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2011年1月に作成された記事

2011/01/29

帰国

2011年1月22日

ホテルで弁当を貰ってブダペストの空港に向かいます。今日はフランクフルト経由で日本へ帰ります。でも9時半のフライトの2時間前に行くのは無駄ですね。
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EU域内のフライトなので出国審査は無いし国内線みたいなものですから。

ただ、お土産物の免税措置を申請する場合は結構面倒なので早めに行く必要があります。
手荷物なら最終のフランクフルトで手続きしても良いですが、機内預けの荷物に免税品がある場合は、ここで手続きが必要です。

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上の写真はセルフチェックイン機。でも難しくてかえって時間がかかる(笑)。

フランクフルトまで2時間弱、滅多に食べないコーンフレークみたいな機内食が出てきました。
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フランクフルトの空港では少し時間があったので空港内をうろうろしました。フランクフルトソーセージを食べようとカフェに入りました。1階は混んでいますが2階のカフェは空いていました。
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帰りは11時間半ほどで少し短く、途中4~5時間ほど寝たので、行きと比べると楽でした。朝の10時半に到着です。
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セントレアでは一度入ってみようと思っていたお風呂にはいりました。湯船からも飛行機の発着が見えます。
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そして湯上りの生ビール、これが堪りませんねえ(笑)。
串かつに土手煮ですか、やはり日本食は美味いですねえ。
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今回の旅行で活躍したものは、携帯用のスリッパ、歯ブラシです。ホテルに無かった。
パジャマも無かったですね。

孫のみゆちゃんにハンガリーで変なキャラクターのお土産を買ったのですが、捨てずに抱っこしてくれたので一安心でした。
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ドナウの真珠 ブダペスト

2011年1月21日

今日はウイーンを出てハンガリーのブダペストに入ります。明日はもう飛行機に乗るだけなので、実質的な観光は今日で終わりです。あっという間の一週間でしたね。

さてバスは平原を東に進みます。風力発電の風車が数限りなく建って居ます。日本では建築基準が厳しすぎてコストが掛かりすぎるそうですが、この辺ではどうなのかな。
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1時間ほどで国境を越えますが、ここも通過です。共産圏時代は入国に手間も掛かったでしょうが、今は何もありません。ここでも休憩はガソリンスタンドです。価格表ではガソリンはリッター180円位で結構高い。
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ブダペストですがブダ地区とペスト地区の名前が合わさって出来たそうです。ドナウ川を挟んで西側の山の手で王宮のある方がブダ地区、東側の下町で国会議事堂などがある近代的な地域がペスト地区です。
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いずれにせよドナウ川の真珠と言われる美しい街です。ウイーンから3時間ほど、12時にブダペストの市街に入りました。

まずブダ地区側自由橋の近く、温泉のすぐ傍のレストランで昼食です。鶏の煮込みだったかな。ハンガリーは貴腐ワインが有名ということで、とりあえず頂きました。トカイワインと言う甘いワインです。
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食後、まず王宮の丘へ行きました。漁夫の砦という王宮を囲む壁に登ると、眼下にドナウ川と鎖橋そしてブダペストの美しい市街が眺められ、絶好の展望台ですね。
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ここにも古いマーチャーシュ教会というのが有り見学しました。13世紀に建てられ、オスマントルコ時代はモスクになり、ハプスブルグ家によって再度教会に戻ったそうです。
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王宮は外から眺めただけで下に降りました。ドナウ川を渡りペスト地区に入ります。
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近代的と言っても19世紀から20世紀の初頭に建てられた立派なビルが立ち並ぶ美しい町並みです。
土産物店でフォアグラを購入。日本語のレシピが付いていました(笑)。
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近くの大聖堂を見学し、ヨーロッパで2番目に古いという地下鉄がある英雄広場を見学しました。
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レストランで夕食を食べていると、店の専属なのか流しの楽隊がやってきました。チップは出さなかったような。
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午後8時からドナウ川のナイトクルーズに出かけました。参加者15人で貸切でした。

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ライトアップされた王宮や国会議事堂、そしてドナウ川に掛かる鎖橋なども電飾で飾られて、なかなかの景色です。でも写真に撮るのは難しいですね、
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ペスト地区にあるフォーシーズンズやインターコンチネンタルなんかに宿泊すると、ドナウ川を挟んで王宮が見えてナイトビューは素晴らしいでしょうね。

実のところ私はブダペストは知識も無く期待もしていなかったのですが予想外に立派できれいで大きな街でした。人口は180万人でプラハ120万人、ウイーン160万人を上回ります。
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最終日のホテルは今回初めての一流ホテルラマダで温泉があります。でもドナウ川クルーズに行っていたし、明日は6時20分出発で朝食も弁当だそうで、せっかくの一流ホテルもゆっくり出来ません。
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でも10時まで開いているという温泉に9時半ごろ入りに行きました。そのために水着を持ってきたのです。

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2011/01/28

ハプスブルグ家

2011年1月20日
今日はウイーン市内観光と午後からは近郊のウイーンの森、そして夜はコンサートと盛り沢山の1日です。
さてウイーンは音楽の都と言われます。私にクラシックの趣味はありませんが、それでも名前だけはしっているモーツアルトやベートーベン、そしてシューベルト、ヨハンシュトラウスなんかの像があり、ウイーン少年合唱団やウイーンフィルハーモニーのニューイヤーコンサートなどが有名ですね。
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上の写真はベートーベンの銅像です。

そのどれもこれもが、やはりハプスブルグ家の膨大な富と権力があったからウイーンに集まってきたのでしょうね。
ハプスブルグ家は13世紀に現れ、婚姻政策を繰り返してヨーロッパ中に権力を広め、20世紀に入るまでヨーロッパの大半を支配してきました。また神聖ローマ帝国の皇帝も独占してきました。ただ近親結婚が多くなり、後半は障害を持つ子供も多かったといいます。いずれにしてもヨーロッパの貴族の元締めでしょうね。
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最初の見学はそのハプスブルグ家の夏の離宮「シェーンブルン宮殿」です。1440の部屋があるそうですが、見学できるのは40部屋です。それでもガイドさんの巧みな説明で、ハプスブルグ家の華麗な人脈と家系、そして女王として君臨し、経済や軍隊の近代化を進めながら20年間に16人も子供を生んだマリアテレジアの生涯なんかを教えられて、改めてハプスブルグ家のすごさを感じました。
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庭園を見ました。昔、造園学講座で、日本の庭園は自然を縮小して持ってくるが、ヨーロッパの庭園は自然をそのままの大きさで持ってくると学んだことを思い出しました。広大な庭園ですね。
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ウイーンの市内にはいくつか市立公園があるようですが、そのうちの一つにヨハンシュトラウスの像があります。そこで記念写真を撮るのが定番のようです。
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ウイーンの街は一週間居ても飽きないそうなので見所は多いのですが、次いでウイーンのシンボルといわれるシュテファン寺院を見に行きました。旧市街のほぼ中心部にある高い尖塔を持つ大聖堂です。入れるそうです。
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昼食は薄いカツレツですが、これは名物料理らしいです。
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ウイーンはアルプス山脈の終わる所、また大平原の始まる所だそうです。ともかく3方を低い山に囲まれていますが、そこに小さな村が点在し、郊外の暮らしを楽しんでいます。その山全体をウイーンの森と呼ぶようです。
我々は南西のハイリゲンクロイツという村を目指しました。
スイスにリヒテンシュタイン公国という小さな国がありますが、元はこのウイーンの森にあったそうです。その館がありました。
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近くの村にシューベルトゆかりのレストランがありました。
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ハイリゲンクロイツは聖なる十字架という意味で、12世紀に建てられたチトー派の修道院があります。これら修道院は大抵広大な農場や不動産を持って、ワインを作ったり建物を貸したりして修道僧の生活を支えているそうです。
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近くにマイヤーリングという村があり、ハプスブルグ家のある皇太子が謎の心中をした狩の館が修道院として残っていました。
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ウイーンに帰って少し自由時間があったので美術史博物館を見に行きました。ここはハプスブルグ家のコレクションが収蔵され、ヨーロッパ屈指の美術館だそうです。
前の広場にはマリアテレジアの銅像がありました。
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駆け足で一回りしてきたのですが、もっとゆっくり時間を掛けて、ガイドイヤフォンを使って丁寧に鑑賞する所ですね。

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レストランもあるし(笑)。写真を写している人も居たので私も2.3枚写したんだけどいいのかしら。
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ウイーンには多くのカフェが有ります。地元の人はお気に入りのカフェとお気に入りの座席を持っていて、ゆっくり時間を過ごすといいます。自由時間にカフェでコーヒーを飲むことを薦められました。それも創業少なくとも100年以上の古いカフェで。
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ウインナーコーヒーというのがありますが、これは日本語です。ウイーンという言葉そのものが日本語読みで、ドイツ語でも英語でも全く違う発音になります。どう言うか教わりましたが忘れました(笑)。
夕食はソーセージでした。
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今日は更にシェーンブルン宮殿で行われるコンサートに出かけました。
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冬場なので観客は少なく、観光客が多いので、服装には拘らなくてもよいそうでした。地元の人が多い夏場には、やはり正装で聴きに来る人も多いので、気を使うそうです。ワインを飲みすぎて寝ていました。最後に演奏されてバレーもあった「美しく青きドナウ」でしたか、それだけ覚えています。
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2011/01/27

ザルツブルグ

2011年1月19日
今日はザルツブルグ市内観光の後、湖水地方のハルシュタットという湖畔の街を散策します。その後ウイーンへ移動します。

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ザルツブルグとは塩の城という意味で、この地方に多く採れた岩塩のお陰で発展し城もできたという意味らしい。
昔食物の保存は冷蔵庫が無い以上塩漬けが必須であり、塩無くしては生活できなかった。そのためこの地方の岩塩の採掘権を持っていたハプスブルグ家や教会の大司教には膨大な富が集まったと言う。
ところでザルツブルグはモーツアルトの街です。いたるところにモーツアルトの名前が見えます。

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ただ最近では映画サウンドオブミュージックの影響が大きいみたいで、今日の見学もその撮影現場から始まりました。でも私は映画も見ていないしストーリーも知らないので感動はありません。ドレミの歌やエーデルワイスの歌は知っていますが。

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次いでモーツアルトの住まいを二つ、17歳から住んだ家と生まれた家などを見ながら、これも世界遺産のザルツブルグの旧市街を歩きながらザルツブルグ城を目指します。

路面電車の後がモーツアルトの住んだ家
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指揮者のカラヤンもザルツブルグ生まれ
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ザルツァハ川の向こうが旧市街
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鋳物の看板を出す高級ショッピング通り
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こちらでは映画第三の男の話題が出ていました。古い話でしょうが、メロディだけは思い出しました。

音楽堂
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ザルツブルグ城は下から
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その後、ザルツブルグを離れ湖水地方にバスで向かいました。
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湖水地方は周囲を2000m級のアルプスの山に囲まれた標高500m~800mの高原で、多くの湖が散在します。
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ここも映画サウンドオブミュージックの舞台となりました。
その中のハルシュタットは人口2000人の世界一美しい湖畔の街だそうです。12時頃到着、早速鱒料理の昼食を頂きました。なかなか美味しかったです。
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湖畔を散策するのですが今日はあいにくの天気で雨がぱらつき、雲が低くて、肝心のアルプスの山々は見えません。

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でもまあ、湖畔の街の美しさは少し感じられました。二宮金次郎みたいな薪を担いで本を読む石像がありました。
2時半ごろ出発ウイーンに向かいます。途中から昨日のA1に入り、ウイーンの中華料理屋さんに到着したのは6時半頃でした。

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西洋料理に飽きているので中華料理は美味しかったです。そんなに良い中華料理では無いんですけどね(笑)。紹興酒も飲んだし。
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ホテルもまあまあでした。

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2011/01/26

チェスキークルムロフ

2011年1月18日
今日はチェコ南部の世界遺産2箇所を見てオーストリアのザルツブルグに入る予定です。
まず最初はホラショビッツェと言って人口140人とかの小さい農村集落です。プラハから148キロとあります。

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途中、ガソリンスタンドでトイレ休憩します。ビールも売っているのはさすがビールがお茶代わりのチェコだからか。
ガソリンの値段表を見るとまずジーゼルが書かれているので、ジーゼルが主流らしい。

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2時間一寸で到着、人口140人とかの小さな可愛い農村集落です。世界遺産に登録されていますが、冬場は観光案内所も閉まっています。

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次に向かうのはチェスキークルムロフ、ここは超有名らしい。
13世紀に建てられ、その後増改築を繰り返して、ゴシック、ルネッサンス、バロック建築が交じり合うチェスキークルムロフ城と大きく曲がるブルタバ川に囲まれた絵葉書のような中世の雰囲気ある旧市街と説明されている。

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ホラショビッツェから25キロほどでオーストリアとの国境に近い。のどかな田舎道を40分ほど走って12時頃到着しました。

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まず旧市街の広場にあるレストランで昼食です。ポーク料理ですが量が多く女性軍は食べきれないと私にくれます。でもせいぜい1.5人分も食べれば私も限界です(笑)。

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崖の上に建つお城を見に行きました。
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旧市街を見下ろす景色は絶景です。日本の場合、京都や奈良も世界遺産ですが、これほど街全体が中世の雰囲気で残すのは難しいでしょうね。

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街の規模も違いますし、石の文化と木の文化の違いもありますねえ。
それはともかく素晴らしいですね。

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クルムロフを2時45分に出発、30分一寸で国境を越えます。かっては1時間以上も掛かったという入国審査が無くなって、バスは一寸スピードを落とし気味にしながら何事もなく通過していきます。

今は「あれが昔の入国審査の建物です」という説明がありますが、いずれそれも無くなるでしょう。
国境から50キロほどでリンツという街に入ります。リンツはオーストリア一の工業都市で、ザルツブルグとウイーンの中間にあります。

ザルツブルグとウイーンは高速で結ばれていて、西へ100キロでザルツブルグ、東へ200キロでウイーンです。
高速道路はアウトバーン(ドイツ語でAutobahn )なので高速1号はA1と表示されています。ちなみにオーストリアの言葉はドイツ語だと初めて知りました。

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途中サービスエリアでトイレ休憩しますが、ここのトイレも有料なのにはびっくりします。
6時半にザルツブルグのレストランに入り、ビーフの夕食です。

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今日のホテルは部屋でもインターネットが入ったので助かりました。

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2011/01/25

プラハ

2011年1月17日

夕べ寝たのは午後10時(日本時間で午前6時)だが4時間後の午前2時(10時)には目が覚めてしまって眠れない。まだ日本時間の身体ですね。

4時には起き出してテレビを見るがCNNが入らない。ロビーへ行くとインターネットに接続できたので助かった。
朝食はビュッフェ方式だがお米や麺類は無い。パンをあまり食べない私には向かない朝食です。麺類とスープが欲しいですね。
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窓から外を見ると今日は霞んでいる。中欧の冬は日照時間も短く、青空はほとんど見ることができないという。
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チェコはピルスナービールの本家だそうで、他にバドワイザーもそうだという。一人当たりのビール消費量はダントツで世界一だそうです。お土産としてはボヘミヤグラス。旧ボヘミヤ王国の首都がプラハだったのですね。
さてプラハと言えばプラハ城ですね。チェコの歴史は複雑で他民族の支配から開放の繰り返しで、その象徴がプラハ城でしょうか。

神聖ローマ帝国の皇帝になったカレル四世の時代(14世紀)にほぼ現在の姿ができあがったようです。
今は大統領府もあり、正門には衛兵が立っている。外人観光客もいっしょに写真を撮っていた。
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敷地内に聖ビート大聖堂があり、97mとかの尖塔は大迫力えすが、今日は雲に霞んでいました。
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内部も圧倒的で、ステンドグラスが非常にきれいでした。
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チェコは第一次大戦後ソ連の侵攻によって共産圏に組み込まれたため発展が遅れた。でもそのお陰で、プラハ市街の石畳がそのまま残っている。昔はパリも石畳の街だったそうですが、今は非常に少ないそうで、フランス人の観光客が懐かしんでいるそうです。
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それと路面電車が結構活躍していて、石畳と調和して不思議な雰囲気をかもし出しています。
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次いで、カレル橋を見に行きました。プラハ城のあるマラーストラナ地区と旧市街を結ぶ全長520mの橋で、欄干に30体の聖像が並んでいます。
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ブルタバ川が雪解けの為かだいぶ増水しているようでした。この橋は常に観光客で賑わっているそうです。
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街のあちこちに昔の甲冑を着た若い男女が立っていて、求めると一緒に写真も撮ってくれるようですが、あれは何かな。
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旧市街広場には市庁舎があり、からくり時計があります。ここも人気のスポットのようでした。
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昼食はサラダ、鳥料理、デザートですが、付け合せのジャガイモが多すぎて食べ切れません。
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午後はプラハ近郊のメルニックとかの古城を見に行った。プラハを流れるブルタバ川と何かが合流して更にエルベ川と合流する地点です。お城の壁はだまし絵の手法で凹凸が作られています。
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ベッドの傍にはおまるが置かれています。寒いから外へ出たくなかったらしい。
プラハに帰ってくると、もう夕闇でした。百灯の街と呼ばれるそうですが、無数の街灯に照らされた街も素敵ですね。
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夕食はまた例のパターンで、サラダ、鱒料理、デザートです。昼食には多すぎるし、夜は晩酌する私には物足りない感じです。
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ホテルへ帰ってピルスナーとバドワイザーを飲み比べて見ました(笑)。
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2011/01/24

チェコのプラハへ出発

2011年1月16日
今日は中央ヨーロッパへのツアー出発の日です。なのに朝から大雪で、JRも近鉄も遅れている模様。なので一寸早めに家を出たら、遅れた電車が丁度来てスムースに空港へ。早く着きすぎてしまった。
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腕時計とプラグを忘れてきたので、売店で懐中時計とプラグを購入、2100円の支出。
続いてユーロを購入。今回の中欧3カ国はチェコとハンガリーが通貨統合していないのでオーストリアのみがユーロです。1万円換えてというと「あと301円で90ユーロだから301円出せ」と言われた。
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今回のクラブツーリズムのツアーは17名だそうで、相部屋で申し込んだが一人部屋になった。気楽でラッキーだが一寸寂しい気もする。
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空港待合で座っていると、メキシコ系のすごく太った相撲取りのような男がいる。こんな奴と隣になったら悲劇だなと思っていたら、なんと現実になった。椅子にはなんとかお尻を入れたが、たるんだお腹の肉が私の席へはみ出している。こんな状態で13時間かと憂鬱になったが、係員が見かねてビジネスのほうへ彼を連れていった。ここでも一人になってラッキー。

30分遅れで12時ごろ離陸、シベリアの上空を飛んで行くようだ。初めてのヨーロッパに何を好んで渋い中欧なのか、しかもこの寒い時期にとよく訊かれる。答えは単に安かったからです(笑)。それとイタリアはシルクロードの延長で友達と一緒に行く約束がしてある。それとプラハはきれいだったという声をよく聞く。
ルフトハンザ航空は初めて。ANAのマイルが貯まるのでうれしい。今回だけで6000マイルほど貯まる。
すぐ機内食が出る。カツ丼が美味しい。
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ハバロフスクを越えシベリア上空を飛んでいるようだが地上は真っ白に凍っているようだ。P1100423

5時ごろ地平線に夕日が沈んだ。でもうっすら明るい。
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7時ごろ軽食でおにぎりが出てきたが、まだお腹が空いてないのでカバンに入れる。
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8時ごろウラル山脈を越える。ようやく60%は越えたな。やることも無いし、眠れないし、暇です。
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9時ごろ夜が明け出し、シベリアを抜けてヨーロッパに近づいたようです。
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でも下は凍っています。白海らしい。
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11時ごろ機内食が出てきた。ご飯が美味しい。
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ヘルシンキの上空を越え、いよいよヨーロッパ上空に差しかかったのは12時ごろです。
ようやく地上の氷が消え、山や家が見えてきました。長かった旅も終わりですね。
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到着が30分以上遅れているので、乗り継ぎの各便がほとんど変更になったとアナウンスされています。
12時半、待ちに待ったフランクフルト空港に到着です。入国検査はまあ簡単です。ここで降りる訳ではなく、トランジットでチェコに行くのですが、EUという国へ入国したわけです。現地時間はマイナス8時間で16時30分、午後4時半ですね。

5時半のフライトでチェコのプラハへ向かいます。途中軽食が出ますが、不味い。ビールは美味い(笑)
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7時ごろプラハ到着。空港に多くの荷物が積まれている。何かと思ったら、旅客と荷物が離れ離れになた荷物だと言う。荷物は必ず自分と同時に目的地に着くと思ったら大間違いですよ。だから1日か2日は着かなくても困らないように手荷物を作ってくださいとは添乗員さんの忠告です。
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8時にはホテルに到着、すぐにベッドにもぐり込みたいところですが、現地ガイドさん曰く「時差ぼけ無くすために、今夜は少なくとも10時まで寝ないでください」ということで、お握り食べてビールとウオッカ飲んで10時に寝ました。日本時間だと翌日の6時ですね。長い1日でした。
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2011/01/20

モーツアルト

オーストリアに入りザルツブルグ、ウイーンと来ています。
音楽の街だそうで、カラヤンとか誰々とか私にはわかりません。

でも今日はウイーンの森の後コンサートにも行くんです。
退屈だなあ。
フォーマルな服も持ってきてないし。

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2011/01/18

今プラハにいます

16日からチェコのプラハにきています。
コレカラオーストリアとハンガリーを廻って23日に帰ります。

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2011/01/11

熊野脇道 新桑竃から姫越山(髭尾山)へ

2011年1月9日
今年の初山は趣味人のコミュ、山登りハイキングのイベントで南勢の姫越山 へ行きました。この道は熊野脇道の一つで、田丸で西へ行く熊野街道と分かれ、棚橋・脇出と南下して能見坂を超えて旧南島町の道方で熊野灘に出ます。
そこから海岸沿いに古和浦を経て新桑竃(さらくわがま)に至り、姫越山を越えて錦に降り、更に海岸沿いを進んで紀伊長島で熊野街道に合流します。
髭尾山(ひげりおやま)というのは、昔、姫越山がそう呼ばれていたのだそうです。髭尾山狼煙場跡という資料を見たことがあります。
Himegoyama

ということで、私も7年前にこのコースに挑戦しました。でもその時は身長を越える羊歯の群生に阻まれて敗退しました。ただ姫越山そのものは反対の錦側から登れば、道も整備されていて問題はありません。私も2006年の12月に登っています。
今回は2年ほど前に南勢テクテク会の皆さんが道を整備されたとの情報を得ていたので再度新桑側から登ることにしたのでした。
9時15分頃新桑に着き、25分には出発しました。
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ゆっくり時が流れる新桑竃の集落の中に、昔の街道の面影か、不動明王の石仏があります。帰りに降ってくる予定の吉田橋を過ぎ、目印の二体地蔵さんに着いたのが9時56分、すぐまえの目印で左折して尾根に取り付きます。
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前回はここを直進したように思います。
心配することもなく道は明瞭です。
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30分も登るとやはりテクテク会さんの道標で、尾根道と熊野脇道に分かれます。ここは迷わず脇道をとります。
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すぐに沢を越え、登るにつれて今登ってきた新桑の集落や背後の古和浦の海が見えてきます。
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11時15分、また分岐の案内です。左は熊野脇道で姫越山の頂上は踏まず、山腹を巻きながら錦へ向かいます。でもこの道は未整備らしく点線になっています。右は尾根伝いに姫越山の頂上を目指す道です。
私としては脇道の点線の状況を見に行きたいのですが、今回は趣味人のイベントです。確実な頂上越えを選びました。
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狼煙場跡を経て頂上到着は11時半でした。出発から2時間ですね。
頂上から眼下に芦浜、そして熊野灘に雲間の日光が差し込む様はいつみても素晴らしい景観です。
ここで昼食休憩、出発は多分12時頃です。
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ここから錦側に15分、標高で50mほど降ると、平家の落人伝説に現れる、お姫様の塚があります。
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そこへ一旦降って、一寸上の右手の巻き道に入りました。
ここは以前から目を着けていた熊野脇道です。前述の点線の延長がここへ来るはずですね。自信は有りませんが踏み込みました。
道はほぼ明瞭で、山慣れた方なら踏み跡を辿るのは容易だと思います。でも赤テープも何も無いので、一寸不安な箇所もあるでしょう。
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20分ほど山腹を巻きながら歩くと、朝登ってきた尾根の少し下に着きます。例の分岐の点線はここへ着くはずです。それを示すテープもありました。
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ここから一旦芦浜に向かって尾根を下ります。
少し降ると、先ほど頂上で会った外人のカップルが、変な方向に降ろうとしていたので呼び止めて道を教える。
20分強降ると右手が開け、芦浜とはるか彼方の島勝方面でしょうか熊野灘の眺めが絶景です。
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そのすぐ下に中部電力の大きな看板がありますが、芦浜原発が無くなった今、どうなるのでしょうか。そこで、道は二つに分かれ、右は芦浜、左は新桑です。
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新桑方面に道をとって降って行きます。道は明瞭で迷う心配はありません。道にはどんぐりが一杯落ちていて、昨秋、木の実不足で熊が里へ降りてきたというのが嘘のようです。
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1時間一寸で猪垣の道までくればもう里はすぐです。10分強で朝来た吉田橋のそばの気持ちの良い広場に出てきました。2時20分の到着でした。
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帰りに近くの古和浦漁協の直売所で、豪勢にアワビを買ってかえりました。今夜はアワビの踊り焼きです(笑)。
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2011/01/06

初歩き 伊賀上野と伊賀牛

2011年1月5日
今日は初ウオーキングで上野市(伊賀上野)へ行きました。大阪のOさんが一緒です。
JR関西線の伊賀上野駅で10時に待ち合わせたのですが、平日ダイヤを休日ダイヤと間違え乗り遅れました。毎日が日曜日なので1月5日は休日と思っていました(笑)。
急遽近鉄に乗り、伊賀神戸経由で上野市駅に場所変更して、なんとか落合ました(汗)。
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上野市は大和街道が通り、伊賀街道の起点でもあります。
観光資源としてはまず松尾芭蕉、生まれ育っています。他には伊賀牛、伊賀焼、組みひも、伊賀流忍者でしょうか。ほかに、醤油や漬物も有名です。
今日はおせち料理に飽きた身体を少し歩いて、その後伊賀牛のすき焼きでもというのがテーマです。

と言う事で、まず芭蕉生家へ行きました。ここで750円の3施設共同入場券を買いました。各施設300円なので150円のお得と、途中でウオーキングを止めないお守りです(笑)。
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私の生まれた京都の町屋のような懐かしい建物です。係りの小母さんと楽しい会話が弾みました。
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次いで大和街道を南下し、すぐ伊賀街道の起点です。大きな石の道標があります。
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ここから少し伊賀街道を東へ歩いてみました。
街道沿いに有名なすき焼きの金谷と、もう1軒森辻があります。駅前にもう1軒伊藤という店があり、肉屋さんが開いているすき焼き屋さんは、この3軒だそうです。
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街道沿いの家には、皆じょうれんに花を飾っていましたが、これはどういう謂れがあるのでしょうか?
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引き返して大和街道に入ります。菅原神社の手前に「でんがく」の大和屋があります。
時間はまだ11時ですが一寸でんがくで一杯やることにしました。こういうことはよく意見が合います(笑)。
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でも余り飲むと歩きに差し支えるので控えめにして出発しました。
すぐ菅原神社がありますが、ここは神社の鳥居、お寺の山門や釣鐘、天神さんのお使いの牛とか、ごちゃ混ぜになった神仏混交の典型のような天満宮です。
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神社を出て大和街道を西へ向かいます。この街道は地元では「加太越奈良道」と呼ばれるようです。
真っ直ぐに西へ伸びています。
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左折して蓑虫庵へ向かう途中で、醤油で有名な伊賀越の店があり、少しお土産を買いました。
蓑虫庵は芭蕉の門弟、服部土芳の庵で、芭蕉から次の句を送られたのでこの名がある。
「みの虫の 音をききにこよ 草の庵」
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係りの小母さんが蓑虫を見せてくれました(笑)
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次に北上して荒木又右衛門の仇討ちで有名な鍵屋の辻に向かいました。ここは大和街道沿いで、ここにも大きな道標と資料館があります。
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資料館では大名と旗本の意地を巻き込んだこの仇討ちの詳細が解ります。
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そろそろすき焼きがちらつきますが最後は上野城公園です。これも田楽で有名な「わかや」の前を通ってお城へ向かいました。
雄大な石垣がすごいですね。藤堂高虎は築城の名手だったそうですね。
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公園には俳聖殿という芭蕉の旅姿をイメージした建物があります。そういえばそう見えます。
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忍者屋敷のくのいちらしい女の子が勧誘したが見物は止めて、共通券最後の芭蕉記念館を見学します。
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ここが済めばいよいよ待望のすき焼きです(笑)。金谷までの道は遠くありません。
まあ、写真で味わってください(笑)。
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2011/01/04

初走り 長良川自転車道路

明けましておめでとうございます。

正月の1日2日は食っちゃ寝食っちゃ寝していたので、今日3日は初詣を兼ねて自転車で走りに出かけました。
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我家から6キロほど走ると養老鉄道の播磨駅があります。養老鉄道はサイクルトレインがあるので、それで岐阜県の大垣まで行くつもりです。
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初めてサイクルトレインというのを利用するのですが、初詣客で混んでいると迷惑かけるなと心配したのですが、迷惑かける人は居ませんでした。
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大垣に10時に着いて準備を済ませ10時12分に岐阜の忠節橋に向け出発しました。
少し道に迷いながらナビを頼りに国道21号線の側道を走って揖斐川を越えます。伊吹山が雪を被ってきれいです。
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長良川まで来ると金華山の岐阜城が大きく見えてきます。
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忠節橋到着は11時半頃でした。
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ここから長良川自転車道路が木曽三川公園まで繋がっています。今日はそれを走るのが目的です。
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昼食でも食べようかと、辺りをぶらぶらしましたが結局適当な食堂が見つかりませんでした。お正月の性もあります。
仕方なく開いていた肉屋さんでコロッケを買って食べました。
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12時10分に自転車道路に入り走り始めました。河渡橋までは長良川の左岸を走り、河渡橋を渡って右岸に移るはずです。
すぐ熊野神社があり、のんびり走りますが下道へ降りたり、一寸解りにくい所もあります。
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河渡橋の手前で小紅の渡しという表示を見つけました。以前、中山道を歩いたとき、すぐ下の鏡島弘法乙津寺へ来たことを思い出しました。これは現役の渡し舟です。
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12時36分、河渡橋へ到着、橋を渡ります。
渡ってしばらくは堤防の上を気持ちよく走れます。
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30分ほどで墨俣の一夜城が右手にあります。
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途中、赤い歩道橋で右に堤防を降ります。
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新幹線の手前では右手に三洋電機のソーラー塔が見えます。1時半頃です。
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2時5分、道の駅クレール平田へ到着、一寸休憩しました。2時間走って一寸疲れています。
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すぐの南濃大橋で自転車道と別れ、お千代保稲荷を目指しました。初詣の予定です。ところが、すごい渋滞です。南濃大橋の向こうから車は動いていません。自転車も通り難いほど、県道も田圃のあぜ道も車で一杯です。
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2時半頃、なんとか神社の裏側へたどり着きましたが、せまい境内は人で一杯です。自転車持ってうろうろするのは無理なので、参拝は諦めました。
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帰りに裏道を長良川に帰ろうとして道に迷い、輪之内町を20分ほどうろうろして、結局また道の駅に帰ってきました。
気を取り直して自転車道を南下します。3時頃です。
しかしこの道は堤防からの一般道との交差が多く、その度に柵があって気持ちよく走れません。普段なら下の一般道のほうがスムースに走れるでしょう。
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50分ほど走ると長良川サービスセンターという立派な建物があり、自転車道はその中を走ります。ここは何をしているのか解りませんが、立派なフィットネスセンターなんかがあります。
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ここを過ぎると前方にゴールの木曽三川展望タワーが見えてきます。
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サービスセンターから10分で木曽三川公園に到着です。4時の到着でした。
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お千代保稲荷の40分を除けば、3時間位の行程でしょうか。近くの治水神社にお参りしました。ここは木曽三川の宝暦の治水工事で多くの犠牲者を出した薩摩義士をお祀りしています。
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ここから我家までは更に6キロほどあります。朝、白く輝いていた鈴鹿山脈は夕闇に染まっていました。
今日の走行キロは83キロ、お正月にしては一寸多すぎて疲れました。今日はビールが美味いか(笑)。
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