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2007年8月に作成された記事

2007/08/25

トルコ5(最終)

8月15日
長いように思えた1週間も今日で終わりです。

今日は1日イスタンブール観光と買い物です。

オプションツアーにボスフォラス海峡クルーズとドルマバフチェ宮殿見学というのが午後に組まれていますが、これも不勉強で申し込んでいません。
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それで、イスタンブールの旧市街にある考古学博物館を見学したりシシカバブを食べようかとかOさんと話し合っていました。

ところが、ツアーに申し込んで居ないのが我々二人だけで、かつ海峡クルーズはとても素晴らしいと添乗員さんに奨められて結局参加することになりました。
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全員参加になったので、ガイドは午前と午後の予定を入れ替えました。
まず向かったのが新市街のボスフォラス宮殿です。
この宮殿はオスマントルコ末期の宮殿で、ハレムも備えている。285の部屋、46のホール、68のトイレがあるという。
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また宮殿からは船でイスタンブール市街に行けるようになっている。
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また初代大統領のアタチュルクは執務室をここにおいていたが、1938年執務中にここで急死した。地酒のアクの飲みすぎと言われるが、こよなくアクを愛したアカチュルクは、生前その主治医に対して、自分が死んだら、その死因をアクの性だと言わないように言っていたとか。
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続いて、すぐ近くの船着場からクルーズ船に乗り込みました。100人位は乗れそうな大型船を23人で貸切でした。
ボスフォラス海峡のヨーロッパサイドの近くを黒海方面にゆっくり進みます。第一ボスフォラス大橋の下をくぐり、第二ボスフォラス大橋の手前でUターンして、今度はアジアサイドの近くを南下します。
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ヨーロッパサイドには有名ホテルや学校・スポーツクラブ等があります。海峡の狭い部分には両サイドに砦の跡があります。
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アジアサイドは一転して落ち着いた住宅街が広がっています。
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みんなデッキで風景を眺めているため、1階の売店のあるテーブルは無人です。
私は一人でのんびりビールを飲みました。
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1時間ほどで、今度は旧市街のガラタ橋近くの船着場に着きました。トプカプ宮殿などの世界遺産地区が水上から眺められます。
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昼食は金角湾沿いだったのでしょうか、小さなレストランに行きましたが、ここは日本風の味付けで美味しかった。
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午後はまずグランドバザールです。
ここも旧市街にあり、程近い。あらゆる商品があり店の数も多いが、観光地化されているため値段は安くないそうです。地元の人は買わないのじゃないかな。提示価格の半分以下には値切らないと駄目みたい。
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私は最初の日に街頭でイスタンブールの案内書を買うとき、2000円を1000円に値切って、プラス景品に絵葉書を付けて貰ったが、同じような本を3冊1000円で売っているのを見てがっかりしたことがある。
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で、バザールでは何も買わず、付近のガイドさん推薦の店で、蜂の巣付きの蜂蜜だけ買った。1600円だったと思うが、これは家でも好評だった。

次いでトプカプ宮殿です。ここはドルマバフチェ宮殿ができるまでオスマントルコの宮殿でした。

トプカプ宮殿は三方を金角湾、ボスフォラス海峡、マルマラ海に囲まれた高台にあり、景色は最高です。1の門、2の門、3の門とあり、3の門の内側はハレムだった。そのハレムの庭に出ると金角湾と海峡の眺めが素晴らしく、20分位うっとり眺めていました。
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3の門の外には宝物が展示されていて、もし本物ならば何億円もしそうな宝石や短剣が飾られていた。2の門の外にも展示館があり、はるばるシルクロードを運ばれてきた中国の陶磁器や日本人山田寅次郎が送った武具甲冑などが展示されていた。
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次に革製品の店に行った。
有名ブランドにも供給しているという店で、まずファッションショウがあった。なかなかのデザインのコートやスーツを見せて貰った。ツアーメンバーの女性と共に同行のOさんも出演したので大笑いとなった。
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ただ、私が欲しいなと思うコートは10万~20万円するので手が出なかった。
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時刻も夕方の7時頃になり、最後の夕食は魚料理だった。
マルマラ海沿い(だったと思う)に魚市場があり、その近くに魚料理のレストランが集まっている地域がある。その一つに席が取ってあった。
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リラは日本に持って帰っても両替できないので、空港での飲み物代を少し残してビールとワインを飲んだ。
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イスタンブール空港でのイミグレや通関は何事も無い。免税店では日本のタバコは売っていない。トルコの地酒アクとマーボローを買う。レストランでナマビールの大が1600円、から揚げとのセットが1900円だった。ここのビールはさすがに美味い。トルコのビールではないようだった。余ったリラを渡して残りはカードにしてもらった。これですっきりリラは無くなった。
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後はペットボトルに残した焼酎を飲みながら11時間帰るだけです。

8月16日
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午後6時頃関西空港に到着、出発が1時間遅れたので到着も遅れた。
JRで天王寺にでたが、外で打ち上げをする時間が無い。駅構内の一杯飲み屋で立ち飲みして別れることにした。
アジのフライと冷奴で一杯やったが、さすがに美味かった。

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トルコ4

8月14日

今日はまずアンカラ観光です。朝もゆっくり8時半の出発です。
アンカラはトルコ共和国の首都で人口は400万人、イスタンブールに比べると3分の1ですが落ち着いた町並みです。ガイドさんもここの大学の日本語学科で4年間を過ごしたとか。物価もイスタンブールより安いと言っていました。

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アンカラも歴史は古く紀元前に遡りますが、1923年トルコ共和国の首都に指定されるまでは人口も3万人の地方都市でした。
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まず訪れたのはアナトリア考古学博物館です。ここはヒッタイトの資料が豊富で有名らしいのですが、不勉強な私は何も知りません。漠然と展示物を眺めるだけで楽しんでいました。
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ヒッタイトは紀元前に栄えた民族で帝国も作りました。鉄を初めて精錬したと言われ、3人乗りの軽量な馬車を駆使して優秀な武器を持ち、たちまち周辺を征圧したそうです。
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日本の銅鐸のようなものに当時の結婚式の様子が描かれた展示物があり、同行のOさんが面白いものを発見しました。写真をごらんください。何気なく見過ごした私と違って、こんなものを発見するなんて、Oさんの眼力もなかなかのものです(笑)。

10時に出発、次はアタチュルク廟です。

アタチュルク廟はトルコ共和国の創始者で初代大統領のケマル・アタチュルクの霊廟です。アタチュルクは第一次世界大戦後、連合国からトルコの国土を回復し、王制を廃止し、イスラム教の国では唯一政教分離の国を創り上げた人物で、死後も多くのトルコ国民の敬愛を集めています。
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博物館にはいろんな資料や戦争の様子を描いた壁画が展示してありました。
陸海空の衛兵が交代で警護を務め、多くの外国要人も参拝するトルコのシンボルです。
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観光後バスは高速道路でイスタンブールに向かいます。
昼食は高速道路のサービスエリアの食堂です。トルコ風ハンバーグは美味しいのですが、場所柄アルコールが無いのは致命傷ですね(笑)。
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アンカラ-イスタンブール間は鉄道も通っています。時々列車も見かけます。
高速道路の左手にマルマラ海が見えてくるとイスタンブールも近くなり、この辺りはトルコの工業地帯です。トヨタ自動車の工場もありました。

イスタンブールに近づくと、工事や事故で渋滞が始まります。すると少年が水を売りに来ます。高速道路ですがね。6時にホテルに着きました。
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今日の夕食は8時15分出発でベリーダンスディナーショウだそうです。
世界三大料理と言えば、フランス料理、中国料理そしてトルコ料理だそうです。その割に今回美味いものを食べたという感じがありません。バイキング料理はそこそこの物は出ますが、特に美味いものは有りませんからね。
それに、トルコと言えばシシカバブと思っている日本人に、帰って、それも食べていないようでは話も出来ません(笑)。

トルコの地酒はラクと言って、葡萄から作った蒸留酒です。無色透明の45度~50度の酒ですが、水で割ると何故か白く濁り、ライオンのミルクと呼ばれています。
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元に戻って夕食ですが、ディナーショーの食事もろくなものが出ないでしょうから、Oさんと相談して、夕食までの時間を利用してシシカバブを食べに行くことにしました(笑)。

トルコ料理のメニューには「ケバブ料理」というのがあります。肉料理という意味です。肉は豚以外はいろいろあるようです。そのうちの一つに肉の串焼きがありシシケバブ⇒シシカバブとなったようです。シシは串です。
最初ホテルのレストランでと思いましたが、やはり専門店のほうがということで、ホテルのフロントで教えて貰って食べに行くことにしました。
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ホテルから200mほどの店に入って説明を聞き、いろんな肉の入ったミックスを注文しました。20リラ(2000円)です。昼食にビールを飲んでいないので喉が渇き、とりあえずビールを注文すると、なんとノンアルコールの店だそうです。泣く泣くスプライトなんか注文しましたが、これは致命傷ですね。肉の味もよく解りませんでした。
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その上、サラダや漬物、ピロシキなんかウエイターが持ってくるので、セットだと思っていたら全部別料金でした(;゜-゜)。そんなもの食べなくても、最初の注文だけですべて付いていて、量も充分なのでした。お陰で二人で8000円一寸払ってしまいました。

ホテルに帰るとすぐベリーダンスに出発です。このベリーダンスというのも知らなかった。後で調べると激しく腹部を動かすエロチックダンスで、ヨーロッパ中でも流行しているそうですね。有名な女性スパイのマタ・ハリもベリーダンスのダンサーなのですね。トルコではダンサーの衣装が中東諸国のように制限を受けず、肌も露出しやすかったことも良かった?らしいですね。オスマントルコ時代のハーレムでの踊りを受け継いでいるそうです。
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食事は鶏肉でしたが、とても食べられないので、ようやく有りついたビールを飲んで、じっくりダンスを鑑賞できました(笑)。

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トルコ3

8月13日

今日はトルコの世界遺産の中でも有名なカッパドキアの観光です。
実は私はカッパドキアも恥ずかしながら知らなかった。旅行前、知人にトルコへ行くと言ったら即座にカッパドキアのある所でしょと言われて感心した。
私としてはトルコはシルクロードの重要な通過点、東西文明の混ざり合うイスタンブールしか頭になかったのです。
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それはともかくカッパドキアについて。
カッパドキアは地域の名称であり、その栄枯盛衰は紀元前何十世紀にも遡るらしい。しかし、現在観光の目玉である奇岩に彫られた洞窟や教会、また巨大な地下都市は紀元後4世紀頃にアラブ人の迫害から逃れたキリスト教徒の手によるものらしい。キノコに象徴される奇岩は、何層にも重なった地層の固さの違いが侵食の速さの差となって形成されている。
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カッパドキアの中心地はギョレメという小さな村である。そこの野外博物館に最初にバスが到着、8時開館と同時に一番乗りした。
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岩をくりぬいて作った修道院や洞窟の壁画を1時間半ほど見学する。それから、ところどころ名勝というか見所で数箇所バスを降りて写真を撮りながら人気の洞窟ホテルなんかも見せてもらったりして絨毯工場に入った。
ペルシャ絨毯は知っているがトルコ絨毯は初耳というのが日本人の平均的な姿。これはペルシャ猫とトルコ猫についても同じ(笑)。
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だが、ヨーロッパの常識ではトルコ絨毯のほうが、その二重結びの製法により高級とされるらしい。先のコンヤなんかが生産地だったと聞きます。ちなみにトルコ猫は目の色が違うらしい。
ともかく数十万円する絨毯が何枚か売れたようです。
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次いでハンターの谷を見学し、昼食に向かう。そうそう、有名な伸びるアイスクリーム(トルコアイス)も売っていました。
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昼食はこれも洞窟レストランでバルック(マス料理)でした。
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1時20分に出発、今度はトルコ石の店に向かった。18金に10ミリ程度のトルコ石をつけたブローチが5~6万円程度でしょうか。上はいくらでも、下は金を銀に換えるとかすれば安くなります。ここでも100万円ぐらいは売れたかも。2時40分に出発。
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続いてギョレメのすぐ近くAvanosにあるカイマクルの地下都市見学です。カッパドキア地方には300位の地下都市があったそうです。今回見学したのは、地下8階、100軒の家があり3000人が生活した巨大な地下都市でした。この日の気温は37度位の体感ですが、地下都市の深部は涼しい限りです。

4時30分に出発、今夜の宿、首都アンカラに向かいます。今日は今回のツアーの中で最も移動距離の短い日で、今日こそホテルのプールで泳げるかもと期待していました。でも結果は、絨毯工場とトルコ石の買い物で2時間半もかかったので結局同じでした。アンカラまで250キロ、4時間位掛かるでしょうねえ(;゜-゜)。
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途中、塩の湖として有名なトウズ湖畔のレストハウスに寄り、アンカラヒルトンに着いたのは8時40分でした。
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夕食は久しぶりにコース料理で美味しく感じられました。

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トルコ2

ホームページがトラブルなのでここに書きます。

8月12日
今日は昨日パムッカレ見物を済ませているので7時半の出発です。
最初の目的地はコンヤです。パムッカレから400キロ位でしょうか(;゜-゜)。
コンヤというのはオスマントルコの前セルジュクトルコの頃アナトリアの首都だったそうで、13世紀頃が最も栄えたようです。
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7時半に出発した我々の最初の目標はチャイです。チャイはトルコのお茶を意味しますが、今日はこの辺りで昼食でしょう。約200キロの距離です。
この道は主要道ではなく一寸マイナーな地方道のようです。
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チャイを越えて11時20分に昼食場所に到着、12時まで食事でした。田舎の街道沿いのなんでもないレストランなのですが、日本人のツアーグループが2組入ってきました。有名なのか他に無いのか。メニューはエンドウマメ入のピデ(トルコ風ピッツァ)だそうです。

更に2時間半走って、ようやくコンヤに到着です。コンヤは標高1000m、人口は90万位とか。もう中央アナトリア地方に属するのでしょうか。
セルジュクトルコの時代、イスラム教の中でもメヴラーナ教という宗派が栄えていて、この宗派ではトンガリ帽子を被ってクルクル回転する旋回舞踏が行なわれていたらしい。
これを見た旅人が中国にこの話を伝え、イスラム教のことを回教徒と呼ぶようになったという。
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そのメヴラーナ博物館と神学校がコンヤの観光でした。
3時半過ぎにコンヤを出発、今夜の宿ネブシェヒルに向かいます。
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この道筋は当時のシルクロードだったそうです。
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当時この近辺は山賊が多く、ラクダの隊商が襲われることも多かったらしい。そこで当時のコンヤの王様は、隊商の安全を守ることが交易を盛んにし発展に繋がると考え、街道の30~40キロ毎に城壁を備えた隊商宿を建設したそうです。
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宿にはモスク、宿泊所、ラクダの寝所などが備えられ、兵士も20~30人は駐屯したそうで3泊までは無料開放したそうです。
その隊商宿の一つが当時のままの保存状態で残っているとか、今回そこを訪問しました。
キャラバンサライと言うらしい。
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このまっすぐなシルクロードを走行中、左右の草原には数多く小さな竜巻が発生していました。多いときには一度に5つの竜巻が目に入ったこともありました。
隊商宿の前の土産物店でシルクロードのCDを買い、満足してバスに乗り込みました。
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勉強不足だった私は、行程表の隊商宿とシルクロードが結びついていなかったので、この結果にすっかり嬉しくなったのでした。
5時20分頃隊商宿を出発、カッパドキアの中心地に程近いURGUPのホテルに着いたのは7時頃でしょうか。
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この日は夕食後、オプションツアーが組まれていました。メヴラーナの旋回舞踏鑑賞というものでした。何の事か解っていなかったので申し込んでいませんでした。ただ今回はじめて、回教徒の言葉の謂れと解り、急に興味が湧いて参加してきました。薄暗い洞窟の中で、白い衣装の踊り手がクルクル廻りつづけるのはかなり印象的でした。
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今日も夕食はバイキングでした。

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2007/08/17

トルコ

2007年8月9日~16日

東西文明の十字路と言われるトルコに行って来ました。
トルコは数少ない親日的な国です。

人口は7500万人。国土は日本の2倍です。
イスラム教スンニ派の国です。
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1890年、潮の岬沖で台風で難破したオスマントルコの軍艦の生存者を串本の人たちが献身的に世話をした話。
日露戦争の日本軍勝利が、トルコを助けた話などが、歴史的な事実として小学校で教えられ、親日的な感情を生んでいます。

最近ではイラン・イラク戦争の1980年、サダム・フセイン率いるイラク軍がイランを急襲、各国が自国の飛行機で在テヘランの自国民を脱出させたが、日本航空は飛ばず、トルコ航空が日本政府の要請に応じて日本人を救出してくれた。当時のトルコの新聞の見出しが「ようやく日本に恩返しできた」というものだったという。

さらに最近では、日本で行われたサッカーのアジア杯で、トルコが日本に勝ったとき、日本の観客が勝者のトルコに惜しみない拍手を送った事が伝えられ、ますます親日的にしたという。

ギリシャ・ローマ時代からの歴史に輝くイスタンブールやシルクロードの中央アナトリアなど、数々の世界遺産の旅行記は、これから作成してホームページに乗せます。

なんせ1000枚を越える写真で一寸大変です(~_~;)

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2007/08/01

南ア 仙丈ケ岳

2007年7月28.29日

やまびとの例会で南アルプスの仙丈ケ岳に行きました。
私の学生時代は奥深い秘境でしたが、今は南アルプススーパー林道の開通とバスのお陰で、南アルプスのうちでも最もアプローチしやすい山になっていました。

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南アルプスの女王の詳細は近々ホームページにアップします。

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