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加太越奈良道

2016年9月30日

久しぶりの青空なので急遽街道歩きに出かけた。大和街道です。
東海道関宿の西の追分で分かれて、伊賀の国を通り大和へ向かう道です。途中加太宿が置かれ、加太越奈良道とも呼ばれる。

今日は関宿からJR柘植駅まで15~16キロを歩いてきた。

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10時20分にJR関駅に到着。

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関宿に入る。

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30分ほどで関宿を抜け大和街道に入る。遠くに錫杖ヶ岳が見えます。

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京都に平安京が出来て100年近く経った886年に鈴鹿峠開通しました。それまではこの道が東海道でした。
壬申の乱の大海人皇子、木曽義仲討伐の源義経、本能寺の変で三河へ逃げる徳川家康などがこの道を通ったとされています。

ここから下は鈴鹿川、上流は加太川だそうです。

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旧の国道25号線を歩きますが、所々旧道が残っています。金場付近。

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12時頃加太の集落に入ってきました。

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駅のベンチでお昼にしました。ビールは無しです。

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12時半頃出て街道に復帰しました。道端の案内は鉄道遺産群を強調しています。

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大和街道の案内も初めてありました。

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5分ほど歩くと問屋場跡の石標があり、そこを左折するのが街道ですが、案内はありません。
入って行くと趣のある橋で加太川を渡ります。

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渡って登って行くと梶ヶ坂という地区になり、この先に古道が残っています。
大和街道の歴史や説明の看板が初めて現れました。12年前に歩いたときは無かった看板です。

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すぐ舗装道路が途絶え古道が現れました。500mほどですが続きます。

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古道の横に公園ができていました。亀山市森林公園やまびこだそうです。

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25号線に出るとすぐ関西線と接します。この橋脚なんかが鉄道遺産だろうなと思います。

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加太小学校や郵便局があります。ここは板屋地区で本陣跡もありました。13時08分です。

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本陣跡から10分少々、これも鉄道遺産と思わせるトンネルを潜ります。

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13時43分、砂利採取の工場があります。

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過ぎると加太不動滝への道があり小休止しました。

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14時05分、伊賀市に入りました。右側に旧道が有るのですが、そこへ入る道が無くなっているのだそうです。
前回は、少し行った先から右折して旧道を見に行ったのですが、今回は忘れて歩いてしまいました。

大杣池を越えるとJRが接近してきます。

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そのJRの下を潜ります。

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鴉山池です。

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鴉山池から10分弱で柘植の集落へ右折します。この常夜灯が珍しいのだそうですが理解していません。

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玉林寺というお寺を過ぎたら、今日の街道歩きは終わりです。
次の交差点で右折して柘植駅に向かいます。

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柘植駅までは7~8分です。酒屋さんも無いので今日は酒無しデーでした。
駅に忍者が居ました。15時です。

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待っているうちに雨が降ってきました。

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