« 青山高原 | トップページ | やんばるへ »

国頭方西海道

2010年5月21日
今日は国頭方西海道の一部を歩く予定です。首里を出た中頭方西海道は浦添・北谷・読谷と進んで国頭方西海道に繋がります。

Kunigami

図を見てください。左下に喜名番所というのがあります。当時の番所ですが現在は小さな道の駅です。
P1050252

そこから真栄田の一里塚までが一里、次の仲泊の一里塚までがまた一里だったようです。
この間が宿道として名残を残しています。
P1050257

恩名村博物館か隣の道の駅に車を置き、逆に歩いて真栄田の一里塚に行き、琉球村の通りにあるバス停まで出る予定で博物館の人に相談したら、その道は手入れもされてなく、草むらにはハブも出るので止めたほうが良いと言われた。

ハブと聞いては諦めざるを得ない。タクシーを呼んで一里塚まで行ってもらった。タクシーの運転手も知らない道で、地元の人に聞きながら一里塚の先の御待毛(うまちもう)まで行った。1100円だった。
ウチナー口でモウとは原っぱ。万座毛とかモウアシビなんて使う。
P1050262

御待毛はお役人を地元人が待つ広場です。ここをスタートにすぐ真栄田の一里塚です。
P1050266

海の見える海道を歩いていくとフェーレー岩があります。フェーレーとは追剥の意だそうです。ここは難所で度々追剥がでたとか。
P1050279

少しあるくと海道は車道から分かれます。地道を少し歩くと寺川矼に出る。矼は「はし」と読むらしい。石造りの橋でしょうねえ。この寺川矼は最近復元されたのか新しい矼です。
P1050287

ここを過ぎるとすぐ琉球村の近くの山田集落にでます。バス通りを左折してすぐに山田グスクの案内があり右折します。ハブに注意の案内もあります。
P1050295

58号線を渡ると山田グスク、護佐丸父祖の墓の案内が隠れてあります。護佐丸は悲劇の武将でもあり、築城の名人でもありました。
P1050298

山田グスクは現在残って居なくて、石垣や建物は今世界遺産の座喜味グスクを作るのに使われたそうです。護佐丸父祖の墓は残っています。
P1050306

滑りやすい地道を少し歩くとまた国頭方西海道の案内があり、整備された石段がある。
降ると山田谷川の石矼があります。これは立派な石組の矼で美しく当時の高い技術を感じさせます。
P1050324

そこからも地道を歩くと国道58号線に出てきます。海道は分断されたのでしょう案内もありません。強引に国道を渡って下を除くと旧道に歴史の道の案内が見えました。

一旦下に下り、海岸沿いの旧道を行きます。
再度国道に出会いますが、ここは信号を渡ります。危ないと思えば国道を500mほど歩く方が良いかも。
P1050333

歴史の道の案内に従い、階段を登ると「比屋根坂石畳の道」です。
P1050336

これを登りきって少し下ったあたりに東屋がありますが、その辺り一帯が仲泊遺跡らしいです。第一貝塚とか第二貝塚とかあるようです。
P1050346

また石畳の道になって博物館近くに下りてきた所に第三貝塚があり、遺跡の説明もありました。御待毛から2時間弱掛かったかなと思います。
P1050353

そこから車でやんばるへ出かけたので仲泊の一里塚を見るのを忘れました。次回行ってみます。
また後日ホームページのほうに、もう少したくさん写真も載せますので、ご覧ください。

ホームページでは左側の「琉球の宿道」をクリックしてください。

|

« 青山高原 | トップページ | やんばるへ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56078/48455106

この記事へのトラックバック一覧です: 国頭方西海道:

« 青山高原 | トップページ | やんばるへ »