« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月に作成された記事

2013/01/28

熊野古道松本峠から鬼ヶ城

2013年1月26日(土)
明日、紀伊半島みる観る探検隊の大丹倉ツアーがあるので、前泊しようと熊野市にでかけた。
JR南紀1号で熊野市を目指す。
多気を過ぎると車窓は熊野街道伊勢路になり飽きることはないが、尾鷲を過ぎると一段と景色が楽しくなる。

三木里は八鬼山越えで降ってくる海岸
P1070883

そして三木峠、羽後峠を越えると賀田です。
P1070884

そして曽根次郎坂・太郎坂を越えると二木島に降りてきます。
P1070885

さらに二木島峠、逢神坂峠を越えると新鹿海岸です。日本一水のきれいな海水浴場と宣伝しています。
P1070888_2

そして波田須から大吹峠を越えると大泊です。さらに松本峠を越えれば木之本に到着です。
と言うわけで南紀1号は11時4分に熊野市駅に到着します。
でも今日は強風で徐行運転があり15分ほど遅れました。
尾鷲の手前辺りから雪が舞っているのには驚きました。大台ケ原に降る雪が流れてくるのですね。

熊野市にはダイビングや熊野古道歩きで何十回も来ていると思うのですが、名所の鬼ヶ城に行ったことがありません。一時台風で道が崩れ、周回できなかったのですが、今はできると言う事で行くことにしました。
下の図で、一旦熊野古道松本峠に登って、半島を鬼ヶ城跡展望台に行き、桜の道を降って鬼ヶ城の東の入り口に出て、西口まで周回するつもりです。

Onigajouc

熊野市駅から歩いているとカプセルがありました。
P1070894

登り口近くに天神社がありお参りすると、梅が咲いていました。
P1070906

登り口は11時45分です。
P1070908

松本峠到着は12時2分でした。
P1070923

ここを右折して鬼ヶ城跡へ向かいます。
3~4分で東屋があり、七里美浜が絶景です。ここから熊野の花火を観れば良いでしょうね。
P1070925

いつもはここで弁当を食べるのですが、今日は展望台まで行くことにしました。
12~3分で到着します。ここからは大泊側と熊野灘の景色が望めます。
P1070927

P1070936

P1070937

30分ほど休憩して桜の道を下りました。
P1070938

15分ほどで鬼ヶ城の入り口です。
P1070941

P1070942

13時10分、工事中の建物の横を抜けて鬼ヶ城に向かいました。無料です。
P1070946

今日は風が強いので一寸緊張します。
P1070950

P1070951

P1070952

P1070954

30分弱で西の入り口の神社に到着しました。
P1070955

P1070956

浜に一寸出たりして木之本神社が13時45分でした。
P1070959

ここから15分で熊野市駅で、駅前の観光公社で自転車を借りました。
P1070963

獅子岩へ行きました。
P1070966

花の窟神社です。
P1070972

神社の前の道標です。右くまのさん、志ゅんれい道と書かれているそうで、熊野参詣は浜街道を行かず右折して本宮道を行くように指示しています。
P1070973

神社の目の前に新しくお綱茶屋というのが出来ていました。古代米のうどんやみたらし団子が食べられます。
ここで、さきほど鬼ヶ城跡で逢った愛知県から来たという若い女性に再会して、少し話しました。
P1070976

本宮道を少し走って産田神社へ行きました。ここはさんま寿し発祥の地だそうです。
P1070978

P1070980

あちこちポタリングして自転車を返し、今日の宿熊野市青年の家に行きました。
ここは今時禁酒禁煙なのが玉に瑕ですね(笑)。
P1080001

獅子岩も夕日に染まりそうでした。
P1070987

河上横丁のおでん屋さんで一杯飲んで寝ました。
P1070988

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013/01/25

東海道 宮~有松

さあ、名古屋から東京まで東海道を歩くぞと決意したわけではありません(笑)。
少し身体を動かさないとと思ったのですが、北国街道は雪だし、他に良い智恵も無く、温かそうな東海道を選んだのでした。

詳しくはホームページでご覧ください。

写真は有松絞りで有名な有松の風情ある街並みです。

P1050086


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/01/21

能褒野神社

山歩会のウオーキングで三重県亀山市にある能褒野神社へ行きました。
[のぼの」神社と読みますが、なかなか読めないし書けない字ですね。

私がこの神社の事を知ったのは、今から7年前熊野古道を歩いていたとき、大阪の堺付近にある大鳥大社にお参りして、そこの由緒に「日本武尊の魂が三重県亀山市の能褒野(のぼの)から鳳となって大和に帰ってきた」と書かれていたのを読んだときです。

それ以来気になっていたのですが、どこに有るのか確かめもせず、今に到っていました。
で、今回のウオーキング、企画した方に感謝して参加しました。

Nobono1

上の図で、右端のJR関西線の井田川駅から北へ2キロほど行った所にあります。
井田川駅には何時建てられたのか新しい日本武尊の石像がありました。

P1070840

井田川の駅前は旧東海道が通っていますが、それを横断して国道1号線を越え団地を通り抜けて35分ほど歩くと「のぼの公園」が見えてきます。

P1070843

公園の案内で能褒野神社と日本武尊の墓があることをしります。
公園の入り口です。

P1070858

まずお墓に行きました。
P1070845

P1070846

宮内庁の管轄ですから、ここが日本武尊の墓であることは間違いないのでしょう。
神社で頂いた由緒によると、西国の熊襲や東国の夷を討った日本武尊は、大和への帰りに伊吹山の荒神をも討とうとして病にかかり、この能褒野の地で30歳で亡くなった。

日本武尊の父である景行天皇がここに御陵墓を建てたが中世以降荒廃して位置も不明となった。
明治12年、現在位置が確認され、明治17年~28年にかけて社殿が建設された。

P1070880

神社本殿
P1070849

P1070850

P1070855

参拝の後、ウオーキングは亀山へ向かった。多分6キロほどと思われる。
旧東海道から能褒野神社への参道が図のB地点から分かれることを知っていたので、それを目指すことにした。
ただ、途中に団地が出来て、道が寸断されているため図のA地点がうまく探せなかったが、バイパスの下を潜るトンネルを目指して、なんとか旧参道を辿ることができた。

B地点の鳥居と道標です。
P1070861

P1070860

ここからが旧亀山宿です。
P1070864

P1070862

旧東海道を辿って
P1070869

11時50分に亀山城跡近くに到着
P1070872

P1070874

お腹も空いてきたので、予約してあった駅前のレストランで昼食。
今日は18名もの参加者で、さながら新年会のようでした。
P1070878

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/01/19

伊勢参り

毎年正月三ヶ日の全国有名神社の初詣客の人数が発表されていたが最近は発表されていない。
やはり人口の多い東京圏の明治神宮とか千葉の成田山なんかが多かったように思う。
最近発表を止めたのはその数字が不正確というかいい加減だったかららしい。
その点伊勢神宮の参詣者数は正確らしい。カウンターで数えているそうです。
今年は55万人ほどで300万近かった明治神宮などと比べると多くない。
ただ伊勢神宮の参詣者は三ヶ日だけでなく年間を通じて絶えないため、年間の参詣者数は850万人を越え日本一とか聞いた。

今日1月18日(金)は地域の老人会主催の伊勢神宮バスツアーで、初めて参加しました。
観光バス6台ですが、その内の1台が自宅近くまで送迎してくれるので、老人にはありがたいツアーです。
東名阪で亀山にさしかかると、なんと雪が降っていました。
昨日なんかは大雪で通行止めもあったとか。

P1070715

幸い外宮にお参りする頃には雪は無く晴れていました。
今年は20年に一度の遷宮があり参詣客も多いことでしょう。

P1070727

通常門の内側は写真撮影禁止ですが、もう最後なので一寸出口の外から撮らせてもらいましたm(_ _;)m 。
ところで神宮127社と言うのがあります。内宮と外宮を除いて神宮125社とも言います。
内訳は別宮が14社、摂社が43社、末社が24社、所管社が42社だそうです。
そのうち14~15社はお参りしていますが、他は場所も解かりません。
ツアーもあるようなので今年は全部に参詣しようかな。

別宮多賀宮、時間無く見送り。
P1070731

別宮土宮
P1070730

別宮風宮
P1070732

ここは亀の甲羅の上を歩かせてもらっているらしい。
P1070734

遷宮館は時間無く中止
P1070735

お払い町の人出は年間1200万人を超えるそうです。
ということは400万人は伊勢神宮にお参りせずお払い町だけか(笑)。
P1070738

昼食は岩戸屋でてこね寿司と伊勢うどん
P1070740

宇治橋を渡るとこの景色、いつ見ても庭園の松の手入れの良さに脱帽です。
P1070743

1月も半ばを過ぎて、しかも平日なのにこの盛況です。
P1070748

別宮荒祭宮
P1070754

別宮風日祈宮
P1070756

所管社子安神社
P1070778

所管社大山祇神社
P1070779

ところで遷宮は平成17年の山口際(ご神木を切るため山に入る儀式)から始まっているそうで、今年10月に終わるので足掛け7年の大事業みたいですね。
P1070769

参詣を終えて、またお払い町を見に行きました。
P1070781

ところで何故宇治橋と言うのかと思ったのですが、昔この内宮周辺の地名が宇治、外宮周辺の地名が山田だったそうです。それで宇治山田市が出来て、更に周辺の村も吸収して伊勢市ができたそうです。

岩戸屋の看板のお多福は「アメノウズメノ命」なんだそうです。
天の岩戸の前で踊って天照大御神を出てこさせた芸能の神様です。
P1070783

旨そうですね(笑)。
P1070797

P1070787

伊勢志摩スカイラインで朝熊山に登り金剛証寺を参詣しました。
伊勢に参らば朝熊をかけよと歌われた、ここは伊勢神宮の鬼門を守るお寺だそうです。
P1070801

ここから富士山が見えるかもということで一寸期待したが見えなかった。
ガイドさんは雲と混じってうっすら見えたそうだが確認できなかった。
土産物屋さんに寄ったがすごい人出、買う気も起こらなかった。
P1070815

次いで二見ガ浦へ。
P1070829

風が強くて吹き飛ばされそうでした。
でもまあ、ほんとに平日でこの賑わいには恐れ入りました。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/01/13

大黒屋光太夫

近鉄のあみまクラブのハイキングに行きました。
千代崎駅から伊勢若松までの短いハイキングです。
でも多勢の人が来ていました。中高年と言いたいのですが、中は居なくて高年ばかりでした(笑)。
500人位居たかな。
P1070671

海岸を歩くのは気持ちが良い。
P1070677

大黒屋光太夫記念館にきました。
P1070694

名前だけ知っていたのですが、1783年伊勢から江戸へ荷物を運ぶ船が遭難して流され、アリューシャン列島の漂着、そこでロシア語を覚えて本国に送られ、犬ぞりでモスクワやサンクトペテルブルグへ行き、カテリーナ二世に面会して帰国を許され、江戸で生活をしたとか説明がありました。
P1070684

いやー、いろいろ偉い人が居るものですね。
その後は酒蔵見物で、一寸した試飲や試食をして帰ってきました。
P1070701

P1070703


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/01/08

伏見稲荷と酒蔵巡り その二

伏見稲荷さんの参詣を終えて、また京阪で丹波橋にやってきました。12時25分位でしょう。
私は来る前にネットで調べて、この近くの「玄屋」というラーメン屋さんに「酒粕ラーメン」というのがあるのを知っていました。

私がそれを食べたいというとOさんは「そんなゲテモノは食べない」という。
ともかくその店を探して中に入り、私は「辛味酒粕又焼麺」、Oさんは普通の「又焼麺」を頼みました。

P1070571

肝心の酒粕の味は、辛味にした生生姜にかき消されて解かりませんでした。
まあ、チャーシューが麺より多い位のそばで二人とも満腹満足しました。

さて、酒蔵巡りですが、決まったコースは無いようです。
この辺りは秀吉が伏見城を築いた頃の伏見港や金座・銀座から幕末の坂本竜馬や寺田屋事件などまで歴史遺産も豊富です。また桓武天皇陵や伏見桃山御陵など、より古い遺跡もあるのでしょう。

1

ラーメンの前に金札宮へ行こうと思っていたのですが忘れてしまいました。空腹の性です(笑)。
食後、毛利橋筋で西へ濠川を渡り東(新)高瀬川の堤防に上りました。
南に松本酒造の建物が見えます。これが有形文化財に登録されています。

P1070579

大手筋で左折して松本酒造の塀沿いに歩きます。
左折して宝福寺を見に行きました。恵美酒町なんて伏見らしい町名ですね。(笑)。

P1070586

宝福寺には見るべきものもありませんでしたが、鎌倉時代に道元禅師が山城の国から越前まで旅をされ、翌年永平寺を建立した夢街道の碑がありました。

P1070588

今の北国街道ですね。
その後、東へ戻りますが濠川沿いが昔三十石舟が通った歴史の道のようですね。
多くの酒蔵もあり、他の荷物も行き来したのでしょうね。

P1070592

坂本竜馬の避難材木小屋跡とかもありました。
P1070593

竹田街道を越えると紺屋町商店街です。
P1070595

途中で酒粕を買いました。
右折した紺屋町商店街は昔懐かしい、最近都会では見られなくなった昔ながらの商店街です。
途中に西岸寺があり、そこに水掛不動さんならぬ油掛地蔵さんがあるので参詣しようと思っていたのですが、案内が無かったのか通り過ぎてしまいました。

通り過ぎると今度は「竜馬通り」です。
P1070598

ここもネットで検索するといろいろ出てきます。
P1070602

竜馬通りが終わると右手に寺田屋があります。寺田屋事件で有名ですが、現在の建物は鳥羽伏見の戦い後再建されたものとか。

P1070607

濠川の橋を渡って川沿いに左折していくと月桂冠で有名な大倉酒造の建物が川向こうに現れます。この建物は特に文化財に指定されていないかもしれませんが、眺めの美しさは前の松本酒造に勝ります。

P1070614

観光シーズンにはこの濠川を十石舟が運航されるそうですが、今は眠っています。
P1070615

そのそばに長建寺があります。真言宗で弁財天をおまつりするようですが詳細はしりません。
P1070618

濠川の橋を渡ると月桂冠大倉記念館です。
入場料300円を払って入館します。
P1070647

伏見の水
P1070624

仕込み工場、ここは予約しないと見学できない。
P1070626

展示館は日本酒の製造工程がいろいろ。
P1070628

古い月桂冠のポスターがいろいろ。
P1070640

このポスターは検閲で日の目を見なかったとか。残念ですね(笑)。
P1070644

見学の後、利き酒があります。1970年の酒、現在の酒、輸出中心のワインです。
昔は甘口が好まれ、現在は食べ物の脂肪が多くなり酒は辛口に変わってきたとか。

記念館を出ると、Oさんが「あんな利き酒では呼び水みたいなもので、早くどこかで一杯やろう」と。
近くに、黄桜、おきな屋、伏見夢百衆、鳥せい本店、酒房油長など飲みたい店はいくらもありますが、伊勢丹で買い物があったので京都駅へでました。

伏見奉行所跡です。
P1070649

そこでゆっくり一杯飲んで高速バスで帰ってきました。
P1070652

今度は昼間から居酒屋のはしごをすると良いかも(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

伏見稲荷と酒蔵巡り その一

京都の伏見は酒処として有名です。
最近その酒蔵のある風景が昔の名残を留める街として観光名所にもなっています。
私は京都生まれですが伏見の酒蔵巡りはしたことありません。
そこで大阪のOさんを誘って、まず伏見稲荷さんにお参りに行きました。

10時半に京阪の伏見稲荷駅で待ち合わせ、お稲荷さんに向かいました。
お正月も7日ですが、まだまだ多勢の初詣客です。商売の神様なので会社の初出勤を兼ねて初詣に来たサラリーマンのグループも目立ちます。

P1070544

お賽銭も多いと見えて、毎年銀行の人が来て、お賽銭の金額を数える風景が新聞やテレビにでています。
初詣の人数だけじゃなくお賽銭の金額も重要ですよね。

P1070546

参詣の後、神社の裏山を巡ってみることにしました。
昔、私の勤めていた会社が、売上高が5億円増える毎に鳥居を1本奉納していた時期があったので、時々この裏山にある会社の稲荷さんの御本尊?にお参りに来たものでした。

P1070549

5本か6本は奉納したと思いますが、その後中止されてもう20年以上でしょうか?
奉納された鳥居も一定の年月で撤去されるようで、昨日見た範囲では昭和の年代の鳥居は1本しかありませんでした。

P1070550

稲荷山(233m)の山頂まで赤い鳥居は途切れることなく建っています。いったい何本あるのでしょうか。
神社本殿の辺りの標高は70m位なので160mほど登ることになります。
また、ここ伏見稲荷は京都一周トレイルの出発点みたいでした。

P1070562

P1070553

10時35分頃登り始めて四つ辻到着が11時、一寸休憩して山頂到着は11時25分でした。

P1070559

一回りして四つ辻へ帰ってきたのが11時35分位でしょう。ここで京都一周トレイルの地図を買いました。
4つに分かれていて全部買うと1800円と一寸高い。
でもまあ、これからの一周トレイルの楽しみを買ったと思って満足しましょう。

P1070653

途中足腰守護の竜神さんにお参りしたりしながら12時過ぎに本殿に降りてきました。
だいぶ空腹になっています。

P1070565

伏見稲荷さんは昔はスズメの焼き鳥が名物でした。
子供の頃、食べた思い出はありますが、骨ばかりで美味しいと思いませんでした。

P1070568

沿道には今も焼き鳥屋さんがありますがスズメじゃなくウズラのようでした。
このへんは混んでいるので、一寸離れた桃山の酒蔵の方へ移動して食べることにしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/01/03

木曾・長良の中堤をポタリング

新春3日、一寸身体を動かさないとと思って自転車を持ち出しました。
我がグレートジャーニー君も最近は近所のスーパー通いばかりで申し訳ない。
そこで今日はグレートジャーネィとまではいかないがデイトリップに連れて行くことにした。

朝9時40分頃我家を出発、6キロほど走って木曾三川パーク、下図の中央下、立田大橋西詰めにきた。
天気はまあまあだが風が強い、午後には雪の予報です。
ここを左折すると治水神社、さらに西へ進むと多度大社があります。
でも混みそうなので止める。

Photo

木曽川と長良川の間の堤防は一般車両通行禁止なので自転車の天国です。
でも今日は北西の雪下ろしがすごく、遮るものが無い中堤防を走るのは自殺行為だとしり込みする心の声も。
でもまあそんあこと言ってるとどこへも行けないので走ることにする。

P1040914

ここから15キロほど馬飼大橋まで堤防を北上します。
多度山は見えますが、奥の鈴鹿山脈は雪雲の中です。伊吹山も雪のようです。
もうすぐこの辺まで雪が降りてくるでしょう。

木曽川の河川敷にドッグランが出来ていました。5月26日までとか。
P1040917

両側が川なので風はまともです。逆風で12~13キロしかでません。寒い。
P1040919

ケレップ水制というのがあります。木曽川の堤防を守り、渇水期にも中央に水路を確保するものらしい。
P1040920

長良川側に葛木の渡し跡というのがありました。
P1040925

グレートジャーニー君も後部に買い物籠を付けて嫌がっています(笑)。
立田大橋から10キロで東海大橋です。でもこの橋には入れません。下を潜っています。
P1040927

橋を潜ると桜並木です。桜の頃に再度来てみましょう。
P1040929

東海大橋から2キロで中堤防は終わりです。長良川と木曽川は左右に分かれます。
その分岐点に木曽三川下流明治の改修の石碑があります。
P1040931

薩摩義士で有名な宝暦の改修は1754年ですが、その改修は根本的なものでなく、その後も何回も改修が行われています。ただ明治政府の主体が薩摩藩であったため、宝暦の治水がより以上に喧伝され治水神社も作られたと言う人も居ます。

その根本的な改修は明治20年(1887年)から25年間かけて、明治45年にようやく現在の姿になったようです。日本の国土軸の中枢である東海道を遮る木曾三川だから、それだけの国力を注ぎ込んだのでしょうね。

分岐から2キロ、立田大橋から14キロほどで馬飼大橋です。時間は11時20分、一寸お腹も空いてきました。
ここから左折して長良川を渡っていくとお千代保稲荷さんがあります。私は右折して木曾川を渡って津島神社を目指すことにしました。

P1040935

P1040936

木曽川を渡ってすぐ水路があり、そこを右折して水路沿いに走ります。
P1040938

この辺はソニーのナビに従います。自転車モードにすると、車の通らない幅2m位の道もナビするので面白いですね。途中にすき家があり牛丼を食べました。
P1040940

世の中に牛丼ほど安くて美味しい食べ物はありませんね(笑)。
12時半に津島神社に到着し、今年1年の無事を祈願しました。
P1040941

P1040944

近くの天王池では毎年天王祭りが行われますね。
P1040947

今年の初ポタリングは45キロでした。
雪もちらつく中、自分ながらごくろうさまでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »