奥琵琶湖 朽木の名刹 興聖寺
11月12日、地域の老人会のバス旅行で奥琵琶湖を訪れました。
最初に立ち寄ったのが、高島市マキノ町にあるメタセコイアの並木道です。
マキノピックランドという観光農園の進入路に2.4キロに渡り500本のメタセコイアが植えられています。
日本街路樹百選?の一つに選ばれているとか、韓国ドラマ冬のソナタのロケ地に似ているとかで観光客が増加しているとか聞きました。
ピックランドそのものは4万本の栗の木が植えられているとかの観光農園です。
ほかにリンゴやブドウ、BBQもできるそうです。ヒツジも居ました。
びわ湖畔のホテルで昼食の後訪れたのは鯖街道で知られる国道367号線沿いの朽木(くつき)の名刹興聖寺です。
この季節11月中旬でも紅葉が期待できるということで選んだのです。
御住職の講和を聞いて、思いがけない歴史を持つ名刹だとしりました。
曹洞宗のお寺ですが、道元禅師が京から北陸へ逃れるのを守護した佐々木氏に、この地に寺を建立することを薦められてできた寺だそうです。なので、総本山永平寺より2年早く建立されています。
住職の案内で重要文化財の御本尊のすぐ近くまで壇上に上って拝むことができました。
また足利12代将軍義晴が三好松永の乱を避け、佐々木氏改め朽木氏を頼って、ここに3年ほど滞在しています。
そのとき近隣の大名である浅井朝倉や京極氏などが将軍を慰めるために作った足利庭園が残っています。
後年、明智光秀の導きで織田信長を頼って足利15代将軍となった義昭は12代将軍義晴の次男です。
またこの街道は、織田信長が朝倉攻めの際、浅井長政の寝返りで挟み撃ちにあい、命からがら京都へ逃げ帰った際、朽木氏が道案内したことでも知られています。朽木氏はその後明治維新まで続いています。
また熊本の細川氏もここがルーツだとか。細川元首相や司馬遼太郎も訪問している。秋篠宮殿下が学生時代に訪問されている写真があったが、一寸理由を失念しました。
お目当ての紅葉そのものは、庭園の規模が小さく、樹木の本数が少ないので、圧倒的な感じはうけません。
小さな庭の紅葉です。ただ住職の話と仏像は良かった。
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