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自転車で125社その2

もう一度図を見ましょう。
午前中に左上のJR参宮線の外城田駅を出発し、左周りに御船神社、朽羅神社、蚊野神社、田乃家神社、津布良神社そして中央下の鴨神社を参拝しました。

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午後はまず伊勢道玉城インター近くの奈良波良神社に向かった。
インターの傍の店の屋上には「熊野古道出立のまち、玉城町」と大きく宣伝していた。

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その向こうの信号を左折して目指す奈良波良神社に向かった。
昔は楢の木が多くあったとか。やはり農業の神様です。

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この地方の摂社や末社はほとんど内宮の管轄です。本殿も簡素なもので、どれも同じように見えます。
次は鴨下神社(かもしも)へ向かいます。

先の鴨神社同様水利潅漑の神様だそうです。京都の上賀茂・下賀茂神社との関係は無いような。
近くに野の花亭という洒落たレストランがあるが今日は休みだった。

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ここで13時15分、順調に来ているので一寸欲張って小社神社と湯田神社も今日の予定に加えることにした。帰りは15時15分外城田発の電車を予定しています。

鴨下神社から東へ小社(おごそ)神社へ向かう。小社神社は内宮の神主荒木田家の氏神で、潅漑の神様であり、日照りのときは雨乞いも行われたとか。

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次は田丸駅の近くの狭田国生(さたくなり)神社です。
前にも書いたように田丸は街道の要衝で何回も訪れていますが、この狭田国生神社は存在すら知りませんでした。

ここも内宮の摂社で川の神、土地の神が祭られています。狭田は名前の通り川に挟まれた狭い田という意味ですが、他の本では、先端を意味する佐多岬、佐田岬のサダ、猿田彦のサダの意味だという説も読んだ。

国生(くなり)は国の建設に力があったという神様でしょう。

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そしてどういう訳か、ここだけは遷宮のための替地が無いのです。境内の中には林の中にスペースとしては有ると思いますが整地してありません。

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13時55分、後1時間一寸で3箇所廻らないといけません。一寸焦っていると皮肉にも風が強くなってきました。
湯田神社へ向かう田んぼ道では北風に遮られて自転車が進みません。

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湯田と言っても温泉が出る訳でもなく、斎田(ゆた=清浄な田)の意味らしい。

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ここで14時10分、後1時間で2箇所の参拝を終え、外城田の駅で自転車を畳む必要がある。
4キロほど西の牛尾崎池の側にある坂手国生神社を目指すのだが、北風の烈風が吹きすさんで、田圃のあぜ道から落ちそうになる。

それでも途中のミニストップで帰りの車中のお酒を買うことは忘れず(笑)、14時35分には辿り着いた。

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坂道を少し登るのが名前の由来か。

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さあ、今日の予定は後一つ、外城田駅の近くの榛原(すぎはら)神社を残すのみです。

坂手国生神社を出て坂道を下ると伊勢本街道に出ます。右折して一寸本街道を走り、適当に左折して線路沿いの未知に出ます。

ここは星の占いで農作の豊作を祈る神様とか。小高い丘の上に在ります。

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最後の参拝を終えて石段を降ってくると神話の里玉城町の田圃がきれいでした。

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外城田駅到着は15時一寸前、15分の電車には余裕で間に合いました。
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多気で快速みえに乗り換えます。
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そして、先ほど調達したお酒をちびちび飲みながら帰りました。

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