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2013/01/03

木曾・長良の中堤をポタリング

新春3日、一寸身体を動かさないとと思って自転車を持ち出しました。
我がグレートジャーニー君も最近は近所のスーパー通いばかりで申し訳ない。
そこで今日はグレートジャーネィとまではいかないがデイトリップに連れて行くことにした。

朝9時40分頃我家を出発、6キロほど走って木曾三川パーク、下図の中央下、立田大橋西詰めにきた。
天気はまあまあだが風が強い、午後には雪の予報です。
ここを左折すると治水神社、さらに西へ進むと多度大社があります。
でも混みそうなので止める。

Photo

木曽川と長良川の間の堤防は一般車両通行禁止なので自転車の天国です。
でも今日は北西の雪下ろしがすごく、遮るものが無い中堤防を走るのは自殺行為だとしり込みする心の声も。
でもまあそんあこと言ってるとどこへも行けないので走ることにする。

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ここから15キロほど馬飼大橋まで堤防を北上します。
多度山は見えますが、奥の鈴鹿山脈は雪雲の中です。伊吹山も雪のようです。
もうすぐこの辺まで雪が降りてくるでしょう。

木曽川の河川敷にドッグランが出来ていました。5月26日までとか。
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両側が川なので風はまともです。逆風で12~13キロしかでません。寒い。
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ケレップ水制というのがあります。木曽川の堤防を守り、渇水期にも中央に水路を確保するものらしい。
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長良川側に葛木の渡し跡というのがありました。
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グレートジャーニー君も後部に買い物籠を付けて嫌がっています(笑)。
立田大橋から10キロで東海大橋です。でもこの橋には入れません。下を潜っています。
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橋を潜ると桜並木です。桜の頃に再度来てみましょう。
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東海大橋から2キロで中堤防は終わりです。長良川と木曽川は左右に分かれます。
その分岐点に木曽三川下流明治の改修の石碑があります。
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薩摩義士で有名な宝暦の改修は1754年ですが、その改修は根本的なものでなく、その後も何回も改修が行われています。ただ明治政府の主体が薩摩藩であったため、宝暦の治水がより以上に喧伝され治水神社も作られたと言う人も居ます。

その根本的な改修は明治20年(1887年)から25年間かけて、明治45年にようやく現在の姿になったようです。日本の国土軸の中枢である東海道を遮る木曾三川だから、それだけの国力を注ぎ込んだのでしょうね。

分岐から2キロ、立田大橋から14キロほどで馬飼大橋です。時間は11時20分、一寸お腹も空いてきました。
ここから左折して長良川を渡っていくとお千代保稲荷さんがあります。私は右折して木曾川を渡って津島神社を目指すことにしました。

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木曽川を渡ってすぐ水路があり、そこを右折して水路沿いに走ります。
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この辺はソニーのナビに従います。自転車モードにすると、車の通らない幅2m位の道もナビするので面白いですね。途中にすき家があり牛丼を食べました。
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世の中に牛丼ほど安くて美味しい食べ物はありませんね(笑)。
12時半に津島神社に到着し、今年1年の無事を祈願しました。
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近くの天王池では毎年天王祭りが行われますね。
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今年の初ポタリングは45キロでした。
雪もちらつく中、自分ながらごくろうさまでした。

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