尾鷲 三木崎灯台
2012年2月26日
先月も紹介した熊野体験企画の「紀伊半島みるみる探検隊」の催しに今回も参加してきました。
今回の目的地は、尾鷲の少し南、熊野灘に一番突き出した三木崎です。
9時半にJR紀勢線の九鬼駅に集合です。9時半に九鬼駅に着くためには我家を6時前に出ないといけませんが、朝に弱いので前泊して尾鷲で一杯飲んでいました。
なので昨日はゆっくり沿線の名所を楽しみながら国道42号線を走りました。その辺の事情は後日ホームページにでも「国道42号線(伊勢道勢和多気から和歌山県串本まで)の見所紹介」なんて記事を書こうかと思っています。
さて九鬼と言えば九鬼水軍発祥の地ですね。詳しくは知りませんが、鰤漁も盛んだったそうです。天然の良港に恵まれた湾の奥に無人駅がありました。集落は一寸離れて数十戸あるみたいです。
今回も盛況で22人の参加です。他に主催者側4人、報道の人2人、総勢28人で賑やかです。前回参加されていた方も4人ほど見えました。
また、以前からネット上では知り合いの人に二人お目にかかれたのも予想外でした。
今日は海上保安庁の計らいで、日ごろは無人で閉まっている灯台を一般開放の日にして頂いているのも楽しみですね。
車に分乗して国道311号線を走り三木浦トンネルを出て左折、木名峠に向かいました。ここは江戸時代の狼煙場だそうで、外国船の見張りをしたそうです。
狼煙には狼の糞を使うそうで、だから狼煙と書くそうです。
ここに車を置き10時10分頃に出発しました。
炭焼き釜の跡を見ながら進むと、立派な展望台?が出来ていました。眼下に三木浦の海が素晴らしいです。
聞けば、高速道路のトンネルの土砂を捨てた跡だそうです。
30分ほどで車道から離れて山道に入ります。急な階段を少し登って尾根に出れば、後は緩やかな購買の尾根道になります。
いろんな木やヤブツバキの花を見たりしながら11時50分頃三木崎灯台に到着しました。
三木崎灯台は昭和3年に熊野灘航行船舶の指標とするため建設されましたが、第二次世界大戦中に東南海地震の被害や米軍機による機銃掃射などにより大きな被害を受け機能停止した。
昭和21年に仮復旧、25年に完全復旧して、43年には無人化されたそうです。灯台の重要性は今でも変わらず、19万カンデラの光は21海里(38.9キロ)まで届くそうです。
今日は海上保安庁の方が3人も居て、説明をしてもらいました。私たちグループの他にも何人か来ておられました。
灯台の上からの景色は抜群で、近くの海岸はこの付近の特徴で、柱状節理の岩がきれいです。
遠く左手には紀伊長島から志摩半島、右手には新宮から紀伊大島まで見えています。
大きな灯台としては潮岬灯台、この三木崎灯台、志摩半島の大王崎灯台でしょうか。
米軍もこの灯台の重要性を知っていたのか、本土上陸決戦に備えて海岸線の施設を徹底的に叩いたようで、この灯台にも爆弾4発、銃弾2千発を打ち込んだそうです。
ここで昼食、12時45分に出発しました。
灯台の標高は140mかな、それを下って海金剛の海岸へ出ました。
風の無い日なら、ここでのんびり弁当を食べたいところです。
ついでにビールなど飲むと、帰りの200mの登りがきついので、止めたほうが良いでしょうね(笑)。
ともかく、もと来た道を登り返して、木名峠に辿りついたのは3時前だったでしょうか。
こういう所は、さすがに地元のガイドに案内してもらわないと、とても行けません。
でも内山さんは、下見もし、資料も作り、スタッフもボランティア?で3人も雇って?
しかも我々の参加費は1700円ではとても採算に合わないと思いますが、やってくれます。
次回は3月25日に三木浦の歴史を訪ねる旅だそうです。
写真は鬼女蘭の種子。
冬でも枯れないキジョランの葉はアサギマダラが好んで食べます。
葉に含まれる毒を身体に蓄えたアサギマダラは鳥も食べないため、ゆったりと飛んでいるんだそうです。
ガイドの鈴木さんに教わりました。
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コメント
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