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熊野 浜街道その3

2014年4月20日(日)

今日は昨日解散した阿田和の道の駅七里御浜に8時10分の集合です。
でも今日は皆さんの祈りも虚しく雨模様です。

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今日は阿田和から新宮まで14キロほどを歩きます。昨日よりは少し少ないです。

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歩き始めるとすぐ尾呂志川を渡ります。上流には本宮道が通る尾呂志の集落があります。懐かしい。

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30分ほど歩いて国道に出ました。更に30分近く歩いてドラッグストアの手前、防風林の中に六部の墓がありました。六部と言うのは略称で日本全国六十六ヶ国を巡礼して納経する旅人を指すそうです。

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今日の語り部のOさんは歴史に詳しいようです。墓から15分ほど歩いて右に国道から分かれます。すぐに「ビキシ様」というお堂があります。

今日は謂れが解るかと期待していましたが、やはり確かなことは解らないらしい。女性の巡礼者か?

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5.6分歩いて左に国道に出て、少し後戻りした処に紀宝町ウミガメ公園があります。9時45分ごろに到着しました。ここはウミガメを飼育していてエサもやれます。

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雨が止まないので、時間は早いがここで昼食となりました。今日は民宿の朝ごはんの残りを弁当に詰めて貰ってきました。えらい節約できました(笑)。

10時40分に出発。語り部さんは「せっかく浜街道にきたのだから、少し浜辺を歩きましょう。」と強風の海岸へ行きました。

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1キロほど歩いて国道を渡り、JRの線路も渡って今度は山側に入っていくのが旧熊野街道です。

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すぐ横手地蔵の案内があるので、それに従って歩きます。

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徐々に高台へ登っていきます。

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この辺りは大烏帽子山とかのルートのようです。

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さらに山に沿って歩きます。

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国道から20分ほどで横手地蔵さんに着きました。

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地蔵さんからは緩やかな下りになり、集落を抜けて30分ほどで、先般開通した紀宝バイパスの上を通ります。
立ち退き住民の反対で30年以上の裁判で争われ、ようやく開通したそうです。

これで車の流れは大きく変わるので、旧鵜殿村の国道沿いの店は厳しいのでしょうね。

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そこから30分弱でバイパスに降りてきますが、その傍に「粥森様」というのが有ります。これも謂れが解らないようですが、速玉大社のお祭りのときにお供え物をするので、関係があるようだと。

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バイパスのそばにコンビニもできていたので、そこでトイレ休憩も。

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バイパスを渡り、JRの線路も渡ります。

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コンビニから15分で熊野川沿いの旧国道に出ました。13時過ぎで、速玉大社ももうすぐです。

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話変わりますが、武蔵坊弁慶がこの付近の生まれだという説があります。通説は田辺市ですが。
その弁慶資料館がありました。

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熊野川を渡って和歌山県に入り、13時32分に速玉大社に到着しました。

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ナギの木がご神木です。かってはこの葉を1枚お守りに貰って帰ったとか。

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歴代上皇の参詣回数が刻まれています。

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今日は満願の日とあって、正式参拝が用意されていました。

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雨の中、皆様ご苦労様でした。

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