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2012年11月に作成された記事

2012/11/30

高松塚古墳

熊野からの帰り、下市から大淀へ出て名阪国道の針へ向かっていると、高松塚古墳公園という看板が目に付きました。ナビに任せていたのですが、中街道から飛鳥駅付近で右折してすぐでした。

壁画で有名な高松塚古墳ですが行ったことはありませんでした。
早速、駐車して見に行きました。
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結構広い公園で、道の北側には飛鳥歴史公園館、地下道を潜った南側は広大な公園になっていて、高松塚壁画館、高松塚古墳、文武天皇陵、中尾山古墳があります。
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勿論この周辺は古墳だらけで(笑)、キトラ古墳や天武持統天皇陵、また飛鳥のミステリーストーンなど何でも有りですね(笑)。一度ゆっくり自転車で廻ってみたいですね。

さて壁画館で壁画を見ます。250円です。正確無比の模写が展示されています。
また、泥を落としたらこんなふうに見えるという模写もあります。
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その隣が高松塚古墳です。ここは外からしか見学できません。
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一寸離れて文武天皇陵があり見に行きました。
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帰りに中尾山古墳と案内があったので見に行くと、これが素晴らしい紅葉スポットでした。
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飛鳥は何回行っても日本人の心の故郷ですね。
近々、大和三山へ行く予定なので、これも楽しみになってきました。

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2012/11/29

熊野古道 中辺路

北山村から熊野本宮へ向かう国道169号線はぐっと狭くなります。
でも北山渓など景色は素晴らしい。
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熊野川を上流に向かい311号線で左折して近露に着いたのは1時半頃。まだ早いので3人を迎えに行きました。
今日は11月27日火曜日ですが、さすが人気の中辺路です、大勢の人が来ています。

近露王子
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牛馬童子に着くまでには5団体百人近くにすれちがったでしょうか。
滝尻から歩いてくれば、すれ違う人も無く静かな古道歩きが楽しめますが、逆コースをとると大変です。

1年半振りに牛馬童子と対面しました。大抵の人はもっと大きい石像と思っていて、期待外れのようです。
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もう団体が通り過ぎた後なので静かな御対面でした。
台湾から来たという青年が一人座っていました。

少し歩いた所で丁度3人と出会って引き返しました。
近露の里です。
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民宿ちかつゆさんは十何年か振りの宿泊です。
そのときも夕食は温泉の水を使ったお鍋で、泡がすごかったのですが、今回も同じでした。
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タクラマカン砂漠や世界の旅行話に盛り上がった3人とは翌朝別れました。
彼女らはまだ中辺路の旅を続けます。

この日は朝霧がすごかった。民宿の庭からみた風景です。
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帰りは熊野本宮神社に寄り、参拝しました。
旧社殿のあった大斎原(おおゆのはら)の大鳥居です。
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旧社殿跡地で今も聖地です。
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次いで現在の本宮にお参りしました。
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帰りは西熊野街道と呼ばれる国道168号線を北上し、十津川温泉、谷瀬の吊橋などを経由しました。
朝霧漂う熊野川
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谷瀬の吊橋
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筏師の道

昨年タクラマカン砂漠で御一緒した関東の女性3名が、熊野古道中辺路を歩くという。
それで近露の民宿ちかつゆでデートの約束をしたので出かけてきました。
熊野へは通常国道42号線で紀伊長島、尾鷲、熊野、新宮と海岸を走る。
でも今回は紀伊半島の中央を縦断する国道169号線を久しぶりに走ってみた。

Kitayama

この道は東熊野街道と呼ばれ、大台ヶ原と大峰山脈に挟まれて、吉野、川上村、上北山村、下北山村そして和歌山県の飛び地北山村へと入っていく。
また過っては北山街道とも呼ばれた私の大好きな道でもあります。

伯母峰峠付近のループ橋
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和歌山県の飛地北山村に「おくとろ」という道の駅があります。
北山村は飛地を宣伝すると同時に「筏師の道」も宣伝しています。

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かっては奈良県の上北山、下北山と共にこの北山村も含めて北山郷と呼んだようです。
北山郷で伐採された木材は一旦この北山村七色に集められ、そこで筏に組みなおして新宮へ運んだそうです。
その筏師が新宮から北山郷へ帰ってきた道が「筏師の道」と呼ばれています。
道の駅にその写真展があったので、それを見てください。

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私も3年ほど前、この筏師の道に興味を持ち、新宮から下北山村まで歩いてみました。
上の地図とは一部ルートが違いますが、興味のある方はホームページでご覧ください。


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2012/11/25

地形図がおかしい

先日多度山へ登ったとき、地形図に無い電力会社の鉄塔巡視路を歩いた。
それで、どこを歩いたのか帰宅して電子地図で確認しようとしたが、さっぱり解からない。

下の図が現在の電子地図です。
Juusouro

多度山周回の道から石津御嶽への縦走路が分岐するB地点から、A地点までの道が消えています。
県境を示す黄緑のラインに沿っているはずですが。
それで並行する3m道が縦走路と考えるとますます解からなくなる。

それで、物好きにもGPSを持って、もう一度歩きに行った。
その結果が下の図です。
Juusouroc

思いついて昔の紙の地形図を取り出してみた。
Tadocc

これには、ちゃんと縦走路は載って居るし送電線も出ている。
送電線は2011年に電子地図を出すとき、国土地理院が電力会社に情報提供を求めたら、テロの標的にされたら困るとかで電力10社がすべて情報提供を拒否して、載せられなくなったそうです。
電力会社の秘密主義には呆れるけど、現在位置の確認が不便との意見が多く、来年は電力会社の協力が得られなくても復活掲載するそうです。

でも縦走路が消えたのは何故かな?

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2012/11/19

多度山周遊

今日はやまびとの第3例会です。
通常の第1、第2例会よりゆとりを大切にした高齢者向きの例会です。
まあ初の試みですが定着するか否か。

9時半に多度峡入り口の駐車場を男女8人で出発しました。
一寸引き返して中道を登ります。
あまり人に知られていない道ですが、マウンテンバイクの人が何人かで降って来たのにはびっくりしました。
自転車はスピードが出るので、気をつけないと事故の可能性がありますね。
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ゆっくり休みながら登って、8合目の周回道路が11時07分、通常より30分位ゆっくりの感じです。
左折してすぐ相場振りへ右折します。
11時15分には32番鉄塔の近く、相場振りへ到着しました。
ここの旗はどこで見たのか知りませんが、木曾三川の眺望が素晴らしい場所です。
Pb180005

今日の目的地は、ここから送電線に沿って二つ目の鉄塔、標高650m付近の30番鉄塔です。
少し向こうに31番、紅葉の向こうに30番鉄塔が見えています。
周回道路から石津御嶽へ向かう縦走路は知っていますが、ここから直接向かう電力会社の巡視路は初めてです。
Pb180007

11時20分に出発し、小さなアップダウンを経て15分ほどで31番鉄塔です。素通りして30番に向かいます。
一旦南に降ってUターンして少し登り縦走路に合流しました。
しばらく歩いてまた縦走路に分かれて電力会社の巡視路に入ります。

ここから最後の登りが一寸きつい。12時2分に鉄塔に到着しました。
なかなかの眺望で、長島方面からいなべ、藤原岳まで180度以上は見えています。
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Pb180011

風が強いので、斜面に風を避けて昼食にしました。
この道も、たまに登山者が通ります。
12時50分頃出発、一寸登って少し尾根歩きすると縦走路に合流しました。
もう少し歩けば661mのピークだと思いますが、今日はここで縦走路を引き返しました。
30分ほどで周回道路道路です。
Pb180016

右折して多度峡へ向かいました。
すぐ展墓台があるので、そこでしばらく眺めました。
今日は昨日降った雨で塵が無いのか空気が澄んで、下界がはっきりと見えます。
我家もどこかに見えるはずです。
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13時40分頃に出発、途中の紅葉を楽しみながら、15時3分に多度峡の手前のみどりヶ池への登り口に着きました。
イヌナシの自生地を見ようと、ここを登りました。10分でみどりヶ池に到着です。
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池の傍にサンダルと眼鏡が揃えて置いてあると通報があったと、消防団のような方が来ていました。
まさか投身自殺をするような場所ではないんですが。
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池の向こうへ少し歩くとイヌナシの自生地がありました。
池までは来ていたのですが、ここは初めてでした。
4月には桜に似た白い花が咲くそうなので、また来てみましょう。
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池から林道を通って駐車場に4時前に帰ってきました。


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2012/11/16

奥琵琶湖 朽木の名刹 興聖寺 

11月12日、地域の老人会のバス旅行で奥琵琶湖を訪れました。
最初に立ち寄ったのが、高島市マキノ町にあるメタセコイアの並木道です。
マキノピックランドという観光農園の進入路に2.4キロに渡り500本のメタセコイアが植えられています。
日本街路樹百選?の一つに選ばれているとか、韓国ドラマ冬のソナタのロケ地に似ているとかで観光客が増加しているとか聞きました。

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メタセコイアの紅葉はまだでしたがカエデは紅葉していました。
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ピックランドそのものは4万本の栗の木が植えられているとかの観光農園です。
ほかにリンゴやブドウ、BBQもできるそうです。ヒツジも居ました。
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びわ湖畔のホテルで昼食の後訪れたのは鯖街道で知られる国道367号線沿いの朽木(くつき)の名刹興聖寺です。
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この季節11月中旬でも紅葉が期待できるということで選んだのです。
御住職の講和を聞いて、思いがけない歴史を持つ名刹だとしりました。

曹洞宗のお寺ですが、道元禅師が京から北陸へ逃れるのを守護した佐々木氏に、この地に寺を建立することを薦められてできた寺だそうです。なので、総本山永平寺より2年早く建立されています。
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住職の案内で重要文化財の御本尊のすぐ近くまで壇上に上って拝むことができました。
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また足利12代将軍義晴が三好松永の乱を避け、佐々木氏改め朽木氏を頼って、ここに3年ほど滞在しています。
そのとき近隣の大名である浅井朝倉や京極氏などが将軍を慰めるために作った足利庭園が残っています。

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後年、明智光秀の導きで織田信長を頼って足利15代将軍となった義昭は12代将軍義晴の次男です。
またこの街道は、織田信長が朝倉攻めの際、浅井長政の寝返りで挟み撃ちにあい、命からがら京都へ逃げ帰った際、朽木氏が道案内したことでも知られています。朽木氏はその後明治維新まで続いています。

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また熊本の細川氏もここがルーツだとか。細川元首相や司馬遼太郎も訪問している。秋篠宮殿下が学生時代に訪問されている写真があったが、一寸理由を失念しました。

お目当ての紅葉そのものは、庭園の規模が小さく、樹木の本数が少ないので、圧倒的な感じはうけません。
小さな庭の紅葉です。ただ住職の話と仏像は良かった。

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2012/11/15

京都ぶらぶら4 新撰組と島原

友達と待ち合わせて向かった先は島原です。
御存知のように現在の京都の花街(かがい)は祇園甲部、祇園乙部(東)、宮川町、先斗町、上七軒の5花街です。
でも、昭和50年頃までは島原に太夫や芸妓が居て6花街とされた。

花街の中では島原が一番古いようで室町時代からと聞いている。
次は上七軒で秀吉の北野茶会ごろとか。
祇園は江戸時代までは非公認の遊郭だったかもしれない。

島原の置屋角屋付近
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久坂玄端謀議の跡とかの石碑が建っている。

花街と遊郭は厳密には違うようです。
花街は芸妓と舞妓、遊郭には娼妓がいます。
花街の太夫は芸妓の最高位で、踊りや唄の他に俳句や和歌の素養も非常に必要でした。
一方、花魁は娼妓の最高位で、踊りや唄は必要なかったようです。
でも、やはり江戸の遊郭、吉原の花魁ともなれば、相当の教養があったようです。

いずれにしても江戸時代以前は花街と遊郭の区別はそう厳密ではなかったようです。
芸妓も舞妓も娼妓もいっしょに居たようです。

まあ先日、先斗町のお茶屋遊びをしたので、今日はその先輩の島原へ向かったのでした。
ところで、幕末の島原では新撰組が良く遊んでいました。
特に芹沢鴨が角屋で泥酔させられ、近藤勇一派に惨殺された話は有名ですね。

ということで、今日は直接島原に向かわず、壬生の新撰組屯所へ向かうことにしました。
以前は四条坊城と言っていたバス停が四条壬生寺道に変わって一寸とまどいますが、そのバス停で降りました。
10時35分頃です。

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坊城通りを下っていくと屯所餅などを売っているお菓子屋さんがあり、その奥に旧八木邸があります。
新撰組が屯所として使っていた家ですが、私は見学したことがありません。
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隣に壬生寺があり、新撰組隊士の墓があります。
昔は無料で見学し、100円入れると「ああ新撰組」の唄が流れました。
最近は入場に100円で唄は中止になっています。
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雨の中を歩いて五条通りを陸橋で渡り、壬生寺通りを下がって行きます。
島原会館は確認できなかったけど適当に右折して島原大門を潜りました。
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島原は花街としては最も古く、公認で格式も高かったのですが、それが返って災いして、祇園や上七軒にお客を奪われ衰退していったのだそうです。
特に明治維新で都が東京に移ると急激に衰退しました。

現在は輪違屋さんというのが唯一の置屋さんで、今も4人の太夫を抱えていると聞きます。
太夫は五万石の格式があり宮中へも出入りできたそうです。
勿論一見さんお断りで、玄関には縦覧お断りの看板がでています。
大門を入ってすぐを右折するとあります。
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それ以外は角屋(すみや)もてなし文化美術館があります。
角屋はいわゆる揚屋(料亭)で明治5年まで営業し、それ以後はお茶屋として昭和60年まで営業していたそうです。
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昭和27年には揚屋建築を残す唯一の建物として重要文化財に指定されています。
平成10年から文化美術館として公開されています。
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玄関脇の刀賭け
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揚屋建築とは大きな宴会が出来るお座敷があり、広い庭を持ち、そこにお茶室があり、宴会の料理を出す大きな台所を持つなどの特徴があります。
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広庭にお茶室を3箇所持つ
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井戸の滑車が志野焼き?
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広い台所を持つ
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ここは入場料1000円で、2階は1日4回時間を決めて特別拝観(別途800円)だそうです。
我々は1階だけ見学しましたが、結構見応えがあって満足しました。

島原としての遺構はこの他に大銀杏位ですね。西門は跡だけです。
近くの丹波口からJRで京都駅まで一駅です。

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京都ぶらぶらの打ち上げに、午後1時過ぎから3時半頃まで居酒屋を2軒はしごして飲みました。
ここ数日は京都で一寸飲みすぎたなあ。
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2012/11/14

京都ぶらぶら3 東山界隈

翌日また東山の清水寺近くへやってきました。
先日歩かなかった三年坂界隈を歩くつもりです。
ところで清水寺への道は清水坂(清水道)、五条坂、茶碗坂といろいろあってややこしいので地図で確認してみましょう。

Kiyomizu1

上の図の左下、東山五条の交差点から斜め北に登っていくのが五条坂です。
左中ほどの清水道交差点から登って来るのが松原通りで通称清水道と呼ばれています。
五条坂と清水道は途中で合流して清水寺の山門の前に出ます。メインの参詣道です。
私は五条坂から右に分かれて茶碗坂にはいりました。
分岐点には清水寺近道の石碑も立っています。

清水寺門前でUターンして、先日降らなかった産寧坂(三年坂)を降りました。朝8時20分頃です。
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情緒ある街並みが続きます。
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湯豆腐で有名な奥丹がありました。南禅寺の奥丹は学生の頃何回か行った事がありますが、ここはありません。
姉妹店なのでしょうか?
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その辺りから八坂の塔が見えますが、後で行くことにして奥丹の前の二年坂を降りました。
竹下夢二の寓居跡なんて石碑もあります。
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高台寺の門前に出てきました。霊山観音様がちらっと見えます。
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左折して高台寺の山門を過ぎ、また左折して八坂の塔に向かいました。
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途中に庚申さまを祀る金剛寺?がありました。
くくり猿というのをお供えするみたいです。
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八坂の塔をちらっと見て、また高台寺の前に帰ってきました。
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ここから寧々の道に入ります。豊臣秀吉の北の政所、寧々ゆかりの寺があります。
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石塀小路なんかもここにあります。
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新撰組から分かれた伊藤甲子太郎らの御陵衛士屯所跡というのもあります。
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さらに歩いて、大雲院に沿って右折、左折していくと左手に京都祇園堂というのがあります。
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祇園女御供養塔がありますが、平清盛の母と伝えられています。
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円山公園に入り紅葉がきれいでした。
いもぼうで有名な平野屋がありました。ボウダラと里芋を炊いたものですが美味しいです。
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隣が知恩院なので山門だけ見に行きました。9時20分頃で、ここまで三年坂から1時間ですね。
ここの山門はいつ見ても雄大ですね。登っている人も居ました。石川五右衛門の心境でしょうか。
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引き返して八坂神社に入りました。
雨が降ってきましたが、今日は七五三参りに最適な日曜日なのに気の毒ですね。
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四条通りに出て、一力の前を通り南座へ向かいました。
四条京阪で友達と待ち合わせしています。
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ここで10時頃でした。

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2012/11/13

京都ぶらぶら2 京都御所近辺

同窓会が京都御所近くのホテルであったので、また京都へ出かけました。
会の始まる1時間半ほど前に地下鉄の烏丸鞍馬口で降りました。一寸散歩する予定です。

すぐ近くに御霊神社があります。今は七五三の季節ですね。
平安時代以前からある古い神社で、御所の守護神として皇室の信仰も厚かったそうです。
また応仁の乱の発端となった戦いがここで始まったそうです。

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つぎにここから少し西にある茶道家元のお屋敷を玄関だけでも見に行くことにしました(笑)。
受験生の頃、少し裏千家のお茶を習ったのですが、家元のお茶室など見たことも無かったからです。
上御霊前通りを西へ歩くと、右手に妙覚寺があり、その門は秀吉の聚楽第の裏門だったと説明がありました。
またここは信長の宿舎でもあり、千利休のお茶会が開かれたとも。

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堀川通りの手前には裏千家の茶道学園がありました。
手前を左折すると右手に本法寺というお寺があり、入ってみると本阿弥光悦ゆかりの寺で、光悦翁手植えの松とかがあった。

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その向かいが裏千家今日庵で千宗旦遺跡と刻まれた石碑があります。
千宗旦とは利休の孫で千家中興の祖と言われ、その4男が裏千家を興しています。

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今日庵の南隣が表千家不審庵です。
こちらは千利休遺跡と刻まれています。
ちなみに表千家は宗旦の3男が興し、次男が武者小路千家を興しています。
長男は勘当されたとか。

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さすがにこの辺りは茶道具やお菓子屋さんが多いですね。
御所へ帰る途中は同志社があります。幕末の薩摩藩邸もこの付近にありました。
それに囲まれるように藤原定家の子孫で和歌の家元冷泉家の屋敷がひっそりとあります。

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京都御所の一般公開は終わりましたが、今日も予約での公開はしているようです。
紅葉はもう少し後が良いかもしれませんが、いつ来ても良い雰囲気です。

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同窓会の後、中立売御門近くの護王神社にお参りしました。
ここは足腰の神さんなので、最近衰えが目立つ足腰のお守りを購入しました。

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それから、当ても無く夜の祇園町をさまよい、南座の隣の「まつば」で久方ぶりに「にしんそば」を食べて宿に帰りました。

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2012/11/09

京都ぶらぶらと小関越

朝、ぶらっと東山五条の茶碗坂を訪れました。
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7時半ごろですが清水寺はもう開いています。
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修学旅行の子供たちが早くも来ていました。
清水寺へは入らず引き返しました。三年坂(産寧坂)をちらっと見ます。
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東山七条付近に幕末の七卿落ちで有名な妙法院門跡があり見学しました。
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国立博物館や三十三間堂のある七条通りを歩いて、賀茂川の橋を渡り
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高瀬川も渡って西本願寺も過ぎると
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最近できた京都水族館です。
9時の開園直後に入って一回り、10時からのバックヤードツアーにも参加しました。
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大水槽の餌やり体験なんかもありました。
京都駅まで歩いて地下鉄に乗り、山科に向かいました。
以前、東海道を歩いたとき、「小関越」の石碑を見て気になっていました。
小関越えは京都から北国街道(西近江路)へ入るとき、逢坂の関を通らずに直接三井寺方面に抜ける裏街道だったようです。(図参照)
Kozekikoe1

11時45分頃旧東海道を歩き始めます。今は旧三条通りと呼ばれている道ですが車も多いです。
五分ほどで諸羽神社や山科地蔵があります。徳林庵には天皇の第四皇子がどうとかで、この辺の地名の四ノ宮の起源になっています。
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食堂も無いのでコンビニで助六を買って弁当にしました。
12時過ぎに小関越えの石碑に着きました。
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ここを左折、京阪電車の踏切を渡ります。
一寸解かりにくいですが、道なりに歩いて藤尾小学校の角で左折し、大きな陸橋でJRの線路を渡るのが街道です。
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渡ると道案内があるので、それに従って疎水の淵を歩きます。
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疎水は琵琶湖から京都へ水を引いたもので、たしか明治の中頃に角倉了以によって作られたと聞いていますが、京都の南禅寺の付近しか見ていないので、ここで見るのは新鮮でした。
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京都までには3つのトンネルを潜るそうですが、第一トンネルの出口が見えたら、疎水を離れます。
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ローソンを過ぎると道標があり、左折して寂光寺の方へ。
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高速道路の下を潜ったのが12時33分頃、小関越の石碑から30分位です。
普賢寺の横の道を入ると道は登りになり地道になってきます。
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お天気も良く汗ばむ陽気です。
P1050196

でも15分も登ると峠です。西大津バイパスへの車道に合流します。
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ここを右折すると峠の地蔵さんがあります。
お地蔵さんの前のベンチをお借りして昼食弁当にしました。ありがとうございました。
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1時に出発、車道を降っていきます。車道と言っても車の通行は少ないので、自然に親しみながらのんびり降れます。
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道なりに15分も降ると墓地があり、石仏が祀られていました。この辺りは現在小関町と呼ばれています。
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1時20分頃小関越の石碑がありました。
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ここを左折するのが三井寺の門前を通る北国街道らしいです。
三井寺は西国十四番の札所なので御朱印を貰いに行きました。
すると、先ほど別れた疎水の第一トンネルの入り口がありました。
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案内所で聞くと三井寺では観音様の他にも薬師如来や何かで5箇所朱印をもらう所があるそうです。
今回は足も疲れているので観音堂だけお参りして大津駅に向かいました。
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観音堂の前にある観月堂は琵琶湖を見下ろして最高の月見ができそうでした。
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京都でお茶屋

一生に一度くらい京都でお茶屋遊びがしてみたいという有志が集まって、先日行ってきました。
男女9名です。一見さんお断りの世界なので伝手を頼って。

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美味しい料理を食べて、

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舞妓さんや芸者さんにお酌をしてもらったり
おしゃべりをしたり踊りを見せてもらったり

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お座敷遊びをしたり

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お金のことを考えなければ本当に楽しかった。
でも二次会へも皆で行ったので勘定を見るのが怖い。

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2012/11/03

ママチャリお遍路

本の紹介第3弾です。

面白い本です。
でも、ママチャリで1200キロの四国遍路ができるなら、10万円もする自転車を買うのは何のため?
と、考えさせられる本でもあります。

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歩くか、自転車か。

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