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2015年9月に作成された記事

2015/09/29

熊野古道その4

今日はゆっくり朝風呂にも浸かって、9時前のバスです。
朝食のビールも美味しかった(笑)。

志古から9時半の船に乗船しました。

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上流の瀞八丁まで往復2時間ほどの観光です。

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旧瀞ホテルは今は喫茶店として営業していると聞きました。別館への吊り橋は崩壊していました。
この辺りは筏師が新宮から北山村へ帰る筏師の道で、かって歩いた懐かしい道です。

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この乗船場の建物も2011年だったかの大雨で流されたのだそうです。そのメモリアルモニュメントが建てられていました、写真のモニュメントの上の波型まで水が来たのだそうです。想像ができませんね。

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瀞峡観光後、新宮に帰ってきました。まず向かったのが神倉神社です。
2月に行われるお灯祭は、源頼朝が寄進したと言われる急な石段を走って降りる勇壮な奇祭です。

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地元の人に速玉大社のことを話しても反応は今一ですが、神倉さんにお参りしてきたと言うと、生き生きとして話してくれます。ごとびき岩がご神体です。

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新宮の景色が一望できます。前方の浜辺は王子ヶ浜と言って熊野古道です。その先は世界遺産の高野坂です。

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熊野三山の一つ速玉大社にも勿論参詣します。新宮と言う地名は速玉大社が神倉神社の新宮であったことから生まれました。

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歴代上皇の熊野御幸の回数を示す石屏風があります。後白河上皇の三十三回がすごいですね。
朝廷の威光も充分届かない往復1っか月以上かかる山道を、三十三回もお参りする理由は何だったのでしょうか?

源氏と平家が争う武士の世の中に変わりつつあったこの時代、公家の最後の砦として、現世の利益を頼みに通った姿が偲ばれます。

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最後の〆はいつもの大衆食堂と違って料亭になりました。皇室も来られたとか。

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ここは小さな目はり寿司が名物だそうで、菜っ葉もタカナではないとか。

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皆さん、お疲れ様でした。

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熊野古道その3(百閒ぐら)

11時10分に百閒ぐらに到着しました。嬉しいことに天気も回復しています。

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正面は果無山脈、右手は奥駈の山々が見えますが、はるか遠くが見えないので80点でしょうか(笑)。
カメラを低く構えて、お地蔵さんの後ろに山々を撮るのが定番のようです。

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景色を堪能してから松畑茶屋跡に向かいます。もう登りはありません。
11時40分頃万歳峠からの道が合流します。5分で松畑茶屋跡です。
ここは道の両側に長いベンチがあるので、昼食休憩に最適です。

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ゆっくり休憩しようかと思いましたが、皆さんの心は早く降りて缶ビールが飲みたいと叫んでいるので、すぐ出発することにしました(笑)。12時8分です。

茶屋跡から1時間10分、13時20分に請川に降りてきました。

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冷たい缶ビールを飲んでいるとバスが来ました。
熊野本宮到着は13時45分です。

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続いて大斎原(おおゆのはら)へ向かいます。

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その後熊野本宮館で映像や曼荼羅を見ました。

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15時15分のバスに乗る頃には本降りの雨になってきました。でももう大丈夫、後は川湯温泉で温泉に浸かるだけですから。

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そして飲んで寝るだけです(笑)。

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明日は瀞峡へ行きます。


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熊野古道その2(小雲取越え)

今日は7時朝食8時出発の予定でしたが、皆も早起きしているし、午後は雨との予報も有り、7時20分には出発しました。小雲取越えは15キロ、標高差は400m位で、小口自然の家から請川まで5時間の予定です。

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登山口の小和瀬は昔渡しがあったようです。今は立派な橋が架かっています。7時32分です。

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ここから桜峠までが登りで1時間半でしょう。その後は小さなアップダウンが松畑茶屋跡まで続き、そこから請川に向けて徐々に下ります。

すぐ民家の間から登りになり、尾切地蔵を過ぎると山道になります。

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以前は少し歩くと桜茶屋跡の休憩所が見えたのですが、今は周囲の木が大きくなり見えません。
黙々と1時間半歩いて、ようやく休憩所に着きました。展望は少し雲が低くて60点です。

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予定より30分位遅れていますが、早く出たので助かっています。
桜峠へ最後の登りです。

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9時半に桜峠を通過するころ雨が降ってきました。予報より少し早いし、百閒ぐらの展望が心配です。
10時10分頃石堂茶屋跡を過ぎ、すぐに賽の河原地蔵があります。

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10時36分に林道交差地点に来ました。ここにはトイレがあり、しばらくトイレ休憩しましたが、臭気がひどくて皆辟易していました。脱臭装置が正常に働いていないようです。

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15分ほど休憩して百閒ぐらに向かいます。少し登り返します。
百閒ぐらは熊野街道随一の展望台と私は思っています。果無山脈を始め、延々と連なる熊野の山々は悠久の世界を感じさせてくれるのです。

その途中が今年3月に崩落して通行禁止になっていましたが、立派に修復されていました。
さすが、世界遺産で早いですね。

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百閒ぐらへ続く

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熊野古道その1

2015年9月25日
朝5時半頃目が覚めて、テレビを点けると思いがけないテロップが流れていた。
大雨のためJR紀勢線の紀伊長島~新宮間が不通だと言う。
冗談じゃない、今日は山歩会13名で熊野へ行く日です。
8時01分発の南紀1号で紀伊勝浦まで行き、大門坂を歩いて那智大社に参詣します。
その後新宮に戻り、バスで雲鳥越の中間地点小口へ向かう予定です。

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ともかく行ける所まで行って、後はバスでもタクシーでも考えようと出かけました。
南紀1号は満席です。何故?と思ったら鈴鹿サーキットでF-1 が開かれているのでした。
臨時停車のサーキットを過ぎるとガラガラです。
9時過ぎには不通が解除され、やれやれと思ったが南紀1号は紀伊長島停まりだそうです。
不通が解除されたら走れば良いのに、鉄道屋さんの頭はガチガチで、一旦決めたら事情が変わっても変えないのですね。紀伊長島で下ろされてしまいました。

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次の南紀3号まで2時間の待ち時間です。駅のベンチで飲むしかありませんよね。
大門坂と那智大社は時間的に無理になったので、直接小口に行くことにしました。
今夜の泊まりは小口自然の家です。ここは元中学校の校舎を利用しています。

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小口は大雲取越えと小雲取越えの間にあり、私も何回か宿泊しています。

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小口自然の家ができる前は民宿百福さんしか無くて、百福さんが後継者問題で存続かどうかの噂が流れたりして心配したものでした。今は後継者も決まって安心ですね。

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宿泊者は結構外国の人が多く、国際色豊かですね。この日はスペインとか米国とか。
夜は楽しい宴会です。ともかくここまで来れて良かった。

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明日の小雲取越えに続きます。

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2015/09/20

谷汲山と横蔵寺へポタリング

8時47分発の大垣行に乗るため養老鉄道の播磨駅に着いた。
休日はすべての電車がサイクルトレインになるのでありがたい。
ただ、桑名駅への自転車乗り入れは出来ないので播磨から乗る。

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大垣で乗り換え揖斐駅に向かう。
養老鉄道には1日乗車券の制度があり、1500円なので揖斐駅まで行っても懐は痛まない。

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揖斐駅到着は10時37分と桑名から2時間近く掛かってしまうが仕方がない。
駅で準備していると中日新聞の記者さんにインタビューされた。
養老鉄道の今後について取材しているようだ。

今日はこれから、谷汲山華厳寺へ行き、更に両界山横蔵寺を廻って揖斐駅に帰るつもりだ。
距離は35キロ程度でそう長くはないが、アップダウンがあるので時間は読めない。
下の図で青線は計画線、赤線はGPSの軌跡です。

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10時45分には出発した。すぐにセブンイレブンが有ったので弁当を買う。
揖斐川には多勢の釣り人が川に入っていた。国道303号の交差点を越えて県道251号線に入って谷汲山を目指す。駅から20分、上り坂になり、すぐ自転車を押して歩く。

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小野坂トンネルと言う短いトンネルを潜ると今度は気持ちの良い下り坂です。
谷汲山の手前1キロほどの所に左へ入る小道があり、昔の参道のようだった。
入って見るとすぐ道標地蔵があった。

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谷汲山は何度か来ているがこの小道は見逃していた。
道の両側にはいくつかお地蔵さんが有ったりするが、西国三十三札所を定めた花山法皇ゆかりの念仏池があった。

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お寺の参道は700mほどあるが、両側のお店は少し休みが目立つようです。
50年前位に最初に来たときは「菊花石」の店が非常に多かったものです。

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取り敢えず、お参りしました。ここは前述の西国三十三札所の結願のお寺なので参拝者は多いです。

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12時になったので昼食の時間ですが、横蔵寺への道は山越えのようです。
食後の登りはきついので、お握りを一個だけ食べて横蔵寺へ向かいました。

途中の道の駅「夢さんさん谷汲」までは楽な道です。

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少し休憩して登り始めましたが、すぐ諦めて歩きました(-_-;)。
でも15分ほどで谷汲トンネルです。昔は岩坂という峠越えの道だったのです。

ここを潜ると下り坂で、横蔵寺までの4キロは15分ほどで着いてしまいます。
横蔵寺は美濃の正倉院と言われるほど重文の仏像などを多く所蔵しているそうです。
秋の紅葉も美しいそうですが、私は今回初めての訪問です。

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瑠璃殿にはご本尊薬師如来をはじめ22体の重文、また舎利殿には加工手術を全く加えず自然にミイラ化した
妙心法師の舎利仏が安置されています。

13時15分頃、参拝を終えて、近くの神社の境内で弁当を食べました。
ここから揖斐駅は14キロほどです。

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40分ほどで揖斐駅に帰ってきました。

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2015/09/13

木曽街道(上街道)最終回

上街道最終回です。

今回は善師野駅から東海自然歩道を経て、日本ライン下りで有名な今渡の渡し付近で中山道に合流しました。

その後、5年半前に歩いた懐かしい中山道を伏見宿、御嶽宿と歩いてみました。

詳しくはホームページでご覧ください。

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2015/09/06

開田高原

御嶽山の麓、開田高原へウオーキング&ゴルフに行きました。
名古屋から車で中央道へ、中津川で降りて19号線を北上、懐かしい木曽路をドライブです。

木曽福島の駅前でコーヒー休憩。谷底の街ですね。

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すぐに左折して木曽大橋を渡ります。361号線に入って開田高原を目指します。
途中でどこかの蕎麦屋さんで昼食したが写真を撮り忘れた。

御嶽明神温泉やまゆり荘に13時40分頃到着。車を置いて尾の島の滝へウオーキングに出かける。
地図は貰ったが、縮尺いい加減な略図のみ。案内は全くないので、迷いながら歩く。

40分ほど歩いて辿りついた。

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なかなかの滝です。水量もすごい。

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帰りは雨に降られて、濡れながら15時頃やまゆり荘に帰りついた。
温泉はなかなか良い。

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今日の泊まりは木曽カントリー倶楽部のロッジです。なかなか良い感じ。去年も来たのです。

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夜はすき焼きで一杯。

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食後は麻雀やカラオケを楽しみにしている人が多いが、私は健康的に寝てしまった。
翌日は快晴で御嶽山が姿を現してくれた。

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スコアはそこそこ(-_-;)

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スルーで廻って入浴と昼食の後、また帰りに蕎麦を食べに入った。
時香忘という有名店。十割そばと焼きそばがきが珍しかった。なかなかグー。

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食べ過ぎて満腹で帰ったが、中央道が事故で通行止め。19号線は大渋滞で帰りが遅くなり。
食べ過ぎたお腹が丁度良くなって帰宅しました(笑)。

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2015/09/05

野鳥の勢力争い

我家の近くの田畑では、最近ムクドリが急激に勢力を伸ばしています。
スズメより大型なのでスズメは駆逐されつつあるようですね。

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それと隠れて勢力を伸ばしているのがシラサギです。

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それとアオサギも多くなってきましたね。

鴨なんかも見かけますね。

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