中山道 醒ヶ井宿~垂井宿
山歩会の中山道歩き4日目です。
今日は20キロと距離は長くありませんが、醒ヶ井宿、柏原宿、今須宿、関ヶ原宿、垂井宿と近江の国から美濃の国へ5つの宿場を歩きました。
醒ヶ井宿などは街並みがきれいで雰囲気も良く、各宿場とも見所も多く、なかなかの1日でした。
詳しくはホームページでご覧ください。
写真は梅花藻とハリヨの街、醒ヶ井宿です。
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山歩会の中山道歩き4日目です。
今日は20キロと距離は長くありませんが、醒ヶ井宿、柏原宿、今須宿、関ヶ原宿、垂井宿と近江の国から美濃の国へ5つの宿場を歩きました。
醒ヶ井宿などは街並みがきれいで雰囲気も良く、各宿場とも見所も多く、なかなかの1日でした。
詳しくはホームページでご覧ください。
写真は梅花藻とハリヨの街、醒ヶ井宿です。
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2016年10月15日
久しく逢っていない大阪のOさんと、一寸山歩きをした後一杯飲もうと大台ケ原へ行ってきました。
バスが出る近鉄大和上市駅は大阪からは近いのですが名古屋からは遠いです。
名古屋発6時半の特急に桑名から乗って上市着は9時21分、9時半のバスに乗りました。
お客は我々二人を含めて4人だけ。今日は紅葉には一寸早いので空いているんだなと思いました。
ところが11時頃目的地に近づくと路上駐車の列です。皆、乗用車か9時のバスで来ているのです。
東大台の標準巡回コースは4時間なので11時21分に着いて15時半の最終バスだとぎりぎりですものね。
まあトイレも済ませて日出ヶ岳へ出発しました。駐車場は1573m、日出ヶ岳は1695mです。
紅葉はまだ早いですが素晴らしい晴天です。吹く風も爽やかで気分爽快です。
歩き始めて30分、頂上直下の分岐に着きました。左頂上、右巡回コースです。
左にとって木の階段を登ると頂上の展望台があります。
展望台に登ると大峰奥駈の山々が一望できます。振り返れば尾鷲方面の湾や町が一寸霞んでいます。
12時20分から40分まで、弁当にしました。
あまりゆっくりする時間はありません。一寸下って巡回コースに入ります。
木道を登って振り返ると紅葉の向こうに今居た日出ヶ岳です。
今度は下りますが、この辺り正木が原と言って枯れ木が有名です。でも昔は樹林帯だったそうですが。
以前は鹿がいっぱいいたのですが、今日は居ません。
後でビジターセンターの人に聞いたのですが、鹿に人間は怖いことを覚えさせたので、今日は人が多いので下へ逃げたのでしょうと。
山頂から45分、13時25分に尾鷲辻です。ここから直接駐車場に帰る道があります。
東屋で休憩して、作戦会議です。
コースタイムでは、ここから大蛇嵓→シオカラ谷→駐車場が115分で13時30分出発として15時25分着。
大蛇嵓を往復して駐車場に向かうのが105分で10分早い。後者を選ぶことにしました。
尾鷲辻から10分ほどの広場に神武天皇の像があります。
大阪上陸に失敗した神武天皇が熊野に上陸し、八咫烏の道案内で大和に至り朝廷を作った伝説がありますが、この辺りを通ったのでしょうか。
13時50分に大蛇嵓に着きましたが並んでいます。時間が無いので先端まで行くのは諦めて、後方から写真だけ撮ることにしました。
予定より5分ほど早く着いたので、帰りは余裕でした。盆栽みたいですね。
14時25分には尾鷲辻を通過し、15時には帰れることを確信しました。苔がきれいです。
帰り道は登りを最小限にうまく作ってありました。
予定通り15時に到着し、ビジターセンターを見学する余裕も。
帰りは橿原神宮前駅で途中下車し、待望の反省会でした。
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東海道一人歩きの最終回です。
小田原から日本橋まで3泊4日で歩いてきました。
江戸から小田原宿までは40里一寸なので、江戸時代の健脚旅人は2日で歩いたそうです。
東海道膝栗毛の弥次さん喜多さんも2日目の宿は小田原宿でした。
なのに私は4日、情けない(笑)。
写真は最終日、田町駅付近にある西郷隆盛と勝海舟の江戸城無血開城にかかわる会見場所の碑です。
でも、まだホームページにアップしたのは1日目だけです。
ご興味のある方はホームページを時々ご覧ください。
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石田三成の佐和山城は中山道の鳥居本宿の近くにありました。
それを一寸登って、その後中山道に向かいました。
今日は高宮~鳥居本~醒ヶ井です。
写真は鳥居本宿の赤玉神教丸本舗です。
詳しくはホームページでご覧ください。
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2016年9月30日
久しぶりの青空なので急遽街道歩きに出かけた。大和街道です。
東海道関宿の西の追分で分かれて、伊賀の国を通り大和へ向かう道です。途中加太宿が置かれ、加太越奈良道とも呼ばれる。
今日は関宿からJR柘植駅まで15~16キロを歩いてきた。
10時20分にJR関駅に到着。
関宿に入る。
30分ほどで関宿を抜け大和街道に入る。遠くに錫杖ヶ岳が見えます。
京都に平安京が出来て100年近く経った886年に鈴鹿峠開通しました。それまではこの道が東海道でした。
壬申の乱の大海人皇子、木曽義仲討伐の源義経、本能寺の変で三河へ逃げる徳川家康などがこの道を通ったとされています。
ここから下は鈴鹿川、上流は加太川だそうです。
旧の国道25号線を歩きますが、所々旧道が残っています。金場付近。
12時頃加太の集落に入ってきました。
駅のベンチでお昼にしました。ビールは無しです。
12時半頃出て街道に復帰しました。道端の案内は鉄道遺産群を強調しています。
大和街道の案内も初めてありました。
5分ほど歩くと問屋場跡の石標があり、そこを左折するのが街道ですが、案内はありません。
入って行くと趣のある橋で加太川を渡ります。
渡って登って行くと梶ヶ坂という地区になり、この先に古道が残っています。
大和街道の歴史や説明の看板が初めて現れました。12年前に歩いたときは無かった看板です。
すぐ舗装道路が途絶え古道が現れました。500mほどですが続きます。
古道の横に公園ができていました。亀山市森林公園やまびこだそうです。
25号線に出るとすぐ関西線と接します。この橋脚なんかが鉄道遺産だろうなと思います。
加太小学校や郵便局があります。ここは板屋地区で本陣跡もありました。13時08分です。
本陣跡から10分少々、これも鉄道遺産と思わせるトンネルを潜ります。
13時43分、砂利採取の工場があります。
過ぎると加太不動滝への道があり小休止しました。
14時05分、伊賀市に入りました。右側に旧道が有るのですが、そこへ入る道が無くなっているのだそうです。
前回は、少し行った先から右折して旧道を見に行ったのですが、今回は忘れて歩いてしまいました。
大杣池を越えるとJRが接近してきます。
そのJRの下を潜ります。
鴉山池です。
鴉山池から10分弱で柘植の集落へ右折します。この常夜灯が珍しいのだそうですが理解していません。
玉林寺というお寺を過ぎたら、今日の街道歩きは終わりです。
次の交差点で右折して柘植駅に向かいます。
柘植駅までは7~8分です。酒屋さんも無いので今日は酒無しデーでした。
駅に忍者が居ました。15時です。
待っているうちに雨が降ってきました。
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