所はありません。
他の売店で買ったビールを持ち込んでも良いという店が数軒有るだけでした。

でもテケッならビールは勿論その他のウイスキーやブランデーなども買えるそうです。
ともかく私はABC村に着きました。

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マレーシア2

初めてマレーシアを訪れてから30年の月日が流れて、20世紀から21世紀に変わる頃、私はまたマレーシアのジョホールバルに工場を建設する仕事に付いていました。

でも今度は合板でなくグレーチングでした。グレーチングとは下の写真の製品で、鋼材を格子状に溶接し亜鉛メッキしたものです。道路の溝蓋や工場の床などに使われます。

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ジョホールバルというのは下図のように、マレー半島の南端、シンガポールと接しています。

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シンガポールの港も近く、人口や周辺の開発も進んでいて工場建設には良い所です。
マレー半島の場合、ジョホールバルからマラッカを経てクアラランプールに至る西海岸は、日本の表日本と同様開けています。

逆に東海岸のメルシンからトレンガヌに至る地方は裏日本以上に開けていません。
なので、我々が東京のマレーシア工業開発局のような場所に工場申請に行くと、「なんとかメルシンに作って貰えませんか。そうすれば税制など優遇措置はいろいろあります」と薦められたものです。

でも、結局、製品の積出港、原材料の調達、協力工場の有無など、あらゆる面で不利で実現せず、ジョホールバルに工場建設したのでした。

それが現在に至っています。

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マレーシアの思い出

最近マレーシアへ行ったので昔のことを思い出しました。
今から50年近く前でしょうか、その頃私は合板会社に勤めていました。
フィリピン、マレーシア、インドネシアからラワン材を輸入して合板を作ります。
合板はプリント合板や化粧板に加工され、住宅の内装・外装、家具、コンパネ、構造材などに使われていました。

その頃前記3国では、自国の工業発展のため、自国に工場を作らない商社には、木を切らせないという気運が高まっていました。

それで私は今は無い某商社の南洋材部に頼まれて、現地の工場建設の採算性調査に出かけました。
その最初の仕事場がマレーシアでした。人生初めて降り立った外国の地がクアラランプールでした。

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上図でマレー半島の上部、タイとの国境近くの街コタバル付近に工場を建てたいというものでした。
製品の積出港も無く、電気、メンテ部品の調達など不安要素一杯で実現はしませんでした。

ちなみにコタバルは第2次世界大戦で日本軍が上陸した土地で、その当時は記念碑がありました。
日本軍は自転車でマレー半島を南下し、シンガポールを攻略したのだそうです。
世にこれを銀輪部隊と言うそうです。

当時は1ドル=360円、ホテルも高くて出張旅費が足りずに大変でした。
その後、マレーシアのサバ州(ボルネオ島)やインドネシア、フィリピンなど現地調査に行くことになったきっかけの仕事でした。

その後、マレーシアではマハティール首相が誕生し、ルックイーストの政策の元、親日の政策が取られました。
おかげで今も日本人の海外移住希望はマレーシアがずっと一位をしめています。

続く

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元伊勢巡りが終わりました

今年の正月から始めた元伊勢巡りが3回目で終わりました。

初代斎宮でもある垂仁天皇の娘である倭姫が、天照大神をお祀りする最適地を求めて巡幸し滞在した16ヶ所の神社を巡りました。

そして最後に倭姫宮にお参りして報告しました。

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詳しくはホームページでご覧ください。

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東海道・灯街道 桑名

桑名宿で東海道を灯街道にするイベントが行われました。

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何千個という、鋳物や竹や紙の灯篭が七里の渡しから続く東海道を彩りました。

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桑名城跡に続く東海道付近です。

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桑名城址の堀に夕日が沈みます。

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七里の渡し付近に鋳物の灯篭が並びます。

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桑名城主でもあった本多忠勝像

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九華公園を竹灯篭が照らします。

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屋台も出ていました。

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日も暮れて、七里の渡しに有る伊勢神宮一の鳥居です。
これをくぐれば伊勢の国です。

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なあ最後は宴会になりますね(笑)。

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