« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月に作成された記事

2010/12/31

世界一の親日国トルコ

翌日は皆さん爽やかな目覚めです。
近所の喫茶店でモーニング朝食です。
P1100097

今日は紀伊大島ウオーキングの予定でしたが、雨が降りそうなので自動車観光に切り替えました。

明治23年、トルコの軍艦が紀伊大島の傍で座礁し転覆しました。
その時、串本町の人々が献身的に救助や介護にあたったそうで、それをトルコの人々は忘れていません。
P1100098

何年か前、イランイラク戦争のとき、他の国は自国の飛行機で自国人を救出したが、日本はそれが出来なかったために、バグダットに取り残された日本人を救出してくれたのもトルコ政府でした。
P1100099

その軍艦の遭難では580人が死亡、69人が救助されたらしいのですが、その記念碑や記念館が紀伊大島の樫野灯台にあります。
P1100104

P1100114

遭難現場はすぐ傍です。
P1100128

トルコではその事実を小学生の教科書に記載して教えているそうです。
その教科書も記念館に展示していました。
P1100132

次に名勝海金剛へ行きました。ここは絶景です。
P1100136

そこに日米修好記念館があります。
ここはペリーが浦賀へ来た1853年の62年前に、実は毛皮の交易に来ていたのだそうで、それは米国の文献にも紀州藩の文献にも載っているそうです。そのためここに記念館を建てたそうです。
知りませんでした。
P1100142

次に串本海中公園に行きました。
雨が降ってきました。天気予報はよく当たります。
P1100148

湯川温泉きよもんの湯でのんびり。
P1100151

回転寿司でお昼ごはん。
P1100154

尾鷲や紀伊長島でお土産を買って帰りました。
写真は尾鷲の天狗倉山です。
P1100158

私は牡蠣を買いました。大晦日に食べるつもりです。
P1100161


| | コメント (0) | トラックバック (0)

潮岬ウオーキング

12月29日、30日
今年最後のウオーキングは潮岬でした。山歩会の皆さんと一緒です。

長島で8時ごろピックアップしてもらって、東名阪の渋滞を抜け、七里御浜で昼食休憩して、串本の橋杭岩通過が1時ごろでした。
P1090995

串本駅からタクシーに5人乗って潮岬灯台へ。2000円なのでバス代とそう変わりません。
潮岬はダイビングついでにちょくちょく来るのですが灯台は初めてでした。
P1100003

P1100007

P1100008

潮岬神社も知りませんでした。
P1100026

本州最南端の碑が望楼の芝にはいくつかあります。
P1100033

P1100042

ここからウオーキングスタートです。
トイレの横の道から入ります。
P1100039

台風銀座だったので、屋根瓦をしっかり防御した家もありました。
P1100047

道なりに歩くと本州最南端の郵便局に出ます。
P1100050

このバス道を測候所前、平松と歩きます。
P1100052

P1100057

ここでバス道に別れ細い道に入ります。
近畿自然歩道らしいのですが、案内は何もありません。不親切ですね。

そのうち両側に南国の木が生えて、自然歩道らしくなってきました。
P1100060

P1100064

2時40分頃から歩き始めて1時間20分、4時頃に出雲の集落に降りてきました。
P1100075

県道41号線に出て、右手に串本大橋を見ながら串本市街へ引き返します。
P1100076

橋の袂に写真の石仏がありました。
顔形から外国人に見えるので、仏教の伝来より200年も前にインドから熊野に流れ着いて、青岸渡寺や補陀落山寺の起源となった裸形上人かなと思いました。
P1100082

この辺りは魚の養殖場になっていますが、近畿大学のマグロの養殖もここでしょうか。
P1100083

夜は近くの居酒屋で楽しい夕食タイムです。
P1100090

近くのスーパーでお正月みたいに食料とお酒を買い込んで、民宿でまた楽しく喋りました。
寝たのは何時かよく覚えていません。
P1100092

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/12/28

正月用お肉

大晦日に返ってくる息子たちで夜は賑わいます。
おせち料理は翌日なので、大晦日は焼肉と年越し蕎麦です。

そのお肉を養老へ買いに行きました。
通称焼肉街道と言われる養老から関が原への道沿いです。
まずはじめが養老○ートです。結構安くお値打ちで、大勢のお客でした。
P1090979

次に○ーヤルミート。ここは最近オープンしたみたいですね。
オープンセールでここも安かった。
近くにあればなあということです。
P1090982

みーちゃんに豚足を買ってやりました。
1時間以上頑張って食べていましたが、老齢にこれ以上無理と思ったので取り上げました(笑)。
P1090984


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/12/27

木曽川・長良川堤防ポタリング

岐阜羽島から木曽三川公園までの12キロほど、木曽川と長良川は1本の細い堤防で分けられているだけです。
江戸時代はこの辺り支流が入り組んで相互に洪水の元になっていたらしい。他にも揖斐川もあり、薩摩義士で有名な宝暦の治水で相当改修されたものの、完全に三川分流が行われたのは明治に入ってからです。
Teibou

その堤防は現在基本的に車は通行禁止ですが自転車なら走れます。
風も治まって自転車日和なので走って見ました。

木曽三川公園の立田大橋西詰に着いたのは9時10分頃、右に木曽川左に長良川が朝日に照らされてきれいです。ゲートの横から堤防道路に入ります。
P1090951

舗装は悪く、スピードは14.15キロです。
その舗装もすぐ無くなり、後は砂利道です。

左手長良川の向こうには養老山脈がきれいです。
P1090953

川面には多くの水鳥が浮かんでいます。
P1090954

長良川側に葛木の渡し跡があったと思うと、愛知県営の無料木曽川渡しの小屋がありました。
P1090955

まさか今は営業してないと思うけど。
P1090957

東海大橋に着いたのは10時頃。でもここは人も車も入れません。
下を潜って、上流の馬飼大橋を目指します。
P1090960

前述の明治の分流工事の碑と説明板があり、当時の苦労を知りました。
P1090963

馬飼大橋到着は10時25分ごろでした。
P1090967

ここからはソニーのナビに任せて、愛知県側を南下しました。
自転車モードでは結構細い車の少ない道を案内してくれます。
P1090969

P1090978

40キロ走って、ご褒美にイカスミパスタとワインで昼食にしました。
お疲れ様。
P1090975

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/12/23

平家の落人伝説 新桑窯

窯という字はもっと複雑な字です。昔海水を炊いて塩を作った窯です。
壇ノ浦の合戦に破れた平家の落人は、各地に逃れて落人部落を作ったのですが、ここ南伊勢町にも来たらしい。
そして塩を作って生活の糧としたらしい。

なので、南伊勢町には多くの窯の字が付く地名がある。新桑(サラクワ)窯はその西の端です。
棚橋窯、栃木窯、小方窯、道行窯、大方窯などです。

新桑窯と錦漁港の間に姫越山があり、それを越えて紀伊長島へ向かうのが熊野脇道です。7年前歩いてみたのですが、道を間違えかつ身長以上のシダの群生に阻まれて敗退しました。

最近、南勢テクテク会の方が整備されたとの情報で、来年早々行くつもりですが、今日は自転車を持って下見に行きました。
P1090941

錦峠から紀勢南島トンネルを潜ると古和浦湾が見えます。
新桑に入って車を置き、自転車を下ろしました。
P1090925

かって歩いた記憶を辿りながら、新桑の集落の中をポタリングします。
不動明王でしょうか石仏があります。
P1090920

集落を抜け1キロほどで2体の石仏があります。
P1090921

このすぐ後に南勢テクテク隊の道標が左を指していました。
前回はここを直進しました。
P1090924

今日はここまでにして引き返しました。
古和浦漁港へ自転車を走らせ、集落をぶらぶら。
P1090930

食堂でカツカレーを食べました。
550円でリーズナブル(笑)

さらに峠とトンネルを越えて方座浦へ。
ここは熊野脇道でもありますが、私のダイビングスポットでもあります。
平成10年10月10日に10本目という記録を持っています(笑)
この寒いのに誰か潜っているかと見にいったら、私のCカードの母校、大垣のHが来ていました。
P1090932

ここには「左くまの」とか刻まれた道標地蔵があります。
P1090935

今日はここで引き返しました。
途中で、古和浦漁港の直売所で大きなサザエを買い、家でツボヤキにしました。
美味、美味。
P1090946

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/12/18

上海出張

12月15.16.17日と3日間上海へ行きました。
仕事ですが、街の様子を少し紹介。

フライトは値段の安い中国南方航空。
JALは一寸高いので敬遠。
写真は機内食です。まあまあ。
P1090861

浦東(プートン)空港からはリニアで移動。
最高時速431キロですが、この日は300キロ止まり。
P1090863

地下鉄に乗り換えて旧市街へ。
P1090865

人民広場近くのラッフルズのショッピングビル。
クリスマスの気分です。
P1090866

フードコートで焼きそば。15元です(笑)。ちなみに1元は14.5円。
P1090867

夜は紹興酒の美味しい店へ。
P1090869

珍しく雪でした。日本も降ったようですね。
P1090875

翌日の昼は日本の和民で牛鍋、44元だったかな。
P1090876

夜は台湾風ベトナム料理。
P1090878

この店のデザートで「かき氷」が有名らしいが、冷たくない「かき氷」で、初めての食べ物でした。
P1090886

ホテルの朝食会場から見た上海市街。
P1090895

南京東路、歩行者天国です。
P1090897

外灘(ワイタン)から見たプートンの金融街。
P1090900

和平飯店、クラシックホテルです。
P1090901

帰りの機内食。
P1090907

おわり。
お疲れ様でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/12/12

三子山 三重・滋賀

三子山は国道1号線の鈴鹿峠の東にある標高568mの山です。
今年最後の山歩きと多分なるでしょう。
山歩きハイキングのコミュのイベントとしましたが、参加はてっちゃんと私だけでした。

当初は登山の後、旧東海道の坂下宿を散策する予定でしたが、夜に所要ができ取りやめました。
車で関まで走ったのですが、今日は渋滞もなく30分以上早く道の駅に着いてしまいました。
それで、関駅構内の売店で柄に無く朝のコーヒーを飲んで見ました。
朝日を浴びながら飲むコーヒーもなかなか良いものでした。
しかも関宿名物の白玉が付いています(笑)。
P1090827

鈴鹿峠の常夜灯に駐車、9時40分に登りはじめました。旧東海道の案内で左折、三子山に向かいます。
すぐ右下に五体のお地蔵さんがあり見に行きましたが、お墓のようでした。
P1090855

この辺りは東海自然歩道なので充分整備されています。
P1090853

160段ほどの階段を登り切ると安楽越えの分岐です。
P1090836

ここまで峠から20分、ここで自然歩道とお別れです。
P1090838

このピークを降り始めると突然視界が開け巨大な送電線の鉄塔があります。ここから鈴鹿山脈の野登山や仙ヶ岳、その他の山の眺望が開けますが、山名はわかりません。
P1090852

一旦降って、急な坂道を10分も登ると南峰があります。しめ縄が掛かっていますが、こちらは縦走路ではなく、手前を左折して降るのが縦走路です。
P1090841

せっかく登った山を降るのは勿体無いですが、三子山なのでピークは三つあります。
南峰が540m、二の峰が550m、北峰が568mです。
その間に40~50m位降りと登りがあります。
P1090844

南峰と二の峰は眺望がありません。北峰到着は10時50分、峠から1時間10分でした。
ここからは眼前に先日登った明星ヶ岳、そして鈴鹿の山々が見えます。
P1090845

P1090848

少し景色を眺めたあと、元来た道を引き返しました。アップダウンをまた辿るのはいやなものですが、たんたんと歩いて50分ほどで峠に帰ってきました。

まだ早いので鏡岩を見に行きました。ここからは登ってきた国道1号線が見渡せる景色の良い場所です。
P1090859

峠の万人常夜灯の小公園で昼食にするつもりでしたが、急遽桑名まで車を走らせ、遅い昼食兼反省会を開きました。てっちゃん、お疲れ様でした。

今年1年、いろんな山歩きがありましたが無事でよかったですね。
来年も無事に山登りをしたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/12/06

那須ヶ原山から油日岳縦走

2010年12月5日
今日はやまびとの例会です。3日前に歩いた鹿深の道の近く、那須ヶ原山(800m)から油日岳(698m)へ縦走します。参加者は19人、大量参加ですね。

P1090825

国道1号線の鹿深の道を左折、大原ダムを越えたところで左折、参道橋を目指します。なんと3日前に歩いた鹿深の道です。
今日は縦走なので降り口の油日神社からの道に置き車をしました。
Aburahi

参道橋出発が9時10分です。
P1090736

ここから溝干山方面の林道もあるようです。林道を15分歩くと登山口です。
P1090737

25分登ると鹿除けの網に囲まれたカエデの植林地に出ます。ここは樹木が伐採され、背後の眺望が開けます。鈴鹿の山々や眼下には大原ダムや新名神などが見えます。
P1090743

P1090746

さらに30分弱、参道橋から1時間一寸で那須ヶ原山頂上です。頂上には大鳥神社の奥の院である那須ヶ原神社が祀られています。眺望は余り良くありません。
P1090755

10分ほど休憩して出発、すぐに南鈴鹿の従走路に入ります。ここからは急な降りです。時折、左手(南東)に錫状岳が見えますが、基本的には急峻なアップダウンです。
P1090763

P1090768

空腹を癒すため、おやつ休憩も含んで1時間歩いて、木原越えの分岐がある。
P1090769

ここから三国岳を目指す訳だが情報が錯綜している。原因は三国岳が二つ有ることだった。国土地理院の686mのピークも三国岳の看板が掛かっているし、そこから西へ三つ目の715mのピークも三国岳だった。
ともかく一つ目の686mの三国岳到着は分岐から17分後の11時40分だった。
P1090770

そこから更に忍者返しとかのキレットを越え、右後方に那須ヶ原山を見ながら20分強歩くと715mの三国岳だった。
P1090773

P1090775

ここからはゾロ峠を経て余野公園への道が分岐する。
P1090777

12時5分出発、まだまだアップダウンは傾斜を緩めてくれない。
忍者岳の手前に「不鳥越峠」という訳の解らない看板がある。「鳥不越峠」というのが、先ほどの三国岳からゾロ峠に向かうと有るはずだが「不鳥越峠」とはなんだ(笑)。
P1090782

P1090783

P1090787

加茂岳を越えると今日の降り道油日神社への分岐がある。
P1090796

そこから5分で油日岳山頂です。ここには油日神社の奥の院「岳神社」が祀られています。
P1090799

頂上すぐ下の避難小屋付近で昼食休憩です。ここからは南西方向の甲賀市や伊賀市の眺望が開けています。
P1090800

1時35分頃出発、先ほどの分岐へ返って降りに入ります。でもこの山は最後まで優しい顔は見せてくれません。まだまだ急な降りです。
P1090806

30分降ってようやく林道にでました。ここの置き車で参道橋の車を取りに行きます。単独行では出来ない芸当ですね。
P1090808

帰りに油日神社に参拝しました。全国の油や石油の業界に信仰されているようですが、創設の謂れはどこにも書いてありません。
油日岳の山頂に光と共に油日大神が降臨して祀られたそうです。社殿は古く重要文化財に指定されています。
P1090819


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/12/03

鹿深の道と壬申の乱

国道1号線の滋賀県土山町に鹿深の道(かふか)という案内があり前から気になっていた。
先日、余野公園から油日岳に登ったとき、油日の古戦場の案内があり、鹿深の道が壬申の乱に関係することも知った。

Kafuka

昔近江の国から伊勢の国へ向かうのは、現在のように土山から鈴鹿峠を越えて関・亀山へ向かうのではなく、土山から鹿深の道を通り柘植へ出て、加太越えで関へ出たらしい。
壬申の乱で大海人皇子が挙兵して大友皇子の朝廷軍と戦って破った古代最大の内乱はこの辺りが舞台だったらしい。
それで一度歩いてみようと思っていたが、土山という所は交通の便が悪い。JR貴生川線の水口から近江鉄道とかバスとか考えるが、どうも上手くいかない。ところが最近新名神が開通し、土山SAに高速バスが停まることに気が付いた。それを利用して今回行くことにした。

詳しくはホームページでご覧ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »