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滋賀県湖東 繖山・観音正寺

2011年2月11日
今日は趣味人のコミュで滋賀県安土の繖山(きぬがさやま)へ行きます。でもこの3連休は大荒れの天気予報で雪は避けられないようです。
雪と防寒の準備をして、小雪の降る中JRで名古屋に向かいました。いつものてっちゃんとやまびこさんの他初対面の漂雲さん、岐阜からこちらも初対面のwakanaさんがいっしょです。
最寄駅の安土では大阪からおさわさんとワンゲル同級生のOさんが参加です。この天気の中ご苦労なことです(笑)。
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10時半頃、安土駅の裏側に出てまず桑実寺(くわのみてら)を目指します。道路の変なマークを辿りますが、これは自転車道路のマークかな。
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桑実寺へは行きそうも無いので、途中で左折して適当に歩きました。雪は本降りになってきて目の前の繖山が霞んできました。
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桑実寺は天智天皇の時代(7世紀後半)に藤原鎌足の長男定恵和尚により開山されたという古刹です。ご本尊は薬師如来、本堂は南北朝時代の建物だそうです。

西国三十三ヶ所巡りは観音信仰で、湖東地区では近江八幡の長命寺が三十一番、今日訪ねる観音正寺が三十二番ですが、巡礼道は長命寺から桑実寺を経て観音正寺へ続いています。
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桑実寺そのものは西国薬師第46番、近江湖東16番霊場と書いてありました。桑実寺も繖山の中腹にあります。その参詣道の石段に着いたのが11時7分、長い石段を山門を潜り15分登るとようやく本堂です。ここで300円の拝観料を払います。標高は230m程度です。
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道を尋ねたりお参りしたりして10分ほど休憩の後観音正寺に向かいました。
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雪は積もっていますが明瞭な道です。西国古道という小さな案内がありました。
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20分一寸ほど登って標高400m辺りに近江守護佐々木氏の観音城跡があります。石垣が少し残っている程度ですが、安土城と共に滅亡したそうです。現在発掘中の看板がありました。
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ここから少し降って標高365m辺りに観音正寺があります。少し手前に三角点0.4キロの案内がありました。
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観音正寺は千手観音が本尊ですが、平成5年に本堂と共に焼失しました。幸い16年に再建され、白檀の木で作られたご本尊も再建された。今は自動車道もあるが、正面参道は1時間近くも掛かる石段で、西国三十三ヶ所の札所中最大の難所と言われ続けていたそうです。
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12時10分頃到着し、お参りやら境内を散策したりしました。今日は雪が予想されたので、野外での昼食は止めて、安土城考古博物館近くにある文芸の郷レストランでランチしようと申し合わせていました。その道をお寺の人やハイカーに訪ねてもどうもはっきりしない。皆もう一度桑実寺へ帰るのが近道だと言う。
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境内の北向き地蔵です。
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12時27分頃出発、元の道へ戻って、前述の三角点への道をとった。
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雪の階段を10分も登ると観音正寺からの別の道と合流し、そこから案内に従って7~8分小さなアップダウンを超えると三角点だった。12時45分の到着です。
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三角点からは思いもかけず大展望でした。雪空が晴れてきて琵琶湖や比良山脈や湖北の白い峰峯が眼前に広がりました。一時はどうせ展望も無いから繖山は止めて直接レストランへ行こうかとも思っただけに、この展望は望外の幸せでした。

湖北の山 マキノスキー場の辺かな
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しかも近江風土記の丘や安土城跡への道も明確に案内されていました。5分ほど休憩して降りに入ります。急な階段状の道ですが、この道が琵琶湖を眺めながらのなかなかの道です。是非降りに使いたい道ですね。
眼下に西の湖が広がり、その向こうに琵琶湖。そしてその向こうには比良山脈の主峰武奈ヶ岳から蓬莱山の山並みが広がります。
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皆大満足でした。
途中、桑実寺への石仏の道の案内がありますが、そちらへは向かわず尾根を忠実に下ります。25分ほどで近江風土記の丘すなわちレストラン方向の案内がありました。
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本来、そちらへ向かって昼食の予定です。ただ安土の駅前に「味の楽市・食堂街」の案内があり、そこで反省会をしたいと思っていました(笑)。
なので、ここで食べると中途半端、今1時17分、全員空腹ですが、空腹ついでにもう1時間一寸辛抱して、駅前で反省会しましょうと提案して了承してもらいました。
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そこで更に巡礼道を辿って、三十三ヶ所霊場の石仏を見ながら15分降ると子授け地蔵、さらに3分で北腰越えに着きました。
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そこから県道を10分歩くと安土城跡公園です。そこの立派な休憩所でトイレ休憩しました。
安土城跡は昔は石垣と石段だけで何も無かったのですが、今は大河ドラマのお陰で、いろいろ施設も整備され、訪れる人も多くなっているようです。ただ500円の入場料も必要になりました。
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相談すると、やめて反省会に向かおうということになり、石垣だけ見て安土駅へ向かいました。
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百々橋を渡り、活津彦根神社の前で左折して安土駅に向かいました。
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すると突然朝鮮人街道の石碑が建っていました。
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朝鮮人街道は徳川家康が関が原の合戦で勝利して凱旋した道で、将軍の上洛のみに使われ、大名の参勤交代には使うことを許されず中山道を使わせた。ただ、朝鮮通信使には許可したのでこの名前があるそうです。野洲市の行畑で中山道と分かれ彦根市の鳥居本で再び合流する41キロのバイパスです。その間近江八幡や安土、彦根など中山道とは比べ物にならない賑やかな街中を通ります。

その朝鮮人街道を少し歩いて、安土駅到着は2時半でした。さっそく味の楽市を探すと手頃な食堂が開いていました。早速ビールで乾杯した後、今日の反省会は盛大に長々と続きました。
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名古屋でまた反省会をした人も居たらしいです。

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