尾鷲街角歩き
2013年2月9日
今日は紀伊半島みる観る探検隊の尾鷲街角歩きに参加しようと近鉄に乗った。
近鉄で松阪まで行き、そこでJRに乗り換えるのが一番安い。
7時50分に出発して尾鷲到着が12時、4時間10分だが、紀伊長島で30分も停まる。
これが無ければ11時40分には着くが街歩きは13時からなので早く着いても仕方がない。
紀伊長島を出ると車窓に美しい海が広がる。紀の松島と呼ばれる熊野街道の景勝地です。
12時に着いて、まず昼食は駅前の食堂です。ボリュームたっぷりのお勧めの食堂です。
特にやきそばは味といいボリュームといいソース焼きそばでは日本一です(笑)。
尾鷲街歩きは明日が本番ですが、前泊をする人のために内山さんがサービスで催してくれる企画です。
下の図の土井子供くらし館を中心に、熊野古道周辺を案内してもらいます。
歩き始めるとサンマが干してありました。東紀州はサンマの干物が名物です。
念仏寺では境内のお地蔵さんが宝暦の津波の犠牲者を慰霊するために建てられた話を聞きました。
1707年、尾鷲の人口は3000人、その三分の一が亡くなったとか。
写真の右手がその地蔵さんです。
尾鷲で唯一大漁旗を作っている万助屋さんにより、道の真ん中にある共同井戸を見にいきました。
車社会の今では考えられませんが、以前は地域で最も重要な施設だったでしょうね。
次いで土井子供くらし館です。全国の長者番付に名を残す尾鷲の土井本家の中にある、明治大正の裕福な家の子供の衣装・玩具・文具などが展示されています。
次いで常声寺境内にある清順上人の碑です。
清順上人は戦国時代の尼僧ですが、戦乱のため伊勢神宮の遷宮が行われず荒れ果てるのを見かねて、自ら全国に勧進に廻り実現したと言う傑出した尼僧です。
その経歴や勧進について内山さんの、これまでの常識を覆すような薀蓄を聞きました。
この常夜灯は上の石の直径が大きく、雨に強い灯台の役割を果たしていたとか。
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